Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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魔法のメイク1999

 

 

 

「……っ、うそ」

 

 ビルに着地したクロエが、唖然としてその光景を見る。

 

 何が起こったのかは分からない。

 ただ、何かがあった。絶対に触れてはいけない何かが。

 速すぎて何かが通った、と意識すらできなかった。

 消去法的に、“目に見えないほど速い何かが走っていった”と納得するしかないだけ。

 

 だというのに衝撃があるわけではない。

 音速どころではない物体が走っていった、というのに突風一つない。

 そんな理解の及ばない現象が目の前で発生した。

 

 だから彼女はすぐに現場に向かうため、そこから飛び降りようとして―――

 

「待ちたまえ、お嬢さん」

 

 棺桶を引っ提げた初老の男性に呼び止められた。

 睨みつけるようにそちらを見たクロエの前。

 全力疾走に喘いでいた男は、何とか息を整えて緩く口角を上げる。

 

 その態度に即座に武装する少女。

 彼女の態度を見て、さっさと棺桶を手放し諸手を上げて降伏を示す男性。

 

「別に邪魔をしようというわけではないとも。

 そもそも、君が心配している彼らはあそこにいる」

 

 腕を挙げながらぴっ、と指を伸ばしてみせる男。

 彼が指差した先は、道路の向かいにあるビルの壁だ。

 当然、彼らがいるはずもなく―――

 

 瞬間、ビルの窓ガラスに大きく波紋が広がった。

 直後にまるで湖面から飛び出すように、皆が揃って姿を現す。

 

「え、なに!?」

 

 ガラスから飛び出し、ふらふらと飛行していたイリヤと立香。

 彼女たちが何とかクロのいるビルまで辿り着き、べちゃりと落ちた。

 ツクヨミを抱えていた美遊もまた、一際強い跳躍からこちらに着地。

 

 最後に弾き出されるように飛び出してきたジオウ。

 彼が火花と煙を吹きながら屋上で転がり、変身が解除される。

 

「っ、……!」

 

 皆をミラーワールドに投げ込んで、最後に自分が離脱する瞬間。

 そこで襲撃者から一撃を貰った。

 いや、相手からすれば、一撃という意識すらなかったかもしれない。

 ただ轢かれただけ。それだけで限界を迎えたジオウの装甲が、現世に戻ると同時に消え去った。

 

「ちょ、大丈夫?」

 

 クロエが転がったソウゴに走り寄る。

 そんな姿を見ていた男が顎を撫で、ふぅむと唸った。

 

「鏡の世界に踏み込む能力。仮面ライダー龍騎、と言ったかな。1999年の新宿。このご時世、鏡や硝子と言ったものはそこかしこにある。緊急離脱の手段としては、とても優れていると言えるネ。

 本来、仮面ライダーではない普通の人間が鏡の世界へ出入りすることに関しては、それなりの制限があったと聞くが……どうやらその辺りのルールも踏み倒せるらしい。ああ、それとも掟破り(そちら)は世界の破壊者の能力による特権かな?」

 

『……それを知っているキミは、何者だい?』

 

 微かにノイズが混じる通信で、堅い声のロマニが男に問う。

 ツクヨミを手放した美遊が即座に前に出て、サファイアを彼に突き付けた。

 いま見せた彼の行動からして、武装は彼が横に置いている棺桶。

 そこから、少なくともロケット弾のような銃火器を展開することができるようだが。

 

「――――フフフ」

 

 完全なる警戒態勢を敷かれ、複数のサーヴァントに囲まれている状況。

 そんな状況で、初老の男は怪しげな笑みを浮かべ。

 

「――――いや、さっぱり分からないのだヨ。なんで私は君の力の事とか知ってるんだろうネ?」

 

 目を白黒させて、さっぱり分からねェ、と素直に自分の状況を白状した。

 

「記憶喪失って意外とよくあるんだね」

 

「普通はそんなにないよ!?」

 

 何とか立ち上がって呟くソウゴに、イリヤが反応する。

 何とも言えない顔で視線を逸らすツクヨミ。

 

 そんな連中に呆れてみせつつ、クロエが空をちらりと意識した。

 男が放った目晦ましは、風に破られて晴れつつある。

 このままでは再び射手に補足されるかもしれない。

 

 彼女の考えに同意するように、男が微笑む。

 

「スナイパー君はもう撤退しているだろう。だが、いつまでもここに留まりたくないというのは私も同意見だ。どうだろう、都庁から離れるのに私も同行させてくれないだろうか?」

 

「いいけど、そもそもあなたは誰?」

 

「いいんですか……?」

 

 立香の答えに少し戸惑う様子を見せる美遊。

 彼がこちらを助けにきてくれたのは間違いない。だが、いきなりソウゴの力を知っていると言い出した上で、何でか分からないと惚けだしたのだ。怪しい以外の感想がない。

 

 警戒を解かない美遊の前で、男が一つ咳払いする。

 

「私はこの特異点と化した新宿を何とかしようと駆け回る、いちサーヴァントに過ぎんよ。

 クラスはアーチャー。宝具はこの棺桶だと思う。正確な年齢は濁してふわっとアラフィフ。

 そして肝心の真名は――――秘密だ」

 

「記憶喪失だから自分でも分からない?」

 

「フフフ」

 

 誤魔化すように怪しげに微笑む紳士。

 

 そんな彼の霊基を探査し、アーチャーであることを確認するマシュ。

 彼女からの声が届く。

 

『確かにアーチャーの霊基です。ですが……申し訳ありません。

 わたしは棺桶に銃火器を搭載した英雄の逸話は、寡聞にして存じ上げません』

 

「そりゃいるわけないでしょ。

 仮に銃を持った英雄がいても、棺桶がどっから生えてきたのよ」

 

 “アーチャー”としての眼で見ながら、クロエがそう言い棺桶を睨む。

 彼女の眼では、属性も不一致なその兵器の正体は看破できない。

 だが、紛れもなく現代兵器に類するものだとは理解できる。

 そんなものを持った真っ当な英霊など、そうはいない。

 

 その棺桶はなんだ、と問われたアーチャーが首を傾げ。

 そうして思いつくままに、棺桶の由来を口にした。

 

「……齢五十を前にして覚えた危機感から始めた終活から?」

 

「ねえ、こいつ本気で信用するの?」

 

「信用して欲しいの?」

 

 立香がクロエの言葉に振り向いて、アーチャーを見る。

 

「それはもう。私としては、君たちの協力が取り付けたくてたまらない。

 なんだろうね……私はこの悪逆に満ちた新宿の問題を解決したいと願っている。

 それを可能とする手段は、君たちとの共闘くらいなものだと思っているのだ。

 だが困った事に、見ての通り私は超怪しい」

 

「自覚はあるんだ……」

 

「もちろん。ちょいワルおやじ的な魅力の弊害だネ」

 

 自信ありげに胸を張る男。

 そんな様子に引き攣った笑みをより引き攣らせるイリヤ。

 

「だからこそ、さっさと私は私の持つ怪しい知識を晒してみた。秘密を抱えて怪しさを醸すよりは、もっと直球に存在自体が怪しいのだとアピールした方がいいだろう?」

 

「……そうかしら?」

 

 ツクヨミが不審げに目を細める。

 彼女の視線を浴びながら、アーチャーが肩を竦めて苦笑する。

 

「そうだとも。だってこれだけ怪しいアラフィフだヨ?

 絶対に私はこの特異点の問題の根幹に関わる重要なピースだとも」

 

『……確かに。そう言われれば、否定できない。現時点で既にただの怪しいサーヴァント、では済まない。それだけならば、あんな情報は持っていない。だからこそ、キミが味方であれ敵であれ、目を離すべきではない存在である、と言えるかもだ』

 

 彼がただ怪しいサーヴァント、というだけならいい。

 だがただの怪しいサーヴァントが、仮面ライダーに関する情報など持っているはずがない。

 特異点である事を考慮しても、それを持っているという事は、彼が何らかの事案に深く関わっているサーヴァントであるという証左だろう。

 

「だろう? 私自身もそう思う。あれは間違いなく、生前に持っていた知識でもなければ、召喚時に与えられた知識でもないはずだ。なら、私にその知識を与えた者がいる。恐らくは私の記憶喪失も、そいつによって行われたのだろう。

 ―――ところで君がロマニ・アーキマン? ふむふむ、なるほど。アレだ、君は君で何か私と同じくらい胡散臭いネ」

 

『そこまでじゃないと思うよ!?

 というかボクが秘密にしてる事とかもうあんまりないし!』

 

 アーチャーから同類を見る目で見られたロマニが叫ぶ。

 彼のそんな物言いに対し、首を傾げるツクヨミ。

 

「まだあるんですか?」

 

『え、うーん……秘密がある、という事は白状するけれど。

 ただ内容については黙秘かな……』

 

「憶えていないから言えない私と、故意に黙秘する君。

 実は君の方が怪しいのでは?」

 

『それは流石にない! ないよね!?」

 

 アーチャーの言葉を必死に否定する様子に、マシュが仕方なさげに溜め息ひとつ。

 

『……そうですね。ドクターは隠し事は山盛りでも、それを使って上手な悪巧みができるタイプでもありませんので……その点については、アーチャーさんの方が怪しいかと』

 

『フォウフォウ、フォーウ』

 

 彼女の声に続けてフォウの声。

 何を言っているのかは分からないが、多分ロマニを慰める言葉ではないだろう。

 

『褒められてるのか貶されてるのか分からないが、とりあえず無罪は勝ち取れたと考えていいのかな……?』

 

 そもそも悪巧みができるほどの狡猾さを持っていない、と言われるDr.ロマン。

 それは喜べばいいのかどうなのか、微妙な表情で彼は視線を伏せる。

 

「さて、沙汰が降りたようなので、話を戻そうか。私が私の記憶をどうこうした下手人にどう動くことを期待されているのかは知らないが、私自身がやるべきと感じていることはただ一つ。それは、この特異点の問題を解決するために動くことだ。

 犯人は私がそう動くことを予測して何かを仕込んでいるのかもしれないが、他に道はないと考えている。だからこそ、私と協力してほしい。人理焼却を防いだカルデア、君たちに」

 

「……おかしなことは言っていない、と思うけれど」

 

「なんで普通のこと言ってるだけで、こんなに怪しいんだろう……」

 

 信用できない、と変わらずサファイアを突き付ける美遊。

 

 イリヤもまた彼女に同意せざるを得ない、という表情。

 何故か警戒も顕わなそんな対応こそが正解な気がしてしまう。

 別に今のところ何か悪いことをされたわけでもないというのに。

 

「はっはっは、流石に君たちくらいの少女にまでそんな目で見られると傷付く。

 私、頑張って怪しいケド良い人アピールしてるのにナァ」

 

「ホントに良い人は良い人アピールなんかしないのよ」

 

 さくっとそう言い捨てるクロエ。

 言われたアーチャーがしかし、彼女にしたり顔で言い返す。

 

「さて。良い人アピールしない良い人は、本当に良い人かな? 傍から見て人の良し悪しなど分かるはずもないのだから、他人が悪い人に騙されないように、自分は良い人ですよ、と行動を伴ったアピールをするのは、むしろボランティア染みた善意だと思うのだが。そう考えれば―――」

 

「そういう屁理屈持ち出すところとか、すっごい胡散臭い」

 

「Oh……」

 

 両の掌を空に向け、肩を竦めてみせるアーチャー。

 なぜこうも所作の一つ一つが全て胡散臭いのか。

 怪しさの擬人化染みた男を前にして、クロエが溜め息を落とした。

 

『ええと……それで、どうしましょう先輩。アーチャーさんですが』

 

「うん。アーチャー、どこに行けばいいか分かる?」

 

 マシュから問われ、立香が歩き出す。

 国道が明らかなデッドゾーンなのは理解した。

 都庁が敵らしき相手の本拠地だとも理解した。

 では、これからどうするか。

 

 怪しいアーチャーと、狙撃をしてきた推定アーチャーがいる。

 ということは、間違いなくサーヴァントがもっといるはずだ。

 つまり今この時、この特異点では聖杯戦争が行われている。

 その聖杯と呼べる魔力リソースがどういった過程で発生したかは分からない。

 だが、ここにあるという事実だけは動かない。

 

 彼女の態度に溜め息ひとつ。

 アーチャーが問い返す。

 

「……行先の前に私の同行の是非についてじゃないかね? 悪い人かもしれないぞ?」

 

「いま自分で言ったでしょ。傍から見ても良し悪しなんて分からないって。

 良い人かもしれないし、悪い人かもしれない。考えたって変わらないよ。

 良い人アピール、これからしてくれるんでしょ?」

 

 ビルの屋上から外に出られるか、非常階段を確認しにいく立香。

 彼女の態度に、アーチャーは何とも言えないという表情を浮かべる。

 

「……まあ、そのつもりだったが」

 

「じゃあ今はそれでいいよ。いいよね?」

 

「いいんじゃない?

 それより気にしなきゃいけない相手がいるみたいだし」

 

 そう言って、国道の方へと視線を向けるソウゴ。

 本当に一度走り抜けて、そのままどこかへと消えてしまった。

 またこの道に通じるどこかで、待機しているのだろうか。

 あの速度で一切の縛りなく、縦横無尽に走られたらそれこそ終わりだ。

 何か制限がある、ということなのだろうか。

 

「いつも通り、いくら怪しくても黒ウォズと大差ないでしょ」

 

「怪しい人に慣れ過ぎてる……!」

 

 大して気にもしないツクヨミの一言。イリヤはレディの世界でちょろっと見ただけだが、突然出てきて突然消える、何を考えているのかよく分からない人が居たりするのがカルデアだ。ちょっと怪しいくらいで突っ込んでいたら話が進まないのだろう。

 

「イリヤさんは怪しい人にホイホイついていっちゃダメですよー? 事案ですよ、事案。

 そういえばカルデアも未成年略取に踏み込んでいるのでは? という疑問はわたしの中で封印しておきましょう」

 

「あなたも未成年を拐かす怪しいステッキでしょ」

 

 呆れるようなクロエからの視線。

 ルビーが失敬な、とばかりにぱたぱたと羽飾りを大きく揺する。

 軽く手を払ってそれに返し、彼女は歩き出した。

 

 彼女は立香が確認している非常階段の方へ向かうと、そのまま身を乗り出す。

 歩いて降りるならば彼女が先頭に立つ、という意思表示だろう。

 

「……怪しい、という事実に警戒を解かないのであれば問題ないと思います。

 例え罠だとしても……いえ。もし罠だとしたのなら、なおさら信用を得るために、有用な情報・意見を出さざるを得ないはず。必要なのは、それが誤った情報でないと確認を取るために、彼の発言以外のこの特異点のことを調べるための情報源です」

 

「お任せください、美遊様。この特異点の情報は我々で収集するようにします」

 

『では、こちらで観測した情報もサファイアさんと共有・連動させます』

 

 サファイアをようやく下ろし、そう言った美遊。

 彼女の意見を聞いていたマシュとサファイアが小さく頷いた。

 これからアーチャーによってこの特異点が何か、知っている限り語られるだろう。

 その時、正しいかどうか判断するための材料は多い方がいい。

 

 そんな少女たちのやり取りを見ていたアーチャーが苦笑する。

 

「……いやはや、なんとも剛毅な。これが人理焼却を潜り抜けた者たちかね。

 まあ、そうだな……とりあえず、ひとつ」

 

 何とも申し訳なさそうな顔をした彼が、指を一本立てて示す。

 その行動に首を傾げる者たちの前で、アーチャーは一つ語りだした。

 

「“良い人”は相手のために自分の持つ情報を開示する。“悪い人”は自分のために相手を動かせる情報を開示する。そういう意味では、さっきの私のやり方は間違いなく“悪い人”だった。

 謝罪しよう、カルデアのマスターたち―――そしてこれからは出来るだけ、“良い人”でいたいと思う。良い人アピールのためにネ」

 

「……いいこと言ってる気がするのに、なんでこんなに怪しいんだろう」

 

 別に積極的に疑おうとしているわけではない。

 なのに、この、何というか。

 一挙手一投足、口から出る言葉の端々に至るまで全てが怪しいのだ。

 

 浮かべる表情にも困っている様子のイリヤに対し、クロエが階段の手すりに背を預けながら、肩を大きく竦めてみせた。

 

「自分の不利になりそうなことをあえて注意として口にすることで信用を得る、って言うのがそもそも詐欺師の常套手段だからじゃない?」

 

「うーん、それはそうなのだがネ。

 詐欺師は詐欺師でも良い詐欺師である、という可能性を信じてみてはどうだろう?」

 

「自分では“存在するはずもない”と思っているものを、他人には信じさせようとする。

 そんな行為こそを、人は詐欺と呼ぶんだと思う」

 

「確かに!」

 

 美遊の指摘に膝を打って納得するアーチャー。

 詐欺師に良いも悪いもあるわけない、なんて誰だって分かっている。

 自分で信じていないのに他人には信じさせる。自分の利益のために。

 これでは正しく詐欺師だ。

 

「つまりアーチャーは詐欺師なの?」

 

「ショックだが……そうなのかもしれない……」

 

 立香から問いかけられたアーチャーが、沈痛な面持ちで頷く。

 そんなに本気で落ち込む? と眉を寄せるツクヨミ。

 そして全力で落ち込んでいるアーチャーに対し、ソウゴが追撃をかけた。

 

「そういえば相手の狙撃手も多分アーチャーだよね。

 じゃあこっちのアーチャーが詐欺師のアーチャーで、向こうが狙撃手のアーチャーだ」

 

「えー……詐欺師のアーチャーはちょっと。なんかこう、もうちょっとないかネ?

 イケオジのアーチャーとか、ちょいワルのアーチャーとか」

 

「逆にそれで本当にいいの……?」

 

 本当にイケオジのアーチャー、といちいち呼ばれてもいいのだろうか。

 この質問に肯定を返されたら、立香もソウゴもこれから彼を本気でイケオジのアーチャーと呼び続けかねない。そう考えて、ツクヨミが途中で声を小さく抑えた。

 

 クロエに続き立香とソウゴが、非常階段に出る。

 彼女たちの動きに続いて、他の面々もそちらへと歩き出す。

 

「うむぅ……これから誰かとの出会い頭には、まずは愛とか正義を語るべきだろうか……」

 

「出会い頭に愛とか正義とか語るって。

 そんな奴なんてそれこそ、宗教家か魔法少女のステッキくらいでしょ」

 

「そっか……! この人の胡散臭さってルビーと対極に位置するものなんだ……!」

 

「イリヤさん!?」

 

 アーチャーの呟きに笑うクロエの言葉に反応し、怪しさ全開のアーチャーに感じていた既視感の正体に辿り着くイリヤ。カルデアが怪しい人に慣れ過ぎている、と考えていた。

 だがそもそも彼女だって、ルビーという怪しさフルスロットルの魔法のステッキと契約していたのだ。人の事を言えない経歴である。

 

「もう一回言うけれど。

 自分で信じていないものを誰かに信じさせようとするのは、詐欺師です」

 

 最後尾を歩きながら、きっぱりとそう断言する美遊。

 そんな彼女の言葉を聞いて、ソウゴがアーチャーに視線を向ける。

 

「アーチャーは愛と正義って信じてないの?」

 

「モチロン信じているサ。こう、ほら、ねえ? 愛と正義だろう?

 なんというか、あれだ。愛とか、正義とかネ。愛は愛って感じで、正義は正義って感じの」

 

 目が泳ぎ、台詞が浮き、脈絡が飛ぶ。

 そんな彼の態度に大きく頷き、立香はしたり顔で断言した。

 

「アーチャーは魔法のステッキにはなれないね」

 

「なりたい人なんているのかしら」

 

「これでもそこそこ魔法のステッキをやっていますが、見たことはありませんね。

 魔法のステッキになりたい、という願望を持つ人間は」

 

 ツクヨミの疑問に答えをくれるサファイア。

 でしょうね、と納得のいった表情で大きく頷く彼女。

 未だに視線を泳がせているアーチャーが棺桶を掴み直し、咳払いをひとつ。

 もう片手にあるカメレオンが造形された金色の杖を指で叩く。

 

「そもそも私はステッキになるより、ステッキを持つ方だからネ。年齢的に。

 まあこれは仕込み杖なので武装の一部なのだが」

 

「アラフィフなのにもう杖が必要なの?」

 

 五十前ってそんなに? という若者たちからの視線を集めるアラフィフ。

 彼は泳いでいた視線をそのまま遠泳に乗せ、遠くを見つめだした。

 彼方を見据える老爺の横顔を見て、若さを誇る人間たちは何も言えない気分になる。

 

「―――そりゃあ、もう。特に今は何か知らないが、でかいわ重いわ、もうちょっとコンパクトにならない? な棺桶まで持っているときた。普通に歩いていたらすぐに腰が壊れてしまうヨ。

 いやしかしホントなんなんだろうネ、この棺桶……狙いをつけなくても撃ちたい方向に弾丸が飛ぶのは便利だが。本当に私の宝具なのかナー……?」

 

「そこで悩むの?」

 

 へえ、ふうん、そっかあ。

 なんて、そう言った会話をしながら、彼女たちは非常階段を降りていく。

 

 転身を解いて元に戻ったイリヤは、階段を降りながらふと考える。

 なんか結局流れで普通に一緒に動くことになったな、と。

 まあリツカさんたちも気にしてないしいいのかな、と。

 少女はそう考えて、会話に混じりだした。

 

 

 

 

 階段を上がる黒い肌の男。

 カルデアへの狙撃という仕事を終え、帰還してきたサーヴァント。

 そんな彼の耳に、ぱちぱちと軽く手を叩く音が届く。

 

「―――お疲れ様、アーチャー。

 追い込みの手腕は流石のものだったよ」

 

「……嫌味か? こちらの戦術と怪物となったライダーを晒して戦果ゼロと来た。

 割り込んできたあのサーヴァントがいなければ、もう少しはやれたはずだがな?」

 

 フロアに出てそう吐き捨てた彼が、拍手の下手人を睨む。

 睨まれた初老の男はくつくつと笑い、しかしその笑みを噛み殺した。

 そうして口を閉ざした後に顎を撫でる彼が、少し不思議そうに口を開く。

 

「確かに。まったくもって、君の言う通りだ。

 これでは困ると言うべきかもしれないし、私の失策だったと頭を下げるべきかもしれない。

 だが、私はいっそ安心すら覚えている。不思議なものだ、何故かな」

 

「知ったことか」

 

 壁に背を預けて、舌打ちしながら返す黒いアーチャー。

 男は彼の態度におかしげに、再び笑みを漏らす。

 

「ふふ……だが、この程度は予測範囲内だ。

 普通に使えば今のライダーという手札は、切れば勝利が約束される一枚。

 だが常磐ソウゴの存在を考慮すれば、あれは布石以上の何物にもならない」

 

「へえ、あんな化け物誰にも止められなさそうだけどねえ。

 そういうもんなのかい?」

 

 アーチャーの対面に、刺青を刻んだ上半身を晒す青年が浮かび上がる。

 霊体だったものが肉体を構成し、現世へと顕現したのだ。

 つまるところ、彼もまたサーヴァントである、ということ。

 

 彼からの問いかけに対し、鷹揚に頷いてみせる男。

 

「ああ、そういうものだ。今のライダーは()()()()()()()()()()()

 それ以上でも以下でもない。

 戦力として計算したいのであれば、あんな力を与えるべきではなかったろうね」

 

「強くなってんのに戦力でなくなるって? よく分かんないなァ」

 

 今のライダーは光さえも置き去りに走る殲滅兵器。

 倒す倒さないとか、勝てる勝てないとか、そんな次元にはいない。

 だというのに、男は敗北を確信しているという。

 理解が及ばない、という顔をしている青年に対し、男は苦笑しつつ答えた。

 

「これは常に敗れる側の真理だよ、アサシン。君が覚えておく必要はないだろうね」

 

「―――ハハ! そりゃ俺には関係ないわな!

 敗れる事が分かり切ってたらそこから逃げる男にゃあ関係ない話だ!」

 

「敗れると分かっているのに、勝負を挑む方がどうかしていると思うがね」

 

 何がおかしいのか笑うアサシンに、気怠そうに肩を竦めるアーチャー。

 彼らを見て微笑みながら、男が小さく言葉を吐く。

 

「いやまったく。どうかしているのだろう。

 ……どうかしてしまったのだろうさ」

 

 微笑みの裏に何らかの感情を滾らせ、男はそう呟く。

 それに対して、一瞬だけ僅かに目を細めるアーチャー。

 互いに互いの反応を感知しつつ、しかし動かず。

 

 ほぼ二択であっても正解が分からなければ動けない。

 自分という弾丸は、一発しか用意されていない。

 諸共撃ち抜ける状況ならともかく、そうでないなら引き金に指はかけられない。

 

 面倒な話だ、と心中で吐き捨ててアーチャーが男に問いかける。

 

「……それにしても現地に現れたアーチャーは、随分とその魔王とやらの情報を持っていたようだが? でなければあんな立ち回りはすまい。あれがなければ、現実的に考えて援護を諦めていただろうよ。情報管理が甘いのか?」

 

 アーチャーの苛立ちなど分かっていように、それをおくびにも出さず。

 彼は笑みを湛えたままに、言葉を返す。

 

「そう責められるとさっさと謝ってしまいたくなるところだが。

 ただ、この特異点においてはこのやり方が真っ当だろう?

 本来持ち得ないような情報を敢えて残すことで、彼女たちの疑心を煽ると言った風に」

 

「思ってもいない事を口にする。

 人を謀るためのセンスはあっても、ジョークのセンスは持っていないらしい」

 

「まあそう言わないでくれ。いやしかし、その通りだとも。

 彼女たちは怪しさだけで排斥はすまい。そんな連中ならば、ここまで届きはしない。

 だからこそ、なのだ」

 

 カルデアらの前に姿を現したあのアーチャーは怪しい。

 これ以上ないくらいに怪しい。だがそれだけだ。

 敵か味方かは判然とせず、何故そんな情報を持っているかも分からない。

 受け入れない、というのが一番簡単な選択肢だが―――

 

「信じるか、信じないか。受け入れるか、受け入れないか。

 それらはそれぞれ別の選択肢だ。

 信じられるものは信じられるとして受け入れる。

 怪しいものは怪しいものとして受け入れる。

 彼女たちは、信じられるものも信じられないものも、等しく受け入れて前に進む」

 

「警戒心が欠如しているだけだろう」

 

 呆れるように鼻を鳴らすアーチャー。

 彼の言葉に一度頷きつつ、男はそのまま言葉を続けた。

 

「確かにそういう面もあるだろう。だがその上で、得難い感性だ。善良の素質を持つ人間が、善良な先達に恵まれ、善からぬ事態に見舞われながらも、しかし善き人生を歩んできた。

 無垢なだけというわけではなく、理解してそれを選んできたのだ。そういった人間はそうはいない、かといって似たような人間が皆無というわけではない。平凡という評を逸脱しない、しかし紛れもなく善良な者。だからこそ、私が勝負を賭けるに足る」

 

 荒ぶる声。眼鏡越しに眇められた眼光に、何らかの感情が燃えている。

 それが誰に向けられたものなのか、それだけが判然としない。

 

 だからこそ、銃口を向けられない。

 今度は一切反応を見せず、アーチャーはただ壁に背中を預け続けた。

 

「はぁー、教授(プロフェッサー)にしちゃ随分と高評価なことで。呼吸をそんなに荒げるほどに褒めるたぁ妬けるね、今ここにいる下働きとしちゃ」

 

 肩を竦めるアサシン。

 教授(プロフェッサー)と呼ばれた男は、そこで小さく咳払いする。

 そのまま一度瞑目すると、瞼を開くと共にゆるりと口角を上げた。

 

「ふふ。なに、君たちの事も信じているとも。でなければ同盟など誓わないさ」

 

「どの口が」

 

 あまりに白々しい、と。アーチャーが呆れた様子で口を挟む。

 だが教授はそんな相手に微笑みを向けた。

 

「無論、この口が。何故なら今回ばかりは私も実行犯の一人。

 君たちは蜘蛛糸に繋がれた駒ではなく、私の共犯者だ。

 これでも組む相手を選ぶことくらいはするよ、私は」

 

「ほほう、今回のあなたは些か勇み足が過ぎる、という印象なのですが。

 何か宗主替えでもされたのですかな?」

 

 そこで、フロアの奥に繋がれた者が口を挟む。

 教授が視線を向ければ、そこにいるのは黒い鎖と楔に繋がれた一人の男。

 彼は自身を縛るものに苦痛の表情を浮かべつつ、それでも言葉を紡いでみせた。

 

「……虎穴に入らずんば、という奴だよ。

 前に出ずに人を動かすのも私ならば、必要となれば前に出て動くのも私だ」

 

「なるほどなるほど、つまり―――」

 

 何か訳知り顔でニヤリと。

 そうした表情を浮かべた相手に、パチン、と指を弾く教授。

 それに合わせて鎖が軋み、捕まえた男を縛り上げる。

 

「ぬ、ぐ……っ!?」

 

「残念ながら、君に自由に喋らせては劇が別物になりかねない。

 君の描く即興劇に興味がないではないが、それはまたの機会があれば、だ。

 今回は大人しく台本通りの小道具を用意しておいてほしいところだ。

 して、どうだろう。ミスター・シェイクスピア?」

 

 名前を呼びかけられた文豪の腕が動く。

 別に動かしたいわけではないが、動かすからには思考も動かす。

 彼によって綴られる文章が、新宿の街に怪物を紡ぎ出す。

 

「リア王の量産をお願いしよう。

 打ち捨てられて彷徨う老爺など、今の新宿には似合いとは思わないかね?」

 

「量産とは! それ、印刷所の仕事であって作家の仕事じゃありませんなぁ!

 それにこういう小道具、吾輩の趣味じゃないのですが!」

 

 突き立った楔から拡がっていく黒化の衝動。

 それによって黒く染められ、オルタ化とでも言うべき変質をきたしたシェイクスピア。

 彼は文句を並べながらも、しかし強引に書かされ続けている。

 口では何と言おうと、死ぬ気の抵抗というほどのものも見えない。

 

 嫌々ながら止まらない作業。

 それを見た教授が満足気にひとつ頷いた。

 

「大変結構。私も君の主義には同意するが、これは面白みを求めた舞台ではないのだよ。

 ―――さて、ではこれからも粛々と動き続けようか。()()()()()のために」

 

「……ではどうする。量産したリア王で攻める気か?」

 

 溜息混じりで吐き出されるアーチャーからの問いかけ。

 教授はそれに対し、首を横に動かした。

 

「リア王には街を徘徊させるだけだとも。そういう怪物だ。

 コロラトゥーラと大差ない。成り立ちが悪趣味なところも含めてね」

 

「流石に吾輩、あの人形ほど悪趣味ではありませんが!」

 

 シェイクスピアからの反論を聞き流し、教授はくつくつと笑う。

 話が進まない、と。促すように再び問うアーチャー。

 

「ライダーはそうそう敗れまい。お前の言う魔王が成長するまでは、な。だが放っておけばバーサーカーと歌舞伎町が落とされるだろう。そこをリア王にカバーさせるわけか?」

 

「いや、まずは商売を進めよう」

 

 そんな返答に眉を顰めるアーチャー。

 だが彼の様子を気にかけず教授は、得意げに眼鏡のブリッヂを指で押し上げた。

 レンズ越しに輝くその眼を見て、アサシンが片目を瞑る。

 

「するってーと。それ、俺の仕事か?」

 

「そこは違う。が、まあ一仕事は頼もう」

 

 歩み出す教授。傍目から見ても浮かれている、ような。

 そんな男の背中を見ながら、アーチャーとアサシンが揃って顔を顰める。

 

「これはバーサーカーに任せる話さ。彼に攻めてもらうのだよ、竜の魔女をね」

 

「……どういう了見だ、そりゃ。バーサーカーたちを歌舞伎町から離すのか?

 というか、それのどこが商売?」

 

 なんだそりゃ、と。アサシンは意味不明な動きに呆ける。

 バーサーカーは歌姫のためにしか動かない。彼はそういうものだ。

 教授から声をかけたところで、言う事を聞くとは思えない。

 

「これはクライアントからの依頼なのだよ。それに、別にこちらからバーサーカーを直接動かす必要はない。アサシンが彼女に伝えてくれればいいだけだ。

 主殿―――いや、“魔術師殿”だったかな? とにかく、彼女たちがレイシフトしてきたぞ、とね。まあ、彼女のマスターはいないわけだが」

 

「……あー、はいはい。そういやご同業だったんだっけ?」

 

 嫌そうにしながらも逆らう気はないのか、アサシンが肩を竦める。

 溜め息混じりにそうしている彼を一瞥してから、アーチャーが教授に顔を向けた。

 

「それで? クライアントと、その依頼内容は」

 

「ライダーに力を与えた彼さ。

 依頼は――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

「何の意味があるんだ、そりゃ。舞台女優でも欲しがってるってわけかい?」

 

 黒化した聖女と、愛に狂った怪物。

 そんなものをひとところに集めたとして、何があるというのか。

 さっぱり分からぬ、と投げやりに呟くアサシン。

 彼と無言でいるアーチャーを見てから、教授はおかしげに一言付け加える。

 

「さて。どちらかというとこの二人の利用法は……クライアントが望む役者のための、メイクアップアーティストのようなもの、に思うがね。

 そういう意味でも、開幕を告げるのにオペラ座の怪人は、相応しいキャスティングだろう」

 

「はーん……?」

 

 何を言っているのやら、とアサシンが呆ける。

 そこで軽い舌打ちとともに壁から背を離し、アーチャーが歩き出した。

 

「……地獄までの道行きならいざ知らず、くだらないジョークにまで付き合う気はない。

 命令を下すならさっさと下せ、教授(プロフェッサー)

 

「やれやれ、まったく手厳しい。

 ――――よろしい。ルートは算出済み、障害は想定済み、結末までは後一手だ。

 では進軍開始だ。破滅に向かって前進しようか、諸君」

 

 もう道筋は敷き終わっている。完勝までの布石は打ち終えている。

 誰にも知られぬまま、誰にも悟られぬまま。

 いまこの世界に彼らの勝利を知るものはどこにもいない。

 

 誰も知らないことを知らないままに確信しながら。

 教授と呼ばれた男は、積み上げてきた終わりの始まりを踏み出した。

 

 

 

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