Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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願いを綴じた箱2000

 

 

 

 布団代わりの薄い布を押しのける疲労感で重い腕。

 未だにひりつく右手の調子を確かめつつ、ソウゴは上半身を起こした。

 寝ぼけまなこを擦る彼の前で、家の戸が開けられる。

 

 隙間からちょろっと覗くのは少女の顔。

 クロエは起きたソウゴを視認すると微笑んだ。

 

「あ、起きた? 桃食べる?」

「あー……うん。桃しかないよね」

「昨日来た魔獣の焦げた肉ならあるかも」

 

 肉は食べたいがそれは、と。

 少しだけ悩んで、流石に首を横に振る。

 そうよねー、と笑ってみせるクロエ。

 

 怠い体をおして体を起こし、立ち上がるソウゴ。

 

「みんなは?」

「わたしたちとリツカのチームが居残り。

 オルガマリーとツクヨミはとりあえず不夜城の周囲を探ってみる、って。

 ああ、フェルグスとゲイツって人もそっちについてったけど」

「んー……ライダーは?」

「レジスタンスを昨日のショックから立ち直らせる、だって」

 

 半開きだった扉を押しやり、全開させるクロエ。

 そうしてから踵を返して歩き出した彼女を追い、ソウゴも歩き出す。

 

 外に出てみても昨日の戦闘の被害は大きくない。

 

 ソウルイーターたちはサーヴァントを優先して狙った。

 結果として人的被害はほぼなく、怪我人はいても死人はいない。

 被害が一番酷い場所は恐らく、ソウゴたちと加古川飛流が戦った辺り。

 戦闘の余波によって破壊した土地的な被害だけ。

 そこも集落からはそれなりに離れた場所であり、目に見える被害などほぼ無いと言える。

 

「あ、ソウゴ。起きたんだ?」

「うん」

 

 歩いてきたソウゴに気付く籠を持った立香。

 その中に詰まっているのは大量の桃。

 飛行して桃をもいでいたイリヤもそれに気づき、地上へと降りてくる。

 着地と同時に転身を解除し、元の制服へと戻る少女。

 

「桃?」

「ソウゴさん、大丈夫ですか?」

 

 小走りで走ってくるイリヤ。

 ソウゴの視線が、自然とその手の中にある桃へと視線を追う。

 それに気付いた少女が自分の手を確かめて、とりあえずそれを差し出した。

 礼を言いつつ受け取り、彼はそのまま口に運ぶ。

 

「俺は大丈夫だけど……そういえば白ウォズは?」

「私たちは見てないけど」

 

 立香が視線をクロエに向ける。が、彼女は肩を竦めて返した。

 またもやすぐに消えたようだ。

 もしかしたら今は、彼が救世主と呼ぶゲイツと一緒にいるかもしれないが。

 

 そうして幾つか言葉を交わしつつ、彼らは集落の中心を訪れる。

 そこでは木を削りだした槍を手にした男たちが、デオンに軽くあしらわれていた。

 デオンは当然剣を抜く事もなく、まともに目を向けることさえない。

 数人の人間が一息に空中に投げ出され、地面に背中を強かに打ち付けていく。

 

「ああ、起きたんだね。大丈夫そうで何よりだ、マスター」

 

 にこやかに微笑みつつ、流れ作業で投げ飛ばされる男たち。

 そんな異様な光景を眺めつつ、ソウゴは桃を口に運ぶ。

 

「それよりデオンはそれ、何してるの?」

「これかい? ……ライダーに頼まれたのさ」

 

 言いつつ動かす手、またも男が空を舞う。

 

 後方でそれを見ていたライダーが小さく笑う。

 そのまま彼は転がった男に歩み寄り、支え起こした。

 起き上がらせた男の背を叩き、下がらせる。

 

「とりあえず休憩だ! おう、嬢ちゃん。頼むぜ」

「うん」

 

 声をかけられた立香が籠をへたり込んだ男たちの方に持っていく。

 ようやく補給できる水分に群がる者たち。

 そんな光景を見てから、ライダーはソウゴたちに向き直った。

 

()()()()()()()()()()、ってのは身をもって味わっておいた方がいいと思ってな。どう足掻いてもどうにもなんねェ、ってのを巧く理解させてやってくれと頼んだわけだ」

「そうは言っても軽くやり取りした程度で一朝一夕に理解できる事でもない。下手に自信をつけられても、無駄に自信を喪失されても困る。

 私としては、素直に救出した男性の誘導だけをやってもらうべきだと思うが」

 

 呆れた風な視線をライダーに向けるデオン。

 そんな二人にかけられる声。

 それは木陰で棺桶を椅子代わりに座っていたらしいモリアーティのもの。

 

「まァ相手がアマゾネスや海賊だけなら彼らに援護をしてもらう、というのも一つの手だったかもしれないがネ。戦闘になった場合ほぼ確実にメガロスが出てくるからそうも言っていられない。

 彼らを犠牲にしても気にしない、というならそれでもいいが、そうではないなら絶対に戦闘に参加させるべきではないヨ。何せあの大英雄であれば、攻撃の余波だけで人間なんて紙屑のようにバラバラに引き裂いてしまうだろうからネ」

 

 どうあってもメガロスの存在は無視できない。

 三国の支配地域で戦闘を行う場合、メガロスを勘定に入れない事は不可能だ。

 そしてその前提がある以上、普通の人間は前に出せない。

 

 もちろん、そんな事は分かっているとライダーは言う。

 

「そりゃそうだ、俺だってそう思ってら。どうしようもねえなら死ぬ事も勘定にいれてやらなきゃならねェ事もあるだろうさ。けどお前さんたちと協力できてるならそうじゃねえ。

 お前たちはあの化け物、メガロスとさえ戦える。戦力は十分に足りている、と言っても過言じゃねえ。なのにここであいつらを前に出すなんて、無駄死にしてこいって言うようなもんだ」

 

 そんな馬鹿な事するものか、と本気で彼は吐き捨てる。

 彼の様子を見て、這いつくばっていた男たちはどこか悔しそうに拳を握った。

 

 デオンが指を帽子の縁にかけ、目線を隠すように前に傾ける。

 

『では、なぜ……?』

「もちろん前に出す気はないさ。ただ心構えってもんがあるだろう?

 メガロスと戦えなんて言わねえ。女王たちの首を狙えとも言わねえ。あっちの領地で兵士どもとやりあえばメガロスが出てくる以上、そもそも戦闘は可能な手段に入らねェ。あいつらに任せられるのは、捕まってた奴を抱えて必死に全力で逃げる事だけだ」

 

 ライダーの言葉に俯く男たち。

 それはそうだ、あんな化け物と戦える筈がない。

 彼らは捕まっていた人間を連れ、逃げる事しかしてこなかった。

 当たり前の話として、逃げる事しか出来なかった。

 

 そうしてこられたのは、ライダーがそれで問題ないように全てを整えてくれたからだ。

 

 無力感ではない。ただ純然たる事実として、無力なだけ。

 そんな事は分かり切っていたけれど。

 

「―――だがよ、それが戦えねえ奴らだから任せた仕事だからってな。その仕事が怪物と戦う事に劣るものってわけじゃねェんだ。

 戦えねえから仕方なく割り振られた仕事、で何となくやってもらっちゃ困るんだよ。戦う必要はねえ。死なないように脇目も振らず全力で逃げるだけでいい。だがよ、それは戦ってる奴と同じくらいに命を張って、全力で逃げてもらわなきゃならねえって事なのさ」

 

 ライダーが腰を落とした連中に歩み寄る。

 そうして彼は、手近な男の肩を叩きながら笑いかけた。

 

「出来ねえ事は出来ねえ。裸一貫で泳いでも海は渡れねえし、どんだけ必死にジャンプしたって太陽には届かねえ。目算も立てずに出来っこねえと分かり切ってるままに無理にやろうとする、ってのは挑戦なんかじゃねェ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう信じて挑み続ける事への諦めなのさ。不可能を可能なとこまで引き寄せるところから全部が全部戦いなんだからよ」

 

 彼はそう言いつつ、這い蹲っている者たちをぐるりと見渡す。

 その顔を、表情ひとつひとつを確かめて、力強く大きく頷いた。

 

「こんな世界をぶっ壊して、こんな状況を変えてやる。そう信じて進むために、自分が出来る事に全力を尽くす。ここにいる俺たちはいま全員そうしているんだ。

 だったら俺たちは誰一人へこんでる暇なんかねえってな」

 

 男たちが瞳を揺らす。

 そんな揺らぎを正面から見据えて、ライダーが言葉を紡ぐ。

 

「怖ェからなんだ。何も出来ねえかもしれねえからなんだ。それでもどっかに道がねえもんかと探し続ければ……諦めなきゃ、いつかは必ずどんな夢も叶うモンさ」

 

 ライダー自身が噛み締めるように、諦めるなと口にする。

 どこかに熱がこもったのか、彼はその勢いのままに続けた。

 

「出来る気がしねえなら無理するな。代わりに、自分に何か出来る事はねえかと考え続けろ。何も出来ねえからって腐ってる暇なんかねェ。何も出来ねえからこそ、そこで何かしてる奴より考えろ。そこにあるもん全部と、そこには無くても手に入りそうなもん全部を思い描け。それを使って何か出来る事はねえかと考えろ。

 ―――諦めねェ事だけは、どんな状況の誰にだって出来る事なんだからよ」

 

 言い切ったライダーの掌が、男の一人の背中を叩く。

 全員が受け取った言葉を噛み締めて、くたびれた体に力を入れ直した。

 

「……はい、ライダーさん」

「おう」

 

 そんな様子を見ていたのか、カルデアからロマニの声がする。

 

『うーん。組織立った行動をしてる辺りでそうだろうとは思ったけど、ライダーは何らかの集団のトップとして活動していたサーヴァントなんだろうね。

 格好やら何やらを考えると、やはり……船長、という感じだろうか』

「船長……確かにカリスマというか、リーダーシップ、的なものを感じるというか」

 

 ロマニの声に頷くイリヤ。

 否定はせずに、しかしなんか納得いかないとクロエが振り向く。

 デオンは特に表情を変えず、立香とソウゴは彼らをただ見ている。

 

「―――――」

 

 棺桶に腰かけたモリアーティが片目を瞑り、胡散臭い表情を浮かべる。

 

 そんな男を見て、クロは微妙な顔。

 一番怪しい奴が味方にいるせいで感覚が麻痺してきている気がする。

 

 エレナの出現以降ホームズは完全に引っ込んだ。

 もうここに居たところでまだ語る時ではない、くらいしか言わないだろうが。

 どうにかもう少し情報を得たいが、どうしたものか。

 

「すみません、デオンさん。もう少し、もう少しだけ付き合ってもらっていいですか?」

「―――構わないよ、キミたち自身がやる気なら手伝うとも」

 

 男がひとり立ち上がりながら声を張る。

 一瞬だけ驚いた様子をみせたデオンはしかし、すぐに了承した。

 真っ先に動いた男に続き、他の連中もデオンに特訓を求める。

 

 そうして再開された男たちがぽーんと飛ぶ光景。

 

 遠巻きにそれを見ていたソウゴたち。

 そんな彼らの視界に、光が掠めた。

 光が空に瞬きながらここから少し離れた位置に落ちていく。

 

「あれ? 今の……」

『サーヴァントの霊基反応、確認しました。エレナさんです』

 

 それが彼女の宝具である円盤だとマシュに補足され、立香は頷いた。

 ここで見ているより、とそっちに向かいだす集団。

 腰を上げる気なしのモリアーティが手を振り、彼女たちは送り出される。

 

「UFOかぁ、そういうのが宝具のサーヴァントもいるんだね……」

「正体が分かっているなら未確認ではないただの飛行物体なのでは?」

「あの円盤って正体分かってるのかな」

 

 イリヤの呟きに答えるルビーの言葉に、立香は不思議そうに首を傾げた。

 

「空飛んでる変なもんなら大体UFOでいいんじゃない?」

「へえ……」

 

 曖昧な相槌を打ったソウゴに立香が視線を向ける。

 彼はそこで言葉を止め、続きを言う事はしなかった。

 そんな無言のやり取りを見て、クロエがソウゴの方に寄っていく。

 

「なになに、何て言おうとしたの?」

「え? うーん……」

 

 言わせなくていいのに、と立香が溜め息ひとつ。

 ソウゴがまあいいやとあっさりと噤んだ口を開いた。

 

「じゃあ魔法少女もUFO? って」

「それ! そっくりそのままソウゴさんって言うか仮面ライダーにも返しますから!」

「どっちかというとUMAよね」

 

 そうして言葉を交わしつつ、光点が落ちていった場所を目指す。

 

 木々の合間を縫って幾らか歩けば、そこにあったのは一部が円形に潰された草原。そしてそのミステリーサークルの中心に立って、機嫌よさそうに空に帰る円盤を見送るエレナの姿だった。

 

「おかえり、エレナ」

「あら? あなたたち、どうしたの?」

 

 浮ついた声色からも分かるほどの上機嫌。

 そんな様子に目を見合わせつつ、ソウゴが問う。

 

「嬉しそうだけどなんか見つかったの?」

「ええ! そうなのよ! 今回の探索でそれらしいところを見つけたの! ううん、実際にはまだ見つけていないのだけれど!

 でもここだ、って私の直感? マハトマの導きがあった気がするのよね!」

 

 食い気味に返ってくる声。

 何がそれらしいのかがさっぱりだが、どうやら余程嬉しいらしい。

 ソウゴは今にも跳ね回りそうなエレナを見てきょとんとする。

 

「ふーん……それらしい、って。たとえばどんな?」

「うーん、言うにしても確認してから……いえ、ううん、よくってよ! 聞きたいなら教えてあげましょう! でもまだ確証はないから吹聴したりはしないでね。どう足掻いても否定できない確かな証拠を見つけた上で、私が発表してやるんだから!」

 

 喜悦ばかりだった外見少女の様子に、一片の怒りのようなもの。

 何が引っ掛かったのかは分からないが、多分ホームズなら分かるのだろうか。

 立香がマシュの映像に視線を向けるが、マシュは小さく首を横に振る。

 出てこない、と。

 

 そうしている間にもエレナが体を乗り出し、語りだしていた。

 

「私の推測が正しければね、()()()()()()()

「……下? 下に何が?」

「そう! 地下の地下―――地下国家の更に地下よ!」

 

 どれだけ荒ぶっているのか。

 もしかして実はこっちの声が届いていないのか。

 浮足立っているどころじゃない彼女に、立香が再度問いかけた。

 

「地下の地下に、一体なにがあるの?」

「ふふふ……それはね? それはね!」

 

 勿体ぶる気があるのかないのか、エレナの返答はすぐさまだった。

 

()()()()よ!」

「……れむりあ?」

 

 レムリアとは?

 そう首を傾げた少年少女を見て。いや、見えていないのかもしれない。

 エレナはそのまま思う様に語りだした。

 

「ここには広大な地底湖があるでしょう? それも各都市に流れる河川まで形成されている巨大な湖。それを調べてみた限り、一定の地点で明らかに水の流れが途絶している事が分かったの!

 つまり下っている川の流れが途中でどこかに消えている……地底を流れる川の水が一体どこに行くというのでしょう。そう―――レムリアでしょう?」

「そうかな?」

「きっとそうなの! いいえ、絶対そうよ!」

 

 まだまだ語りそうなエレナを止めるため、外からかかるのはロマニの声。

 

『えーと。レムリアというのは……あなたが著書において言及した、かつて存在したとされる太平洋に浮かんでいたユーラシア大陸と同規模の大陸だという、あの?』

「ええ、そう。もちろん大陸そのままというわけではないと思うわ。これは推測になるけれど、かつて大陸の大部分を消失させるほどの災害にあったレムリアは、超古代文明を有する都市部のみを移動国家として残し、地底の空洞にあるアガルタの更に奥に―――いえ、もしかしたらそのレムリアの上にアガルタが築かれたんじゃないかしら? そう……地底王国アガルタは、星の奥底に沈んだ深層大陸レムリアの上に築かれたものだった……!?」

「そうかなぁ」

「きっとそうよ!」

 

 嬉しげに両の平手を打ち合わせるエレナ。高らかに響く手を打つ音。

 そんな音を聞きつつも、よく分からないと彼女の目前の四人は首を横に倒す。

 彼女らに代わるようにエレナの理論に反応するのはマシュ。

 

『ええと、太平洋にあったとされる大陸国家がヒマラヤ山脈の地下にあるのは、流石に』

「そう! そうだったのよ! おかしいなと思ったのよ! つまりこれってレムリアは地底空間を都市ごと自由に移動できる超神秘技術を持っていたってことでしょう!? だったら太平洋を捜索しても痕跡は見つからないはずだわ! だってまだこの星の内側に健在だったんだもの! 痕跡を探しているのがダメだったのよ! もう無いものとまだ有るものを探す事で方法が違うのは当たり前の事だもの! してやられたのよ! ねっ、そう思うでしょう!?」

『あ、その、はい』

 

 よく分からないままにマシュも折れる。

 彼女の頭の上でフォウが、退屈そうにあくびをひとつ。

 

 とりあえず聞かない事には始まらないのか。

 しかしどこまで聞けば終わるのか。

 その答えを持たないままに、彼らは大人しくエレナの言葉を待つ事にした。

 

「いえ、待って。そう、そうよ。レムリアが移動する際に造り出した地底の空洞を利用し、アガルタが築かれたと考えれば……? そうなると気になってくるのは当然、アガルタ人とレムリア人の関係……もしかしたらこの二つはまったく同じものだった、とさえ考えられるじゃない。

 なんてこと、考えを纏めてる場合じゃないわ……! 早くレムリアの場所を突き止めて、この仮説の実証を得なくちゃ……!」

 

 ふらふらと動き出すエレナ。落ち着きがないどころではない。

 わざわざ戻ってきてまた出立、なんて。

 ちぐはぐな行動を見ながら、ソウゴが彼女の背中に声をかけた。

 

「えーと……それ、レムリア? 以外が川の先にあるかもしれない? じゃん?

 なんか他の……アトランティス、とか?」

 

 いつぞや聞いたような代表的だろう沈没大陸の名を上げ、様子を窺う。

 ざっくりと否定されるかと思いきや、エレナは動きを止めて極めて難しい顔をした。

 

「む。それは、まあ、そうね。レムリアとは限らないわ。何かがあるのは間違いないけれど、レムリアと断定するにはまだ情報が足りない。地底湖からの川がどこかへ流入しているのは間違いないけれど、その先がどうなってるかは……」

「というか、何でそのレムリアってとこだと思ったの?」

「それは―――そうよ、マハトマの導きよ!

 うんうん、だからきっとレムリアに間違いないのよ!」

 

 一瞬だけ迷った様子を見せたエレナはしかし、クロエに更なる質問を受けた結果、何故か川の行き先がレムリアだという説を固めてしまった。

 なんでそうなるの、という言葉を飲み干してクロは目を細めた。多分、彼女自身に訊いても何の答えも出ないのだろう、という事実に確信が持てたから。

 

(って。仮にこの下にレムリアがあったら何なのよ。女王がもう一人いる……ううん、実はエレナが桃源郷じゃなくてレムリアに配置される女王だったとか?

 ―――魔神が潜んでるのはそっち? 地上……地下だけど。地上の三国を目晦ましにそっちに隠れて活動してる、とか)

 

 エレナの態度に頭を悩ませるクロエ。

 ソウゴと立香も同じく魔神が更なる地下に潜んでいるケースを想定して。

 しかし、二人揃って納得できていないような表情を浮かべた。

 

「水が流れ込んでる場所だから、海に沈んだ場所の伝承ってことだよね……海の底にある不思議な場所の話かぁ、わたしは浦島太郎くらいしか知らないや」

「竜宮城ってこと? ああ、まあ……それも桃源郷みたいな御伽噺よね」

 

 まあ関係ないだろうけど、と。呆れた様子のクロエがイリヤに視線を向ける。

 少女たちの会話に出た名前に、エレナが小首を傾げた。

 

「竜宮城?」

『日本の御伽噺の一つです。浜辺で子供にいじめられていた亀を助けた浦島太郎という男性が、そのお礼にと亀に連れられて、竜宮城という海底にある城に招待され歓待されるという……』

「へえ……」

 

 マシュに説明された内容を思い描くように、エレナが腕を組む。

 そんな様子を見て、悪戯な表情を浮かべたクロが続きを解説した。

 

「ま、実は地上と時間の流れが違った竜宮城から地上に帰った浦島太郎は、自分が竜宮城で過ごしている間に地上では長い長い時間が過ぎていた、という事を知ってしまうんだけどね。

 自分が知る者がもう誰も生きていないと知った彼は失意の内、竜宮城のお姫様から“けして開けてはならない”と言われて渡された事を忘れ、土産として貰っていた玉手箱を開いてしまう。彼はその中から出てきた煙に包まれ、その煙が晴れた頃には置き去りにされた分の時間を取り戻し、哀れ髪も真っ白い皺だらけの老人になってしまいました、とさ」

「玉手箱ってどこがお土産なんだろうね……」

 

 開けたら老けるだなんて、とんだトラップだ。

 何もかもが変わった百年後の世界で、時間に追い付かれて滅びる。

 もしいじめられている亀がいても助けるのはやめよう、とさえ思わせる非道い話だろう。

 

『そうだね。結果だけ見ればむしろ詐欺に近しいかもだ。ただまぁ、彼が訪れたのは竜宮城。読んで字の如く竜の御座す城。そんな城の支配者であるお姫様の思考が人間と同じスケールの筈もない。互いのサイズが違いすぎて、お互いにお互いの尺度では測れなかったというだけ、という考えもできる。乙姫から浦島太郎への処置自体は手厚いものにも見えるしね』

「開けたらおじいちゃんの玉手箱が手厚い処置ー?」

 

 ロマニの言葉を聞いて、胡乱げな視線を飛ばすクロエ。

 だがロマニのすぐ傍から、彼ではない声が放たれた。

 

『それは……わたしも少し、そう思います。開けてはいけないと告げながらも、玉手箱自体は渡した事。開けてほしくないなら渡さなければいいだけなのに。

 開けるなと告げながらも開けるだろう相手を嘲笑う、というようなタイプのやり取りを行う場合もありますが、浦島太郎の場合は乙姫からそういった悪辣さは感じません。彼女はただ、地上に帰ると告げた浦島太郎に対し、開けてもいい、という選択肢を与えるためだけに、本音では開けてほしくない玉手箱を与えたように感じるのです』

「事実を知って外れ者として苦しみながら生きるくらいなら、って?」

 

 自分でも整理がついていないようなマシュの言葉。

 彼女は言う。

 乙姫自身は望まずとも、浦島太郎に時間の流れに遵い滅びる手段を与えたのだ、と。

 

 それを聞いて半眼になりながらクロエが腕を組んだ。

 同じく考え込むようにイリヤにまた。

 むぅ、と眉間に皺を寄せた二人の少女が唸る。

 

『ははは……まあ、どうあれ見方次第さ。物語が浦島太郎視点で語られているだけで、彼を失った両親からすれば神に子供を拐かされた神隠し。

 後は例えば助けられた亀の視点からすれば一つの動物報恩譚。彼が与えられた救いに対して過剰なまでに恩を返しすぎた話、という見方もできるかもね。

 動物は古来から恩に対して過剰なまでに礼を尽くす。流れ的に日本の御伽噺繋がりで言うと……亀と言えば鶴かな? ―――例えば鶴の恩返しだと、老爺に救われた鶴は自分の美しい翼から羽の大半をむしり、老夫婦を富ませるために自分の翼を犠牲にして美麗な反物を仕上げたという。

 彼女の場合は翼だけだったが、行き着くところまで行くと命を捧げたものも少なくないだろう。しかしそれは逆に言うと、大抵の場合だと動物は行き着くところまで行っても命を捧げるとこまでで済むということだ。だがその亀にはそれ以上の事ができてしまった。いち生物が命を懸ける以上の偉業、人を神の御許にまで導くという奇跡を行えてしまった』

 

 ロマニの例えを聞いて、少女二人が何かに気付いたように顔を上げた。

 

「つまり……」

「乙姫視点だと浦島太郎は相互不理解のせいの悲恋ってこと?」

『んん? ああ、いや。そこまでは言わないけれど。というかそもそも浦島太郎と乙姫が婚姻した、っていう話もあったような……まあとにかく、うん。

 それに最後に浦島太郎が鶴になって飛び立つっていうケースの話もあるみたいだから、そうなった浦島太郎が再び乙姫の元を訪れ結ばれた、みたいな話で考える事もできるかもね』

「へえ、おじいちゃんじゃなくて鶴に変わる事もあるのね」

 

 息をつくクロエ。

 そんな彼女の後ろで、イリヤが小さく目を伏せる。

 

「……おじいちゃんに変わる事もあるし、鶴に変わる事もある。そう考えると、乙姫は浦島太郎に玉手箱を開けて、鶴になって帰ってきて欲しかった、のかな?」

『……玉手箱は彼を老化させるものではなく、彼の願いを叶えるものだった。まるで聖杯のように、望みを成就させる奇跡だった……ですが、開けてはいけないと告げた事を考えると、そうはならないと彼女には分かっていたのかもしれません』

「もしそうだとしたら、なんか悲しいね……」

 

 消沈しているマシュとイリヤ。

 そんな二人の方へクロエが視線を向ける。

 その視線を受けて、イリヤは悲しそうに小さく続けた。

 

「だって乙姫は浦島太郎に一人だけ取り残された世界を見た後、乙姫のところに帰りたいと願って欲しいって想って玉手箱を渡したんでしょう?

 なのに浦島太郎はそうじゃなくて、元の時間の流れに帰りたい、って願っちゃったんだから」

「……浦島太郎の願いは叶ったけど、それを渡した乙姫の願いは叶わなかった、って?」

 

 どこか物悲しい雰囲気に染まり始めた状況。

 ハイテンションだった筈のエレナさえどこか困っているように見える。

 彼女を落ち着かせる、という意味では大成功だったのかもしれない。

 

「ドクターのせいで何か変な雰囲気になっちゃったね……」

『ボクのせいかい、これ……?』

 

 そう言って助けを求めるように、ロマニがカルデアで視線を巡らせた。が、どの職員もまるで彼の失敗だと言うような顔をしている。

 なんとも四面楚歌な状況を十分に味わった彼は、次の休憩時間には推しのネットアイドルに憩いを求める事を固く誓う。やっぱりマギ☆マリしか勝たん。

 そんな男を見て、マシュの頭の上でフォウは小さく首を傾げた。

 

「キャーウ?」

『まあなんだ。こういうのは悲しいお話だけれど、当事者からすれば意外とそうでもなかったりするかもしれないし……そんなに気にしなくても』

 

 そんなやり取りを遠巻きに見つつ、ソウゴが隣にいる立香へ問う。

 

「立香は話に混ざらないの?」

「……なんか、流石にあそこまで恋愛全開の話には混ざれない、かな。

 私の代わりにソウゴが混ざってくれば?」

 

 二人揃って首を傾げ、四苦八苦しているロマニを見る。

 ローテンションのまま白熱し始める浦島太郎議論。

 ある意味では見ものではあるのだろうが、なかなか乗り気にはなれない。

 

「俺? うーん、よく分かんないし」

「だよねぇ」

「うん。俺が出来る恋愛の話なんて―――あ、セー」

 

 ふと何か思い出したように、一瞬だけソウゴが喜色の声を上げる。

 突然そんな声が出てくるとは思わなかった立香がきょとんと。

 しかしソウゴがその言葉を言い切る前に、より大きな声で割り込んでくるエレナ。

 

「―――えっと。まあ、そうね! もしレムリアじゃなくて竜宮城、っていう場所だったなら、それはそれで嬉しいわね! だってそこからその玉手箱というのが見つかれば、私が望みを叶える助けになるかもしれないっていう事でしょう?

 私の望みはこの世界の真実を知り、それを証明する事! その玉手箱で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! その手助けをしてくれるなら願ったりよ! ええ!」

 

 空気を変えようと気を遣ったのだろう。

 おかしいと思えるところはあるが、そんな人の良い部分は間違いなく彼女のままで。

 

 ―――そうして彼女が笑顔で宣言した瞬間。

 

 どこかで、誰かが。

 嗤ったような気がした。

 

 

 




 
 浦島太郎ってそんな話だっけ?
 
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