Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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夜を不らず690

 

 

 

「あったよ! 首輪!」

「捨ててきなさい」

 

 ちぇー、という顔をしてアストルフォが鉄製の首輪を放り捨てる。

 サイズ感は人間の首にぴったりなのだろう。

 本当にどこから拾ってきたんだこいつ、という視線を向けるオルガマリー。

 

 彼はそんな視線も何のその。

 軽く飛び跳ねて、短いスカートの裾をちらちらと揺らす。

 何故か彼の衣装が鎧からセーラー服に変わっていた。

 

『ヒュー……! なんて光景だ……!』

「誰よいまの声?」

 

 自分の城に問いかける所長職。

 だが答えは返ってこない。なので落ち着くために深呼吸を一度。

 大きく吸って、大きく吐いて、呟くように一言。

 

「報告者のボーナスには色がつくかも」

『あそこにいるムニエルがやりました……』

「じゃあ彼のボーナスを削って他に分配しましょうか」

『密告ぅ! 理不尽でしょ!?』

 

 あんな大声で言っておいて密告も何もない。

 流れで資金繰りに関して思考を回し、ここから帰ったらいい加減セラフィックスの処理も決めなくては、と。深々と吐息を落とす。

 彼女はそのままどこかの家の塀に背を預けると、城下町の光景を見上げた。

 

 夜を()らぬ国、不夜城。

 明かりを絶やさないのは、現代ではそう珍しくもない在り方ではあるだろう。

 だがこの街の光源となっているのは電気でもないようだ。

 街自体の機能としてそうなっている、としか言えない。

 

 侵入は二度目。

 一度は調査のために。そして再び、今度は攻略するために此処にいる。

 

 ―――背を預けた壁に小さく振動。

 誰かがこちらに迫ってくる気配。

 それを感じて、オルガマリーはそちらに顔だけを向けた。

 

「アヴェンジャー、どう?」

「どうって? まずはふらふら歩いてるみたいだけど」

 

 こっちに来ていたのはジャンヌ・オルタ。

 彼女はどこか楽しげに返し、軽く体を揺らす。

 

 そうして彼女の足元で翻るのは黒いドレスの裾。

 鎧ではなく、そのまま舞踏会にでも参加できそうな格好だった。

 戦場の鎧姿から夜会の礼服にドレスアップした女が、得意気に髪を靡かせる。

 

「……楽しげね」

「べっつにぃ? そういうわけじゃないけど?」

 

 そんなサーヴァントに呆れ顔を向けるマスター。

 だがサーヴァントの方は気にした風もない。

 

「どうせならあんたも何か着てくればよかったのに」

「そうそう! どうせいっぱいあったんだし!」

「生身に戻る前までならともかく、いま礼装を外せるわけないでしょ」

 

 何故か話に乗っかってくるライダー。うるさいとばかりに二人に向けて手を払う。

 

 そも、純粋に生命維持の問題だ。

 バビロニアのように呼吸にさえ困るような事はないだろう。

 けれどこの戦場でただオシャレをするためにそんな無防備を晒せるはずがない。

 

 ―――もっとも。

 一人、自分からそんな事を笑って提案した馬鹿もいるのだが。

 

 

 

 

 

『つまり不夜城内では女性が男性を小間使いとして扱っている、と』

「とりあえず軽く見ただけですけど、最低限の扱いはされているような印象でした」

 

 不夜城の外に設けられた検問のような場所は酷くざるだった。

 潜んで抜けるのはいとも容易かったという。

 なのでどうせなら、と彼女たちは不夜城内も軽く偵察してきたのだ。

 

 結果として見た光景は、女が洒落た服を着て男を連れ歩いている様。

 男たちは主人である女の荷物を持ち、褒めそやし、そして彼女たちに養われる。

 いい扱いだったとは言えずとも、手酷く扱われているようにも見えなかった。

 

 ―――という、そんな状況だったらしい。

 

「もっとも、その男たちの様子は恐怖によってそうさせられているように見えたが」

 

 アルトリアはそう言って腕を組み、そこから話を変える。

 

「それはさておきだ。魔神の方の捜索も芳しくない。城下を一回りしたが、女王のいるらしい居城は一切見当たらなかった。

 当然女王の正体も不明で、魔神とあそこの女王の関係も分からないままだ」

「メガロス対策に安全を確保しているのかもしれないわね……」

 

 恐らくは侵入はバレていなかった筈。

 だが気付いていてもメガロスの来襲を嫌って無視した可能性もある。

 

「不夜城っていうのに城がなかったの?」

「パッと見ただの繁華街だったわよ、あそこ」

 

 不思議そうにする立香に応えるジャンヌ・オルタ。

 彼女の言葉にクロエがどこか楽しそうに反応を示す。

 

「へー、じゃあ普通にお店とかあったり?」

「生活雑貨と……衣料品の店舗は妙に多かったと思う」

「なになに!? アパレルショップが充実って、どんなのがあったの!?」

「こんなのかな!」

 

 クロのうきうきした問いかけに美遊が返せば、少女はより強い反応を示す。

 そうした彼女に軽く引き気味になった美遊に代わって。

 何故か、アストルフォが。何故か、大量の様々な衣装を取り出してきた。

 古代中国らしい、不夜城に相応しかろう民族衣装から始まって。

 

 セーラー服、イブニングドレス、水着、メイド服、バニーガールetc.

 何故かコスプレ衣装としか言えない数々の物品が積み上げられていく。

 

「……どうやって買ってきたの?」

「んー? 店の中で色々見てたら普通にくれたけど」

 

 首を傾げる立香にそうあっけらかんと答えるアストルフォ。

 無料で貰ってきた、という話以前。

 そもそも服屋に顔を出したという事実に額に掌を添えるデオン。

 

「偵察中に服屋を見学してたのか、キミは……というか、男だとバレなかったのか」

「まあね!」

「まったく褒めてはいないが……」

 

 ずらずらと並べられていく古代中国に似つかわしくない服。

 それを不思議そうに見ていたイリヤが呟く。

 

「普通にくれたって……買い物にお金とか必要ないのかな?」

『貨幣が流通していない、というわけではなさそうですが……』

 

 不夜城は外から見た限り、唯一文明的な社会を形成した国家だった。

 なくてはいけないわけではないが、貨幣の概念もありそうなものなのだが。

 そうして首を傾げる少女に同調するように、マシュも同じく首を傾ぐ。

 

 そこで話を変えようと挟まれるのはロマニの声。

 

『あー、んー……まあそれはいいとしてだね』

(たぶん戦力を殖やすために、捕まえた男とあれこれするのが国民全員に要求されている仕事だから、夜の生活への国からの援助だと思いますけど……せっかくなので、自分の質問の答えがさっぱり分かってない感じのイリヤさんにこっそり真実を耳打ちして、自分がいま人前で何を訊いたのか理解してのたうち回る様を撮影させて頂き―――)

(姉さん?)

 

 ガリ、と背部に押し付けられる刃の如きサファイアの羽飾り。

 その感触に確かな殺気を感じたルビーが停止する。

 そこには言葉を交わさずともお互いを理解しあう姉妹の絆があった。

 

「……?」

 

 空中で揃って止まる魔法のステッキ。

 心温まる姉妹のやり取りを美遊が不思議そうな顔で見上げる。

 

『身を潜めているという事実によって、不夜城の女王が魔神と関係ある存在である可能性が増したと思う。もうちょっと調査を続けるべきなんじゃないだろうか?』

「とは言っても肝心の不夜城が一切見つからないんでしょ?」

 

 先の調査だって別にさらっと見てきただけなわけでもない。

 その上で発見できなかったということは、何か仕掛けがあるはずだ。

 状況を進展させるには何らかのアクションは必須になるだろう。

 調査の続行、なんてはっきりしない方針で前に進むとは思えない。

 

「……それらしい場所はあるのよ。不夜城の城下街、その中心にね」

 

 不服そうなクロエに対し、オルガマリーはそう言った。

 なら先に言えば良いのにという視線を集める所長。

 彼女はそんな視線に対して鬱陶しげな表情を見せる。

 

「ああ、確かに不自然なほどに何もない広場だった。強いて言うなら中央が一段高くなっているくらいだったが……もし何事かが秘されてるのであれば、あそこしかなかろう」

「広場……?」

「はい。都市の中心、そこに……建築物も何も、一切存在しない空間がありました。

 どうにかして城を配置する手段があるとすれば、恐らくあそこに出るのだと思います」

 

 疑問を口にした立香に対し、美遊が軽く手を上げた。

 ルビーを制していたサファイアがひらりと彼女の元へ帰還。

 その上部をどうやってか開き、カメラのレンズを展開した。

 

 ぱっとレンズが輝き、部屋の壁に投影される不夜城の光景。

 映し出されるのは明らかに、不自然に、スペースの開けた何もない広い空間。

 

「っていうことは地下……地下の地下、か」

 

 違和感。ただ確信に至るまでではなく、口をつくのはどこかぼんやりとした声。

 そうした声を出した立香を一瞥してからモリアーティが口を開く。

 

「でも仮にそうだったとして、その城を実際に出現させる方法が私たちにはない。力尽くで確認しようと暴れれば当然、メガロスがやってくるしネ」

 

 何かをしようとして戦闘に突入すればメガロスとの戦闘。

 それはどこの国を相手にするにしても常について回る問題だ。

 微かに眉を顰めながらツクヨミが口元に手をあてる。

 

「…………でも。もしその不夜城らしき場所でメガロスを呼べれば、メガロスが暴れるついでに不夜城を壊してくれるんじゃ?」

 

 別次元に格納されている、とか。通常では霧となっていて触れられない、とか。そういう超常の手段ではなく、地下に潜っているだけだとするならばだ。ぶっちゃけ、その城がありそうなエリアで暴れれば、降ってきたメガロスが城を勝手にぶっ壊すのでは?

 そんな提案を聞いたオルガマリーが人差し指でこめかみを叩き出す。

 

「そうなると不夜城に攫われた人間がいた場合巻き込んでしまいますし……それに、あの不自然なくらい何もない広場が、こっちにそう考えさせるための罠の可能性もあるかもしれません。あそこに罠があり、メガロス相手に退けない状況を作られてしまった場合、かなり危険だと思います」

「そう、ね。うーん……」

 

 フェルグスの言葉に納得し、ツクヨミが思考に戻る。

 

「……あのメガロスとかいう奴は、その魔神とかいう奴の手下なんだろう。だったらいくらなんでも魔神とやらの事は襲わないんじゃないか。いくら機械的とは言ってもな」

 

 隅で柱に背を預けていたゲイツが、ぶすっとした様子でそう口を挟む。

 彼の言葉を聞いて、腕を組んで一段と難しい顔を浮かべるツクヨミ。

 

「もしそうだとしたら……不夜城に限らず三国を一通り襲撃してみて、メガロスが明確に暴れるのを避ける場所があったらそこが怪しい、ってことになるわね」

「それはそれで気が遠くなる話ね。メガロスを誘導しつつひたすら相手の本拠地を逃げ回るわけでしょう。出来ないわけではないでしょうけど」

 

 オルガマリーの視線がちらりとソウゴに向く。

 カブトの力を使えばメガロス相手の安全な鬼ごっこは叶うだろう。

 そうしてメガロスを引き連れ三国巡り。

 他の事を一切考慮しなければ、ある意味では最高に効率的な攻略法だろうが。

 

「俺にそれをやる気があるかないかはともかく、それって途中でスウォルツと飛流が来たら挟み撃ちされるんだけど」

 

 出来たとしてもやる気はないと言いつつ、そもそもやる気があったとして破綻している。

 そう言って口を尖らせるソウゴ。

 加古川のアナザーカブトや、範囲攻撃に長けたギンガである時間停止能力を備えたスウォルツ。

 そいつらのインターセプトがあった場合、当然メガロスに追い付かれる。

 その内の誰かとの一対一ならともかく、ニ対一以上に持ち込まれた場合支え切れない。

 

 彼の言葉に僅かに眉を上げ、ふいと視線を逸らすゲイツ。

 

「それよりさ、俺にいい考えがあるんだけど?」

 

 そうして笑って、言い放つソウゴ。そんな彼が視線を向けているのはデオン。

 マスターから目を向けられて、サーヴァントは訝しげに目を細める。

 

 そういう様子を見てオルガマリーが溜息ひとつ。

 腕を組んで、彼の提案を聞くために言葉の続きを促した。

 

 

 

 

 

「まったく……何でよりにもよってこんな服を選ぶのか……」

「でもなんか似合ってるんじゃない?」

「ありがとう、マスター。キミもよく似合っているよ」

 

 ソウゴの声に肩を竦めながら返すデオン。

 その姿は何故か、アストルフォが持ち帰った服の一着であるメイド服へと変わっていた。

 口調こそは不満げだが、表情は一切不純のない微笑み顔。

 他人から見られて怪しまれるような様子は一切外面には出していない。

 おろした金色の長髪を軽く掻き上げつつ、悠然と歩むばかり。

 

 対し、デオンの後ろを歩くソウゴは中華風の衣装。

 この不夜城内で男が揃って着ている服に着替えていた。

 

 そんな二人組は気を抜いた様子で城下を歩きながら、周囲を偵察する。

 

「……本当にこんな感じの服装ばかりだな。あと確かに商店も多く見られるが……竜の魔女は繁華街と言っていたが、この雰囲気はどちらかというと歓楽街だ。

 そう呼ばれるような都市にあるべき施設は一切見当たらないけれどね」

「ふーん……」

 

 デオンの言葉を聞きつつソウゴが視線を巡らせる。

 周囲にあるのは家、家、家。そこに混ざって服なり食料品なりに店。

 一般的な家屋が8割、残りは店舗くらいのバランスだろうか。

 

 マスターがそれを確認するのも待った後、デオンが続ける。

 

「そもそもここで一番多いのは住居なんだから、本来は住宅街と呼ぶべきなんだろう」

「それ、呼び方でなんか違うの?」

「真っ当に成り立っていれば住宅街なのに住宅街として認識されない。という事は、住宅が居住地としての性質を果たしていないと言う事だろう。

 まさしく不夜城だ。明かりが落ちないという表面的な事だけではなく、夜を()らないからこその名前。朝起きて夜に眠るのは人間として必然の行為だ。言ってしまえば、この都市の不夜というのは人間としての性質の放棄ですらある」

 

 視線を向けずに意識だけが向けられるそこらの住宅。

 ソウゴはデオンの意識を追って目線を動かす。

 

「だからこそ住宅が大半を占めるのに歓楽街にしかならない。だって彼女たちにとって住宅というのは安住の地、自分の居場所ではない。常に活動し続ける存在である彼女たちからすれば、家というのはただの一時の休息所……ホテルのようなものだ」

「つまりホテル街?」

「……まあ、うん。言葉を選び間違えたかな……」

 

 ホテルと最低限の物資を確保するためのショップ。

 城下街と見せかけてそれだけで形成されているのがこの国だ。

 だからこそデオンはここを歓楽街と称した。

 

「―――とにかく、ここが他国に比べて文明的なんてとんでもない。この街は人間という種族として決定的に間違えている。これならまだ原始的なだけでアマゾネスの方が真っ当だ」

 

 アマゾネスはただ戦場に生きる部族、というだけだ。

 相容れはしなくとも、存在を理解できないほどではない。

 だが不夜城は根本的に異なっている、とデオンは言う。

 

「……多分だけど、この不夜城の在り方こそがこの国の女王の思想なんだろう。夜という陰気を排斥し、昼という陽気のみで国家を運営する。

 暗い気質の存在を看過しない。傲慢であり、ある意味では何よりも潔癖な王」

 

 朝日が昇り、夜に沈む。

 そんな当たり前の日の運営にさえもその女王は抗った。

 伝承の方はどうだか知らないが、少なくともこの不夜城はそうだ。

 朝起きて、昼を過ごし、夜に眠る。

 その当然の営みさえも拒絶した結果がこの不自然な都市。

 

 ―――まるで、人間の在り方を変えようとしているようだ。

 集団としての動きが享楽的な方向ばかりなイースやエルドラドより遥かに。

 そういう点を加味すれば、やはりここが魔神の潜伏場所として一番怪しいのではないか。

 

「……でも多分さ。これって()()()()()()()()()()()()()()()、って思ってるからこそ力任せなやり方だと思うんだよね」

「…………なるほど、確かに」

 

 だがデオンに対し、ソウゴは言い返す。

 この国の異様な在り方を支える熱情は、恐らく人の生命に向いているものではない。魔神たちが拘っていた方向性と同じものではない。

 不夜城という都市から感じるのは絶対の自信。いつかは夜がくる、という当たり前な世界のルール。それさえも捻じ曲げてみせた、という女王が手にした栄光の証なのだ。

 

 そんな思考が魔神に混じるだろうか、というと。

 絶対にないとは言い切れないが、ソウゴはこれに首を横に振った。

 少なくともゲーティアやバアルとは一切通じない思想だ。

 

 結局確信は得られない以上、捜査は続けるしかないけれど。

 

 デオンがそこでそれまでの会話を打ち切り、軽く視線をソウゴに向ける。

 彼もまた了解したように口を噤んだ。

 改めてメイドが歩みを進めるのは、何かの店から出てきたばかりの三人組。

 女ひとりと、男ふたり。

 

 主人である女は何かを買って、ご機嫌な様子。

 それを褒めそやすのは太鼓持ちであり荷物持ちである二人の男。

 だが当然のように、男たちの行為は本性などではない。

 必死に浮かべないようにしても表情には不満がある。

 怒りと、悲しみと、その二つが霞んで消えるほどの大きな恐怖。

 

 それを見て、更に一通り周囲を見回して。

 改めて、その三人組の中の男のうち一人を見て、デオンが言う。

 

「……あの三人にしよう。ちょうどいい趣味をしている」

 

 その言葉に不思議そうに首を傾げるソウゴ。

 だがそれに対しては声を返さず、不自然ではない程度にデオンは歩みを速めた。

 

 そうして、まるで偶然見かけただけだという風に装って。

 デオンはつい思わず、といった風な声を上げた。

 

「へえ、いい趣味だ」

「?」

 

 女がデオンの声に反応して振り返る。

 そうして反応された事に動揺したふりをして、メイドが恥じらいを表に出す。

 頬を朱に染め、言い訳するように少し口調を早くして。

 

「ああ、すまない。私好みの子を連れていたんでね」

「あら、そう? あなたの連れてる子だってとても可愛いじゃない。そっちこそ私好みだわ」

 

 デオンの熱い視線を向けられた女の連れ、一人の若い男が居心地悪そうに身をよじる。

 逆に女から視線を向けられたソウゴはニコニコと笑い返す。

 その反応を見てか、女は逆にどうにも羨ましそうな視線をデオンに送ってきた。

 

 こちらもと若い男の方をちらちらと窺いつつ、デオンは女に問いかける。

 

「……もしよければどうだろう、パートナーを交換してみないかい?」

「うーん……そうねぇ」

 

 ソウゴと若い男の間で視線を彷徨わせる女。

 だが十数秒ほど悩んだ彼女は、意を決したようにソウゴを見据えた。

 

「ええ、いいわよ。せっかくだし交換しましょう」

 

 弾んだ声に対して微笑み、頷き、デオンが微かに横にずれる。

 その横を通ってソウゴが女に向けて歩き出す。

 話の内容を理解して、若い男もおっかなびっくりデオンに向け歩き出した。

 

(これで……)

(俺は不夜城の住民の所有物、だよね?)

 

 ―――こうして。

 常磐ソウゴは、晴れて不夜城の住人の所有物へと変わった。

 

 一瞬だけ視線を交わし、デオンが軽く手を挙げて女に別れを済ませる。

 男を伴って離れていくソウゴの元主人という役柄だったサーヴァント。

 そんなメイドの背中を見送りつつ、ソウゴはもう一人の男から荷物を半分押し付けられた。

 

 新しいお気に入りが入れば遊ばれるのはそちらになる、という喜び。

 だがあまりに興味が失われればいつ処分されるかも分からない、という恐怖。

 様々な感情を取り繕い、主人に対して笑みだけを浮かべる男。

 そんな彼を横に並べ、気分の良さげな女の後ろについて歩く。

 

 恐らくはどこかにある彼女の家に向かっているのだろう。

 巣としては機能せず、いつだって止まり木としてしか扱われない家のようなもの。

 

 歩いている内に、不夜城の中心。何もない開けた広場に差し掛かる。

 何もないが、人通りは結構存在していた。

 多くの女を持て囃す、それより多くの男。

 

 そんな光景を横目にしつつ、ソウゴは唐突に隣の男へ問いかけた。

 

「ねえ、あんたは家に帰りたい?」

「は?」

 

 面食らって足を止める男。嬉しそうな気配を消して、ピタリと止まる女。

 活気があった筈の広場が、一瞬のうちに静寂に変わる。

 周囲を取り巻いていた男たちが理解する。

 

 ―――また、この都市を支配するあの拷問殺戮が始まるのだ、と。

 

「どうしたの? 帰りたいの? 帰りたくないの?」

「か、かっ!? 帰りたくない! 決まってる、この国は天国だ! こんなに素晴らしい国から離れたいなんて思うわけがないだろう!? なに言ってるんだ、おまえ!?」

 

 ギチギチと、まるで錆びた歯車のように女たちの首が巡る。

 一瞬、男の位置で止まりかけた視線はそのまま動き続けていく。

 次に女たちの目が向かうのは、問いかけた方の少年。

 彼は男からの返答を受け取ると笑って、少し申し訳なさそうに言った。

 

「ふうん……じゃあごめんね。俺、これからこの街を壊すからさ」

 

 皮が裂ける。

 ソウゴの持ち主だった女が真っ先に、その姿を変えていた。

 着飾っていた女の姿が瞬く間に、顔面をベールで覆った黒服の女に。

 短鞭を手にしたその存在に対して、周囲の男たちから声が上がる。

 

「こ、酷吏……!」

 

 その姿こそ、この国の治安を維持する正義の執行者。

 天そのものたる女王が定めた令を罪人に正しき刻む拷問官。

 

 国家に対する叛逆の意を示した罪人は彼女たちが裁くものである。

 故に彼女たちはいま正に吐き出されたその大言の罪の重さを測り―――

 余りに看過し難い大罪を前に、周囲の女は全て酷吏としての正体を現した。

 

 この広場だけで五十はいるかという数が、一斉に。

 瞬く間に本性を露わにする殺戮者の軍勢。

 その意識は全てがソウゴへと向けられていて、まず一番近くにいた酷吏が彼に鞭を向けた。

 

 それを。

 

〈アーマータイム!〉

〈タカ!〉

 

 短鞭を振り上げていた酷吏の正面から赤い翼が飛来。

 そのまま激突して、その女の体を跳ね飛ばした。

 罪状追加。裁きを行う酷吏が追加で行動を開始する。

 

〈トラ!〉

 

 罪人の罪の重さは更に加算した。だがその罪を贖わせるための拷問である。

 拷問官たちがソウゴを目掛け、一斉に踏み切ろうとして。

 続けて地上を疾走してきた黄色い獣が、動き出そうとしていた女たちを薙ぎ倒した。

 

〈バッタ!〉

 

 天井知らずに跳ね上がる罪科の山。

 そうしている内に、跳ね回る緑の虫がソウゴの隣にいた男を広場の隅にまで運んでいる。

 

 それを見届けたソウゴが、構えを取った。

 

「―――変身!」

 

〈オーズ!〉

 

 ソウゴの全身がジオウという鎧に包まれ、更にその上から三色のアーマーを装備した。

 “オーズ”の名を刻む頭部、インジケーションアイ。

 その状態で彼は一瞬止まって空を見上げ―――しかし、何もない事を確認する。

 

「今のところは予想通りかな」

 

 国家の守護者の降臨はない。

 この大地における最強の戦士、大英雄ヘラクレスだったものはやってこない。

 

 メガロスは、その国の住人は襲わない。

 ただ暴れ始めた後に、巻き込まないように、という配慮を挟む事もないが。

 

 アマゾネスがアマゾネスの土地で戦闘を行ったとして。

 その最中、アマゾネスの放った流れ矢が建物を傷つけてしまったとして。

 あるいは、その矢が味方のアマゾネスを計らずも傷つけてしまったとして。

 

 では、メガロスは狙う外敵が全ていなくなった後、そのアマゾネスを攻撃するか。

 答えは否だ。彼はエルドラドを損傷させたアマゾネスを標的にはしない。

 勿論、そのアマゾネスが持っていた弓をわざわざ叩き折りにきたりもしない。

 

 だから恐らく、メガロスの敵性判定は外敵のみに絞られている。

 不夜城の住人の所有物になったソウゴは、不夜城で戦う限りメガロスには睨まれない。

 その予想を改めて確認し、ジオウが拳を握り締めた。

 

 躍りかかってくる無数の酷吏。

 それをトラの爪で捌きつつ、ジオウは両の拳を胸の前で叩き付ける。

 その所作に反応して灰色に輝くブレスター。

 中央に浮かぶ動物の名前がサイ、ゴリラ、ゾウへと変わった。

 

(つまり、逆に言うなら……)

 

 突然戦場に変わったエリアに取り残された男たち。

 彼らはどうすればいいかも分からず、尻餅をついて怯えるしかない。

 

 そんな連中の襟首を掴みながら、デオンは彼らをひとまとめに集め出す。

 奴隷となっている彼らを外に連れ出すまでいくと、それでメガロスが反応する。

 だが街中で一ヵ所に集める程度ならば問題ない。

 

 ジオウが不夜城と思われる地点で行動。

 彼が敵を集めている隙に、あらかじめ潜入していた全員で男たちを確保。

 街中の一点に集中させておき、タイミングを見計らって全員で逃亡だ。

 事前に分かっている以上、十分な準備を整えておけばメガロスの追撃とて止められる。

 

 そのために人手がいるから、と桃源郷を完全に空けたほど。

 木は幾らでもあると荷車を大量生産、本当に一人も残さず全員での行動だ。

 残した人間が魔獣に襲われるかもしれないなら、誰も残さなければいいという発想。

 戻ったら桃源郷内に魔獣が闊歩しているかもしれないが、そこはそれ。

 小細工は強引に正面突破するのがカルデア流という奴なのだろう。

 

 そしてどうやら酷吏の優先順位は大罪を犯したジオウに一点集中。

 想定以上にうまく流れている。

 ジオウ以外は反撃がメガロスを呼ぶ以上、戦闘は行えない。

 とにかく最速で大量誘拐の準備を行うのが、いまのデオンたちの仕事だ。

 

 瞬間、都市が異常重力に鳴動する。

 ジオウの攻撃が周辺の酷吏ごと、このエリア一帯に重力波を叩き付けていた。

 地面が抜けるような事はない。

 その下にあると思われる不夜城が出てくる事もない。

 

(―――不夜城側も、メガロスの介入を考慮せずマスターを排除しようとする事ができる)

 

 男たちを引っ張りながら、メイド騎士が目を細める。

 

 メガロスが外敵に対する防衛機構だというのなら。

 国内の勢力同士でのいざこざでは起動しない、というのなら。

 当然の如く不夜城側もまた、メガロスを気にせずジオウを攻撃する事ができる。

 

(ただし、女王だけはメガロスの起動条件が特別に設定されている可能性が高い。

 男たち……財産の強奪による標的の選定が集団のリーダーに焦点される辺り、集団のリーダーという特定の立場を持っている相手を判別する機能が備わっているのは間違いない。そして、問題は何故そんな機能を持たされているかだ。

 ―――この地で特定の集団のトップと言えば三国の女王。恐らくはメガロスに彼女たちだけは正確に把握させて、何かをさせるための条件(タグ)付けのためのはず。つまり、メガロスは女王たちにまつわる行動を何か設定されていると考えるべき)

 

 メガロスを造った何者かは、三国の女王だけをどうしたかったのか。

 普通に考えれば決まっている。メガロスの通常運行を見れば考えるまでもない。

 先に味わったメガロスは、国家というものに対する防衛機構。

 それとは別に彼は、女王という特定役職の危機に際して起動するボディガードである筈だ。

 

 だから、恐らくジオウから不夜城の女王という個人に対する攻撃が成立した時点で。

 

(メガロスがやってくる。だがそれは同時に不夜城という国土の蹂躙を意味する。私たちの事は確実に追い払えるだろうが……)

 

 ―――メガロスの降臨を赦すなら、そもそもジオウに構う必要もない。

 ジオウに殺到している酷吏をこの国の別の場所にいるカルデアのマスターに向ければいい。

 やむなくこちらから反撃を行った時点で、メガロスが全てを薙ぎ払う。

 だが、そうする事はない。

 

 不夜城が見境いなく蹂躙されるから、などではなく。

 

(この国家の女王は自信家だ。星の運営よりも自分の意志が至上である、と疑ってもいない)

「だからさ。引っ張り出すにはあんたが決めたルールを正面からぶち破るのが一番かな、って」

 

 ジオウの両腕から延びる水の鞭。

 それが酷吏の手にした短鞭と絡み合い、電撃を迸らせる。

 広場に立ち上る雷光の柱。

 

 黒煙を噴き上げ、地面に倒れて解けていく酷吏たち。

 それでも同じ姿の殺戮者は続々とこの場に集まってきていた。

 女たちの手により投擲された拷問器具が雨と降る。

 そちらに向き直ったジオウが両腕を掲げ、甲羅の盾でそれを阻む。

 

 攻撃を弾きつつ、ソウゴの視線が広場の中央に向けられる。

 彼はそこに誰かがいると言う事を疑いもせず、そのまま話しかけた。

 

「それでどうする? ただ俺たちを排除したいだけなら、何もしない方がいいかもね。そのうち絶対にメガロスは来ることになるだろうし、そうしたら捕まってる男の人たちのためにも俺たちは必死になって逃げるしかないから。

 ―――まあ、それは。あんたがそうやって何もしないで、あんたの国を荒らした罪人を裁くのをよそ者のメガロスに任せて満足できるような王様だったなら、なんだけど?」

 

 ジオウはこの国と女王に叛意を示した。

 その事実でもって、問いかけている。

 お前はちゃんとお前の国のルールで俺を裁けるのか、と。

 

 女王がその裁きを行おうとすれば、間違いなくメガロスはやってくる。

 疑いようもなく、この国自体も蹂躙される。

 せめて被害を減らそうとすれば、不夜城は隠れ続ける事が最善だ。

 潜んでいればメガロスが落ちてきても一番大事な城は無事で済む。

 

 いまジオウを裁くために不夜城を出せば、被害は甚大なものになる。

 だってもしそうなれば、メガロスはここに落ちてくるのだから。

 

『―――――くっふっふ、笑わせるでない。

 この妾が。許可なく領土に踏み入り、国を荒した者をみすみす見逃すと?』

 

 けれど、当然のように鈴の音のような声が響く。

 もちろん、そうしないという選択はないと確信していた。

 何の驚きもなく振り返るジオウ。

 

 だってそうだろう。自分の許可なく太陽が東から昇って西に沈む事さえ許さない女が、逆賊の存在を看過する筈もない。不夜城とはそういう国だ。太陽の運行にすら唾を吐いたからこそこの在り様。天意とは彼女の意。否、天にすら遵えと言ってのけたのがその女。

 

 ―――広場が開く。

 閉ざされていた地面が開かれ、黄金の城がせりあがってくる。

 それこそが黄金に輝く夜()らぬ城。

 

 城から響く少女の声が、明確に敵に対してのものとして熱を孕んだ。

 

『絶対の令に遵い、獣欲を耐える事こそ人の佳き在り方であろう。

 そしてその法が正しく果たされる運営こそ、国を統べる帝として何より求められる事』

 

 屹立する不夜城の偉容こそ黄金に彩られた地上の太陽。

 それそのものが住まう為政者の権威の象徴となる破軍星。

 敵対者に誇る刃の煌めきと共に、少女の声が荒ぶった。

 

『よもや、妾が妾の行いに背を向けるとでも思ったか? それが例え国に危機を呼び込む事になろうとも逆賊の犯した罪を看過する筈も無し。

 妾の国で、妾の前で、妾の布いた令に歯向かった愚か者よ。酷吏どもだけでは手が足りぬ、というなら妾手ずから相手をしようとも。

 我が意志は常に、ただ()()()()()()()()()()()()()()なのだから―――!』

 

 

 




 
 コヤンと戯れていたら林檎が1個もなくなったジオ~…
 
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