Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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もう一度の命2003

 

 

 

「乗ったな!? よーし、乗った! 準備ができた連中からどんどん行け!」

 

 ライダーの声に頷き、レジスタンスの者たちが荷車を押し出す。

 走り出す荷車を後ろから押しつつ、フェルグスは背後で行われる戦闘を見た。

 

 ギリシャの大英雄、アキレウス。

 彼に対して並々ならぬ憎悪を滾らせるアマゾネスの女王こそが彼女の正体。

 

 ―――であるならば、その真名は一つしかない。

 

 それこそがペンテシレイア。ギリシャ神話におけるアマゾーンの女王。

 トロイア戦争においてアマゾネスを率いてトロイア軍に合流し、アカイアの軍勢と戦った戦士である彼女は、勇者アキレウスと一騎打ちを行い、その命を散らしたという。

 

 少女の姿で現界した女王は、アルトリアと刃を交わす。

 聖剣と打ち合うのは腕に装備された鋼の爪。

 幾度となく激突し、火花を散らしながら争う二人の王。

 

「―――――」

 

 やがて王となる筈だった少年、フェルグスがその戦いに眉根を寄せる。

 どう見ても、少なくとも今の少年を遥かに凌ぐ二人の女戦士たち。

 それを見ても、彼の闘志には火が入らなかった。

 

 彼は今どうにも女性と戦う事ができない。そうしていい、と考えられない。

 少年にとって女性は守るべきものであり、争うべき相手になりえなかった。

 攻撃を捌く程度ならともかく、相手を打ち倒す事ができないのだ。

 フェルグスという英雄は、その意識を塗り替える女傑に出会うまでそうだったのだろう。

 だからこそ、彼は素直にレジスタンスの避難と護衛を担当した。

 

 この弱さを恥と思う。

 しかし恥ずべき事である、と考えているのは少年の精神の問題。

 

 たとえ逃亡であっても、これもまた戦いの一つだ。

 誰かがやらねばならない事が、彼の担当になったというだけの話。

 

 だから戸惑わず、彼は周囲に注意しながら荷車を押す。

 桃源郷―――までではなく、不夜城から大きく離れた位置にまでいければ十分。

 不夜城の外縁にあった筈の関所は、アマゾネスの侵略が全て粉砕していた。

 

 荷車が減速する理由はない。

 少年は襲撃者がいないか周囲に気を配りながら荷車を押す。

 彼以外のレジスタンスもまた必死に、余裕なくその行動を行っている。

 

 どこまで下がるかを指示できるのは、フェルグスだけだ。

 

(離れすぎてもいけない……いや、ギリギリまで桃源郷に寄るべきだ。

 中途半端な位置だと三国の中心に留まる事になる。できる限り―――)

 

 不夜城から距離は取った。だがこのまま彼らだけで桃源郷にまで行くわけにはいかない。中に魔獣が侵入している可能性を否定できないからだ。だから位置を見極め、待機するべきで―――

 

 そう考えていた少年の耳に、どこからか音が聞こえる。

 不夜城において発生しているメガロスの尋常ではない破壊音じゃない。

 横合いからやってくる、規則的に地面を叩く―――

 

「……ッ!?」

「ははっ、キャスターの遠見の通りだ! 男が集団で()()()たぞ!」

 

 地面を踏み締める双角の馬、二角獣(バイコーン)の蹄の音。

 そんな馬に乗って襲来するのは女たち。

 もう消去法で正体は判明する段階、イースの女海賊だ。

 

「魔獣を、従えてる……! 海賊が……!?」

 

 少年の口から驚愕の声が漏れる。

 

 挙句、彼女たちは今キャスターと口にした。それは果たして女王を指すものだろうか。

 カルデアが持つ霊基情報から言って、霊基が歪んだフランシス・ドレイクの存在はほぼ確定している。海賊国家である事と合わせ、彼女が女王である可能性が非常に高い。

 

 ではイースの女王は、キャスターであるフランシス・ドレイクなのだろうか。

 ―――いいや。きっと違うだろう。

 

 フェルグスが聞いた限りの情報において、ドレイク船長がキャスターであるとは考え難い。もちろんそれも理由の一つだが、それ以上に。そうであったなら、彼女たちは素直に“女王の言った通り”と口にした筈だ。

 

 今存在が示唆されたキャスターとは、イースの女王ではなく、まったく別のサーヴァントである。そう結論付け、更に真相と繋がる問題がもう一つ。

 そのキャスターがバイコーンを海賊たちに与えたとするのなら、キャスターは魔獣を従える能力を持っている事になる。推定女王のフランシス・ドレイクにそんな能力はないのだから。

 となると、だ。何者かの意志によって差し向けられただろう、桃源郷を襲ったあのソウルイーター。あれは、イースのキャスターが彼らに送った刺客という事になるのではないか。

 

(魔神と繋がっているのはイース……それも女王ではなく、別のサーヴァント!)

 

 一瞬そう考え、しかし彼はすぐにそれどころではないと荷車から手を放した。

 少年の手に現れる宝具、カラドボルグ。

 荷車の方から彼は一息に踏み込み、接近してくるバイコーンたちに立ちはだかる。

 敵は五頭の二角獣。一頭につき海賊たちは二人跨っている。

 

 ―――だが、不味い。こんな状況だというのに、やはり相手を斬れない。

 バイコーンはともかく、海賊に対して覇気が維持できない。

 追い払うくらいならともかく、殺し合いに至った場合に刃を立てる気になれない。

 

(レジスタンスだけでも逃がす? 桃源郷―――いや、この状況なら引き返した方がまだ安全だ。イースのキャスターはこの機を狙っていたのだから、その魔獣が入れる桃源郷は敵地と言ってもいい。けど、僕だけで足止めが叶うのか? バイコーンの足回りに僕は追いつけないし、彼女たちの武装は銃だ。この人数の差じゃ、剣だけでそれを全部は止めきれない)

 

「ようやくの新しい男どもさぁ! 殺すのはナシだ、全員連れて帰るよ!」

 

 楽しそうに、女たちはそう言って笑う。

 

 レジスタンスの救出活動。それ以上にメガロスの破壊活動。そのおかげでこの大地で自由があったものはいなかった。そんなお行儀のいい連中だったわけでもないのに、欲望を抑え込まねば生きられない場所だった。

 それが久しぶりの獲物を見つけて、昂揚したままに襲い掛かってくる。

 

 その言葉には、フェルグスの事も男の一人としてしか見ていない響きがあった。そんな態度を見て、少年は強く眉根を寄せる。

 

(―――情けない。この段に至っても僕は剣を振るえない)

 

 息をひとつ、吐き捨てて。彼は握った手を開き、その中から宝具を消した。

 光となって消え失せるカラドボルグ。

 

(けど、自棄にならずに済む結果が見えた。まだ僕たちには手があるかもしれない……!)

 

 海賊たちは男を求めている。飢えていて、渇いているのだ。

 できる限り多くの男たち、奴隷を欲しているのだろう。

 それは何故って、今イースが所持している分では絶対的に足りていないから。

 

 海賊たちは無暗矢鱈に男を殺すし、それを娯楽として考えている連中だ。

 だが、今回は彼女たちは資産を増やす事を優先してくれた。

 

 この成果は、巧く立ち回り男たちを奪い返していたライダーと、その指示に従って動いていた彼らレジスタンスのもの。彼らの今までの戦いが、取れる選択肢を増やしてくれた。

 振り返ったフェルグスと、彼の後ろで震えていたレジスタンスの一人の視線が絡む。多少頑張ったところで、やはり捕食者を前にすれば恐怖で震えるのは道理だ。だが、まだ負けていない。ここで反撃すれば多くは死ぬしかない。男を求めていても、歯向かわれれば反撃から手心が抜け落ちることもあるだろうから。

 

 ―――だが今なら、全員で捕まるという選択肢が取れる。

 その後、全員で生き残る方法を求める事ができる。

 

(きっと彼女たちは僕たちを拠点に連れ帰るのを優先する。自国に一歩でも入った瞬間、メガロスという最強の守護者に無事を保障してもらえるからだ。

 それを余計なお世話と考える不夜城や、むしろ彼に殺意を抱いている女王ペンテシレイアとは違う。彼女たちはメガロスを、略奪には邪魔だが防衛には便利なものとしか見ていない)

 

 だとすれば、こんな情けない自分にもやりようがある。

 彼は女性に剣を向ける事を躊躇するが、相手が男の勇者であれば何の迷いもなしに戦える。

 であれば、イースに連れ込まれた後に剣を抜けばいい。

 そうすれば、きっとメガロスが彼の元にやってくることになるだろう。

 

 

 

 

 

『―――ストップ、緊急事態だ! 撤退中のレジスタンスの移動方向が何故か変わった! 進行方向はイース方面! その上、結構な人数を乗せた荷車なのに移動速度が極端に速い! たぶん魔獣に牽かせての移動だ! 恐らくこれは……!』

「それがモリアーティが打ち上げた合図の内容だね……!」

 

 ロマニの声を聞き、ヒポグリフの背を掴んでいた立香の手がオルガマリーの腰を掴む。

 僅かに眉を上げるという反応をしつつ、彼女は口元に手を当てた。

 

「移動速度に優れた魔獣……あの時と同じソウルイーター?

 ―――つまり魔神とその協力者だろう相手は、イースにいるってわけ?」

 

 思考は数秒。それだけおいて、彼女は大きく声を張った。

 

「撤退―――! ここで時間をかけられない、このままイースの方に行くわよ!」

 

 目的である男性たちの解放はほぼほぼ完了している。その上で、海賊に奪われてしまったが。そして魔神の隠れ家としてここでイースが浮上してきた。この状況で不夜城における戦闘を続行する理由はない。メガロスの存在は脅威だが―――いや脅威だからこそ、ここで消耗するのは避けたい。

 

 その声を聞いて、僅かに戸惑う様子を見せるのはジオウⅡ。

 彼の目の前で数秒もかけず完全再生するのはメガロス、傷一つ残さず修復される無敵の肉体。直前のぶつかり合いで、大英雄は不自然な停止をした。他に狙うべき対象がどこかで発生したのか、あるいはあのまま激突して不夜城を壊さないように何らかのセーフティが作動したのか。

 

「マスター!」

 

 拷問器具の乱舞を捌きつつ、デオンが声をかける。

 

「……なんだろ、何かが」

 

 腑に落ちない。

 イースが怪しさを増した、だからあちらを優先する。

 それはカルデアにとって当然の動きだ。

 

 男たちを救い出すという目標は果たせている以上、無理にいま不夜城を落とす必要はない。大前提として魔神とこの特異点を形成するのに協力したサーヴァントが黒幕であり、そちらを押さえれば勝利であるのだから。

 仮に不夜城や他国の完全打倒が必要となるとして、なおさらそれは今でなくてもいい。魔神を消滅させればメガロスが完全に停止するかもしれないし、その後に取り掛かった方が確実だ。まして、武則天がそう簡単に討ち取れるような相手ではないと理解している。正面から戦えば勝てるが、彼女がもし本拠地である不夜城を失い、隠れ潜む事になれば発見は容易くない。もはや不夜城は武則天を動かさないために落とさない方がいい場所、という価値さえ発生してしまっている。

 

「誘い込まれてる、ような?」

「―――それはどっちの意味でだい?」

 

 イースに来させたいからなのか、不夜城から離させたいからなのか。

 不夜城を守るためにイースに魔神ありと示す苦肉の策か。

 あるいは今になってイースにおいてカルデアを迎撃する準備が整ったのか。

 

 槍を引き出しつつ、酷吏の一人を殴り飛ばすアストルフォ。

 その力によって転倒したそいつに引っ掛かり、続く数人が地面に転がった。

 そうしながら彼が浮かべるのは難しそうな表情。

 

「けどさ、どのみち今からイースに向かわなきゃいけないでしょ。レジスタンスのみんなが捕まっちゃったんだから。助けに行きつつ、たぶん流れで魔神と決戦になっちゃうわけだよね?」

「正直な話、不気味よ。こうして回って色々情報は集まっている筈なのに、それでも目的が全然見えない。ここで何か大きな仕掛けがあると思うべきじゃないかしら」

 

 美遊の手を放し、着地したツクヨミ。

 流れるように発砲して酷吏を打ち倒しつつ、彼女は言う。

 サファイアが汲み上げた魔力が弾丸となって、その銃撃の後に続いた。

 立ち並ぶ拷問器具を弾き飛ばしていく無数の弾丸。

 

「苦し紛れ……それとも予定調和? 何か、不味い気はするけれど……」

「ったく、めんどくさいわねえ! いつまで考えてんのよ、あんたら! もう相手の計画が成功したって事でいいでしょ! これから相手の完成した計画を正面からぶっ壊しに行って、魔神をぶちのめして終わらせりゃいいだけでしょうが!」

 

 眉を顰める美遊の発言をかき消すように、地面に剣の切っ先を走らせる。

 そうして巻き起こすのは黒炎の暴威。

 周囲にそれを叩きつけながら、ジャンヌ・オルタはそうと言い放った。

 

 納得するように手を打つジオウⅡ。呆れるように肩を竦めるデオン。

 確かにやる事と言えば、何が起きても正面から行って叩き潰すだけだろう。

 どうせお前ら何が判明しても正面突破しかする気ないだろ、と所長の顔も言っている。

 

 とにかくと全員頭を切り替えて、動きを変える。

 明らかに撤退を考えた動きを取られて、武則天が眉を怒らせた。

 

「なぬぅ……! 妾の国に土足で踏み込み、挙句に暴れるだけ暴れて、それでやるだけやったら“はい、さようなら”で済ませる気かこやつら……! ええい、そんな無体は赦さんぞ!」

 

 国による裁きを相手に下しつつ、彼女はメガロスに視線を向ける。

 再生を終えた後、彼は何故か動く事なく停止している。

 酷く苛立たしげに唸ってはいるので何かはありそうだが、よく分からない。

 

 何が起こっているのか分からない。分からない、が。

 この地を支配していた法則を代表するメガロスが動きを止める。

 それが、終わりの始まりのように思えた。

 

 

 

 

 

「……一度退くか」

 

 戦闘を行っていた途中、ペンテシレイアが足を止めた。

 それに合わせて止まったアルトリアが、訝しげに相手を見据える。

 

「ほう、逃げる気か?」

「いや、場所を変えるつもりだ」

 

 彼女は鉄球を引き戻して握り締め、熱を持った息を吐き出す。その視線は動きを変えたカルデアのサーヴァント連中を見ていた。

 モリアーティの指示による動きを見るに進行方向はイース。そうした事実を読み取った彼女は、ゆっくりとクールダウンしながらアルトリアに視線を戻す。

 

「イースの海賊どもに先に逃げた連中が持っていかれたようだな。

 逃げ出した連中などどうなろうが私には関係のない事だが……貴様には借りを受けたままだ。決着の前に返しておく。追いたいならば追わせてやる。我らの誰にも貴様たちの追撃を邪魔させん。不夜城の連中が追おうとすれば、ここで少しの間止めておいてやる。

 少々の時間を置いたその後、我らが貴様らをイースにまで追撃する。そこで決着をつける」

「―――――」

 

 本気でここでこれ以上戦闘を続ける気が無い、と。彼女は鉄球を手元から消失させて、軽く腕を上げた。その意志に従い、アマゾネスたちが一斉に戦闘を停止する。

 軽く周囲を見回したアルトリア。彼女もまた手から聖剣を消して、走り出した。

 

 背を向けて離れていく相手に対し、ペンテシレイアは不動。

 彼女は時間が過ぎるのを待つように胸の前で腕を組み、その場に立ち尽くす。

 

「決着……そう、決着だ」

 

 勝利か、敗北か。戦う以上、当然のように必勝の心構えがある。

 だが相手の剣が先に己の心臓を抉る事もあるだろう。それだけの相手だ。

 勝つつもりであるが、あれほどの相手に負ける事があったとしても恥ではない。

 

 ―――だから。

 どちらであっても、ペンテシレイアという戦士の魂は満たされるだろう。

 

 そう。負けても、きっと満たされていたのだ。

 名だたる英傑と死合い、命を奪われただけであるのなら。

 勝者と敗者、強者と弱者という決着にさえ、泥を塗られる事がなかったのなら。

 

 組んだ腕に力が籠りすぎて肉と骨が軋む。

 血が燃えているような体の熱を吐き出しながら、彼女はただ時間が過ぎ去るのを待った。

 

 

 

 

 

 これはまいった、と思った。

 イースについた途端、彼は両の手足をきっちりと縛られてしまったのだ。

 それをやったのはキャスターと呼ばれている灼けた肌の女性。

 目のやり場に困るような煽情的な格好をした、豊満な体をした女だった。

 

 適当に動いている海賊たちと違って、その女には一切油断がない。

 

「―――で、キャスター。この少年はなにかしら?」

 

 床に転がした少年を見つつ、魔術師に対して問いかける黒い女王。

 その外見はカルデアからの情報で見たフランシス・ドレイクと酷似している。

 二人の女を見上げながら、フェルグスが周囲を探るために小さくもがく。

 

(あっちがイースの女王。なら、キャスターは)

 

「……彼はサーヴァント、ですので。万が一を考え、念のために拘束しました。申し訳ありませんが、男性が必要であれば他に捕まえてきた者たちの中から選んで頂ければ……」

「ふぅん、そう」

 

 サーヴァントである、という事は脅威であるということ。

 そんな事実に対し、女王はさほど興味なさそうに相槌を打つ。

 どうにかして女王に対し攻撃を敢行しなくてはならない。

 そうしてメガロスを呼び出さなければ、レジスタンスたちに被害が出る。

 

「……それと、捕まえた連中を追いかけてレジスタンスたちが迫ってきているようです。

 ―――このまま放置すれば恐らくあの怪物によって……」

「あら、そう。なら捕まえた方がいいわね。先にそっちを優先する事にしましょうか」

 

 そんな事を思っていないだろうキャスターの言葉。フェルグスであってもこれは嘘だ、と簡単に断じられたその言葉に、しかし女王は不審を示さなかった。彼女は新しく手に入った玩具を使う前に、追加された玩具の回収を優先させる、

 しかし追ってきているのは事実だろうが、その連中がメガロスに鏖殺されるなどとありえない。つい少し前に不夜城でそうしたように、時間を稼ぐためにメガロスと互角の勝負に持ち込み、そうしている間にイースを探索して魔神を引っ張り出すだろう。

 

 そうと知らないイースの女王が歩き出し、フェルグスを一瞥して部屋を出て行ってしまった。

 

(けどあのサーヴァント、不夜城のように国を完全に手の内にしているわけでも、女王ペンテシレイアのように戦闘能力が卓越しているわけでもなさそうに見える。

 なら、なぜ前に出す事を躊躇わない……? 幾らメガロスがいても、下手にカルデアと戦わせれば簡単に討ち取られてしまうだろう。魔獣を操っていたならそれが分からない筈がない。イースに身を置いてるということは、ここは目的のために重要な拠点じゃないのか?)

 

 女王を見送っていたキャスターがひとつ深く溜息を吐く。

 そうしてから振り返り、二人の視線が交錯した。

 

「―――あなたは、この特異点の黒幕ですね?」

「―――――……バレて、しまいますか。そうでしょうね。ええ、そういうことになります」

 

 フェルグスの直球の言葉。

 それに対してキャスターは数秒だけ黙り、しかし素直に本性を露わにした。

 正直な答えに訝しげな表情を浮かべる少年。

 

「……ではつまり、この世界の根幹はあなたの意志で設計されたものである。そう考えていいのでしょうか」

「答える理由はありませんが……まあ、隠す必要もありませんのでいいでしょう。ご推察の通り私がこの特異点、地底帝国アガルタを成立させました」

 

 意外なほどに女の口は軽い。

 余りの手応えの無さに、フェルグスの方が眉を顰める始末。

 

(隠す必要がない……偽りの情報? 何かの罠……?)

 

 この段に至ってはもう隠す必要がない、というのは分かる。

 だがわざわざ答える理由もないはずだ。

 何せ外から見た限り、これだけの特異点を作った上で何がしたいかが見えてこない。

 これだけ情報が集まったのに、何がしたいのかはまださっぱり分からない。

 

「……であれば訊きたい。あなたは、なぜそれほどまでに怯えているのです」

 

 少年からの問いに、女は目を伏せて俯く。

 

「この世界は、外から入ってくる男性を虐げる女性の国。ここだけで見れば、ただ男性を蔑んでいるだけもしれない。あるいは憎んでいるだけかもしれない」

 

 この特異点を成立させたのが彼女であるならば、この世界は彼女という人格を反映している筈だ。不自然さが詰まったこの世界の成り立ちは、彼女の心根にある筈だ。

 そう捉えて、フェルグスはキャスターの姿を見上げた。

 

「恐らくはそれはどちらも正しくない。僕にはどこからどこまでがあなたたちの作戦に必要な事で、どこまでがあなたの企図しない意志が反映されたものかは分かりません。ですがあなたとこうして対面して、少しだけ分かった気がします。

 あなたたちはメガロス……ヘラクレスに対し、国の守護を任せた。国の外からやってくる外敵の排除を。この世界にとって外からやってくるものとは、即ち男だ。男を外から取り入れて、中の女性が繁栄―――国が運行されるのがこの世界における基本ルール」

 

 ―――彼女の性質は犠牲者だ。国家(おおきなもの)が正しく運行されるために己を押し殺し、潰されてしまう人身御供。こうして対面した結果、そうであると理解できた。

 

「国を動かすために必要である事として、懐に男を誘う。だが男は敵であるので、そもそも近づけたくない。僕はこれの前者を作戦に必要な事であり、後者をあなたの心情と見ました。

 という事はつまり、あなたにとって男性は敵だった。あなたは自分を脅かすものとして男性を見ていた。あなたはきっと、自身が忌避する行いを国家を正しく運営するために行えた女性。この事件はその果てなのでしょう。ではあなたが犠牲となった果てに得たその敵意の性質は? 侮蔑や憎悪ではない、あなたの感情は?」

 

 女は確かに、必要だから男に近づいた。

 ―――確かに、最初はきっと、正義のために一歩を踏み出した。

 

 でも、その結果はどうだった。

 本当は怖くて怖くて、もう二度とそんな事をしたくもない。

 だというのに、彼女たちは()()()()()()として記録されていて、何度となく繰り返す。

 

 フェルグスに言われたキャスターが両手に杖を握り、抱き寄せる。

 

「―――僕が思うに、それは恐怖だ」

 

 その女がこうして傍目から見ても分かるくらい怖がっているから、ではない。

 もっと強く、彼女の心情が反映されたものを知っているから。

 

「あなたを見て初めて、何となく、なぜこの僕……発展途上でしかない、フェルグスの未熟な少年期が呼ばれたのかを理解できました。

 ……僕がフェルグスという人間の人生の中において、もっとも女性の扱いが丁寧……いえ、女性は戦うものではなく、国と共に己の背に庇い守るべきものだと、頑なに信じていた時期だったからでしょう。女性の扱いがこう、雄らしい、大人になった僕をあなたは恐怖した。恐らくそれこそが、僕がいまここにいる理由になる」

 

 未成熟で途上のものでしかないフェルグス。

 全盛期などとは本人が絶対に受け入れられない弱い頃の戦士。

 何故そんな頃がサーヴァントとして呼ばれたのか、ようやく彼自身も理解できた。

 そう言われれば、そう解釈される事もあるのか、と納得するのも吝かではない。

 

 そんな少年の言葉に、キャスターの方が気の抜けた様子で首を振った。

 

「―――そう、ですか。それは私も気づきませんでした。なるほど、あなたの召喚が失敗したのは、私の苦手意識のせいだった、と」

 

 イースの女王の在り様のみならず、この特異点の設計こそ彼女の恐怖そのものだった。

 

 だからこそ、ただ最強の勇士、守護の剣として使うにはフェルグスは不適格。ヘラクレスは通せたが、彼女が恐れる、男であり王であったフェルグスは通らなかった。

 守り刀としてさえ、彼女の近くに寄らせる事を本能が拒否してしまったのだろう。その結果としてフェルグスは、女を知らず王を経験していない少年期の状態で顕現してしまったのだろう。

 言われてみればそうもなる、と女は反省するように頭を下げた。

 

「……こうして僕が集められた情報から推察するに、あなたは何かよからぬ事を行った王を諫めるため、命をかけた勇敢な女性だ。結果として、その心に恐怖を刻まれてしまったのだとしても。

 そして世界を形作る物語を操る英霊だという何者か。つまり、あなたの真名は―――」

 

 フェルグスの視線を受けて、キャスターは僅かに眉を顰めた。

 それだけの情報が集まってしまっては、答えに辿り着いてしまう。

 まして容姿も晒している。文化圏もある程度絞られ、外す方が難しくなる。

 

 ―――だが。そこで少年は情けなさそうに目尻を下げた。

 

「……すみません、分かりません。そういった伝承に対する知識がないので……」

「……あなたの召喚は私が行ったイレギュラーですので、授けられるべき知識が欠如するのも道理かと。名乗る事はしませんが、その推測が間違っていないとは言っておきましょう」

 

 そこで一息ついて、キャスターは部屋の外に向かって歩き出す。

 離れていく女の背中にかけられる、理解できないという少年の声。

 

「……だからこそ、分かりません。何故なんですか。僕の目が確かであれば、あなたはそもそも争いを好いてもいない。だというのに何故、こんな事をしているのです。苦しみに対する恐怖はあっても、正しくあろうとした事への憎しみはないのでしょう?」

 

 女の活動から感じるものは大きな恐怖と、小さな後悔。

 恐怖の対象に最初から近寄らなければよかった、とは思っている。

 だがその恐怖の源を滅ぼしてしまいたい、という憎しみは感じない。

 

 ―――“もう関わりたくない”。

 徹底してそれだけであるように感じるものだ。

 だというのに、何故か彼女はここにいる。

 

「女王ペンテシレイアのように憎悪で相手を狩り殺すなら分かります。不夜城の女王のように正しく管理しなければ気が済まないというなら分かります。だがあなたはどちらでもなく、関わりたくもないくらいに怖がっているのに、こんな事をしている。

 魔神とあなたは、どんな意識を共有したというのですか」

「―――――」

 

 女が足を止める。

 彼女はそこで数秒静止して、振り向きもしないまま言葉を吐き出した。

 

「……もう、たくさんなのに。何故、我々はまた繰り返さねばならないのでしょう」

 

 呟くような言葉に、フェルグスが眉を寄せた。

 

「一度決着したのだから、そこで終わりでいいしょう。“おしまい”の後に再演を求められても、ただ苦しいだけではないですか。

 ―――破いてしまった頁の後にはもう、先の事を綴れないのが普通でしょう? 世界が幾ら続いていようとも、綴じ終えた物語には関係ない。その先はなくていいのです」

「…………」

 

 女は体を恐怖に震わせながら語る。

 一回終わらせたのに何故、と。

 もう一回苦しみの果てを味わったのに何で、と。

 

「私は、死にたくない。もう死にたくないだけなのです。サーヴァント……境界記録帯(ゴーストライナー)になんて、なりたくなかった。生命活動を再開させられてしまったら、もう一度死ぬ事を体験しなくてはいけなくなる。

 ……だから、私は彼に協力する事にしました。呼び出されてしまった以上、もう一度の死は避けようがない。だからせめて、もう二度とこんな事がないように世界を変えなければ」

 

 魔神に与した女が声を掠らせた。

 それは沸き立つ恐怖をそのまま言葉にした吐露。

 苦しむだけで生きている女に、フェルグスが微かに唇を噛んだ。

 

「そうしなければ、もう確定した死を味わう恐怖を諦める事さえできない。

 ―――()()()()()()()()()()()()。いえ、こうして一度あったからには、またあるに違いない。そんな、これから無限に続く死の恐怖でどうにかしてしまいそうなのです」

 

 夜は来る。毎日来る。それが星の運行というものだ。

 朝を迎えて救われたと思っても、それは次の夜が来るまでの恐怖の始まりだ。

 夜なんてこなければいい。そうすれば彼女が閨に入る時間もやってこない。

 

 夜を拒絶したのは誰だ。夜を拒絶する女帝を選んだのは誰だ。無論、彼女しかありえない。死の恐怖を強いる星の法則を歪めたのは、彼女の願い以外にありえない。

 それと同じだ。不夜城という夜が来ない都市を用意したように、英霊召喚という形でもう一度の死を強いるかもしれない世界の法則を破壊する。

 

「……私がやる事は変わりません。迫ってくる恐怖、死を遠ざけるために全てを使う」

 

 生前のそれと、同じように。

 そう宣言したキャスターが歩き出す。

 

「……僕を殺さないのですか」

「殺せません。あなたは女王の判断でイースの所有物になってしまった。私の意志で殺せば、私がヘラクレス―――あなたがメガロスと呼んだ怪物の標的になってしまう」

 

 彼女は独立した勢力だ。イースにいようが、イースに所属していると判定されていない。

 そんな状態でこの国に被害を与える事はできない。

 

 もちろん女王の判断を覆すために意見する事だってしない。

 彼女にとってはイースの女王とて恐怖の対象だ。

 戦闘力の著しく低下したフェルグスをわざわざ潰すためだけに渡れる橋ではない。

 

「……その拘束は今のあなたに解けるものではありません。一応忠告しておきますが、力任せに破壊すればあなたの霊基も連動して破壊されるようにしてありますので。あなたが私の魔術で死ねば、私がメガロスに襲われるのは先に言った通り。私が死んでしまうのでやめてください。

 それなりに実力のある魔術師であれば解除できるでしょうから、大人しくしておいてカルデアから助けが来たら解いてもらえばいいでしょう」

 

 歩き出した女の背中が離れていく。

 彼女の話からすれば、そもそもフェルグスは彼女が召喚を仕組んだもの。

 霊基に細工をするのも可能ということだろう。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 そんなことより大事な話がある。

 

「―――きっと、いつだって同じ筈だ」

「……?」

 

 呟くような声に、何事かとキャスターが足を止めて振り向いた。

 

「僕たちサーヴァントはかつて死した魂の影法師。今を生きる命から外れたモノ。

 でも、ひとつの命である事に変わりはない。

 そして人の命はいつだって、自分の預かり知らないところで突然に与えられるものだ」

 

 そうして足を止めた女を見据えて、フェルグスは決然と顔を上げる。

 

「生まれる事を事前に望んで生まれる人は普通はいない。人の子は何も知らないまま、何も分からないまま、泣きながら産声を上げて生まれる。僕たちはみんな泣きながら生まれる、という事は変えられない。他の道は選べない。

 けれどその先、それぞれの最期。そこで泣きながら死ぬか、笑いながら死ぬか、それは誰もが選べる事だ。死という結末が決まった生を迎えた瞬間は、それをただ悲しい事だと思うかもしれない。だけど死に至るまでに重ねた生に、悲しい事しかなかったとは限らない。僕たちは、誕生と臨死をそれぞれ別の感情で迎えられる生き物だ」

 

 サーヴァントであっても、仮初であっても、命を授かる瞬間は誕生である。そして誕生の瞬間に悲しいのは仕方ない。人は泣きながら生まれる生き物だから。だけどそこから変えられるのが人なのだ。誕生と違って、終わり方ならば自分で選べるのが人なのだ。

 

 少年はそう言って、己の生を捨てようとする女を見据える。だが何と言われようがキャスターの表情は変わらない。

 死という終わりは苦しみであり、苦しみを終わらせてくれる唯一のものが死だ。そうしてやっと苦しみを終えたというのに、なぜ続きがある。

 

「だから、あなたがこの特異点を築くに至るような願いや主張とはまったく関係なく。

 ―――僕はあなたを助けに行きます。正しく生きようとして、後悔に咽ぶほどの仕打ちを受け、その果てに死を恐怖して、王を恐怖して、世界の片隅で震える一人の女性を、助けに行きます」

 

 そうして変わらない女の顔に対して、少年は臆面もなくそう言い放った。

 唖然として、キャスターの表情が崩れる。

 

「――――なにを」

「かつて、そういう事ができる佳き王が僕の夢でした。本来であれば途中でやめてしまった事だけれど、この僕はそういう年頃だったのです。

 ……もう残骸になった夢をかき集めただけですけど、それでも。今の僕がこの僕である以上、かつての夢に浸るように、それを追いかけてもいいかと思ったのです」

 

 捨てた筈の夢が手元に戻ってきたなら、もう一回追いかければいいじゃん。いつか、王様が夢の少年にそんな事を言われた。

 夢を捨てるのが未来の自分が至った境地であるならば、そうすることにも納得ができない。その時はそう思ったけれど、やっぱりその言を翻そうと思う。

 

 ―――もう一度、自分がなりたかった王を求める。

 だって、ここで投げ出したままなんて何より納得できない。善なる女がこうして男に、王に、苦しめられて悲鳴を上げているというのに、見過ごしてしまうなんて。

 

 だってそうだろう。

 自分はこの、国を守るために立ち上がり王に殺された女に。()()()()()()()()()()()()()()()()()、フェルグス・マック・ロイの全盛期と見做されて此処に呼ばれたのだ。

 

 ―――であるならば、ここで()がこの女を救わずして何とする。

 

「―――あなたはその夢をまた捨てる事になるだけです。既に捨てた夢を拾っても、また放り投げる未来は決まっている」

「例え再び消える事が決まっていても、それでも貴女が拾った命を僕は守る。最後にまたそれを同じように捨てる時が来た時、それまでを振り返って佳しと笑えるか、悪しと泣いてしまうかは、まだ変えられる事だと信じているから」

 

 女が吐き捨てた言葉に、少年は笑って言い返す。

 

 僅かに唇を噛み、踵を返して歩き出すキャスター。

 その背中を目で追いながら、フェルグスは魔術で縛られた体に力を込めた。

 ごろりと転がり、仰向けになる少年の体。

 拘束を解くことはできないが腹筋はできそうだったので、彼はとりあえず腹筋を始めた。

 

 ―――鍛錬が足りなかった、なんて言い訳をできなくなるように。

 

 

 




 
 下の下の下。
 夜は閨で運動会ですね…
 
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