Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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竜宮の王1704

 

 

 

 一気呵成。

 選択肢を増やす必要もなく、彼らはそこへと突撃をかける事に専念した。

 

 街の周囲に張り巡らされているのは無数の水路。そこは河川の中心であり、航路の要衝である水上都市イース……などと謳えば、美しいものだろうという漠然としたイメージが先行するものであった。が、実態はそんなことなかった。

 放棄された様々なものが散乱するゴミの流れる川。最初は美しかったのだろう景観は、とうに海賊によって荒らされつくしている。

 

 そんなかつて美しかっただろう都市に向け、疾走する者たち。

 彼らの前に立ちはだかるのは、銃を構えた女海賊たち。

 

「ゲイツ! 最初に俺たちで行くよ!」

「うるさい! 貴様が俺に指図するな!」

 

 いちいち怒る必要もないのに、という呆れるツクヨミの視線。

 そんなものを背中に受けながら、赤いボディが加速する。

 先を行くライダーゲイツに合わせ、黒いボディのジオウも続く。

 

 発射される無数の弾丸を弾く、二人の仮面ライダーの鎧。

 銃弾の雨を逆走して、火花を散らしながら街に踏み入る二人の戦士。

 彼らが同時に、目の前にいる海賊たちに激突した。

 

 吹き飛ばされる女海賊たち。蹴散らされていく戦闘員。

 その内の一人が、表情を歪めつつ空を見上げた。

 そうして数秒。何も起きない事に眉を顰めて、海賊は舌打ちして前に向き直る。

 

「ってえ、どうなってんだ……!」

 

 メガロスが来ない。イースに攻め込まれたというのに、何も起きない。

 そんな事実に彼女たちは苛立ちを吐き出して―――

 

「■■■■■■■■――――――ッ!!」

 

 その悪態を塗り潰すように、天に轟く雄叫びが奔る。

 虚空に開くゲートを突き破り、姿を現すのは宇宙を翔ける大英雄。

 不夜城から一度帰還し、改めて此処にきたのか。

 ヘラクレス・メガロスは着陸すると同時、その手の中に大戦斧を呼び出した。

 

「やっぱり来た!」

「では何故、不夜城では停止していたのかという話だが。さて……?」

 

 ガルルと唸る銃身の音。吐き出される弾丸は海賊たちに向けて。

 今日はもういっぱい走って限界、と言いたげなモリアーティが溜め息をひとつ。

 

「ドクター! みんなが捕まってる場所分かる!?」

『―――ええと、生体反応はほとんど中心にある城……屋敷、かな? そこの裏手にあるみたいだ。そこにサーヴァント反応もあって……いるのは二騎、そのうちの一人はフェルグスだ!』

『おっと、補足情報だ。もう一騎はフランシス・ドレイクとよく似た反応。このイースの女王と見て間違いないだろうね。

 それと、周囲に敵性らしき反応があるわけでもないのに、フェルグスがその場から動かない。何かの方法で拘束されている可能性が高いかな』

 

 ロマニとダ・ヴィンチちゃんから返ってくる言葉。

 それを飲み込んで、彼女は状況を整理する。

 

「ええと、必要なのは……メガロスの足止め、フェルグスたちの救出、イースの女王の制圧?」

 

 確かめるようにオルガマリーへと視線を向ける立香。

 彼女はそれに頷いて、周囲を一回見回した。

 

「常磐はメガロスの足止め!」

「分かってる!」

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉〈龍騎!〉

 

 オルガマリーの言葉を背に受けつつ、ジオウが新たなウォッチを起動する。

 流れるように行われる慣れ親しんだ動作。

 ドライバーに装填され、発動する事で、実体化してジオウに纏わるライダーの力。

 

〈アーマータイム! ディケイド!〉

〈ファイナルフォームタイム! リュ・リュ・リュ・龍騎!〉

 

 “リュウキ・サバイブ”と。

 胸のインディケーターにその名を刻んだディケイドアーマー・龍騎フォームが現出する。

 

「―――わたしとツクヨミはイースの女王へ強襲!

 藤丸は先にフェルグスたちの救出に回った後、合流するように!」

「待て、私はここに残る」

 

 続いて出されるオルガマリーの指令。それに真っ先に反応したのは、海賊を切り捨てながら都市の外へ視線を送ったアルトリアだった。まだ後続がくる気配はないが、来るものだと確信している様子で。

 確かにペンテシレイアが追撃に来た場合の戦力は、こちらに残しておくべきかもしれない。が、イースの女王攻略中に女王への攻撃に成功した場合、メガロスがあちらを目指すのは自明だ。その侵攻を食い止めるのもソウゴの役割だが、もしもの時のためにアルトリアは女王側に配置したい、のだが。

 

 致し方ない。メガロスの介入を許すような中途半端な攻めはせず、イースの女王を一息に落とすつもりでかかるしかない。

 

「……分かったわ。なら―――」

「なら私も残る。もしもの時、必要になるかもしれないし。

 けど美遊は所長さんと一緒に行動して」

「―――わかりました」

 

 ツクヨミが声を上げ、彼女の指示に美遊が頷く。

 そんな彼女たちのやり取りに続くように、ソウゴもまた声をあげた。

 

「ゲイツは念のために立香と一緒に行ってくれる?」

 

 言いながらウォッチを投げるジオウ。

 敵を投げ飛ばしつつそれを掴み取るゲイツが、仮面の下で訝しげに眉を顰めた。

 別のウォッチを腕のホルダーから外しつつ、ジオウは更に言葉を続ける。

 

「あとデオンは所長たちについていってよ」

「それは構わないが……」

「ならモリアーティも所長たちと一緒に行って」

 

 続けて己のサーヴァントに声をかける立香。

 彼女の言葉を受けて、また走るのか……と老爺は酷く辛そうな顔をした。

 

「……まァ、その辺りが妥当だろうネ」

 

 とはいえ納得はする。

 

 メガロスを止めるのはジオウとクロエ、ツクヨミとアルトリア。メガロスはイースの女王との戦いが起こった場合、と言うよりイースの女王が傷を負った場合、そちらに向かおうとする筈。それを可能な限り押し留めなければならない。しかも後々ペンテシレイア軍が攻めてきて、更なる戦力を要求される可能性が高い。単純に考えれば、最大戦力が必要な場所と言ってもいいのではないだろうか。アルトリアを此処に配置するならば、もしもの時の令呪の使用を考えればツクヨミもこちらになる。

 とはいえここに戦力を割き過ぎても、イースの女王と魔神の攻略に支障が出る。勝利条件がイースの攻略にある以上、ここには目的を果たせる最小限を編成しつつ、決戦側に戦力を回すべきだろう。

 

 そして救出組には立香、イリヤ、ゲイツ。フェルグスが拘束されているらしいというのは、恐らく魔術でだろう。魔獣を操る何者かが潜んでいるのは間違いなく、それはその者が使ったものだと考えられる。それが魔神か、あるいは他の何者なのかまでは分からないが。

 とにかく彼を解放するとなれば、魔術の鑑識のためルビーかサファイアは向かわせたい。そしてどちらを行かせた方がいいかと言えば、キャスターのクラスカードを持つイリヤだ。

 念のためにウォッチを持たせたゲイツを添えて、まず条件はクリアされるだろう。モリアーティはソウゴがゲイツに持たせたウォッチを見ていないが、あれが拘束解除に長けたフーディーニの力を扱えるゴーストウォッチだというのは推測できる。ここが早々に解決すれば女王に向けられる戦力も増えるので、速攻で片づけるために出し惜しみする理由はない。

 

 女王を強襲するのは、残る全ての戦力。オルガマリー、ジャンヌ・オルタ、アストルフォ。デオンに美遊にモリアーティ。そしてライダー。しいて言うならライダーはレジスタンスの統率のために救出組に回してもいいかもしれないが……彼本人も突入する気である様子だ。ならば言う事はない。

 中途半端な攻撃で女王を傷付けた場合、メガロスの軌道が変わってしまうから、できれば一撃で仕留めるような動きで攻めたい。となれば、美遊の持つセイバーかランサーのクラスカード―――確実性を重視するならば、必殺の呪槍を決定打として行動を組み立てるのが相応しいだろうか。

 

「…………」

 

 思考は数秒。オルガマリーがモリアーティと同じ結論に至るまでの時間。

 

 その間にジオウが取り出したウォッチを放り、ライドストライカーを展開する。

 彼が飛び込むように乗り込むと同時に、炎の龍を纏い燃え上がるスーパーマシン。

 続くように後ろにクロエが飛び込んで、バイク後部に立ち乗りした。

 

〈ランチャー・オン…!〉

 

「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”―――ッ!」

 

 メガロスの脚部に展開されるランチャー。そこから吐き出されるミサイルに対し、花弁のような盾が広がった。直撃し、衝撃で千切れ飛んでいく桜色の花弁。

 そうして爆炎が塞き止められている内に、ジオウはマシンのエンジンを強く噴かした。

 

 発進する燃え上がる龍。それが爆炎を突き破り、メガロスに向かって直進していく。瞬きの間を置き、激突。

 その結果、炎の龍は僅かばかり大英雄の巨体を押し返した。お互いに弾き返されて開く距離。様子見をするような間を置かず、そうして開けた距離感を詰めるため、両者が再び同時にアクセルを全開にした。真正面から再衝突するライドストライカーとメガロス。

 

「―――ええ、わかったわ。ロマニ、誘導を!」

『了解、ボクは所長たちを女王らしきサーヴァントの位置まで誘導。

 マシュは立香ちゃんたちをフェルグスの位置まで誘導するルートを構築してくれ』

 

 通信の向こうが加速する情報精査。

 街中を走る水路で迷路のようになったイースにおいて、カルデアが必要なルートを暴いていく。

 ジオウとメガロスの激突の余波で吹き飛ばされる海賊たち。

 その間を縫って走り出す他のサーヴァント。

 

『はい、了解しました。先輩、移動手段は―――』

「うん、ゲイツに背負ってもらうのがいいと思う」

「―――は? 俺がか!?」

 

 寝耳に水、と。ゲイツが唖然として彼女に顔を向ける。

 これから目的地に向けて走る上で、彼女を抱えていく方がいいのは確かだろう。だがメンバーの配置上、それを行えるのがこのチームではゲイツとイリヤの二択であり、イリヤがやる場合引っ張りながら飛行と言う事になる。

 咄嗟の反応が遅れるだろうそれは、あまりよろしくない。となると、実質確かに一択ということになってしまう。

 言葉を詰まらせ、息を吐き出して、しかたなく彼は自分の背中に跳び付く少女を受け入れた。

 

 走り出し、イースの中心に向かっていく者たち。

 その背を見送った後、ツクヨミはアルトリアに視線を向けた。

 

「でも大丈夫なの? ここを戦場にするってことは―――」

 

 ペンテシレイアとメガロスを接近させると言う事だ。

 アキレウスに執着する彼女がメガロスを見て暴走する理由はよく分からないが、とにかくこれは問題になり得る事を一つ増やす事なのではないだろうか。

 そう問われたアルトリアは軽く鼻を鳴らし、黒い剣閃で海賊たちを切り伏せる。

 

「構わん、それであの女が私を見ずにメガロスに執着するならそれまでだ」

 

 戦場で敵として見られずに狂気に落ちた女が。敵として対峙した剣士を視界から外し、敵として見る事を止めたならば―――それはもう、それまでだったという話。

 

 もしそうなったのであればそこから先、アルトリアに何か言う事はない。

 ただ獣を斬り捨てるように、剣を振るうだけだ。

 

 

 

 

 

 走る剣閃が女海賊を一人片付ける。

 徒党を組んだ彼女たちの銃撃が返ってくるが―――それでも、火力はこちらが上だ。

 

 鋼が爆発に軋むような銃の声。それは過剰武装、ライヘンバッハ一基が放つ雄叫び。

 モリアーティによる銃撃は生半可な弾幕ではない。

 その銃撃の嵐を受けて、次々と海賊は脱落していく。

 

 派手に白煙を噴き出す宝具のリロードを行いつつ、老爺は軽く髭を撫でる。

 

「敵の数が思ったより少ないネ。この国の戦力の大部分は、襲撃者を捕まえるために外に向かってたというわけか。守りより攻め、民族性の違いと言えるかもしれないネ」

「それで守りがメガロス頼りではな」

 

 モリアーティの行うゆったりとした弾倉交換。その隙を突こうとしたところで、近づこうとすれば剣の結界が待ち受ける。シュヴァリエ・デオンの剣は海賊の攻めを通さない。

 それを見て攻めきれぬと判断し躊躇った者。そのような者たちに対しては、地面を走る黒炎が牙を剥く。その炎の足場から逃れようとした者はランスを向けられ、それを弾いた者は何故か大きく体勢を崩して、全身を炎の海に投げ出す羽目になった。

 

『そろそろだ! いま目の前にあるその屋敷の中に、サーヴァント反応! フランシス・ドレイクらしき霊基がある……!』

「ええ。いつ魔神が出てくるとも分からないわ、気をつけなさい」

 

 揃って突き抜け、辿り着く目的地。

 真っ先に突っ込んでいったアストルフォが足を振り抜き、屋敷の扉を蹴り破る。

 

 撒き散らされる木片の向こう、真正面に見据える広間。

 そこで佇むのは一人の女性。

 そうして見つけた姿は、まさしくフランシス・ドレイクそのものだった。

 違う点をあげるとすれば、その装束が黒く染まっている事か。

 

(黒ドレイク……)

 

 口には出さない。ネーミングセンスが移ったみたいで馬鹿みたいだから。

 女王はこちらの侵入を確認すると、ゆったりと微笑んだ。

 

「ようこそ私の国へ。随分と手荒い訪問ですけれど、歓迎しましょう」

「それはどうも、キャプテン・ドレイク。間違っていたら悪いから、まず早速確認させてもらえるかしら。わたしたちはここにいる筈の魔神を狙ってきたのだけれど、あなたは何かご存じかしら?」

 

 オルガマリーの言葉に眉を顰める黒ドレイク。

 だがそれは魔神の事を口にする前、そもそも名前を呼んだ時点でそういう表情になっていた。

 

「……何か勘違いしているようだけど? 私はドレイクなどという名前ではないわ。

 私の名はダユー。我が父グラドロンよりこの国、イースを授かった女王だもの」

「ダユー……?」

 

 ドレイクと寸分違わぬ女は、そう言って軽く腕を上げた。

 屋敷の中から、外から、まだまだ雪崩れ込んでくる女海賊たち。

 そちらに注意を払いつつ、デオンが彼女の名前を口の中で転がす。

 

「ダユー……聞いた事はある。ブルターニュ地方辺りに伝わる伝説。略奪によって栄え、洪水によって海底に没した都市。それがこの国、イースの伝説だ。

 そしてその国における支配者の名前こそが、海賊公女ダユー。他の二つの国と違って、ここは随分素直に構築された様子だね」

 

 不夜城と武則天に関係はないし、エルドラドとペンテシレイアにも関係がない。

 だがイースにはきちんと女王ダユーが用意されていたという。

 その体がフランシス・ドレイクのものであったとしても、確かに。

 

「なるほど、フランシス・ドレイクを核とした別人の召喚か。ダユー本人の存在としては幻霊、に近いようだ。これは少々興味深いネ、魔神が揃ってそういった方向性に手段を求めるとは」

『―――魔神バアルは己でそれを行う方法を確立させたが、これはそういった宝具を有するサーヴァントの協力によって成立させたもの。方針としてはまるで別物ではないかな』

「いたのか、君」

 

 感心するようなモリアーティの言葉を切り捨てるホームズ。

 そんな男たちを後目に、オルタが軽く剣を振って床を削る。散らした火花を黒く炎上させながら、彼女はもう片方の手に握る旗の石突を床に叩き付けた。

 

「自己紹介どうも。で、そんな事より魔神よ魔神。さっさと出しなさい、纏めて燃やしてあげるから」

「魔神……?」

 

 オルタの言葉に訝しげな顔を浮かべ、ダユーは不快そうに眉を顰めた。

 

「……私から何かを奪いたい、だからこのイースへと攻め込んだ。

 というならともかく、私にはまるで関係のない、知りもしないものを強請るためにこの騒ぎを起こされた、では面白くないわね」

「知らない……?」

 

 この反応、嘘を吐いているようには見えない。

 もう女王三人全員とエンカウントしている。

 ではやはり他の二人の誰かが、と。そう考えるのではなく、美遊は小さく呟いた。

 

「―――やはり、もう一人」

 

 だってこの街に入ってから、まだ魔獣と会っていない。

 海賊の足になっていたバイコーンは幾らかいたが、ソウルイーターは一切いなかった。

 カルデアはこの国に別のサーヴァントを感知していないが、まだいる。魔獣を扱い、この特異点を成立させた物語を関係深いサーヴァントが。どうやってか潜んでいるのか、いまこの国にいるのかどうかまでは分からないが―――

 

「―――ああ、あなたたち。キャスターを奪いにきたのね。そう、何故かは知らないけれど……ええ、それならそれでいいわ。私の持ち物が欲しいなら、奪い合いましょう」

 

 こちらの困惑を見て取って、ダユーは何か納得する。

 そしてここにはもう一騎、キャスターのサーヴァントがいるのだと。

 

「もう一人いるのにここには来てないの? いまここで、結構重大な事が起きてると思うんだけどけどな」

 

 戦場は屋内に移った。今はダユーと会話しているが故に小康状態だが、女王の号令ひとつで戦いは再開されるだろう。

 アストルフォが手の中から槍を消し、取り回し優先で腰に佩いた剣を抜く。

 

「さあ……彼女の事だから、戦いに怯えてどこかの部屋で震えているのではないかしら」

「怯えてる?」

 

 これほどの特異点を作り、何かを目的として活動しているサーヴァントが。

 ―――と、思考が流れそうになった時、ライダーが一歩前に出た。

 

「―――どうにも、分からなくなってきやがったが。いや、俺は元から何故こうなったか、っつう根っこの部分はなんも分かっちゃいねえんだがよ」

 

 軽く頭を掻き回し、彼はサーベルをダユーに向かって突き付けた。

 向けられた切っ先を見て、女王が口端を吊り上げる。

 

「とにかく、お前さん方が攫ったうちの連中は全員返してもらう。無意味に、何も考えず、遊び半分で男たちを殺すようなお前らなんぞに、あいつらの事を任せてられねえからな。

 そんでもって今日限りでこの国も落とす。これ以上テメェらにやりたい放題されるのはごめんだ」

「―――ああ、あなた。レジスタンスの司令官ね。そう言えば何度か見たような顔」

 

 ダユーが腕でマントを翻し、応じるように銃を手に握る。

 サーベルの切っ先に合わせるように向けられる銃口。

 

「おかしなことを言うのね。やりたい放題してはいけない、なんて。やりたい事をやりたいように、満足するまで行える。これって人間にとって、一番の幸福ではないかしら」

「なんだと?」

「私はこのイースをそういう幸福を常に味わえる国にしたわ。人が最も幸福を感じるのは、欲したものを手に入れた瞬間。持っていなかったものが自分の物になった瞬間こそが、人が味わえる幸福の最大値なのだもの。

 だからこそ―――欲するものを奪ってでも手に入れろ、ただし手に入れたものには執着するな。これだけが私の築いた理想郷におけるルール。欲した物を奪い、求められた物を奪われ、その繰り返しこそがイースの営み。その連鎖に組み込まれたものは、誰もが()()()()()()()をいつでも味わえる」

 

 無が有に切り替わった瞬間こそ、感情の変動は最大値を記録する。

 それ以外の微少な変化など及びもつかないくらい大きな幸福。

 それだけがあればいい、それだけである事こそが、幸福に満ちた社会構造である。

 ダユーはそう言って微笑み、

 

「―――馬鹿げてる。仮に手に入れる事が感動の最大値だと言うのなら、感動の最低値は喪失。その辛さを無視するために手にしたものには執着するな、なんて。

 それは、得られた幸福も捨てろと言っているのと同じ事。幸せを失った先に、別の幸福を得られる事はあっても、同じ幸福が手に入る事なんてない。

 本当に幸せを得られたなら……その時から積み上げる全てが、何にも代えがたい幸福になるんだから。奪われたくない、失くしたくないに決まってる……!」

 

 杖を強く握った少女が、女の論理に静かに激昂した。

 その反応に対して眉を上げるダユー。

 微かに困惑しつつ、オルガマリーが美遊の後ろについて手を添える。

 

 そちらを軽く一瞥し、剣を掲げてみせるのはアストルフォ。

 

「だね。幸せなことってのは色んなカタチがあるものだし、それを勝手に略奪こそ一番の幸せって言われるのもイヤだ!

 それに一方的に搾取される誰かがいる幸せ、ってのはボクは好きじゃない。まして消費されるために自由を奪われた人たちが、“生きたい”と望んでいるならなおさらね!」

 

 彼もまたびしりと切っ先をダユーへ向け、不敵に微笑んだ。

 

「キミのやり方を否定はしないけど、ボクはそのやり方が気に入らない!」

「そう。ではどうなさるのかしら?」

「モチロン、虐げられてる人たちは見捨てない。全員揃ってこの国から解放する。英雄だからこそ堂々と! 好きなコトを好き、嫌いなコトは嫌いって言ってやるさ! 自己主張が激しくなかったら最初から英雄になんかになるもんか!

 ―――でも裸で外を駆けまわる、みたいな自己主張の仕方はアウトだ!」

 

 そう、自信満々に言い切ったアストルフォを見て。彼の背中を見ていたライダーが、口角を上げ笑みを見せて、己の顎を軽く撫でた。

 帽子で視線を隠しつつ、そんなライダーを見ていたデオンの手が、僅かに帽子のつばを下げた。

 

「……そう。ええ、勿論私は否定しないわ。奪いたいのでしょう、私から。私が持つ、この国の財産を。それはそれで構わないわ。どちらにせよあなたたちに何を奪わせる気もないもの。あなたたちは、私の幸福のためにただただ消費されるだけ。さあ、寄越しなさい―――あなたたちの全てを」

 

 話はそこまでと、ダユーの表情が大きく変わる。

 敵意が剥き出しになるや否や、全員の周囲に発生する重圧。

 単純なプレッシャーではありえない、圧倒的な強制力。

 

「ちょ、魔力が―――!?」

『……っ、周囲に存在する全てから魔力を吸収してる!?

 そうか、武則天と同じ……! これは恐らく略奪で国家を維持していた彼女に与えられた権限。この国と共に得ている権力(ちから)なんだ!』

 

 戦闘態勢に入るために漲らせていた魔力が、足元から一気に吸い上げられる。

 底に穴の開いたコップから、水が流れ落ちていくように。

 そうして魔力を徴収しながら、ダユーは大きく唇を歪ませた。

 

 同時に襲い掛かる、周囲を囲んでいた海賊たち。

 

「ええ。この国にいる以上、あなた方は私の好きに―――」

「すまないが」

 

 だがその最中において、デオンは被り直した帽子に指を掛けながら呟いた。

 

「ああ、まったく驚異的な能力だよ。ただそれを勘定しても、キミが私たちに勝てる要素がない」

 

 白刃の閃きが迫りくる海賊たちを一部斬り捨てる。

 魔力は吸われ、宝具など使える筈もない。

 だが元からこの状況では宝具は必要ないし、デオンのマスターはダユーが発動した権力の効果範囲外にいるから、距離の分供給は減少しているが滞りない。

 

「美遊・エーデルフェルト!」

「サファイア、出力を上げて!」

「了解しました、美遊様」

 

 目減りした美遊の魔力をサファイアが補充する。彼女は並行世界から魔力を汲み上げる魔法のステッキ。無限に等しい魔力供給が、奪われる以上の速度で少女に魔力を充填した。

 如何にダユーの略奪が働こうと、一瞬で魔力を全て吸い出すわけではない。それは彼女の意志ひとつで、誰かを搾り殺す事ができるような能力ではないのだ。

 

 美遊の魔力が溢れ出し、突き出したステッキの前方に集約する。

 

放射(シュート)――――!」

 

 デオンが崩した集団に放たれる範囲砲撃。

 爆裂する魔力の砲弾が、群がっていた海賊たちを薙ぎ払う。

 館を震撼させる爆風から逃れるように、ダユーが僅かに身を引いた。

 動きの鈍った相手を集団によって圧殺する、という選択肢を戸惑わせる爆発力。

 

「では、私も盛大にお見舞いしよう」

「ダユーは避けなさい!」

「無論、言われるまでもなく」

 

 その隙に対して、モリアーティの指が抱えていた棺桶を叩いていた。

 展開する無数の銃口。熱を灯す光学レンズ。突き出してくる特殊な弾頭。

 

 隕石を呼ぶわけでもあるまいし、元より彼も魔力を使う方ではない。

 そしてマスターからの供給も距離がある分落ちてはいるが、一応は続いている。

 当然、魔力が搾取されたとしても戦闘行動に支障が出るほどではない。

 

 放たれるのは、狙いをつけずとも対象に向かう魔の弾丸。

 ダユーを巻き込めばメガロスの動きが変わるのは見えているので、爆風にも巻き込みたくない。

 思考としてはその程度で、彼は正確無比な必中の弾丸をばら撒いた。

 

(魔神の正体はまだ分からない。何かまだ判明していない事がある。戦いは間違いなくまだ続く。けど……いえ、だからこそダユーはここで確実に撃破して、状況を進める。

 必要なのはメガロスの介入を許さない、一息の攻め―――!)

 

 魔力を奪われながら、しかしオルガマリーの魔力は尽きない。他の三人の素人組ならまだしも、彼女はそんなやわな魔術師などではない。

 とはいえ、流石にこのままではきつい。カルデアからのサポートを考慮しても、消費速度が上回る。通常戦闘はともかく、決戦級の攻撃は許されない。

 だからこそ彼女は、最低限の活動に必要な魔力だけを自前で二騎のサーヴァントへ供給しつつ、強く、赤い紋様が浮かぶ右手を前へ突き出した。

 

「アヴェンジャー! ライダー!」

 

 ジャンヌ・オルタが邪悪に笑い、その旗を掲げる。

 アストルフォが爛漫に微笑み、纏ったマントを翻す。

 そんな隙の大きい事前の構えさえ、薙ぎ払われた直後の海賊たちには止められない。

 

「一撃で決めなさい――――!」

「―――――な」

 

 愕然と、ダユーが眼前で巻き起きる魔力の暴風に目を見開いた。

 令呪二画が欠ける代わりに行われる、略奪を超越した圧倒的な魔力供給。

 それを全身で受け取った二人のサーヴァントが、己を象徴する最大の武装を解禁する。

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”――――!!」

「“この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”――――!!」

「に――――!?」

 

 床を炎上させ、地を奔る恩讐の炎。

 夢幻より出でて、空を翔ける風纏う翼。

 

 それがまったく同時に溢れ出し、ダユーの視界を地獄のような光景に染め上げた。

 

 

 

 

 

『そちらの小屋です!』

 

 マシュの声に頷いて、立香はゲイツの肩を叩く。

 

 彼はそこで一度スピードを落として、立香を支えていた腕を放した。

 立香が飛び降りたのを確かめ、加速しなおした彼が示された部屋の前へと身を乗り出す。

 そうしてゲイツは目の前に広がっている光景を確認して―――

 

 反応に迷うように、そこで一歩足踏みした。

 

「……いるぞ」

「?」

 

 その反応に不思議そうにしつつ、イリヤがルビーを構えつつ部屋を覗く。

 そこでは何故か、フェルグスが全力で腹筋していた。

 自分は何を見ているのか、と大きく首を横に倒す少女。

 

「えっと……なにしてるの、フェルグスくん」

「3819っ、3820っ、3821……っと! ああ、皆さん。すみません、こうして捕まってしまって……ですが、魔神と繋がったサーヴァントの情報はある程度得られました」

 

 どうにも、そうしてにこやかにそう話すフェルグス。彼の精神状態はよく分からないが、とにかく無事なら何よりだ。情報も得られたそうだし。

 外見的には魔術の縄でぐるぐる巻きにされているような様子。それをどうにかすればいいのだろう、と立香はイリヤに目を向けた。

 

 そうしたやり取りを始めたのを確認して、ゲイツは敵が外からやってこないか確かめるため、溜息混じりに見張りとして部屋の前に陣取った。

 

「イリヤ、ルビー、あの魔術はどうにかできそう?」

「えー……と、ルビー?」

 

 問われたルビーがイリヤの手から飛び立ち、フェルグスの周囲をくるくる回る。

 

「ううーん。これは……どうやらサーヴァント契約に連動して仕込まれた、対象を縛り上げる呪詛のようなものかと。契約、サーヴァント召喚の段階から仕込まれていたようですので、だいぶ強固な術式になってますねぇ。力業ではフェルグスさんの霊基ごと壊してしまうでしょう」

「ええっ、それじゃどうすれば……」

「単純なことですよ。これは彼とこの呪いを仕込んだ相手間でパスが通じているからこそ、こうして発動している魔術です。つまり、ここでさっさとその契約を破棄してしまえば無意味化します」

 

 ちょいちょいと羽飾りでイリヤが太腿に巻いたカードホルダーを示すルビー。

 その動作によって気付いたイリヤは、そこからカードを一枚抜き出した。

 

 クラスカード、キャスター。そこに秘められた力は、コルキスの王女メディアのもの。

 そしてその宝具こそ、彼女の裏切りの生涯が結晶化した契約破棄の短剣。

 

 ―――“破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)”。あらゆる魔術契約の効果を破棄し、初期化するというその刃ならば、フェルグスとその魔術師の繋がりを破り捨てる事が可能となるだろう。

 

「そ、そっか。じゃあキャスターを限定展開(インクルード)して……」

 

 少女がそう言ってカードを手に、浮遊している杖に向かって歩いていく。

 

 ―――そう、そのためにこうしていた。

 それが欲しかったから、こうして仕込んでいた。

 

 ざわり、と。

 

「え」

 

 その場に、一瞬のうちに、()()()()()()が出現していた。

 まるで影絵みたいに現実感のない、人型のなにかが一斉に動き出す。

 彼らの狙いはただ一つ、少女が無防備に手にした1枚のカード。

 

「わ……!?」

「―――下がれ!」

 

 立香を後ろに引っ張り投げ、イリヤも捕まえようして、しかし盗賊に邪魔される。

 ゲイツは舌打ちしながら即座に持っているウォッチを起動。

 前に進みながらドライバーへ装填し、ぐるりと回す。

 

〈アーマータイム! ゴースト!〉

 

 眼魂のようなショルダーを装備した鎧、ゴーストアーマー。

 彼はそこから無数のパーカーを盗賊目掛けて射出した。イリヤを取り巻いていた盗賊たちが、斬撃、射撃、炎熱、電撃、音波と、様々な攻撃によって消し飛ばされていく。

 

「ひゃあっ……!?」

 

 敵を吹き飛ばしつつ少女を捕まえ、引っ張り出すゲイツ。

 だがそんな中でライトイエローのパーカーが、途中で何かに気付いたように動きを止める。

 空中で停止したまま、視線を左右に振るゴーストパーカー。

 気付いた事実に対してどこか、何事かを口惜しげにしているような。

 

 その姿を見上げ、見覚えのある立香が彼の名を口にする。

 

「ゴエモン……?」

「――――あ、ない、ないっ!? キャスターのクラスカード!」

「なに……?」

 

 突然の事態に目を回していたイリヤが、無手になっていた自分に気づく。そうして確かめるように体を隅々まで叩き、しかし目当てのものはどこにもないと理解した。

 さっきまで持っていた筈のカード。キャスターのクラスカードがどこにもない。

 

 つまり―――

 

「……彼女は、それを盗むためにこうして僕を助け出せるようにしておいた、という事ですね」

 

 口惜しげに、少年が唇を噛む。

 ふよふよと浮いていたルビーが羽飾りをくるくる回し、先程の情報を精査。

 そうして、いまの影絵がぴたりと40人いたと理解した。

 

「―――フェルグスさんの手に入れた情報と擦り合わせる必要がありますが、今の……40人も出現した盗賊。あれは恐らく……『アリババと40人の盗賊』」

『つまりその物語を操れる方が……魔神の協力者であるサーヴァント。ですがその物語では、40人の盗賊はむしろ主人公のアリババたちに出し抜かれる、敗者側であったと思うのですが……』

「それでも最初、岩戸の中に財宝をたんまりと貯め込んでいた事には変わりません。モリアーティさんではあるまいし、何でもかんでも失敗するような事もないでしょう」

 

 苛立たしげにゲイツの眼魂ショルダーへ帰還するゴエモン。

 それを待ってから彼は浮いているルビーへ視線を向けた。

 

「……『アリババと40人の盗賊』。千夜一夜物語(アラビアンナイト)、か」

「はい。そしてこの特異点の性質上、恐らく相手は物語の語り部。

 であるならば、敵サーヴァントの真名は恐らく―――」

 

 

 

 

 

 がらがらと音を立て、彼女の抱えていた箱が床に落ちる。

 それに焦り、エレナ・ブラヴァツキーは落としたものを拾うために屈んだ。

 

「あっ、と……もう、玉手箱ってこんなにあるものなのかしら?」

 

 不審げに、彼女は手に取った黒い箱を取ってみる。

 軽く調べてみただけで分かる、魔力の結晶としての性質。

 間違いなく、願いを成就させるために機能するもの。

 そんな大量の魔力リソースを見て、エレナは困った風に小首を傾げた。

 

 レムリアを目指して竜宮城にきてしまったのはいい。

 残念だが、これはこれでとても良い。

 玉手箱という事前に聞いていた魔術礼装も見つかったし、とても良い。

 それにしても、本当に玉手箱しかないのだから困ったものだ。

 

「ここ、どういう意味の施設なのかしら。巧妙に隠されているようだけど、このアガルタにおける龍脈の中心なのは間違いない。きっとだから玉手箱なんて結晶化、というか物質化した魔力が発生しているんでしょうけど……うーん」

 

 この竜宮城は間違いなく、アガルタの中心として設置された場所だ。

 アガルタで発生する循環の始発にして終着駅。

 全てのものはやがてここに還り、その残滓が玉手箱という純粋なエネルギーの結晶になる。

 神代に近い土地の運営をしていれば、こういう機関を生じさせる事もできるだろう。

 だがそれにしては放置されているようだし、一体全体何のために―――

 

「―――なにを、しているのかしら……!」

「え?」

 

 いつの間にか竜宮城の扉が開いて、そこから女が顔を出していた。

 戦闘の直後なのか、ズタボロの状態で。

 黒い海賊の装束を身に纏った満身創痍のその女こそ、イースの女王ダユーだった。

 

「え、っと。あなたは―――」

「聞いているのは、私の方よ……!」

 

 ダユーが銃を持ち上げようとして。

 しかし腕が動かず、彼女はそのまま扉にもたれかかったまま腰を落とした。

 息を荒げた、血の気の引いた女の顔。

 

 それを見てエレナがどうするべきかと眉を顰める。

 彼女は三国を外から眺めただけでほとんど知らない。

 が、彼女は明らかに女王の一人。恐らくはイースの女王だろう、というのは分かる。

 

 一体どうするべきなのか、と。

 その答えを出す前に、もう一人の女が彼女の目の前に現れた。

 

「―――申し訳ありません、彼女は私が必要とした協力者でして……」

 

 ダユーがその声にはっとして、後ろを振り返る。

 

 ―――竜宮城の外。

 そこに広がっているのは、水に満ちているのに人が呼吸し、活動できる異境。

 水の中を悠然と歩く魔術師が、女王に向けて淡々と話しかけていた。

 

「おまえ、キャスター……! ここで何を……!」

「そんなことよりも、女王ダユー。あなたに忘れ物を届けにきたのです」

 

 キャスターが手を開く。その中にあるものを見て、ダユーは顔を顰めた。

 彼女が握っていたのは、ダユーのみが持つ事を許される鍵だった。

 

「鍵……イースの、水門の……」

「はい、申し訳ありません。ただそれだけなのです。どうか怒らないでください。私があなたを害する事は、絶対にありませんので。

 さあ、どうぞ。女王ダユー、これで―――全てを流してしまいましょう」

 

 メガロスは竜宮城にはこれない。そういう設定だ。

 竜宮城に狙うべきものがいても、ここまでは侵略してこない。

 

 ―――とはいえ、すぐにこの縛りはなくなるので狙われないに越した事はない。

 

 キャスターはうやうやしく、ダユーに対して跪き、手にした鍵を献上する。

 その言葉を聞いたダユーの方こそ眉根を寄せた。

 

「なに、を」

「そう難しい話ではないでしょう? 水門を開いて、いまイースにいるカルデアの者たちを、イースごと洪水で流してしまいましょう、と。ただそう言っているだけですので」

 

 問い返すダユーに対し、不思議そうにキャスターは首を傾げる。

 

「あなた、は。私に、自分の国を――――!」

「でも、いいでしょう? 竜宮城(あたらしいくに)はあるのですから、旧い国は捨ててしまいましょう。それが、あなたのやり方だったのでは?」

 

 ぎちり、と。ダユーが何かに締め付けられるように、表情を凍らせた。

 入手し、消費し、入手し、消費し、そう繰り返してやがて全てを使い潰す。

 それがダユーの望んだ退廃の都市、イース。

 だったら自分の国を丸ごと消費する事だって望んだとおりでしょう、と彼女は言う。

 

 頭を刺す痛みに頭を抱え、違うと、彼女は強く咽喉を絞った。

 その在り方は略奪し消費する地獄のような営み。

 

 ―――それでもちゃんと。

 彼女はただ、自分の国のために、他から略奪して、使い潰していただけで。

 自分の国だけは、ちゃんと自分なりに、守っていた女王のはず、なのに―――

 

「やめ、なさい……!」

「―――そうよ、やめなさい。ここは紛れもなく神の城としての属性を与えられた場所。

 ここの王になる、という事は神になるということ。どうやったところで、サーヴァントがそう簡単に神格化できるはずもない。そんな座につけようとすれば、どんな事になるか―――」

 

 そこにエレナが口を挟む。

 声を向けられたキャスターが、彼女の足元に転がっている玉手箱の山を見た。

 不思議そうに、少し驚いたような顔を見せるキャスター。

 

「…………玉手箱はまだ使っていないのですね。その点はありがたいですが……やはり、あなたに見つけさせるのは危険でした。計画がいつ露見してもおかしくなかった、と背筋が凍ります」

 

 ほう、と安堵の息。

 そんな様子を訝しむエレナの前で、キャスターは再びダユーに目を向けた。

 

「―――女王ダユー、あなたは航海はお好きですか?」

「キャスター、いい加減にしなさい……あなた、何を……!」

「未知を求める冒険はお好きですか? 私は嫌いではありません、あくまで語り部としてですが」

 

 咎めるような女王の声を無視して、問いかけ続けるキャスター。

 ダユーの顔が怒りに歪み、しかし襲い掛かってくる悪寒で何故か全身を震わせた。

 

「女王ダユー。あなたは何故、この竜宮城に最初に辿り着いたのですか? 自分の国があるのに何故、外に目を向けるような真似を? あなたにとって外の物など、イースのための資源に過ぎないのでは? 此処を資源として消費せず、未知の場所のままで放置した理由は?」

「―――――」

 

 答えはない。答えないのではなく、答えられない。

 自身の中に答えを用意できない事を理解して、ダユーの表情が引き攣った。

 

「……フランシス・ドレイク。星の開拓者、未知を切り開く人類の最先端。

 これがあなたの体として使用した、英霊の名前です」

「―――ちょっと、待ちなさい。あなた……じゃあ、ここは」

 

 キャスターがちらりとエレナを見る。

 ダユーが未知の悪寒に苛まれている中、もはやエレナは回答に辿り着いていた。

 本当に、彼女をここに引き込むべきじゃなかったという話だ。

 今はこうしてどうにかなったが、危ないにもほどがあるだろう。

 

「―――“恐るべき悪魔の化身(テメロッソ・エル・ドラゴ)”、彼女の異名です。

 彼女は未知に立ち向かう。誰も知らない道を切り拓く」

 

 女は語る。彼女たちが敷いた、破滅までの道を。

 

「この土地に散りばめられた、何かが秘められている違和感。微かに残された竜宮城まで繋がる導線。それを拾った時、あなたは自然にその秘境を追い求めたのでしょう。

 まるで―――悪魔の化身(フランシス・ドレイク)の声に導かれるように」

「っ……逃げなさい! ここから離れて!!」

 

 エレナが行動に移そうと、己の横に宙に浮く書物を具現化する。

 それが開いて魔力を投射する、その前に。

 

「女王ダユーは悪魔に誑かされて水門の鍵を奪われ、その結果起こされた洪水によって、イースという都市は沈没する。

 あなたは女王(ダユー)であり、悪魔(ドレイク)です。あなたの手に水門の鍵が渡る事が最後の条件」

 

 腰を落としていたダユーの手の中に、キャスターが水門の鍵を置く。

 

 ―――瞬間、頭上で破滅的な音が響き出した。

 見るまでもない。イースの水門が決壊し、アガルタの地底湖が氾濫したのだ。

 そうして、地上には破滅が訪れる。

 

 そうなるように仕組んでいたのだから、そうなるのも当然だ。

 キャスターの目論見が成功した事を察知して、エレナが歯を食い縛る。

 ダユーが呆然と、自分が握らされた鍵を見た。

 

「―――――っ!」

「……エレナ・ブラヴァツキー。もうご推察の通り、これで終わりではありません。いまアガルタでは洪水が起きました。その発生源である此処はどこでしょう。そう―――」

「海神、水を支配する龍神の神殿……! ここを起点として洪水が発生した以上、それは紛れもなく神格が起こした御業になる……!」

 

 いとも容易く答えに至る賢者を前に、ほっとした様子で頷くキャスター。

 

「はい。より正確に言えばここは竜宮城、日本の海神の住処です。そして、日本の神話には洪水の化身とされる八つ首の大蛇の伝承がある」

 

 言いながら、キャスターは再びダユーに向き直った。

 そうして彼女は懐から魔術師が描かれたカードを抜き出した。

 そのままそれをダユーに押し付け、

 

「――――夢幻召喚(インストール)、でしたね」

 

 差し込んだ。ダユーの肉体に沈んでいくクラスカード。

 何をされているかさえ分からないダユーだったが、それでも今のが致命的な何かだと感覚で理解した。ズタボロの腕で自らの体を掻き抱き、キャスターを見上げる。

 

「なにを……!」

「いま使用したのはギリシャの魔女、メディアの霊基を内包した魔術礼装です。その属性をあなたに与え、彼女を通じて私が魔女メディアの持つ宝具を使用させて頂きました」

 

 自分の内側で何かが脈打っている。

 それを直感したダユーが、しかし何をどうすればいいかさえ分からず震えた。

 

 ―――そんな彼女を中心にして、まるでドラゴンの首のようなものが形成されていく。

 

「“金羊の皮(アルゴンコイン)”、というそうです。竜種を召喚できる宝具ですが……それほど強力な竜ではないようですね」

 

 “テメロッソ・エル・ドラゴ”。それが彼女が与えられた異名。竜とは悪魔の化身であり、即ちドレイクの肉体は悪魔であり竜である。

 そして物語のうちであれば竜種の召喚すら可能とする彼女ならば、依り代となるものさえあれば十分にその宝具を扱う事ができた。

 

 そうして呼ぶ竜は弱い、とさらっと言い放った彼女に対し、エレナが酷く顔を引き攣らせる。

 

 ああ、そうだろうとも。金羊毛の守護竜は大した格もない竜種だろう。

 だがいま、このアガルタに降臨しようとしている怪物は―――

 

「―――ああ、そう。そういう、こと。本当に世界でも滅ぼす気なのかしら……!

 だってそいつ、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう……!?」

 

 ―――瞬間、溢れ出した黒い魔力にダユーの全身が呑み込まれる。

 ざわめく鱗の渦の中に消える直前、彼女は精一杯の呪詛と共に裏切り者の名を叫んだ。

 

「シェヘラザァアアドォオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 

 

 大地が砕ける。川の流れが変わり、全てを削って呑み込んでいく。

 河川に流れる水がそのまま持ち上がり、まるで蛇のようにのたうった。

 地底湖にあった水を全て吸い上げ体とし、活動を始める絶対的存在。

 意志を持った洪水、としか言えない何かが動き出す。

 

 ただそれだけで地上を蹂躙する暴虐が、何らかの形をとるために蠢いた。

 定まる形はまるで大蛇。

 宙に上がった川が首のようにもたげれば、その先端では口と目が開かれる。

 水飛沫を鱗に変え肉を得た首、その数八つ。

 

 ―――竜宮城を中心に発生したその氾濫。

 そこから最後にもうひとつ、九つ目の頭が伸びてくる。

 その首を伝い、広がっていく黒い波。

 肉と鱗をどす黒く染める、決定的な血の流れ。

 それが全身に伝播し、その血を染め抜いた瞬間、大蛇の性質は変生した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――」

 

 九つの頭が顎を開く。

 牙から滴る毒液が大地を侵す。

 

 ―――いま、ここに。

 

 アガルタの中心、竜宮城。

 降臨されたその城主たる神、八岐大蛇を塗り潰し。

 

 ギリシャ神話にその名を轟かす真正の怪物。

 毒蛇ヒュドラが生誕した。

 

 

 




 
・“千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)御伽草子・竜宮城主伊吹大明神(やまたのおろちでんせつ)
 シェヘラザードの宝具によって語られるイースの末路。伝説において女王ダユーは貴公子に化けた悪魔に唆され、水門の鍵を奪われ開けられてしまう。その結果押し寄せた洪水によって、イースは海中に没したという。
 ダユーは真っ先にアガルタに設けられた竜宮城に辿り着いた。だがそれは果たして何故だったのだろう。ダユーは略奪者である。妖精の力を借り、航海する者たちから奪う事で、イースという国を富ませた女王だ。そう、彼女は国外のものから略奪する事で国内を栄えさせる、曲がりなりにも女王である。
 外の価値あるものは奪い、己が国の繁栄に消費するものであったというのに、彼女は完全に国外に位置する未知なる竜宮城をひとり開拓し、その未知をイースに併合する事なくそのままにした。

 ―――それを何故、と問うならば。それは紛れもなく、仕組まれていた事だった。彼女の行動は彼女自身の人格ではなく、霊基として使用されたフランシス・ドレイク。星の開拓者の持つ、未知を拓く性質に促されたものだった。ドレイクの体はアガルタに隠された秘境中の秘境、財宝の隠された竜宮城の存在を確かに暴き出したのだ。

 人呼んで、“テメロッソ・エル・ドラゴ”。ダユーに与えられた肉体、星の開拓者フランシス・ドレイク。彼女に呼び表す異名こそ、“恐るべき悪魔の化身”というもの。そう呼ばれた彼女の体から生じる感覚に衝き動かされ、ダユーはその体を与えられた意味を果たした。

 ……此度の彼女に与えられた悪魔の囁きとは、他の何者でもなく、彼女自身の肉体より生じるもの。彼女自身が抱いた感情こそが悪魔の甘言であり、彼女自身の腕こそが悪魔の腕である。
 悪魔の声に唆され辿り着いた竜宮城。その地において悪魔の手に水門の鍵が渡った時、正しくイースという都市の命運は尽き果てる。伝説の通り、イースには洪水という災害が与えられるだろう。

 ―――そして。
 アガルタという世界に轟く洪水が、竜宮城を発生源として世界を満たした時。
 彼女たちの目標、彼女たちが望んだ破壊の神は降臨する。

 その大地には神威の具現たる洪水が巻き起こり。
 そこには海神の御座す場所である竜宮城が存在する。
 であるならば、()()()()()とするのが道理だろう。

 神の御座と、神の所業。二つを揃えて断言しよう。
 その龍の住処には、龍神が実在する。
 いま正に洪水を巻き起こす水の支配者が、竜宮に確かに住まわれている。

 ―――「洪水の化身」とされる、八つ首の龍神が。



 なんかダユーが漫画版でイワークになってたので、こちらは八岐大蛇にしてみました。そのためのダユー、あとそのための竜宮城。つまりダユーは八岐大蛇のためのマッサージ玉座だった…?
 近所に神様の住処があってー、神様が起こすような洪水がいま外で発生してるってことはー…神様、そこにいるのでは? もう許さねぇからなぁ?(風評被害)

 原作でも竜宮城ダユー戦ではヒュドラが出てきたので、もしかしたらなんかそういう場所として、竜宮城は配置されてたのかもしれませんね。
 まあ桃源郷にも普通に出てくるんですけど、ヒュドラ。

 この部分については、場合によっては伊吹童子を出すのもありかもしれなかったと思います。竜宮城を八岐大蛇さんの家として扱う場合、伊吹と酒呑は龍神の子として乙姫の枠にはまるので無理なく召喚できるでしょう(適当)。これからアガルタの二次創作を書く人はぜひ出してあげて下さい。出してどうする? 知らなーい。でもここで出しておくと剣豪で酒呑と千代女の話が膨らむやもしれませんね。

 あとコヤンレイドではお世話になりました。ありがとナス!



・“千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)十二の栄光・第二の難行(キングス・オーダーⅡ)射殺す百頭(アガルタのヒュドラ)』”
 八岐大蛇の核となるダユーに、キャスター・メディアのクラスカードをインストールした結果、大きく変容した超魔獣。九つの首を持ち、そのうちの八つが蛇のもの。残る一つは竜の首である。
 本来であれば悪魔の化身たる竜、ドレイクを最後の首にしてこうする予定だったが、フェニクスがメディアのカードの存在を不夜城で発見して予定が変更になった。
 メディアの第二宝具、“金羊の皮(アルゴンコイン)”。コルキスの秘宝として眠らない竜に守護されていたこれは、召喚に使用すればその守護竜を呼び出す事が叶うという代物。ただし召喚できたとして、その竜は確かに竜種でこそあるものの格は高くなく、特筆するべき能力もない。であるからして、仮に正しく使用できたとして、大きな戦力になるわけでもないのだが……

 その金羊毛の守護竜は、一説において父にテュポーンを持ち、他のギリシャに名立たる怪物と兄弟だという。例えばオルトロス、例えばケルベロス、例えばキマイラ、例えばネメアの獅子、例えば―――

 ……龍神は、最後に与えられた竜の首に流れる血でもって変生する。
 八つ首の大蛇は、竜の首を得て九頭竜へ。
 九頭竜は怪物の父(テュポーン)の血を全身に巡らせ、血を同じくする怪物へ。
 そうして誕生するのは、九つの頭を持つ毒蛇。

 ―――変生したその毒蛇の名こそヒュドラ。
 それは、かのヘラクレスでさえも一人では突破できなかった最大の難行。
 彼にさえ自死を選ばせた最大最悪の毒を持つ、真正の怪物である。



 キャスターをインストールしたイリヤを見つけ、予定外のメガロスをどうにかするため、フェニクスくんがオリチャー発動! 過熱したオリチャーは、遂に危険な領域へと突入する。

 ヒュドラと同じ血って発想でメディアの宝具を使いましたけど、血縁っていうならそれこそメドゥーサとポセイドンの子孫でもあるのでライダーのクラスカードも縁深い。というかポセイドンと関係が深いドレイクとも繋がるのでそっちの方がいいかもしれない。でも結局シェヘラが盗むまでの流れがメディアの方が楽なのでままええわ。オリチャーにガバはつきものだってそれ一番言われてるから。
 
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