Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
弾け飛んだダユーの屋敷。
ほぼ全壊したそこに立ち、オルガマリーが唇を噛み締める。
タイミングは完璧だったと思う。出来得る限り、最良の立ち回りだったと思う。
それでも、仕留め切れなかったらしい。
呼吸一度で調子を整え、彼女はすぐにカルデアへと声を送る。
「―――ロマニ、ダユーがどこに離脱したか分かる?」
『……いや、追えなかった。そして、どう考えても躱せる状況じゃなかった。となると、何か逃れるための転移のような事前の準備があった、と考えるべきなんだけど……』
彼女たちの会話を聞いて、美遊が手の中のサファイアへ視線を送る。
そうして主人に意識を向けられたステッキが、難しそうに小さく唸った。
熱を持ったライヘンバッハを休ませながら、モリアーティが顎を撫でる。
「この国でだけ許されたダユーの特権か、あるいはキャスターの仕込みか。まァ、彼女の様子を鑑みるに、前者の可能性は低い。キャスターの仕業であり、ここから何か仕掛けて―――」
「ちょっと待った。何か聞こえないか?」
人差し指を立て、口の前に持っていく。そんな静かにしろというジェスチャーと共に、デオンが軽く帽子を上げる。その言葉に反応して皆で黙り―――
何かを感じたサファイアが、感知範囲を広げるためにアンテナを展開した。
「―――これ、は」
『こっちでも観測した……! ちょ、なんでいきなりこんな―――!?
「ちょっと待ってください、それは……まずいんじゃ」
その報告に対して、美遊が顔を青ざめさせた。
いや、仮にここが洪水に襲われても、どうにか出来る手段はある。
彼女たちが助かるだけならば、とても簡単な話だ。
―――けれど、大問題が一点。
「これ、ボクたち以外をどうやって守るのさ!?」
いま立香たちが確保しに行っている捕まった人間たち。
捕まりはしなかったが、いま桃源郷寄りの平原で待機しているレジスタンス。
総勢で相応の数になる人員。
シンプルな答えとして、洪水から空へ逃れるとしてだ。それだけ大量の人間を運ぶ手段はない。洪水から救う方法がない。押し寄せる水がここに到達するまで数分もないだろう。その事実に唖然として―――しかし、すぐにオルガマリーは唇を結んだ。
そうした事実を受け入れて、彼女は廃墟と化したダユーの館を飛び出した。
「とにかく藤丸と合流する! ライダー、飛んで―――」
「所長!」
彼女がそうした指令を出す前に、向こうの方からやってきた。
走ってきた立香たちと、屋敷を出てすぐのところで合流する。
後ろには捕まっていた男たちも着いてきていた。
当然のように顔色は青白い。この距離で破滅の前兆が見えているのだ、そうもなる。
現時点でも人数が多い。元からイースに捕まっていた連中もいるのだろう。
この連中の無事を確保し、待機させている人員を迎えに行く。
それを一体どうやって。さあ、一体これからどうする―――と。
足を止めた瞬間に、何かが爆発したように彼方に立ち昇る水柱。
勢いよく溢れ出した水が、轟音と共に飛沫を散らす。
「―――――あ?」
天に逆つく水の塔を見上げて、ライダーは数秒呆然とした。
まるで何かに気付いたように。まるで何かを思い出したかのように。
その反応に対して、視線を向けるモリアーティ。
「どうかしたかネ、ライダー。何か……」
「おお、どうかしたさ。いや、どうかしてたんだな。思い出した、思い出したぜ。俺が今まで一体、何に立ち向かってたのかを」
「記憶が……?」
荒ぶる水の暴威を前にして、不敵な笑みを見せるライダー。
こんな状況で、と口を挟む事はしない。
装束、装備、精神性、宛がわれたクラス。
ライダーの正体は明らかに、“船長”と呼ばれる人種であったから。
そう言ったサーヴァントの宝具は幾つか見てきた。
だから、彼もまたそのような宝具を持つ可能性があると分かっている。
この切羽詰まった状況を変え得る手札が増える可能性は、それしかない。
「―――なら答えなさい。あなた、一体何者なの」
「ハッハァーッ! 訊いてくれるなら答えるさ!」
呵々大笑。
彼はコートを翻し、今まさに沈まんとする水上都市の上で宣言する。
未知を切り拓くために突き進み、時代に刻まれた己の名を。
「俺の名は―――
それが俺の名前とくればだ! 立ち向かえる……そうだよなァッ!」
虚空に描かれる魔力の線。
糸を織り成すように現世へと顕現するのは、夢に挑んだ一隻の船。
彼が刻んだ未知への航路を何より知る彼の旗船。
―――その名を、サンタ・マリア号。
かつて、大航海時代。
大西洋に新たなる航路を刻み込み、新大陸まで到達した航海士。
クリストファー・コロンブスの船である。
海を走るための船底が地面を抉り、着陸する。
一瞬、何とも言えない顔。
コロンブスがそうなった船の様子を窺い、宝具となった船の頑丈さを確かめる。
そうしてから地上に出現した宝具たる帆船を見上げ、コロンブスが叫ぶ。
「全員すぐに乗りな! こいつならあの波を越えられる!」
「―――あとは都市の外に取り残されてる者たちだ」
叫ぶコロンブス。彼から視線を外し、デオンが都市の外に目を向ける。
カードは増えた。だが結局のところ、時間がない。いかに宝具とはいえ、帆船が空中を自由自在に泳げるわけではない。
発生した洪水より速く、この宝具がそこまで辿り着ける方法がないのだ。今ここにいるレジスタンスやイースに捕まっていた人間が乗り込むのだって、一瞬で終わるわけでは―――
そうして、どう動くか考えていた立香がはっとした様子でゲイツを見る。視線を向けられたゲイツ・ゴーストアーマーが困惑した様子で声をかければ、彼女は大声で叫んでみせた。
「……なんだ」
「ニュートン!」
高らかに響く機龍の咆哮と共に、炎の龍がメガロスに食らいつく。
激突し、反発し、車輪が港に深い轍を刻み込む。
もはや周囲の建造物に原形は残っていない。
いい加減にライドストライカーも限界だ、という段階になって―――
爆発するような轟音。次いで、彼方に立ち上る水の柱。
発生した大海嘯によって流動する河川と地底湖。
大地の震動を受けて揺れるバイクの上で、クロエが困惑して周囲を見回す。
「ちょ、なに……!?」
『どうやら洪水が発生したらしい。原因は不明―――いや、ここがイースである以上、水没が始まったのかな? とするとダユーが水門を開いた、という事になるけれど……』
「つまりどういうこと!?」
こっちに情報を最低限伝えるや否や、自分だけで考え込むダ・ヴィンチちゃん。
そんな彼女に怒鳴りつつ、クロエがバイクの後ろでジオウの頭を叩く。
叩かれながらハンドルを切り返したジオウの前で、メガロスが止まる。
不夜城の時と同じように、まるで何かに反応しての停止。
「……他に行きたい場所があるけど、行けない?」
『―――となると、だ。こちらとは完全に別行動をしているエレナ・ブラヴァツキー、彼女の行動が何かトリガーになっている可能性があるね。動きの不自然さからして恐らく、彼女に対して攻撃したいが彼女がいる場所に行く権限がない、状態かな。
確か彼女は水中の捜索に切り替えたんだろう? 何があったかは分からないが、水中に何かあるのは間違いないわけだ』
ダ・ヴィンチちゃんの声を聞き、首を僅かに傾げるジオウ。
水中。宇宙にありそうだと思っていたが、どうにも中心はそっちのようだ。
となると、メガロスの動きにやはりいまいち納得が―――と。
そう考えている内に、頭上を通り過ぎていく空を翔ける帆船。
描く軌道は、重力が何だと言わんばかりに惑星の法則に反逆する航路。
それが向かう方向は、街の外にいるレジスタンスたち。
「あっちは大丈夫そうだから、こっちを!」
〈アーマータイム! サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉
ドライバーからディケイドウォッチごと龍騎ウォッチを脱着。そのままの流れで、ダブルウォッチを装填した。
ジオウが纏っていたディケイドアーマーが影と消え、出現するのは二基のメモリドロイド。それが変形して構成されるダブルアーマーが、ジオウの上半身を覆った。
同時に、彼が乗っていたライドストライカーに発生する力場。バイクの後部車輪から展開する赤い光は、水上・水中に適応するための特殊ユニット。
そうして何とかなりそうになったバイクの状態を見て、ジオウはそこかしこを触って確かめつつ、かなり雑な感じで頷いた。
「よし、なんかいけそうな気がする! ツクヨミ、アルトリア! こっち!」
「ええ!」
目の前に現れたジオウの両肩、ガイアメモリショルダー。
それに捕まったクロエが、本当に大丈夫だろうかと不安げな顔。
だがいちいち言葉を挟んでいる余裕もない。
ツクヨミが何か動きが鈍った様子の女海賊たちを撃ちつつ、下がってくる。
「私はいい。
その様子を横目に、アルトリアが敵を一閃。
周囲を薙ぎ払いながら、踵で軽く地面を叩いてみせる。
そこで、決定的に崩壊するような轟音。
水門の断末魔と思しき破砕音。
直後、音に遅れて大地に洪水が押し寄せた。
イースの街並みを蹂躙する水の暴威。文明をリセットする神の御業。
街も、海賊たちも、全てを呑み込んでいく終末の波濤。
ハンドルを繰り、その大波の上に乗るライドストライカー。
そのマシンの動きに続き、水面に降り立つアルトリアの鉄靴。
湖の精霊より受けた加護により、彼女は水に沈まない。
流水の足応えを確かめつつ、彼女は平然と津波の上を軽やかに跳ぶ。
洪水に反応し動いた彼らとは違い、メガロスは不動。
動く予兆もないままに、大波に呑み込まれていく。
もっとも洪水に呑み込まれたからといって、メガロスが死ぬわけもないだろうが。
街の外を見れば、船は目的地に到着していた。地上で待っていた人間は、全員纏めて引き寄せられて船の上に投げ込まれている。空中に舞う青色のゴーストパーカー、ニュートンの力だろう。
ある程度波が落ち着いたのを見て、力を抜きつつクロエがぼやく。
「で、なに? ダユー? それがイースの女王で、もしかして逸話通りに国が水没する事になったってこと?」
『ダユーにはほぼ勝利した。が、逃げられてしまったんだ。その後のダユーの足取りが不明だったところにこの洪水、という事は恐らくは水門が開かれたんだろう。それが彼女自らの手によるものか、あるいは黒幕―――シェヘラザードの手によるものかは分からないけどね』
溜め息混じりのダ・ヴィンチちゃんの言葉。
それを聞き、ジオウが強く握っていたハンドルから手を放す。
長時間車体を押え込んでいた事で痺れた手を、ほぐすように軽く振り回しつつ、繰り返し問い返すのは黒幕の名前。
「シェヘラザード?」
『はい、『
妻の不貞を知り女性不信に陥った王シャフリアール。彼は国の中から生娘を一人宮殿に呼び、その娘と一夜過ごし、朝には首を刎ねるという凶行を繰り返していました。
そこでその凶行を見かねて自分が王の妻になる、と名乗り出たのが、王の行いに困り果てていた大臣の娘、シェヘラザードなのです』
「彼女は夜、妹と共に様々な物語を王に語り聞かせます。そしてその話が佳境に入ったところで、『もう夜が明ける頃、続きはまた明日。今宵の話よりも心躍るこの続きは、次の夜に語りましょう』と告げました。
そうする事で、面白い話の続きを求める王に、自分の命を奪わせなかったのです」
盛大に揺れる船。サンタマリア号の上で、マシュとルビーが語る。
『そうして妻であるシェヘラザードと共に千の夜を越えた先、王は正気を取り戻し、共に過ごした女性を殺めるという悪習を改めた……と』
『―――ただ、
ロマニからの言葉に頷いて、フェルグスが強く眉を寄せた。
彼女の真相はどちらであっても、彼が取ると決めた行動に変わりはない。
彼女の真名が
それが知れただけで十分だ。
「しかし、とりあえずどうにかなったがこれからどうすりゃいい。
イースは沈み、この調子じゃ他の国だって水没しちまってるんじゃねえか?」
真名を思い出したライダー、コロンブス。
彼が自身の宝具の上で視線を周囲に巡らせる。
広がっていく洪水の勢いは止まらない、イースどころかアガルタ全土を呑み込む勢い。彼の船が宝具でなければ、その勢いに巻き込まれ、水上にいてなお粉砕されてもおかしくない。
『―――――アガルタ全土、か』
「……ホームズ?」
「放っておきたまえ、反応してもまだ語るべき時ではないとか言うだけだからネ。自分が語りたくなったら勝手に語りだすから、放置が一番だヨ」
通信先でぼやくホームズに声を向けようとする立香をモリアーティが遮る。
言われた探偵は片眉を僅かに上げ、しかし言葉を返さず黙りこくった。
肩を竦め、オルガマリーがアストルフォに視線を向けた。
「ライダー、魔力はどう? とりあえずヒポグリフで空を飛んで周囲を見て回って―――」
「んー。マスターからの供給は十分な筈なんだけど……なんかミョーに回復が遅いような」
不思議そうに首を傾げるアストルフォ。
自分の体を確かめるように手を握って開いて、と繰り返す彼。
そんな様子を見て、美遊がサファイアに問いかける。
「……サファイア、もしかして……」
「―――はい。微量ですが、美遊様も魔力をどこかに吸われているようです。恐らくは先程ダユーが使用した権力……イースの王制がまだ働いているものと」
「ダユーはまだ現界しているというのか? いや、そうだとしてもイースは水没した。あれは土地と女王ダユーが揃って初めて働く力の筈だ。なのに何故まだ……」
ダユーが逃げおおせてから何があったにしても、イースが水没したのは事実だ。
彼女はもう支配する土地を消失した。
あれがイースの王制、彼女の権力だというのなら、もう使用できないと考えるのが自然だ。
いま感じているのはただの残滓であり、これから影響が消えていくならそれでいい。
だがそうでないとしたら―――
「あれ? ねえルビー、これ水が……」
「……ええ、引いていきますね」
船から水面を見ていたイリヤの目の前。
イースを中心に広がっていく方向に動いていた筈の水が、何故か急に反転した。流れだした水が全て、イースへと集まり始めていた。それも明らかに少しずつ勢いは加速していく。
それだけではなく、水が何か……煌びやかに輝きだした、というか。どこかで見た事のある雰囲気を帯びていく。水自体が発光しだす様は、まるで神気を帯びているようだ。そう、まるでフィン・マックールが操った水のように。
ただ、輝きの質がそれと比べて異次元。神に連なる彼のそれと比べてさえ、尋常ならざる神気を放ち出した波に浮く船の上で、オルガマリーが軽く頬を引き攣らせた。
「ライダー……コロンブス、離れた方がいいわ。これ、絶対に何か起きるわ」
「おう、見りゃ分かるっていうか見なくてもやべえと感じる」
目を瞑ったとしても肌に感じる神の力。
海の上に生きた人間で、海に畏敬を抱かない人間などいない。
海は恐れて然るべき場所だ。
そんな事を分かり切った上で、これ以上ないくらいに震える程の恐怖が湧く。
コロンブスの意志に従い、船がイースから離れる進路を取る。
そこで立香の視線を受けたゲイツが、溜息混じりに顎をしゃくった。
再び行使されるニュートンの力が、サンタマリア号の機動を後押しする。
イースから離れ出してすぐ、彼の船は宙に放り出された。
アガルタ全土を覆うほどの洪水が、瞬く間にイースの一点に集中されたのだ。
渇いた大地に投げ出され、ニュートンの力で軟着陸する船。
船底で地面を削りながら着地した彼らの前で、洪水の全てがイースで固まっていく。
河がそのまま宙に浮き、まるで蛇のようにのたうってみせる。
波が描く波紋が鱗となり、河の表面を覆っていく。
巨大地底湖まるまる一つ分を押し固めて、描き出されるのは八つの蛇。
その中に最後、胴体らしき水の塊から一つ生えてきた竜の首を得て、それは完成した。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――」
口を得た河、蛇の首がゆるりと大口を開け、その牙から液体を滴らせる。
大地に落ちたそれが全てを溶かす。
八つの蛇の首、竜の首一つ。
洪水を肉体とし、神気を帯び、大地を毒気に浸す。
そんな怪物を見て、長い呼気と共にホームズが言葉を吐き出した。
『―――ああ、そうか。なるほど、イレーナ……ブラヴァツキー夫人が辿り着いたのは、本当に竜宮城だったようだ』
「手短に」
呼吸一度で体調を整えたオルガマリーの指令に対して、ホームズが眉を上げる。
一瞬迷ったものの、彼はモリアーティを見ると素直に従った。
『竜宮城とは日本において神域、海神が在るとされる場所だ。そして日本神話において須佐之男命に討伐された八岐大蛇という怪物は、水神であり洪水の化身とされる。つまり先程の状況は神域と神威の両立だ。竜宮城という場所において、洪水を触媒にして八岐大蛇を召喚したのだろう』
「それに加え、イリヤスフィールくんはキャスター・メディアのカードを奪われたと言ったネ。それが最後の首の正体であり、ダユーの肉体にフランシス・ドレイクを選んだ理由だろう」
『フランシス・ドレイクは
「つまり……?」
口を挟もうとするモリアーティを喋らせないためか、ホームズがより早く口を回す。
八岐大蛇は知っている。でもあれには首が九つあるし、明らかに毒々しい。
詳しくないが、八岐大蛇はそういう大蛇ではなかった筈。
そういった意図で問いかけた立香に対し、ホームズは軽く頷いて言葉を続けた。
『要するに……八岐大蛇を触媒にして、更に新たなる神獣を召喚したという事だ。
―――ヘラクレスに課せられた十の試練の一つにして、彼が一人で成し遂げられず十の偉業から除外され、最終的に追加された二つの試練と共に十二の栄光の一つとして扱われるに至ったもの』
「つまりヒュド」
『レルネー湖のヒュドラ! 不死性によってヘラクレスでさえ一人では打倒できなかった怪物!』
ホームズがそう言うと同時、彼らの前で巨大な蛇が動きを開始した。
すぐさま立香は振り返り、再度ゲイツに視線を向ける。
「ゲイツとコロンブスはこの船のまま離れて!」
「なに?」
既に船底は地面についている。アガルタにあった水流は全て、ヒュドラと化した。
この地上……地下世界にはもう、船が動くための湖も川もない。
であるならば、今まで通りにゲイツがニュートンの力で強引に動かすしかない。
このレジスタンスたちを全て乗せた、唯一の方舟を。
「……それしかねえか」
コロンブスが頷いて、ゲイツに目を向ける。
ここで宝具を引っ込めて、レジスタンスたちをそれぞれ走らせて逃げる、なんて。そんな展開は流石に無い。そもそも不夜城で回収した連中や、ここイースで回収した連中。その中にはまだまともに動けないような男たちだっている。それしかないだろう。
「アヴェンジャー!」
「はいはい」
ジャンヌ・オルタがオルガマリーの腰に手を回し、船から飛び降りる。それを追い、船から跳ぶアストルフォと美遊。
そこで一瞬迷った立香を後ろから両手で抱え上げ、デオンが船から飛び出した。その後に続いて飛行を始めるイリヤと、跳躍するフェルグス。
そして、何となく指を咥えて棺桶を引きながら飛び降りるモリアーティ。
即座に言葉を投げるシャーロック・ホームズ。
『どうやらこのアーチャーは自分の宝具とマスターを抱えて高所から飛び降りるほどの甲斐性はないサーヴァントのようだ』
「腰がどうにかなればナー……」
華麗に着地しつつ立香を下ろし、剣を抜く―――が、あの巨大生物に剣でどうやって。
一瞬だけ飛び降りた船を振り返りつつ、デオンが酷く顔を顰めた。
「……魔力の略奪が加速した。先程と同等までだ。ダユーはあの一つだけある竜の首、ということでいいんだな? まずはあれからどうにかしなければ、宝具もまともに使えない」
『イースは沈没した。けれど確かにイースには、やがて再び浮上して復活する、という伝承もあるにはある……まだイースは消滅していない。
ダユーを取り込んだヒュドラは、彼女がイースで行っていた王制を引き継いで、この状況でもキミたちに対して行使できるということか』
働いている略奪の力に顔を顰めたデオンに、ロマニが魔力の流れを解析する。
奪われた魔力は確かにヒュドラへと流れ込んでいく。相手はただでさえ巨大な神獣だというのに、宝具を発動するための魔力さえ奪われてはどうしようもない。
まずはこの拘束を排除した上で、どうにか―――と。
「―――いいえ。厳密に言うならば、破壊されたのは境界線だったという事です」
空気が震える。声を遠方へと届けるための魔術の行使。
その音源、咄嗟に視線を向けた先はヒュドラの胴体の近く。
そこにいたのは、杖を抱き足元にエレナ・ブラヴァツキーを転がした女性。
エレナにかかっているのはフェルグスの時と同じような拘束。
そもそもの黒幕である彼女がサーヴァント契約に仕込んだ罠だろう。
「シェヘラザード……!」
こちらの声も届いているのか、僅かに身じろぎした様子が見える。
だがそのフェルグスの声には答えず、シェヘラザードは言葉を続けた。
「国境が取り除かれた、と言うべきですか。大陸を分割していた河川が一切消失しましたので、ここはもう一つの国なのです。そうなるようにしておきました。
イースは沈没し既にその意味を喪失しましたが、この段階において此処は全てを統合した地底国家アガルタとして成立しています。ここが国家である以上、女王ダユー……いえ、竜宮城の王となったヒュドラにはここに王制を敷く権利がある。その性質が頭の一つになったダユーのものを引き継いだ、という事になります」
「一つの国……?」
「はい。そうして統一しておかなければ……これから発生させる現象で、この大地がバラバラに割れてしまいますので」
滔々と、確認するような平坦さで彼女は語る。
その内容にカルデア側が戸惑った―――その瞬間、大地が鳴動した。
光源となっていたアガルタの天蓋が一斉に罅割れ、砕けていく。
天蓋、彼方の壁、地下国家であるこの土地を覆う星の地表。
それらが突然、崩壊し始めた。
「っ、一体なに―――!?」
「……説明する必要があるでしょうか? いえ、計画暴露の必要性の話ではなく。既に分かっているだろう相手にそんな事をする意味があるかどうか、という話ですが」
困った風にそう言うシェヘラザード。
彼女のそんな様子を見て、オルガマリーがカルデアの方へと声をかける。
「……ホームズ!」
『この地底において、イースと不夜城には存在する役割があったという事でしょう。イースは沈没する事になる国家、つまり
そして逆に、不夜城は太陽に常に照らされる国家……』
特に驚く事もなく、ホームズは彼女からの問いに答える。隠していた、というわけでもない。
彼の中でヒュドラの登場が竜宮城の存在を証明し、結果として全て繋がった。
ただそれだけの事だ。
『では、太陽に常に照らされる国家、という状況はどうやれば作り出せるだろうか。
太陽を沈ませない? まあ獅子王ほどの神格があれば、それを導く能力を
太陽を沈ませないようにする、という選択肢は不可能な方法として除外される。ではどうやって、となると逆転の発想をするしかないだろう』
太陽を自由に動かせないのであれば、方法は一つ。
そんな異常を、当たり前のように。
『―――この大陸を、太陽に合わせて移動させる。つまり空中大陸という事だ。空中大陸程度ならば、適した宝具と魔力リソースさえあれば、サーヴァントであっても場合によっては可能。
太陽を沈ませないのではなく、太陽の運行に合わせてその直下に移動し続ける大陸にすればいい。それが不夜城という属性を与えられた国が、アガルタの中に与えられた役割』
「……太陽が沈まなければ、夜は来ない。彼女が王に物語を言い聞かせるための刻限は、こない」
フェルグスが呟き、シェヘラザードを見る。
その呟く声さえも拾っているのか、彼女が僅かながら視線を伏せた。
『イースという大陸を沈降させるための重りが消えた結果、この大陸は不夜城が持つ浮力によって動き始めた。もちろん、上に向かって』
「……やはり、説明する必要はなさそうですね」
『もちろん。では何故、そんな事をする必要があるかに移ろうか。この大陸の仕組み自体が、キミの生前の体験、いわゆるトラウマからの逃避が下敷きになっているのは確かだ。意図しているにせよ、していないにせよね。
そもそもの話、聖杯ありきとはいえこの特異点の神秘は強すぎる。八岐大蛇という神域の魔物を召喚できた事自体がそれを証明している。どうにかして2000年という現代において、それほどの舞台を整えるためには、聖杯、地下という環境、そして更なる一押しが必要になった筈だ。
そうして用意されたのがキミ、シェヘラザードという物語る事に卓越した存在の生涯だ。本来関係の無いものを照らし合わせ、それを関係の深いものであるかのように見立てる。そうして発生する照応こそが、魔術の基本であり奥義。
キミはキミの人生を使用し、この世界という魔術の完成度を高めるため、このアガルタの内容を設定した。そうして高められたこのアガルタの強度は―――』
「て・み・じ・か・に!」
オルガマリーの叱責。
ホームズが酷く不服そうに眉を顰め、仕方なさそうに溜め息ひとつ。
『……ヒュドラ。いえ、八岐大蛇の存在が確定した瞬間、竜宮城の存在も確信できた。アガルタにはそのために設けられた舞台があった、と考えるのはごく自然な事だ。
―――ということは、あったのでしょう? 玉手箱』
「ええ、複数ありました。既にほぼ全部、八岐大蛇の降臨に使用してしまいましたが」
『この大陸の営みによって発生した魔力を竜宮城に集積させ、疑似的な聖杯として形成したのでしょう。であるならば、玉手箱の製造工場と考える場合にも、地底大陸を横断して全ての水の流れ込む先に、竜宮城が配置されていたのは必然だ。
さて。そうして製造した玉手箱はほぼ全てヒュドラに注ぎ込んだという事ですが……残りであなたは“神秘を明かす”という願いを彼女に叶えさせるつもりですね』
「―――――」
シェヘラザードの視線が、地面に転がしたエレナに向かう。
彼女も何か言っているようだが、その声までこちらに届いてこない。
シェヘラザードの魔術は自分の声を届けるだけらしい。
「エレナの願いを、叶える?」
「……何故、アガルタを飛ばす必要があるのかという話だヨ」
立香の疑問にモリアーティが答え、上を見る。
徐々に迫ってくる罅割れた岩の天蓋。
それをヒュドラの首が邪魔そうに、頭を振り回して粉砕していく。
崩れていくその先に見えてくる、青い空。
「飛ばすまではいいとして、では飛ばした後どうするというのか。アガルタの神秘が維持されているのは、ここが地下国家だからという点も大きい。流石に地上を飛ばせば神秘は減衰して、その性能を維持できなくなるのが目に見えている。飛ばした当初はよくとも、ある程度経てば高度を維持できず落ちるだろう。
それでもいい、それを達成した後はもうどうでもいい、というような、この大陸を使用する目的が設定されていなければおかしいわけだ」
『もう死にたくない、もう二度とこんなことがないようにする。
あなたはフェルグスにそう語ったという。であるならば、目的は一つだ』
ヒュドラの苛立たしげなヘッドバットによって、遂に天蓋が全て割れる。
岩の雪崩る光景の中、一呼吸だけ置いてホームズは最後の言葉を口にした。
『人類を
アガルタの大地が酷い振動に襲われ、遂に空中へと飛び立った。
山の背丈を追い抜いて、浮上を始める一つの大陸。
雲にまで迫るその高さの上で、遂に解放されたヒュドラが全ての首を悠々と伸ばす。
その威容の許で、杖を抱いたシェヘラザードが空を見上げて口を開く。
「―――人類を霊長から追放、してどうなると?」
『……要するに意識の問題さ。例えばの話だ。街の路地裏、普段誰も覗かないようなその陰に、人の力を超越した怪物や、人の血を吸う吸血鬼が当たり前のように潜んでいたとする。
そうだったとしたら、キミたちはどう思う?』
ダ・ヴィンチちゃんの声。
その問いかけに一瞬悩み、立香は素直な回答を口にした。
「……危ない?」
『ああ、そうだ。危ないよね。人間の力ではどうしようもないそんな危ない事が、自分たちの周りに数え切れないくらい、当たり前のように潜んでいる。それがただの御伽噺ではなく、事実だと知ってしまうんだ』
そんなものがいると知ったとして、どうすればいいのか。
自分たちは化け物が気紛れを起こしただけで死ぬ生き物なのだ。
そうと知ったとして、一体何が出来るというのか。
野性の動物とは違う。
自分たちと同等以上の知性を持った、自分たちとは隔絶した力を持った、異形たち。
その存在を認識してしまったら。
人が恃みとする文明の利器など、その超越種には届かないと理解してしまったら。
声を詰まらせた立香の代わりに、オルガマリーが言葉にする。
「―――人類全体が、自分たちが化け物の被食者だと認識してしまう」
『そう。人間はただ化け物の餌として存続しているだけなのだ。この星にはもっと高次の生命が存在していて、自分たちはそいつらに生かされているだけなのだ。地上という楽園は、元から人類種ではなく別の超越種のために用意されたものなのだ、と。そう理解してしまう。
人類という種がそう認識してしまったら最後。人間が
そうなってしまった場合、恐らく英霊召喚という術式は機能しない。英霊というものはただの星の歴史、記録情報でしかない
どこか、ほっとした様子を見せるシェヘラザード。その反応に眉を顰めるが、恐らく彼女からしてみれば、自身の計画がダ・ヴィンチちゃんに保障された気分なのだろう。
張り詰めた天才の声からして、彼女の計画に問題がないと断言してもらっているようなものだ。
人理の失墜、人類種の霊長からの零落。
彼女の目的はそこに辿り着いた。
サーヴァント、英霊召喚というシステムを破綻させるために。
それを聞き届けた立香が、シェヘラザードに顔を向けた。
「それが、あなたの目的?」
「―――ええ、はい。そうなれば、私がサーヴァントとして呼ばれる事は二度とないでしょう。もう二度と、死ななくてよくなるでしょう。
この恐怖をせめて誤魔化すためには、もうそうするくらいしか無いのです」
「ですがそれはこの世界だけの話。あなたという存在が、英霊召喚という軛から完全に逃れられるわけではない、と。並行世界に干渉するものの視点として、それだけは言わせてもらいましょう」
ルビーからの固い言葉に、理解しているとシェヘラザードは深く頷く。
仮にこの世界を滅ぼせても、彼女の目的は達成できないのだと。
彼女の目的が果たされたとして、それは人類が霊長から堕ちた世界が一つ発生するだけ。英霊が時間と空間を超越し、あらゆる世界に降臨する存在である以上、彼女の望み―――二度と死ぬことのない存在になる、という願いは果たされない。
魔法使いに生み出されたステッキはそう言って、彼女の行為を無為と断じた。
では何故、と。フェルグスが表情だけで問いかける。
「……浮上したアガルタによって飛行し、その存在を知らしめた後。この大陸をどこか大都市に墜落させると共に、エレナ・ブラヴァツキーの願いを玉手箱によって叶えます。神秘の秘匿、その被害の隠蔽など許さないほど、徹底的に。
歴史上において、今日この日を神秘が完全に暴かれた日として刻み込む。そして私はその顛末、一つの世界の結末を物語として、“
女がゆるりと手を回せば、そこに現れる
途中まで書かれたその“物語”を手に、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「―――私の宝具、“
これには後から付け加えられた物語も多く、成立以後も発生した物語が収集されるという性質を持ちます。時代や国を越え、属する物語が新たに付け足されていく。未来の、異界の、そんな物語であっても私が語った一つの物語にしてしまえる。
……だからサーヴァントの私という、
風に靡く巻物を手に、シェヘラザードは語る。
このアガルタにおける戦い、このアガルタにおける真実、それもまた物語の一つとして。
彼女はそれを、時空を超越した英霊の座に持ち込むと宣言した。
『……なるほど。その情報こそがキミが求めた自刃の刃というわけか』
「―――この目論みが達成されたとすれば、この世界では抑止力が崩壊しサーヴァントは呼ばれなくなる。けれどそれだけであれば、時空を隔てた並行世界にまでは影響しない。ですがそれのみならず、私の大元。英霊の座にある
新たな私の物語、この特異点で起きた霊長を零落させた事実によって、私は一つの世界で抑止を破壊した異物となる。ひとつの例とはいえ、抑止力に小さくない瑕疵を刻んだ
『そんな……消滅するための、戦いだなんて……』
マシュの声に僅か眉を下げるも、彼女は言葉を返す事はなく。
その間にも、じりじりと紙面に書き連ねられていく新たな文字。
一世一代、シェヘラザードが仕組んだ戦いが結末に向かって記されていく。
ひとしきり首を伸ばし終えたヒュドラが、ゆったりと全ての頭をカルデアの者たちに向けた。そうして準備を終えた神獣の隣で、手の中から巻物を消したシェヘラザードは再び両手で杖を握る。
「―――“
それが私の選んだ、私の望みを叶える方法です」
星に栄えた一等種、霊長。その意志が発生させる抑止力。人類の継続を義務とし、歴史に刻まれた人類文明の轍、人理というあらゆる情報を利用する無意識の最終防衛線。
そんな造られた箱庭には柵がある。払う犠牲に頓着せずに設けられた、現行文明のための盾。星の情報である英霊を用いた、霊長を守護するために活用される囲い。人類種が持つ最強の財産。
そんなものに使用されるくらいなら、こんな楽園から追放されたいのだ、と女は語る。
滅ぼしたいわけじゃなくとも、苦しいだけの事はもう続けたくないと考える者もいる。
だから、お願いだから、もう辞めさせてくれ―――と、彼女は死力で泣き言を叫んだ。
チェリンボが全然出てこねえ。
許さねえぞ道満。