Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
―――突然轟く、爆発のような咆哮。
洪水に押し流され、積もった都市の残骸が消し飛んだ。
その破壊力を彼方に感じ、僅かばかりシェヘラザードが身を竦める。
『メガロスだ! まずいぞ……! ただでさえ魔力を略奪される状況下で、ヒュドラの相手をしないといけないのに……!』
ロマニの声につられて爆心地を見れば、残骸を粉砕した勢いのまま、メガロスがこちらの戦場に向かって加速してくる。ロケットの加速を利用した一点突破。
迎え撃つために体勢を固め、その巨体が向かう先を追い―――
「……ッ、こっちじゃない。シェヘラザードに向かっている!」
フェルグスがその軌道を読み、叫んだ。
一直線に加速する巨英雄の進行方向は、カルデアではなくシェヘラザード。
だがそんな事は分かり切っている、と。
「これはもう仕方ありません。国境を取り払い、アガルタを一個の国とするという事は、ヘラクレスの守備範囲をアガルタ全土に広げるという事。私はダユーを利用してイースを沈め、八岐大蛇の所有物である玉手箱を己の目的のために消費した。この土地において、現時点で最大の過失を行っている事になるのですから」
メガロスから視線を逸らし、シェヘラザードが恐怖に震える。
あの巨英雄は射程内に入られれば、1秒かからず木端微塵にされる化け物。
―――だから、ヒュドラなのだ。
九つの首のうち一つ。黄金の竜の首が、メガロスを睥睨する。
その動作から続けて流れるように、毒蛇は直進する英雄に向け牙を剥いた。
振り下ろされる巨大な竜頭。
まるで頭を鉄槌として叩き付けるような、乱雑な一撃。
「■■■■■―――――ッ!」
それに対し、直進しようとしたメガロスの動きが陰った。
全てを粉砕するような驀進に、一気にブレーキがかけられる。
ヒュドラの首が向かってくるという事実で鈍るように。
ただ、それはヒュドラに対する恐れからではない。
彼を動かすのは、そういうルールなのだ。彼はこの国において、“王”にだけは攻撃を加えない。竜宮の王であり、アガルタにおいて王権を有するヒュドラに対し―――反撃は許されない。
避ける事も、反撃する事も、真っ当な反応は何も許されない。
全速力で振り下ろされる黄金の竜の首。
その毒牙の一撃は狙いを過たず、確かにメガロスの肉体へと叩き付けられた。
鋼よりなお硬い肉を喰い破り、流し込まれるヒュドラの毒。
―――その、瞬間。
「―――――――――」
紛れもなく、完膚なきまでに。
メガロスが死亡した。
ただの一噛みで、十二の命が残らず溶け落ちる。
無敵であり不死身であった最強の英雄にして怪物が、いとも簡単に。
不死であったヘラクレスに、自らの死を願わせるほどの毒血。
彼の肉体はそれに侵された瞬間、その運命に随い崩壊を選んでしまう。
漲っていた神域の力が一滴すら残さず、その肉体から抜け落ちる。
そこに残ったのは、光を失った虚ろな瞳で、だらりと四肢をぶらさげる抜け殻。
―――動きを止めたメガロスを銜えたまま、竜の頭がゆっくりと持ち上がっていく。
「……メガロスが」
目的通りにそれが果たされた事に、ほっと息を吐くシェヘラザード。
ただこれで退去してもおかしくない筈なのに、死体を残すメガロス。
その異常事態を見上げて、彼女はおおよそ見当をつける。
彼をアナザーフォーゼに変えた異物。それ以外に理由はないだろう。
「霊核が崩壊したにも関わらず、現界を続けている。
一体化した異物のせいでしょうか―――となれば」
シェヘラザードがヒュドラに指示を送ろうとする。
彼女がそうした行動が九つの首の視線を集め―――
〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉
その隙に、天を衝くほどに伸びた光の刃。“ジオウサイキョウ”と銘打たれた光の斬撃が、メガロスを銜えた竜の首を半ばで断ち切った。
切り口から噴き出す、血のように撒き散らされる毒。
首がその切断面からゆっくりとずり落ち―――ない。
斬られた部分が泡を吹き、当たり前のように繋がっていた。
切断された瞬間に再生した、とでも言うかのような超速再生。
メガロスを銜えた頭が、何の痛痒もなさそうな表情でジオウⅡを見下ろす。
「……っ!?」
『―――ヘラクレスがヒュドラを一人で討伐できなかった最大の理由……それはヒュドラの再生力だ。斬ったそばから傷口を焼かなければ、あの毒蛇の再生は止められない!』
八つの蛇の頭が動き、ジオウⅡへと狙いを定める。
次々と動き出し、地上へと迫りくる巨大な牙。
「どっせーい!」
蛇の頭ひとつ、その横っ面をアストルフォのランスが打ち据える。
発動する“
ヒュドラを打ち据えたアストルフォ自身さえも転がる、尋常ならざる衝撃。
不用意に転倒させれば、自分たちこそその巨体に潰されるだろう。
無論、地面に落ちた幾つかの首はただそれだけで何の傷も負ってはいない。
それを理解して、彼はすぐさま槍をしまって剣へと武装を交換する。
「せめて飛べれば、なんだけど!」
言って見上げるのは、メガロスを銜えた竜の首。恐らくまずあの首をどうにかせねば始まらない。あれをどうにか出来れば、ヒュドラとしての再生能力は消えるかもしれないし、そうでなくともダユーの王制―――いまなお行使されている略奪は収まるかもしれないのだ。
そうしなければ、ヒポグリフを再召喚して飛行する事さえ儘ならない。
大地震で地面に転がりながら、棺桶へと縋り付くモリアーティ。
彼が遥か上空に持っていかれたメガロスを見上げ、呟くように言う。
「さて、個人的にこの状況で気になる事が一点」
「なに!?」
デオンに再び抱えられた立香が叫び返す。
「レルネーのヒュドラと言えば
「…………!」
メガロスの遺体は消えていない。霊基は完全に崩壊したが、恐らくは融合していたアナザーウォッチの影響だ。アナザーフォーゼウォッチの存在が、彼という肉体が消えるまでの時間を引き延ばしている。竜の首はそれを銜えたままにしているが、呑み込まれた場合はどうなるか。
ヒュドラがそのままアナザーフォーゼ化したとして。それは防御力、不死性の更なる向上に繋がる。いまもジオウⅡの攻撃を再生力だけで凌駕しているというのに、そうなっては。
「つ、つまりソウゴさんを上に連れて行って、メガロスの持ってるウォッチを壊さなきゃいけない!?」
「たとえそれが成功しても、ヒュドラ自体の再生力の突破には繋がりませんが……」
起き上がり、首を持ち上げる大蛇の群れ。
そこに思い切り横薙ぎで振るわれるサイキョージカンギレード。圧倒的な破壊力はその首を切り裂き―――しかし刃が通り抜けた瞬間、完全に癒着していた。そこに傷は一切残らない。
呼吸を整え、ジオウⅡは返す刃でもう一閃。
その刃に合わせて迸る、ジャンヌ・オルタの黒い業火。
一閃でヒュドラの鱗が纏めて削ぎ取られ、両断される首。そこを呪いの炎が傷口を焼かんと雪崩れ込み、しかし。
ヒュドラの肉を構成する神気を多大に孕んだ水流によって弾かれ、打ち消される。
『ヘラクレスはどれだけ斬り落としても再生するヒュドラの首を、甥のイオラオスに松明で傷口を焼かせる事で攻略したというけれど……!』
「焼けないじゃないの! っていうか半分水じゃない、アレ! こっちは無視して、さっさとあっちのシェヘラザードをぶっ飛ばすべきじゃない!?」
オルタの炎が呪詛だから、という事以上に相手の霊格があまりに高すぎる。
洪水そのものである八岐大蛇にして、不死身の再生力を有するヒュドラ。
再生力を潰すために焼くにも、神威であるあの洪水は火を当然のように通さない。
だからこそオルタは旗の穂先を黒幕に向け、がなり立てた。
びくりと体を揺らし、エレナを引きずりつつ後ろに下がるシェヘラザード。
『そうしたとして、恐らくアガルタの活動は止まらない。いまこの大陸が浮いているのは、この大陸自体が持つ浮力が原因だ。そしてそれはいずれ減少し、最終的に地上へと落下する。それが発生させる被害を食い止めるためには、アレは倒すしかない。
彼女をこの時点で退去させれば、彼女が終末の物語を語り継ぐという目的は果たせなくなるだろうけどね』
だがそれに対し、ダ・ヴィンチちゃんは硬い声で否定を返す。
「はあ!? 落ちるにしたって海に落ちるかもしれないでしょうが! 最悪、海上にいるタイミングで大陸の方をぶっ壊せばどうにか―――」
『いや、違う。今の状況のまま海に落ちる。そうなるのが最悪のケースだ。海に落ちた場合、あの水蛇は洪水という水害としての性質を発揮する事になる。
どうなるかと言うと、落下地点を起点として大規模な津波が発生。アガルタという質量が海面に落下した事で起こる津波を、八岐大蛇という神性が更に補強する事になるわけだ。もちろん落ちる場所にもよるが、恐らく被害の規模でいえば、この大陸が直接都市に落ちるより大きなものになるだろう。
最終的にこの大陸は細かく破壊して海に落とすしかないが、そうする前にヒュドラ―――八岐大蛇は完全に消滅させる必要がある。単純に破壊規模が大きすぎて無視してはいけない存在だ』
こちらの言葉を遮り、淡々と語るホームズ。それに対して歯軋りして、オルタは苛立たしげに旗を振り戻す。
彼女の目的はこの大陸をどうにかすれば自動的に破綻する。だが彼女を倒したところで、この大陸はどうにもならない。つまりシェヘラザード本人に構っている暇などない、という事だ。
『洪水にカタチを与え水神とし、それをヒュドラとする事で、不死身の攻略法である傷口を焼くという行為を行えなくする。どうにかして不死身の突破法を見出す必要があるが……』
「とにかくメガロスとフォーゼのアナザーウォッチを壊さなきゃいけない……!」
ジオウⅡが再び剣を振り上げ、メガロスを咥えた竜の首へと向ける。
ただでさえ悩ましいのに、不死性を更に積み重ねられてはたまらない。
とにかくその口からメガロスを切り離そうと、顔面へと突き出される光の刃。
しかしその横合いから三頭の蛇が剣に咬み付き、ジオウⅡの攻撃を阻んだ。切り裂かれた瞬間に発生し、完了する超速再生。無限の再生力を活用して、力尽くで必殺の一撃を止めてみせる蛇神。
ジオウⅡが力をかけても刃は進まない。破った筈のヒュドラの肉が光刃に纏わりつき、強引にその場に留めてしまう。
「―――――」
ヒュドラの行う動作の全てが、カルデアを徐々に追い詰めていく。
最大の攻撃力であるジオウⅡでさえヒュドラは破壊できない。
が、シェヘラザードはその態度に難しい表情を見せた。
彼女は竜の首が加えたメガロスをどうするべきか、という判断を下す必要がある。
カルデアがメガロスに対して意識を向けている点。
それを考慮すると、あれをヒュドラに取り込ませてはいけないと考えているのだろう。
ということはヒュドラにあれを喰わせるべき、と考えてもいいのだが。
だがアナザーウォッチをヒュドラに取り込んだとして、制御に難が出てはいけない。
実際メガロスは完全な制御が出来なくなっていた。
強化するまでもなくヒュドラは不死であり、無敵の存在である。
だがカルデア相手に過信はできないだろう。時間を与えれば突破されかねない。
できれば強化できるものならしたい。が、この手段は信頼できない。
(ヘラクレスは……ヒュドラに取り込ませるには危険が大きい。かといって捨て置いては、彼の遺体を何らかの手段で利用されないとも限らない。
……このままダユーの首に確保させたまま、残りの首だけで戦う。ヘラクレスを咥えた首を狙って無理に攻める彼らの側面を、他の首で積極的に狙わせる。これが最善、でしょうか。どちらにせよ、あの首は他と比べてダユーという核が存在する都合上、下手に頭を下げさせれば潰されかねない。そうなればヒュドラとしての性質は消滅、八岐大蛇でしかなくなってしまう。
私を最優先に狙うヘラクレスが潰せている以上、もう毒性は惜しくないですが、再生力が今よりは低下するだろう点を考慮すると危うい)
カルデアを甘く見る事はしない。十分な準備をした上でヒュドラを降臨させたが、攻略される事は前提とするべきだろう。それより先にこのアガルタを目的地に落とせればいい。
故にメガロスの扱いは現状維持。消滅するまで下手には動かさない。
ジオウⅡを制しつつ、残ったヒュドラの首が動く。
それに対して剣群を射出しつつ、クロエがカルデアへと怒鳴った。
「つまり! メガロスを取り込まれるのを防ぎつつ、とにかくあの一本だけ特別っぽい頭を潰してみるしかないワケね!?」
『八岐大蛇は酒に酔わされ、眠らされ、そうして退治された。八岐大蛇でもあるあの大蛇にはその討伐方法も効くかもしれないが……この状況でその対策を行うのは、些か以上に無理がある。
少なくともヒュドラという蛇の皮は、あの竜の首が維持している筈だ。頭部を木っ端微塵に吹き飛ばせさえすれば、重ねられた霊格を剥奪する事もできるかもしれない』
了解、と。小さく呟くと少女は手の中に弓と剣を投影した。
出現した螺旋剣を弓に番え、矢に加工し、向ける先は英雄を咥えた竜の首。
引き絞ると同時にそれが光を放ち、周囲の空気を鳴動させる。
狙い据えるヒュドラはその現象に対して意識も向けない。
「――――“
地上から天に翔ける光の一矢。周囲の空間を捩じ切り、直進する螺旋の一撃。
それが放たれ、自身に向かってくると理解して、やっとヒュドラを視線だけでそれを見る。
確かな認識を元に、首を動かすこと僅か数センチ。
螺旋剣がヒュドラの顔面に直撃し―――その表面を罅割れさせるだけに留まり、弾かれた。
生じた罅割れは瞬きの間に水流に修復され、存在しなかったように消え失せる。
「硬い……っ、てことは他の首と違うって事でいいわけよね!? そうじゃなかったらどうしようもないわよ!」
今にも地団駄を踏みそうなくらいいきり立ちつつ、少女が次弾を投影。
それを見た蛇の首の一つが、彼女に向けて顔を向けて口を開いた。咽喉の奥から溢れ出す暗色の煙、毒蛇のブレス。ギリシャに名だたる怪物・英雄を死に追いやったヒュドラの毒。
自身に向けられたものを認め、クロエが体を固くする。
一拍置き―――放射。
広がっていく毒に表情を引き攣らせるクロの前に、騎士の姿が滑り込む。
青いドレスを纏った騎士王が、その手に握った聖剣をより強く握り締めた。
「サファイア、風を―――ッ!」
「宝具、“
振り下ろされる聖剣、その刀身に纏わる風の魔術。
クラスカード、セイバー。
騎士王アーサーの力を纏ったカレイドサファイアが放つ、圧縮された暴風。
局所的なハリケーンが吹き荒れ、毒のブレスに衝突し正面から押し返す。
ヒュドラ側へと送り返される毒の風。
そこから離れるためにエレナを引き摺り全力疾走するシェヘラザード。
自身の息吹を送り返された事に苛立たしげに牙を軋らせる毒蛇の首。
「……ライダーの宝具で蛇の首を地面に落とす。その隙に竜の首を常磐に狙わせる……?」
「流石に全部転ばすのは無理だと思うよ!」
前線で剣を手に跳ねるアストルフォの言葉に、オルガマリーが眉を顰める。
獲物がでかすぎる。流石に彼の槍でも全部は転ばせない。最初の奇襲ですら全部は転ばなかったのだ。いま全力で振ったところで、恐らく叩いた首と他に1、2本の首が体勢を崩すくらいが精いっぱいだろう。それではどうしようもなく近づけない。
カラドボルグさえほぼ無傷で弾く竜の首を破壊できる可能性があるのは。
ジオウⅡの攻撃力。あるいは、美遊がいま振るう聖剣。後は―――フェルグスが全盛期であれば、同じようにできただろう。だが今の彼では、あそこに届いても足りない。
その事実に蛇の首を誘導しつつ、フェルグスが唇を噛み締めた。
美遊では確実性に欠ける。アルトリア本人ならば疑わなかったが、クラスカードによって放てる一撃で倒し切れるかは微妙だと言わざるを得ない。
クロエに視線を向ければ、彼女は弾幕を張りつつ軽く首を横に振った。
恐らくはアルトリアはペンテシレイアの方を対応している、という事だろう。
「……やっぱり、常磐を動かすしか」
「ううん、まだ手はあると思う」
目を見開き、オルガマリーが立香に視線を向ける。
彼女が見ていたのは、空中からヒュドラに制圧射撃しているイリヤだった。
もっとも彼女の火力では、ヒュドラに再生を誘発する事さえできない様子だが。
そんな彼女の顔を見て、思わず言い返す。
「……確かにイリヤスフィールがバーサーカーのカードを使った一撃なら、決定打になるかもしれないけど……!」
「―――それだけじゃ足りないから」
彼女の言葉を遮って、立香が所長に顔を向ける。
そんな部下の表情を見せられて、オルガマリーが押し黙らされた。
「私たちがいまできる、全部をぶつけて勝ちに行こう―――!」
流石に突然の洪水を受け、アマゾネスも半壊したようだ。
それでも多数が残っているのは流石というべきか。
先頭に立つペンテシレイアが、筋肉の放つ熱で自身を濡らす水を蒸発させながら歩んでくる。
彼女の態度に応じ、アルトリアも踏み出した。
周囲の壁が崩れ、大地が空中へと上がり、背後では巨大な怪物が暴れている。
そんな事は考慮に値しないとばかりに、二人の女傑が顔を合わせた。
『―――こっちも気を付けてくれ。ペンテシレイアは女王の一人、この大地を領土とする王である以上、侵攻であったこれまでと違って彼女が国に敷く王制が使える可能性がある!』
「……武則天みたいな? アルトリア、気を付けて!」
ロマニとツクヨミのやり取りを背後に、僅かばかり意識を向けて。
そうしてアルトリアは、ペンテシレイアに問いかける。
「だ、そうだが。貴様の王制とやらを使わないのか」
「―――アマゾーンの女王が課す王制があるとすれば、たった一つ。
他者から奪う略奪も、他者に強いる法令も、彼女の国は必要としない。
ただ己に課す最強の矜持だけがあればいい。
だからこそ、彼女はいまここに立っている。戦うためだけに立っている。
どうやらギリシャの神格に近い存在が降りてきているようだが、彼女には関係ない。
アルトリアが聖剣を両手で握り、全身に魔力を漲らせる。ここも既にヒュドラの略奪の影響下。ヒュドラ自体と距離を取っている分まだマシだが、長期戦を行えばすぐに枯渇するだろう。
ツクヨミが持つ令呪は二画。後ろで暴れているヒュドラに一画残さないといけないとすれば、使えるのは一画だけ。そしてそれは聖剣の解放に使う事に―――
ペンテシレイアは背後に立ち並ぶアマゾネスたちに手を挙げ示す。
その合図に対し、全ての戦士が唾を呑んで従った。
「
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――ッ!!!」
音の破裂。咄嗟にツクヨミが耳を塞ぐような、爆発するような大気の波動。
それは残ったアマゾネスが行った咆哮の結果。一部族の全てを結集した決戦のために行われる、必勝の儀式。全てを懸け、咆哮を至近で受けたペンテシレイアの魔力が増大する。
これは王制などという、この大地に与えられた力ではない。
ただ、ここに立つ彼女が己の部族を背負って立っているだけ。
膨れ上がり、増大する魔力。
一つの国を一人に集約した怪物的な相手を前に、アルトリアが僅かに口角を上げた。
―――ここで二画使い切る。
ペンテシレイアが鉄球を引く。
アルトリアが聖剣を振り上げる。
そうして二人の戦士が、同時に大地を蹴った。
〈ジオウサイキョー!!〉
薙ぎ払われる光の剣。二つ纏め、斬断される蛇の首。
それとまったく同時、タイミングを合わせて美遊が聖剣を振り上げる。
略奪されてなお、サファイアの魔力供給は宝具解放分を捻りだす。
「“
加速する魔力。光と変わり、振るわれると共に駆け抜ける一閃。光に断たれ、発生した空間断層。そこに生じる膨大な熱量。それによって焼き払われるヒュドラの首。
―――そんな地獄のような熱の中から、何ともないようにヒュドラは再び頭を出した。
「……やっぱり、松明で傷口を焼くとかは無理そう」
「はい……っ」
息を吐くソウゴと美遊。
傷を刻むと同時に聖剣解放。これでダメだというのなら、やはり今のヒュドラに傷を与える事は不可能と断じるより他にない。
途中で作戦のためにイリヤがウォッチを取りに来たので、そっちに頼るしかないだろう。
首を引き付ける動きに終始しているデオンが、息を僅かに荒げつつ刃を振るう。
蛇の首に近付かれすぎれば、毒のブレスがある。受ければほぼ即死だ。
攻撃も通じない以上、とにかく時間稼ぎに徹するしかない。
(流石に全部の首を引き付けられはしない。タイミングを計るにしても、どうやって……)
「―――――状況を動かすわ! 総員、いつでも動けるようにしなさい!」
オルガマリーの号令。
それを聞き、僅かに困惑を示す美遊。
その隣で、ジオウⅡが剣を握り直して腰を落とした。
だいぶ離れた位置にまで行っているシェヘラザードが、その声の元へと視線を送る。
オルガマリー・アニムスフィア、彼女が魔術行使の体勢に入っている。
魔神から聞いた話では、彼女が大一番で使うのは天体魔術の奥義。星の運行を歪め、いまこの時空に隕石が招来していたという事実を創り、此処にその星を引き込むという大魔術だ。
とはいえ、彼女が呼べる隕石が直撃したところでヒュドラには傷一つ与えられない。
そんな魔術で一体―――
「―――まさかこのアガルタの方を砕くつもりで……? ヒュドラへの対応を諦め、海上にいる内に落とし、洪水の方を止めるつもりですか……?」
八岐大蛇ほどの神性の維持ができているのは、アガルタが神秘を色濃く残した大地だからだ。
もし地上に落ちれば、洪水こそ起こすがそこまで。大蛇は自然消滅するだろう。
だからその洪水を止める事ができるとすれば、ここを落とすという選択肢は活きる。
「……いえ、流石にそれは不可能でしょう。だとすれば―――」
「
高まるオルガマリーの魔力。
如何に彼女ほどの魔術師とはいえ、既に魔力略奪によってとっくに限度いっぱい。
反動によってスパークした魔力に僅か眉を顰め、しかし彼女は発動した魔術を完成に導く。
そんな彼女の後ろに立ち、老爺がゆっくりと武装棺桶―――ライヘンバッハの銃身を起こした。
そうしたサーヴァント、モリアーティ。彼へと掌を向け、立香が腕へと神経を集中する。
「―――
「―――
オルガマリーに現状で持ってこられたのは、小さな隕石。
灼熱しながら空を裂き、迫ってくる岩塊。
それが雲の上にあるこの大地からはよく見える。
―――その一撃を見上げ、モリアーティは照準する。
令呪によって充填された魔力をそのまま棺桶に喰わせ、彼は引き金に指をかけた。
「では、その隕石のコントロールを頂こう」
ガチン、と轟く銃声。ライヘンバッハから射出された弾丸が、宇宙に向かって打ち上げられる。それはオルガマリーが呼んだ隕石に直撃し、交わり、より強い光となった。
「既に照準は決めている、つまりは
結論は我が計算によって“
「―――――っ!」
隕石が炎上し、青い燐光を放つ。
青い球体になった
効かないはず、と思っているが何をされるかが分からない。
すぐさまシェヘラザードは首の一つに命令を下す。
「防ぎなさい!」
「――――――■■■■ッ!」
小さく唸り、ヒュドラの首が動く。迫りくる隕石を噛み砕くために動く頭。
大口を開いた蛇はそのまま隕石へと頭を突っ込んで―――その瞬間、ぐるりと隕石がありえざる軌道を描き、蛇の迎撃を躱してみせた。
そのまま当然のように蛇行して、それは再び竜の首への軌道に戻る。
「必中する、と言ったつもりだがネ?」
「……っ!?」
言葉を詰まらせたシェヘラザードの前で、隕石がヒュドラに到達する。
それは竜の首へと直撃―――せず、その首が咥えたものへと直撃していた。
無論それはメガロスの事である。
咥えていたものに隕石が直撃した事により、ヒュドラから引き剥がされる巨体。
メガロスの巨体が吹き飛ばされつつ、光に還り出す。
「ヘラクレスを消滅させるための一手……!?」
モリアーティによって射出され、隕石と共に激突したメテオウォッチ。
それが砕けた隕石と共に、反動で空中に投げ出される。
飛来するウォッチに向け加速し、それを掴み取るイリヤスフィール。
少女はそうしながら、空中で消えていくメガロスに視線を送った。
彼の霊基は完全に崩壊し、アナザーウォッチで現界しているような状態だった。
だからいま、こうしてメテオの力でアナザーフォーゼを砕いた結果はただ一つ。
メガロスを繋ぎ止めていたものが消失し、退去する事。
「でも……!」
メガロスは消える。これ以上はない。彼を維持するためのものが何もないのだから。
「でも―――!」
彼を宿して戦った事があるから分かる。あの大英雄は、あんなただ暴れるだけの兵器でもなければ、利用され尽くして終わるようなものではない。
誰より強くて、誰より優しい、真に偉大な最強の英雄なのだと知っている。
―――だから。
空中に投げ出された巨体の瞳に光が灯る。
全てが抜け落ちていたその肉体に力が満ちる。
血流が巡り、灼熱のような体温を取り戻す。
ただでさえ強靭な肉体が、更なる力に満ちて張り詰める。
それを見上げていた女が、唖然とした声で喘ぐ。
「―――そんな。ヘラクレスの霊基は完全に……!」
口にしていた言葉を自分で止め、彼女は答えに辿り着く。
他のクラスカードの性能は魔神が確認していた。黒い少女が使っていると思しきアーチャーは不明だが、七つのクラスに対応しているなら、あるはずのもう一枚。
その一瞬の先、彼の胸に灯るのは1枚のカード。
モリアーティによって隕石に乗せられ、メガロスに届けられた逆転の一手。
砕けた霊基をそれを中心に再構成し、巨英雄は大英雄へと回帰する。
天を衝くたてがみ、隆起する筋肉、手にした武装は黄金の戦斧。
―――即ち、大英雄ヘラクレス。
「……っ、ヒュドラ! 最優先でアレを……!」
言われるまでもない。
ヒュドラの毒がアレを殺したというのなら、ヒュドラを殺したのはアレなのだ。
全ての首がその存在を最大の脅威と認識して、その牙を剥く。
空中に投げ出されたままの大英雄に対し、八つの首が向かう。
その瞬間、大上段から振り下ろされる最強の一撃。
〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉
ヘラクレスを目掛け八つ纏めて突き進む首。
それらを纏めて切り裂くのは、ジオウⅡの有する最強無比の剣撃。
最大出力で振るわれる刃が、傷口ごと蛇の肉体を蒸発させて稼ぎ出すほんの1秒。
その一撃を受けた上ですぐさま再生し、立て直し、突撃を続行する八つの頭。
蛇の牙が持つ毒が致命的である事に変わりはない。ヒュドラの毒がヘラクレスの死因の要因であり、彼という存在にとって最大の弱点である事は変えようがないのだから。
如何にクラスカードを核として霊基再臨したとして、存在は不安定だ。この状態で戦おうものならば、いつ自壊して消滅したっておかしくない。
一度砕かれ、再生したのはアナザーウォッチ。バーサーカーである彼の狂化と、アナザーウォッチに仕込まれた破壊衝動。この狂気もまた向上し、彼の精神を蝕んでいく。
「―――――やっちゃえ、バーサーカー!!」
〈コズミック・オン…!〉
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――ッ!!!」
―――だが、そんな逆境を捻じ伏せてこその大英雄。
1秒もあれば彼が戦闘態勢を整えるのに十分。
少女の声に合わせて、戦斧を覆うコズミックエナジー。
それが振るわれ、割断されるのはヒュドラの頭部。
瞬時に八つ纏めて消し飛ばされ、しかしすぐに再生するヒュドラの頭。
毒蛇が再生にかけたほんの一瞬の内に、大英雄が大地に着陸する。
コズミックエナジーが迸り、周囲に青い光を撒き散らす。
そうして立ちはだかった英雄を前に、僅か。
毒蛇ヒュドラが、仰け反るように首を逸らした。
なんか途中から王制とかいう能力が一般化してる。
なんだこの能力…
ルビを振るとしたら
王の力はお前を孤独にするってそれ一番言われてるから。