Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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滅びと再生2000

 

 

 

 鋼の爪と聖剣が打ち合い、火花を散らす。

 その交錯の直後、顔を顰めながら僅かに押し返される騎士王。

 アマゾネスの女王が行うのは、更なる前進と追撃。

 

 対抗するべく迸る黒い魔力放出。

 噴き上がる暴力的な力は、しかし激突のたびに出力を落としていく。

 

「■■■■■■■■■■■■――――ッ!!」

「―――――ッ!」

 

 ―――再度、激突。

 

 揺らめくのは漆黒の魔力。そうしてアルトリアから立ち上る魔力を引き裂きながら、ペンテシレイアは留まる事なく白熱していく。

 互角だった衝突はやがてペンテシレイアに傾き、そのまま角度を上げていく。一度交わすごとに押し返される距離が増え、遂には一合交わしただけで三歩分退かされる。

 

 距離が開いた瞬間、ペンテシレイアが握った鎖を引き込む。

 蛇のように空中でのたうち、先端に繋がった鉄球はアルトリアに向け加速する。

 それを迎撃すべく騎士王は踏み止まりながら魔力を漲らせた。

 

「ハ、ァ――――ッ!」

 

 集約した魔力を乗せた一閃。それが鉄球を打ち返し、地面へと叩き落す。

 魔力が足りない。マスターを通じてカルデアから供給される魔力では足りない。

 略奪と戦闘行動による消費、それが彼女の魔力を一気に喰い潰した。

 

 略奪の影響下にあるのはペンテシレイアも同じだろうが、彼女はアマゾーンの女王として戦士の咆哮に支えられる事でそれを凌駕した。

 少なくともこの戦闘中に魔力が切れるような事はないだろう。

 

 長引けば長引くほど、彼女が勝利できる可能性は目減りしていく。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!!」

 

 鉄球を弾き、僅かにぐらついたアルトリア。

 その隙を喰い破る事を目的としたアマゾーンの進軍。

 

 魔力放出を行使し、迸る魔力を強引に障壁として運用。

 苦し紛れの防御を打ち抜き、ペンテシレイアの一撃はアルトリアへ届いた。

 胸に届いた爪が、鎧を引き裂いて残骸を四散させる。

 

「アルトリア!」

 

 マスターからの声が届く。

 が、十分に戦えるだけの戦闘力を持つ彼女からの援護射撃はない。

 そういう戦闘だ、と理解してもらえているという事だ。

 

 負った傷から鮮血を散らしつつ、彼女は残り少ない魔力を放出する。

 強引に体勢を切り返し、至近距離まで迫っているペンテシレイアに足を振るう。

 そのままグリーブで相手の頭部を蹴り抜いて、彼女は地面に落ちるように何とか着地した。

 

 蹴り飛ばされたペンテシレイアが地面に落ちる時は、腕から。

 地面を手で叩いて体勢を立て直し、軽やかに復帰しながら着地して滑る。

 開いた距離を目測し、確かめつつ。

 彼女は蹴られた場所を軽く拭いながら、鉄球の鎖を強く握り直した。

 

「―――……邪魔が多い戦場だったが、貴様と戦えた事は誉れだ」

 

 アルトリアの行った苦し紛れの蹴撃。

 先程までであれば、あそこでも魔力を噴射して立て直していたはずだ。

 その事実をもって、戦闘に使える魔力はほぼ使い切った、と見たのだろう。

 もう決着が見えたとばかりに、ペンテシレイアはそう言った。

 

 この地を覆う略奪がなければ、まだ勝負は分からなかった。

 戦士の支えがあるペンテシレイアとアルトリアでは、条件が対等にはならない。

 

 無念ではあるが、それを理由に手心など加えるはずもない。この状況であってもこれほど戦い抜いたアルトリアこそ戦士の鑑であり、それを打ち破った己の誉れである。死力を尽くした決戦に貶められるものなどない。戦いの果てには、勝者には勝者の、敗者には敗者の栄誉がある。

 

「邪魔か。だが、それはお互い様だろう」

 

 体を起こし、地に立てた聖剣の柄尻を握り騎士王がアマゾネスの女王と視線を交わす。

 

 ペンテシレイアが僅かに眉を寄せる。

 こうして立っているだけでアルトリアの魔力は徐々に減少していく。

 略奪されている分、戦闘態勢を取っているだけで回復より消費が勝る。

 アマゾネスに支えられているペンテシレイアとは条件が違う。

 

 そうして怪訝そうな顔を浮かべた女王の前で、ツクヨミが手を顔の高さに上げる。

 彼女が見せた手の甲に刻まれた赤い紋様。その一画が燃えるように揺らめいた。

 

「ここで全力を尽くして、アルトリア」

 

 消えていく令呪に合わせ、迸る魔力の渦。

 騎士王は自身の体に流れ込む魔力を全て、そのまま聖剣の刃に注ぎ込む。

 溢れ出す漆黒の光が周囲に放たれ、大地を焦がしていく。

 対峙していたペンテシレイアもまた、その勢いに半歩だけ退いた。

 

「この大地に魔力が吸い上げられている事に変わりはない。貴様にはそれを覆すためのアマゾネスどもがいる。そして、私にはマスターがいる。紛れもなく、対等な勝負だ」

 

 柄尻を強く握り、アルトリアがそう断言する。

 彼女の宣言を聞いて、一瞬呆け。

 しかし確かに納得したというように、ペンテシレイアは大きく頷いた。

 

「―――――そうか。そうだな。赦せ、またも私は貴様との戦いに泥を塗るところだった」

「……対等だからこそ、何ら憂慮することなく」

 

 微かに緩んだペンテシレイアに向け、闘志を煮え滾らせアルトリアは宣言する。

 

「敗者としての栄誉を噛み締め、土を舐めろ。アマゾーン」

 

 勝利するのは私だ、と。

 その言葉を正面から受け取って、ペンテシレイアが己の血を燃やす。

 

「よくぞ言った、聖剣使い。言ったからにはその剣を陰らせるな。その輝きは私が勝者として大地に踏みつけた時こそ、我が勝利を言祝ぐ栄光となる」

 

 熱量が増す。女王の昂揚に呼応して、アマゾネスたちの咆吼が強くなった。

 自身を後押しする力の波を背に受けて、ペンテシレイアは鉄球を引き寄せ握る。

 

 黒く輝く聖剣の切っ先を上げ、アルトリアが両の手で握った。

 踏み締めたブーツが削る地面の深さは、彼女が体に籠めた力の大きさの証明。

 それを見極めると同時、アマゾネスの女王が強く大地を蹴り飛ばす。

 

 ルートは直線、それ以外の選択肢は必要ない。

 最短、最速の道筋を、最高速度で一直線に走りきる。

 

 対し、アルトリアが横に流すように剣を振り被る。

 魔力の充填は令呪が短縮して成し遂げた。

 後はその刃を振り抜けば、最強の聖剣は力を解放するだろう。

 

(だがこの距離では威力は発揮しきれん――――!)

 

 鉄球を前に差し出し、盾のように構える。恐らく鉄球は蒸発するだろう。それを構えた己も半身が消し飛ぶかもしれない。だが、それと引き換えに彼女の腕は騎士王に必ず届く。

 如何に聖剣であろうとも、この近距離からの一撃では威力が発揮しきれない。加速した魔力が臨界し放たれる光の斬撃。ペンテシレイアならば、それが初速にある内に突き抜けられる。身を堅めて極光を逆走し、蒸発する前に逆に必殺を打ち込む、というだけのごくごく単純な勝機がある。

 

 そうして勝利しても、斬撃の余波で蒸発するかもしれない。だが、そうでなくては勝てない相手だったというだけ。それほどの相手とあいまみえた事、戦えた事は誇りですらある。

 故に恐れも逡巡も、一切を捨てて彼女は前に踏み出せる。死力でなければ勝てない相手に、死力で挑める事は戦士の本懐。彼女が何より望んだ事なのだから。

 

「“約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)”―――――ッ!!」

 

 ペンテシレイアを前にしているアルトリアはそれを理解しているだろう。それでもなお、彼女は一切躊躇なくその聖剣を解放した。吹き荒ぶ瘴気と共に、黒い極光が迸る。

 雪崩れ込む破壊の渦からの盾にされ、ペンテシレイアの武装である鉄球が瞬く間に溶けていく。全身にアマゾネスの力を漲らせた彼女自身もまた、盾越しにでさえ蒸発という結末に向かう。

 

 だがその影響を文字通り肌で確かめた彼女が確信した。

 焦げていく肉、沸騰する血、溶けていく命。

 その結末は、自身の腕がこの極光を突き抜けて敵の心臓を引き裂いた先に訪れるものだと。

 

 鉄球を突き出した右腕から伝わる熱で、既に右半身は炭化しかけている。

 であれば、後ろに引いた左腕に全てを懸ける以外にない。肩を逸らし、腕を曲げ、指を折り―――腕一本を構成する筋肉を、一筋残らず力で満たす。力を籠めた腕を突き出す、というたった一つのアクションに己の……否、彼女たち(アマゾーン)の全てを注ぎ込む。

 

「“我が瞋恚にて(アウトレイジ)……!!」

 

 ―――黒き極光を乗り越える。破壊の嵐を突破する。

 

 黒い濁流を超えた先で、剣士は再び剣を振りかぶっていた。

 二撃目、だが遅い。

 聖剣が切っ先をこちらに向ける前に、アマゾーンの五指がその心臓を抉り取る。

 

 騎士王の後ろで彼女の戦いを支えるマスターが最後の令呪を切る。

 確かにそうすれば宝具の連撃は叶うだろう。もしもう一度あの光が放たれるような事があれば、ペンテシレイアは為す術なく蒸発するだろう。

 だが、そんなもしもはやってこない。

 

果てよ英雄(アマゾーン)”――――――――ッ!!!」

 

 ペンテシレイアの速度はまだ活きている。聖剣の光を力任せに突き抜けた上で、それでも彼女の放つこの一撃の速度は、アルトリアの剣速を僅かに上回る。突き出される腕こそ、全てを懸けたアマゾネスの女王が放つ必殺。

 宝具解放による迎撃はどうあっても間に合わない。だがこちらもまた宝具、騎士王であろうと宝具解放以外で受け切れる筈もない。故にこの一撃こそが決着を告げるものであり―――

 

「オォオオオオオオ――――ッ!!」

「―――――――っ!?」

 

 瞬間、アルトリアの足元が爆砕した。渦巻くのは馬鹿げた量の魔力。

 騎士王はその勢いでもって、後ろに向かって驀進する。行使される全力全開の魔力放出。最後の令呪によって与えられた魔力を、彼女は宝具でなくそれに注ぎ込んだ。

 

 超常的なロケットスタート。

 静止していた状態から、アルトリアは瞬間的にトップスピードに到達する。

 前進するペンテシレイアと後退するアルトリア。その速度が釣り合い―――直後、減速していく者と加速していく者の間に、正しく差が生まれていく。

 

 アマゾーンの死力は届かない。

 己の命を懸け、相手の命を掻き切る五指が、空を切る。

 

 ―――届かない。届かない、届かない、届かない届かない届かない。

 彼女の誇りは、届かない。

 

 ああ、まるで。

 ただの一度も背中を見る事さえ叶わなかった、最速の英霊に追い付けなかった時のように。

 

「ア、ァ……ッ! ア、キ、レゥ……ッ、■■■■■■■■――――――――ッ!!!」

 

 聖剣の残光よりなお熱く、女王が血煙を黒い蒸気に変えながら直進する。

 赤黒く染まった眼光が、アルトリアを追い越した。

 対峙する敵の遥か彼方に存在しない敵を見て、彼女は再び加速していく。

 使い果たした速度を、使い切った命で埋め合わせて。

 

「――――」

 

 騎士王が切り返す。最大最速の後退から、最高最速の前進へ。

 令呪により補填された魔力を、ただ二度の魔力放出だけで使い切るという使い道。

 聖剣の切っ先を正面に、突き出されるアマゾーンの腕へと向ける。

 

 加速の程は比べるまでもない。燃え尽きたアマゾネスの疾走は―――否。

 ペンテシレイアを目掛けて加速するアルトリアと、存在しない誰かを目掛けて加速するペンテシレイアでは、比較対象にさえなりえない。

 

 加速の果てに、交錯。結果は言うまでもない。

 振るわれた剣は、突き出された掌を打ち貫き、そのまま心臓を串刺した。

 

 バシャバシャと音を立てて、ペンテシレイアから流れ落ちていく命。広がっていく、渇いた大地を濡らす赤い水溜まり。

 そうなってからやっと、彼女の瞳から血の赤さが抜けた。まるで目を染めていた血が抜けるように溢れる血。それは彼女の頬を濡らす血涙となって滂沱と流れた。

 

「――――――――――あぁ、そう、か。私は、また……」

 

 分かり切った悔恨を滲ませる声。

 霊基が砕かれ、あるいは僅かなりとも狂気が薄まったのか。

 

「……貴様との勝負を、忘れていたか。なんという、ことだ……戦いの中で、目の前に立つ相手が、己が敵であった事さえ、忘却する……これでは、まるで、あの……男と、同じ……」

「―――――」

 

 であれば、敗者として勝者を讃える事さえ叶わない。

 勝負を捨てたのは自分だ。お前と戦ってなどいなかった、と吐き捨てたのは自分だ。誇り高くあるべきアマゾネスの名に泥を塗ったのは自分だ。

 ―――憎悪の対象である男と同じ事をしたのは、自分だ。

 

「……唾棄するがいい。戦士の誇りに悖る、私の行いを。憎悪しろ、この戦いに泥を塗った、愚かな我が身を……」

 

 全てを使い果たしたアマゾネスの女王が消えていく。

 地面に落ちた血の涙も黄金の光に変えて、彼女を構成していたものが消えていく。

 

 崩れ行く女王から刃を引き、騎士王はその切っ先を地面に突き立てた。

 

「敗者から命以外を奪う気はない。貴様が矜持や自嘲をこんな所で吐き出したところで、こちらに拾ってやる義理はない。そんなもの、自分で冥府まで持っていって勝手に反省していろ」

「―――――は、」

 

 勝者は立ち誇る。勝ち取った命だけを手に、敗者の戯言を切り捨てる。

 弱者はそれに言い返す言葉を持たない。

 

 ただ、それだけでよかった。

 あの決着がそうであったなら、誇りと共に死ねたのだ。

 勝者の強さを見上げ、自分の弱さだけを呪って死ねたのだ。

 

 ―――アマゾネスの咆哮が止まる。女王を失った戦士たちが停止する。

 

 意識を喪失して倒れだすエルドラドの女たち。

 彼女たちの前で、女王だった光の残滓が天へと昇って行った。

 

 

 

 

 

 竜の首が吼える。それに応じるように、蛇の首もまた。

 九つの咆哮が引き起こす地鳴り。罅割れていく大地を蹴り、大英雄が疾駆する。

 

「ライダー、道を開けさせなさい――――!」

 

 疲労困憊。酷使した魔術回路の負担に喘ぎながら、オルガマリーが腕を掲げる。

 消えていく彼女が持つ最後の令呪。

 

 それを蛇の首を落とせ、という意味だと理解して。彼はふと、そういえば自分には槍よりこの仕事に適した宝具があった事を思い出した。

 もっともあれほどの神獣に効果が期待できるかというと、やっぱり怪しいが。ただ、槍では令呪の後押し込みでも首の二つ三つがせいぜい。いや、ヘラクレスの登板に本腰を入れたヒュドラが相手では、もっと効果は低いかもしれない。

 それならばワンチャン、こっちに賭けてみるのもありだろうと判断した。

 

「令呪があっても一吹きが限界だけど、多分こっちの方がいい感じだとボクの勘が言っている! さあ、出番だぞ。おおきくなぁれ、“恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)”!!」

 

 アストルフォが腰に下げた小さな角笛を取る。

 発動のための魔力を吸い上げたそれは、彼を囲うほどに長く巨大な楽器となった。

 息を吸う、思いきり吹き鳴らすための準備行動。

 

「全力で鳴らすぞーう! みんな、気を付けてねー!」

 

 ヒュドラに全力で掛かり切りのこの状況、一体どう気を付ければいいのか。

 それはともかく。

 

 それを見て、ジオウⅡが即座に剣を投げ捨てた。

 それこそが最大火力ではあったが、長時間全力の必殺剣を維持しすぎた。

 ジオウⅡ自体も含め、これ以上は保たないだろうから丁度いい。

 

 変わりにウォッチホルダーから取り上げる、二つのウォッチ。

 

〈ジオウ!〉〈オーズ!〉

 

 起動しながら剣を掃射している少女に声をかける。

 

「クロ! 笛、笛!」

「フエぇ? 何で……」

 

 この状況で何を、と訝しげな表情を浮かべるクロエ。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! オーズ!〉

 

 説明している間もないと換装を完了するジオウ。

 クロエはその忙しなさに訊く事を諦め、ただの笛を投影してマスターに向かって投げる。

 ジオウ・オーズアーマーがそれを引っ掴み口元へ。

 途端、胸のスキャニングブレスターに浮かぶ、コブラ・カメ・ワニの文字。

 

「耳塞いでてね! いっくよーっ!」

 

 息を吸い切り、アストルフォが角笛に口をつける。

 同時に、ジオウの頭部からコブラのヴィジョンが発生した。

 

 アストルフォが令呪で与えられた魔力全てを捧げて奏でる宝具は、妖鳥(ハルピュイア)を恐慌させた魔笛、“恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)”。

 その宝具が放つ物理的な破壊力を伴う魔音に、後からジオウ・オーズアーマーの奏でる蛇使いの音色が重なる。ただ吹き鳴らすだけの協調の欠片もない強引なセッション。全霊の不協和音は激突しながら不快さを極め、そのまま蛇たるヒュドラに対してのみ雪崩れ込んだ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――ッ!?!?」

 

 蛇の知覚が侵される。あらゆる感覚が狂い、何をすればいいかさえ曖昧に。ヘラクレスに対して突撃の筈が、身を捩り暴れ始める蛇の首。

 そうして乱雑に暴れる首をひとつ、ヘラクレスの斧が刈り取った。そのまま大蛇が暴れ狂う空間へと踏み込んでいく大英雄。

 

 吹き飛んでいく水でできた首。だがそれは即座に再生する。幾らヒュドラの感覚が狂おうと、再生力は陰らない。

 対してヘラクレスは満身創痍。いかに再生しようと、再臨しようと、全快には程遠い。ヒュドラの毒血とはそういうものだ。死を願うほどに彼を苦しめた毒。彼が生き返ったというのなら、その毒はヘラクレス自身が死を願う程に彼を苦しめる。一度侵されたからには、彼はここから消えるまでその苦しみを負い続ける。そんな苦境の中、バーサーカーとしての狂化を更に進行させるアナザーウォッチの衝動のせいで、いつ狂うとも分からない。

 

 いつ自壊するかもしれない最強の英雄を前に、シェヘラザードが息を吐く。

 

 ダメージレースなら勝負は見えている。

 相手はいつ砕けるかも分からないヘラクレス。令呪を切らねば宝具もまともに使えないカルデアのサーヴァント。最大攻撃力であったマスター、ジオウⅡも継戦能力に限界はある。

 未だにヒュドラに痛打を与えられる可能性だけならあるが、その時間はもって後数分くらいしかないような末期的な戦力だ。

 

「暴走でもいい。動き続けなさい、ヒュドラ。そうしてヘラクレスを阻むのです。

 あなたの首はもう誰も落とせない。いずれ勝利するのはあなたです―――!」

 

 それを耐え抜く。耐え抜きさえすれば、もう止められないはず。

 先程聖剣らしき光が天に昇っていくのを見た。あちらも余力は残していないだろう。

 不死の蛇を動かし、竜の首までヘラクレスを届かせない。ただそれだけに終始する。

 数分間ヘラクレスとカルデアの連携を凌ぎ、それを成し遂げるのは難事。

 それでも、不可能ではない。

 

 八つ首は問答無用に不死身。それを使い続け、ヘラクレスを押し返すだけでいい。

 あと、ここさえ越えれば――――

 

「―――くっふっふー、それはそうじゃろうとも。アレは文字通りの水蛇。その身を焼くと言う事は、水を焦がすという事。それは自然の在り様に反する行いであるからして……()()()()()()()()()()()()()()()()でもなければ、成し得ぬというもの」

 

 ―――背筋が凍る。

 背後からの声は、聞き覚えがある。それも当然、彼女も自分で選んだ英霊だ。

 王から向けられる殺意を躱す、という本能。

 その意識がほぼ自動的に反応して、彼女はすぐに横に飛び退っていた。

 

 向けられる拷問器具の数々。その間隙を確かに躱してみせるシェヘラザード。

 見るからに鈍間そうとでも思っていたのか、目の前でその俊敏な動きを見た童女が目を見開く。

 

「武則天! なぜ……ッ!?」

「何故、と?」

 

 女帝が驚きの表情を塗り潰し、楽しげな顔を張り付ける。

 その殺意を見た瞬間、シェヘラザードの手の中に現れる巻物。

 彼女の魔術行使の前兆を見て、地面で転がっているエレナが声を張り上げた。

 

「だめっ、下手に動けば霊核を―――!」

「にゃはははは―――妾の行動に下手なものなど何ひとつない、わ!」

 

 サーヴァント契約が行動を縛る。反すれば霊核を砕かれる。

 それがどうした、と女帝が凄絶に笑う。

 動きを縛ろうとしたシェヘラザードの魔術によって、童女の心臓が容易く弾け飛ぶ。

 

「―――――っ!?」

 

 いとも簡単に命を捨てた女帝を前に、女が表情を恐怖に染めた。

 血を吐き捨て、砕けた胸を押さえながら、武則天が己の意志を貫徹する。

 普通ならこれだけでとうに果てている。

 だが彼女はもう決めている。いまここで、何をするのかを。

 

 彼女の意志ひとつで、彼女の肉体は死すら一時的に超越する。

 これこそが、世界に対して皇帝が有する特権である。

 

「うむうむ、キャスターよ。此度の貴様の采配、この大地全土を洪水に浸すこの計画。それがあの筋肉達磨だけを呼び寄せるだけのものとでも思ったか?

 ―――たわけ。妾が己の国を沈められ、黙って死ぬとでも思うたか。これだけやってくれたからには、しかと報復せねばな。そして身を潜めて色々聞いていれば、傷口を焼かれれば不味いという。それはそれは……妾からすればうってつけ、傷口を焼くなど拷問の基本じゃ!」

 

 ―――王制行使、彼女には権利がある。

 シェヘラザードが与えた、不夜城の女王としての王権が。

 

 ヘラクレスに千切られた蛇の断面が焼けていく。蛇の肉でありながら水であり、火で焼くことなど叶わない筈の体が、焼かれていく。当然、焼かれた以上は再生はない。

 オリジナルのヒュドラがそうであったように、ヘラクレスに断たれて焼かれた首は再生できずに果てるのみなのだから。ヒュドラはもう、武則天の国にいる限り不死身じゃない。

 

「―――――――な」

「此処はひとつの国でありながら王たる者はひとりでなく。元より王権を有する者は、己が王制を執行できる場所なのじゃろう? であれば簡単な事。我が宝具にして王制、“告密羅織経(こくみつらしょくけい)”はその蛇一匹に余す事なく課してやろう。

 妾と妾の国を体よく利用してくれた礼じゃ。妾の真骨頂、拷問により与えられる臨死も余すことなく持ってゆけーい!!」

 

 正気を失って暴れる蛇の首を、ヘラクレスの一撃が両断した。切り捨てると同時に切り口は焼けていく。水が焼け焦げる、というありえざる現象がヒュドラの不死身を抹殺する。

 自身が殺される、という事態に恐慌を深め、更に暴れ狂うヒュドラの首。

 

「ヒュドラ! 首を上げ……いえ、先に武則天を――――!?」

 

 指令を下そうとしていたシェヘラザードが咄嗟に跳ぶ。

 彼女がいた場所に連続して弾ける矢と魔力砲。

 視線を向ければ、そこでは美遊とクロエがステッキと弓を構えて立っていた。

 

 そうしてシェヘラザードの指示が止まった瞬間、オルタが走っていた。

 そこにいた武則天とエレナを抱え、彼女はシェヘラザードから距離を取る。

 

「死ぬんじゃないわよ、私たちがあの蛇をぶっ潰すまではね!」

「たわけーぃ! あの蛇とキャスターと筋肉達磨を処分し、その上で貴様たちもきっちり拷問するまでは死ねるかー!」

 

 叫びながら、体の端から既に光に還り始めている武則天。

 もはや指一本動かない、という状況。それでも彼女は笑みを崩さない。

 一分後には消えているだろう自分を理解しながら、それでも彼女は己を崩さない。

 

 五本目の首が弾け飛ぶ。砕けた首は炎上し、その傷口を焼かれて死ぬ。

 確実に迫ってくる死の足音。その音色が、蛇を侵した笛の音を上書きした。

 死に瀕した事で正気を取り戻し、三頭の蛇はヘラクレスを睨み据える。

 

 ヘラクレスの息が荒ぐ。体内から何かが、彼の表皮を突き破り顕現し始めた。

 彼の姿が、徐々にアナザーフォーゼに変わっていく。アナザーウォッチの破壊衝動が思考を覆い、彼が再び機神メガロスに還ろうとしているのだろう。

 そうなった時、彼がどんな行動を起こすのはもう誰にも分からない。そうなる前にヒュドラを砕く、と。そう前のめりに構えた彼の体が、大きく裂けた。

 

「―――――■■■■■、■■■……ッ!」

「ヘラクレス……!」

 

 怪物に変わっていく体。止まりそうになる動き。

 それを―――全力で斧を握り締め、大英雄は顔を上げた。

 放つのは、放てるのは後一撃。それで目的を成し遂げる。

 

「あと一撃……! 凌ぎなさい、ヒュドラ……ッ!」

 

 ヘラクレスの状態だけではなく、武則天の事もある。彼女が消滅すれば、彼女の王制は解除される。そうすれば彼女が歪めていた法則を打ち破り、ヒュドラは再び無敵に返り咲く。既に奪われた首の再生だって叶うだろう。

 武則天がどれだけ必死に堪えたところで後三十秒。それだけ経てば、彼女の消滅は決定的だ。全ての傷を再生して、再び不死身のヒュドラが戻ってくる。

 

 ヘラクレスが踏み出す決死の一歩。それに合わせて、三頭の蛇が同時に動き出した。

 その首三つ、死力をそこで迎撃のために使わせればいい。それだけでヘラクレスはもう動けなくなる。迎撃に手を抜き毒牙に咬まれれば、それこそ完全な致命傷。

 

 どうあっても、彼は竜の首まで届かない。

 

「―――ところで。八岐大蛇というのは酔わされ、その内に討ち取られたのだろう?」

 

 そう言って、白いマントが翻る。

 ヘラクレスの前に躍り出たその身には、略奪の影響下にいるとも思えない充足した魔力。

 銀色の剣閃が描くのはまるで舞のような流麗な軌跡。

 

「ああ、すまない。神酒(アルコール)の用意があるわけではないんだ。もっと言うと、タイやヒラメが演舞の準備している、という事もない。

 だからまあ、竜宮に君臨する王へ奉じる神前の儀式としては不足だとは思うけれど―――前座としてくらいなら鑑賞に堪える、程度の自負はある」

 

 迫る巨大毒蛇の前で朗らかに、令呪を受けてシュヴァリエ・デオンが帽子を上げた。

 その剣筋、足取り、体捌き。所作の全てが白百合の騎士が放つ宝具。

 

「では、照覧あれ。“百合の花舞う(フルール・ド)―――――百花繚乱(リス)”!!!」

 

 己が在り様、全てを用いて相手を酔わせ、魅了する。

 魔力の波動がまるで白百合の花弁のように舞い、毒蛇の視界を覆い尽くす。

 そんなものがなんだという、と毒蛇の動きは加速して―――

 

 三頭全て見当違いの方向に突き進み、その牙を地面に向かって突き立てる。

 自分が酔っているとも分からぬ蛇たちが、困惑するように唸った。

 

 全てを使い果たし膝を落とすデオンの横を、大英雄が走り抜けていく。

 伸び切って張り詰めた蛇の首を踏み、その巨体が目標目掛けて突き進む。

 限界まで四肢を酷使したヘラクレスが、蛇の首を踏み砕きながら跳ぶ。

 

 長い首を縦に伸ばし切った、遥か高所にある竜の首。

 そこを目掛けて跳んだヘラクレスを見上げ、シェヘラザードが叫んだ。

 

「っ、首を逸らしなさい! 後ろに躱しなさい――――っ!」

「■■■■■■■■■■■―――――ッ!」

 

 最後に残された竜の首が、大きく首を逸らす。

 頭さえ割られなければいいのだ。そしてそれは難しい事ではない。万全ならばまだしも、今にも自壊しそうなヘラクレスでは長すぎる首の動きについてこれない。

 このままヘラクレスは跳躍の距離不足で地面に逆戻り。仮にもう一度跳べるのだとしても、武則天の寿命である後十秒のうちにこの頭を砕くのは不可能だ。

 

 だから―――

 

「“騎英の(ベルレ)―――――!!」

「――――――あ」

 

 竜の首の後ろ。竜と同じ高さで、白い翼が大きく広がった。

 急激な魔力上昇、魔法のステッキの供給以上の速度で急速充填。

 藤丸立香の切った令呪が、イリヤスフィールの体を満たしていく。

 

 召喚された魔獣、天馬(ペガサス)。その闘争本能を剥き出しにさせ、全力を解放させるライダー・メドゥーサの宝具。

 ルビーが媒介する事で顕現したそんな光の手綱を握り締めて、イリヤスフィールは竜が無防備に晒した後頭部を睨んだ。

 

手綱(フォーン)”――――――――――ッ!!!」

 

 天馬が全霊を解放し、空を翔ける弾丸と化す。

 それが激突しに行くのは当然、高みで逸らされた竜の頭。

 

 不意に後頭部へと喰らわされる、幻獣の域にある天馬による全力突進。

 直撃した結果、砕かれる事はなくとも衝撃で思いきり吹き飛ばされる竜の首。

 後ろに逸らしていた首が、前に。

 

 反動を受けたペガサスが限界を迎え、光と消える。

 投げ出された少女がクラスカードを排出しながら落下。

 逆に空に向かう英雄を目掛け、叫んだ。

 

「……いっ、けぇえええ――――っ!」

 

 結果として、ヘラクレスがヒュドラに届く。

 死力を尽くしてそこに辿り着いた彼の前に、越えるべき試練がやってくる。

 正面から対峙して、英雄と怪物が視線を交わした。

 

 こと此処に至って、怪物に躊躇はない。

 その毒牙を英雄に突き立てる事だけを考えて、ヒュドラは牙を剥く。

 

 ―――それを越えるための術は持っている。

 狂気が意識を満たそうと、試練を越えてきた肉体がその奥義を覚えている。

 用意するべきものはただ一つ、己という全身全霊。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――ッ!!!」

 

 繰り出すのは、無限に再生する怪物を討ち果たすために無限に破壊し続ける絶技。

 討ち果たすべき敵を、討ち果たせるまで鏖殺する。

 文字通り必殺に至る無双の奥義。

 

 成果を疑う余地はない。放ったからには殺し尽くすまで殺し続ける。

 相手を全生命を凌駕するまでに必要な威力を放ち、その全てを一撃として重ねる事で成立するのが、大英雄ヘラクレスが編み出した最強最大の必殺。

 

 ―――その名を、“射殺す百頭(ナインライブズ)”。

 

 斧によって放たれるその必殺が、牙剥く竜の頭蓋を粉砕する。

 微塵に砕けた竜の首が四散する。

 

 ヘラクレスの威力はそこに留まらず、首を吹き飛ばした勢いのまま胴体までも爆砕した。

 根本が弾け、投げ出される残りの酔った蛇の頭。それらも力を失い、溶けていく。

 断末魔ごと圧し潰し、大英雄が試練を越えた。

 

 ヒュドラ、八岐大蛇だったものが完全に命を失い、解れていく。

 帰ってくるのは大蛇を構成していた大量の水。

 地面を流れる水流の中に力強く着地して―――ヘラクレスは、完全に動きを止めた。

 

 

 

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