Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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侵略者の方舟(アーク)1506

 

 

 

「………………破綻……して、しまった」

 

 まるで雨のように、大蛇を構成していた水が降り注ぐ。

 豪雨がそのまま地面を流れ、浮島の縁から海へと流れ落ちていく。

 その光景を前に杖を握ったまま、シェヘラザードが腰を落とす。

 

「にゃは、―――くっふっふ! 妾をいいように操ろうとするからじゃ。いい気味、じゃ……」

 

 そんな姿を見て、僅かばかり留飲を下げ。

 武則天は深く溜息を吐いてから、笑顔で光となって解けていった。

 

 抱えた彼女が消えるのを確かめて、オルタがもう片方の腕に抱えたエレナを放る。

 地面に転がり、オルタを恨めしそうに見上げるエレナ。

 

 その光景に溜息ひとつ、オルガマリーがシェヘラザードを見る。

 

「……さあ、シェヘラザード。あなたたちの切り札は失われたわ。

 でもまだあるはずよね、隠している事が。魔神の事を話してもらうわよ」

「―――――」

 

 俯く女。彼女の目的はもう果たされない。

 後はこの神秘島を細かく砕いて落とすだけ。相当な巨大さだが、少し時間をかければ不可能ではない。それに少しずつ神秘が薄れ浮遊力を失っていくこの島は、放っておけば軟着陸するようなもの。外側から切り崩し小さくしつつ、よさげな場所に落とせば被害は無いだろう。海に落としてはいけない理由だったヒュドラがいない今、どうにでもなる。

 

 シェヘラザードの目的からしてこの島を大都市に誘導する手段はあったのだろうが、今更そんなものを通すはずもない。彼女も囲まれた状況でそんな事はできないだろう。

 となれば、もはや魔神は姿を見せる前に負けているようなもの。

 

 ―――だがそんな彼女を問い詰める前に、地面が大きく震動した。

 

「地震……っ!?」

「イリヤ、ここは空中……」

 

 ひっくり返っていたイリヤを起こす美遊が、言いつつ何が起こったか周囲を探る。

 他の者たちも濡れた大地に手をついて、何が起こったのかと周囲を見回す。

 

 そんな状況で、シェヘラザードはゆっくりと空を見上げた。

 途端、その場に広く響き始める声。

 

『―――我らが求めた大地。求めた自戒/自壊。

 定めたるは地底国家アガルタ。その名、今こそ返上/変生の時きたれり』

『……っ、フェニクス……!?』

 

 響く声、それは紛れもなく魔神のもの。

 その口調を耳にした瞬間、ロマニが相手の正体を断定した。

 だがフェニクス、と呼ばれた魔神は彼の声を努めて無視する。

 

「フェニクス……!?」

『序列三十七位……! 司るのは兵装舎、魔神の中で供給を担当する役割だ!』

「その役割でメガロスも動かしてた、ってこと?」

 

 ソウゴが自身の調子を確かめつつ、ロマニに聞き返す。

 だとしたら、やはり供給源となっていたフェニクスがいる。彼がこちらの状況を観測するためには、ここが見える場所にいなくてはいけない。

 そうでなくてはこうして声を届ける事もできないだろう。そして、もはや大地は飛び立った。地下、水底はこのアガルタから失われている。だったらもう、あと一つしかないだろう。

 

 オーズアーマーが、シェヘラザードのように空を見上げた。

 

『栄生/飛翔/慢心/惰性/破滅―――きたれり、きたれり、きたれり。

 貴様たちは、貴様たち自身の重みで失墜する』

 

 そのアクションで自身の位置が特定された、と理解して。

 しかしフェニクスはそのまま言葉を続ける。

 

『……ここに命名せり。命名に至る動機/同期せし在り方/浅ましき人の傲慢。

 その名こそ、浮遊を飛翔と取り違えた、人類文明の行き付く果て』

 

 大地の鳴動が収まる。終わってみれば、何てことはない。

 ただ―――このアガルタが、進行方向を変えていただけだ。

 太陽を追いかける軌道ではなく、一直線に手近な都市を目指す航路に。

 

『……っ、アガルタ進路変更! 移動速度も上がっていきます!』

「な―――っ!?」

 

 陽光が届く範囲を追いかける、なんてものじゃない。

 明らかにそれ以外の目的のため、アガルタは加速を開始した。

 

 その声の出所を探し、視線を巡らせる。

 だがどこからでもない。

 その声は一瞬だけ溜めると、彼女たちを乗せた方舟に指令を下した。

 

『―――いざ進め、異形封鎖国島・ラピュタ』

 

 感慨深そうにフェニクスがその名を告げる。

 ラピュタ。アガルタではなく、ラピュタ。

 美遊に引き起こされたイリヤが、何とか立ち上がりながらその名前に反応した。

 

「ラピュタ……? ラピュタって、あの……?」

『ラピュタはガリヴァー旅行記によって語られる、バルニバービという国の首都。天上の浮遊島です。そこの住民は科学と音楽を至上のものと考え、それ以外に興味を示さない……いわば人間が築いた文明に執り付かれた者たちだ、と』

『人類のために文明を築くのではなく、文明のために人類を消費する。ラピュタとは、そうなってしまった者たちの集まりだ。

 挙句に彼らはその在り方を維持するため、地上の都市から搾取を行って、首都であるラピュタ以外の国土である地上を荒廃させてしまったという話だ』

 

 イリヤの思いついたものとは多分違う、と。マシュとロマニが即座に説明をくれた。

 つついてくるルビーを振り回し、頬を染めるイリヤスフィール。

 そんな少女たちのやり取りを気にもせず、探偵はこの事象に結論を出す。

 

『―――つまり、人類の自業自得。文明破綻のモデルケースか』

 

 地面に座り込んだシェヘラザードが、ホームズの言葉を肯定した。

 

「……ラピュタは人類が築いた文明が集約された都市。地上から搾取し、そこだけが盛栄を極めるという傲慢の結晶。そのラピュタがどうしようもなくなって墜ちるということは、それは資源である地上が滅亡したという事。突き詰めた文明のための文明が、人類を滅ぼした事の証明。

 だから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この島は不夜城として太陽に導かれるのではなく、ラピュタとして人類文明に追い縋る」

 

 これは文明に対する裁きの鉄槌の始動なのだ。

 ラピュタは人類のための文明ではなく、科学を突き詰めるための科学の粋。

 それはやがて人類という資源を食い潰し、破滅へと追い込む。

 

 この土地がラピュタであると言うのなら。

 このラピュタが墜ちる事で人類の破滅が約束されているのなら。

 その命運に従って、この大地は地上を蹂躙する。

 

 人類を正しく滅ぼすために、ラピュタはシェヘラザードの思い描いた滅亡を完遂する。

 

「……地上から搾取し、自身を維持する孤立した島国。

 このアガルタのそもそもの性質。地上の男を取り込んで繁栄する、というのはそこからか」

 

 サーベルで体を支えながら、デオンが顔を顰めた。

 隔離された異界でありながら、外界から搾取して成り立つ世界。アガルタには、そもそもラピュタという下敷きがあった。それが浮遊大陸となった事で完成したのだろう。

 

 だがこんな最後の機能があったのならば、シェヘラザードもまだ諦める理由がないはず。

 蹲ったままの彼女を見るが、動く様子はない。

 

『悲願成就/最終段階→我が翼は天に昇る。異形の大陸は地に墜ちる。

 貴様の希求せり物語は成らず。我が目的は此処に完遂する。

 真実は此処に糾される。正しき在り様、回帰/死生観念、断絶/霊長思想、帰結』

 

 ぶつり、と。そこでその言葉は切れる。

 完全なる別離。

 フェニクスはわけのわからない事を言うだけ言って、一方的に会話を打ち切った。

 

「……ああ、そうなる、でしょうね」

「って、何なのよアイツ―――! 何が言いたいのかさっぱり分からなかったわ!」

『それをボクに言われても……』

 

 彼がどういう事を言ったのかおおよそ理解している様子のシェヘラザード。

 

 だがこっちにはさっぱりだ、とオルタに怒鳴られるロマニ。

 言われたってどうにも、フェニクスは彼のことを完全に無視していた。

 まだ怒りを正面からぶつけてきたバアルの方が、やりようがあっただろう。

 

「サファイア、何か分かるかもしれない。今の言葉を分析して―――」

「……フェニクス。異形の大地、って言ってたよね?

 それってつまり、人間じゃない強い生き物を地上に放つって意味なんじゃ?」

 

 美遊がサファイアに声をかけるのを途中で止め、口を挟む立香。

 彼女の言葉を聞き止め、ダ・ヴィンチちゃんが顎に手を添えた。

 

『―――次の霊長か。この世界にアガルタ……ラピュタが墜ちた場合の話だ。異形……恐らくこの大地で発生する国民、“地上の人間から搾取する者”に霊長の座を与えるつもりなんだろう。

 シェヘラザードの目的は彼女自身の事だが、フェニクスはフェニクスで彼女と同じ方法でこの世界の根幹を破壊しようとしている、というわけだね。ラピュタも加速を続けている、早く止めなきゃまずそうだ』

「止めるって、どうやってよ! 壊して落としたら不味いのは変わりないんでしょ!?」

 

 長髪を掻き乱し、オルタがやってられないとばかりに叫ぶ。

 今回は毎度毎度条件がややこしい、と言いたげに。

 この大地がラピュタになってしまった以上、やはり落としてしまってはまずくなった。

 先程までヒュドラが原因だったが、今度はこの大地丸ごとが理由だ。

 

『……こうなったら、この島を軟着陸させるしかない。神秘の流出で力を失うまで、浮遊状態を維持させるんだ。その結果の落下なら、もはやその大地は魔術的効果のない巨大岩石になる。そこまで待てば問題ない。つまり、現時点では落下を防ぐ方向に……』

「どうやって!?」

「―――太陽に向かう、しかないと思います」

 

 言って、フェルグスがシェヘラザードに視線を向ける。

 

「……不夜城としての性質を利用するわけね。つまり―――」

『この大地をラピュタとして運用しようとしているフェニクスを倒す。そうすれば、彼女が再びここを不夜城として扱う事ができる……と見るが』

 

 シェヘラザードは肯定も否定もしない。

 完全に諦めた様子でただそこに座っている。

 

「……その女が信用できるかどうかはさておき。

 とにかく、魔神を倒せってことでしょ? あいつ、結局一体どこに……」

「多分、宇宙だよ」

 

 空を見上げたまま、ジオウがウォッチを交換する。

 そうして空から飛来したブースターとドッキングし、彼はアーマーを換装した。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 完成するフォーゼアーマー。

 ブースターモジュールが持つ、宇宙まで一直線に翔け上がれる圧倒的推力。

 それを使えば宇宙に潜んでいるだろうフェニクスまで迫れる。

 

 そうして、それを見越していたというように。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――ッ!!」

 

 その瞬間、ヘラクレスが再起動する。再稼働を始めた兵装舎からの兵站供給。

 もはや彼の体に狂気を跳ね退ける力はなく、その体が瞬く間に怪物化していく。

 筋肉を覆っていくアナザーフォーゼのボディ。

 そんな惨状を前にして、イリヤスフィールが声を上げた。

 

「ヘラクレス……っ!」

「足止め……そういうこと」

 

 オルガマリーがシェヘラザードに目を向ける。

 

 クラスカードとアナザーウォッチで存在だけは維持されていた彼を、フェニクスは宇宙から賦活した。ただそうしたところで、既に全てを燃やし尽くしたヘラクレスはもう動かない。

 だから活動を強引に再開された肉体は、メガロスとしての活動を開始するしかない。ヘラクレスとしてはとうに死んでいる。ヒュドラの毒とはそういうもの。

 残っていたその遺体。ヘラクレスだったものが動きだした時、彼はただアナザーフォーゼ・メガロスとして設定された通りに動き出す。

 

 メガロスはもう長くは動かないだろう。だが十分なのだ。ラピュタが墜ちるまでの時間稼ぎだとするならば。ヒュドラとの戦いにほぼ全てを使い尽くしたカルデアには、そう簡単に止められない。そうしてメガロスにかかずらっていたら、ジオウは宇宙に上がれない。

 

 それでは、ラピュタは止められない。

 

 ―――設定された通り、メガロスは罪が重いものから処分する。

 ヘラクレスの功績は除外されて、改めて順序が置き換えられていく。

 

 故に彼が狙う対象は、まずはダユーと武則天を葬ったシェヘラザード。

 次にペンテシレイアを葬ったアルトリア。

 そこから先は誤差のようなもの。どうあれ、シェヘラザードは真っ先に鏖殺される。

 

 ……そうなるだろう、と理解していたからシェヘラザードは全てを諦めた。

 

 カルデアはシェヘラザードを囮にして、その隙にジオウを宇宙に上げるしかない。

 彼女が処分されれば次はアルトリア。

 メガロスとも最低限斬り合える彼女が標的になった方が、引き付けるには都合がいいだろう。

 

 人類文明の崩壊を見ないまま、シェヘラザードは死ぬ。

 これだけやって得られるものはないままに、彼女は退去してまた繰り返す。

 地獄の再開を前にして、彼女は俯いて。

 

 そんな女の前に出て、少年は怪物に立ちはだかる。

 

「―――何を、しているのです。あのヘラクレス……メガロスは、あなた方とて簡単に倒せる相手ではないでしょう。ラピュタが墜ちるまでの時間もない。

 せめてアレが私を叩き殺す間に、側面を突く方がよほどマシなのでは……?」

「いいえ、そんな選択がマシなものか」

 

 少年が剣を握り締めた。

 略奪され尽くした結果、彼の魔力は底をついている。

 宝具どころか、まともな戦闘行動すらできない。

 それでも、彼はこうする事に一切迷いは抱かなかった。

 

 続いて、彼の隣にジオウが立つ。

 宇宙に向かわねばならない彼は、当然のようにそっちを取った。

 

 ……そうなるだろう、と理解していたからフェニクスはメガロスを起動した。

 

 慣れた事だ、と他の者たちからは溜息も出てこない。

 ヒュドラに全力を引き出して、もうカルデアに余力はないだろう。

 メガロスが時間を稼いでさえくれれば、ラピュタは都市を射程圏内に捉える。

 

 もうメガロスとやり合えるような者はいない。戦ったところで、アナザーフォーゼ・メガロスを凌駕する攻撃力は用意できない。“十二の試練(ゴッドハンド)”は機能を停止しているが、アナザーライダーとしての不死性がそこにある。

 ジオウⅡはヒュドラの侵攻を食い止めるために酷使され、ここで全力を出せる状況ではない。ジオウ・フォーゼアーマーでは足りず―――まして、ここで力を使いすぎては、フェニクスまで辿り着けない。

 

 他のサーヴァントたちでは、攻撃力も魔力も足りない。クロエや美遊、イリヤスフィール。魔力に余裕がある彼女たちが聖剣の贋作を扱ったところで、メガロスは倒せない。大英雄がどれだけの怪物かなど、ここにいる誰もがよく見知っている。

 

 いま、ここにいる誰にも。

 大英雄は超えられない。

 

「少し、思い直す事がありました」

 

 そう言ってから一呼吸だけおいて、少年は続ける。

 

「破いた夢の続きがあっても、別にいいのかもしれないと。続きを書くための頁はなくとも。連なるものとして綴る事はできなくとも。そこには何か、きっと残るものがあるはずだから」

「そっか」

 

 ジオウが握ったブースターモジュールを手放し、押し出した。後ろに下がりつつ、その場で滞空するブースター。空いた手で、ソウゴが拳を横に突き出す。

 それに応えるように、フェルグスがソウゴと拳を突き合わせる。打ち合わせた拳が輝き、二人の間に生じる繋がり。発生したレイラインを通じ、流れ込む魔力。

 

「約束する」

「はい」

 

 一つ、欠ける。

 令呪を用いた魔力供給が、フェルグスに対して行使される。

 

「俺は、みんなを幸せにできる最高最善の王様になる」

「―――では、僕も。いまこの身でいる限り、全ての人の幸福を守る王を目指す」

 

 二つ、欠ける。残した二画をそのまま全て、フェルグスに注ぐ。

 その暴力的な魔力を、フェルグスは全て手にした剣へと注ぎ込んだ。

 

 大きく息を吸い、吐き出して。

 両手で愛剣を握り締めて、フェルグスが前を睨む。

 

「―――天地天空大回転!! 古来より、()()とは()()()()()という事だ! 星を回すという事は、明日を迎えるという事だ!

 中途半端なままの僕があえて言おう。僕は、例え王となる夢を放り投げる未来が待っていると知っていても、正しき王となるという夢を抱えて、明日へと進みたい! 太陽が巡り。朝を迎え、夜に見送り、また朝日を迎える。そんな繰り返し、民の幸福な営みがそこに無ければ!

 王として、()はどうにも納得がいかない!」

 

 ジオウがウォッチを叩き、ベルトを回し、そうして滞空していたブースターを掴む。

 迸るコズミックエナジーを身に纏い、ジオウが飛翔を開始した。

 回転しながら直上へと突き進み、弧を描きながら切り返して、地上にまで戻ってくる白い機体。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「俺の意を受け吼えろ、“虹霓剣(カラドボルグ)”! この一撃を放った後、俺は死ぬだろう! いや、死を願うほどに苦しむのだろう!

 ―――だからこそ、()の言葉はそうなった後で貴女に贈ろう!」

 

 ヒュドラの毒に体内を侵され死んだ者は、その血をヒュドラの持つ毒と同等の毒とする。

 生前、ヘラクレスはヒュドラからではなく、その毒で死んだ者の血から間接的に毒を受けた。

 ヒュドラに体を喰い破られたメガロスの血には、同じくヒュドラの毒が含まれるのだろう。

 ならば、他の誰にもその返り血を浴びせる事はできない。

 ジオウの鎧ごしなら大丈夫かもしれないが、万一という事はある。

 

 メガロスを喰い破る()()()は一つしかない。

 それをしかと理解して、フェルグスは凄絶に笑いながらシェヘラザードに叫んだ。

 

 困惑するように、恐怖するように、彼らを見るシェヘラザード。

 わざわざメガロスの前に立つ必要はない。もっと利口で、簡単な道筋は幾らでもある筈だ。

 

 けれど―――そうしたい、と思ったから彼らは迷わずそこに立つ。

 

 背にした女を守り、立ちはだかる怪物を粉砕し、浮島が沈む前に悪魔を打倒する。

 ただそれだけなのだ。ただそれが一番だと信じたから選ぶのだ。

 それが出来る者が最善の王である、と夢見ているから選ぶのだ。

 

 女もまた最初にそうするのが一番だと信じ、心折られたのだろう。

 それを咎める事はしない。それを弱さとなじる事などない。

 彼は戦士であり。彼は王であり。彼は、大英雄フェルグスだ。

 国と民を背負い、誰より前に立つ事を己が責務と認めた英雄の少年期(ゆめのあと)だ。

 

 過ちは過ち。女が犯した罪が許されるわけではない。

 だがそれとこれは別の話。ここで女が犯した罪と、女を苦しめる恐怖は別の話。

 だったらどうするか、なんて。言わなくたって分かるだろう。

 

「“ 極 (カレドヴールフ)……!!」

「宇宙ロケットォ―――――ッ!!」

 

 王を目指した少年が走り出す。手に渦巻く破壊の剣を携えて。

 疾走する彼の後ろから、回転しながらロケットモードに変形したジオウが追い付いてくる。

 

 タイミングを合わせ、踏み切った少年に追突するロケット。

 二人の足が合致し、フェルグスを押し込む形でフォーゼアーマーが加速した。

 先頭で突き出される虹霓剣が、空間ごと粉砕しながら唸りを上げる

 

虹霓剣(カラドボルグ)”―――――――ッ!!!」

「きりもみキィ―――――――ック!!!」

 

 極彩色に輝き渦巻く破壊の螺旋。

 それを先端として、全速力で進撃する二人。

 

 大英雄だったものが、正面から来る愚直な一撃に立ちはだかる。

 ただの怪物でしかない巨英雄。

 役割通りに女を粉砕しにいかなくてはいけない彼は、しかし。

 

 ―――そうして向かってくる一撃に対して、確かに握った斧を振り上げた。

 

 今までのメガロスとは違う動き。何故そうなったのかは分からない。指令もいい加減に崩壊し、エラーを起こしただけか。あるいは単純に、今までは命のストックがあったから全ての攻撃を無視していただけで、元から脅威となる攻撃に対する防衛本能はあったのか。

 

 実際にどういった原因かなど、そんな事はどうでもいい。

 ただ、彼らの目の前に確かに。

 

 怪物として、ヘラクレスが、立ちはだかったということだ。

 

 凶悪に歪むメガロスの貌が言っている。

 この身が先に見せたように。英雄ならば、怪物を乗り越えろと言っている。

 

〈リミットブレイク…!〉

 

 振り上げた大斧に迸る、無限の宇宙のコズミックエナジー。

 青く輝く必殺の刃を両腕で握り締め、彼は全力をもって振り下ろす。

 乾坤一擲、最強のフィニッシュブロー。

 反動でメガロス自身が砕けていくような、正真正銘の全身全霊。

 

「■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!!!」

「オォオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 振り下ろされる必殺。巨大な青い刃が視界を覆う。

 その向こうに怪物を見据えながら、二人はそのまま直進した。

 死力を振り絞り加速。激突してなお加速。

 回り続ける破壊の渦は留まる事を知らず、前に進み続ける。

 

 叩き付けられた宇宙の光を、ドリルのように打ち砕き。

 ただひたすら、彼らは前に進み切る。

 

 止まらない以上、やがてはそれを突破する。

 砕かれ四散する光の刃。その先にいる、死力を振り絞り罅割れた怪物。

 

 巌のような顔のまま、そこで停止している大英雄の姿。

 進み続ける彼らが、その骸を粉砕した。

 胴体を撃ち抜かれて四肢散開するヘラクレス。

 

 そうして彼を突き抜ける瞬間、英雄の骸が笑った気がした。

 砕かれ、吹き飛ばされると同時にその頭は消滅する。

 まるで無事に返すように、光と還った頭から舞い上がるクラスカード。

 

 フォーゼアーマーの進撃、ドリルの進撃に巻き込まれ砕け散るアナザーウォッチ。

 その破片が、衝撃に巻き上げられて宙に舞う。

 

 ―――そうして突き抜けた後、フェルグスが力を抜いた。

 

 そのままの勢いで、宇宙に向かうフォーゼアーマー。

 切り離され、地面に落ちるフェルグス。

 

 地面に落ちて転がって、宇宙に向かうジオウを見上げながら。

 フェルグスは全身を苛む苦痛に、酷く顔を顰めた。

 

「―――ああ、これは。ヘラクレスほどの益荒男が死を選ぶだけある……!

 今にも死にそうです。いや、いっそ早く死んでしまいたい……!」

 

 命が溶けていく。飛沫となったヘラクレスの返り血。

 それを浴びたという事は、ヒュドラの毒に侵されるという事だ。

 今にも意識を手放してしまいたい。

 不死でもなんでもない彼は、そうするだけで死ねるだろう。

 

「それでも、あなたに言わなければいけない事がある。

 だから、それまでは、死ねない……!」

 

 それでも、彼はカラドボルグを支えに立ち上がる。

 唖然とした様子でこちらを見ていたシェヘラザードに向き合う。

 

「……シェヘラザード」

 

 声をかける。彼女が反応するのを待つ余裕はない。

 全身が腐りおちていくような感覚が止まらない。

 自分が言いたい事だけを言うだけ言って、死ぬしかない。

 少し、残念だ。

 

「あなたの語る、物語を聴かせて欲しい」

 

 息を整える間も惜しい。

 目が霞む。そこにいる、という事くらいは分かる。

 が、相手がどんな様子かも分からなくなってきた。

 

「僕は、王となる者だ。あなたが嫌う、よくない王に、なるかもしれない男だ。

 ……けれど、それでも希う。

 あなたの美しい声で聴く言葉が、この世界への呪いだけなのは悲しい」

 

 地獄のような、時間。

 死が足元から迫り来て、徐々に首元を絞め付けてくるような。

 死に恐怖はない。その点で、彼は彼女の事を理解してやれる筈もない。

 だが、戦いの中ではなく、戦いの外で死ぬのは彼だって嬉しくない。

 そのくらいだが、知らないよりマシだろう。

 

「あなたは夜を越えるために語る人だ。だから、あなたの夜を、僕に物語るために譲ってほしい。

 ―――約束する。あなたが恐れる夜からは、僕が守る。僕の腕が、あなたに夜を越えさせる。僕がそこにいる限り、あなたに明日を迎えさせてみせる。語り疲れたなら、その夜は眠ってくれていい。どんな時だって、僕があなたを守るから」

 

 彼女の語る物語は知らない。彼女が語られた物語も知らない。

 けれど、きっと勇気ある者の物語なのだろう。

 彼女自身は、その心を砕かれてしまったけれど。

 

 それでも彼女が語った事が、誰かの勇気を奮い立たせてきたのだろう。

 だからこそ、守らないと。

 女の犯した過ちと、恐怖に震える女は別の話。

 その過ちを止める事と、恐怖から守る事は、どちらもやらねばならぬ事だ。

 

 多くの者を幸福にする、王として。

 

「……だから。あなたの(ものがたり)に、背を向けないでほしい」

 

 シェヘラザードを起点とした物語は、多くの者に勇気を与えるもの。

 彼女自身が失敗であったと思っていても。

 彼女の夜は、勇気の物語が紡ぎ出される奇跡の時間だった。

 

 だから、夜を怖がらないでほしい。その奇跡から目を背けないでほしい。

 とても多くの人に届く、勇気の物語を紡ぎ出したあなたには。

 一人の王などより、遥かに多くの人に幸福を与えられただろう、あなたには。

 

 怖いなら、守るから。

 何が相手であろうと、その時間は守り抜いてみせるから。

 

 だから、夜を拒絶しないでほしい。

 昼夜が巡る事を、恐怖しないでほしい。

 

「―――答えは、聞きません。いつか……また、()()()()()()()()()()、から。そうして、次に逢えた日の夜を……僕は、楽しみにしています。あなたの、語る……」

 

 また、明日。

 今日に夜が訪れ、再び太陽が昇る。

 そうして日が巡り、少し前に進んだ―――螺旋の少し先、その未来で。

 

 ―――少年だったものが崩れていく。

 ヒュドラの毒血がフェルグスの霊基を破綻させる。

 灰になり崩れ去り、風に吹かれて光と散っていく姿。

 

 それを慄然としながら見送り、シェヘラザードは杖を掻き抱く。

 

「―――彼は、なにを……」

『……シェヘラザードさんにとって夜が恐怖であったのだとしても。あなたが語った幾つもの物語を、寝物語として聴いた多くの人にとって……その夜が宝石のような時間になったはずだと思えたから、だと思います』

 

 そんな事、代弁するのが正しいのかどうか。

 マシュが視線を彷徨わせながら、ただ感じた言葉をシェヘラザードに伝える。

 

 夜が怖い、とそうして生き延びるために語り続けた物語。

 それが残り、膨れ上がりながら、今もなお語り継がれている。

 シャフリアール王が真実、どうだったかは分からない。

 けれど、彼女が紡いだものを誰かから寝物語として聞かされた者の中には、いたはずだ。

 

 ―――“続きが聞きたい、早く次の夜を迎えたい”。

 そう感じてくれた者が。少年少女が。

 彼女の物語が夜に勇気を育み、日が昇り飛び出した彼らは体を成長させる。

 そんな当たり前の健やかな営みこそ、自分が命を懸けて守るものだと彼は理解した。

 

 その営みの中で大切な一役。

 語り部のために、彼はここで命を使い果たした。

 恐怖を受けないように世界を変える事はできない。

 だから、その恐怖を阻む盾になると口にして。

 

『だから……たぶん、フェルグスさんは。あなたが語った物語、あなたのものとして語られた物語。それを全てひっくるめて、守りたかったんだと思います。

 物語を聴く人が幸福になれるなら、後は語り部であるあなたの心を守れば、全ての人が幸せにその夜を終えられる。全ての人を幸せにできる。だから、彼は何も迷わずに―――』

「―――――」

 

 シェヘラザードの瞳が揺れる。だが、死の恐怖から逃れる事などできない。

 次があるかもしれない、と。彼女はその事実を恐怖する。

 その恐怖を打ち砕くため、次があるかもしれない、と笑って逝ったフェルグス。

 

 彼女は震えながら、杖を強く抱きしめて―――

 

 

 

 

 

 空に向け打ち上がったロケット。

 それを見上げながら、コロンブスは軽く口笛を吹いた。

 

「あのとんでもねえ蛇は消えたし、戦いは一段落したみたいだな。

 とりあえず合流するか。頼むぜ」

「ああ」

 

 ゲイツ・ゴーストアーマーが力を発動する。

 距離を取っていた船が、皆がいる方に向かって動き出す。

 ほどなく合流できるだろう。

 そんな移動中に、どこか浮ついた声でコロンブスはゲイツに問いかけた。

 

「なァ、お前さんはあのソウゴって奴とこのまま行くのか?」

「……お前には関係ないだろう、そんなこと」

「―――だよなァ、そうなるだろうなとは思ってたがよ!」

 

 何がおかしいのか、笑ってゲイツの肩を叩くコロンブス。

 鬱陶しそうにその手を払うと、少し残念そうに彼はそれを止めた。

 

 近づいてくる戦場跡地。

 全員満身創痍なところを見て、ゲイツがどこか居心地が悪そうに肩を竦める。

 

 そんな彼を笑い飛ばし、コロンブスは後方を指差した。

 流石に回収した人間全員は入らない。甲板にまで溢れている連中は大勢いる。

 

「よし、こっちはアイツらに色々言っとくから先に降りててくれや」

「ああ」

 

 そいつらに説明する、という事で納得して、ゲイツがゆっくりと船を降ろす。

 船を地面に降ろせばここでの役目は終わり。

 素直に地上へと飛び降りようとして―――

 

「降りるな!!」

「……?」

 

 未だに膝を落としたままのシュヴァリエ・デオンから奔る一喝。

 その言葉に足を止め、怪訝そうな様子を見せるゲイツ。

 

「なにを……」

「君が降りてしまったら、みすみす人質を与えるようなものだからネ。

 ―――もう少しそのままでいるといい」

 

 モリアーティが棺桶に腰掛けながら、嘆息する。

 元々あんな神話の怪物を相手取るような人間ではないのだ、彼は。

 ああして、どうにかしてこちらを出し抜こうと画策する人間相手の方が、よほどやりやすい。

 

 ゲイツがその言葉の意味を理解し、振り向く。

 人質を抱えられる余地がある者など、ここには一人だけ。

 集団を己の宝具である船に乗せた、コロンブスしかいない。

 

 バレている、などと。そんな事は分かり切っていたので、彼からしても驚きもない。というか、そもそも騙していたわけでもない。この大地の支配者を打倒しよう、という意識が共通していたのは確かな事だ。

 

 カルデアは特異点解消のためにそうした。

 コロンブスは己の利益のためにそうした。

 たったそれだけの違いだ。

 

「―――いやァ、本気でずっとどうしたもんかって悩んでたんだよ。そりゃそうだろ、戦力差なんつって比較するのが馬鹿らしいほどの差が常にあるんだからよ。

 メガロスと戦えてたのを見た時は顎が外れるかと思ったぜ。こんな奴らどうやって出し抜けばいいんだ、ってな」

 

 本当に苦労した、と。コロンブスは大きく、心底から溜め息を吐いた。

 

 だってそうだろう。メガロスを見ろ、カルデアを見ろ、どうやって倒す? 無理だろ、自分じゃ。仮に不意打ちしてマスター1人を倒せたとする。それで何か状況が変わるか? 少なくとも自分の目指すところには、一切意味がないと断言できる。

 だからと言って諦めるか、と言ったら絶対にノー。

 

「復讐だかに来てたらしいお前さんは引き込めるかも、と思ったが……無理だしなァ。

 あっさり丸め込まれすぎじゃねえか、お前……」

「…………」

 

 半分呆れるように、コロンブスはゲイツに声をかける。

 だから真っ先に接触し、言葉を交わしてみた。

 軽く会話しただけで無理めだと判断し、さっさとその方向は切り捨てたが。

 

「ライダーさん……?」

 

 甲板に溢れていたレジスタンスたちが、その男の様子に恐る恐る声をかけた。

 彼はそちらを見ると、口角を大きく吊り上げる。

 

「情報は大事だよなァ。なんせ俺にはメガロスの起動条件すら理解できなかった、どうしようもなく後手後手だったわけだ。エレナの奴を攻撃したらメガロスに襲われるかもしれねェ、なんて考えちまったら動きようがねえのよ。結局桃源郷は国の枠組の外で杞憂だったが、それが分かったのはお前たちと合流した後だしな」

 

 彼はアガルタに召喚され、まずメガロスの事を知った。

 エルドラドとイースの激突を見かけ、害悪はメガロスに必ず殺される事を知ったのだ。

 だからまず、彼を呼び出す行動は控えなければならなくなった。

 

 それがエレナというどう動くかも分からない女を、放置しなければならなかった理由。

 桃源郷でエレナを攻撃した瞬間、メガロスに狙いを付けられる可能性。

 それを否定できない以上、彼はエレナを害せなかった。

 そうじゃなければ真っ先に彼女を殺害し、桃源郷を自分だけのものにしていただろう。

 

 だが結果的にはそれでよかったのだろう。

 エレナが動いた結果、シェヘラザードの計画がよく進んだのだから。

 

「……記憶を失っていたのは嘘、という事かしら」

「いや? ついさっきまで本当に自分が誰かも分からなかったさ。けど性根は変わらなかったなァ。俺はいつだって俺だ、名前が剥がされようと俺でしかねえ」

 

 オルガマリーの問いに返す感慨深げなコロンブス。

 自分が自分でなくなっても自分だった、という経験はあるいは貴重かもしれない。

 改めて自分を確かめられた、という感心すらある。

 

 その間に、船を駆け上がり舳先に着地する美遊。

 彼女に続いて、クロエが転移でその場に出現した。その手がフックのついたロープを投影し、船の縁へと引っかけると、それを伝ってオルタとアストルフォが昇ってくる。

 

 今戦えるのは彼女たちだけ。魔力はほぼ底をついている。

 ヒュドラとの戦いでそれだけ消耗し―――しかし、それでも勝利は動かない。

 

 宝具を出していたとはいえ、戦闘を行わずヒュドラから離れていたコロンブス。消費を抑えていた彼がもっとも優位な状況でなお、ここからでも勝つのカルデアである事に疑いない。ゲイツも加われば考える余地もなくなる。

 コロンブスを含め、誰一人その結末以外にありえないと理解していた。

 

「……だからまァ、必然だったよ。ここまでは。俺がどうにかしてこの戦いで巧い事主導権を握るには、お前さんたちが決戦の後で消耗し切ったタイミングで動くしかなかったわけだ」

「ああ、現時点で魔力は尽きている。だが同時に略奪の影響はもう消え、魔力は徐々に回復に向かっている。少し凌げば、キミひとりくらいあっさりと制圧できる」

 

 船の下からのデオンの声。

 まだ立てないほどの消耗だが、略奪が終わっている以上じきに回復する。

 もっとも、それより先に彼が制圧されるだろうが。

 

「だな。俺もそう思うぜ、俺ァ別に腕っぷしが英霊の中で優れてるなんて思ってねえしな」

「……それで。この状況で馬脚を現して何をしようというの?

 ラピュタを動かしているフェニクスは常磐が倒す。その後で何かしたいわけ?」

 

 オルガマリーの言葉に、シェヘラザードが肩を揺らす。

 その反応を見てモリアーティが僅かに眉を上げた。

 

 いつでも制圧できる。が、そもそも制圧しなければならない理由もない。

 彼は敵対……いや、これ以上同道する必要がないと性根を晒した。だがそれが何になるという。

 フェニクスを倒し、誘導を切った上でラピュタはある程度放置。ある程度待って、破壊する。

 これから先、カルデアがやるべきなのはそれだけだ。彼が絡む余地はもう―――

 

「……俺はよ、召喚されてまず真っ先にメガロスを見たわけだが。どこでかっつったら……黄金郷(エルドラド)の近くだったんだよ。そこで女海賊どもをぶっ潰すとこを見たんだ。

 アマゾネスの住処は森の方だろ? 何も知らない筈の俺が真っ先に向かうにはちと微妙だよな。何でだろうな、そっちに足が向いちまったんだ。自然と」

「……?」

 

 突然、自分の行動について語り始めるコロンブス。

 その意図が分からずに困惑する者たちの前で、気にせず語り続ける彼。

 

「少し気にはなったが、別にただ偶然だったのかもしれねェから、そこまで深くは考えなかった。けどお前さんたちが色々話してるのを聞きつつ、色々考えてよ。最後に―――あの洪水がどうなったかを見て、確信したわけだ」

「なにを―――」

 

 コロンブスは空中を翔ける船の上で、一人最後の確認をしていた。

 地上を舐め尽くした八岐大蛇の洪水。それが、どうなったかを。

 彼の発言を聞いて、即座にアガルタ―――ラピュタ全体に改めて探査をかけるマシュ。

 詳細はすぐに出てこないが、大きな異常がひとつ、すぐに発見できた。

 

『―――これ、は……洪水の被害が、エルドラドまで届いていない……?

 あの勢いで、どうして』

 

 洪水でエルドラドが沈んでいない。不夜城もイースも水没したというのに。

 それが意味する事が分からず、全員が疑問を表情に出す中。

 片目を瞑り、モリアーティが手で口を覆った。

 

「……まァ、どうにも不思議だったヨ。イース、不夜城、桃源郷、竜宮城……どれも御伽噺の類だ、教訓の話と言ってもいい。こんな場所がどこかにあるのだ、という説話でしかない。

 だが黄金郷(エルドラド)はもっとストレートに欲望の話だ。アマゾンの奥深くには黄金の都市がある。探せ、それを見つけた者には巨万の富が約束されるぞ、というネ」

『言うまでもなく、エルドラドは実在しない。とある風習を持つ部族の儀式に尾ひれがつき、話が大きくなって広まっただけ。元となった事実は存在するが、異常なまでに膨れ上がってしまった虚栄の蜃気楼。それがエルドラドという黄金都市の真実だ』

 

 それは大航海時代の事。金粉を用いた儀式を行う原住民の噂に尾ひれがつき、アマゾンの奥地には黄金でできた都市があるという伝説が生まれた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――っ、現実を、幻想都市に変換してる伝承……!」

『黄金郷、エルドラド。事実を元に膨らませた幻想という風船……今や熱気球とでも言うべきかな。これはシェヘラザードがこのアガルタを成立させるために使用した増幅器だ。

 小さな事実を核として、人の欲望で膨らませ、現代においてさえ神秘にこれほどの強度を維持させるための障壁を形成した。その欲望というエネルギーを生み出す薪が―――』

 

 モリアーティが始めた話を当然のように乗っ取りつつ、ホームズは言葉を続ける。

 エルドラドは実在しない。だが元となったものは実在がはっきりしている。

 そんな都市に対して、アガルタが求めた役割は一つ。

 

 ―――動力(エンジン)だ。

 

 そして、そのエンジンを動かすにはガソリンがいる。

 言われるまでもない、と。コロンブスが盛大に笑った。

 

「俺、ってわけだなァ! 俺が俺の夢……俺にとっての黄金郷(エルドラド)を目指す限り、ここにはその欲望を利用したエネルギーが生まれ続けるわけだ!」

 

 初めに、ラピュタという空を飛べる大陸を用意した。

 その上に神秘を維持して膨らませるための閉鎖環境、地底国家アガルタという包みを被せ、四つの国でピン止めする。太陽に向かう不夜城、海底に向かうイース、海底にあるものである竜宮城。

 そして、この大地を動かすためのエンジン、エルドラド。

 

 結果はこの通り。彼女が思い描いた通り動いている。

 国家の女王、外敵を阻む守護者、状況を動かす開拓者。

 外的要因で暴走したメガロス以外、彼女の思い通りにならなかったのはフェルグスくらい。

 

 そんな宣言を聞いて、美遊がステッキを突き出した。

 収束する魔力砲。

 

「つまり―――この大地の心臓は、あなたの存在が前提」

「宇宙だかにいる魔神だけじゃなくて、アンタも燃やせば……!」

「ばっちり解決、って事でいいのよね―――!」

 

 オルタが剣を振り上げ、その切っ先に黒い炎を灯す。

 クロエが弓を構え、そこに矢を番える。

 

 そこに参加しようとして、しかし。

 みんな揃って攻撃では、レジスタンスたちが危険だと考えアストルフォは跳ねた。

 何かみんなボクより理性蒸発してない? なんて思いながら。

 

 そうして黒幕の一味として、殺意を中てられながら。

 コロンブスは酷くおかしそうに。

 口角を大きく吊り上げて、歯茎を剥き出し、凄烈な笑みを浮かべた。

 

「だからよォ、()()()と思ったワケだ―――!」

 

 重力に引かれ、風に流され、何かの破片が落ちてくる。

 そこに落ちる事が前もって決まっていたかのように、あまりにも都合よく。

 強風でコロンブスの足元に叩き付けられ、積み上がっていく欠片。

 

 それが特別な何かだと思えるわけがない。

 ただ風に混じって何かが飛んできた、くらいにしか認識できない。

 

「俺はこの大地に望まれている! 行け、と! お前が望むところまで突き進め、と!

 お前にとっての(おうごん)を得るまで止まるな、ってなァ――――ッ!!」

 

 最初に悪寒を感じたのは立香。

 彼女はその本能に従って、腕を振り上げ一番近くにいたモリアーティに叫ぶ。

 

「……っ、モリアーティ!」

 

 立香からの指示が飛ぶ。

 それに従わねば不味い、と彼もまた遅れて直感した。

 

 棺桶から転がり落ちる勢いで銃口を展開、発砲を開始する。

 船の上にいるコロンブスに対し見舞われる必中の魔弾。

 その攻撃が開始された事に合わせ、船上の者たちも攻撃を放った。

 

 だがそれが届く前に、彼は足元に発生した丸いものを踏みつける。

 それが何であるかなどは考えるまでもない。

 間違いなく、彼が前に進むためのものなのだから。

 

 完全なる死からの蘇生。命のストックなど関係ない再誕。

 ―――まるで、救世主(メシア)が起こしたという復活の奇跡。

 

 ヘラクレスの中でその体験をしたアナザーフォーゼウォッチ。

 それはその経験を刻み込み、完全に砕かれたフォーゼとは違う力で再誕する。

 復元したそのウォッチが、コロンブスに踏みつけられる事で起動した。

 

「光のねえ闇の中! 何かを掴み取れるかどうかなんて、誰にもわかりゃあしねえ!

 だが、それを掴める奴がいるとしたらそれは―――!

 どんな闇の中だろうと、諦めずに進み続けた奴だけだよなァ―――ッ!!」

 

〈ファイズ…!〉

 

 コロンブスが変わっていく。

 全身を覆う黒と銀の装甲と、その表面を走り抜ける赤い燐光。

 その装甲にあらゆる攻撃が弾かれていく。

 火花を散らしながら復活するのは、今までとは違う新たな怪人。

 

 ―――アナザーファイズ。

 

「これは……諦めずに進み続けた俺に、神が与えたもうた絶好の機会(チャンス)だ!」

 

 黄色い眼光をぼうと灯し、マスクの下でコロンブスが笑う。

 赤い燐光と共に怪物化した彼は、そのまま全身に力を漲らせた。

 彼の意志に呼応し全身を巡り、強く発光するフォトンブラッド。

 

 アナザーファイズと化したコロンブスが、その指で胸の前に十字を切る。

 

「俺はこの神が与えたもうた機会(チャンス)をものにする! 俺に犯す罪があるとしたら、それはこの夢を遂げられなかった時だ! 待ち続け、祈り続け、ようやく指をかけたチャンスを不意にする事こそが、何よりの罪になる!

 俺は罪は犯さねえ。このチャンスを必ずものにする! たとえ他のどんな夢を踏み躙って、蹴落とし、足蹴にしても! たとえ他の誰を利用して、何も成せなかった罪人に仕立てあげてでも!

 ―――俺は! 俺の夢を掴んでみせる!!」

 

 

 




 
鮫の侵略(シャーク・トレード)!!
「やれる時に徹底的にやる!それが孤高なる船乗りの流儀だ!」
スカッとするぜ!

エルドラドが一番の原因ってマジ?
ぜってえ許さねえ、エルドリッチとドン・サウザンド!
 
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