Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
セラフィックス2017
「…………」
己の顎に手を添えて、難しい顔を浮かべている黒ウォズ。
彼は一体どれほどそうしていたのか。
ふと何かに気付いたように顔を上げて、軽く顔を持ち上げた。
そうして小脇に抱えていた本を開き、彼はゆっくりと喋り始める。
「―――この本によれば……普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。
そんな中、西暦2000年における地底帝国アガルタでの戦いでは、仮面ライダーファイズの力を継承し損ねてしまったのですが……まあ、大した問題ではないでしょう。
ファイズの力を手に入れたのは明光院ゲイツ。彼からその力を奪い取る事など、造作もない」
黒ウォズが背にした闇の中に浮かび上がる赤い戦士、仮面ライダーゲイツ。
ファイズの力、ファイズアーマーを纏う彼の姿。
それを一瞥した黒ウォズは、さっさと視線を外して手にした本に目を移す。
「そんな事よりも、次の戦いは……」
ザ、と。周囲にノイズが走る。
その異常事態に目を眇めて、彼は背にした大時計の方へと視線を送った。
いつの間にかそこにある液晶画面。映し出された『NEWS✿BB』の文字。
待つ事数秒、ただ文字だけ浮かべて桜色の砂嵐を映す画面。
そんな状況に肩を竦めて、黒ウォズは正面に向き直る。
「どうやら、何か別の問題が現れたようです。
申し訳ありませんが、しばしこの閑話にお付き合いして頂くしかないようだ」
ぱたんと閉じられる本。
彼は本を抱え直し、闇の中に歩き出す。
それを契機に周囲に溢れ出す黒い影。
地面から染み出すように出現する、128体のヒトガタ。
本能に突き動かされ蠢く影たち。
彼らを泰然と見下ろすのは救世主たりえなかったモノ。
白く、黄金に、妖しく、堂々と。
その者の声が届く時、聖杯戦争の鐘が鳴る。
始まる前に終わっていた、最も強大な者たちが競う最終戦争。
戦いの勝利者に与えられるのは、最大の聖杯。
生存に、自己という存在にしがみ付く、弱きものの慟哭こそが開幕を告げる。
―――さあ、聖杯戦争を始めよう。
「セラフィックス?」
「はい。
頭から三角巾を外しながら、サファイアの声に美遊が小さく頷いた。
彼女がテーブルに置いた焼きたてのクッキー。
それを見つめていて、話を聞いている様子がないクロエとアストルフォ。
そんな二人をジト目で見つつ、少女はサファイアに再度問いかけた。
「……それを解体、というか売却する?」
「という方向で話を進めているらしいですが」
どうにもオルガマリーの様子が忙しそうに見えたのは、身辺整理のためらしい。
色々な処理を引き延ばしにしてはいるが、何も進めないわけにはいかないようだ。
人理焼却の発生を許した事によって大きな負債を背負ったアニムスフィア。
当時招集されたマスターたちも、未だに凍結処理されたままだ。
彼女はこの件について徐々に進めつつ、1年程度の時間を稼ぐつもりらしい。
最終的な着地点こそまだ見えていないが、いい話にはならないだろう。
難しい顔をしてそれを聞いていた美遊。
そんな彼女を見ながら、勝手にクッキーを食べつつクロが声をあげた。
「なーんか忙しそうよねぇ、これ持って行ってあげれば?」
「じゃあボクがマスターに持っていくよ!」
つまんでいたクッキーを口に放り込み、指を舐め。
ぴょい、と勢いよく皿ごと持ち上げるアストルフォ。
あー、と。クロエが伸ばした手が空を切り、獲物に逃げられた事を嘆く声。
全部とは言っていない、と少女は抗議の視線を向ける。
「……そのまま全部持って行っていい。また焼くから」
「そう? じゃあ他のみんなにも配ってくるねー!」
溜め息混じりに美遊にそう言われ、アストルフォが走り出す。
瞬く間に食堂から消える騎士の姿。
それを口惜しげに見送って、クロが頬を膨らませた。
「もう、まだ食べたりないのに」
「すぐにまた作るから」
外したばかりの三角巾を付け直し、キッチンに戻る美遊。
そんな少女の視線がふと泳ぎ、考え込むような姿勢を見せた。
「どしたの?」
「……林檎、余ってるなって」
妙に林檎が多いのは何故だろう。
既に退去したサーヴァントの中に好きな者がいたのだろうか。
そこまでは把握していないが、せっかくなら使ってしまおうか。
そう考えて、少女は手際よくアップルパイのための材料を揃え始めた。
「それでパッと焼いちゃうのは流石ミユ……!」
出来立てのアップルパイを頬張りつつ、美遊を褒め称えるイリヤ。美遊は彼女から送られた言葉が当然の事のように頷いた。美遊が小学生とは思えぬスキルに称賛を送られるのは常だが、彼女はイリヤからの賛辞には特に胸を張る。
そんな少女たちのやり取りを眺めつつ、パイを齧るオルタ。控えめな甘さのパイとはいえ、甘味を口にしているとは思えぬ苦々しい顔。
それを見止め、デオンは軽い口調で問いかけた。
「随分と気分の悪そうな顔だね」
「別に。子供と林檎が揃うと変な気分になるってだけよ」
「よく分からないが、たぶん自業自得なのだろうね。私は笑えばいいかい?」
にこりと笑いながら問いかけるデオン。
睨み返すジャンヌ・オルタからの視線などものともせず。
二人のやりとりを見つつ、大皿からパイを取り上げるソウゴ。
そうしながら、彼は不思議そうに問う。
「二人ってさ、仲良いの? 悪いの?」
「特段、良くも悪くもないよ」
「悪いわよ、最悪。これ以上ないくらい最低最悪よ」
「おい、ジオウ。お前は食べたらさっさと戻れ。まだ課題は終わってないぞ」
椅子にどかりと座り、苛立たしげに声を上げるゲイツ。
勉強するには甘い物が必要だ、という言い訳を聞いて仕方なく離席を許したが、まだソウゴに与えられた今日の課題は終わっていない。少し休憩したらまた勉強だ。
それを聞いて嫌そうに机に突っ伏すソウゴ。
「そーゆーアンタらこそ、仲良いの? 悪いの? 敵なんでしょ?」
彼らの様子を見て、からかうようにオルタが言う。
すぐさまむっとした表情を見せるゲイツ。
「当然、最悪だ。俺はこの男がオーマジオウになるかどうかを見極めるため、ここでこうしているだけだ。その片鱗を見つけたら敵として倒すためにな……」
「だってさ」
きっぱりと言い切るゲイツに、その言葉に乗るソウゴ。
さくっと鼻で笑い、背もたれに体重をかけるジャンヌ・オルタ。
その反応にゲイツが軽く眉を吊り上げた。
眉をいからせたまま、ゲイツが皿のパイをひったくって口にする。
そうして、先程とは違う理由で眉を上げる。
「美味いな……甘さもくどくない。これならツクヨミもいけるんじゃないか?」
そう言ってツクヨミの方に視線を向けるゲイツ。甘いものが苦手、という嗜好を知っていた彼からの視線に対して頷き、ツクヨミは普通にそれを口にした。
「ええ、大丈夫。ありがとうね、美遊」
「はい」
ツクヨミからの言葉を受け取ってから、少女自身も手を付け始める。
そうして久方ぶりに賑やかになる食堂の中。
後に控えた勉強という大敵に憂鬱になりつつも、ソウゴが一口パイを齧った。
間違いなく美味しい。勉学に疲労した頭脳に染み渡る糖分。
その甘味と酸味に感心しながら、ソウゴはゆるりと天井を見上げる。
「……この丁度いい甘さと酸っぱさ。どこか懐かしいような」
「なにが?」
問いかける立香の声に、何故か立ち上がるソウゴ。
疑問符を浮かべつつ視線で追えば、彼は滔々と妙な事を口走る。
「これは、そう……初恋の味……」
「何言いだしたの、こいつ」
壊れた? という視線を向けるオルタ。
そんな彼の様子に、不思議そうに首を傾げる立香。
「ソウゴ、初恋した事あったんだ」
「聞きたい? ねえ聞きたい?」
訊かれるや否や、すぐさま振り向いて楽しげに言い募るソウゴ。
「聞きたい聞きたい!」
「聞きたいわけがあるか、大人しく座って食事しろ」
囃し立てるクロエに、即座にその声を遮るゲイツ。
だがそんな意見は聞こえないとばかりに、ソウゴは話を続けてみせる。
「あれはそう……俺が子供の頃、公園で一人で遊んでいた時の話―――」
「聞きたくないと言ってるだろ……! お前が話を聞け!」
子供の頃の思い出を楽しげに語るソウゴ。そんな彼に突っかかりに行くゲイツ。
イリヤはそうしたやり取りを眺めつつ、口に入れたパイを嚥下して。
ふと誰かの顔を思い描くように、虚空を見上げた。
「初恋かぁ……」
「わたしの初恋はやっぱりお兄ちゃんカナ……って顔してますね、イリヤさん」
「いちいち言わなくていいから!」
叩こうとすれば逃げるルビー。
射程距離から逃れたステッキを前に、茶化された少女がぐぬぬとパイを齧る。
そんな光景を眺めながら、立香はほうと息を吐いた。
「はいはーい! クッキーに続いてアップルパイも貰ってきたよーう!
欲しい人は手を挙げてー! どんどん配っていくよー!」
管制室に侵入するや否や、アストルフォは腕をぶんぶんと振り回した。
なんだこいつ、という視線がオルガマリーから飛ぶ。が、効いた様子はない。
彼が飛び込んでくると同時に、手にした大皿から二切れ分パイが消える。
それを手にしているのはアルトリア。
彼女は周囲を気にする事もなく、当然のように食べ始めた。
「あー、その、あれだ。俺、食いたいけど、いまちょっと手が塞がっててさぁー! いやー、どうにかならねえかなぁー!」
「そう? じゃあ口開けてー、あーんしてー」
「え、マジ!? やった、あーん!!!」
「はい召し上がれー!」
仕事中である事を理由に、両手が使えないとわざとらしいくらいに嘆く男。そんな彼の口の中に勢いよく突っ込まれるアップルパイ。勢いよく叩き込まれた事で、椅子から転げてひっくり返るミスター。彼は倒れて背中を強かに打ち付け、そのままの勢いで後ろに一回転した。
その有様でありながら、不思議な事に眼鏡の男はどこか幸せそうにノックアウトされている。特殊な趣味らしい謎の男をそのままに、アストルフォは他へと回り出す。
「他に食べたい人ー!」
「……ええと、ムニエルさんはあのままでいいのでしょうか」
「まぁ、Dr.ロマニにとってのマギ☆マリみたいなものなのだろう。いちいち突っ込んであげるのも野暮というものさ」
転がっている謎の男、ムニエル。彼の惨状を見て、どうしたものかとマシュが困惑する。
ほっとけ、と直球で言い捨てるのはモリアーティ。
「それは違う! ボクがマギ☆マリに向ける感情はもっと純粋な人生相談的なものであって、そういう倒錯した趣味があるとかそういうんじゃないから!
人理が修復されてからというもの、更新間隔だって短くなっているんだぞう!」
すぐさまどうでもいい部分に反応を示すロマニ。
そう。人理焼却中は恐らくAIが自動更新していただろうネットアイドル、マギ☆マリ。人理が正されてからというもの、更新速度が目に見えて上がったのだ。まるで他所でやってた宮廷仕えの仕事を終えて暇ができたとでも言わんばかりに。
マギ☆マリの更新速度は、人理が救われて得られた目に見える戦果と言っていいはずだ。
そんな主張をしているロマニを見て、ふとアルトリアがマシュの頭の上にいるフォウに視線を送る。だが獣は何の理解も示さず、不思議そうに首を傾げるばかりである。
「……アレの事はともかくとして、少し休憩を挟みましょうか。どうせセラフィックスからの返信もまだないのでしょう?」
「はい……定時連絡に合わせたオルガマリー所長からの緊急コールに応えない、なんて。少し、考えにくいのですが」
色々な意味で心配である、と顔を曇らせる通信士。
カルデアとセラフィックスの定時連絡。それに合わせて今後どうするかを相談するため、オーナーであるオルガマリー直々の通達だ。その一次連絡を入れてから、もう8時間は経つ。だというのに連絡一つ帰ってこないとは、どうにもおかしい。
協会からの帰りに一度顔を出すべきだったか、とオルガマリーは深々と溜息を一つ。
「……仕方ないわね。最悪、わたしが直接―――」
『―――――――――』
ノイズ。繋いでいた通信機器から、擦れた音が漏れてくる。
おや、とその事実に通信士が表情を変えた。
「オルガマリー所長、ちょうどセラフィックスとの通信が繋がりました。
向こうが回線を開いたようです。映像、音声ともに―――」
ザ、と。シバにより管制されたモニターに映る、ノイズと黒一色の画面。
管制室の大画面に映し出された異常な状況。
セラフィックスからの映像はやってこない。目の前にはただノイズの嵐。
「これ、は」
カルデア側。つまり観測レンズ・シバが故障している可能性はない。
そんな事になれば、カルデア内の状況すら把握できなくなっているはずだ。
だからこれは、セラフィックス側の問題。
長々と通信が繋がらなかったのは、機器が故障していたからだった。
普通に考えれば、ただそれだけの話であり―――
『――――――けて』
小さく、声が聞こえた。
「……! 音声レベルを最大値へ上げてくれ、いま何か―――」
ロマニの声に、通信士がすぐに設定を操作する。
同時に、その場の全員が口を噤み息を呑んだ。
そんな無音の管制室に響くのは、悲痛な声。
『――――S―――O―――S―――きこえ、ますか―――どうか―――拾って。
―――わからない―――なんで、こんなコト、に―――みんな―――だれかが―――みんな、が、わたし、に―――たす、けて―――たすけて、だれか。みんな―――みんな、データに、かわってく―――たす――――けて』
助けを呼ぶ声。迫る終末から逃れるため、足掻く声。
同時に大きくなったノイズが、その悲鳴を塗り潰していく。
感情のままの声と無機質なノイズが混ざり合い、生み出される不協和音。
『―――だれか、たすけて―――――やだ、いやだ――――きえ、たくない――――わた、わたしは――――じぶんの、ままで―――――――いたい――――――のに』
それがぷつりと、唐突に消え去った。
帰ってくる静寂。しん、と静まった管制室。
セイバーが壁に背を預け、ライダーを視線で制する。
静止させられた彼は不満げに、しかしそこで一応動きを止めた。
努めて、呼吸を整えて、司令官が真っ先に声を張り上げる。
「現時刻をもって警戒態勢を発令。我々はこれより、魔神残党による特異点発生の可能性を考慮して行動します。全マスター、サーヴァントを管制室に集合させて。
セラフィックスへの呼び掛けを続行しつつ―――カルデアスで地球上にあるセラフィックスの灯りを確認しなさい。内部の状況が分からなくても、外から分かる何かがあるかもしれないわ」
管制室の空気が変わる。すぐさま動き出すカルデアの人員。
そのトップであるロマニ・アーキマンが、彼女の指令に対して即座に答えた。
「了解しました、所長。マシュ、立香ちゃんたちへの連絡を。マスターとしての装備を整え、管制室に集合するようにと。
アストルフォ、キミはダ・ヴィンチちゃんを工房から引っ張ってきてくれ」
「はい!」
「りょーかい!」
飛び出していくマシュとアストルフォ。
それを見送りつつ、腕を胸の前で組んで顔を顰めるオルガマリー。
国連への連絡も必要だ。
状況は判然としないが、とにかく連絡を飛ばす必要がある。
「国連へ緊急連絡、わたしに繋ぎなさい」
「了―――」
『あー、テステス。マイクの感度はバッチリですか? バッチリ? ちゃんとカルデアに届いています?』
ノイズが上書きされる。
音質はめいっぱい、澄み渡るほどのクリアサウンド。
同時に、画面まで黒一色から桜色に変わっていく。
聞こえてくるのは楽しげな少女の声。
わけが分からない事態を前に、ざわめく管制官たち。
「な、全隔壁閉鎖……!? 外部への通信遮断―――! カルデアの全コントロールが奪われました……! こんな……!? 超A級のウィザードだってこんな易々とカルデアの
国連へのコールが遮断され、それどころかカルデアの隔壁が降ろされる。
悲鳴のように轟く隔壁が下りる音。
誰の命令もないままに発令される緊急事態。
レフ・ライノールによる爆破か、或いは時間神殿との決戦か。
そんな事態でのみ発動していたカルデアの最終防壁が、弄ばれるように続々と起動。
カルデアの状況表示が、瞬く間に赤色一色に染まっていく。
「なによ、これ―――!?」
『BB―――――、チャンネル―――――――!』
“ now hacking...”
いっそからかうような、電子の世界における大侵略宣言。
全ての画面がその文字を経て、一様に彼女の支配下に取り込まれた。
映し出される特設スタジオ。
そこは彼女のために存在する、隔離されたセクター。
背景はまるでニュース番組のセットのようだ。
カルデアのモニターは、そんな中に立つ一人の少女を映し出した。
『はーい。人類のみなさん、こんにちはー! こーんにーちはー!
あいかわらずお間抜けな顔をさらしていますねー?』
身の丈ほど伸ばした紫色の長髪が躍る。
姿を現したのは、髪と胸元で赤いリボンを揺らす黒衣の少女。
彼女はカルデアの全てを支配しながら、にこやかに微笑む。
『突然油を流し込まれた蟻の巣みたいに盛り上がってますかー? パニックな導入からカタストロフがフェードイン、見たいものではなく見せたいもので編成される事で御馴染み、刺激に満ちた生活には欠かせないカンファー、BBチャンネルのお時間です!
この放送は月の支配者ことわたし、違法上級AI・BBの手でお送りしまーす!』
手を振るBBと名乗った少女。
これは一体どんな状況なのか、と眉がきつく吊り上がるオルガマリー。
「どうなってるの! これがまさかセラフィックスからの通信なんて言わないでしょうね!?」
「い、いえ、恐らくは―――先程の通信と同じ位置、セラフィックスからの通信と思われます、が……! 通信先の存在が確認できません……!」
「しょ、所長……カルデアスにセラフィックスの灯りが確認できません! セラフィックスがあった痕跡すら、観測できません……!」
セラフィックスは海洋油田基地、北海に浮かぶ文明の灯りだ。
海にぽつんと漂う灯りが見つからない、なんてありえない。
もし事故で爆発でもして全滅したとしても、見つけられないはずがない。
その痕跡すらも一分も残らないなんてありえないのだから。
オルガマリーが画面を見据え、そこにいる少女を睨む。
「あなたの仕業……!?」
『残念ながら違います。むしろ立場的には逆と言えるでしょう。わたしはどちらかというと、救いの手を差し伸べにきたのです』
理解が遅い事を嘆くように、溜め息混じりにそう言い放つ少女。
その反応により強く吊り上がるオルガマリーの眉。
ロマニが落ち着いてくれ、という視線を送るが彼女の体温は上がる一方だ。
「……何故、そんな事をしに?」
『何故、ですか。んー……まあそこはそれ、わたしの中でなにがしか、“こうしてあげよう”と思うに足る理由があったのでしょう』
ふらふらと視線を彷徨わせいていたBB。
彼女はふと、途中で視線を動かす事を止めて何かを見た。
管制室の何かを見ているのではない。
彼女は恐らく、カルデア全域を観測しているシバを視界として使っている。
であれば、管制室以外のどこかを見ているのだろう。
『……そして、何故こんな事ができたのかといえば―――わたしがチートキャラだからなのです! 人間とはそもそも
画面の中でBBが片腕を振るう。虚空で跳ねる何かの反応。
その直後、微かな足音を察してアルトリアが視線を管制室入口に移す。
数秒後、そこが開いて入ってくるのはダ・ヴィンチちゃんとアストルフォ。
続いて立香とマシュ、その後ろからソウゴ。
マスターたちはレイシフトの準備を完了した状態での入室だ。
何故か隔壁が開いた事でルートができ、ここまで来れた者たち。
他の者たちは隔壁に阻まれ、ここに来ることすらできない。
隔壁を力尽くで壊す事はできるが、現状でそれを選ぶわけにもいかないだろう。
ダ・ヴィンチちゃんがすぐにロマニの方に行き、状況を検め始める。
が、すぐに彼女の顔は陰りを帯びた。
天才のその反応だけで、現状がどれほどのものかよく理解できるというもの。
BBの声はカルデア全体に届いていた。
状況はおおよそ理解できている、と。立香とソウゴはオルガマリーに頷いてみせる。
そんな彼らの登場を見て、笑みを深めるBB。
そうした彼女が一瞬だけアストルフォを見て、すぐに視線を逸らす。
「うん……?」
『―――世が世ならこの辺りまで、かわいいかわいいBBちゃんのボイスが付いていた事でしょうが、残念ながらここではそうもいきません。
さて、では本題に入りましょう。恐らくはみなさんの目には、わたしが突然顔を見せた怪しい小悪魔系後輩型美少女AIに見えているでしょうが、それだけではありません!』
「小悪魔系で後輩型なの?」
『それはもう、見ての通り!』
不思議そうに問いかけてきたソウゴに対し、自信満々な返答。
小悪魔系で後輩型というAIは、その勢いのまま話を続ける。
『何故わたしがカルデアのみなさんに顔を見せたかというとですね。ぶっちゃけますと、油田基地セラフィックスからのSOSをあなたたちに中継してさしあげているのです! さっきの声とかですね!』
「SOS……セラフィックスからの?」
『はい。セラフィックスがその時代から消えている事は確認済みでしょう? それ、A.D.2030年のマリアナ海溝を絶賛沈降中です。詳細な位置を送信しますので、観測してみてください』
「は?」
BBが片手を動かせば、画面内に点滅するメールのアイコン。
情報が送られた、と分かりやすく通達するためのサイン。
通信士がオルガマリーを窺えば、唖然としていた彼女は軽く唇を噛んで頷いた。
「……シバの調節を。言われた通りの時代を観測してみて」
「了解しました――――っ、あります、セラフィックスの反応と……特異点反応を観測!」
空気が冷える。
カルデア関連施設に異常が発生した上、特異点反応。
普通に考えればこれは、魔神からの攻撃だろう。
であるならば、彼女たちの選択肢は決まっている。
『このまま行けば、なんとセラフィックスは深度1万メートルまで到達して圧壊。憐れ、海の藻屑となってしまう事でしょう!
そんな事は許せなそうなあなたたちのために、この情報をいち早く伝達しにきた仕事の早いBBちゃんは、流石はNo.1後輩系上級AI! という称賛を免れない!』
「……これが魔神の仕業であり、あなたは魔神の手先である。そうではないという保証は?」
聞いた所でどうしようもないとしても、問いかけるオルガマリー。
彼女はそれをどうでもよさげに、指を口許に当てて首をひねる。
『うーん、難しいですね。いえ、真相を先に全部話してしまえばいいんですけど、そういうのは全部終わった後にやるのがわたしの使命、っていうか。全てを公開するのはシナリオの終わり、っていうのがマナーみたいなところあるじゃないですか?』
「……じゃあ、言える部分はどのくらいあるの? そこ、全部教えて欲しいんだけど」
立香からの質問に対し、少し考え込む姿勢。
『―――そうですねえ、せっかくの
「―――――!」
強い反応を示すマシュ・キリエライト。
それどころじゃないから、と隣のロマニがどうどうと彼女を抑える。
立香が一度頷いて、BBに対して問いかける。
「あなたと魔神は敵?」
『いいえ? 発端である魔神ゼパルは既に消滅しました。この問題が継続しているのは、彼が呼んだ存在の手によるものです』
は、と。オルガマリーが間の抜けた声を出す。
魔神が消滅している。じゃあこれは一体何なんだ、と。
立香が腕を組み、振り返りモリアーティを見る。
肩を竦めた彼が引き続き質問を飛ばす。
「この問題が継続している、と君は言った。だが発端である魔神は消滅しているという。では仮に特異点化したセラフィックスを見過ごしたとして、何か影響は出るのかネ?」
『ええ、もちろん。特異点と化したセラフィックスにおいて行われているのは聖杯戦争。128騎のサーヴァントが血で血を洗う殺戮劇。
何故そうなったか、なんて話に今更意味はありません。それに納得できようと、できまいと、勝者が決まった時点で、どうあれ2030年で人類は滅亡してしまうでしょう』
「滅亡、ですって?」
オルガマリーが唖然とする。
だって、カルデアスはそうならないようにするためのものだ。
カルデアスにそんな反応はない。100年先、いまは確かに文明の灯りが継続している。だからこそ、つい先程もシバが2030年の反応を観測できたのだから。
人理焼却のようなイカサマはそう簡単に成立しない。あれはグランドキャスターの皮を被ったビーストであったゲーティアだからこそ、達成できた不意打ちだ。
モリアーティが片目を瞑り、顎を撫でる。
「随分と飛躍したものだ。特異点一つで易々と人類が滅ぼせるのであれば、私やバアル……シェヘラザードとフェニクスはああも苦労していないのだがネ」
『信じない、というならそれでも構いません。カルデアスの観測ではそんな未来は存在しない? 人理はそんなに柔くない? そんなわたあめみたいに甘くてふわふわした、おめでたい考えをお持ちであるのならそれで結構。
カルデアのコントロールはお返ししますので、そのうち深海魚の餌になるだろうセラフィックス職員たちのお葬式の準備でも始めてください』
嘲笑うように、BBの眼が微かに赤く光を灯す。
その反応を見て、モリアーティが僅かに目を細くした。
「じゃあ、何でそれで人類が滅びるの?」
『このまま行けばどんなカタチでの決着にしろ、一つだけ決まっている事があります。“人間”は残るでしょう。ですが、“人類”は残らない。わたしから言える事はそのくらいです』
ソウゴからの問いにBBは笑みを深くし、そう答える。
『……もしあなたたちがこの戦いに参加しようとしても、あなた方に参戦の権利はありません。何故なら枠は既に全席埋まっている。もし参加したいのであれば、不正に乱入するしかない』
「不正に乱入、ですって?」
『ええ。そもそもあなた方の技術力では未来へのレイシフトはできないでしょう? タイムマシンで追いつけるならそれでもいいですけど?』
少女の腕が画面を揺らし、カルデアの一画を映し出す。
待機状態で置かれているタイムマジーン。だがあれでは2030年に行けたとしても、特異点化しているセラフィックスに乗り込めるかは不明だ。
今までの事を考えれば、乗り込めないと考えるのが自然だろうが。
彼女の言う通り、カルデアでは未来へのレイシフトは行えない。
存在を実証し続ける事ができないのだ。
カルデアという機関は未来を保障するためのものだが、実証する事などできはしない。
それはつまり、カルデアではこの問題に対処できないという現実であり―――
「―――――」
『どうぞお気になさらず。そんな情けなーい人類のみなさんのために、わたしがここにこうしているわけなんですから。未来へのレイシフトも、セラフィックスへの上陸ルートも、わたしがきっちり整えましょう。ただもちろん、それを行うための条件はあります。普通なら騙し討ちにするところですが、今のわたしは導入からネタバレまでそこそこ自由に話せてしまう、やんちゃな家猫くらいの自由度はあるナビゲーター。きっちりとお話しておきましょう。
―――カルデアから乱入できるマスターは2名まで。サーヴァントは現地調達して頂く以外に認められません』
「は?」
こいつは何を言っているんだ、と。
そう声を荒げようとしたオルガマリーの前で、制するようにBBが手を挙げた。
ふざけているように見えて、しかし何一つ彼女の言葉に嘘はないと宣誓するような瞳で。
『別に意地悪しているわけではないんです。純粋にそれ以外に手がないだけ。むしろこの状況でそれだけのリソースを確保したBBちゃんに労いの言葉があって然るべきだと思いまーす』
そう言ってぷくーと頬を膨らませるBB。
あらゆる問題を考慮して、マスター二人が限界だと彼女は断じた。
超級の違法改造AIである彼女の計算能力とあざとさに疑いの余地はない。
様々な事情が絡み合っている現状、それがギリギリのラインだ。
この点に限って、嫌がらせとかそういう意図は一切ない。
ただ純然たる事実として、その程度の細さの糸しか差し込めないというだけ。
最初から、それだけ詰んだ状況だ、というだけの話。
「そうなんだ」
「お疲れ様?」
『素直! まあ、これでも結構な努力をしているのは事実なので受け取っておきましょう』
へえ、と。感心しきるソウゴと立香からの言葉を受けて。
BBが目に浮かべた赤い光を消して、何とも言えない表情を浮かべた。
『ナビゲーターとして断言しますが、それ以上の人員でレイシフトを行えばその時点で全滅。わたしも処分される事でしょう。単純に、そういう状況だとご理解いただくほかないのです。
―――さて、長々と話したところでこれ以上の情報はわたしからは出しません。あなた方はいつも通りに、状況も分からないまま敵地に乗り込み、行動するしかありません。
わたしが問いかけるのはただ一点。セラフィックスの職員や、2030年以降の人類なんていうその他大勢のみなさんたちのために、ここで命を懸けられますか? という事だけです。
否と答えるごく普通の一般的感性をお持ちの方なら、ここでさようなら。是と答えるちょーっと頭のネジが何本か外れた、将来が心配になるような方であれば―――』
黒衣を纏った桜色の少女がくるりと回る。途端、カルデア側で一斉に計器が動き出す。
BBに掌握されたシステムが、セラフィックスへのレイシフトの準備を整えていく、
「レオナルド……!」
「―――――」
声をかけたロマニの方から、天才は無理だと口にしたくないのだと理解した。
阻めない。BBからの干渉をカルデアは止める術を持たない。
純粋に技術力、マシンパワーの問題。
カルデアの演算能力では、月の海からのハッキングに対抗できない。
着々と完了していく準備。
遥か未来からそれを整えながら、BBは柔らかく微笑む。
そうして、わざわざこの場に導いたマスター二人を見て宣言した。
『わたしが、戦いの舞台へと連れて行ってさしあげましょう!』
ゼパゼパゼパ~
ゼパパゼパ~
ゼパゼパゼパパパゼパゼパパ~
奴はもう死んだジオ。