Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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開戦2030/B

 

 

 

 ある寒い日の事だった。

 時間にすれば、ほんの一瞬の事だったと思う。

 いや、その時間が本当に実在したかすら定かじゃない。

 

 ただ、確かに。

 一人佇む、女の姿を見た。

 

 凛と立つ、けれど寂しそうな姿を見て。

 抜き身の刃を手に、ひとりぼっちの彼女を見て。

 

 俺は、選ぶべき道を決めたのだと思う。

 

 

 

 

 

『―――ようこそ、外来の皆さん。ここは霊子虚構世界(りょうしきょこうせかい)・SERIAL PHANTASM。通称、SE.RA.PH(セラフ)。電脳空間に設けられた、快楽浄土です』

 

 意識が帰ってくる。

 レイシフトの衝撃にここまで酔うのは初めてかもしれない。

 深呼吸をしながら周囲を見回せば、青い光景。

 時折、背景を過ぎ去っていくあぶく。まるで海の中のようだ。

 

『皆さんは世界を救うため、SE.RA.PHへと集った128人の勇者たち。

 世界を救うための万能の力、月の聖杯(ムーンセル)に手が届くまで後少し。

 崇高な目的のため、清廉な意志の許に、貴方たちは奇跡に指をかけた』

 

 背景も足場も同じ、澄んだ青色。

 方眼紙みたいな区切りだけが、足場と背景の境界を知らせてくれる。

 そんな世界に投げ出され、立香は頭を振りながら立ち上がった。

 

『ですが、残念なお知らせがひとつ。最後まで昇り詰める事ができるのはただひとり。貴方がたが目的とした奇跡を手にする事ができるのは、ただひとりだけ。であれば、やらねばならない事はただひとつ。

 最後のひとりだけが、願いを叶える事ができる。最後のひとりだけが、願いを口にする事を許される。さあ、どうぞ。最後のひとりになった後、どうか願って下さいませ―――』

 

 どこかから頭に響くアナウンス。

 また酔いそうになるのを頭を押さえて堪え切る。

 

「ソウゴ、大丈―――ソウゴ?」

 

 すぐに周囲を見回して、同道した筈のソウゴを探す。

 が、そこには誰もいない。

 周辺一帯、すくなくとも見渡せる範囲には、誰も。

 

「はぐれた……? マシュ、ドクター?」

 

 通信機に呼びかける。だがそれも無反応。

 レイシフト実証ができないならば、通信もできないという事か。

 じわりと心に滲みだす焦燥感。

 

 ―――なるほど、これはまずい。

 だからこそ、焦ったらなおまずい。

 

 深呼吸しつつ、頭痛を残した頭を回す。

 必要なのはなんだろう。

 ソウゴと合流。あるいは一応協力者となるBBとの連絡。

 

「128騎の聖杯戦争……サーヴァントは現地で確保。マスターも128人いる?

 まず誰か、接触しても安全そうな参加者を探す……」

 

 視界は開けている。ここは微睡むような水の世界。

 海中だから、だろうか。

 とにかく動かなければ始まらない。せめて拠点にできそうな場所を、と。

 

 そう考えた直後に、視界にノイズが走り抜けた。

 舞い散る明るくも毒々しい桜色の光。

 その正体を理解して、すぐさま声に出す。

 

「BB……っ!?」

『イエース! BB――――チャンネル―――――っ!』

 

 視界が染まる。視覚単位で完全に乗っ取られた。

 まるで自分の目が撮影してるカメラになったみたいな光景。

 なにせ、どこを見てもスタジオしか映らない。

 そんな反応を楽しんでいそうな黒衣の少女が、悪そうな顔で微笑む。

 

「ちょうどよかった、どういう状況なの? ソウゴは?」

『えー……ここで落ち着き払われるとからかい甲斐がないので、そういうのやめてください』

 

 ちょうど接触したかった顔を見て、息を吐く立香。

 その様子に手にした教鞭で掌をぴしぴし叩き、不満げな表情を浮かべるBB。

 

『2回目にしてもうマンネリ、なんて。プレゼンターとしてのわたしの実力が疑われる事態です。これは早急に対策を講じる必要がありますね。やっぱり視界ジャックばかりじゃなく、もっと特殊な嗜好を満たすチャレンジとかさせてあげるべきでしょうか……?』

「そんな事言われても、ついさっき同じ事されたばかりだし。驚くも何も」

『………………』

 

 言われたBBの目が一瞬、僅かに細まる。

 が、すぐにそれを忘れたように彼女は深々と溜め息を吐いた。

 

『確かに、今回ばかりはわたしの失策ですね。センパイの記憶領域なんてどうせ2メガバイトもないだろうし、ついさっきの事さえも忘れて驚いてくれるだろう、と過大評価したBBちゃんの負けでした。反省です』

 

 言って、パチンと教鞭を叩く。

 そこで気を取り直して、彼女は再び微笑みを浮かべて立香の前に立つ。

 

『まあ時間も押してますので手短にいきましょう。スケジュール管理は余裕は設けて、持て余さず。しかし時には大胆不敵に。これ、人間を管理する有能AIの鉄則です。

 では本題に。ソウゴさんはもうここにはいません、彼は既に脱落しました。乱入者にして130人目のマスター、常磐ソウゴは敗退済みです』

「―――――」

 

 ごくあっさりと。BBは、ソウゴの脱落を告げる。

 ソウゴが。ジオウが、敗北したのだという。

 BBは参加枠は128騎であり、立香とソウゴを乱入者とした。

 つまり、もう129人目の自分しか残っていないと。

 

 一体いつ、どうしてそんな事になったのだという話だ。

 

「……ソウゴは、どうなったの?」

()()無事ですよ? そうですねえ、あと10日くらいは生きていられると思います。あ、ご安心ください。10日と言ってもこの電脳空間での10日。外で沈降を続けているセラフィックスと、このSE.RA.PHでは時間の流れが違いますので。

 まあ丁度セラフィックスが海底にごっつんこして、ぺっしゃんこになるくらいまで、ここでは今から体感10日ほどの時間的猶予がある、と考えて頂ければ』

 

 何でもないようにそう語るBB。ソウゴはまだ助かる、と。

 だがそのためには。このセラフィックスを救うためには。

 10日以内に、立香だけでこの聖杯戦争に勝たなくてはいけない。

 

 呼吸を整えつつ、訊かなければならない事を頭の中で整理する。

 

「ソウゴは誰に負けたの?」

『残念ですが、それを教えるのはナビゲーターとして仕事の範囲外。

 聖杯戦争において相手の情報(シークレット・ガーデン)は自分で集めるものでしょう?』

 

 口元まで人差し指を持っていき、しー、とジェスチャーをして見せるBB。

 

『わたしがやる事は、あくまでルールの説明。脱落者の情報は既にゲーム外のものとみなして教えてさしあげただけですので、そこを勘違いしないように』

「…………そう」

 

 そこで気を取り直したように、くるりと、ふわりと、横に一回転。

 そうした彼女の横に、何かの映像が出てきた。

 まるで女性の体のような巨大な像。その女性の目らしき部分が点滅する。

 点滅する光を教鞭で示しながら、BBは話を続けた。

 

『いまセンパイがいるのはここ。セラフィックスの正面ゲートだった場所です。電脳化した際に崩壊してしまい、実際の光景とはかけ離れてしまいましたが、まあ水族館か何かと思って楽しんでください。目に優しい観賞に堪えるおさかなさんはいませんが、深海魚みたいにグロテスクな雑魚はいっぱいうようよしていますので』

「…………なんで人型なのかは教えてくれるの?」

『その辺りもご自分で調べてくださーい』

 

 そう言ってはぐらかすBB。

 電脳空間、SE.RA.PH。人型になっている事に意味があるのだろうか。

 目。つまり頭部が入口ならば、他は一体何だろう。

 

 シンプルに考えれば、心臓―――胸が重要な施設なのかも。

 とにかく情報は得た。この件を考慮した行動方針は後で考えればいいだろう。

 先に訊けそうな事を聞いてしまわなければ。

 

「……私が契約できそうなサーヴァントはどこかにいる? 現地調達、って言ったのはBBだけど、それも相手や方法は自分は探せ?」

『んー、そうですねぇ。センパイはウィザードとしてもダメダメ、スキルはナッシング。挙句、頼りにしてた相方もさっさと退場。これではあまりにも遊び甲斐がないので、少しくらい手を貸してあげてもいいんですけど……』

 

 揶揄うように、嘲笑うように、BBは喜悦を表情に滲ませる。

 

 BBからの協力が得られなければ、自分でサーヴァントを探す必要があるだろう。それより128人の参加者の内から協力できる相手を探すべきだろうか。

 ソウゴが退場、というのがどういう理屈かは分からない。立香はまだスタート地点にいるのに彼の方は既に詰んでいるなんて、どうにも納得がいかないという話だ。

 だがこれは、ここは真っ当な仕組みで存在している場所じゃない。魔神の行動を理由に発生し、何故か魔神が喪われても継続し、聖杯戦争が行われている謎の特異点。

 まともな場所ではないなら、まともじゃない事が起きるのは当たり前の話。そういう場所を、自分たちは今まで巡ってきたのだろう。

 

(聖杯戦争。それでマスターが128人もいるって事は、何か特別な仕組みがあるんだよね。普通なら聖杯があってもそんな事にはならないんだろうし……)

 

 そもそも128人だなんて。サーヴァントをそんなに呼べるなら、わざわざ聖杯なんて必要ない。

 それだけの事ができる魔力リソースなど、それこそ完成された聖杯くらいなものなのだから。

 ならば、どこかにイカサマがあるはずだ。

 ゼパルが仕込み、消えてからも動き続ける何らかの絡繰り。

 

 魔術とは配置―――照応が重要になる、と学んだばかりだ。

 だとしたらやはりこの女体(SE.RA.PH)の中心、心臓に何かがあるのだろうか。

 

 と、思考していた立香を覗き込むような姿勢を取るBB。

 笑っていない顔で微笑む少女。

 その空洞染みた瞳孔が、立香の事をしかと見据える。

 

『ふふふ、センパイ。わたしに相談しながら、頭の中ではわたしの協力なしにこれからできる事探しですか? そういう事されちゃいますと、月の裏に住むうさぎみたいに寂しがり屋なBBちゃんは、ちょっと拗ねちゃいますよ?』

「そ、う。うん、ごめん。それで―――」

『いーえ、許しません。わたしを蔑ろにした罰ゲームは受けて頂きます! とりあえず、そうですね―――そこから生き延びられたら、情報を教えてあげるという事にしましょう!』

 

 え、と。言葉を詰まらせると同時、意識が返ってくる。

 視界に広がるのは水の星。周囲を水に覆われた海底を沈降する電脳、SE.RA.PH(セラフ)

 

 そこに帰還すると同時、彼女の目の前には一つの影が立っていた。

 

 白いブラウスに赤いリボンとスカート。

 肩にひっかけらているのは、ぬいぐるみストラップが大量に吊るされた鞄。

 背中にまでかかるピンクゴールドの髪の上、何故か頭から狐耳らしきもの。

 ―――そんな恰好で、黄金の刀を手にした一人の少女。

 

「ふーん、サーヴァントじゃなくてマスター? で、こいつを狩れって?」

 

 少女が気乗りしない様子で顔を上げる。

 そこに浮かび上がるウィンドウがモニターとなり、再びBBが顔を見せた。

 

『ええ。このSE.RA.PHにおいては、誰であってもルールは変わらない。アナタも望みを叶えたいのであれば、最後の一人になるしかない。

 乱入してきたよちよち歩きのひよこに温情をかけてあげる理由もありません。事態も把握できていない最弱のマスターが、お行儀よくトーナメントを駆け上がって遂には優勝者に、なんて。そんな最高にカッコいい綺羅星みたいなサクセスストーリーはありえません。ビギナー狩り上等、野生の世界(サバンナ)の怖さを骨の髄にまでしっかりと教えてさしあげてください』

 

 胸の前で手を組んで、どこかに想いを馳せるBB。

 なんのこっちゃ、と狐耳の少女はどうでもよさそうに眉を顰めて。

 しかしすぐに気を取り直し、手の中で刀を回して構え直した。

 同時に彼女の周囲に展開されるのは、浮遊する更なる二刀。

 明らかに彼女の意志を反映して動く飛び道具。

 

「弱者必滅ってね。ま、苦しまないように三途の川まで直行便で送ってあげるし」

 

 ―――射出される剣一振り。もう片方は未だ滞空しているだけ。

 

 相手にやる気が見えないのなんて当たり前だ。

 彼女はサーヴァント、藤丸立香など片手があれば縊り殺せる超常存在。

 同道したはずのソウゴはいない。守ってくれるマシュはいない。

 契約したサーヴァントなど、ここには誰もいない。

 

 だったら。

 

 ―――跳ぶ。真横に、全力でもって。

 余裕をもった回避運動ができるほど、立香はサーヴァントを甘く見れない。

 跳んだ彼女の背後を過ぎ去っていく刀。

 

「へえ、反応は悪くないじゃん!」

 

 少女が軽く指を動かす。

 反応して射出される二刀目。同時に、既に放たれていた一刀目が方向を転進。

 ただ飛ばすだけではなく動きがそもそも縦横無尽。

 どうにか頑張って躱そうが、いずれ追い付かれて貫かれる。

 

「―――だっ、たら……!」

 

 全力の跳躍は、着地の事を考えていなかった。

 そのままヘッドスライディングを決める勢いのものだった。

 純粋にそうでもしなければ、あっさりと串刺しにされていただろう。

 だから彼女の力では、この状況から立て直す事は不可能だ。

 

〈スイカアームズ! コダマ!〉

 

 だったら、こうするだけだ。

 懐から転がり出たコダマスイカが、そのままエネルギーボールへ。

 倒れ込んでくる立香を受け止め、バウンドさせて跳ね返す。

 弾き返す勢いで吹き飛ばし、この場からの距離を取らせるための動き。

 

 少女が撃ち出した剣が、スイカの残骸を吹き飛ばして撒き散らす。

 飛散するスイカの果汁。

 それに紛れてコダマもまた転がって立香を追う。

 

 目の前に甘ったるい霧を散らされて、少女は少し驚いて目を瞬かせた。

 

「はぁ、変なもん持ってるじゃん?

 にしてもいい度胸っていうか、胆が据わってるっていうか。まあ」

 

 少女は手にした剣を前に突き出し、獲物を追う獣のように笑う。

 

「時間稼ぎにもならないんだけど」

 

 ―――“楼嵐”。

 

 彼女の手にした剣の刀身が嵐に変わる。烈風で引き裂かれる赤い果汁のカーテン。

 そうしてあっさりと小細工を無為にした少女が跳ねる。

 立香が5秒、フルに全力疾走して稼いだ距離が、瞬きのうちに零になる。

 

「よっと!」

「―――――!」

 

 後ろからではなく、わざわざ正面にまで回り込んでの剣撃。

 嵐に変わっていた刀身は再び鋼に返っている。

 首を落とす、正面からの斬撃を前にして。

 

〈サンダーホーク! 痺れタカ! タカ!〉

 

 立香の懐から雷を纏い、一機の飛行物体が飛び出した。

 それに再び少し驚いたような顔を見せつつも、彼女の対応に隙はない。

 仕方なしにその斬撃を飛来する物体へと向ける少女。

 いとも容易く弾かれるタカウォッチ。

 

 その迎撃が行われている内に、進行方向を切り替えそうとする立香。

 だが彼女が左右の選択をする前に、聞こえてくる空を切る音。

 

「大人しく首を落とされてれば楽だったのに。下手に抵抗した分、苦しむだけじゃん?」

 

 呆れるように、憐れむように、少女は仕方なさそうな顔で立香を見る。

 せっかく斬首であっさりと、と気を利かせたと言うのに。

 これでは背中から串刺しだ、なんて。

 

 振り返る余裕はない。だが振り返らずとも分かる。

 少女が操る飛行する剣が後ろから迫っている。

 どうすればいいのか、という思考をする余裕さえも、彼女には許されない。

 

 ―――だから、ただ前を見た。

 目の前に立ちはだかる、剣を握る少女を睨むように。

 

 最後の最後まで足掻く、逃げない人間。

 どっちにしろ死ぬんだから、せめて楽な死に方を選べばいいものを。

 そんな事分かり切っているのに逃げず、まだ諦めず自分を睨む人間。

 少女が苛立たしげに眉を顰める。

 彼女の意志に呼応し、加速する二本の刀。

 

 そんな状況。

 藤丸立香という人間の性能では、次に気付いた瞬間。

 ただ、串刺しにされているだけだろう。

 

「―――ちょうど良かった。そこのアナタ、サーヴァントを探してるフリーのマスターなのね」

 

 ―――この状況に立ち入ってくれるような、援けがない限りは。

 

 鋼が打ち合わさる、しかし鈴の音のような涼やかな響き。続けて二振りの刀が弾き返され、回転しながら自分の上を過ぎていく光景を見る。

 がらん、と音を立てて少女の足元、海色の床に転がる刀。その場で、刀が弾かれた事ではなく、目の前にいる者の存在が信じられないとばかりに、狐耳の少女が目を見開く。

 

「―――メルトリリス!? 何でコイツがここにいるのよ、BB!!」

『―――――?』

 

 少女に吼えられ、ウィンドウに浮かんだBBが軽く首を傾げる。

 もしかしたら、知らないアピールなのだろうか。

 ああしていては、吼えた狐耳の少女を煽っているようにしか見えない。

 

 とにかく、拾った命に息を吐きながら振り向く。

 そこに立っている者こそ、背後に迫っていた剣を弾き返してくれた存在。

 後ろから聞こえた声は少女でありながら、湖のように澄んだ声で―――

 

「……無粋の極みね、スズカ。まさか私が自分で名乗る前に、わざわざ私の名前を告げてくれるだなんて。情緒がそんな有様で、JKなんて務まるのかしら?」

 

 漣が立つように沸々と、苛立ち加減のセリフが続く。

 

 視界に入るのは驚愕の衣装。

 胸から上だけを覆う袖も裾も長い黒のコート。腿から先をまるまる覆う鋼の脚部。

 それ以外に少女らしいなだらかな体のラインを隠すものは無い。

 後は本当の意味で最低限、隠さねばならない部分だけを隠した格好。

 

「あなたは……?」

「―――――」

 

 規格外の鋼の両足で立つ少女の身長は2m近く。

 となれば、彼女を見上げる事になる立香。

 そうして見上げられたメルトリリスと呼ばれた少女は、彼女の視線に一瞬口を噤む。

 無音の一拍を置いて、そんな彼女を見据えた立香が口を開く。

 

「ちょうど良かった、マスターを探してるフリーのサーヴァントなんだよね! 色々端折るけど、私の目的はこの特異点を解決すること。

 お願い、協力してほしい―――()()()()()()!」

 

 カルデアにて装填された令呪を見せながら、立香はメルトリリスにそう持ち掛ける。

 彼女は既にマスターを探している、といったような事を口走っていた。

 であるならば、こちらからも頼みたいという話だ。

 

 言われた少女、メルトリリスは立香の様子に目を僅かに瞬かせ。

 すぐにその口元をコートで隠しつつ、小さく口角を上げた。

 メルトリリスはそうしたまま、自分の口の中だけで溶けてしまうような小さな声で呟く。

 

「……ええ、そうよね。イメージ通り。できれば契約は私から持ち掛けたかったけど……逆にこれでイーブンかしら。そう考えると、スズカのおかげとも言えるのかも?」

 

 爪先(きっさき)が床を削る。

 そんな彼女の動きを見て、スズカと呼ばれた少女が腕を払う。

 その動きに合わせて、再度浮遊を始める二刀。

 

 すぐさま射出される剣を正しく見据えながら、メルトリリスは微笑む。

 

「―――ええ。その契約、結んであげるわ。私は快楽のアルターエゴ、メルトリリス。この(けん)に懸けて誓いましょう、()()()()。アナタのサーヴァントとして戦う事を――――!」

 

 立香の手の甲で令呪が熱を帯びる。繋がり、送り込まれる魔力。

 その僅かばかり充足する感覚を確かめて、体を沈めるメルトリリス。

 

 蹴り上げる脚部。

 メルトリリスの足は鋭い刃。リンクに轍を刻む研ぎ澄まされた(ブレード)

 踵が直進する剣を打ち払い、同時に彼女は発進した。

 羽搏くように加速するメルトリリス。

 

 打ち払われた剣が立て直し、左右から同時に再びメルトリリスを襲う。

 挟み撃ちにかたちで来襲する凶器。

 彼女の動きを制するように、スズカは手にした剣の刀身を疾風へと変える。

 嵐と刃に遮られるスケートリンク。

 

 その光景を前に微笑みながら躍動するのはプリマドンナ。

 ―――グリッサード。

 嵐の舞台を飛び越えて、刃の歓待を潜り抜けて、プリマは容易に目的地に辿り着く。

 

「な……っ!?」

「フフ――――!」

 

 踊る、躍る、鋼の爪先が軽快に。

 スズカの反抗を容易くいなし、メルトリリスの連撃は彼女を襲い続けた。

 

 握った剣は一振りなれど、帰還する剣を合わせれば三刀流。

 神通力によって動かす刃に淀みはない。

 太刀筋は荒くとも、純粋な手数であればスズカの方が上。

 

 だというのに、反撃には程遠い。幾度も自身に叩き付けられる(やいば)

 それを衛士(センチネル)としての特権で防ぎながら、スズカは酷く顔を顰めた。

 

「小―――――ちぃッ!」

 

 二振り目を握ろうと、スズカが飛ばしている白銀の剣へと手を伸ばし。

 ―――しかし舌打ちと共にその動作を止めた。

 メルトリリスに阻まれるからではなく、自分の意志で。

 戦力を上げるためにその剣を手にすることはできないと、彼女が自分で自分を戒めた。

 

 反撃の機会となるだろうスズカの持つ切り札の不発。

 その冴えない残念さを見て、メルトリリスが片眉を上げて僅かに退く。

 

「つまらなそうね、スズカ。アナタらしくもない」

「―――は? オマエが私の何を知ってるっての?」

 

 立て直したスズカの三刀。三方からの同時攻撃。

 それを前に微かに笑い、メルトリリスは体を捻る。

 羽搏くように、流れるように、彼女はその全てを潜り抜ける。

 

 いとも容易く逃れられ、スズカが苛立ちのままに言葉を吐き出した。

 

「チィッ……どういうことだし! BB! そいつ、KP(カルマファージ)も取り上げられて廃棄処分された筈でしょ!? なのにどう見ても衛士(センチネル)の時よりアガってんじゃん!?」

『―――ああ、そういう』

 

 ―――閃光の如く。

 無駄口を叩いていたスズカに対し、直進最短距離での突撃が放たれる。

 もろに胴体へと一撃を貰った彼女が、思いきり吹き飛ばされた。

 

 裏拳で床を割りながら跳ね起きて、体勢を立て直すスズカ。

 

「一人で納得してないで説明しなさいよ! これ、アンタの不始末って事じゃん!?」

『いちいちうるさいですねえ。わたしのコスプレさせたカズラドロップぶつけますよ?』

「なんの話してるんだっつー! ってかなに、アルターエゴってまだいるわけ!?」

『いると言えばいますし、いないと言えばいないでーす』

 

 飛来した剣がウィンドウに突き刺さり、そのまますり抜ける。

 当然の如く何でもないBBに余計にいきり立つスズカ。

 そんな彼女の様子に溜息をひとつ、BBはメルトリリスの方へと視線を向けた。

 

『見ての通り、あの子はもうKP(カルマファージ)は持ってませんよ。取り上げたのは紛れもない事実ですし。何でパワーアップしてるかというと……何ででしょうね? id_es(イデス)は健在ですので、もしかしたら廃棄場の底で何か悪い物でも溶かし(たべ)てきたのかも?』

「はっ、拾い食いって! 姉妹揃って意地汚いにも程があるじゃん! 親に似たわけ!?」

「意地汚い、ね。ここにきていちいち否定はしないけれど、どうせならせめて()()に似て執念深い、と言い直してくれる? ―――ええ、だから戻ってきたのだもの」

 

 SE.RA.PHというステージの上、波紋が立つ。

 静かに、広く、広がっていく侵略の初動。

 スズカの反応を追い越して、メルトリリスのステップが彼女の死角を取る。

 

 圧倒的、性能の優劣は明らかだ。

 このSE.RA.PHという戦場において、メルトリリスという存在の優位性は絶対的。

 そうして戻ってきた。そういう風に送り出されてきた。

 だからこそ―――

 

 一合、剣と踵が刃を交わす。

 火花を散らした激突は、当然のようにメルトリリスが押し切った。

 降ろした踵がキン、と涼やかに音色を奏でる。

 

(……調子は最高潮、気分は最悪だけど。

 けど、そんなモラトリアムは後回し。この性能なら行ける―――!)

 

 二刀が降り注ぐ。

 余裕を持った、美しく見える所作一つにさえ気配った回避運動。

 スズカの剣は掠る事さえなく、メルトリリスを通り過ぎる。

 その対応に歯軋りして、スズカが敵を睨み据えた。

 

「ああ、もうとことんイライラするし! 知った風な口! つまらなそう? そんなの、そうなるに決まってるじゃん! JKらしいロクな娯楽もないこんな場所じゃストレス解消もできやしない! こうなったら霊基を更新してやりたい放題するくらいしかないじゃん!」

 

 メルトリリスがブレーキをかけた瞬間、スズカの指が鞄に差し込まれていた簪を抜く。

 それを認識した瞬間、プリマは即座に跳んでいた。

 着地する場所は立香の目前。片足の爪先で立ち、攻撃に備えるクライム・バレエ。

 

 スズカの所作に呼応し、彼女の手を離れて天へと昇る黄金の刀。

 

 突き刺すような視線が飛ぶ。スズカがメルトリリスに向ける視線は刃のようだ。

 まるで彼女が()()()()に舞う事を憎むように。

 

(―――宝具。私だけなら躱すのもすり抜けるのも難しくない。けど、私の腕じゃこの人は抱えられない。回避は選択肢から除外、当たりそうなものを全部迎撃するしかない。

 とはいえそれ自体は大した難易度じゃない。スズカの照準は馬鹿げた大雑把さだもの、必要な分だけ蹴り落とすなら、今の私には余裕すら存在する―――)

 

「草紙、枕を紐解けば。音に聞こえし大通連。甍の如く八雲立ち、群がる悪鬼を雀刺し!」

 

 スズカが握った簪と呼応して、頭上に昇った黄金の剣が分裂する。

 円を描くように配置されていく刃、その数は250本。

 

 そうして剣の雨雲を展開しながら、視線をメルトリリスに飛ばす。

 彼女の様子を確認して、スズカが腕を横に伸ばす。

 そこに飛び込んでくるのは白銀の刀。

 彼女はそれをしかと掴み、両の目を強く見開いた。

 

「これなるは菩薩が鍛えし小通連。抜かば智慧は文殊が如く―――“才知(さいち)祝福(しゅくふく)”」

「……なにそれ、スズカ。後悔は上辺だけ?」

「―――――――――――――ゴミ箱で何食べてきたか知らないし、何知ってるかも知らないけど、アンタに何か言われる筋合いはないわけじゃん? っていうか黙ってくれる? これ使った後、余計な情報増やさないでほしいわけ。だからもう、黙って死んで」

 

 スズカが己の頭を握り潰さんほどに強く掴みながら、メルトリリスを睨み据える。

 

 修正分は多くない。

 衛士(センチネル)・メルトリリスの情報を一部上方、耐久性に関しては下方修正。

 スペックは向上したが、スタイルは今まで通りだ。

 ならば、ここから先は詰将棋。

 

「文殊智剣大神通―――――恋愛発破、“天鬼雨(てんきあめ)”!!」

 

 ぽつり、ぽつりと。小雨から徐々に加速していく剣の雨。

 落とせる黄金の雨粒は250粒。

 その全てを必要な場所に、必要なタイミングで、必要な量消費する。

 一粒とて無駄な消費はない。小通連を握っている時の彼女にはそれができる。

 そして、そうされたメルトリリスに―――マスターを守る術はない。

 

「っ、下がり……とにかく射程外に出るように逃げて、マスター! 私がカバーを―――」

「はぁ? ()()()なんて許さない。()()()なんて赦されない。そんな道筋、一本も残していないってのが分からない?」

 

 輝く瞳でそう言ってのけるスズカ。

 “才知の祝福”は文殊の知恵。ここから彼女たちが打てる手を計算し尽くしている。考えられる逃走経路は全て導き出しているし、そのどれに乗っても降り注ぐ大通連が確実に逃げたマスターを貫く。既に大通連はそのために配置し、メルトリリスを制している。

 ごく単純な話だ。メルトリリスとマスターを同時に狙えばいい。たったそれだけで、スズカはあの即興主従を当然のように殺戮できるのだ。

 

 そう、ごくごく単純な話なのだ。

 

「―――だったら! 私が一緒に進めるように前に道を切り拓いて、メルトリリス!」

「―――――」

 

 離れてしまったら攻撃を防ぐメルトリリスの負担が倍増する。

 逃げようとすれば立香が逃げ切るまでその負担が終わらない。

 ならば、道はひとつだろう。

 

 立香も一緒になって、スズカの許まで突撃する。

 そうして真正面からスズカを撃破すれば、この負担は最短で終了するだろう。

 恐らくはそれが最善。それしかないのなら、やるだけだ。

 

「令呪を使う! あなたの最大最高の一撃を!」

「ああ、本当に……貴方は、私が思い描いた通りの―――」

 

 微笑んで、突撃姿勢に入るメルトリリス。

 息を吐かず走り出した立香に追従しながら、彼女は剣の雨を防ぎきる。

 

「馬鹿じゃん。だったらこのタイミングで防ぎ切れないように全部降らせるだけだし」

 

 握った簪を翻せば、スズカの意志が天に昇った黄金の剣に伝わる。

 メルトリリスはともかく、藤丸立香はいまさら方向転換などできまい。

 ならばいい、ここで全弾射出。

 飽和攻撃でマスターひとり、根こそぎ吹き飛ばしてしまうだけだ。

 

「全部降らせるだなんて、そっちこそこちらも望むところ。雨粒ならともかく、それが激流であるのなら、私が昇ってアナタごと溶かしてあげる―――!」

 

 黄金の濁流を前にして、メルトリリスが凄絶に笑う。

 

 ハイ・サーヴァントである彼女が放つのは、女神の神核が持つ“流れるもの”への権能を元に構成された宝具。快楽のアルターエゴである彼女が持つid_es(イデス)、“メルトウイルス”を戦闘レベルに落とし込んだ、相手を溶かし尽くす必殺の機能。

 

 立香に伴い、激流となって駆け上がるメルトリリス。

 それを笑い、剣の雨を滂沱と降らせるスズカ。

 

 ―――その衝突の、2秒前。

 

「“王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)”――――!!」

 

 二人の間を通るように、色とりどり十二色の極光が空を過ぎ去っていった。

 圧倒的な破壊力でもって、降り注ぐはずだった黄金の雨を強引に吹き飛ばしながら。

 

 眼前を通り過ぎていった十二の光。その破壊力は、見た限りでもランクにしてA+。

 それを視認した瞬間、二騎のサーヴァントが激突を選べなくなった。

 “天鬼雨”を弾かれたスズカのみならず、メルトリリスとて不用意な攻めを行えない。スズカを狩りに行った瞬間、あれで側面を衝かれるような真似をされるわけにはいかない。

 

 宝具を撃ち落とされてスズカが顔を大きく顰める。

 床に落ちる黄金の一刀、大通連。

 それを見て、スズカがすぐに剣を神通力で回収しながら後ろへと跳んだ。

 

 急には止まれない立香の前に回り込み、屈んだ体勢で背中で受け止め。

 強引におんぶの状態に持ち込んだメルトリリスが、大きく後ろに向かって跳ぶ。

 

「なんだっての……!?」

『…………』

 

 画面の中から経緯を眺めていたBBが顔を歪める。

 この場でそれの正体を知っているのは。知れるのは、彼女だけだろう。

 

 着地したメルトリリスの背中から転げ落ちる立香。

 彼女とメルトリリスもまた、突然の事態に光が放たれた発生源へと顔を向けた。

 

 そこに立つのは少年。間違いなくサーヴァント。

 銀の交じる黒髪に、騎士然とした白装束。

 裏地が水色の白いマントを大きくなびかせながら、少年騎士は無邪気に笑う。

 

「たのもー! そして先に謝っとく、すまん! 事情がさっぱり分かってないが、とりあえず話に割り込むために宝具を使わせてもらった! いや、でもマジで状況わかってないから他意はないって事だけは分かって欲しい!」

「―――――――!」

 

 波打つ刀身の剣、フランベルジュを床に突き刺して。

 謝意を示すように手を合わせる少年。その態度―――いや、彼の剣を見て。

 メルトリリスは一切気を抜かず、戦闘態勢を継続した。

 

 そんな態度を見て、つい立香は彼女の袖を掴んで引く。

 肩を引かれて気付いたのか、メルトリリスは仕方なさげにそこで止まる。

 彼女は敵から注意を逸らさないまま、背後のマスターへと声をかけた。

 

「……なにかしら、マスター。あんなBB並みに怪しい奴、さっさと始末するべきだと思うけれど。アナタ、この特異点の解決のためにここにいるんでしょう?」

「それはそうかもしれないけど……正直それほど怪しく思わないというか、もっと怪しい人が日常茶飯事というか」

『ぶー! 唐突にわたしをディスるのやめてくださーい! いったいわたしのどこがそんなに怪しいっていうんですかー?』

 

 白銀の刀を手に黙り込むスズカの横で、BBは不満たらたらに呟き続ける。

 そんなやり取りを眺めて、一度頷く少年騎士。

 

「お、やっぱここおかしくなってる場所ってわけか。だよなぁ……そうじゃなきゃありえねえって感じの事起きてるっぽいし。よし、じゃあ俺もその事件解決とやらに協力させてくれ!」

「はぁ?」

 

 少年騎士はさっさとそう決めて、立香の方へと歩んでくる。

 咄嗟にその前に立ちはだかるメルトリリス。

 少年はマスターとサーヴァントならそうなるよな、と一度納得顔を浮かべて。

 しかし対峙したメルトリリスを直視した瞬間、彼は僅かに顔色を変えた。

 

「……その不躾な視線、なにかしら?」

「いや、何でも。あー……そっか、そうだよな。はぐれのままじゃ危ないってのは道理だ。けど信じて欲しい、っていうかさっきの宝具で実は魔力がかなりピンチなんだ。

 そこのマスター、戦力が欲しいんだろう? よければ俺と契約してほしいんだが……それにそうしておけば、俺がもしも敵だった時は令呪を使って止められるだろ?」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声はメルトリリスから。

 そんな彼女の反応を見て、困った風にする少年騎士。

 目の前の二人を見つつ、立香は己の手の甲を軽く撫でた。

 

 敵だった時、令呪を使う?

 彼女の、カルデアの令呪にそんな目的で使える機能はない。

 この少年は、自分が知る物と違うルールを知っている。

 

「うん、分かった」

「ちょっと!!」

 

 メルトリリスから罵声が飛ぶ。

 苦笑しながら彼女を抑えると、苦虫を噛み潰したような顔。

 

「即答! 新米サーヴァントとしちゃ、ありがたいってもんだ!」

「私は藤丸立香。セラフィックス……このSE.RA.PH(セラフ)で起こっている問題を解決しにきた、カルデアからのマスターだよ」

「ん。うん、名乗られたら名乗り返さなくちゃだな。聖杯戦争なら隠すものなんだろうが、この状況だとそうする理由もないだろう。ああ、もちろん名乗るとも。

 ―――我が真名()はシャルルマーニュ。セイバー、シャルルマーニュだ。よろしく!」

 

 それを呆然と見ていたメルトリリスが、ふと気づく。

 いま目の前で行われた光景。それはこの場所で初めて、このマスターが自分で名乗り、サーヴァントから真名を名乗られる、という一大行事だったのだ、と。

 

 

 

 

 

 これより始まるは聖杯戦争。

 128騎が乱れるルール無用のバトルロイヤル。

 

 懸けられた願いはただ一つ。

 たった一つのささやかな願い。

 

 あの日、見たものを。

 見過ごさずに、救ってしまえるような。

 

 ―――ただ、そんな風に。

 暖かな春風のように、生きたかっただけ。

 

 

 




 
 Bルート、CCCで2週目的なサムシング。主人公は藤丸立香。ラスボスは特に邪魔される事もなく羽化待ち。相手の盤面をリリースして崩しながら登場するその姿はまさしくラーの翼神竜。
 基本的に2週目と1週目を交互に進めます。次回は1週目通常ルートの1話目、その次はまた2週目の2話目、みたいな。ルートごとに主人公とラスボスが違います。
 BBちゃんは共通でBBちゃんです。
 
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