Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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喜劇の開演1607

 

 

 

「ったく、人が折角やってやってるってのに……」

 

「ほう、オルタ殿は魔術師殿たちが()()の相手をするべきではない、と?」

 

 髑髏の面の奥にある瞳が、漆黒の炎で燃焼する人形を見据える。

 彼女が燃やした白い躯体は融解し、崩れていく。

 そんな中でも完全に壊れる間際まで、歌姫を称え続けていた。

 

 その末路を見届けながら、彼女はアサシンの言葉に舌打ちした。

 

「別にそんなこと言ってないでしょうが。

 私はアレよ、バーサーカーに一言物申したいだけよ」

 

 竜の魔女、ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 サーヴァント、アヴェンジャー。

 

 彼女は何やら突然この新宿に召喚され、投げ出された。

 世界を滅ぼすために生み出され。世界を救う旅路を手伝って。

 まあそこそこ満足して消えた、はずだったのだが。

 

 本来存在しない、復讐者に堕ちたジャンヌ・ダルクという願望。

 それが英霊、サーヴァントとして成立したのは、人理焼却の最中だったから。

 それは解決した筈だというのに、またも彼女は現世に迷い出た。

 しかも召喚された世界は特異点化し、ろくでもないことになっているときた。

 

 ―――アンタら、まだやってんの? と言いたくなる。

 

 状況は分かりはしないが、そうならもう仕方ない。

 別にやりたい事があるわけでもないのだ。

 今更世界を滅ぼす側に、とかいう気分でもない。

 というか仮にそうするとしても、誰かの下についてやるなんてゴメンだ。

 どうせやるならキッチリ、自分が頭になって世界を滅ぼしてやる。

 

 というわけで。

 しょうがないので彼女は、解決側として適当に動いていた。

 

 そうしていたら、だ。

 剣で切り裂き、真っ二つにした人形を見て、理解してしまった。

 コロラトゥーラと呼ばれるバーサーカーのしもべ。

 

 あれが、生きた人間を素材にして造られたものであると。

 

 ……別に、それを知ったところでマスターたちは揺るがないだろう。

 できる限り避けてはいたが、別にカルデアも人死にや人殺しと無縁だったわけではない。

 

 例えば人が素材にされた敵、といえば。

 第七特異点、メソポタミアにおいて戦った魔獣も、ほぼ全てそうだったと判明している。

 

 原型が残らないほどに変生するのと、生きたまま素材にされ改造されること。

 工程の違いはそんなもので、実際そう差はないだろう。

 当然、神代の大魔獣が産む魔獣と、怪人の手による人形では、戦闘力が桁違いだが。

 

 だから、別に。

 それだけならば気にならないし、気にしないのだけど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何となく感じる。

 これをやらせている連中は、バーサーカーに期待などしていないのだ。

 ただ、この悪趣味なだけの光景を作りたがっている。

 

 理由に必要性もなければ、動機に悪意すらない。

 

 これは戦力として効率的だからやっている、とか。

 こうしてやれば誰かを苦しめられるから、とか。

 ただ楽しいからやる、とかそういう悪趣味ですらない。

 

 無意味だと理解した上で。

 やらねばならないという事はないし、やりたいというわけでもない。

 それを確信した上で、それでも積極的に行っている地獄の製造。

 

 だから、気に入らない。

 

 ―――例えば大魔獣ゴルゴーン。

 彼女はティアマトの代行者として、復讐のためにそれを為した。

 

 生産的な理由などない。

 相手を苦しめたいという感傷だけで、それを行った。

 そういうのなら別にいいのだ。是非は別にして、納得はできるから。

 

 自分が苦しんだから、相手をそれ以上に苦しめてやりたい。

 オルタとしては、その思考にニセモノの復讐者として共感さえする。

 この考えは悪だろう。正当化するつもりもない。

 それが復讐者という人種の心境、真実だ。

 

 怨念と憎悪を燃料に邁進する、ブレーキの壊れたモンスター。

 呪いは尽きぬ、恩讐は終わらぬ、といっても限界はある。

 最終的には機体が耐え切れず空中分解か、エンジンが焼き付いて墜落か。

 そういうものなんだから、それはいい。

 

 だが、バーサーカーは―――

 彼に限らず、この特異点の在りようはそうじゃない。

 この悪意を煮詰めた地獄を織り成すのは、けして悪意からじゃない。

 

 悪が為されるのは世の常。この猟奇こそが人の世である。

 だからこれは、人が呼吸をするように、当然のことをしているだけ。

 そう言っているかのような―――

 

「バーサーカーに?」

 

 不思議そうに首を傾げるアサシン。

 彼の声に思考を打ち切って、オルタが鼻を鳴らした。

 

 それはまあ、あの怪人に何を言ったって無駄だろう。

 普段通りならもしかしたら、多少話も通じるかもしれない。

 だが狂人としての側面が強調されたバーサーカーでは会話になるまい。

 いや、正直なところ時間神殿ですらまともに会話できた記憶はないが。

 

 そして別に彼に特別に思うところがある、というわけではない。

 

 彼女が当時のフランスで呼んだものも、バーサーク・アサシン。

 イカれた狂人なりの理性を剥奪し、更に狂気を増幅させたものだった。

 もちろん彼女はそれを謝罪するような殊勝な性格もしていないが。

 

「……まぁね。フランスでアイツを呼んだことがあったからその縁で、今ここではぶっ飛ばして解放してやってもいい気分、ってだけよ」

 

 だがまあ、ロクでもないことをしていたとは自認している。

 いつぞやは狂化させた代わりに、今回は狂化を晴らしてやる。力尽くで。

 まずあれに照準を合わせたのは、その程度の考えに過ぎない。

 

「―――ああ、なるほど。前回の召喚の縁、ということですな」

 

 深く頷くアサシン、ハサン・サッバーハ。

 暗殺教団の教主、山の翁。その中で呪腕のハサンと呼ばれた者。

 オルタにとっては、かつてカルデアで同じマスターに仕えた同僚。

 

 彼に対して胡乱げな視線を向けながら、オルタは剣を鞘に納める。

 

 彼女のねぐらに現れたハサン。

 彼はマスターたちがこの特異点にレイシフトしてきたと伝えた。

 そしてまずは歌舞伎町から攻略するつもりのようだ、と。

 

 今の彼らは、歌舞伎町で戦う分には戦力的にまず問題ないだろう。

 なので彼は、カルデアとの合流よりこの情報をオルタへと伝える事を優先した。

 そうして揃って合流できれば、その後はいつも通りになるだろうという判断だ。

 

「……にしても、耳障りったら」

 

 街中に設けられたスピーカー各所から聞こえる歌姫の声。

 それが一区切りを迎えるたびにところどころで弾ける、コロラトゥーラの喝采。

 

 ―――そうして顔を顰めた途端、路地裏から現れる白い躯体。

 それを旗で一薙ぎし、同時に炎上させる。

 残骸を吹き飛ばして転がしながら、彼女は一際強く舌打ちした。

 

「あれらは街中に蔓延っていますからな、流石にどうにもなりますまい。

 早急に合流し、一点突破でバーサーカーを討ち取るのが上策かと」

 

「ま、そうなんでしょうけど……」

 

 足を止めることなく、ハサンの誘導に従い進むオルタ。

 どうやら彼は敵が少ないルートをきっちり選択しているようだ。

 これならそう苦労もせず、合流できるだろう。

 

 旗を振るって手から消し、無手になった彼女が苛立たしげに髪を掻き上げる。

 ハサンはそんな彼女を先導するべく、少し足を速めた。

 

 

 

 

速射(シュート)!」

 

 ばら撒かれる青い光弾。

 それらが全て、巌の巨人の体を打ち据える。

 衝撃に揺れる肩の上で、道化の人形が笑い転げるように跳ね回った。

 

 そんな弾幕を物ともせず、巨人が手にした大剣を振り上げる。

 岩をそのまま削り出したような刃の、リア王自身の身の丈ほどもある大剣。

 

「ふむ。道化を連れ、王冠をつけた放浪者。リア王だネ」

 

『リア王……? あれが、ですか?』

 

 暴れ狂う岩の巨人。

 そんなものをリア王と呼ぶプロフェッサーに、マシュが首を傾げた。

 

 彼が持ち上げていた棺桶が展開する。

 瞬間、その中に収められた砲口から吐き出されるロケット弾。

 弾頭がリア王の腹部に衝突し、爆炎を撒き散らした。

 

 押し返された巨体はビルに激突。

 そのまま建物を削りながら、地面に引っ繰り返ってアスファルトを砕く。

 

 巻き上げた砂塵に呑まれる巨人。

 それにより戦闘が止まったを見て、ロマニがプロフェッサーに言葉を向けた。

 

『つまり、キミの語ったキャスターっていうのは』

 

「ウィリアム・シェイクスピアだヨ。

 いや、もちろん直接見たわけではないから確実ではないが。

 しかしロミオとジュリエットは自分たちがそうである、と自己紹介してたからネ」

 

 ああロミオ、おおジュリエット、などと。

 そういって彷徨う怪物も存在するのだと、彼は口にする。

 ロミオとジュリエットがいて、道化を連れた彷徨う王がいる。

 であるならば、それはシェイクスピアの犯行だろう。

 

 重そうにしていた棺桶を降ろしつつ、肩を竦めるプロフェッサー。

 

「ロミオとジュリエットってそんな怪物が出たみたいに話すやつだっけ……」

 

「この世で最もおぞましいモンスターは人間の愛、って奴ですよー」

 

 魔力を充填しながらそんな風に言葉を交わす紅玉のコンビ。

 ステッキの先端に集う魔力は大きくない。

 だがそれを薄く、鋭く、引き延ばしてみせるイメージでカタチにする。

 

「まず剣を狙って!」

 

 マスターからの指示に頷き、イリヤが地面を踏み締める。

 

 砂塵のカーテンをぶち破り、再び屹立する巌の巨人。

 その岩石の腕が乱雑に振り上げる巨大な剣。

 先程からあれの頑丈さは見せつけられている。

 真正面からぶつかっていっても、そう簡単には砕けない。

 

「合わせなさい!」

 

 クロエが叫びつつ、既に矢を番えている。

 黒塗りの弓に番えられているのは、螺旋を描く(けん)

 それは引き絞られると同時、魔力渦巻く光の矢へと変わった。

 

 その声に強く頷き、両手でルビーを握り締めるイリヤ。

 一度視線を合わせ、呼吸を揃え、まったく同時に彼女たちが動き出す。

 

「――――“偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)”!!」

 

「―――斬撃(シュナイデン)!!」

 

 二人の少女が同時に放ち、奔る閃光。

 先んじて進むのは、空間を抉りながら直進する一条の光の矢。

 それが直撃するのは、リア王の握る剣のグリップ。

 盛大な破砕音を散らしながら半壊する剣の柄。

 

 そこに更に、イリヤの放った光刃が追突した。

 罅割れ、砕けかけていた柄へと斬り込む切断撃。

 それこそが剣への致命傷となった。

 

 厚く長大な岩の剣。

 その柄となっていた部分が砕け、刃が根本から折れる。

 

 即座に反応したジオウが、肩からタイヤを射出。

 放たれたスピンミキサーが撃ち放つコンクリート弾。

 地面に叩き落とされ、硬化したコンクリートで道路に固定される刃。

 

「これで武器は奪えた……! 美遊!」

 

 突如今まで振り上げていた重さを失い、バランスを崩してふらつく巨体。

 それを見たツクヨミの声が、その頭上に舞う蒼玉の魔法少女に届く。

 少女はそれに小さく頷き、太腿に巻き付けたホルダーからカードを引き抜いた。

 

「サファイア!」

 

「了解しました、いつでもどうぞ」

 

 美遊が引き抜いたカードとマジカルサファイアを握り締める。

 少女の意志に呼応するように、カードと六芒星が一際強く輝いた。

 

夢幻召喚(インストール)……セイバー!」

 

 途端、爆発的に広がる光。夜の闇を切り裂く魔力の迸り。

 輝くのは黄金の剣と、蒼銀の装い。

 己の放つ魔力を明かりとし、刃と手甲で照り返す。

 灯りの絶えない眠らない街の中でなお、何より輝く月光の具現。

 

 そこに降臨するのは、青き騎士王。

 その姿が空中で魔力放出をもって加速し、聖剣と共にリア王の頭上から斬り込んだ。

 巨人に激突する少女。両者の間にあるのは、比ぶべくもない圧倒的な重量差。

 ただぶつかったところで、いとも簡単に跳ね返されるのは想像に難くなく。

 

 ―――だがそれを、剣の英霊は容易に覆す。

 

 聖剣に打ち据えられ、頭部が僅かに欠ける巨人。

 巨体が激突に押し切られた勢いのままに叩き付けられ、地面へ沈みこんだ。

 

 弾き返された美遊が魔力を放出し、空中で姿勢を立て直す。

 そのまま着地し、踵で道路を大きく削る。

 減速しながら聖剣を構え直す彼女が、想像以下の戦果に眉を顰めた。

 

「硬い……!」

 

「確かに、いやに硬いな。

 この街に彷徨うだけの舞台装置が、ここまで強いはずがないと思ったが……」

 

 聖剣で打ち据えられ、僅かに欠ける程度。

 如何に文豪、シェイクスピアの作品とはいえだ。

 そんな幻獣染みた硬度を持っているものが出てくるはずがない。

 

 ましていま目の前にいるのは狂気の老王、リア王だ。

 戦闘力について何らかのブーストがあるとも考え難い。

 

 であるならば、と。

 

 プロフェッサーがぱちん、と指を鳴らした。

 それで視線を集めながら、彼はそのまま推論を語り出す。

 

「恐らくは()()()()()()()()()()()()のだろう。

 Mr.シェイクスピアの作劇により、この街は物語性に侵食されている。

 幻霊を確立しやすいように整えられているのだ。

 だからこそ、この特異点では()()がとても大きな意味を持つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事実が護りになるほどに」

 

『……リア王の死は、道化と共に放浪している時ではない。

 その後に訪れる悲劇の末の話だから、いまは倒せない……という事ですか?』

 

 マシュが立ち上がるリア王を見ながらそう呟く。

 起き上がった際の衝撃で、肩の道化が大きく揺れた。

 

『―――つまり、リア王の堅牢さはある種の伝承防御に近い状態……!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 ルールを満たさなければ倒せない、特殊な護りが働いているわけか……!』

 

「まァ、今のところはそこまで完璧な防壁ではないだろう。

 力押しで崩せない事はない、というレベルに納まっているはずだ。

 この特異点の成長が行きつくところまで行けば、どうなるか分からんが」

 

 がん、と。プロフェッサーが棺桶を叩く。

 叩かれた棺桶が開き、頭を出すのは機銃の銃口。

 

 流れるように機銃が火を噴き、吐き出される弾丸の雨がリア王の頭部を襲った。

 だが全弾を確かに浴びながら、大した損傷は発生しない。

 ほんの少しずつ削られているように見える。

 が、これではいつまで経っても終わらないだろう。

 

「……けどあの防御力を力押しで吹き飛ばすなんて、そんなことをしたら」

 

 ツクヨミがファイズフォンXを引っ提げながら、美遊を見る。

 彼女の手にしている聖剣を解放すれば、恐らくは問題なく決着するだろう。

 だがこんな市街地で放てるものではない。

 

 ごく短距離で相殺が見込める状況ならともかく、ここで使えば聖剣の威光は一直線。

 街を一閃し、火の海に変えることだろう。

 

「あるいは。話に沿わせる、というかたちで考えるならば、だ。

 肩にある道化の人形の方を壊せば、狂化が進行して防御力が下がるかもしれんネ」

 

 いつでも機関銃をそちらに向ける事はできる、と。

 プロフェッサーが確認の意味を込め、立香に視線を向けた。

 

 リア王に連れ添う道化を排除する。

 確かにそれは物語をラストに向かって一歩進めると言えるかもしれない。

 だがそれで倒せるようになるかどうかは不明だ。

 狂気だけ進み、状況が悪くなるだけの可能性もある。

 

「―――もしくは、上に吹き飛ばす?」

 

 ジオウが新たなウォッチを取り出しながら、立香を見る。

 現状でも倒せないわけではない。ただ、被害を出しかねないだけ。

 ならばリア王を被害を出さない場所まで放り、吹き飛ばせばいい。

 そんな考えを聞いて、彼女は小さく眉を上げた。

 

 問題は打ち上げて倒した場合、完全に居場所が割れる事だ。

 今の場所なら距離的に恐らく狙撃はないはずだが―――

 それは相手のアーチャーが本拠地から動いていない場合、だ。

 

「……そっちで行こう。イリヤ、カードは使える?」

 

「はい!」

 

 数秒とかけずに悩みを打ち切り、彼女は己の相方に問いかけた。

 散発的に光弾をリア王に向けながら、イリヤが立香の言葉に強く頷く。

 

「美遊はビルの屋上で待機をお願い!」

 

 リア王が振り下ろす拳に刃を合わせ、そのまま受け流す。

 アスファルトを捲り上げる破砕槌の如き拳をいなしながら、彼女もまた頷く。

 この巨体を打ち上げる事が叶ったなら、最後の一撃を任されるのは彼女だ。

 

 更なる追撃を逸らし、美遊が離脱を行う。

 背を向けた少女を執拗なまでに追撃しようとするリア王。

 その巨体の足元に着弾するロケット弾が、辺りを白煙に包み込んだ。

 

「ふむ、ではどう詰めるつもりかな?」

 

「クロが崩して、ソウゴが打ち上げて、イリヤが引っ張って、美遊が吹き飛ばす。

 これでいけると思う」

 

 周囲を満たす白煙に苛立つように腕を振り回すリア王。

 主人の肩で跳ね回る人形。

 そんな相手から姿を隠しつつ、立香がプロフェッサーに問われ流れを通達。

 

 彼女の言葉に一度頷いたイリヤが、あれ、と首を傾げた。

 

「え、引っ張る?」

 

「なるほど、確かにエクスカリバーがあれば砲撃はいらないでしょうねー」

 

 てっきり自分の仕事はキャスターでの砲撃かと思っていた少女。

 それが引っ張ると言われて、何をかと考え、ふと気付く。

 

「持ち上がる、のかなぁ?」

 

 人型の岩の塊に見える巨人。

 その重量を考えると、流石に投げ飛ばす、というのは余りにも。

 そうして及び腰の彼女に対し、ジオウがウォッチを起動しながら言う。

 

「俺が打ち上げるのに合わせて全力でやれば、結構飛ばせると思う」

 

〈ジオウⅡ!〉

 

 起動したウォッチを二つに割り、彼は己の持つ最高最善の力を発揮する準備を整える。

 一度はそれと相対して競い合ったとも言えるクロエ。

 彼女が肩を竦めて、目的に向かう体勢に入った。

 

「聖剣の効果範囲を考えると、できれば真上に近い角度で撃ちたいものね。

 ―――じゃあ、さっさと始めちゃうわよ!」

 

 イリヤの逡巡を気にせず、真っ先にクロエが疾走を開始した。

 動き始めるのであれば、もうストップは出来ない。

 タイミングを合わせ、リア王を打ち上げねばならないのだから。

 

「もう……! ルビー!」

 

「はいはーい!」

 

 イリヤが空を翔ける。

 目指すのは、今まさに美遊が駆け上がっていく最中のビル。

 美遊はそのまま屋上に向かうが、彼女は壁面の張り付くような位置で停止だ。

 射程距離を考えると、その位置が最善だろう。

 

 ―――白煙の中で暴れるリア王の前で、赤い外套が躍る。

 

 即座にそれに狙いを定め、拳を振り上げる巨体。

 腕を振り上げ、拳を握って、全力を尽くして突き出す。

 重いながらも故に力強い。

 その拳の動きに合わせ、少女がうっすらと微笑んで。

 

 空気を叩く、全力の拳撃。

 その拳をぶつける対象として狙い澄ました少女。

 彼女の姿が拳を振り込んだ瞬間に消失する。

 

 直後。

 リア王が道化を乗せたのとは反対の肩を、黒いブーツが踏み締める。

 

「お生憎様、あなたの放浪はここで幕引き。

 ま、最期まで演じさせてあげるのが幸せかどうかは判断の分かれるところでしょーけど!」

 

 少女が巨人の肩の上で腕を一振り。

 それに従うように無数の剣が現れて、真下に射出された。

 リア王の足元に突き刺さる無数の宝剣。

 確かに突き刺した剣に、設置完了、と軽く口端を上げるクロ。

 

「――――――ッ!!」

 

 狂気の咆哮とともにリア王が腕を肩に伸ばす。

 クロエを掴まえんと捻り上げられる上半身。

 そんな動作を見届けて、即座に飛び退いてみせるクロ。

 

 空中に身を投げた少女を追う巌の掌。

 今度は転移するまでもないと、彼女は声を張り上げた。

 

「イリヤ!!」

 

「―――夢幻召喚(インストール)……!」

 

 壁に張り付き、少女の手の中でカードが輝く。

 

 吹き荒れるのは毒々しさすら感じさせるバイオレットの輝き。

 ピンクを基調とした少女の衣装が、その輝きととも変化していく。

 

 変わる衣装は黒いボディコンミニドレス。

 蛇のように髪を靡かせる彼女の顔には、右目を隠す眼帯が装着される。

 手にした武装はルビーから鎖の伸びる杭のような短剣。

 

「ライダー!!」

 

 じゃらり、と。一度鎖を鳴らした彼女の手首が強く跳ねた。

 伸びきった短剣から垂らす鎖。それが大きく波打つと、リア王を縛り付ける。

 

 少女の体に宿る英霊―――反英霊こそ。

 やがて怪物に変生する運命を背負いし、ゴルゴン三姉妹の末妹。

 メドゥーサの怪力を発揮したイリヤが、蛇のように壁に張り付いたまま踏み止まり。

 その細腕で、一気呵成に鎖を引き絞った。

 

 自分の腕を振り上げた勢いに合わせ、更に尋常ならざる膂力に引っ張られる。

 その力を殺し切れず、大きく揺れる巨体。

 

「では、レディ。私と一緒に崩そうか?」

 

「―――別にいらないけど」

 

 微笑むプロフェッサーにゴン、と叩かれた棺桶。

 そこから現れる砲口から放たれるロケット弾。

 

 飛んでいく弾頭を見て、溜息交じりに目を細めて。

 空中で体勢を立て直しつつクロエは、それの着弾に合わせて指を弾いた。

 

 ――――爆発。

 直撃したロケット弾のみならず、リア王の足元に刺さった無数の宝剣。

 それらが一気に爆炎を撒き散らし、巨人の体をおおいに揺らして。

 

「じゃあ、せーの、で」

 

〈仮面ライダー!〉〈ライダー!〉

 

 そんな爆炎の中を悠然を歩いて抜けて。

 黒と銀の装甲が、双つ重なる大時計を背負いながら、リア王の足元に現れる。

 

 そのまま引っ繰り返ろうとしている岩の巨人。

 そんな相手の真下に立ち、彼は右手の拳を強く握った。

 途端に拳を覆うように渦巻くエネルギー。

 

〈ジオウ!〉〈ジオウ!〉

 

 大時計が解けていく。代わりに織り成される“ライダー”の文字。

 炎と煙を引き裂いて、“ライダー”の文字が飛び出してくる。

 飛行するそれが勢いよく彼の頭部に嵌り込めば、その力は更に高まっていく。

 

 全身に力を漲らせ、張り巡らせるのは特殊フィールド。

 彼の能力を確固たるものにする力の発露、マゼンタリーマジェスティ。

 

〈〈ジオウⅡ!!〉〉

 

 姿を完全に現したジオウⅡ。

 その頭上に倒れてくる巨人。

 頭の上に現れた巨人の天上をゆるりと見上げ、彼は腰を僅かに下げた。

 

 視覚化するほど高まり、極彩色に輝くマゼンタリーマジェスティ。

 そんなものを纏った拳を振り上げるために、ジオウⅡが強く大きく踏み込んだ。

 

「せえっ!」

 

「のっ!!」

 

 下から打ち上げるジオウⅡ。上から引き上げるイリヤスフィール。

 揃って二人で声を合わせて。

 

 振り上げられるアッパーカット。

 倒れてくる巨人の胴体に叩き付けられる拳撃。

 

 全力で真上に吹き飛ばすために放たれたそれと、同時に。

 少女の腕が、全力で短剣と繋がる鎖を引き上げる。

 

 リア王の巨体が重力に逆らい、空に舞う。

 それを打ち上げるのは、堅牢な胴体を罅割れさせるほどの一撃。

 同時に引き上げるのは、怪力無双を誇る反英霊の膂力。

 

 完全に同期した、リア王を上空に運ぶために行われる行動。

 

 二人のライダーに射出された超級の岩の塊は、はたして。

 ―――確かに、新宿の空に飛んでいた。

 

 轟音と共に打ち上げられた巌の巨人。

 投げる瞬間に鎖が解かれ、彼が自由を取り戻し、しかし。

 彼は空中で動けるような存在ではない。

 

 そんな王の肩の上で、けたけたと道化の人形が大きく揺れた。

 

 そうして新宿の街の灯りが一望できるほどの高さを得て。

 彼は地上に。その中にあるビルの一つに。ビルの屋上に立つ一人の少女の手に。

 ―――かつての王の、輝かしき最強の幻想を見た。

 

「この高さなら……」

 

 溢れ出す蒼銀の魔力放出。

 それを塗り潰すほどに立ち昇る、黄金の魔力。

 聖剣となったサファイアを握り締め、美遊はその光を振り被る。

 

 リア王の巨体は既に空高くにある。

 この位置取りならば、確保できる射角は60°程度。

 これならば、

 

「地上を焼き払う憂いもない――――!」

 

 聖なる剣を纏う、黄金の輝きを振りかざす。

 悪性に鎖された新宿の夜の街。

 そんな地上で、星の光が瞬いた。

 

「“約束された(エクス)――――勝利の剣(カリバー)”ァアアア―――――ッ!!」

 

 少女が一閃するのは星の聖剣。

 その軌跡から放たれる斬撃が曳く、黄金の極光。

 迸る光は大地から天空へと墜ちていく流れ星が如く。

 夜空を両断する、天へと昇る柱となった。

 

 ―――その軌道上にいたリア王には、それを耐える術などなく。

 道化師と纏めて、狂乱の王は光の中に消え失せた。

 

 

 

 

 ガサリ、と。ハンバーガーの包み紙を握り潰す。

 いま正に空を裂いた極光。

 あまりにも身に覚えがあるそれに、彼女は少しばかり目を細めた。

 

「……ふむ、誰が揮っているのか知らんが」

 

 まあ、()()ではあるまい。

 いまの一撃が担い手によるものかどうかくらいは、遠目でも十分に分かる。

 

 まして、今の新宿では属性(アライメント)が善よりのものは呼ばれない。

 仮に呼ばれても、その時点で属性が反転したものになる。

 であるからこそ、通常のアーサー王がいるはずがないのだ。

 

 ただまあそこはどうでもいい。あれを放ったのが誰でも関係はない。

 重要なのは一つ。星の聖剣は揮う者の魔力に染まる、ということ。

 揮う者が悪性に染まれば、聖剣もまた黒く染まるのだ。本来の担い手でなければ、どのような悪人であろうと、聖剣を黒く染めるまではいかないだろうが。

 

 いま空を切り裂いたのは、正しく黄金の光。

 その事実だけで、聖剣を揮った者が善なる者だと確信できる。

 

 あそこには善なる者がいる。

 この新宿特異点に召喚された場合、サーヴァントは例外なく悪性に染まる。

 ―――で、あるならば。

 

 あれは、此処に呼ばれるサーヴァントとはまったく別の勢力。

 恐らくはカルデアだろう。

 状況が動く。それだけは確実なのだから、喜ばしいことには違いない。

 

 とりあえず、確かめに行かなければならない。

 距離もそう離れていない。

 キュイラッシェ・オルタならば数分以内にあそこまで―――

 

「………………」

 

 と、考えていた彼女が静止する。

 くるりと振り返り、視線を向けるのは己の相棒。

 この現界で得た愛機(バイク)、キュイラッシェ・オルタ。

 

 鈍色の装甲を纏ったマシンには、荷物が積まれていた。

 それはもう強引に紐で縛り付けただけのものだ。

 荒らされ放題の街から探し出し確保した、大量のドッグフード。

 

 こんなものを縛ったまま戦闘などしたら―――

 もちろん、彼女にとってこの程度の物品は何ら重荷ではない。

 だが彼女の戦闘やキュイラッシェ・オルタの全速に、これはついてこれまい。

 エンジンをぶっ飛ばした瞬間に袋が千切れ、無惨な事になるのは想像に難くない。

 

 十秒間、たっぷり逡巡。

 

「……一度、ねぐらに帰るか」

 

 仕方なし、彼女は先に自分の拠点へと一度帰る事にした。

 安全運転で。

 

 

 




 
 言うほどすぐ死ななかった。さスプリガン。
 この特異点では、どんなに追い詰められても水場に落ちてしまえば戦闘中断で、絶対に死なないというお話。さす神田川。
 

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