Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
このSE.RA.PHにおいて、サーヴァントがそこにいる事。
それ自体が、殺生院への警戒網になっている。
いかにサーヴァントとはいえ、1騎では殺生院とは戦えない。だから彼女には、大帝に見つからないよう、サーヴァントを徐々に切り崩していく、という手段がないわけではない。
だが一度見つかれば大帝からの攻撃に容赦はない。大帝―――機動聖都からの砲撃を受ければ、彼女もまた無事では済まない以上、見つかるわけにはいかない。
しかしサーヴァントが欠けるという事は、大帝の支配しているエリアが解放されるという事だ。それくらいはわざわざ確認せずとも、当然のように彼には分かってしまう。彼はそのセクターが自分の支配下から消えた瞬間、考えるより先にそこを爆撃すればいい。その絨毯爆撃では仕留めきれずとも、その上でカルナを筆頭としたサーヴァントを差し向ければ、トドメを刺せるだろう。
だから殺生院は潜むしかない。膠着せざるを得ない。
そして、膠着状態ならそれはそれでいい。
このまま海の底に沈んでしまえば、カール大帝は目的を果たせるのだから。
「―――ですが、何故」
大帝は既に勝利している。
128騎を油断なく動員すれば、覆される余地は一切ない。
それを理解している白衣の男が玉座の前で、大帝を見上げた。
「あなたは何故、カルデアのマスターを……いえ、アルターエゴを見逃すのです?」
「ほう、余がアレらを見逃していると?」
おかしげに、カール大帝は男を見下ろした。
その視線を正面から受け止め、微動だにしないのはサーヴァント。
アーチャー、アルジュナ。
「結局のところ、私たちの行動指針はマスターの声。彼らの消えたくない、という叫びを聴いたからここに呼ばれたのです。あなたはそれを拾い上げた。だから私たちはあなたに従う。
……ここは特異点。解消された時点で特異点化する前まで状態は回帰することでしょう。元凶である魔神は消滅した。であれば後は、あの毒婦を排除し手放してしまえば、2030年にシフトする以前にまでは状態を戻せる。そうなれば、セラフィックスにいた人間も一定数は助かるかもしれません。魔神の暗躍が表面化する以前に失われた者たちは無理かもしれませんが……
ですが、天体室にいたマスターたちは完全に助からない。彼らは始まる前に既に終わっていた。始まる前から鎖されていた彼らの未来は、取り戻しようがない。もはやあの叫びは、電脳に焼き付いたサイバーゴーストのものでしかないのです」
アルジュナの言葉に対し、大帝は口を挟まない。
この聖杯戦争のマスターは誰一人助からない。
そもそも聖杯戦争が始まった時点で、人間としては終わっていた者たちだ。
だからこそ、あれほどに凄烈な叫びを星に向かって放てていたのだ。
「だからこそ、私たちはあなたを否定しようがない。単純に解決したのでは、我らのマスターの“死にたくない”という願いが果たされることはないのだから」
もう終わった話、叶わない生存のための願い。
だがだからといって、それを無情に蹴倒すようなものは最初から召喚されまい。
例え結末がわかっていようと、一秒でも永くその命のために戦う。
それはあの声に応えた者としての責務だろう。
「故に、余の“
彼は拾う。無惨にも電脳に散るだけだったはずの叫びを。
128基の実験器具を、128人の声として受け止める。
アルジュナが僅かに目を細めた。
カルデアに敵対する気はない。真に敵と呼べる者は、殺生院だけだ。
だがカール大帝が命令を下せば、カルデアとも戦うだろう。
“
だというのに。
「……正直に言いましょう。あなたが何を考えているかが分からない」
カール大帝はカルデアに対し、それどころかアルターエゴにさえ。
いっさい敵対の意志を見せない。
それを望むなら、と。
一切合切を承知したとばかりに納得し、飛び立ったカルナが恨めしい。
理解したのか、内容以前に望まれたからそうしただけなのか、それは分からないが。
「普遍を望み、この星と同化し、平和をもたらす。生命の―――文明の救済者。それを望むのであれば、カルデアを見逃す理由がない。それどころかアルターエゴまで」
彼は地球の核まで沈降し、地球と同化しようとしている。
それの是非は、サーヴァントである自分の立場からは問わない。
だがそれを成し遂げたいのであれば、カルデアを敵としない理由がない。
全ての命を自分と同化する。カール大帝でさえ、セラフィックス―――SE.RA.PHを当たり前のように統一した彼でさえ、ギリギリの大偉業だろう。
そんな状況で邪魔をしにくるだろう相手を野放しにする理由とは。
「ほう、“
「―――いいえ、私の出自はまったく関係がない。
理解はできないが、あなたはあなたなりにやりたいことをやっている。それは分かっている。だから賛同した。そうでなければ、“
きっぱりとそう言い切ったアルジュナに対し、大帝が笑い声を噛み殺した。
「そもそもの話、私たちが否定するのはあの女のみ。あなたとカルデアの決戦がこの星の趨勢を決めると言うならば、少なくとも私はそこに手を出しません」
生きたい、と望む者たちの道標だからこそ。
英霊、サーヴァントとはそういうものであり、そのために此処にいるからこそ。
彼らは積極的にカルデアを阻もうとは思わない。
天体室で行われていた所業が白日の下に晒される事。あるいはそれを救いとするならば、それはカルデアが勝者になった時にだけ訪れる結末でさえある。
そうと考えてしまえば、彼らはカルデアに味方をする理由さえあるのだ。
「ならばよかろう? 余は奴らを阻む必要はない、と言っておるのだ。
無論、貴様らがそうしたいと望むのであれば、それを阻むこともしないが」
「嘘ではない。嘘ではないからこそ、こちらも判断に迷う」
彼の望みに嘘はない。地球と同化し、普遍なる平和を。
それは大帝が心底望む願いなのだろう。
だがそれの達成を阻みかねない連中の放置も、彼が心底望むこと。
一体何を望んでいるのだろうか、この男は。
そうした苦い表情を見てか、大帝が口端を軽く上げた。
「なに、少しな……若かりし頃を思い出したのだ」
過去の自分を嘲るように、大帝が笑う。
その反応は予想外だったのか、アルジュナが面食らった。
「少女であったな、奴らは」
「……? アルターエゴ、のことですか」
突然の話題の転換。それに対し困惑を見せるアルジュナ。
だが大帝の中でそれは連続した内容なのか、気にした様子もない。
「ああ……アレらのような者たちも少女になれるのだな、と。
そう思っただけのことだ」
ジ、と。僅かに空間にノイズが走る。
アルジュナが反応するが、カール大帝は軽く手を挙げてそれを制した。
どうせBBが盗み聞きしているだけだ、どうでもいい。
パッションリップを見なければ思い返さなかったろう。
メルトリリスがあれほど鋭くなければ思い至らなかったろう。
奇縁とはこのことか、とカール大帝は呆れるように笑った。
と、そこで。
「―――む? ひとつ、セクターが我が支配から逃れたな」
「カルデアですか」
殺生院であればこの余裕はあるまい。
そうであれば彼は無言のまま、そのセクターごと全て灰燼に帰すだろう。
だが彼は支配地域が減ったことを気にもせず、小さく笑った。
「いいや、あそこはどちらでもなかろう。
……アルジュナ卿よ、貴様も気を付けるといい」
「と、言いますと」
「生真面目も過ぎれば、思考を止める怠惰と変わらん。
如何に大いなる使命があろうとも、自室では気を抜くくらいがちょうどよかろうさ」
玉座に肘を置き、拳に頬を乗せる黄金の王。
アルジュナが送るのは、ここは自室ではなく玉座だろう、という視線。
「それで、どうするのです」
「サーヴァントが動く必要はない。ただ支配を維持するためだけならば、代わりに配置するのは
サーヴァントがいるからサーヴァントを配置しているだけ。
監視の役割をさせるだけなら、SE.RA.PHが作り出す兵士でも事足りる。
柔軟性は落ちるが、彼一人でもSE.RA.PHの支配は維持できるのだ。
もっとも、サーヴァントがいなければまず殺生院を弾き出すのが難しかっただろうが。
「オリジナルの
このSE.RA.PHの再現であれば、完全同化した上で自在に動かす程度の余裕はある」
―――ムーンセル・オートマトン。
月面、地表を除いた月そのもの。全長にして約三千キロメートルのフォトニック純結晶体。地球の誕生より全てを記録した自動書記機構。それと比較してしまえば、現行の人類が持つ最高峰コンピューターでさえ石器同然でしかない、超抜級の演算装置。
異常なのはそんなものを六割までなら支配できる、と何ごとでもないように語る大帝だという話だ。そんな男であれば確かに、あくまで油田基地を電脳化しただけのこのSE.RA.PHや、地球ですら同化できると断言できるだろう。
「……まあ何もしない、というなら構いません。監視の目が緩む以上、そこに殺生院が潜む可能性もあるわけです。確認だけはしておきましょう」
苦笑するような表情の大帝に対し、アルジュナは一度礼をして、その場を後にする。
カルデアならいいが、そこに殺生院が紛れないとは限らない。
異常があればカルナも向かうだろうが、彼が眼を向けておいて損もないだろう。
そうして出ていく男の背を見送りながら、大帝は軽く肩を竦めた。
メルトリリスの提案は、単純なものだった。
サーヴァントは殺生院に対する警戒。
であれば、崩していいのはその役割を果たせていない場所。
つまり狙うべきは殺生院を捜索するという役目が疎かなバーサーカー。
殺生院ではなく、自分たちの仕業であると示すために。
堂々と、正面から、殴りかかって、倒して、吸収してレベルアップする。
シンプルイズベスト。無駄も余分もない、美しい戦略。
自信満々に少女が語ったそれはまあ、いいとして。
「オ、オォ、オォオオオオオオオオ―――――ッ!! なんたる地獄、なんたる狼藉か! 父祖たる偉大なりし大帝陛下の
ローブの大男が己の頭を掴みながら、狂乱している。
彼の周囲には触手の塊、ヒトデの怪物のような海魔が散乱していた。
いつかの戦いの中で見た顔。フランスの英雄にして罪人、ジル・ド・レェだ。
彼は咽喉が枯れんばかりに叫びつつ、のたうち回っている。
その動きに合わせた海魔たちが触手を振り回し、破壊活動を行っているようだ。
一応、殺生院の捜索行為なのだろうか。
(前はバーサーカーだったっけ……?)
離れた位置で半分電脳化した壁に隠れつつ、様子を窺うソウゴ。
彼は見ている光景に対し、腕を組んで首を傾げた。
正直そもそもクラスなんて主武装の目安、くらいで違いをそこまで意識しない。
その程度の意識でもバーサーカーというのは、分かりやすいタイプのはずで。
フランスでの戦いにおいて、元凶の位置にいた彼には理性があったような。
しかしジル・ド・レェはバーサーカーだったよ、と言われればそうだったっけ、と納得してしまってもいいような、悪いような。なんか違ったと思うけれど、言われてみれば確かにそうだったかも……? となるくらいには狂乱していた気がして。
「
壁から窺うように顔を出している彼ソウゴの頭の上。
頭を並べるように、ひょこりと出てくるメルトリリスの頭。
そんな彼女が、なんとも言えない顔でジルを見て、呟いた。
「……いま、気付いたのですけれど」
「なに?」
頭を上下に並べた状態で、ソウゴがメルトリリスの顔を見上げる。
聞き返された彼女は、ますます表情を微妙なものに変えていく。
「あのサーヴァント、“
「……なんで?」
「それは……彼の行動がカール大帝の思想から外れだした、ということだと思いますけれど」
ジルが叫ぶ。海魔が暴れる。彼の力が落ちていく。
別に破壊行為自体を禁じているわけではないだろう。
では一体何故なのか。
彼自身、カール大帝に強く賛同している様子なのに。
「おお! おお、
歪んだ顔から張り出す眼球。おぞましいほどに崩れた表情。天を仰ぎ、声高に主張を叫ぶジル・ド・レェ。だが聞いても何が何やら。あれはもう、彼自身にしか通らない理屈だ。
今の彼がバーサーカーなのかどうなのか、ジルを自身がドレインする第一のターゲットに選んだメルトリリスさえ、もうよく分からない。どっちにしろ狂気で狂っているには違いないが。
「オォオオオオオオオオオオオ――――ッ!! 大帝陛下という尊き救いをもたらしながら、何故、何故、何故! この穢れた我が身は大帝陛下に頭を垂れることを許され、しかし! しかし! 真に救いがもたらされるべき聖女ジャンヌ・ダルクがどぉおおして! この救いの海へと導かれていないのかァッ!!! ジャンヌゥッ! ジャンヌゥウウウウッ!! 何処に、ジャアアアアアアンヌゥッ!!!」
彼は誰かの叫びを聞き取って、そう確信したからこそ此処にいる。
天体室により行われた企ては、正しく神に裁かれるべき悪行であった。
だがその世界は大帝が掬い取った。
偉大なる父祖。ヨーロッパの父、神聖大帝カール。
狂乱の魔道元帥ジル・ド・レェさえも自然と頭を垂れる、聖なるもの。
彼はこの海と共に、遍く全てを
であれば、此処は救いだ。大いなる聖者に導かれ、此処にいる者たちは救われる。
では何故、何故、何故。此処に、救われるべき聖者がいないのか。
斯様に穢れ切った己が此処にいるというのに、なぜ真に神聖なる聖処女がいないのか。
「……生存本能に素直な分、バーサーカーの方がまともかもしれません。恐らくは彼の信仰にとってカール大帝が偉大すぎたせいで、信仰心が暴走したのだと思います。たぶん」
メルトリリスが相手を計るための匙を投げる。
しかしそうして観察していれば。
いつの間にか、ジルを同化する“
それを切っ掛けにしたのか、周囲に人型の何かが発生し始める。
幾何学的な造形の部品を繋ぎ、作り上げられたドール。
何体か発生したそれらはふらふらと動きながら、周囲を確認するように球体の頭を回す。
「自律人形ですね。SE.RA.PHの有する防衛機構のひとつ。これまではほとんど発生していませんでしたが……同化サーヴァントがいなくなったエリアに発生する、ということでしょうか。
……もしかしたらサーヴァントを倒しても、カール大帝の保有セクターは削れない……? 少し、戦略を考え直す必要があるかもしれません」
むむむ、と。メルトリリスが眉を顰めてそう呟く。
そうして、どうしましょうか、と視線を下に向けて―――
そこに、ソウゴがもういない事に気が付いた。
「――――――ちょ」
ハッとして視線を上げれば、ソウゴが近くの人形に近付いていた。
近付いてくる相手を察し、くるりと頭を回して人形はソウゴを直視する。
何故か見つめ合うこと数秒、人形は特別なアクションは起こさない。
そのまま顔を回して、別のものを探し出した。
「なにを……!」
「いや、これがカール大帝の目なら、俺たちを見たらどんな反応するのかなって。
メルトリリスを見た時の反応も知りたいからこっち来てよ」
ちょいちょいと手を振って、ソウゴがメルトリリスを呼ぶ。
それはまあ確かに、カール大帝はこちらに対応しないかもしれないとは言った。
だがだからと言ってそんな確認の仕方があるか、と。
どうするべきかとメルトリリスが壁際でふらふらしている内に、人形の視線が彼女を捉える。が、やはり特に大した反応は示さない。本当に探しているのは殺生院だけなのだろう。
その状況を確かめると鷹揚に頷いて、ソウゴはドライバーを懐から取り出した。
「じゃあ後はジル・ド・レェと戦うだけだね」
「……もしもの場合を考えないのですか、アナタは」
ドライバーを装着しつつ、一度歩いて帰ってくるソウゴ。
そんな彼に溜め息をつくと、心外そうな顔で見返された。
その表情は本来、こっちが浮かべるものだろう。
「考えてるよ。だから一応確認するんだけど、今のメルトリリスと比べると、あの人形ってどのくらい強いの? 襲われても大丈夫?」
「…………あの人形が私の知る性能のままならば、一体や二体を相手にしたところで負けるようなことはありえません」
本来の性能なら何百何千いようが敵ではない。
が、今の彼女ではそんなことは言えない。
ましてあの人形は元の性能から“
あるいは一対一ですら負ける可能性もないとは言えない。
屈辱的ではあるが、そこを偽るわけにもいかないだろう。
「そっか。じゃあ、俺の後ろに隠れる感じでついてきてよ。
メルトリリスがちゃんとあいつを倒せるように戦うからさ」
「―――――――」
介護する、と。そう言われて、少女の顔が歪む。
確かにそれしかないのだが。それが一番効率的なのだが。
〈ジオウ!〉
ソウゴが腰にドライバーを当て、ウォッチを起動する。
回転待機状態にしたドライバーを回すため、腕をゆるりと上げる少年。
その姿を見ながら、しかしそこは譲れないとメルトリリスが声を上げて。
「―――お断りします。そんなやり方は私の……」
「そう? じゃあ好きに動いていいよ、俺が合わせるから。変身!」
〈ライダータイム!〉〈仮面ライダージオウ!〉
〈ジカンギレード! ジュウ!〉
話を聞け、と言う前に変身完了するソウゴ、仮面ライダージオウ。
両腕を振り上げ、両の拳を握り締めて、力を籠めるようにファイティングポーズ。
そしてすぐさま眼前に現れた銃を引っ掴む。
間を置かずに放たれる銃弾。それがジルの周囲にいた無数の海魔を撃ち抜いた。
崩れ落ちていく海魔の壁。その中で、狂乱に呻いていた男が顔を上げる。
「何故! 何故! 一体、何故ェッ!! この救いの地に、貴様らのような、我らのような者が招かれたのだ! 真に救われるべき者は、此処にはいないというのに――――!!」
蠢く海魔に指向性が与えられる。
周囲に存在していた怪物たちは、全てがジオウへと照準を向けた。
すぐさまジオウとメルトリリスが配置された人形を見る。
が、人形はこの戦闘を一度ちらりと見た後、何事もなかったように監視に戻った。
カール大帝はこの動きに対し、何のアクションも取る気がなさそうだ。
それに聖都の主砲を放とうとすればSE.RA.PH全体が鳴動するので、すぐに分かるだろう。
「ちょっと、アナタねぇ……っ!」
「どう動いて欲しい、とかあるなら先に言っといてね」
〈ウィザード!〉
ジオウがホルダーからウォッチを外す。
ジカンギレードを逆手に持ち直しつつ、剣に変形させ床に突き立てて。
流れるように、彼はドライバーへとウォッチを装填した。
話を聞かない相手に対し、メルトリリスが眉を吊り上げていく。
「バレリーナに自分の舞踏を言葉で語れ、と? その動きをもって観客に語るものに、言葉によって動きを語れと、そう言うのですか?」
「そんなに気にすることなんだ……」
「当たり前です――――! どんな事情であれ、こうして私のマスターになった以上、その程度の理解力は発揮してもらわないと困ります!」
がなるメルトリリスに対し、首を傾げるジオウ。
そうしている間にも蠢く海魔。
ヒトデの怪物が口を開き、そこから吐き出すのは溶解液。
それらは一直線にジオウたちへと殺到し―――
しかしそこで、渦巻く風の障壁に阻まれ、四散した。
ジオウの頭上から現れた外装、指輪と魔法陣を象ったアーマー。
展開しながらジオウへと装着されるそれが生み出す魔法力。
魔力の燐光に照らされ、煌びやかに輝く宝石の鎧。
〈アーマータイム!〉〈プリーズ! ウィザード!〉
吹き荒れる風を除け、光に煌めく衣を纏い。
ジオウ・ウィザードアーマーがメルトリリスへと手を差し出す。
「―――さあ、シャルウィダンス? みたいな、そんな感じ?」
「バレエです」
どうすれば満足なのかよくわからない、と。
差し出していた手を切り返し、突き立てたジカンギレードを引き抜いた。
そのまま再び銃へと変え、体を回転させながら発射するのは銀の弾丸。
放たれた弾丸は縦横無尽。
宙を四方八方に駆け巡りながら、海魔たちを撃ち砕いていく。
更に空いた片手で虚空に青い魔法陣を浮かべ、周囲を凍らせていくジオウ。
築かれる氷の道。
その意味を察して、メルトリリスが目を細めてジオウを見る。
「スケートでもありません。乗るしかないので乗りますが。史上類を見ないほど、驚くべき最低のリードとして記憶しておきます……!」
「そんなに?」
〈フィニッシュタイム!〉〈ウィザード!〉
メルトリリスが滑走を開始する。氷のリンクに轍を刻み、羽搏く白鳥。
体が重い。翼が重い。あらゆる動きが遅いにもほどがある。
飛び立った後、メルトリリスが自分の体に酷く表情を歪めた。
体勢の維持すら辛く、軌道がぶれる。
海魔をすり抜け、ジル・ド・レェにまで引かれたレール。
そんな一本道ですら直線に進めないし、速度は乗らない。
アヒルの子が飛ぼうとしているようなもがき。
それに反応して、残った海魔たちがメルトリリスに振り向き出す。
「……っ!」
〈ストライク! タイムブレーク!〉
彼女を追い越して乱れ散る炎弾。
それは海魔へと着弾し、爆発炎上する。
周辺一帯で立ち上る炎の柱と、それに伴う熱気と黒煙。
だが熱波に呑み込まれていく海魔たちとは違い、メルトリリスの周囲には風の守りがある。彼女と彼女が滑るリンクにはその熱は届かない。
炎が風に流れて千切れ飛び、火の粉となって舞い散る中。氷のリンクを滑る少女は、その外装の重さにさえ負けそうな足を必死に動かした。
これだけお膳立てされて動けなかった、なんて負け同然。いま発揮できる全能力を総動員して、彼女は出せる速度を限界まで捻りだす。
対して、彼女の目指す獲物である男は、懐から魔術書を引っ張り出していた。海魔の触腕よりも激しく蠢く理性が消失した眼球。海魔を焼いた熱波の余波に炙られ、黒煙を浴び、炭に塗れた男からはいっそう思考が消し飛んでいた。
「んぬぅうううううううううう……! お、のれおのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれェエエッ!! また奪い、また焼こうというのか……! そのような無体、もはや赦すものかァアアアアアアア―――――ッ!!!」
ジルの手元、“
「―――――!」
メルトリリスの速度が陰る。
触手の塊となったジルが相手では、霊核まで
彼女にできることはid_es、オールドレインを利用した一撃必殺だけ。
それ以外の交戦方法では、今の彼女はいとも簡単に押しつぶされるだろう。
進む? 退く?
選択肢を浮かべてしまった時点でアウトだ。
だって今の彼女は直進すら覚束ない。折れかけの翼で滑空がせいぜいの死に体だ。
そんな自由な飛び方ができる翼は持っていない。であれば必然。
迷いがフレームにかけた無駄な過負荷で、ここでバラバラに砕けるのが定めというもの。
かちかちと踵が擦れる。
風と氷で引かれたレールは目的地までの直通ルート。それを外れようとしてしまったら、直進させようとするエネルギーと衝突する。その負荷にメルトリリスの躯体は耐えられない。
だが同時に、彼女の性能ではあの触腕の塊を貫けない。突進に反撃を貰って耐え切られるほどの強度もない。いま体が飛沫になっては、再構成さえできないだろう。
これだけお膳立てされてこの有様とは、と。
唖然とするくらいに自分はどうしようもなかったのだ、と。
「
そんな風に呆けていた頭に、背後からの声が届く。
同時、足を動かすだけの活力が注がれる。
―――令呪の熱。
だがそれだけでは跳べない。強度が足りない。
拘束から抜け出すため何もかもを捨ててきた彼女には、本当に何もかもが足りなかった。
跳ねるために動かすべき腿が叫ぶ。
保たない。そんな力を掛ければ、硝子細工のように砕け散る。
では、一体どうすればと。
〈フィニッシュタイム! ギリギリスラッシュ!〉
迷っていた少女の横、彼女が走るレールを追走するものが現れる。
一瞬目を向けてみれば、それは水でできたイルカであった。その数六頭。
は、と。突然の闖入者に目を白黒させている内に、五頭が加速。
残った一頭が空中を泳ぎながら大きく回転し、その尾を地面に強く叩き付けた。
迸る水流、その場で立ち上る水柱。
それは地上から空へと向かって流れ落ちる滝の如く。
一気に天へと向かって遡る水勢が―――メルトリリスを水と共に空へと押し上げた。
「―――――っ」
水流の中でメルトリリスがジオウを見る。
彼は剣を振り抜いた姿勢のまま、彼女を見据えていた。
体を捻る。水中ならば、負荷はどうにかなる。
彼女は水の器。ここなら多少罅割れても、修復程度は何とかなる。
それでも負荷を最小限にするためか、彼女の動きに合わせてイルカが水を導いた。
見下ろすのは、眼下で脈動する触腕の塊。
だがあの肉厚だ。このまま突入しても途中で刃が止まるだろう。
そんなことは分かっている、とばかりに。
先行したイルカ五頭が、触腕に激突していた。
雄叫びを上げながら海魔に咬み付き、引き千切らんばかりに引っ張るイルカ。
まるで閉じた蕾を無理やり開くかのように、イルカの牙が触腕を裂いていく。
荒ぶる野獣と化したイルカに開かれる盾。
そうして解放された空間に見えるのは、宝具たる本を抱えたジル・ド・レェ。
「ぬ、う、う、ゥウウウウ――――ッ! この、痴れ者どもがァアアアアアッ!!」
「ブリゼ、エトワール――――!!」
砕けそうな足を上げ、プリマが水と共に降り来る。
阻むための肉塊は既に用をなさない。
故にそれを阻むものはなく、
心臓を確かに打ち抜く一撃。
そうして突き刺した霊核を溶かし、経験値として吸収するオールドレイン。
ここでレベルアップを成し遂げなければ、この勢いからの着地さえ覚束ない。
神に唾吐かんがため、なおも堪えようとするジル。
その執念を溶かし、上から捻じ伏せる。
降り注ぐ水が津波のように広がっていく中で、その勢いも借りて必死に押さえつける。
―――やがて、押し返そうという気概が爪先から消えていた。
必死になっていた顔を上げれば、もうそこにはサーヴァントは残っていない。
そうして溶かした分、彼女は
荒げた息を落ちつけようとする彼女の背後に寄る足音。
そんなデリカシーゼロな行為に対し、眉が上がる。
「で、どう?」
「……どう、とは?」
割と自信ありげに訊いてくる声。
その疑問をそのまま投げ返す。
「マスターとしての理解力、足りてた?」
素直に、率直な疑問に対して。
むっとして、足りてるわけがないじゃない! と言い返しそうになる。
こんな必死な姿、エトワールが他者に見せるものじゃない。
役者が舞台から降りるまで、声をかけないのは当たり前の話だろう。
舞台から何から整えた裏方とはいえ、そこは守ってもらわなければ困る。
疲労感が浮かんだ顔を、マスターに見せないように大きく逸らす。
「―――ここでそれを訊くこと自体、まだ足りていない証拠です」
「そっかぁ……」
さほど残念でもなさそうに、ジオウは背後を振り返る。
そんなどうでもよさそうにするくらいなら最初から訊きにくるな、と言いたい。
苛立たしい。が、とんでもなく援助されたのは事実だ。仕方ない。
本音をぐっと堪え、徐々に回復する体の補強に集中。
そのまま彼は手にした剣へと顔を向ける。
確かめるようにそこに装填したビーストウォッチを触り、ジオウは小さく首を傾げた。
あれはなんだ!鳥か!?猫か!?イルカだ!つまり…ジャンヌダルク!
ならばジルはきっと救われたことでしょう…イルカはエクスカリバーだった…?