Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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巨影巡り1476/B

 

 

 

「道が分かれてるね」

 

 進んできてみれば、電脳に現れる分かれ道。

 その手前で止まった立香は、先導していたメルトを見上げる。

 彼女はその視線を察し、軽く説明した。

 

「片方は中心部、中央管制室があった胸部(ブレスト)に繋がる道。もう片方は(ドック)やヘリポートがあった太腿(サイ)への道。情報を得たいなら、言うまでもなく胸部(ブレスト)を目指すべきだけれど」

「まずは拠点を確保する、ってのが先輩の方針なんだろ? どっちに行くべきなんだ?」

胸部(ブレスト)の方が電脳化していない場所は多いでしょうけど、その分サーヴァントも多いわ。休息できる場所を求めるなら、まずは一度太腿(サイ)に出るべきでしょうね」

 

 分岐路を前にそう口にするメルトリリス。

 彼女の説明に納得する立香とシャルルマーニュ。

 

 対してガウェインは顎に手を当て、眉間に深く皺を刻んだ。

 

「ふうむ、妙ですね……」

「ガウェイン?」

 

 酷く悩ましげな太陽の騎士。一体何がそれほど問題なのか。

 その様子に立香が声をかければ、彼は深々と頷きながら疑問を口にした。

 

「この場所が女体を模している、というならば、安寧と共に休息できる場所は、やはり女性の胸の中に求めるべきなのでは……?」

「なにこいつバカなの?」

「正直なだけだよ」

 

 ストレートに罵倒を飛ばすメルトに、苦笑して視線を逸らす立香。

 彼女たちの様子、というより。

 自分の考えに理解が得られなかったことに、ガウェインは少し悲しそうな顔をした。

 メルトの顔に浮かぶなんだこいつ、という表情がより強まる。

 

「むう。やはりこういった話においては、男女では感性が違ってきますか。

 ではあなたはどう思いますか、シャルルマーニュ」

「一理はあると思うが、口に出したら顰蹙を買いそうなので、黙秘しておくべきだと俺は思う。ただそれはそれとして、もうひとつの選択肢が太腿であるというのであれば、そこはもう過不足ない好みの話じゃないか?」

 

 ガウェインに対し、確固とした返答。

 何も黙秘していない。

 

 こいつもかよ、というメルトの視線。

 そんな表情を浮かべつつ、彼女はどこか、何かを思い返すようにハッとして。

 何らかの事柄が思い当たったのか、それに対して嫌そうに目を細めた。

 

 シャルルマーニュの答えを聞いて、考えが足らなかったと額に手を当てる太陽の騎士。

 

「なるほど、確かに。私は胸が望ましいが、太腿という選択肢が悪いというわけではないのもまた事実。疑念を抱いたのは、私の器量の狭さからくるものでしたか……失礼しました、レディ。どうぞ続きを」

「なにこいつらバカなの?」

「正直なだけだよ……うん」

 

 苦笑しつつメルトから顔を背ける立香。

 溜め息混じりに一息ついて、メルトは馬鹿二人から視線を逸らす。

 

胸部(ブレスト)を目的地と設定するなら、それは管制室を目指す攻略戦よ。それ以前に休息、情報共有がしたいのなら太腿(サイ)を選ぶべき。これが私からの進言よ、マスター」

「そっか……シャルルとガウェインはどう思う?」

「んー、まぁここのことを一番よく知ってるメルト先輩がそういうなら、それが一番なんじゃないか? 最優先は情報共有のために腰を落ち着けられる場所、ってのは俺も同感だし。

 こんな……状況だもんな」

 

 メルトに同意しつつ、そこまで流暢に考えを語り、しかし。

 途中、なぜかシャルルは一瞬言葉を詰まらせた。

 何かに気付いたように挟まった間。

 そのまま彼は自分でそれを苦笑して流し、適当に言葉を終わらせる。

 

 それに対し、疑うような様子を見せるメルトリリス。

 先輩からの眼差しに、どうにも参ったと言わんばかりのシャルル。

 

 そんな話はさておいて、と。ガウェインが立香へと問いかけた。

 

「ですが、まず合流を目指さなくてもよろしいのですか? カルデアとの通信はできていない様子ですが、いつも通りここには複数人でレイシフトしてきたのでしょう?」

「ん……今回は私とソウゴで、だったんだけど」

 

 メルトリリスの意識が逸れる。気にしないように、という意識的な行動。

 結果として向けられた意識が外れ、シャルルがメルトから逃れる。

 

「BBからはもうソウゴは脱落したって言われたよ。敗退して、まだ無事だけど……10日くらい、このSE.RA.PHが沈み切るまでは生きてられるだろう……って」

「なんと」

「…………」

 

 言葉短く驚いて、ガウェインが腕を組む。

 想像していなかった状況だ、と。

 そんな太陽の騎士の様子を見て、シャルルマーニュも首を傾げた。

 

「しかし、そいつも妙な話だな。そのソウゴって奴は人間で、マスターとはいえ、ガウェイン卿が一目置く実力の騎士なんだろう? だったらいまは動けなかったとしても、10日もあれば何か動きようがありそうなもんだが」

「―――――」

 

 口元を隠すように、メルトリリスが襟に顔を埋める。

 

 どういう状況かは分からないが、10日後まで存命が確定している。だというならば、今後はどうなるか分からないだろう。ただのマスターならともかく、常磐ソウゴという人間ならなおさらだ。なのにBBは10日後の破滅を確定事項のように語った。もしや単にセラフィックスが沈降して壊滅すれば、一緒に海の藻屑になっておしまいだ、という意味なのだろうか。

 それならば理解はできるが。

 

「レディ・メルトリリス。そのBBの発言に対し、どの程度の信用がおけるか。彼女という存在の発言にどれほどの信憑性があるか、あなたには分かりますか?」

「……信憑性も何も、丸っきりただの事実でしょう。私たちはAI、事実を偽る理由がない。しかもBBはいま自分をゲームマスターと定義している。ならなおさら、ゲームに関しての嘘なんてつかないでしょう」

 

 ふい、と。拗ねるように体ごと顔を逸らし、彼女はそう吐き捨てる。

 

「ふむ。ですが、どちらにせよ合流を目指さない理由もない。どこに囚われているかはまだ分かりませんが、彼の捜索も行動目標の一つとして加え入れましょう」

「うん。10日は無事、っていうのが事実ならそれはそれでよかった。こっちはこっちで、まずはできることをしよう」

 

 立香は小さく頷いて、太腿(サイ)への道を選ぶ。

 一瞬だけ彼女の背を目で追って、しかし。

 メルトリリスはすぐに床を滑り、彼女を追い越して前へと出た。

 

 小さな声で、小さすぎて立香にも届かないような声で。

 

「……そんなことをいちいち気にしなくても、問題の解決を目指せばいずれ事態は判明するでしょう。今は素直に、この特異点の解消のことだけを考えなさい」

 

 彼女はただ、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 太腿(サイ)へと続く道を辿ってみれば、道中に見えてきたのは教会だった。

 白い壁の神の家。まったく電脳化していない、セラフィックスの名残。

 それを見た立香が声を上げる。

 

「あれは、教会?」

「どうやら魔術によって防護されていたようですね。魔術的な効果を情報化できず、その結果として電脳化を免れたように見える」

「そうね。地上の魔術とSE.RA.PHは相性が悪いから」

 

 ガウェインの推測に対し、雑に頷くメルトリリス。

 周囲の状況に比べ、教会には本当に何ら影響がないように見える。

 あそこであれば、休憩地点としては申し分ないのではないか。

 そういった意味の視線をメルトに向ければ、彼女はこちらを見て小さく頷いた。

 

 揃ってそちらへと足を向ける。

 ついで、メルトリリスが軽く首を動かし髪を払う。

 

「そこのバカふたり、マスターを守っておきなさい。私がすぐに終わらせるから」

 

 かつん、かつん、とわざとらしく鳴らされる床をヒールが叩く音。

 

 彼女のその態度から状況を理解し、すぐに教会の周囲を見回す。

 そうして気付くのは、教会の扉に続く階段の前に腰を下ろしている者がいること。

 それはメルトに反応して、ゆっくりと顔を上げる。

 

 蹲るようにしていた黒い塊は、電脳化した建造物の残滓などではない。

 その正体は、血に塗れた甲冑を纏う白髪鬼。

 眠っていたのか、倒れていたのか、祈っていたのか。

 どちらにせよもはや関係ないと、男は背を伸ばして立ち上った。

 

「あら、安らかな眠りを妨げてしまったかしら。ごめんあそばせ? でも安心なさって、すぐにまた眠れるわ。棺桶を用意する必要がないように、その信仰まで余さず水に流してあげる」

 

 挑発的にそう告げるメルトリリス。

 白髪の男は一度そちらを見て、その後に背後にいる他の者を見て。

 頭痛をこらえるように、酷く顔を顰めた。

 

「これはまた、何とも言えぬ集団だ。よりにもよってこの地獄に踏み入ってきた人間。神の愛の深さを誰より識る偉大なりし大帝。円卓に席を置く太陽の騎士。

 ―――そして、限度も加減も知らぬ底無しの過食の女」

 

 理性的な回答。戦意は薄く、会話を続ける意思が見える。

 その事実にメルトは拍子抜けして、続けてむっと眉根を寄せた。

 すぐに立香が前に出ようとして。

 しかし前に立ちはだかるメルトの背に阻まれ、対面を許されない。

 

 なのでとりあえず、メルトに向かって声をかけた。

 

「メルトってそんなに大食いなの?」

「ドレインよ、私のはオールドレイン! 相手を溶かして養分にする、最高効率のレベルアップ! 私のスマートなやり方に意地汚い表現を使わないでくれる!?」

 

 そう言って吼えるメルトに対し、しかしシャルルが待ったをかけた。

 

「それはそれでどーかと思うぜ、先輩。食事は大切だ、人の活力の源だからな。

 ほら、アイス食べたら当たり棒で、無料でもう一本! ってなった時って嬉しいだろ? そういう気持ち、大事だと思うぜ」

「ええ、むしろ彼女の体はどこからどう見ても食の細い女性のもの。もう少し色々と膨らんでいた方が、健康的と言えるのでは?」

「バカふたり!」

 

 思わず振り返って怒鳴るメルトリリス。

 そんなやり取りを胡乱な目で見ていた男を見て、シャルルが動く。

 メルトを追い越して、軽やかに踏み出す騎士。

 

 対峙するシャルルマーニュと男。

 その段に至ってなお、相手にはまだ戦意が見えない。

 

「まあその存在感は太陽の如し、ってなもんのガウェイン卿相手であれば、一目で正体を見抜けたところでさほどおかしくない。星の数ほどいる騎士の中でも格別だからな。

 だがよく俺をカール大帝だと見抜けたな、アンタ。いや、厳密にはアイツとは違うもんなんで、シャルルと呼んでほしいんだけどさ。

 自分で言うのも何だが、こっちの俺に威厳とかないだろ?」

 

 自分を指差しながら確認を取るシャルル。

 男は自分の掌を額に軽く当て、眉間に強く皺を寄せた。

 まるでそこでまだ何かが響いている、とでも言いたげに。

 

「声がしたのだ。オレに、我が信仰にさえ届く声が」

「声……?」

 

 問い返す立香。その声に憮然と頷き返す男。

 

 ガウェインが軽く顎を引く。

 片眉を上げるシャルルマーニュと、無表情を貫くメルトリリス。

 そんな四人の様子を気にも留めず、彼は続けた。

 

「然り。我が信仰、渇愛に口を挟めるものなど限られる。オレの狂気は本来、マスターの叫ぶ生存意欲などでは止まらぬ。ヒトの業などそのようなものだ、とオレは知っている故に。だというのにこんなことがあったとすれば、それはオレがその声に真実の愛を見出したからに他ならぬ」

 

 男がシャルルから視線を外し、睨むようにメルトを見る。

 戦意のないまま、僅かに漏れ出す殺意。

 それに反応して軽くヒールを上げるメルトリリス。

 

 勝敗は見えている。今のメルトリリスを阻めるサーヴァントなど、そうはいない。

 男も相当な手練れ、A級に分類されるサーヴァントだろう。

 だがこの間合いから始めれば、5秒とかからず男を始末できる。

 それほどに凶悪なのが、いまのメルトリリスという存在だ。

 

「メルト」

「……」

 

 だがマスターに止められ、彼女は刃を下ろす。

 その状態からでも男の槍に先んじれる、という確信もあるだろうが。

 

 彼女たちのやり取りを見て、男は一度目を瞑り。

 そしてシャルルへと顔を向け直し、殺意を納めた。

 

「シャルルマーニュ。何ゆえに貴様ほどに敬虔な男が、そのアルターエゴと共にいるのか。その女は貴様とは真逆であろう? 全てのものに遍く愛を届けんと、世界を抱くように主に祈る貴様。ただ一人に愛を捧げんがため、己の中に世界を溶かし喰らう怪物。

 相容れまい。相容れるはずがあるまい。だというのに、何故」

 

 微かに息を呑むメルトリリス。

 過食とはそういうこと。

 

 彼女が求めた関係性は、愛するものと、それ以外の全てを溶かし込んだ自分。

 カール大帝が求めたものは、愛をもたらす世界(かみ)と、それ以外の愛すべき全てと同化した自分。

 真逆だ。大敵だろう、双方にとって。

 

 それをさっぱりと理解して、しかし少年王はあっさりと言い返す。

 

「決まってるだろ。真逆なのに一緒にいられるなら、それはむしろ良いことだろう。信仰を異にするからって争うよりは、そっちの方が好きだぜ、俺」

 

 微笑む少年を目を合わせ、数秒。

 

 先に男の方が瞑目して一歩退いた。

 教会の前に立ちはだかっていた男が、脇に逸れてしまう。

 通れ、と告げるように。

 

 シャルルと彼の間で視線を動かして、立香が男に声をかける。

 

「えっと、通っていいの?」

「元よりオレはまともに動けぬ。信仰の加護により立つオレに、召喚に際し耳にしたあの声は劇物すぎた。ここでこうしているのは、祈るのであればせめて神の家でと思ったまで」

 

 崩れるように、彼が腰を落とす。

 こうして座っていたのは不調と祈り、両方が理由だったらしい。

 立っているのもやっとだった、とばかりに深い息を吐く男。

 

「だったら一緒に教会に入った方が……」

 

 拳を握り、男が殺意を飛ばしながら立香を睨む。

 前に、彼女の前に位置取るメルトリリス。

 ガウェインが彼女の肩を軽く叩き、首を横に振ってみせる。

 

 彼の素性は別に、その言葉から信仰に厚い人間に違いない。

 そんな彼が教会に踏み入らない、ということは。それは彼が確固たる意志の許、そこに足を踏み入れまいと誓っているということだ。

 それをやっと理解して、彼女がすぐにメルトの前へ出て勢いよく頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「――――」

 

 素直に飛んでくる謝罪。

 それに男が軽く眉を上げ、彼の視線がシャルルマーニュへと向かう。

 1秒。彼の様子を見てから、男は深々と息を吐く。

 

「……これはオレと貴様の信仰の違いが生んだ意識の違いでしかなかった。貴様が頭を下げる謂れはなく、向けられた真心を踏み躙る権利もまたオレにはなかった。

 これ以上無駄にすれ違う理由もあるまい。オレのことは気にするな、オレは(オレ)の意志で、こうして此処に腰を下ろしているのだ」

 

 そう言って顔を下げる男。

 少しだけ迷い、立香は教会に向かって歩みだす。

 

 それでも警戒心を向け、彼を見下ろしているメルトリリス。

 彼女は先に行けと、他の二騎に顎をしゃくって示してみせる。

 歩き出す立香に続き、後ろを固めるシャルルとガウェイン。

 

 彼らが教会の直前に迫った後、メルトもまたゆっくりと滑り出した。

 

 と、そこで小さく。

 男がメルトリリスだけに向け、言葉を発する。

 

「―――努々忘れるな。その過食(あい)は破綻している。だがそれが哀しきことであるのは、ヒトがヒトであるが故のもの。怪物では赦しを得るための煉獄に落ちることは許されぬ。ただその咎を抱え、地獄に落ちるが必定である」

「―――――」

 

 滑り出していた体を止める。

 彼女は一瞬だけ向けられた言葉を吟味して。

 顔だけ振り向かせ、彼を見下ろしながら言い放つ。

 

「アナタなんかに言われるまでもない、大きなお世話よヴラド三世(ドラキュリア)。ヒトから怪物になったアナタと、初めから怪物だった私では純度が違う。

 過食(こい)をしたら飛べなくなる。翼は必要以上の重さを飛ばせるような仕組みになっていない。だというのに飛ぼうとしてしまえば、支えきれずにきっと翼は折れてしまう。翼の折れた鳥が落ちた先が地獄だなんて、そんなこと、子供だって言われずとも知っていることでしょう?」

 

 足を止めるほどの価値がある問答ではなかった、と。

 さっさと彼から視線を切り、メルトリリスはマスターの後を追う。

 

 残された男、ヴラド三世はその態勢のまま瞑目した。

 愛するもののために、それ以外の全てを口にすることを望む。

 何とも意地が汚く騒々しい白鳥だった。

 

 鉄の信仰をもって肉体と精神を鋼に変える“信仰の加護”。

 それが逆に作用し、彼の霊基は今や戦闘に耐えるものではない。

 あの“声”は、本来彼が受け取るべきではなかったものなのだろう。

 だが、聞いてしまったからには仕方ない。

 

「―――そうか。あの声は、そういうことであったか」

 

 溜め息混じりに納得し、体をひたすらに休める。

 これからどうなるかなど、彼にはまったく分からない。

 だがもしもの時に備えるならば、動けないままでいいはずもない。

 

 体を休め、精神を立て直す。

 取り戻すべきは、狂おしいほどの信仰と、戦士としての信念である。

 

 

 

 

 

 きぃ、と音を立てて教会の扉が開く。

 中は―――と。

 確認する前に、どんがらがっしゃん、と椅子が倒れる音がした。

 後ろをシャルルに任せ、すぐさま立香の前に回るガウェイン。

 

「ひぇっ!? サ、サーヴァント!?

 あわわ、こ、こここ、ここにならこないと思ったのに……!?」

 

 泡を食って驚き、柱の影に隠れる眼鏡をかけた女性。

 カルデアの制服とよく似た服装、セラフィックスの制服だろうか。

 それを理解したのか、ガウェインが体を引く。

 

「落ち着いてください。私はカルデアから来たマスターで、藤丸立香といいます。助けに来ました、ここにはあなた一人ですか?」

「カ、カルデアから……? そういえば……トラパインが通信室に行ってみる、って言ってたような言ってなかったような……た、助けに来てくれたの!?」

 

 前に出てきた立香の発言を聞き、女性もまた体を柱から離した。

 彼女はちらちらとガウェインとシャルルを窺う。

 騎士二人は教会内の気配を探り、目の前の女性以外に誰もいないことを確認している。

 

「はい。えっと、そう。まずとりあえず情報の共有を。私たちは今からここをどうするか話し合うので、一緒に参加してこのSE.RA.PHの情報を―――」

 

 シャー、と。滑走で軽快な音を立てて、メルトリリスが追い付いてくる。

 そんな彼女の姿が教会の入り口に見えた瞬間、眼鏡の女性が愕然とした。

 直後、文字通り飛び上がるほどに驚愕を示す。

 

「ぴゃあぁあああああああ――――っ!? アルターエゴ!?

 え、え、なんで!? どどどどど、どう、どうしてぇっ!? いやぁ――――っ!」

 

 すぐさま踵を返し、教会の奥へと走っていく女性。

 呼び止める暇もない。

 2階があるのだろう、どたどたと階段を駆け上がる音が教会の中に響き渡る。

 

「怖がられてんなぁ、先輩」

「そういえば、アルターエゴって結局どういう意味なの? サーヴァントのクラス?」

「……簡単に言うと、BBが生み出した分身。あの人が自分から切り離した要素に、女神のエッセンスを加えて構築したハイ・サーヴァントよ。詳しいことは後でまとめて話すわ。

 先にアレ、落ち着かせて話せる状況にしてきなさいな。私、ここで待ってるから」

 

 そうだね、と。そう答えた立香の横を通り、メルトリリスが歩いていく。

 随分と複雑な表情で、形を保った教会を見回しながら。

 

 そんなメルトの様子が不思議で、立香は自然と彼女の背を追った。

 見られている、と理解したのだろう。

 彼女はすぐにその不自然さを消して、適当な椅子に腰を落ち着ける。

 そうして彼女が無意識に選んだのは最前列。

 

「そうですね。まずはあのマダムに状況を説明し、レディ・メルトリリスのことを納得してもらう。その後、作戦会議といきましょうか」

「とりあえず彼女に説明した後、いったん休憩した方がいいんじゃないか。マスターもここに来てから休まってないだろ? 情報を整理する前にひと眠りしといた方がいい」

「でもそれで時間は大丈夫?」

「どちらにせよ、情報分解されていた体の表面が完全に戻るまでは外に出ない方がいいわ。ひと眠りするくらいでちょうどいい、大人しく休みなさい」

 

 気力、体力、魔力、電脳空間ではいずれもただ活動するだけで目減りしていく。

 その結果すり減った状況で更に活動すれば、消耗は更に激しくなる。

 適度な休憩、適度な回復を挟まなければ、まともに探索すらできはしない。

 

「そっか……?」

 

 休め、と口にしたメルトの先。最前列の椅子の更に前。

 壁際に、何かが見えた。先程の女性が荒らした時の埃か何か―――ではなさそうだ。

 細かい硝子片、みたいな。

 

「―――ほら。さっさとアレを落ち着かせて、休んできなさい。時間を気にするくらいなら、一秒でも早く休めばいいのよ」

 

 メルトに後押しされて、シャルルとガウェインを伴い2階へと向かう。

 思いの外、女性―――マーブル・マッキントッシュ女史の説得は手早く終わった。

 

 

 

 

 

「…………だから言ったのに。

 私はもう十分だから、きっと今度はアナタの番なのでしょう、って」

 

 ずっと同じ場所に座りながら、壁を見つめてぽつりとこぼす。

 マスターと、あとマーブルとかいう人間。彼女たちは就寝。

 シャルルマーニュとガウェインはここをメルトに預け、ヴラドに顔を見せに行った。

 彼らだけでつるむ分にはヴラドも悪い顔はしないだろう。

 

 ……まさかこんな風にサーヴァントが集まってくるなんて。こうなってしまったら、彼女の性能は誤差になってしまう。

 天体室まで辿り着ければ、藤丸立香の帰還は叶う。そこまでの道のりをどうにかできる戦力さえあれば、それは彼女である必要はない。このメルトリリスという機体さえ維持されていれば、管制する意識が多少レベルダウンしたって問題なかっただろうに。

 

 ―――サーヴァントが外に出ているせいで、つい緩んで言葉が出た。

 それを誤魔化すように、体を丸くする。

 

「―――――」

 

 無言の間。神の家らしい静謐さ。

 それを―――

 

『いかにも声をかけてきなさいって雰囲気をだしますね、メルトリリス。

 わたし、実はいまスタジオの改装でハチャメチャに忙しいんですけど。

 ……あれ、もうちょっと右にずらした方がいいですかね。どう思います、メルト?』

「そんなどうでもいいことにこだわれる程度には暇なのね」

 

 当たり前のように引き裂いて、空間を切り取ったようなウィンドウと共に顔を出すBB。

 画面の中では何故か、緑色の服装をしたアーチャーが家具の移動をさせられている。

 死ぬほど文句がありそうな顔だが、どうやら無声(ミュート)にされているようだ。

 

 憐れなものを見る視線を向ける。

 返ってくるのはお前がそんな目でオレを見るのかこの野郎、という表情。

 記憶はないはずだが、体で毒を覚えているのだろうか。

 

「趣味が悪いわね、BB。分かり切っていた話だけど」

『ミドチャさんの話ですか? どうぞ安心してください、あの豚さんは“どうぞ自分を好きなようにしもべとしてお使いください”と言ってくれたような気がしたので、その意を汲んで尽くしてもらっているだけですので』

 

 言ってねーし言う気なんてさらさらねーよ性悪女、という無音の声。

 それを完全に無視して、二人の会話は進む。

 

「そんな奴はどうでもいいわ。私のマスターに余計なことを吹き込んだのでしょう? 余計な事はしないで。もう助からない相手を考えて勇み足をされても困る―――」

『? 彼がもう助けられない、なんて。わたし、メルトやセンパイに言いましたっけ? 普通にまだ間に合うからお伝えしたんですけど』

「――――は?」

 

 不思議そうに首を傾げるBB。後ろでサボりだす緑のアーチャー。

 

 ちょっと待て、何の話なのだそれは。

 だってここにいない、ということはもう主流から外れたということだろう。

 あの戦いこそ、このSE.RA.PHを崩すための攻略法の事前登録(プレ・レジストレーション)

 彼女(メルトリリス)はその副産物、予約特典というべきものだ。

 

 その前提を適用するために、彼は望んで二つのうちの犠牲になる最初の一つを担当した。

 だというのに何故、今さらそんな話になるのか。

 

 BBが数秒そこで黙った後。

 ふと何かに気付いたように唇に指をあて、にこりと笑う。

 

『―――彼が死ぬことになるタイムリミットがどのタイミングか、なんて誰よりアナタが一番よく知ってるでしょう? せいぜい頑張っちゃってください、メルトリリス。さっき言った通りにわたしは忙しいので、特にアナタへの援助は何もしませんけど。

 でもその分、BBチャンネル特装版には期待していてください? 世界最大級のクライシスがコラプスなコースター、準備しちゃってますので。ここぞという時に、最高の見世物(ショー)をお見せしましょう! ですが忙しすぎて、センパイへの嫌がらせに使おうとせっかく整備したBBスロットも出番無しです。そこはちょっとしょんぼりなBBちゃんなのでした』

「―――――」

 

 ぴ、と。手にした杖―――“十の支配の王冠(ドミナ・コロナム)”を振るうBB。

 憐れ、彼女の背後で座っていたミドチャが豚になる。

 消えていく画面の中で、荒ぶる豚を見下ろしながらBBがころころと笑っていた。

 

「間に、あう……ですって……? あの状況から……?」

 

 BBからもたらされた情報に自失するメルトリリス。

 処理しきれない感覚に視線を彷徨わせる少女。

 

 そんな会話を、階段の影で聞いていた女性が一人。小さく笑うように口端を上げ―――そこでふと気付いたように、自分の口許へ手で触れて、笑みを隠し。表情を丁寧に不安そうなものに変えてから、再び2階へ上っていった。

 

 

 

 

 

「まったく。ムーンセルから直々のお仕事かと思えば、いったいどこまで膨れ上がるのでしょうね、この案件は。もう業務完了の暁には何か面白いご褒美がなければやってられません!」

 

 ぷりぷりと頬を膨らませつつ、BBが白亜の空間へと降り立つ。

 

 ―――堕天の檻(クライン・キューブ)

 オリジナルのSE.RA.PHをここに再現する際、同様に再現してしまった触れてはいけない箱。ご大層な希望など入っていない、純然たるゴミ箱。BBからしたってこんな場所、本来は開けたくはなかった。が、この業務を行えるのはここしかない。

 

 降り立った白い床を歩き、小気味よくかつかつと足音を立てる。

 わざわざそうしてくるBBに対し、長身の女が虚空を指で叩きながら振り返った。

 

「どうです、ヴァイオ。間に合います?」

「何度か試算しましたが無理でしょう。そもそも前提として、藤丸立香のサーヴァントがメルトリリスのみの場合を想定した計算です。

 後からああも戦力となるサーヴァントが増えては、何の目安にもなりません。まして状況を見るに、これからも増えるのでしょう? どこかで帳尻を合わせるしかない」

 

 眼鏡の位置を直しながら、淡々と語るヴァイオと呼ばれた女性。

 

 ですよねー、と。BBは深々と溜め息をひとつ。メルトリリス以外の戦力が増えるとか予想外だ。本当になんてことをしてくれたのか。予定外にもほどがある。

 シャルルマーニュの追加は、裏方にとってもとてもありがたい。そっちに関しては流石の慧眼なのだが、追加分はこの有様である。

 

「正気の沙汰とは思えませんね。これのいったいどこが完璧な計画なんですか? 初動から完全に崩壊してるじゃないですか。私、帰っていいですか?

 こういう計画性を維持できていないプラン、大嫌いなんですけど」

 

 床に座り、足をぱたぱたと動かしながら和装の幼女が不満をたれる。

 そちらに視線を送り、面倒そうな表情を浮かべるBB。

 

「どっちにしろアナタの仕事は最終的なプロテアの抑えなので、今は遊んでていいですよ。ご存知の通り、わたしはスタジオ改修で手一杯なので構ってられません。

 ヴァイオレットを手伝うか、ここで一人で遊んでるか、どっちかにして下さい」

「“インセクトイーター”を返してくれれば、鈍くさいリップが担当してる部分を、私がより完璧に仕上げてさしあげますけど……?」

 

 にこりと妖しく微笑む幼女に対し、馬鹿を見る目を向けるBB。

 

「お馬鹿さんですねぇ。リップが相手ならメルトは手加減するでしょうけど、リップを食べたアナタが行ったら全力で殺しにくるに決まってるじゃないですか。

 今のメルトが相手じゃ、アナタなんてあっさりと溶かされて終わりです。ただでさえ余裕がないのに、手間を減らさないでください」

 

 何より、誰より、メルトがカズラに手加減する理由がない。

 もし前に出れば嬉々として殺しに来るだろう。そして仮に“インセクトイーター”と“トラッシュ&クラッシュ”があっても、今のメルトにはカズラでは敵わない。秒殺だ。

 正直な物言いに膨れて、顔を逸らすカズラドロップ。

 

「というわけで、ピンチなんですけどー?」

「それを私に言われてもね。君たちが自信満々にできる、と言っていたと記憶してるが。自業自得じゃないかい?」

 

 BBの声に呆れた声を返し、【逢魔降臨暦】の頁を捲る手を止める。

 電脳の白い壁に背を預けていた黒ウォズは、BBへと視線を返す。

 

「……まあ、そうなんですけど。でもまさか、あんなにサーヴァントが追加されるとか思わないじゃないですか。何か手はありません? アナザーライダー、って奴とか」

「生憎だがそれは私が使うものじゃない、んだが……仕方ない。このままでは本当に予定が完全崩壊だ。少し考えてみるしかないようだ」

「そもそも失敗したらそっちで困るんですから、ちゃんと考えてくれなきゃ」

 

 こっちばかり悩んでる、と不満げな様子を見せるBB。

 だからそもそもこの状況はそっちの不手際だろう、と。

 黒ウォズは肩を竦めつつ、ぱたりと本を閉じて背を壁から離す。

 

 と、そこで黒ウォズはその空間の中心に鎮座したキューブに視線を送る。

 堕天の檻に収容された最後のピース。

 BBが生み出したアルターエゴ、キングプロテア。

 

「女神。その中でも大地母神を内包した英霊複合体……か。

 となればさて、これが最大の交渉材料ではあるんだが……?」

 

 確かにこれほど戦力を増量されては阻むのも容易ではない。

 だから他のところから持ってくる、となるのはもうどうしようもない決定事項。

 この基本的に閉鎖的な環境で突然それができる者は多くない。

 いや、通常なら存在しない。

 

 ―――であれば、普通ではない者にメリットを提示し、ここに招くしかないわけだ。

 

 

 




 
 BBスロット?やつは死んだ。キアラパニッシャーを準備している時間など無い。
 なお骨組みだけはAルートでは使われている模様。ダイスの出目を弄ってくれました。

 Aルートはカール大帝を探るためにふらふらする余裕があった分、Bルートでは死ぬほど忙しいBBちゃん。BB/GOちゃんがさっさと処分されてたせいで全然手が足りてないんですけどー。メルトリリスはもっと反省しつつ、わたしに感謝してもいいと思うんですけどー、と思いながら動いている。
 
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