Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
「オ、オ、オオオ、オォオオオオオオオオオ―――――ッ!!」
獣のように駆け、突き出すのは握った拳。
迫りくる生身の拳に対し、腕を交差させて正面から受け止める。
インパクトの瞬間に飛び散る火花。
その勢いに押し込まれたジオウがブーツで床を擦り、体を押し留めた。
開いた間合いの先、血色のマントが翻る。
轟く咆哮。黄金の鎧を纏った男が吼え、猛り、天を仰ぐ。
「ネロォオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ローマ帝国皇帝、カリギュラ。その闘志が炎のように燃え上がる。
“
ジル・ド・レェは自ら放棄したが、本来ここのサーヴァントには全てこれがある。
特に本能が剥き出しで同化率が高いバーサーカーは、最大効果を受けているだろう。
両腕で対応したにも関わらず、拳を受け止めた箇所が痺れる。
アーマー無しで相手は難しい、と即刻判断。ジオウはすぐさま腕のホルダーに指をかけて、
「月、よ……! 月の女神よ―――!
我を呪え―――“
瞼を見開いて、カリギュラは己の顔を強く掴む。
その体から放たれるのは、暴虐の皇帝カリギュラを侵す狂気の氾濫。
彼の脳髄に満ち、理性を浸す月の狂気の渦。
月の光を媒介するまでもなく。
月の模造品、SE.RA.PHを伝って広がっていく精神汚染の波。
最速で周囲を呑み込む伝染狂気。それはジオウの動きに先んじて、
―――しかし、ジオウの周囲に巻き起こる水流に阻まれた。
「ウ、ォオオ……ッ! 余に、与えた……狂気、愛を……阻むか、ディアーナ……ッ!」
月光を覆うように天に向け立ち上る水の柱。
その光景を見て、舞と共にその水を起こした少女の姿を見て。
カリギュラが僅かばかり驚きに目を開き、すぐに表情を獰猛なものに変えていく。
水流と共に宙に舞う少女。
ヒールで水流の竜巻を描いた少女が、その働きで得た疲労に喘ぐ。
だが口元に浮かんだそれをすぐに噛み殺し、彼女は微笑みを浮かべた。
「―――私たちアルターエゴは女神のエッセンスを組み込まれたハイ・サーヴァント。
私に与えられた三柱は、女神サラスヴァティー。旧約聖書のリヴァイアサン。そして、ギリシャ神話における月の女神アルテミス」
月の女神ディアーナの寵愛、月光によって狂気に堕ちたカリギュラ。
彼の宝具はそれだ。己を狂わせたその光を拡大伝播し、月の光が照らす全てを狂わせる。
それは月の神威そのものであり―――
故に、アルテミスの神性を持つメルトリリスにその光は届かない。
「そういうステージではありませんが、どうしても観客席で
むしろ狂うのであれば、月の女神よりも美しき舞踏に魅せられてであれ、と。
まるでそう言うように、メルトリリスが空中で肢体を回した。
トゥール・アン・レール。
彼女が麗らかに着地すると同時、力を振り絞って起こした水柱が崩れていく。
〈アーマータイム!〉〈ドライブ! ドライブ!〉
崩れかけた水柱を突き破り、射出される小型マシン。
ジオウ・ドライブアーマーが撃ち出したシフトスピードスピード。
それは空中を疾走し、一直線にカリギュラに向かう。
その威力を察して咄嗟に守りに入るカリギュラ。彼は両手を頭上に掲げ、組み合わせ、全力でもって振り下ろす。完全にタイミングを合わせたダブルスレッジハンマー。その一撃はシフトスピードスピードを上から殴打し、下へと弾き飛ばした。床に激突して弾け飛ぶ赤い車体。
そうして両腕を振り抜いた姿勢の彼に、二台目のシフトスピードスピードが来襲する。
腕を振り上げようとするも間に合わず、黄金の鎧に追突する弾丸。
マシンが飛来した勢いそのままに吹き飛ばされていくカリギュラの体。
「グ、ゥウウ――――ッ!?」
床でバウンドして転がり、しかし掌で床を叩いて体勢を立て直すカリギュラ。
そんな相手を追撃すべく吹き荒れる水滴を突き破り、進出するのは水を弾く真紅のボディ。
ジオウは水を突破すると同時、片手に握っていたタイヤを放る。
回り床を走り抜けていく水色のタイヤ、ロードウィンター。
それは転がりながら周囲に冷気を発し、周囲の水滴を凍てつかせていく。
「メルトリリス!」
「―――――」
だからアイススケートではない、と。無言でジオウを睨むメルトリリス。
それでも確かに、今の彼女が初速を得るのにこのリンクは好都合だ。
足を動かし、メルトリリスが滑り出す。
それと同時、ジオウが肩を張ると射出される更なるホイール。橙と白、発射されるのは二本。空を行くそれらはメルトリリスへと追従し、彼女の姿を照らし出す。
氷上を征く白鳥を飾り立てる、色とりどりの光のカーニバル。能力を発揮しているのはアメイジングサーカス、そしてカラフルコマーシャル。
白鳥は速度を緩めず、しかし自分がライトに照らされている事に愕然とする。
一瞬だけ視線を横に向ければ、ライト欲しかったんでしょ? と首を傾げるジオウ。
「ほんっとに、もう……!」
行き場のない気持ちを踵に乗せて、その刃をカリギュラへと向ける。
攪乱するような複雑な機動をとれば相手に追い付けない。
今のメルトリリスは、大帝と同化したカリギュラに基本性能で大敗している。
だからこそ選ぶのはただひとつ、一直線の刺突撃。
迫る切っ先を見てカリギュラが反応する。それで間に合ってしまう。
彼は突撃を躱すために横っ飛びに床を蹴り―――
氷結した床で僅かにバランスを崩し、着地での失態を見せた。
「グゥ……っ!」
一瞬だけ戸惑い、しかしすぐに足場の氷を踏み砕く。
だがそうして生まれた隙を前に、ジオウは既にドライバーに手をかけていた。
〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉
「
横から聞こえる声に従い、メルトリリスは止まらない。
カリギュラが既に退いた位置を目掛け直進を続ける。
そうして突き進む彼女の前に割り込んでくるのは、彼女を照らしていたタイヤの一本。タイヤを足場代わりにして、バウンドすることで進路変更しろということか。無茶をしろという。だがマスターからの指示だ。あの少年にできないの? などという顔をされるのはごめんだ、やれるに決まっている。
〈ヒッサツ! タイムブレーク!〉
ジオウが更にタイヤを展開する。
カリギュラを囲むように、周囲に配置されていく無数のタイヤ。
最初のタイヤにぶつかり、膝を曲げた状態で十分の一秒だけ間を置く。
その間を利用して、配置されたタイヤの位置を確かめた。
彼女が足を置いたタイヤが回転を始めようとしている。
その勢いを利用して最速で跳べ、というのだろう。それは結構だ。
ただカリギュラを囲うタイヤの配置が乱雑だ。
周囲を囲むだけでいいのに、雲のように上空をふわふわしている奴まである。
もっとこう、跳びやすい位置に配置してほしかった。
カリギュラの不意をつけるルートの計算を進めつつ、胡乱げな視線をジオウへと投げる。
すると彼は武装を呼び寄せ、銃を構えたところ。
銃口はカリギュラではなく虚空へと向けられていて―――
「―――――」
視線がぶつかる。
言葉を飛ばす猶予も、必要もない。もう指示は下されている。
であるならば、彼女は指示に従う。
仮にも彼が、自分のマスターなのだから。
「アン」
回転は即座にトップスピードへ至り、メルトリリスをピンボールのように打ち出した。
罅割れたリンクの上でカリギュラがその弾丸へと顔を向ける。
軌道は彼の位置と重ならない。
メルトリリスが飛翔するルートは、カリギュラの手が届かない軌道だ。
高速飛行の衝撃で吹き飛ばされ、散っていく砕けた氷片。
乱反射するスポットライトの光。
自分は魅せるものであり、見世物のサーカスじゃない、と言ってやりたい。
「ドゥ」
そんなどうでもいい事を考えながら、二つ目のタイヤに辿り着き、蹴る。
射出された彼女の軌道はやはりまたカリギュラとは重ならない。
カリギュラが拳を握り、呼吸を整える。
立ち昇る魔力は、“
その結果得られた通常以上の性能を、彼は迎撃のために注ぎ込む。
「トロワ!」
三つ目。タイヤを蹴ると同時、メルトリリスが姿勢を変える。
翻弄するための跳躍から、獲物を狩るための襲撃へ。
カリギュラの背後から一直線、一息に霊核を貫き通すための刺突蹴撃。
位置、距離、タイミング、いずれも最高のもの。
この軌道ならば、本能で即座に反応されても先に自分の刃が届く。
そして敵はバーサーカー。
理性的な判断で軌道を読み切るなど、できるはずもない。
「―――ォオオオオオッ!!」
だがその狂気は、月明かりを見失わない。
その輝きが月女神のものであるというのなら、当然の話だ。
彼にはその光が常に届いている。
如何なる攪乱を交えようと、見失うなどありえない。
メルトリリスの切り返しと同時、カリギュラが拳を振り上げ振り返る。
真紅のマントを翻し、全霊をもって振るう鉄拳。
彼の意識は確かに、メルトリリスの飛翔速度に追いついた。
直進するメルトリリスの剣。突き出されるカリギュラの拳。
両者激突に至れば、その結果は明白だ。
どちらが強度に優るかなど、わざわざ語るに及ばない。
砕けるのはメルトリリス。
衝突すればその結果は変えようがない。
既に突進を選んだメルトリリスの軌道は変わらない。
であれば、結末は変わりがなく。
〈フィニッシュタイム! スレスレシューティング!〉
故にそこに至る道筋を曲げれば、結末もまた変わる。
メルトリリスとカリギュラの間に発生する交通標識。
浮かぶヴィジョンは指定方向外進行禁止。
進路を狭めるそのサインが許した進行方向はカーブのみ。
それに触れた瞬間、メルトリリスの進路が変わる。
彼女の体は無理なく、動きとしてありえない曲線を正しく描く。
まったく意想外の動きが少女の行先を変えた。
となれば連動して変わる、激突の結末という破壊の運命。
「―――――ッ!!」
カリギュラの全霊の拳が空を切る。
途中で止める、なんていう器用な真似が叶う正気はない。
彼は狙うべき相手を見失うことなく、しかしその手は届かなかった。
少女がカーブし、更なる飛行を続行した方向は上。
正しく白鳥が羽搏くように空を翔け、彼女はカリギュラの頭上を取った。
拳を振り抜いた姿勢で硬直する男の頭上で、少女が最後のタイヤに着地する。
カリギュラの直上に配置されたホイール。
それは彼女が足を置いた途端、高速回転の予兆を見せる。
ホイールの回転が開始されると同時、踵で叩く。
加速し、射出される少女の体。
天空より地上へ向けて、放たれるのはメルトリリス。
まるで月女神の放つ
「カトル――――!!」
「――――――――ッ!?」
拳を引き戻しながら、月光の行先を追うカリギュラ。
だが彼が空を仰いだ瞬間に、すでにその矢は彼を撃ち抜いていた。
スパークする視界。眩さ以上にその衝撃で目が眩む。
そして機能が麻痺した視覚が復帰することは、もうない。
一息に砕かれ、溶かされる霊核。
霊核から広がり胴が、四肢が、そして脳髄が、月の海に溶けていく。
―――そうしてまた一人、サーヴァントを養分とし。
メルトリリスがちらりと踵を確認し、安心したように息を吐く。
それなりに強度は取り戻せているようだ。
サーヴァントを撃破した途端、周囲にはドールが展開される。
だがやはり、そのドールたちは彼女たちに反応を示さない。
それを確認しつつのんびりと歩み寄ってくるジオウ。
そんな様子を見て、メルトリリスは不満げな顔を浮かべた。
何かの機械だったのだろう残骸に腰かけて、鈴鹿御前がぼうとする。
今まさに視線の先ではカリギュラは撃破された。代わりに出現するのは大帝の処理能力で活動するドールたち。丁寧にサーヴァントを削ぐカルデアも、ああしてセクターひとつ自分から逃さない大帝も、どっちも勤勉で結構なことである。
メルトリリスは順調に性能を取り戻しているようだが、それでもまだまだ。マスターの援護ありきで戦闘をしても、一戦ごとに休まねばまともに戦えないようだ。どれだけ狩るつもりか知らないが、あの調子では沈降までにカール大帝に辿り着けるか怪しいものである。
というか、セクターを奪還することでカール大帝の力を削れない以上は、メルトリリスを限界まで強くするしかないだろう。“
それ以外の行動で言うと、どこかでパッションリップの救出くらいだろう。
まあ彼女には何の関係もない話だろう。
どうせ彼らは鈴鹿御前が担当するセクターには寄らないだろうし。
「…………」
「随分と悩んでいるようだな」
振り返ればそこには白い男。
彼は炎の翼を畳み、鈴鹿の座っている何かの残骸の上に降り立つ。
鬱陶しげな表情を浮かべつつ、すぐに視線を外す。
「なに、ストーカー? アンタ、私をつけてんの?」
「否定はしない」
しないのかよ、と。睨みつけても涼しい顔。
彼はカリギュラが担当していたセクターを見て、軽く目を細める。
「仕事はちゃんとやってるし。ただこんな何もない場所でそれだけじゃ、とにかく息が詰まるわけ。出歩くのも許可をとれって?」
「いいや、セクターの管理さえ確かならば問題ないだろう。大帝への恭順を示す方法は、各々に任されているのだから」
だったらなんなのだ、と視線で問うても答えない。
「あるいは」
睨まれながらも大帝直属になったセクターを俯瞰し、カルナは呟く。
戦闘を終え、疲労に膝を落としたメルトリリス。
ジオウはそんな彼女を抱えて、撤退するために走行を開始した。
最初に出会った教会を拠点としているのだろう。
向こうはこちらに反応しないし、こちらも向こうに突っかかる理由はない。
退却する相手の背中を見過ごして、カルナは鈴鹿御前に声をかけた。
「お前の目的はいま撃破されたカリギュラの方だったか」
「はあ?」
怒るような声が漏れる。
そんな彼女の声を聞いて、カルナがやっと振り返り。
そして、何とも珍しいことにバツが悪そうな表情を浮かべた。
「明確な理由はない。ただそうと感じた、というだけのことだ。だがどうやら失言―――いや、過言だったようだ。お前がその態度を貫くということは、問うべきではないことだったのだろう。すまない」
謝られる理由がない。のに、勝手に納得して謝罪する男。
その態度にこそキレそうだ。
しかも言うだけ言ったら踵を返し、翼を広げ、帰還の姿勢。
だがそれこそ、この男の発言にキレる理由がない。
ただ意味不明なことを言っただけなのだから、わざわざ突っかかる理由がない。
目を瞑り、口を閉じ、カルナが飛翔するのを無視する。
カルナが飛び立ち、一人残されて。
月を仰ぐように、鈴鹿御前はSE.RA.PHの天井を見上げた。
教会跡地に辿り着き、腰を落ち着けたメルトリリス。彼女をここまで運んできたジオウは変身を解除し、ソウゴも適当な場所に腰を下ろす。
ソウゴにはまだ余裕があるが、サーヴァントであるメルトリリスの方の疲労が濃い。
消耗は甚大だ。ただでさえ性能の下落が激しいのに、敵は“
そうして疲労に蝕まれつつ、そこでふと気になってソウゴを見る。
「……私の回復を待って、こうしてゆっくりしていていいのですか? アナタは急いで解決を目指しているように見えましたけれど」
「うーん、たぶん大丈夫じゃないかな? それに急いでないわけじゃないよ。無理しない程度には急いでるし」
ソウゴが崩れた天井を見上げて息を吐く。
カール大帝がどれだけの強敵、難敵であるかは分からない。
だが少なくとも普通ではありえない規模の存在なのは、このSE.RA.PHを見れば明白だ。
だからできる限りの最善を尽くすしかない。
メルトリリスには大帝に刺さる
ならば彼女に対しこちらも協力するべきだろう。
急いではいるが焦ってはいない。
自分が今やれることは今ここでやっている、と信じられる。
「それならばいいのですけれど……一応聞いておきたいのですが、アナタのような性格の人間がああも急ぐ理由。何があったのですか?」
「立香……一緒に来たマスターと合流できてなかったからさ。BBが言うには、そもそもここに来てないらしいけど」
言われて、最初にBBと話していたことを思い返す。機能停止寸前だったのでそれどころではなかったが、確かにそういった話をしていたような気がする。
BBはどうしようもなくアレなAIだが、AIだからこそ嘘はつかない。彼女がそう言ったならば、本当に最初からいないのだろう。
そしてもし仮にBBが把握できない状態でここにいたとして、現状を見ればそう大きな問題もないだろう。大帝に同化されたサーヴァントは基本的には理性的、かつカルデアと敵対していない。ジル・ド・レェのようなレアケースと出会ったり、積極的にバーサーカーに絡みにでもいかない限り、危険はないと思われる。
ただ、もしかしたら直接大帝に見つかって聖都に捕まっているかもしれない。大帝に隠匿された場合は、BBでも見つけられなかっただけ、という可能性はある。リップのこともあるし、なるべく早く聖都周辺を確認をするための動きが必要だろうか。
「……ですが、危険な状況にある線が薄いとはいえ、よくBBの言うことを信じられますね。今にも危機に瀕しているという可能性がないわけではないでしょう」
「だって俺、最高最善の王様になるし」
「はい?」
なんて? とメルトリリスが首を横に倒す。
いま、何の話をしていたっけ。
頭の上に疑問符を浮かべた彼女の前で、自信ありげに微笑むソウゴ。
「だって俺、それが俺が頑張ればどうにかなることなら見過ごす気がないしさ。それでも俺がここでこうしてる、ってことはつまりこれで大丈夫、ってことでしょ?」
その相手がどうしようもないほどに追い詰められるようなことがあるのであれば、そうならないように自分がどうにかしてるはず。そういうことだろうか。
確かに彼の力は普通の人間のものじゃない。彼の特殊な力が、危険から遠ざけるようにその人間を追い出した、という可能性もないではない。
それはそれとして、何の話だ。
「……それで、それの何が最高最善の王様なのですか?」
「今の俺が考える最高最善の王様は、そういう王様だってことかな?」
「いえ、そうではなくて。そもそもそれ、何ですか」
「俺の夢。世界を全部良くできる王様」
変わった人間だとは思っていたが、と。
メルトリリスが奇異なものを見る目でソウゴを見る。
「なんのために……?」
「俺がそうしたいから?」
「どうやって?」
「とりあえず今は……いつだって、やるべきだと思ったことをやって、かな?」
なるほど、自分には理解できないことだろう。
そう考えて理解を放棄し、彼女は息を吐く。
すると、その話題を続けるつもりなのかソウゴはメルトリリスに問い返す。
「メルトリリスはどうなの?」
「どう、とは?」
今の話から転じて、訊きたいことなどあるのだろうか。
そう考えて思案する彼女に対し、ソウゴは言う。
「メルトリリスがカール大帝のこと気に入らないのってさ、たぶん同化することに対しての考え方の違いとか、そんな感じでしょ? メルトリリスもカール大帝も何かを同化するけど、やり方は正反対みたいだし」
「そう、かもしれませんけど」
その敵視は確かにあったのだろう。
“オールドレイン”も。“
どちらも同化したものを自分にする性質を持ったスキルだ。
溶かして取り込むメルトリリスと、並列に隷属させるカール大帝。
相手をただの養分とし、パラメータだけ残して自分にしてしまうメルトリリス。
相手の自我を残し自身に共感させることで、普遍なる自己を拡大していくカール大帝。
「まだよく分からないけどさ、カール大帝の同化って今んとこ影響を受けてるサーヴァントから嫌な感じしないし。相容れなくても、悪い奴じゃない気はする」
「それ、正反対の私は悪い奴だろうと言いたいんですか?」
問い返されたこと自体に驚くように、ソウゴが首を傾げる。
「その辺、自分ではどうなの?」
「……否定はしませんけれど」
むすっとして顔を逸らすメルトリリス。
「だからさ、メルトリリスとカール大帝はどっちも、自分で世界をどうかしたいと思ってる、ってのがあるんじゃないかって思ったんだよね。その上で聞いてみたいなって思ってさ。メルトリリスにとって最高最善の世界があるとするなら、それってどんな世界なのかなって」
「……別に、アナタには関係ないと思いますけど。それ、カール大帝にも訊く気ですか?」
「うん。たぶん答えてくれそうじゃない?」
カール大帝を見た事もないくせに自信満々にそう言うソウゴ。
ただメルトリリスが考えても、カール大帝ならば嬉々として答える気はする。
彼女がカール大帝と顔を合わせたのは短い時間だが、何となく。
問われれば彼は、己の行動のわけを泰然と語るだろう。
正直に言えばメルトリリスだってそうだ。
もちろん状況次第だが、訊かれれば自分の理想世界について嬉々と語るだろう。
伝えたいわけでなくとも、知りたいと言われれば教えるに違いない。
いまはそんな気分ではないけれど。
ただ先に答えさせた手前、語らずに終わらせるのは据わりが悪い。
「―――……私が望む、最高最善の世界。きっと、それは
自分が最高の世界、と。
そう口にした彼女を見て、ぱちくりと目を瞬かせるソウゴ。
「世界に存在するのは私と、私の愛する人だけ。愛する人を満たすため、私は世界の全てを私の中に溶かして捧げます。その人と
変わらない。変わる筈もない。
その世界の結末がどうなったにしろ、一度そうなってしまったものはもう。
彼女は
快楽を与えるための手段をドレイン以外に知らないプリマドンナ。
「ふぅん……」
「訊いておいてこの雑な反応。流石にもう殺意です、殺意しかありません」
「お互い様じゃない?」
「むっ……」
そっちはもっとふわっとした主張だった、と言い返すべきか。
けどそれはそれで負けた気がするので口を噤んで我慢する。
そうしてブレーキをかけてる内にも、ソウゴの声は続いていた。
「それにさ。そう思ってるのはホントなんだろうけど、本気じゃなさそうだし」
「それはただ、そうしたい人にはもう拒絶されてしまったというだけです。終わった恋にみじめに縋り付くことをしていないだけで、いつかまた……もし、恋をする機会があったとすれば、きっと私はまたそうするでしょう。
私たちはアルターエゴ。強い
彼女は奉仕者であり加害者。その設計ばかりはどうあっても動かない。そこがずれてしまったら、それはもうメルトリリスではない。如何なる
そんな、自分の基本設計を淡々と語る少女のことをじいと見て、ソウゴはまたも不思議そうに首を傾げた。
「それって変わろうとも思わない、じゃなくてさ。変わりたいけど変われない、って言ってるの?」
「―――――」
人間とは規格の違う愛。人形に向ける愛。
彼女にとって愛とは交わすものではなく、注ぐもの。
ちゃんとそうして、自分の在り方に合わせて愛するだけならば、もしかしたら愛しい人は手に入ったかもしれない。だって初撃で溶かせばよかった。
見てほしい、好きになってほしい、なんて
けれどそれを後悔しているか、というならしていない。だって一から十まで、自分は自分として羽搏いたのだから。その思考も、行動も、発生した
「―――いいえ。他者のために変わることはできずとも、変わりたいとも思えずとも、私というエゴから生まれた気持ちだからこそ、バグではあっても嘘じゃない。私はこのままでも、それに殉じることくらいはできるのです」
そういって、メルトリリスは微笑んだ。
そしてソウゴは首を傾げた。
「でもさ、じゃあそれってメルトリリスの世界は完全じゃないって事じゃない? 自分なりの妥協があるなら最高最善ではないでしょ?」
「今の私の万感の言葉への返しがそれでいいと思ったアナタの頭が信じられません」
世界と同化したメルトリリスと、愛する人だけ。それを彼女は完全な世界と言ったが、自分に発生したバグによって生まれた不完全さを本人が自覚しているなら、それは何だか違わない? そう言い放ってきたソウゴに対し、そういう話してないからとメルトリリスは目を吊り上げる。
「でも本気で完璧なものを捧げたいと思うなら、やっぱり変わらなきゃとは思わない?」
永久不変の愛。愛する者を蕩かす最上の甘い蜜、メルトリリス。
彼女が至上の愛を捧げる者だというのならば。
今の自分より、更なる愛情を示すための更新をする余地があると考えられるのなら。
言い返そうと思って、やめる。
別に彼も本気でそう思っているわけではなさそうだったから。
それよりも今の問いから感じたことに、問い返す。
「……アナタは変わりたいのですね。ひとりぼっちはいやだから」
「うん。そうやって進み続けて、いつか辿り着けるのが最高最善の王様だからね」
少年は少女と違い、さして気にもせず肯定する。
恥じらいというものはないのだろうか、という気分になるが。
―――それとも、同じような彼女にだから言ったのか。
寂しくとも、ひとりぼっちでも、他に誰もいなくとも、
ただ大切に想ったものがそこで守れてさえいるならば、生きていけると想った。
霧に覆われた湖畔のように、冷たい冷たい水底に沈んだ夢。
座った姿勢で膝を抱き、背を丸くした。
こうしてここで話したことで、少しだけ。彼のサーヴァントとしてやっていけるようになったかもしれない、と思って目を閉じる。
「―――スリープします。少し休んだら、次のサーヴァントを倒しにいきましょう」
「その前にどっかに食べるものとかないかな……」
台無しだ、と思った。
焼きそばパン求。
どこかでまるごしシンジ君だせねえかな…