Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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善意の人2030/B

 

 

 

「で、では改めまして。マーブル・マッキントッシュです」

 

 ちらちらとメルトを窺いながら、眼鏡の女性は自己紹介する。

 

 そんな視線を受けていようが、メルトの方は大した反応もない。

 彼女は端の方で腰かけたまま無言を貫いている。

 

「大丈夫だって。先輩だっていきなり取って食うようなことはないさ、たぶん」

「たぶん!?」

「ええ。私、ちゃんと溶かす(たべる)ものくらい選ぶもの。過食だなんてもってのほか」

 

 シャルルの擁護なのかなんなのかよく分からない言葉。

 それを軽く睨みつつ、続けるメルト。

 何やら彼女はヴラド公の言葉を気にしているようだ。

 

「大丈夫です。メルトは私のサーヴァントですから」

 

 マーブルを見据えて、立香はきっぱりと口にする。

 

 その態度に一度きょとんとして。わざとそう口にした少女の意を汲み、それに応えて笑顔を浮かべようとしたのだろうが、しかしマーブルは口元を引き攣らせるに留まった。

 少女からそんな風に言われ、メルトもまたきょとんとした表情を見せる。が、彼女はすぐにそんな表情を引き締めて、顔を逸らす。

 

「そういえば、外のあの人は……ヴラド三世、でいいんだよね?」

「ええ、カルデアが行っていた戦いの中で観測されていた、領主としてのヴラド公とは違いますが。あの姿こそが彼の武人としての一側面なのでしょう。苛烈さがより表に出ていますが、彼の知性は疑うべくもない。どうかご安心を」

 

 立香が寝ている間に外で確認したらしいガウェインが頷く。

 そっか、と返して考えこもうとして。

 しかしそれより先に、と。彼女は顔を上げてマーブルを見つめる。

 

「とりあえず、あなたが知っている情報を教えてください」

「それはいいけれど……私が知っていることなんて、大したことないわよ?」

 

 眼鏡の位置を直しながら、マーブルは首を傾げる。

 

「突然セラフィックスで外部と通信がとれなくなって、外に出るための乗り物があれこれとあった格納庫(ドック)も爆発して、その影響でいろいろセラフィックス全体に異常が出て……どうしようもないから、外が異常に気付いてくれるまで待つしかなくて。

 そうして待っていたら、BBっていう女の子がいきなり出てきて、『ここは電脳化して、聖杯戦争の舞台になりました』って連絡をしてきたの。それから私はずっと管制室にこもってたわ。管制室から外に様子を見に行った職員はみんな……殺されたみたい」

「―――ふむ。ですがマダム・マーブル、あなたはここにこうしていらっしゃる。管制室からここにきたのはどういう経緯で?」

 

 ガタン、と。座っていた椅子を揺らし、マーブルが立ち上がった。

 その様子は頬を膨らませんばかりの怒髪天。

 

「マダム!? マダムって! マダムじゃありません! 結婚なんてしてません! れっきとしたレディですぅー! いったい私のどこにマダム呼びするほど所帯を持ったふくよかさが見て取れるというんですかー!? むしろ童顔だと思うんですけどー!」

「これは失礼。確かに外見はティーンでも通じる方ですが、外見以上の包容力を感じまして」

「―――――」

 

 ガウェインは外見に似合わぬ大人びた雰囲気だ、と褒めているつもりなのだろう。だがマーブルは愕然として、ガウェインからティーンでも通じると言われたあどけない顔を苦渋に染めた。

 その様子を見て、流石に申し訳なさが勝ったのか。ガウェインが頭を下げる。

 

「いえ、その。申し訳ありませんでした、レディ」

「別にいいですー、どうせ昔からみんなに大人び(ふけ)てるって言われてましたからー」

 

 拗ねるようにぷいとそっぽを向くマーブル。

 どことなく子供っぽい所作は、もしかしてわざとやっているのだろうか。

 大人びて見えるのを打ち消すために。

 そう考えると、それを誉め言葉としてしまったガウェインは失態だ。

 彼は大人しく、申し訳なさそうに一歩下がる。

 

 溜め息混じりにメルトリリスがマーブルを見つめ、口を開く。

 

「……どうでもいいけど、管制室の情報を持ってるなら早く渡してくれる?」

 

 アルターエゴに声をかけられたことで、びくりと肩を跳ねさせるマーブル。

 彼女はうろたえるように視線を左右に振り回す。

 そうして数秒、落ち着いたのかマーブルは言葉を選びつつ話し出した。

 

「えっと……はい。じゃあ一応、私がいた頃の管制室の様子を。話して、いいのかしら?」

 

 マーブルはまるで確認するように、恐る恐るメルトリリスを窺う。

 そんな言葉を向けられたメルトは目を細め、マーブルを睨み返す。

 

「メルト?」

「お好きにどうぞ」

 

 何も感じさせない平坦な声。そう返されたマーブルは再び視線を右往左往。

 その様子を見て、立香はガウェインに声をかけた。

 

「ガウェイン、ごめん。お願いできる?」

「ええ、構いません」

 

 今のガウェインは立香のサーヴァントでもなければ、カルデアのサーヴァントでもない。ただSE.RA.PHに召喚されてしまったサーヴァント。彼が最優先にするのはSE.RA.PHのどこかにいると思われるマスターであり、そのためにであれば立香たちと剣を交えることにも躊躇いはない。つまりいま、立香に敵対できるのは彼しかいない。

 

(問題は私ではレディ・メルトリリスを止めようがないこと。シャルルマーニュとニ対一で戦った場合でさえ、彼女とは勝負にさえならないでしょう)

 

 彼女はメルトリリスとシャルルマーニュのマスターだ。何より彼女たちを信じ、動くだろう。その上でサーヴァントが暴走するならば、自分ができる限り止めようとする。

 もしメルトリリスがここで暴れるようならば、彼女はシャルルマーニュに指示して止めるために動く。だからもしもの場合はニ対一になるのだが、それでも勝ち目が見えない。

 

 分からないのはこれほどの存在でありながら、立香に対しては従順なサーヴァントでいようとしていること。そして、恐らく瞬時に勝てるシャルルマーニュへの警戒心の強さ。

 

(いくらアルターエゴとはいえ霊基の強度が桁違い。彼女はこのSE.RA.PHの聖杯戦争、BBの遊技場の中でさえイレギュラーに見える。その理由を隠している、ということか……)

 

 シャルルマーニュの隣から離れ、マーブルの隣に行くガウェイン。そんな彼を複雑な顔で見つつもある程度は安心できたのか、彼女は胸を撫で下ろす。

 

 ちらりとシャルルを確認してみれば、彼は大丈夫とばかりに緩い顔。

 そもそもメルトリリスがあれほど強靭な存在であることを気にしていないように見える。

 もしや理由を知っているのだろうか。

 

「えっと。その、ね? あ、いえ。まず前提よね。ちゃんと順序立てて説明しないと、勘違いされちゃうかもしれないし。私、陰口とかするつもりで言うわけじゃないし。

 そう、それでね。管制室にはまだたぶん、一人残っていると思うの。その人はアーノルド・ベックマンっていって、この事態で管制室に閉じ籠ったみんなを一応、統率してた人」

 

 ガウェインに隠れながら、マーブルは前置きを始める。

 

「……管制室にいた人間は、最終的には四人にまで減ってたの。私と、その人。後はトラパイン女史と、ホリイ君。まずトラパインが助けを呼びに行く、って言って出ていったわ。カルデアからあなたたちが来たってことは、成功したってことなのかしら」

「えっと、はい。たぶん」

 

 BBが届けてくれた救援を呼ぶ声。それがトラパイン、という人のものなのだろう。

 その人も助けなくてはならない。まだ無事であることを願いたい。

 

「ホリイ君はその、現実逃避のためにモルヒネを射ちすぎて……ロッカーの中で永眠(ねむ)ってしまった。そうなってしまったら、私はアーノルドと二人きり、ってことになっちゃうでしょ?

 その場合の危険度と、万が一を求めて外に飛び出す危険度。私としては、後者の方がまだマシかなって思って、飛び出してここまで走ってきたの。たぶん、あの時の私は金メダルものだったと思うわ、すっごい風を感じたもの」

 

 自分に自分で感心するマーブル。

 そんな彼女の言葉は、どうにもアーノルドという人物に含みがあった。

 なので、その疑問を素直に口に出す。

 

「危険な人、なんですか? そのアーノルド・ベックマンという人は」

「ん……まあ、なにせ極限状態だもの。人間、誰だってああなってしまう可能性は否定できないと思うの。彼が特別悪い、なんてことはないと思うのよ。

 管制室には食料だって残り少なかったし、それを奪い合うことになって殺し合い、なんてしたくなかったし。それが私が命がけでここまで逃げてきた理由」

 

 彼女はそこで一息つき、再びメルトリリスを確認した。

 その視線に対して表情をひとつ動かさない。

 数秒の迷いのあと、マーブルは話を再び開始する。

 

「―――それで、そもそも管制室の人員がそこまで減った理由なんだけど。それもまたアーノルドの指示で、私たちの方からアルターエゴに攻撃を仕掛けたからなのよ。大勢の人間が、アルターエゴに殺されたわ。いえ、もちろん全員ってわけじゃないわ。アーノルドと方針の違いで揉めて追い出された結果、野垂れ死にしただろう人もいる。

 そもそもが自業自得なんだけどね? だって彼女たちにとってそれはただの自衛で、無差別に殺されたわけじゃないし。実際、管制室にこもってただけの私たちは見逃されてるわけで」

 

 それはまるで、メルトリリスに命乞いするように。

 彼女はあくまで不幸な行き違いだった、と全員に向かって語る。

 メルトリリスは悪くないので、私は殺さないでくださいと。

 

 それを確かに聞き届けて、立香は小さく頷いた。

 

「メルト、それは本当のこと?」

「―――言ってなかったかしら? そいつの言う通りよ。私はこれまでいくらか、セラフィックスの職員を殺したことがあるわ。それでそれが何か……」

「じゃあ、もうやめてね。これからは攻撃されたとしても、できるだけ殺さないで」

 

 メルトを見つめながらそう言って、彼女は本題に戻るためにマーブルに視線を戻す。

 

「メルトにはもうそんなことさせません。だからそこは安心してください」

「あ、はい」

 

 ちらちらと窺うマーブルの視線の先。

 途中で言葉をさっさと切られたメルトが、むすっとしている。

 とにかく言うべきことは言ったと、マーブルは彼女から目を逸らした。

 

「とにかく、えっと、管制室はまだ完全には電脳化していなくて、残っている生存者はひとり。ちょっと危険な状態のアーノルドがいる、ということ」

「その人をどうにかして大人しくさせる方法、ありますか?」

 

 悩むマーブル。それほどまでに難しいのか。聞いた限りでは、極限状態に追い詰められた結果とはいえ、かなり危険な人間。とはいえ、見捨てるわけにもいかないだろう。

 とりあえず落ち着いてくれなければ話にもならないのだが。

 

「えーっと……この状況下でも保身に走るタイプの人だから、自分よりも上の権力をチラつかせれば、笑顔で従ってくれると思うけど」

「権力……それって所長、オルガマリー・アニムスフィアの名前で大丈夫ですか?」

「アニムスフィア? オーナーの? そんなビッグネーム、きっと効果覿面よ。勢いあまって飛び掛かってきた彼に、靴を舐め回されないように気を付けてね?」

 

 マーブルはそう言って息を吐いた。

 『この子、あの保身欲全開のアーノルドに粘着されてしまうのね、かわいそう』

 とでも言いたげな表情。冗談なのか本気なのか、判断に困る。

 

 とりあえずは管制室に赴き、SE.RA.PH……セラフィックスの情報集めだ。その際アーノルド・ベックマンという人を保護し、ここへ一度帰還。

 管制室で保存されていた食料は残り少なかったそうだが、どうやらこの教会にはまだ食料がそれなりに残っている様子だ。少なくともあれを数人で全て消費するよりは先に、10日……もう残り9日か。そのタイムリミットが来ることだろう。

 

 かけた時間によってはそこでまた休息が必要になる。

 電脳空間では長時間の活動は立香の体が保たない。

 

 休息が入るか否かはその時次第だが、その後は通信室を探してトラパイン女史の保護。

 それ以外の部分は、まずは管制室で手に入る情報を精査してから考えることだろう。

 

「ガウェインはここに残ってマーブルさんのことをお願い。私とメルト、シャルルでとりあえず管制室を様子見してくるね」

「まあガウェイン卿ほどの騎士がいれば、ここの安全は保障されたも同然。心置きなく捜索に出れるってもんだ」

 

 余裕があるわけでもない。ならば急ぎ、まずは動かないと。

 そう考えて立ち上がる。彼女の行動に応じて、シャルルもまた立ち上がってみせた。

 

「行こう、メルト」

「―――ええ」

 

 声をかけられて、メルトもまた立ち上がる。

 暴露された件についての追求などない。

 それに対して酷く居心地が悪そうな彼女を急かし、立香が走り出す。

 

 慌ただしく教会を飛び出していく立香。

 一瞬の迷い。しかしすぐに彼女の先へと滑り出すメルトリリス。

 それを見送り、後ろを固めるように走り出すシャルルマーニュ。

 

 そんな三人の背中が見えなくなるのを待って、マーブルは不思議そうに首を傾げた。

 

「いくら今は従ってるように見えても、よくアルターエゴなんて隣に置こうと思えますねえ。私の説明だって、彼女への命乞いみたいなものだって分かってたでしょうに」

 

 こちらからの攻撃だったとはいえ、ただの職員がメルトリリスたちに殺されたのは事実。それを気にせず、というか棚上げして、立香はメルトを自分が信じるサーヴァントとして扱った。マスターとして、彼女のこれからの行いを制約させた。

 相手はアルターエゴだ。いくら従順に見えても、私に指図するなんて生意気な人間! なんて風に殺されてもおかしくない、ということは分かっていただろうに。

 

「それに殺されたのは、曲がりなりにも自分たちが助けにきた人間。そこのとこ、どう考えてるんでしょうね」

「さて。言ってしまえば、レディ・メルトリリスの罪を量るのは、マスター・立香の役割ではないというだけなのでしょう。

 彼女はマスターであり、メルトリリスはサーヴァント。マスターとしてサーヴァントを信じられるかどうかに、罪の所在はあまり関係がない。それだけなのです、きっと」

 

 確かに彼女は隠し事が多そうで、こうして今まで無かった情報も出てきた。だが藤丸立香がメルトリリスを信じるか否かは、そことは別なのだ。彼女はサーヴァントとして立香に契約を持ち掛け、立香はマスターとしてその意志を信じた。後から出てくる情報など、マスターとサーヴァントである二人の関係を変えるものではない。

 たとえ最終的に立香とメルトリリスが敵対したとしても、メルトリリスがサーヴァントとしての意志を放棄しない限り、彼女はマスターとしてメルトリリスと対峙するだろう。

 

 まあ今更メルトリリスをなじったところで意味がないのはそうだが、黒幕側に近いと思しい相手をそうまで信じてしまうのもどうなのだろう、とマーブルは首を傾げる。

 

「はぁ……そのまま見過ごしたら、怪物の共犯者になってしまうとしても? というか、私はマダムなのにメルトリリスさんはレディなんですか?」

「ははは、どうかお許しをマ―――レディ・マーブル。さて、あなたのその問いに私が答えるのはあまりに無粋ですが……あえて、恥を忍んで私から語りましょう。

 たとえそうなるとしても彼女はそうするでしょう。罪人の歩みを信じてはいけない、という決まりはない。その歩みの先を見届けたい、と考えることは罪ではない。たとえその結果、自分が共犯者と呼ばれるのだとしても。彼女はそういう人間なのでしょう」

 

 契約以前にメルトリリスが行っていた行動は、あの時信じると決めた立香のマスターとして決定を反故にすることだ。あの時顔を合わせて、信じると決めた。だったら意志を揺らす意味なんてない。最初に彼女との契約を選んだ自分を否定するつもりがないのなら、マーブルから得た情報くらいで戸惑うことなんてない。

 今なお続く隠し事も、犯していた過ちも、その歩みを疑う理由にはならない。メルトリリスがあの刃の如きヒールで続ける歩みを、彼女は顔を合わせて信じると決めたのだから。

 

 マーブルが座ったまま、隣に立つガウェインを見上げてみる。上に見えるのは、どこか必要以上に彼女を信じているように見える顔。

 それがどうにも不思議に思えて、彼女は問いかけた。

 

「……それ、あまりいいことではないと思いますけど」

「ごもっともです。善い心がけではありますが、良い行いではない。ですがだからこそ、我らサーヴァントは迷いなくその生き様の盾になれる」

 

 太陽の騎士らしく晴れ晴れと笑みを浮かべるガウェイン。

 

 ただ人であるならば、そもそも罪人に加担するのを止めてあげるべきだと思う。彼らが人間として、人間としての活動を応援するならば。

 微笑んで立香を見送るガウェインを見ながら、小さく溜め息をひとつ。

 

 他人(ひと)を救ってこその善人。躊躇わず、戸惑わず、顧みず、手段を択ばず、メルトリリスを武器としてそれを成し遂げようとする藤丸立香には、善人の資質があるかもしれない。

 だがそれが破滅にも通じていると考えながら止めないサーヴァントたち。彼らはあくまでゴーストライナー。善でも悪でも、まして人でもない。

 

 そういうものだと理解はしても、少し寂しいことだ。

 

 

 

 

 

「ぬぅううう……! ええい、いったいどうするというのだ!」

「はっはっは、いやすまない。私があまりに輝きすぎるばかりに―――」

 

 叫ぶ女に言うと同時、男が槍を返す。

 それに伴い渦巻く水流。衝突する炎と変わった大通連、火廻。

 水に捕らわれた剣を、咄嗟に振るわれた隕鉄の剣が打ち返す。

 

 床に落ちる筈だった剣が神通力により浮遊する。

 上空からやってきて、その柄に着地する女子高生風の和装は鈴鹿御前。

 殺意に満ちた狩人の眼光が向けられる先は槍の男。

 

 彼は正面からその熱視線を受け止めて、申し訳なさそうに金色の髪を掻き上げた。

 

「おっと。やっと顔を合わせてくれたな、麗しき女性(ヒト)

 それでこれは一体全体どういうことなのか……」

「うっさい、死ね」

 

 あまりにもストレート。言葉のキャッチボールを拒否したピッチャー返し。

 途端、鈴鹿御前の殺意が凝る。物理的な衝撃さえ伴う魔力の嵐。

 勝手に発動しているだろう魅了の魔眼に抵抗(レジスト)しつつ、男が槍を返した。

 

「あまりにも理不尽! しかしこやつの場合、余の与り知らぬところで下手なナンパをしかけ、そこらの女子の機嫌を損ねていてもおかしくない! ぬう、よもや貴様……この状況でそのようなことを!? ずるいぞ、ナンパに行くならなぜ余も誘わなかった!」

「まったく記憶にない。まったく記憶にない、が。もはや私自身すら与り知らぬ間に、そこらの女子の心を奪っている可能性が否定できない。

 おお、私のあまりの美男子ぶりはいつも女難を運んでくる……が! このフィン・マックール、迫りくる女性の愛から逃れるようなことはしないとも!」

 

 殺意が増す。

 だろうな、と。白い花嫁装束の少女、ネロ・クラウディウスが青い天井を仰ぐ。

 よく分からないが、あのサーヴァントはフィンに殺意全開だ。

 

 声がして、召喚された。そこはこんな海の中。

 通達によれば128騎のサーヴァントによるバトルロイヤル式聖杯戦争。

 

 初期配置が近かったのかまず顔を合わせたのは金髪の色男、フィン・マックール。何故か揃ってカルデアでの戦いの記憶を継続していた二人は、自然と同行することになった。これはどう考えても異常事態だ。ともすれば、カルデアが干渉してくるような事案。だからこそ彼女たちは記憶を継続しているのだろう、と考えられたのだ。

 

 アルターエゴ、衛士(センチネル)、様々な情報の嵐に辟易しつつ、周囲を探索していれば突然の会敵。問答無用の殺意はフィンに向けられた。そもそもバーサーカー染みたサーヴァントばかりであったが、彼女の場合は理性でフィンを全力に殺しに来ていた。

 どうにも彼女は衛士(センチネル)のようだが、そもそも衛士ってなんだという理解度の彼女たちからすれば、どうなっているのかよく分からない。

 

「むぅ……! 致し方ない、が!」

 

 剣を構え直しつつ、ネロが歯噛みする。衛士の戦闘力は通常のサーヴァントを上回る。戦えない、とまで言わないがニ対一でも時間稼ぎがせいぜいだ。

 勝ちの目はまずないし、時間を稼いだところでどうするのか、という問題だ。カルデアが来るのが分かっているならばとにかく耐え忍ぶのもありだが、現状一体どうなるか、と。

 

 鈴鹿御前が剣を蹴る。彼女が跳んだと同時、放たれる大通連。

 刀身が烈風に変わるその剣の秘技、楼嵐。荒れ狂う突風はやはりフィンに向けて。と言っても、その規模の都合上ネロも当然巻き込まれる。

 それを迎撃するために前に出るフィンと、彼が槍の穂先に湛えた水流。

 

 それらが正面から激突する、前に。

 

「行って、メルト――――!」

 

 直上から降り注ぐのは、嵐を切り裂く星のような銀色の一閃。

 大通連の一撃を容易に裂かれ、鈴鹿御前が眉を顰める。

 

 嵐は切り払われ、静けさを取り戻す湖面。

 そこに悠然と着地する白鳥が、(アマリリス)のような笑みを浮かべた。

 

「ごきげんようスズカ、相も変わらずつまらなそうね?」

「―――――」

 

 メルトリリスの乱入を見ても、鈴鹿御前は片眉を軽く上げるだけ。

 彼女の注目は常にフィンに向けられている。

 

 そうして注視されているフィンが、警戒しつつも走ってくる人に意識を向けた。

 藤丸立香、彼らが知るところのカルデアのマスターの一人。

 ああして時間神殿の戦いを終えてもまだ続けなくてはならない、とは。

 少々悩ましげに軽く首を横に振って、すぐに気を取り直して彼は微笑みを浮かべた。

 

「ネロ! フィン!」

「おお、リツカではないか! やはり来たな、カルデア!」

 

 今にも抱き着いてやりたいと体を揺らすネロ。

 だが流石に剣を手放すわけにもいかず、彼女はそこで止まって鈴鹿に向き直る。

 

 鈴鹿御前。立香を真っ先に襲ってきた、BBの下についている衛士(センチネル)

 彼女には持ち場がある、というような話だったと思う。

 それがこの中央管制室(ブレストバレー)に繋がる回廊なのだろうか。

 

「鈴鹿御前、あなたがここを守る衛士(センチネル)ってこと……」

「あー、それ違うし。私はそのキザ男を狩りに来ただけ。理由はないし、知らないし、知ろうとも思わないけど、とにかく私怨。他の連中はどうでもいいから、そいつだけ置いていくなら先に行ってもいいけど? ここの衛士(センチネル)、私じゃないし」

『ちょーっと待ったぁー!』

 

 どうでもいいからそいつの首だけ置いていけ、と。フィンを睨む鈴鹿。

 そんな彼女の横に浮かぶ、BBの顔を大写しにしたウィンドウ。

 うるさげに顔を顰め、鈴鹿はそちらに横目を向けた。

 

「なに、BB。分かってるでしょ? その他大勢のサーヴァントはともかく、メルトリリスは止めらんないし。私のやる気の問題じゃなくて、今のアイツの相手は無理。

 下手したら私ごとKP(カルマファージ)も溶かされるっしょ。っていうか、何でアイツがあそこまで強くなってるかちゃんと調べた?」

『それはわたしの管轄外。あの子が食べたものなんて、もう今更どうでもいいです! ただ、いまそこを突破されちゃうのは困ります。わたし、メルトには言いましたよね? センパイを歓迎するためのパーティー会場をいま(緑茶さんが)頑張って設置中だ、って!

 サプライズパーティーのための遅延行為を忖度してもらうため、メルトには色々と明かしたというのに! ストレートに中央管制室に向かうなんて、なんて子なんでしょう! もてなしの心を不意にするその態度、よくないと思います! ですよね!?』

 

 スタジオの準備にはまだかかるからのんびり攻略しろ、とBBは素直に口にする。ぶーぶーと口に出して飛ばすブーイング。

 

 BBにとってそれがどういう理由で必要なものか分からない。だがあんなことを聞かされて、のんびりするつもりなど一切ない。

 酷く苛立たしげに、メルトリリスが踵を床に立てた。

 

「知ったことじゃないわ。邪魔をするなら、全力で溶かしてあげる」

「どうしたんだよ、少し落ち着いた方がいいぜ先輩。今って急ぎはしても焦る事態じゃないだろ? そんで、わざわざ顔を出したってことは結構大事な話があるんじゃないか、アイツ」

 

 ふらりとメルトの横に並ぶシャルル。

 聖剣を手にした彼はどうにも、乗り気ではない様子だ。

 その様子と言葉により苛立ちを増す少女。

 

 このまま放っておけば、中央管制室に直行されるという状況。

 そんな中、BBがわざわざ顔を出して足止めしにきた。

 その意図となる何か重要な秘密がここで得られるかもしれない、と彼は語る。

 

「うむ。そして今ここがどういう状況なのか、余にも詳しく説明してほしい」

 

 状況を知らないまま事態が推移していくのを見ているだけ。

 これがまた何とも疎外感だと呟いて、ネロはちょっと寂しげに頷いた。

 

「―――メルトが、急ぎたいんだよね?」

「―――――」

 

 マスターからの問いに無言で返す。

 視線は鈴鹿から外さない。彼女が睨む限り、鈴鹿もまた動けない。

 

 鈴鹿御前も性能差は圧倒的だと分かっているのだ。

 彼女が本気で戦闘したら、サーヴァントどころか衛士でさえ相手にならない。

 頑強さで耐えることができても、勝ち筋は一切用意できない。

 小通連の柄に指を伸ばしつつ、鈴鹿はその場でメルトリリスを睨み返した。

 

 そんな膠着を見つつ、溜め息混じりにBBが教鞭を指で弾く。

 

『……ま、そうなりますよね。いいですいいです、分かってましたから。どーせこうなるだろうと思って、足止めできる子がここの衛士(センチネル)になっていますから』

 

 聞こえてくるのは、ギャリギャリと金属を引き摺る音。

 管制室に向かう道の先からやってくる怪物の行進。

 音を隠していたのか、姿を隠していたのか、あるいは今そこに現れたのか。

 鈴鹿の背後からのろのろと歩いてくる巨大なもの。

 

「ァ」

 

 メルトが顔を顰め、鈴鹿が避難するように横に跳ぶ。

 現れたものはメルトやBBと同じ髪色。

 拘束帯で顔の上半分を覆われているが、きっと二人と似た顔をしているのだろう。

 

 二人との違いは巨大な胸と、それ以上に巨きく異形な腕。

 人など簡単に握り潰せそうな掌。メルトの踵に負けない鋭さの十指の(つるぎ)

 そんな異形の少女はよたよたと歩き、前に出てきて。

 

「―――――!」

 

 メルトが走る。あまりに遅い出走は、相手を見て迷ったことに起因する。

 とはいえ、彼女が出遅れた程度でその異形が先んじることはない。

 現れた新たなアルターエゴの動きは鈍い。

 真っ当なサーヴァントであれば、後から動いても先攻を取れるくらいに。

 

「ァア、アアァ――――アアアアァ――――――!」

「―――あ、やべ。そういうことだったのか……!」

 

 吼える怪物。加速するメルトリリス。

 

 その二人の姿を視界に収め、シャルルマーニュが唖然と顎を落とした。

 即座にメルトを追い、走り出すシャルル。

 彼の背中を見て、フィンが即座に立香から離れる方向へとダッシュ。

 

「立香のことは任せた。私にはどうやら、デートの誘いがあるようだからね」

 

 そうした位置取りになった瞬間、鈴鹿が浮かべた剣を蹴って加速する。

 彼女の目的は一切ブレず、フィンだけを睨み据えていた。

 

 ネロを残して立香から離れていくサーヴァントたち。

 

「ええい、リツカ! 余はどちらを援護すべきか……!?」

「――――私の後ろ!」

 

 迷いなく、前に立つネロを追い抜く。倒れ込むような飛び込み。

 彼女の指示を疑わず、ネロはすれ違いざま、振り向きざまに炎を纏う剣を一閃した。

 その炎に掠めて焦げて、緑色の布の破片が散る。

 

 焦げた外套を翻し、腕に弓を装着した緑の男が距離を放しつつ着地した。

 対峙するネロから視線を外さず、空を行くガジェットに意識を向ける。

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

 飛翔するタカウォッチロイド。だがいかに偵察として優秀なセンサーを積んでたとして、“顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”はそう簡単に見つかるものではない。よほど決め打ち染みた捜索範囲での探査を指示していたのだろう。

 バレた以上は範囲攻撃でもされれば吹き飛ばされるだけ。さっさと透明化を解除した男は、称賛と呆れを半分ずつ乗せた言葉を立香に向ける。

 

「っと。オタク、オレの宝具のこと知ってんのか? あのパッションリップの登場を見て、そっちへの注意よりそいつを隠してた奴を探すこと優先するかね、普通」

「ぬ、ロビンフッドか……!」

 

 ネロからの言葉で知られている、と理解して肩を竦める男。

 彼からはカルデアに対する記憶はないらしい。

 契約サーヴァントではなかったから、だろうか。

 

 弓に矢を番えつつ、彼はネロ越しに立香を見据えて軽薄な笑みを浮かべた。

 

「ま、安心しとけよ。毒とセットで解毒剤もくれてやれって指示さ。軽い足止めと思って付き合ってやってくれ」

「でも私、毒ってあんまり効かないらしいけど」

「マジ? 大概人間やめてんな、オタクも」

 

 戦場三つ。

 それらを上空に浮かべた窓から覗きつつ、BBが唇に指を当てて微笑んだ。

 主戦場は当然、アルターエゴが二騎激突する場所。

 

『ではやっちゃいなさい、パッションリップ! まずはサーヴァントがいっぱい集まって順風満帆とでも言いたげなセンパイとメルトの鼻っ柱を折ってあげちゃうのです!』

「アアァ、アアア、アアアアアアアアァ―――――――――――――!!!」

 

 十の指があらゆる空間を抉る。視界に収まる全てを握り潰す。

 その名は、パッションリップ。有するid_es(イデス)はトラッシュ&クラッシュ。

 BBが生み出したサクラシリーズ中、最強の破壊力を有するエゴである。

 

 

 




 
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