Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
聳え立つ氷山。
それは地上に聳えると同時砕け散り、吹き荒ぶ氷弾となった。
氷の飛礫を存分に孕んだ吹雪。
それを前にして、猫は丸くなるためのコタツを探す。
当然そんなものはここにない。
冷たい外気が猫の毛をひたひたに湿らせることだろう。死活問題。
「だがアタシが実はネコではなくイヌだとしたならば……?」
エクセレント。猫ならば丸くなるところだが、犬だとすれば走り回る。
猫と犬。静と動、光と闇、正義と悪、カツオとマグロ。
その隠されていた二面性こそが、彼女の尻尾にしっとりとした潤いを保たせた。
特に猫とか犬とか関係なく振るわれる両腕の爪。
その斬撃が氷塊をバリバリに砕きつつ、獣はそのまま吹雪に向かって突進する。
「真実を見誤ったな。猫缶が猫缶足り得るのは封を開けるまで、開けてしまえばもはやそこには野性の本能があるのみなのだと知るがいい!」
吹雪を遡り、逆襲してくる獣の突撃。
それを撃ち放ったシャルルマーニュの顔が僅かに歪む。
「くっ、普段のアストルフォより何を言ってるか分からねえ……! あの十二勇士を率いるこの俺が置いてけぼりになるほどのとんちんかん! どうやらとんでもない強敵と出会っちまったようだぜ、マスター!」
「……負けないで、シャルル!」
「おう!」
一瞬の間を置いてから飛ぶマスターの声援。
それを背に、勇士は両手で聖剣を握り直した。
猫の如く俊敏に、犬の如く猛烈に、狐の如く淑やかに。
ジャッカルの貪欲さに倣い、タマモ族キャット科のサーヴァントが暴れ狂う。
その両の爪から繰り出される意外にも理知的な剣筋、爪研ぎの極意を凌ぎつつ、シャルルは眉間に皺を寄せた。
聖剣と打ち合うほどに研ぎ澄まされた猫の爪こそ狩人の証、野性の本能。
四つ足の獣と変わらぬ機動と速度。それも
外見と発言にそぐわぬ凄まじい猛攻に、浮遊させている輝剣まで用いて対抗しながら、シャルルマーニュが歯を食いしばる。
幾度か交差しつつ、正面から激突。剣と爪を鍔迫り合わせながら、顔を突き合わせるシャルルとタマモキャット。
「ワンとひと鳴き。こちらこそ共感を覚える相手と出会った感じがする感じ、これも奇縁というものか。よもやオリジナルから分かれ、数奇な運命を辿りつつも、やがて憎き大元を血祭りに挙げんとしている系アルターエゴ味のあるサーヴァントがこうしてひとところに揃い踏みとは……これは祭りか?
お天道様が我らに言っているのかもしれん。本件は晴れのち曇り、ところによりにわか雨に要警戒。洗濯物は空気を読んで出し入れせよ、と。これはオリジナルであるというだけで本家本元を標榜している者どもを、我らが総力を持って誅殺せよとの思し召しなのでは?」
「―――いや。そんなことさせて誰に得があるんだって」
鍔迫り合いの状態、その直上から降り注ぐシャルルの輝剣。
当然のようにそれを躱し、バックステップで大きく距離を開けるキャット。
追撃をかけるために刀身を燃やすシャルル。
タマモキャットは一瞬躊躇し、しかし何となく躊躇を無視して即座に対抗。迸る呪力を炎と変えて、炎球を浮かべる。
そうして両者が互いに撃ち放つ一撃。
火炎を正面から激突し、周囲に爆炎と煙を乱舞させた。
逆流してくる熱波の中、二人が睨みあったまま言葉を交わす。
「それに、別に今の俺はカール大帝と争ってはいないんだな、これが」
「
呪術の行使にバチバチとスパークするキャットの毛並み。
それはさておき。オリジナルからの自切、尻尾切離しからの自然発生であるタマモナイン。そんな彼女だからこそ目の前の少年王がどんな存在か何となく分かる。
光と影、表と裏、出汁と灰汁。
そういったものである彼はしかし、微笑んで剣を構え直した。
―――と、そこでシャルルがその場を飛び退く。
直後にそこへ降り注ぐのは光の雨。
剣から放たれた光弾が狙いも不確かに、乱雑に地面を叩いていく。
「っと……!?」
「ァアアア―――ッ! ロォオオマァアアアア――――ッ!!」
その攻撃の下手人は空を飛ぶ馬車の上。
閃光を放つ剣を手に、手綱を仕切る勝利の女王。
「ええい、あれも
自身を狙う光弾を切り払い、剣を握り直し。そうして、制空権をとる白馬の戦車を見上げるネロ。
ローマへの憎悪も露わに宝具を奮うのは、紛れもなく女王ブーディカに他ならない。彼女に執拗に攻撃されながら、ネロ・クラウディウスは眉を顰める。
「如何に余とローマが憎かろうと、普通ならそれなりに理性的に動くぞ、あやつは! 言葉すらまともに交わせぬほどに、ああまで狂化するものか!」
これまでの情報から言って、カルデアに呼ばれていた事実のあるサーヴァントがここに再召喚されている場合は、カルデアのサーヴァントとしての記憶がある。であれば、あのブーディカもカルデアに召喚されたことのあるブーディカなのだろう。
だというのにこの暴走っぷりは、何か余計なものをつけたされたとしか思えない。
ブーディカの周囲の状況を顧みない空爆を防ぐのはフィン。彼は立香の前に立ちはだかり、完全に守り手としての行動に終始する。
「しかし厄介だ。空を自由に翔け、地上を爆撃する。攻め切るにも守り切るにも難い」
ただ倒すわけにもいかず、しかし空からの絨毯爆撃が戦法では、守るにもどうにもやりづらい、と。
倒してはいけない、という事実とは別に、そもそも攻略するには難しい布陣であると、フィンは苦笑しながら口にする。
すぐさま空の戦車に向け、駆け上がろうとするメルトリリス。しかし彼女の動きに対し、アナザーディケイドは完全にマンツーマンの姿勢をとっていた。
キングプロテアは滑るメルトリリスにはどう足掻いても追いつけない。だが空中の標的目掛けて跳躍する、というなら軌道に手を差し込めばどうにかなる。
蚊を潰すように、蠅を叩くように、彼女にはメルトを弾き返すだけの力がある。
「邪魔しないで、メルトリリス―――!」
「邪魔をしているのはそっちよ、キングプロテア―――!」
地上から天上に向け放たれる槍の如き突進。
正確にそこへと手を差し込み、間違いなく弾き返す。
ボールのように打ち返されて、着陸して踵で床を盛大に削るメルトが舌打ちする。
突進力の勢いに大きく弾かれた腕の感覚を確かめるように、拳を二度三度握り締めてみせるプロテア。
その光景を横目にして、シャルルがキリッと眉を上げる。
「我こそはフランク王国国王にして、ローマ皇帝シャルル! 女王ブーディカよ、その刃がローマへの隔意で固められたものだというのであれば、その切っ先はこの聖なる身に向けて振るうべきものではないだろうか!」
輝剣の切っ先を空を征く戦車に向ける。
が、ブーディカからの反応は一切ない。
彼女は地上を駆け巡るネロに対してのみ、その意識を向けていた。
示す相手を失い、ふらふらと揺れる聖剣の切っ先。
「ダメかぁ……俺じゃ
「ローマポイント……?」
失意のシャルルに問いかける立香の声。
それを切り裂くように、手持無沙汰になっていたタマモキャットの再進撃。
「オリジナルからの出涸らしのつらいところなのであるな。それはそれとして手加減ナシでいかせてもらおう。
昨今の食材ロス事情に心を痛めるキャットには、食材であればたとえ出涸らしであっても、一切の無駄なく食卓の彩りとして活かす心構えがあるのだワン!」
「俺も食材扱いか!? だとしたら活かそうとしてくれてありがとな! うん、無駄にするのはよくないからな!」
構わず突進してくるタマモキャット。そちらに向き直り切り結びつつ、シャルルマーニュは頬を引き攣らせる。
食材から礼を言われる。料理人が至る一つの境地に達し、タマモキャットは静かに頷いた。
「余の見たところ、なかなか筋が良いとは思うのだがな!」
ネロが降り注ぐ光の雨を捌きつつ、軽く息を吐く。
ローマポイントの話なのだろうか。
彼女が認めたということは高いのだろう、シャルルのローマポイントは。
「サンキュー、先輩皇帝……ネロ先輩! だが大帝的雰囲気じゃ足りないってんじゃあ仕方がない。こうなったら気合とかそういうアレを総動員にして正面突破だ! マスター、頼む!」
ブーディカとタマモキャット、そしてキングプロテア。
この構えに対して、立香たちは既に一度撤退を選ばされていた。
メルトリリスの抑え、かつ行動全てが範囲攻撃のプロテア。
地上を自在に駆け巡るニンジンを求める馬の如きタマモキャット。
戦車によって空中からの攻撃に終始する女王ブーディカ。
この陣容を打ち崩す事ができず、彼女たちは一度撤退している。
当然その後休息を挟み、今回の交戦は二度目。
またの撤退は御免被りたい。
そのためのサーヴァントからの要求に対し、マスターが頷き振り返る。
「ここでお願い! フィンも!」
「心得た!」
指示の声に鐘が響くように了解を返し、フィン・マックールが前へと出る。では守りを固めていた彼の代わりは誰が、と。
「―――ええ、秘密兵器ね?」
楽しげに揺れるドラゴンホーン。リズムに躍るドラゴンテール。
そのカラーは正しくビビット&ブラッド。
ステージを歩むようにステップは軽やかに、ライトに照らされているかの如く堂々と。
状況を見てお出しされたカルデアの秘密兵器こそ、この竜の娘。
ランサー アイドルのサーヴァント、エリザベート=バートリー。
手にした槍、監獄城チェイテを揺らしながら少女は前に出る。
そのままぐるりと一回し、穂先を床に突き立てた。
彼女の背後に展開される巨大な城。血色のステージ開城、歌姫エリザの輝かしい拷問監獄リサイタルの幕開けだ。
と、そうして展開された城に向かって跳び上がるシャルル。
代わりにキャットを抑えるべく、前へと進出してくるのがフィン・マックール。爪を立てる相手が剣から槍に代わり、その清らかなる水遣いを前に毛並みの心配でキャットは表情を曇らせた。
「防御お願い、エリザベート!」
「え、歌うんじゃなくて? 子ジカ? 防御って言われてもアタシ、いま槍は手放して―――」
歌う気満々でのステージ開場。だが要求されるのは下準備。
飛来する空からの流れ弾の迎撃であった。
チェイテを展開すべく槍を床に突き刺しているエリザベート。つまり彼女にはいま、メインの武装がないわけで。それでもなお彼女に任せると言い放ち、立香は駆け上がるシャルルを見た。
そのスパルタぶりに口許を引き攣らせつつ、こうまで一任されてしまって仕方ない。KPとやらで苦しめられてたところを助けられたらしいという恩もある。やれなければ女が廃る、アイドル活動廃業の危機というものだ。であれば仕方ない。
エリザは己の竜尾を振り回し、流れ弾を打ち返す姿勢に入る。
「ええい、仕方ないわね! アタシの鱗に傷がついたら責任とってもらうんだから!」
城壁を踏み締め、駆け上がるシャルル。城の上から空中の戦車に飛び込むつもりの力技。
その成功率を上げるため、地上のネロが足を止めて攻撃の撃墜に専念。標的の動きが小さくなったことで、移動が最小限になった戦車を目掛け、シャルルマーニュは狙いを定める。
「む、
だがその突撃が成立するのはこちらに怪獣がいなければの話。城にタワーに神社仏閣、観光名所であればあるほど怪獣に壊されるがならわしみたいなところがある、という点を見落としてよう。画竜に点睛を加えるが如く、怪獣の活躍を描く上でいい感じの建造物は爆砕されるのが世界に定められた理なのだな」
タマモキャットの言葉を自分への指示と受け取ったプロテア。
彼女は一瞬体を反らして、大きく息を吸う。直後、それをブレスとして解き放った。
「がぁ―――――ぅおおおぉ――――――――ッ!!!」
指向性を与えられた大音量、エリザベートのお株を奪うソニックボイス。水の器を吹き散らしかねない突然の大嵐に、攻めあぐねていたメルトリリスが耐えるための停止を余儀なくされる。
「っ、この……!」
そうしてメルトリリスを封じた勢いのまま、彼女は今度は腕を振り上げていた。狙いは当然、屹立する監獄城チェイテ。
開いた距離的に拳が掠める程度の軌道だが、プロテアのパワーをもってすれば十分な威力。チェイテ城を瞬く間に倒壊させるだけの力はある。
「がおぉーう!!」
全力跳躍の姿勢に溜めに入ったシャルルは動けない。その予備動作が完了する前に、アナザーディケイドの拳は城を破壊する。
怪獣なのだから城のひとつやふたつ、ちょちょいのちょいだ。
「で、あるならば、だ!」
光の雨を捌きつつ、ネロが大きく声を吐く。
怪獣が暴れたからには著名な建築のひとつのふたつ、壊してしまうのが道理だというのなら。断腸の想いで、皇帝ネロが再び己の式場を開門した。
強引に取り込む対象は当然の如くひとり。今まさに腕を振り抜く姿勢にあった、アナザーディケイド・キングプロテア。
展開される“
弾け飛ぶ聖なる空間、女の子の夢の花園。
瓦解していく美しかった光景。
世界を完全に破壊され、ネロの宝具は当然のように終了。
一秒足らずの隔離はしかし、最大限の効果をもたらしていた。
「ひぃゃああああ―――――!?!?」
自分が壊したものに思わずびっくりして、引っ繰り返るプロテア。巨体が虚数空間へと転がり込んで、腕だけ残したまま上半身が消える。
そのAIらしからぬあんまりにもあんまりな様子に、BBは一体この子に何を吹き込んだんだとメルトの顔が軽く引き攣った。
下でそうした展開をしている中、シャルルの脚がチェイテの尖塔を踏み締めた。発生する爆発的な加速、戦車を目掛けて飛行する白銀の騎士の姿。
「ムムム、よもや届くか! しかしそれでは―――!」
タマモキャットが巧妙にフィンを捌きつつ、メルトの方へと目を配る。できる女はフォローも巧い。プロテアが隙を晒した分、メルトリリスの飛翔を阻むための位置取りは欠かさない。
シャルルマーニュであれば可能かもしれないが、しかしKPを砕くということは―――
(女王ブーディカは味方のサーヴァント、のはず。
微笑みながらシャルルマーニュがブーディカの戦車に着弾する。
震撼する空を舞う車体、嘶く白馬。それを手綱捌きで体勢を立て直させながら、ネロだけを見ていた女が顔を上げた。
交錯する勝利の女王と聖騎士の視線。
「なんだ……!? お前もローマか―――!」
「さっき言ったと思うが、おうとも! 一応はローマ皇帝! 一応はカール大帝! しかしてその実態は、放縦の遍歴騎士シャルルマーニュ! 今は藤丸立香のサーヴァントだ!」
手綱を手繰り、体勢を整えて。
ブーディカが光弾を放っていた剣を翻し、シャルルへと向けた。
同時に、少年王は背後に手をやり輝剣の一振りを引き寄せる。
掴み取ったそれと、ブーディカが振り上げる剣。
二振りの剣の衝突を前にして、シャルルマーニュは快活に笑う。
「後先考えなきゃいけない状況なのは百も承知! だが目先の一つを救うのに必要だっていうのなら、後から訪れる九十九の問題のための看過、温存、我慢、そういった必要な事がさっぱり頭から抜けちまうのが我ら
「―――お願い、シャルルマーニュ!!」
令呪が弾ける。特別な意味のない、魔力の大規模供給。
それに指向性などなく、奇跡のための術式はなく、ただの燃料であるだけで。
―――だが、厳然たる事実として。
背にした主から勇士に向けて放たれた、意味のある祈りである。
対価として捧げるには、きっとこれは安くない。
「さあ行くぜ、“
“
それは“
それが、女王へと振り抜かれる前に。
「……事情も構わずやりたい放題してくれますね、あなたは」
「―――っ!?」
「ってぇい……!?」
まるで蛇が這うように戦車上へと姿を現す、焦燥気味な女の姿。
彼女は登壇するや否や、即座に魔眼の力を解放。
「ちくしょう、横入りか……!」
「ご安心を、KPを回収するだけですので。カズラドロップ」
「はいはい、分かってますよ」
決まり切っていた作業をこなすように、カズラはブーディカの後頭部に指を添えた。
凍り付いた時間の中で、ブーディカはその動きに対応できない。抜き取られるKP。その衝撃にがくりと揺れて、女王は糸の切れた人形のように意識を飛ばされた。
彼女を突き動かしていたKPが回収され、カズラドロップの手に渡る。それを見た瞬間、メルトリリスが大きく体を撓ませた。
(ヴァイオレットとカズラは上。今この瞬間なら、あのネコモドキのKPの回収は出来ない―――全力で、貫く!!)
「む!」
フィンを退けたタマモキャットがその気迫に反応する。だが反応したところで意味はない。今のメルトリリスが全霊を注ぐ、と思考した以上追いつけるものはこの場のどこにもいない。
対応する余裕もなく、キャットには節分で魔除けにされるイワシの頭のように串刺しにされる未来が待っているのだ。
メルトの踵が床を踏み切る。圧倒的、絶対的な初速から更に加速。もはや光の矢の如く、彼女は標的に向かって突き進み―――
キャットの前に広がる銀色のカーテンの中に突っ込んだ。
「な―――」
銀幕を突き抜ける。最高最速のスピードのまま、彼女は狙ったキャットとは見当違いの方向へと吐き出されていた。
急ブレーキをかければ、銀色の足が床を軋らせ火花を散らす。
「アナザーディケイドの力……!」
立香の声を聞き、今の現象がプロテアによるものだと知る。
そうしている間にも、再び上半身を表側に生やしてくるアナザーディケイド・キングプロテア。
幾度となく立ちはだかる防壁。その巨体に対して、メルトリリスが苛立ちのままに吐き捨てた。
「プロテア、アナタ……! そっちに協力して、アナタの欲するものが手に入るつもり!? BBに何を言われたか知らないけれど―――!」
「ううん、おかあさまには何も言われてないよ?」
首を傾げる巨人。
虚を突かれ、目を丸くするメルトリリス。
そんな彼女の下方に、いつの間にか移動しているヴァイオとカズラ。彼女たちが有無を言わさず、タマモキャットからもKPを奪い去っていた。
その影響か、びたーん、と床に転んでそのままごろごろと喉を鳴らし、すやすやお昼寝タイムに突入するタマモキャット。KPを抜き去った下手人であるカズラですら、何だこいつ……という顔をしているので、快眠されるのは流石に想定外の反応なのかもしれない。
既にKPを奪われ解放されるとともに、完全に意識を失ったブーディカを抱え、シャルルが何とか地面に降り立つ。
そんな相手たちを前にして、アナザーディケイドは胸の前で指を絡ませ手を組んだ。
「―――わたし、愛が欲しいの。愛、愛、愛……そうやってふわふわしていたら、いつのまにかこの怪獣になっていて。それでね、わたし、愛がそこにあるって知ったの!」
「はぁ?」
アナザーディケイドの全身が沸き立つ。どういう理屈か知らないが、コントロール不能の暴走機関であるキングプロテアはいま、目的と行動が一致しているのだという。
その事実こそが、彼女にこれだけの制御の行き届いた行いをさせている、と。
「いちど繋がったらね、愛って切れないんだ。愛を欲しがるわたしを我慢させるための鎖だけど、それはずっとずっと結ばれたまま、どんな遠いところまでも伸びてくれるの。わたしがどれだけ寂しい場所にいても、ずっと繋がってるんだ。
わたしに結ばれた、わたしを止めるための鎖は全部、わたしのことを想ってくれてる愛でもあるんだよ!」
「―――――」
どうにも面倒そうな顔のカズラ。
どことなく何か言いたげなヴァイオレット。
そんな二人の頭上に出現している巨人は、嬉しそうに叫ぶ。
一応相手の布陣は崩せたが、やはりKPは砕けなかった。強引なまでに行われるKPに対する防御。それを達成させるために全身全霊を尽くすキングプロテア。
宝具を砕かれ、魔力をほぼ切らしたネロがその巨神を見上げる。
(アナザーディケイドの力を通じ、ティアマト神の思考と共感した……? というより、これはむしろ―――)
下がりつつ、背後に立香とネロ、ついでにエリザを庇うフィン。
彼は槍を軽く回し、ヴァイオレットの視線に留意しつつ思考する。
(ティアマト神を縛りつけた、キングゥの影響を受けているように見える。なるほど確かに、彼女に足を止めさせたキングゥの感情は、子が母に向ける親子の愛と呼べるものと考えられなくもないが……)
―――どうあれ、キングプロテアが確固とした行動方針を持っているという事実に変わりはない。その精神性の幼さこそが付け入る隙になる筈のこの怪獣は、余人には理解できない理論でもって確かな行動理念を獲得していたのだ、と。
それを理解して、メルトリリスが歯を食いしばる。
(あの思考が理性的かどうかは議論の余地があるでしょうけど、プロテアがあの子自身の定めた道徳に従って、理論的に動くことに変わりはない。なんて面倒な……!)
むんむんと全身に力を漲らせるプロテア。そのやる気まんまんな様子を見て、ヴァイオレットは溜め息交じりに指で眼鏡の位置を直す。
「それくらいでいいでしょう、今回はここまでです。退きますよ、キング……」
彼女の言葉が終わる前に、プロテアがいきなり動き出す。
思い切り振り抜かれる巨神の腕。
その衝撃に耐えるヴァイオと、踏み止まりきれず転がるカズラ、
「ちょっと、プロテアぁっ……!? なにを……!?」
ガキン、という耳障りな金属音。カズラドロップの悲鳴を塗り潰す盛大な音が響く。二人を守るように置かれたプロテアの手に激突したのは、剣が歪んだような鏃。
弾かれて床に転がった攻撃の証拠を見て、ヴァイオレットが眉を顰めた。
「狙撃―――?」
「いいえ、襲撃です」
二人を攻撃から守るため、覆うように動いたプロテアの手。だがそれで完全に覆い隠せているわけではない。
プロテアの手という壁に阻まれない、アルターエゴ二人を見下ろせる空の一角。そんな場所から、状況の把握が遅いとばかりに声が降り注ぐ。
プロテアの巻き起こした突風の中、まるでそこが無風であるかのように空を舞う騎士の姿。赤い髪を靡かせながら、彼は優雅としか言えない所作で手にした弓の弦に指を這わせた。
上空からの声に反応し、魔眼を開きながら見上げようとするヴァイオレットの動きは、しかし騎士にとっては遅いもの。
彼の指は既に弦を奏で、突風を突き抜ける音の刃となって放たれていて―――
「退き、ます!」
「きゃあああああ―――っ!?」
その刃が届く前に、ヴァイオレットとカズラドロップの足場が銀色に染まった。落とし穴に落ちるように、敷かれた銀幕に落ちていく二人。魔眼の過負荷に顔を顰めるヴァイオと、立て続けの移動に悲鳴を上げるカズラ。両者の姿が瞬く間に消え去る。
続けて、プロテアもまた体を虚数の海へと潜らせていった。
何もなくなった場所を切り崩す音の刃。
それを見届けて、眉を寄せつつふわりと着地を決める弓の騎士。
その顔に覚えがあって、立香はつい彼の名を口にした。
「円卓の騎士、トリスタン……」
「―――私のことをご存じのようですね。サーヴァントが集団で組み、アルターエゴたちと戦っている……カルデア、という組織のマスターということでよろしいでしょうか」
首肯して返す。
彼はその答えに一度頷くと、周囲の状況を見回した。そこでアルターエゴであるメルトリリスに目を留め、酷く難しい顔をして。
「お、ガウェイン卿に続きトリスタン卿まで! 流石は円卓の騎士、この状況でもその技巧に曇りなしだな!
俺はシャルルマーニュ。まあ色々と呼び名はあるが、シャルルと呼んでくれ!」
「シャルルマーニュ、あの聖騎士帝が……? それにガウェイン卿まで……?」
アルターエゴに対する視線を外し、彼はより表情を難しくした。
視線を向けられていたメルトリリスは気にした風もない。
彼はそこで数秒を悩み、改めて口を開いた。
「―――いえ、とにかく私たちもこの狂った状況を打破すべく動いていた者。よろしければ、情報を共有……いえ、こちらから協力を申し出たいのですが」
「私たち、とな?」
エリザに支えられたネロが不審そうな顔をする。
では先程の初撃、プロテアに防御を行わせた狙撃は、トリスタンが舞い上がるために行われた、別人によるものだったということか。
トリスタンは無言で頷いてから振り返って、その連れのサーヴァントがいる方へと閉じた目を向けた。
そこにいたサーヴァントは酷く黒く染まった一人の男。真っ当な英霊とは思えぬ、どこか歪になった何者か。
彼は狙撃姿勢から立ち上がりつつ崩れた狙撃銃を捨てて、白濁した目で失笑した。
「カルデアに協力、か。まあいいんじゃないか、それで。相手は化け物揃い、ゲリラ戦でやれることなどたかが知れていることだしな」
勝手に行動方針を示したトリスタンに対してそう言って、男はどうでもよさげに肩を竦めてみせた。
―――戦果、と言えるものはブーディカとタマモキャットになるのか。その上、アーチャー二人が協力してくれることになった。
状況だけ見れば、順調と言って差し支えないと思う。そろそろ時間も差し迫ってきて、管制室に向かいたいところであるが。
「ほんと、ごめんね。手間かけさせちゃったでしょ……ネロもノックアウトみたいだし」
「大丈夫だよ、ブーディカが仲間になってくれたんだからすぐに取り返せるもん」
休息のための自室のベッドに腰掛けつつ、ブーディカと言葉を交わす。なぜかベッドの下には清姫がいるようだが、まあいいか。それが彼女にとって最大の休息であるならば、邪魔することもない。
ネロは流石に宝具粉砕によるバックファイアか、魔力の損耗が激しくすぐには動けないだろう。改装改築自由自在の建築宝具であるから、壊されても完全に失われることがないのが不幸中の幸いか。
だがネロが戦えない分、ブーディカたちのみならず強力なアーチャーの協力を取り付けられた。ネロ無しで攻略戦に移っても問題はないだろうか。あるいはアナザーディケイドに対しある種の有利を取れるネロの快復を待つべきか、だが残り時間を考えると―――
そうやって頭を回していると、ベッドの隣に座ったブーディカの手が伸びてくる。頭のてっぺんに添えられて、軽く撫で回すような所作。
「ブーディカ?」
「ううん、頑張ってるなぁって。あたしじゃマシュの代わりにはなれないけど、少しは守ってあげなきゃね」
頭を撫でていた手に少し、力が加わった。
こてん、と立香の体が倒れて頭はブーディカの膝の上。
そのまま動き続ける頭を撫でる掌。
不満げなオーラがベッド下から這い上がってくる。が、空気を呼んで邪魔をしないのか、母性からくる行動ならセーフなのか。
とにかく、清姫は特段の動きを見せぬままにその状況は続く。
こうされていると、眠気が沸いてくる。
もうちょっと考えなきゃいけないことがあったのに。
でも抜け出すような気分にもなれず―――
ひとつだけ。
「……ねえ、ブーディカ」
「なんだい?」
寝かされたまま、頭上のブーディカに問いかける。
返ってくるのは優しい声。
だが生憎、質問の内容は切羽詰まった話だ。
前の戦い、敗者によって仕組まれた決戦の舞台を追想する。
あの時は勝者は勝者に、敗者は敗者にしかなれないような舞台を、意図的に仕組まれていた。だから、それだけで判断することはできない。けれど―――
『―――能力的に隕石に干渉できる、君たちの戦力となり得る駒は実はもう一騎いる。
が、彼はこの天秤がどちらに傾くかという争いには参戦不能だ。
根本の部分が敗者側だからね、彼は。この状況での乱入はむしろ君たちを更に不利にする』
あの時、モリアーティが引き合いに出せる、立場が浮いたサーヴァントは一騎しかいなかった。自分たちが新宿に到着するや否や、攻撃を仕掛けてきた狙撃手のアーチャー。
―――顔こそ合わせていないが、あの黒いアーチャーと間違いなく同一人物。
そして彼は、あのモリアーティがその意図に組み込んでしまうような、
「この事件を……
だから問いかける。
おおよそ、答えは分かっているけど。
確信と言えるものが欲しくて。
彼女の口調からその意図を読み取り、静かに表情を険しくするブーディカ。彼女は数秒間を置いて、確かな答えを口にする。
「―――それは、この事件を正しく解決するわけではなく、ただ終わらせるためにはってことだよね? なら簡単。
同じ結論を得て、立香が息を吐く。
「SE.RA.PHが深海を沈降していられるのは、どうしてかこの場が電脳化しているから。この電脳化を解除すれば、SE.RA.PHはセラフィックスに戻って現在地における水圧の影響を受ける。そうなれば全部ぐしゃぐしゃに潰れておしまい、ってことになるんでしょう?」
……そう。一切何も考慮せず問題を消失させるには、それが一番速い。被害も犠牲も考えず、発生してしまった問題を処理するならば。
だからこそ、これが目的なのだと確信できる。あのアーチャーは事件の解決を目指している。何もかも、綺麗さっぱり片付くような方法で。
(……モリアーティとバアルが整えた特異点ほどじゃないにしろ、そういう性質のサーヴァントだっていうのは変わりがないと思う。だから、アーチャーの目的はそれで間違いないはず。SE.RA.PHをこのまま放置すれば問題が大きくなるから、手遅れになったものとしてセラフィックスを破壊する……)
力を抜いていた拳を握る。
ピンチだ、BBたちだけではなく、目指す解決法を異にする存在まで引き込んでしまった。
だけど。
だけど、カルデアのマスター藤丸立香。
―――自分たちは、いつだってそうだっただろう?
(アーチャーの行動、これは指針にできる。明確になっている情報があまりない私たちにとって、一点そこを目指すアーチャーの行動っていう情報はいっそ利点にすらなる。
彼がセラフィックスを水圧で潰すには、SE.RA.PHの電源を落とさなきゃいけない。たぶん彼はその目的に近付くために私たちの仲間になった。私たちを利用すれば、電源に近づく足がかりになる程度の情報は持ってるってこと。
だったら私たちは、アーチャーときっちり行動を共にした上でSE.RA.PHの電源を守り抜いて、なおかつコントロールを手に入れてこの事件を解決する―――!)
自分たちのやり方。今までの、自分たちの戦い。
それをここでもやり通す覚悟を決めて、方針を定める。
そうして心を奮い立たせていれば、しかし。
頭を撫でるブーディカの手の動きに導かれ、立香は微睡みの中に落ちていった。
まともに喋らせたくないサーヴァントトップ級、タマモキャットの参戦です。
んにゃぴ…