Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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関門突破2030/B

 

 

 

「と言っても、場合によっては戦闘にすらならないんじゃないか?」

 

 管制室に向かう道中、シャルルマーニュがそんなことを言い出した。

 時間稼ぎが目的ならば、BBたちは既に目的を果たしている。

 管制室に行かせたくない、ではなく()()行かせたくない。

 それだけだったのだとしたら、もう邪魔をしにくる理由もない、かもしれない。

 

「そもそも時間稼ぎの理由がこちらには分からない以上、備えないわけにもいかないさ」

「どちらにせよ、どこを歩いていても常にアナザーディケイドの出現は想定しなくてはいけない。今のところ強襲はありませんが、これがなかなか難しい」

 

 そんな彼に対してフィンが肩を竦めて返し。

 周囲に気を気張りながら、ガウェインは少々眉根を寄せてみせた。

 

「一応与えたダメージが閾値を越えれば機能停止するのだろう。だがあの巨体でありながら神出鬼没、巨大さに見合った頑強さ、それだけの攻撃を直撃させるのはまず無理だろう。ソウゴがいなければ倒すことはできまい」

 

 アタランテの配置は立香の後方。いつでも彼女を抱え、離脱できる位置だ。

 彼女は溜め息交じりにそう呟いてみせる。

 ただでさえ対処が限られるアナザーライダーの中でも最大級の驚異、アナザーディケイド。ティアマト神ほどではないが、厄介どころの話ではないと。

 

 進軍に参加するサーヴァント総勢9名。

 アルターエゴのメルトリリス。

 セイバーのシャルルマーニュ、ガウェイン。

 ランサーのフィン。ライダーのブーディカ。

 アーチャーのアタランテ、黒いアーチャー、トリスタン。

 そしてバーサーカー、清姫。

 

(バランスは取れてるのかな。たぶん、取れてるよね)

 

 近接戦闘、援護火力、防御力に移動速度。

 協力すればどれも相当な水準を維持できるメンバーだと思う。

 ちょっと問題があるとすれば、未だに真名も知らないあのアーチャーなのだが。

 

 ちらりとそちらに視線を向ける。

 それに気付いた様子で、彼はこちらに視線と言葉を返してきた。

 

「どうした、何かあるのか。カルデアのマスター」

「うん……あなたのこと、何て呼べばいいかと思って」

「……そんなことか。別にお前でも貴様でも、アレでもソレでも伝われば何でもいい話だ。

 オレ以外を真名で呼ぶ、というならそれこそ“アーチャー”でもいいだろうに」

 

 どうでもいい、とばかりに彼は顔を背ける。

 確かにそれは言う通り。

 名乗りたくないという意思表示なのだろうから、そこに易々と踏み込むべきではないのだろう。

 

 メルトリリスが奇妙な表情をしているが、とりあえずそこにも触れないでおく。

 

 彼の返答に納得したように頷いて、彼女は顎に指を添えた。何か考え込むような所作。その状態で数秒の思考を経た立香は、何と無しにこういう時にするべき提案を思いついた。

 

「そっか……でもやっぱりアーチャーだけじゃ分かりづらいよね。せっかくだしアーチャーのことを何て呼ぶか、アンケートを今の内にみんなに取ってみる?」

「何故そうなる。脳が茹だっているのか、お前は?」

 

 ありえない馬鹿を見る目。

 アーチャーにそんな視線を向けられて、小首を傾げて返す立香。

 こういう時にはこうする、ちょっとした真似事だ。

 

 そんな提案に苦笑して、まず真っ先に声を上げたのはブーディカだった。

 

「銃を扱う近代のアーチャーなんだろう? なら、そういう特徴を拾ってみればいいんじゃないかな。銃使いのアーチャー、とか」

「んー、銃使いって呼ぶならアーチャーも要らないんじゃないか、女王。ついでにアイツ、弾丸が剣だったぜ? だとしたらもっとこう、あるんじゃないか? カッコいい感じにさ、剣銃使い、とか」

「ほう、そういった趣向であれば我らもそれに準じた呼び名にしてみるかな?」

 

 シャルルの言葉に何故か乗るフィン。

 そんな彼に対し、目を瞑った顔にどこか難しい表情を浮かべるトリスタン。

 

「私は妖弦使いとでも名乗ればよいですが、それは難しい話です。何故ならこの場には聖剣使いと呼ぶべき騎士が三人、名ひとつで区別するには難しいでしょう」

 

 ポロン、と妖弦を奏でながらそう口にするトリスタン。

 彼の言葉にううん? と首を傾げて視線を左右に振るブーディカ。

 そのうちの二人は明白。

 聖騎士帝シャルルマーニュのジュワユーズ、太陽の騎士ガウェインのガラティーン。

 いずれも聖剣使いという称号の名に恥じぬ使い手たち。

 

「……もしかしてそれ、あたしも入ってる? あたしにその名前はちょっと、名前負けが過ぎるかな」

「なんの。勝利の剣となれば、けしてそのようなことはありません」

 

 何故か自身満々。

 ガウェインに言い返されて、ブーディカはどうも言えぬと少し顔を困らせる。

 とりあえず話を変えるためか、彼女はそこで視線を横にずらす。

 

「アタランテは何かある?」

「無い。私は真名でいいし、その男はアーチャーと呼べばよかろう」

「えー」

 

 きっぱりと言い切る狩人に対し、少年王の不満げな声。

 鬱陶しいとばかりにシャルルを見据えるアタランテの視線。

 

 そんな彼女のすぐ近く、つまり立香のすぐ隣。

 これは名案でしかないとばかりに、清姫が声を張り上げてきた。

 

「ではこうしてはどうでしょう。つまり旦那様(ますたぁ)との関係性を中心に呼び名を決定するのです。となるとまずやるべきことは、妻とするべき相手を決定し―――」

「ブーディカ」

「はいはい、そういうのはまた今度ね」

 

 ひょいと掴んでぽいと捨てる。

 アタランテに投げられた清姫はブーディカの腕の中へ。

 じたばた暴れてみせるが、彼女は少女を放さない。

 

 元より竜種に変じない限り機動力に特筆するべきもののない少女。

 清姫の仕事は空中の戦車から、火竜の息吹による制圧射撃がマストである。

 であれば、今からブーディカが抱えていても何の問題もないだろう。

 

 さて、どう呼ぶかと腕を組んで頭を悩ませる立香。

 どうカッコいい呼び名があったものかと眉間に指を当てるシャルル。

 そんなお馬鹿な二人を見て、メルトリリスが軽く口端を引き上げた。

 

「……大人気なのね、黒いアーチャー。そう見えて実は性根からして主人公気質の人たらし、という奴なのかしら? ならそうね、私はドン・ファン呼びにでも一票投じておいてあげるわ」

 

 どういう理屈か、楽しげにそう名付けようとするメルト。

 その命名について、マスターとシャルルの間で議論が始まりそうになる。

 このままでは面倒な流れが果てしなく続くばかり。それをよく身をもって理解して、本当に嫌そうにアーチャーは酷く不機嫌そうな舌打ちをした。

 

「チッ…………ただアーチャー、というだけでは不満なら、いっそ“無銘”とでも呼べばいい。刻まれていた銘さえ摩耗し読めなくなった名も亡き剣。人理に名立たる英雄どもとは違い、使い捨てられる一介の守護者(サーヴァント)なぞ、そのような値崩れしたガラクタばかりだという話だ」

 

 名乗る意味もなければ、そもそも名乗る名前も元より持ち合わせていない。

 お行儀のいい英雄と違って、まともな真名も持たない反英雄。

 自分のことをそう白状してから、彼は顔を背けてしまった。

 

「いや。そうとその名を口にした、ということはだ。例え銘を喪おうと(サーヴァント)であるという使命に対して、誰より真摯であるという事だと見た。

 名を立てることではなく、名を喪ってでも成し遂げたその行いと精神によって、アンタは紛れもない英雄になったんだろう。俺はカッコイイと思うぞ、それ」

 

 だがシャルルは食い下がる。

 本当にいい加減にしろ、とばかりに一周回って微笑みさえ浮かべる無銘。

 

「ああ、そうだな。それはオレが清純さの欠片もない反英霊でなければの話だがな」

 

 うんうんと頷くシャルルマーニュ。鬱陶しげな様子の無銘。

 相性がいいのか悪いのか、意外な関係を見たと立香が目をぱちくりとさせた。

 

 とりあえず本人が無銘と名乗ったのだから、そう呼ぶべきだろう。

 無銘はこちらの行動方針に何ら文句がないように見える。

 それは立香の選んだ動きが、彼の目的に向けて道を同じくしている証拠だろうか。

 

 一緒にいたトリスタンさえ無銘を警戒していた。

 が、警戒しつつも戦力として必要なものと割り切っていた様子。

 であればこちらも注意しつつ事を運んでいかねばならないか。

 

 そんな少女の視線を背中に受けて、表情を変えないまま思考する無銘。

 

(カルデアのマスター、恐らく()()()()()()()()を知っているか。歴戦のマスターは伊達ではない、と称賛すべきか。あるいは一度とて見る価値のない掃除屋(こんなもの)を何度も見る環境に立たされていることを憐れめばいいのか。

 とにかく、奴はオレという男に対して初見ではなく、オレが存在するということはどういうことなのかをおおよそ理解している。

 ……その上で追求はせず、こちらの行動を観察することで金糸雀扱いするとは恐れ入る。よほど性格が悪い教師でもついているのか。まあ、指標としてオレの存在が分かりやすいということに異論はない。まったく面倒な話だ)

 

 砂で作った城を崩すように、浮かべていた微笑みを崩す。

 そうしてから無銘は無表情に戻り、無言で進軍を続けることにした。

 

「しかし予定通り戦闘になった場合、結局あのアナザーディケイドは一体どうするつもりだ? そのパッションリップとやらを攻略し、他は撃退程度に済ませて管制室に向かうのか?」

 

 アタランテが話を戻し、状況を確認する。

 

 倒せない強大な敵。倒す方法があるのは知っているが、それを満たす手段がない。

 それだけで溜め息も出るというものだ。

 

 腕を組み、立香が唸りだす。

 

「うーん……そうだ。一応訊いておきたいんだけど、メルトって何かウォッチを持ってたりする?」

「―――――」

 

 他のサーヴァントの視線がメルトに集まる。

 メルトとソウゴの関係は吹聴したりしていない。

 関係があるということは、教会のあの場所で立香に対し白状したのみだ。

 だが彼女は気にもせず、そのことを訊いてきたりする。

 

(別にいまさら隠すつもりもないけれど)

 

 そもそも立香以外の相手からどう見られるかなどどうでもいい。シャルルマーニュに関しては別の意味で気にかけているが。ただそれに関しては自分から言い出すのはアレだ、と思うところがあるだけ。

 ふと思いついて、視線を横に。メルトの視線がブーディカの腕の中の少女に向けられる。一瞥する相手はバーサーカー・清姫。カルデアを代表する名誉嘘発見器。

 

(明確に嘘をつくと察知されるけれど、誤魔化す分には問題ない、んだったかしら? まあこっちは元からAI、問いかけに対して情報制限はしても、嘘なんてつきはしないけれど)

 

 少し、小さく息を吐いて。

 

 メルトリリスは酷く手間取りながら、自分の腕をゆらゆら動かし出した。

 縛っている袖の裾を解くような動き。とんでもなく不器用な所作で行われるそれに、彼女自身が酷く苛立たしげに口元を歪めた。

 

「一応、ある、わよ、この……!」

 

 縛られた袖がやっと解けた。そこに無理矢理包み込まれていたウォッチがぽろりと落ちる。

 それに対してあっ、という焦りの表情を浮かべるメルトの前。するりと手を差し出し、床に落ちる直前のウォッチを受け止めるフィンの掌。

 

「おっと、すまない。どうにも目の前でレディの手がちらつくと、誘うための手を差し出さなければ気が済まない性質(たち)であるものでね。

 それはそれとして、どうやら落とし物のようだ。偶然私の手に乗ったようだが、これを貴女に捧げても?」

 

 受け止めたウォッチを手に、そのまま軽く膝をつく。

 そうして恭しくウォッチをメルトに差し出してみせるフィン。

 何故かガウェインとトリスタンが感心したように頷いている。

 

 お馬鹿集団なのだろうか、こいつらは。

 

 フィンが受け止めたウォッチを見て、苦々しい顔をするメルト。

 

「……一応、それを渡されてたわ。私が持っていても仕方ないし、好きにすればいいじゃなくて?」

 

 立香がそれを覗き込んでみれば、それは何故かオーズのウォッチだった。

 

(オーズのウォッチ……)

 

 一応訊いてみただけで、本当に持っているとは思っていなかった。

 しかしオーズ、なぜオーズなのだろうか。そこに理由があったりする?

 

 どちらにせよアナザーディケイド攻略のとっかかりにはならないだろう。

 フィンが腕を動かし、立香へとウォッチを差し出す。

 微笑む彼に頷きながらそれを受け取って、立香はメルトへと歩み寄る。

 

「ソウゴからメルトが預かったんだから、自分で返すまでちゃんとメルトが持ってないと」

 

 言って、彼女の腕を取る。

 メルトは何か言いたげにしつつもしかし、溜め息を吐いて軽く膝を曲げ、腰を下ろした。身長を合わせるための動き。

 そうしてくれた彼女に対し、最初にそうしてあったように、黒衣の長い袖にウォッチをくくって縛り付ける。しっかりと固定して、離れないように。

 

 なされるがまま、むすっとしてその行為を受け入れているメルトリリス。

 それを見てトリスタンが瞑った目をより細くした。

 

「……とにかく、戦闘になれば特別な攻略法はないと見ていいわけだな」

「とりあえずまずはパッションリップの方に注意しましょう。問題は彼女もKP(カルマ・ファージ)を所有している、という点だと思われるのですが」

 

 ガウェインの視線に合わせ、ブーディカは首を横に振る。

 その際の記憶は酷く曖昧であるようだ。

 タマモキャットはそうでもないような辺り、どうなっているのか分からないが。

 

 KPを所有する相手との戦闘では、必ずサクラファイブ二人の乱入がある。ヴァイオレット、及びカズラドロップの両名。

 カズラドロップはKPを回収するだけで現状そう脅威でもないが、ヴァイオレットの魔眼、“クラックアイス”の疑似的な時間停止は大きな脅威だ。幸い負担は大きいようで、長時間発動していられるものでもないようなのが救いか。

 

「……リップがああして暴走しているのはKP(カルマ・ファージ)を与えられているから。もしあれもカズラドロップが回収するようであれば、リップはこちらに引き込めるかもしれないわね」

「あのアルターエゴもBB側ではない、と?」

「BBに素直に従うアルターエゴなんて最初からヴァイオレットくらいなものよ。人望ないんだから、アイツ」

 

 トリスタンからの問いに嘲るように笑うメルトリリス。空間が一瞬ざわめいた気がするのは、あまりの言いようにBBが怒りのチャンネル開設でもしそうになったからだろうか。

 しかしそれを待っていたのだろうか。雑なBBの乱入がない事にメルトは柳眉を顰めさせた。

 

 そんなメルトの話を聞いて、立香は軽く腕を組む。

 

「今までの動きからして、BBはKPを失いたくないんだよね。なら、パッションリップを追い詰めればどうしてもKPを回収する事を求められる」

「けど前見たいに力が出せない、ってなったら先輩じゃパッションリップは追い詰められない。いいとこ囮だ」

 

 シャルルの発言を受け、彼を睨みつけるメルトリリス。

 

「どちらにせよ、パッションリップって子は倒さずにKPだけを壊せるような手段がないと相手も焦って回収したりしないだろ? それってやっぱり難しいんじゃないかい?」

「んー、役割としてはやっぱ俺は目晦ましに回らざるをえないだろ?」

 

 ブーディカの問いに溜め息混じりに返すシャルル。

 パッションリップの攻撃範囲を潰すには、十二勇士の宝具は必須だろう。

 先にやった通り、ブラダマンテの盾を構えておく必要がある。

 

 そして彼は軽く握った拳を開閉して、前回そこに握った剣の柄の感触を思い返す。

 

「それに女王ブーディカの場合は十分に足りるだろう、と感じて振るった。が、あのローランの剣でアルターエゴのKPだけを斬って捨てる、っていう奇跡に()()()かどうかはちょっと分からない。たぶん、通常のサーヴァントとアルターエゴじゃ霊基への馴染み方が桁違いだろうからな」

 

 捧げた対価に相応しい奇跡を起こすローランの剣、“不毀の極聖(デュランダル)”。

 ブーディカとKPを切り離すため、あの一刀に捧げた対価は立香の令呪一画。

 もっともそれは振るわれることのないまま消費されてしまったが、ブーディカは問題なく救出できている。その辺りは結果オーライだろう。

 

 ただしパッションリップ相手にそう上手く行くかは微妙だとシャルルは語る。

 

 しかし消費する品が令呪。

 惜しむつもりは毛頭ないが、限られたリソースであることには変わりない。

 あまりバンバン使えるものではない。

 やってみて駄目でした、となってしまった場合が流石に大問題だ。

 

(相手の中にあるものだけを抉り出す……そうなるとさっきのオーズウォッチは、メルトの踵をトラの爪の代わりにこう、ぐりっと、みたいな意味で? でもやっぱりソウゴが使わなきゃ関係ないかな?)

 

 では一体どうやってパッションリップを止めるか。

 そう考えているところに、ポロンと涼しげな音が入ってくる。

 

「……皆さんはどうやらそのパッションリップ、というアルターエゴを相手にKPのみを狙う、という手段を選ぼうとしている節があるようですが。どうでしょう、その必要があるのですか?」

「パッションリップをそのまま倒してしまえばいい、と?」

 

 ガウェインの声に深く頷き、トリスタンは続ける。

 

「ええ。KPとやらがどのような意味を持つか分かりませんが、相手が積極的に回収する以上は失いたくはないものなのでしょう。ならばそれを回収する暇など与えず、アルターエゴの無事など考慮せず、相手の静止を振り切る速攻で仕留める、という作戦の方がよほど簡単なものになるでしょう」

「―――――」

 

 メルトリリスは無言。

 彼女はパッションリップの無事は願いたいが、それ以外の部分では彼の意見に賛成。

 なによりKP(カルマ・ファージ)をさっさと全部処分してしまいたい。

 

 あえてKPを回収させ、パッションリップを解放する。

 危険を取り除くため、パッションリップごとKPを粉砕する。

 これは彼女の意志が作り出した天秤だ。

 

 だがもう、彼女はどちらに比重をおいて傾けるか決めている。

 契約、しているのだ。

 

「ねえ、メルト。パッションリップってどんなに大きなものでも壊せるのが能力なんだよね?」

「え? ええ……id_es(イデス)、“トラッシュ&クラッシュ”。

 実際のサイズがどうあれ、視界に収まるものなら何でも潰せる。それこそこの電脳空間ごと圧縮して、通路を破断させることさえできてしまう凶悪な腕。だから下手に力を使わせるわけには―――」

「サイズを問わず、空間ごと……じゃあつまり、リップを味方にできたらアナザーディケイド……キングプロテアに対して有利をとれる?」

 

 トリスタンが軽く眉を上げた。

 フィンが軽く息を吐き、手を顎に当てる。

 

 ある種の伝承防御、無敵性を持つアナザーライダー。

 そんなアナザーディケイドごと潰せるかどうかまでは分からない。

 が、リップの爪がアナザーディケイドが開く虚数の門を潰せるならそれで十分。

 今のプロテアが安定しているのは、()()()()()()()()()()

 

 時流がない虚数に身を置いているからこそ今のプロテアは、id_es(イデス)“グロウアップグロウ”による時間経過による自動成長と、“ヒュージスケール”によるレベル上限拡張による、無限レベルアップをせずに済んでいるのだ。

 その限度の存在しない成長が始まってしまえば、彼女という存在はSE.RA.PHすら重力の底に呑み込む電脳ブラックホールにまでまっしぐら。誰にとっても望まない結果に終わるだろう。

 

 彼女が作る虚数の門を歪め、出てこれないようにするだけで十分。

 プロテア自身素早くもなく、リップが細かい照準をしなければならないほど小さくもない。

 出てこようとしたアナザーディケイドの出口を潰し、追っ払う。これができるのは今後の活動において、とても重要なことではないだろうか。

 

「……そう、ね。リップは基本的にプロテアに対して相性はいいわ。そこは間違いない」

「なら、私は助けたいと思う。そうした方がいい理由が必要ならいま出来たし、なによりメルトがパッションリップを助けたいと思ってるみたいだから」

 

 少女が唖然としたような、珍妙な顔をする。

 

 だってそれはそうだろう、と立香は思う。

 KPに対して、今まではメルトは戦場において破壊の意志を崩さなかった。

 

 なのにこの道中、リップに関してはカズラドロップに回収させれば味方にできるかも、と口にしたり。トリスタンが提示したリップとKPを双方破壊、という結論は語ることを避けるように話に混ざってこない。ずっと彼女らしくない、煮え切らない態度だ。

 

 だから、マスターである彼女が判断した。

 

 パッションリップを助けることがやりたいこと。

 リップを見捨ててでもKPを破壊するのがやらねばならないと思っていること。

 

 だったら、彼女が下す決断はひとつしかないだろう。

 

「パッションリップはちゃんと助けて、BBがKP(カルマ・ファージ)をどうにかしてやろうとしていることもちゃんと止める。これで行こう!」

「おう、やっぱそれが一番だよな! 了解したぞマスター!」

 

 からからと笑ってシャルルマーニュが同意する。

 目的すら分からないBBの行動、それを助長する羽目になるかもしれない選択。

 だというのに、曲げる気は一切ないと感じさせる宣言。

 

 困った風に眉を顰め、トリスタンが唸る。

 

「しかしそれでは……」

「いいえ、トリスタン卿。恐らくその選択がもっとも正しいものでしょう」

 

 逡巡する彼の言葉を遮り、ガウェインが声を張る。

 

「我々はSE.RA.PHの事を見て回ってきましたが、サーヴァントも含めて、発生している問題は()()している、ということに尽きました。自己を見失っている、自分らしさが失われている。

 であるならば、この問題の解決に挑む姿勢としてはこれがもっとも正しい。自分らしく、()()()()()()()()()を貫くこと。

 この場所でもっとも失ってはいけないもの。それは恐らく、自分自身なのです」

「…………」

 

 サーヴァントどもの狂乱は別問題だろうさ、と無銘が言葉にせず目を細める。

 

 だがカルデアのサーヴァントたちはそれである種の納得を得たようだ。トリスタンに至っても少々不満はありそうだが、ガウェインにブーディカ、シャルルマーニュまで積極的賛成とあらば、口を挟む余地はないと判断したのだろう。ガウェインの言葉にも反論する部分もないと、納得してみせたようだ。

 

 トリスタンはカルデアと関係なしにここの聖杯戦争に召喚された通常のサーヴァント。でありながら、自己を失っていないとは、心胆を支える相当の信仰なり聖性なりがあるのだろう。

 無銘のような逸れ者でない限り、よほどの傑物でもあの声は霊基に雷鳴の如く響くだろうに。

 あるいはとっくに咽喉の枯れたマスターに当たって声が聞こえなかったか。

 

 どうあれ英雄らしい、実に単純な性格で何よりだと思う。

 

「……まあ、汝らしい方針だ。いまさらそこに文句はない。それで、どうやってKPのみを砕く……砕こうとする気だ? そうやって誘わねば、カズラドロップも回収しようとはしなかろう」

「んー……うん、そうだね」

 

 考え無しか、と肩を竦めるアタランテ。

 

 これ以上ああだこうだ話していても面倒だ、と。

 無銘がさっさと声を上げる。

 

「お前たちがパッションリップとやらの動きを止めさえすれば、オレがKPだけを撃ち抜いてやる。相手がそれを見捨てるか、回収しにくるか、どう対処をするかまでは保証できんがね」

「できるの!?」

 

 驚いた様子の立香。

 思わず彼女の視線がブーディカの腕の中にいる清姫に向かう。

 セーフ判定、少なくとも無銘の中でそれは確実に“できること”である証明だ。

 

「ああ、魔術回路を見る眼だけはそれなりでね。前回の女王ブーディカとナマモノの状態を観察していたから分かったことだが、KP(カルマ・ファージ)というのは回路に寄生した(バグ)のようなものだ。

 そこを起点にサーヴァントの霊基の補強なり、思考回路の支配なりを行っているのだろう。であれば、そこを正確に撃ち抜いてやれば順当に解決する。並みのサーヴァントであればその一撃で共に死ぬだろうが、アルターエゴの頑丈さならば問題あるまいよ」

 

 確認するようにメルトリリスに向ける視線。

 

 KP関係なしにパッションリップは頑丈だ。打たれ強く、感じやすい。生命力というスケールではプロテアに譲るだろうが、サクラファイブ随一の破壊力と防御力は伊達ではない。

 下手な攻撃で彼女を仕留めるなど不可能、とメルトは小さく頷いた。

 

「そっか。じゃあお願いね、無銘!」

「ああ」

 

 清姫を抱えつつ、ブーディカが目を細める。

 彼が協力的なのは、彼の目的を達成するため。ここを電脳空間SE.RA.PH(セラフ)から、海洋油田基地セラフィックスに戻すための行いだと考えていいだろう。

 

 が、彼にとってもキングプロテアの神出鬼没さは厄介なはず。

 それに対抗する手段となりえるパッションリップ。

 彼女を戦力として積極的に確保したい、というのはおかしな話ではない。

 

 ―――そこで、立香の傍を歩いていたアタランテが反応する。

 ぴくりと微かに震えて、屹立する獣の耳。

 

「備えているぞ」

 

 ここはもう管制室に続く通路のほど近い場所。

 彼女の警告に大きく頷いて、立香たちは目的地に続く直線通路の前に踏み出した。

 

 通路の中ほどに鎮座している巨大な爪、パッションリップ。

 彼女の背後に立っているヴァイオレット、カズラドロップ。

 鈴鹿御前はどうやらいない様子。

 

「ここを通りにきたよ。通してくれる?」

「―――残念ですが、そうはいきません」

 

 返答をくれるのはヴァイオレット。

 時間稼ぎは十分したからもう通っていいよ、とはならなかったようだ。

 長身のサクラファイブは指を眼鏡のフレームに当てつつ、目を細める。

 

 通路は一直線、どう言い繕っても広いとは言い難い空間。

 視界という一定空間内を凍結させる“クラックアイス”、空間内を捻り潰す“トラッシュ&クラッシュ”。いずれを相手にするにしても、最悪のシチュエーション。

 立香たちは今、この通路の入口にいる。地獄の入口だ。

 

 当然、キングプロテアもいつでも出てこられる準備はしてある。彼女たちが踏み込めば、メルトを除くサクラファイブの総力が一気に襲い掛かるだろう。

 正面激突の役には立たないが、もちろんカズラドロップだって脅威のひとつ。下手に踏み込めば彼女の“虫空間”に捕われ、溶かされることだろう。

 

(完璧な布陣、踏み込める余地などどこにもありません。そしてこの状態で背後からプロテアに強襲させ、無理矢理こちらに追い込めば詰み―――)

 

 追い込んだ後、プロテアは完全にメルトリリス担当。空間制御の技を総動員して、彼女の動きをひたすらに阻害し続けることになる。

 

 そしてヴァイオはリップの動きを止めにくるだろうシャルルマーニュを中心に、“クラックアイス”を行使する。リップが潰すより彼が盾を構える方が早いが、彼が盾を構えるよりヴァイオが魔眼を開く方が速い。

 

 視界を潰せなければリップを力押しで止めるしかなくなる。ガウェイン、フィン、トリスタン辺りがシャルルから離れる事で“クラックアイス”を逃れて、最速でリップを止めにくることだろう。

 相手が迷う余地すらなく全力進撃するしかないそのタイミングで、カズラドロップが“虫空間”を仕掛ける。警戒する間も無く前進を強いられるだろう騎士三人は、対応が間に合わずそこでリタイア。

 

 残るはブーディカ、清姫、アタランテ、無銘のアーチャー。

 その戦力では、リップを押し留めるのに純粋にパワーが足りない。

 

 ―――完璧な処理だ。

 

「―――じゃあ、無理矢理にでも通るね!」

 

 立香が叫ぶ。

 

 それに軽く微笑み返し、ヴァイオレットは軽く手を掲げた。

 プロテアに指示を出すために、そのまま口を開こうとして。

 

 彼女の目の前で、立香がアタランテに引っ張り上げられた。

 そのままアタランテは跳躍し、ブーディカの展開した戦車の上へ。

 

「では少々優雅さには欠けるが、強引に行こうか! “無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”!!」

 

 通路に踏み込む前に、真っ先にフィン・マックールが槍を掲げる。

 そこで巻き起こる神威の水流。突然発生する津波の如き怒涛の水量。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その水流は一直線に通路をヴァイオレットたちを目掛け流れ込んでくる。

 

「ちょ、ヴァイオレット!?」

「―――――」

 

 カズラの悲鳴。目の前に迫ってくる神威を有する水の壁。あんなものに呑み込まれたら、作戦だの足止めだのそんな場合じゃない。

 “クラックアイス”? 止め切れるはずもないし、長時間止めてもいられない。

 対応はひとつしかありえなかった。

 

「っ、虚数に呑みなさい、キングプロテア!」

 

 二人の前に巨人の腕が生えてくる。虚数に繋がる空間の歪み。水流全てを完全に虚数空間に流し落とすことはできなかったが、後ろに抜けてくる水など足元に張る水溜まり程度のもの。

 咄嗟に行ったプロテアの防御によって、彼女たちはフィンの宝具をほぼ完全に凌ぎ切った。

 

「少々甘く見過ぎましたか……! ですが、」

「ええ、本当に。戦場に水が染みたというのに注意散漫だなんて、“純潔”のアルターエゴ、管理と束縛のサクラファイブが聞いて呆れる」

「―――――!」

 

 落とし切れずに流れ込み、できてしまった足下の水溜まりから。まるで最初からそこにいたかのように、“快楽”のアルターエゴS/メルトリリスが再構成される。

 フィンの起こす津波と同化し、虚数の孔を回避し、こちらにまで流れ込んできていたのだろう。

 

 “クラックアイス”、効果適応不可能。

 今のメルトリリスが相手では、至近距離ではヴァイオレットの視線では追い切れない。

 

 “虫空間”、隔離不可能。

 落ちるような真似はしないだろうし、よしんば落とせたとしても今の彼女は閉じ込めきれない。

 

 キングプロテア、攻撃不許可。

 今メルトリリスを薙ぎ払おうとすれば、ヴァイオとカズラもまとめてドカンだ。

 

「スズカを配置しなかったのはとんだミスね。いいえ、もしもの場合KPを同時に二つ守るのが無理だと思ったから、わざと外したのかしら?」

「メルトリリス……!」

 

 ヴァイオレットの腕が伸び、螺旋を描き、ドリルのような形状へ変化する。

 振るわれる腕と脚、激突の結果は見るまでもなくメルトの圧勝。

 瞬く間に押し込まれていくヴァイオレット。

 

「―――私は回収にいきますよ」

 

 彼我の戦力差は圧倒的。

 だが“クラックアイス”に注意しなければならない分、メルトとて気は抜けない。

 十数秒くらいならば何とか稼ぎ出してみせるだろう。

 だからこそカズラドロップも即断即決、すぐにパッションリップの元へ向かう。

 

 既にシャルルマーニュが最前に出ている。

 あそこで光の盾を出されれば、“トラッシュ&クラッシュ”は照準不可。

 サクラファイブ最凶兵装は沈黙だ。

 パッションリップはただ頑丈で凶悪な爪を持つだけの暴れ牛にされてしまう。

 

「私を守りなさい、プロテア!」

 

 一目散にリップに向け走るカズラ。

 空を征く戦車からの射撃、火炎。地上からの音の刃。

 それら全てをアナザーディケイドの強靭な腕が弾き返していく。

 

 ガウェインやフィンがリップに辿り着くより、こっちの方が速い。

 あっという間に突破された事になるのが少々苛立つが、まあ計画通り。

 リップのKPを回収し、さっさと離脱して―――

 

「そら、よォッ!」

 

 ―――風が吹く、冷たい風。

 その発生源は盾ではなく、聖剣ジュワユーズを握ったままのシャルルマーニュ。

 エレメントを制する彼の一閃により、凍える風が吹いたのだ。

 

「盾じゃない……つぁっ!?」

 

 冷気の風が吹き抜け、床に張っていた水が氷結している。

 そんな事実を氷の床を踏み、滑って転倒することでカズラドロップは思い知った。

 滑って頭を氷の床に打ち付けた少女が、顔を引き攣らせながら持ち上げる。

 

「まず、い……っ!」

 

 ガウェインたちに先にリップへ辿り着かれる。そう考え、顔を上げて立とうとするカズラの前。

 しかし騎士たちも足を止めていた。氷結した床で進軍速度が落ちるのはそうだろうが、それでも転んだカズラよりは先に辿り着ける筈なのに―――

 

 足場が凍ったことで、もうひとつの戦場では更に差が開く。

 氷上のリンクを優雅に滑るメルトリリス。

 蛇の如く何とか氷を滑って体勢の維持に努めるヴァイオレット。

 彼女から他所に向ける余裕は一切消失。

 

 ここからの判断は全て、カズラが出す必要がある。

 

(回収できるのは私だけ、私が辿り着かなければ意味がない!)

 

 近付いてこないが目の前に立ち並ぶ騎士たちの姿。

 それを前にして、パッションリップという最凶の兵器が駆動を始める。

 視界内全てを押し潰す、“トラッシュ&クラッシュ”。

 “愛憎”のアルターエゴM/パッションリップが誇る、最強最悪の破壊行為。

 

 緩慢な動きは、能力行使のための初動。

 彼女という兵器が力を使うにあたり、最大の弱点と言える鈍間さ。

 

「……っ、プロテア! 私を掴んで! そのままリップの盾になりに行きなさい!」

 

 指示を即座に聞くプロテア。

 潰さない程度にカズラを掴み取り、そのまま虚数を通じリップの方へと転移。

 

 ―――だが、それでは遅かった。

 

 ガウェインたちが必要以上に踏み込まなかったのは、射線を遮らないため。

 パッションリップにid_es(イデス)を行使させつつ、孤立させるためだ。

 わざわざ抑え込まずとも、その能力の発動に際し彼女は動けず大きな隙を晒す。

 

 だから、その隙を狙いたかった男には十分な戦果なのだ。

 

 構えた狙撃銃。ギチリ、と軋む銃爪(トリガー)、銃身の中で炸裂する神秘(かやく)

 ブレることなく、狙い通りの軌跡を描いていく銃口から吐き出された剣弾(だんがん)

 解析した撃ち抜くべき場所に対し、彼は必要な威力を持つ一撃を放っていた。

 

 プロテアの帰還が間に合うことはない。そういう完璧なタイミングで仕掛けて、こうなったのが現状だ。

 カズラドロップを掴んでから虚数潜航、というワンクッションを挟まなければ、リップを庇う防御だけなら間に合っただろう。だがそれではKPの回収ができない上、放置されたカズラは遠距離組の火力を受けて消滅する。

 

 この短い攻防の結果として、無銘の一射は通ることになった。

 その一射はパッションリップに巣食うKP(カルマ・ファージ)を正しく打ち砕くだろう。

 これにより正気に戻ったリップを救い出すことができる。

 しかもBBが何か守ろうと画策しているKPとやらをひとつ、完全に破壊できるのだ。

 

 この会戦における勝敗。

 立香たちの大勝利、といって過言ではなかった。

 

 

 

 

 

「―――“十の支配の冠/一の丘(ドミナ・コロナム・カピトリウム)”。

 流石にここでKP(カルマ・ファージ)を壊されるのは困っちゃうので、無かったことにしますね?」

 

 出現するのは、ばさりと黒衣を翻し、小悪魔的な微笑みを浮かべた少女。

 月の裏の支配者、聖杯戦争の進行役(ゲームマスター)、小悪魔風ラスボス系後輩型AI。

 即ちBB(ビィビィ)、サクラファイブの大元であるこの事件の主犯だ。

 

 彼女は教鞭、支配の錫杖で軽く掌を叩きつつ、リップの前に降臨していた。

 それと同時、確実にリップを射抜く筈だった一射は影も形もなく消えている。

 当然のことながら、リップがKPから解放されているということもない。

 ただ目の前にBBが現れたことで、彼女のid_esも中断されたようだ。

 

 銃身の焼き付いた狙撃銃を放り捨てながら、無銘が軽く舌打ち。

 

「BB……!」

「―――――」

 

 片目を瞑って、何かを探るような、思案するような。

 そんな一瞬の静寂の後、彼女はいつものように邪悪に、朗らかに微笑んだ。

 

「まさかBBちゃんがスタジオから表舞台に出てくる羽目になるなんて……センパイったら、思った以上に頑張っちゃってますねぇ。評価点には花丸をプレゼント、です!」

 

 言いながらつついと支配の錫杖で虚空に花丸を描くBB。

 それが桜色の光を帯びたかと思えば、閃光となって戦車に向かって迸る。

 咄嗟の回避運動に移ろうとするブーディカの戦車。

 

 その前に、ガウェインとフィンが視線を交わしていた。

 力任せに振るわれるフィンの槍。それを足蹴に跳躍するガウェイン。

 彼は光線より先に戦車の前に躍り出て、熱波の剣閃でその一撃に応じてみせた。

 

 激突する太陽の剣とサクラビーム。

 ガウェインの体は弾かれたが、ビームの威力はそこで止め切る。

 飛散する桜色の光芒。

 桜の花弁が散るような光景の中、BBは肩を竦めて背後に視線をやった。

 

「ま、わたしが乱入せざるを得なかった時点でこちらが完全に負けたようなもの。そちらが得る筈だった戦果は素直に与えましょう。

 カズラ、リップからKP(カルマ・ファージ)の回収を。KP回収が終わったらプロテアは二人を連れていつも通りに撤退してください。メルトもヴァイオをいじめるのはその辺にしておきなさい」

「ここで潰しておく手は無しではないでしょう?」

 

 何とか立っている状態のヴァイオレットと、無傷で最高潮のメルトリリス。

 差は歴然、続けた場合の結果も歴然だ。

 このままいけば、ヴァイオレットはメルトリリスにドレインされる。

 

「お馬鹿ですね、メルト。さっきアナタも言っていましたが、ここに鈴鹿さんを呼ばずサクラファイブで固めておいたのは、これが聖杯戦争の外の争いだ、と設定するため。

 わたしはここに聖杯戦争参加者に対する障害を設置し、アナタたちはそれを見事にクリアしここを通る権利を勝ち得た。わたしが直々にアナタたちは勝者だと認め、戦利品を贈呈した。だからここでの戦い、ゲームはここまでです。

 こちらがアナタたちに手を出す理由もなければ、アナタたちがわたしに刃向かう権利もない。ここでわたしに聖杯戦争とは関係ない戦いを挑むのであれば、わたしはそれをルールを逸脱した違反者(イレギュラー)を排除するただの支配者として相手をするだけです」

 

 眼を赤い光を浮かべ、静かにそう口にするBB。彼女の様子にメルトリリスは黙り込み、僅かに唇を噛み締める。

 先程“十の支配の王冠(ドミナ・コロナム)”をわざわざ見せつけたのは、それができる出力があると見せつけるためか。流石に当時、月の裏の支配者だった頃ほどの出力はない。だが少なくともそれが行使できるということは、ムーンセルのバックアップがあるという証明だ。

 

 黙り込んだメルトを一瞥し、BBは立香へと顔を向ける。

 

「というわけで、わたしのサクラファイブ……でも4人だったんですよね、メルトが裏切ってるから。えーと、じゃあサクラフォー回廊! みごと攻略おめでとうございます、センパイ!

 わたしも一応こうして顔を出せるくらいに余裕が出てきましたし、最終決戦も間近? みたいなところ出てきたかもしれません。これから凱旋が如く管制室に乗り込んで、どうぞ向かうべき場所を思い知ってくださいね!」

 

 そう言って笑う少女の後ろ、不服そうにリップの背後に迫りKPを抜き出すカズラドロップ。リップはその影響で体を跳ねさせ、崩れ落ちるように倒れ込む。

 メルトリリスに注意しつつ、身を退くヴァイオレット。

 

 そんな二人を掴み取り、虚数へと沈んでいくプロテアの腕。

 手駒の撤退をきっちり確認してから、BBの姿は溶けるように消え去った。

 

 

 

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