Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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麗らかなる美獣2030/A

 

 

 

 ざわざわと風に傾ぐ木々のざわめき。

 周囲に満ちるのは、揺れる葉が擦れる音ばかり。

 そんな、何故か存在するジャングル地帯。

 

 本当に何故かSE.RA.PH(セラフ)に存在するジャングル地帯。

 そこに踏み込み、泥を切り裂きながら。

 メルトリリスは本当に嫌そうに、この環境に顔を顰めた。

 

「なによこのセクター。番人によって多少カタチは変わるものだけれど、限度っていうものがあるでしょう? どうしたらこのSE.RA.PHにジャングルが発生するっていうのよ。ああもう、この湿気が疎ましい……!」

「メルトリリスって自分も水なのに湿気は気にするの?」

 

 彼女の様子を見て、不思議そうに首を傾げるソウゴ。メルトリリスの近くで除湿機を動かしたら、メルトが小さくなると思っていそうな顔での問いかけ。

 相手を蹴手繰りたい、と思うことは珍しくもないメルトリリスをして、その顔面を殴りつけたい、という未知の感情さえ抱くに足るふざけた表情。

 

 そんな問いに対し、彼の前を歩いていたリップが言葉を返す。

 

「たぶん自分が水だから余計に気になるんじゃないですか? メルトって自分では自分のこと、涼やかな湖みたいに湿気たところのない誇り高き乙女、みたいな自己認識してるところがありますから。

 実際はリヴァイアサンが入ってる事もあって特に嫉妬深くて、こういう場所みたいにひたすらじめじめとしてる部分も多いんです。まあそれはメルトに限らずで、お母さま含めて私たち(サクラファイブ)はみんな揃ってそういうところがあるんですけどね」

 

 そうなんですよー、とリップ。そうなんだー、とソウゴ。

 横から蹴りつけたい気分にかられるやりとりに、我慢を強いられるメルト。

 

 息を整えつつ、メルトリリスが周囲の気配を探る。

 

 ぬかるんだ地面を歩くパッションリップ。

 生い茂る草木とは別に、床までもが土になっている。湿気と合わせて、歩くだけで足を沈ませていく泥の道だ。

 そんな状況下でもリップは危うげなく、周囲の草木を適度に腕で削り落としつつ、無難に歩いていく。

 

 そんな彼女を視線で追いつつ、踵で泥を裂く不快感に眉を顰める。

 二人のやりとりに肩をいからせ、むすっとした顔をしつつ。

 しかしメルトはそれとは関係ない話に思考を回していた。

 

 この段に至るまでに繰り返したドレインで、彼女の調子はかなりのもの。

 “天声同化(オラクル)”で後押しされたA級サーヴァントが相手でも一騎打ちをこなせるだろう。

 

 それでもまだカール大帝に届くかというと疑問は残ってしまう。

 故に時間ギリギリまで丁度いい獲物を探していたのだ。

 

 その結果発見したのが、こうしていつの間にか発生していたジャングル地帯。

 発生がサーヴァントの能力なのは間違いない。

 撃破し吸収すべきか、そうではないのか、判断するためにも確認しにきたというわけだ。

 

「――――っ」

 

 先導していたメルトリリスが振り返り、リップとソウゴを見る。

 正確にはソウゴのことを、か。

 少年は周囲を見回しながら歩きつつ、環境から受ける熱に汗を拭っていた。

 

 SE.RA.PHに歩くだけでも辛い場所、なんて今まで存在しなかった。

 電脳化したところで人工施設、歩くだけでも辛い場所なんてあるはずもないのだ。

 

 だがこのジャングル地帯は違う。

 行動するだけでも、ただここにいるだけでも、大きく体力を消耗する天然の罠だ。

 

 この海の底で何故か適用されている熱帯の気候条件。

 歩くだけで体力を消費するぬかるんだ地面。

 ほんの数メートル先さえ見通せない鬱蒼と生い茂った木々の檻。

 

 ハイ・サーヴァント。アルターエゴであるメルトとリップはいい。

 だが最低限の休息だけでこれまでもこなしてきたソウゴにここは辛い。

 本人は気にしないように周囲に気を配っているが、限界は遠くない。

 

(見なかったことにして脱出して、機動聖都の攻略準備に取り掛かるべき……?)

 

 この空間で行動するのに思った以上に時間を取られた。

 最後の決戦の前に休息を挟む必要性も踏まえ、ここが最後の前哨戦になるだろう。

 だからできるならここのサーヴァントもドレインしたかった、が。

 ここでソウゴに無理を続けさせるわけにはいかない。

 

 自身の中に渦巻く感情。

 それはここで弱気な判断を下さねばならない事への失望か。

 あるいは当たり前のように頼れるものだと思っていた自分への怒りか。

 

「……仕方ないわね、これ以上は時間の無駄だわ。どうも獲物は隠れて出てこないようだし、流石にもうソウゴも限界みたいだし……悪いけどリップ。そいつ疲れてるみたいだし、背中に乗せて先に戻ってくれる?」

「それは、いいけど」

 

 溜め息混じりに肩を竦めるメルトリリス。

 パッションリップとソウゴが顔を合わせる。

 

「メルトリリスはどうする気?」

「私はもう少し探索に回ってみるわ、何がいるかくらいは把握しておきたいし。もしトップサーヴァントが相手であっても、今の私なら問題ないもの」

 

 そう言って胸を張るメルトリリス。

 ソウゴは付き合わせられないが、戦果は欲しい。

 これまで彼を存分に働かせてきたのだ。

 まあここらで彼女ひとりで一狩りしておくのも悪くないだろう。

 

 ―――と、そんな彼女に変なものを見る目を向ける二人。

 

 その反応に対し、ムッとした彼女。

 メルトが更に言い募ろうと口を開いた、その瞬間。

 

「フッフッフ……獲物が隠れて出てこない? ノンノン、実態は密林に潜む狩人が獲物が弱るまでその時をじぃっと待ち続けていた、というのがアンサー」

 

 声。密林、木々の生い茂る周囲のどこからか響く愉快そうな声。

 周囲と気配を同化しているのか、居場所が掴めない。

 すぐさま動けるように備えるメルト。

 腕をどこに向ければいいか判断できず、仕方なく動かず待機するリップ。

 

「ふはは。怖かろう、恐ろしかろう、野性の獣のテリトリーに雑に踏み込んだ愚かしさを、地獄で後悔するがいいのニャー。

 私が今日キミたちに与える教訓。気になるけど危ないだろうと分かっている、そんなよく知りもしない場所に、大した備えも無しに踏み込んではいけない……選んじまったらもう取り返しはつかないんだっゼ!

 特にルートヒロインに対して相談せず、『いまアイツ調子悪そうだし、黙って自分だけでやれるとこまでやっておこう』とか、そんな無謀なチャレンジスピリッツに溢れたことを考えちゃう系朴念仁は、大抵の場合はそこから即座にDEAD END直行コース! もう死ぬしかぬぇー!

 そういうわけでジャガー教室の出席スタンプをひとつぺたり。これに懲りたら今度は死なないように気を付けよう!」

 

 どこか教師染みた口調でそう諭す何者か。

 聞き覚えのある声に対し、ソウゴがとりあえずドライバーを取り出した。

 

 そんな言葉に対して不思議そうに周囲を見回すリップ。

 彼女がふと気付いたように、メルトの位置で視線を止める。

 

(……今のって、朴念仁がメルトでヒロインがソウゴさん、ってことなのかな?)

 

 姉妹から向けられる視線にイラっとしつつも目を吊り上げるメルト。

 

「誰よ!?」

「誰? このアタシが誰と聞いたか、フハハハハ! いいでしょう。我が姿を見て恐れ、慄き、A5ランクのお肉を供えるがいい! 私は一体誰なのだ!? あの雄々しくも美しき猛獣は!? あの密林に潜みながらも麗しさだけは隠せぬ狩人とは!? 鳥か! 猫か! タイガーか!?」

「ジャガーマンでしょ?」

 

 周辺に響く声を聞きつつベルトを装着。

 ウォッチを装填しながら、ソウゴは聞き覚えのある声の正体を口にした。

 そのまま反応を待たずにドライバーをぐるりと一回転。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

 

 ずばーん、と。

 ソウゴがジオウに変わると同時、木々のカーテンを破って着ぐるみが現れる。

 ジャガーマンでありつつトラの着ぐるみ。

 着ぐるみを装着しているのは、オレンジがかった髪色の女性。

 

 かつてバビロニアで戦場を共にしたサーヴァント。

 恐るべき死の象徴ジャガーの偉霊(ナワル)

 即ち、ジャガーマンであった。

 

「大正解! ジャガーの戦士、ジャガーマン! ここに推参!」

 

 ガオー! 愉し気に叫ぶ着ぐるみ。

 そんな破天荒な意味不明系サーヴァントを前に、メルトは即断即決。

 最速による最大威力の突撃を放つことを選択していた。

 

 足場は悪いがそれでもその一刺しは圧倒的速度とパワー。

 真っ当なサーヴァントならば宝具級といってもいい一撃。

 それを不意打ちに近い形で放った彼女は、

 

「ほい!」

「―――――!」

 

 ジャガーマンにあっさりと、肉球のついた槍のような棒で受け流された。

 軌道を逸らされ、木々と葉を蹂躙しながら突き進むメルト。彼女は体を半回転させ、周囲の樹木を切り崩すことで推進力を浪費し、ブレーキをかける。

 着地の衝撃で散る土砂に表情を歪めている余裕もない。

 

 どれだけふざけているように見えていても、彼女は神霊サーヴァント。女神の神核を有するハイ・サーヴァントたるサクラファイブの全力にすら劣るものではない。

 それを今の一回の交錯で身をもって理解して、メルトリリスは顔を顰めた。

 

 棍棒を肩に乗せ、軽くぽんぽんと叩く余裕綽々とでも言いたげな態度。

 だが思考を捨てて対抗できる相手ではない、と理解はしている。

 

「ふっふっふ。こうして私が姿を現した以上、貴様たちはもはやこれまで……生贄の捧げ時という奴なのだニャー」

 

 微笑みながら棍棒スイング、野球のような素振りを始めるジャガーマン。

 馬鹿をやっているように見えて、結局のところ無双だから許される余裕でしかない。

 隙だと見て下手に攻めても潰されるのはこっちだ。

 

 片手に更なるウォッチを握りつつ、そんなジャガーマンの様子を窺うジオウ。

 

(……雰囲気っていうか、空気感っていうか。

 影響を受けたサーヴァントが纏うオーラがないし、たぶんジャガーマンは“天声同化(オラクル)”の影響を受けてない。

 ―――なんでここにいるんだろ……?)

 

 カール大帝にもSE.RA.PHの状況にもほとんど興味がない、のだろうか。

 だったらなぜここに、と思うがいるものは仕方ない。

 しかも“天声同化”を受けずにトップサーヴァント以上の実力を持つ神霊級。

 目的はない割りにやる気自体は結構あるらしく、逃げの一手は不可能だ。

 

 彼女がこちらを狙うのはカール大帝やSE.RA.PHとは関係ない。

 不埒にも自分の縄張りの中に踏み込んできた連中を狩る、という野性だ。

 

「リップは片っ端から周りを壊して。相手が隠れたりできないように」

「はいっ! そういうのは得意です!」

 

 メルトとジャガーマン、どちらの速度にもリップはついていけない。

 ならばリップがやるべきことは相手のホームをぐちゃぐちゃにしてやることだ。

 周辺を更地にしてしまえば、相手が得られるはずだった地の利をゼロにできる。

 

〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉

 

 メルトを前に、リップが後ろ。

 ならば自分は対応力を優先して、どうとでも動けるようにいく。

 起動したディケイドウォッチをドライバーに装填。

 回転させる事で、ジオウという鎧の上に更なる力を纏う。

 

〈アーマータイム! カメンライド! ワーオ!〉

〈ディケイド! ディケイド! ディケイド!!〉

 

 十の影が浮かび上がり、それぞれがジオウの上で重なっていく。

 形成されていく次元を渡る放浪者のアーマー。

 特殊鉱石で製錬された堅牢な鎧を前に、ジャガーマンがホホウと唸った。

 

「いいピンクしてるわねぇ……まるでぴちぴちの生肉のような色つや。煮てもヨシ、焼いてもヨシ、そのままかじりついてもヨシ。自分で自分の食欲が止められない……!」

「硬いと思うよ。あとマゼンタだし……」

「食いでがありそうならそれはそれでヨシ!」

 

 いいわけないと思う、と思いつつも伸ばす腕。

 その掌に光と共に現れる、時計の針の如き長剣。

 

〈ライドヘイセイバー!〉

 

 肉球棍棒をふらふら揺らしつつ、ジャガーマンが不規則に暴れる。

 それを追い、脚を振るうのはメルトリリス。

 だがそれに対し、ジャガーマンは棍棒を向けることさえしない。

 着ぐるみに包まれた自分の脚でもって対抗し、蹴り合いで拮抗してみせた。

 

「この……着ぐるみのくせに……!」

「ニャッニャッニャ~!」

 

 間の抜けた笑い声を出しながら、動きは機敏に過ぎる。

 周囲に飛び散るのはリップがとにかく砕いていく木片の雨。

 飛散する木々の残骸を物ともせずに戦闘を続行する二人。

 

 そんな中で遂に振るわれる肉球棍棒。

 銀色の脚と打ち合ったその威力が、メルトを大きく後退りさせた。

 

「フッ……超自然的な力、ジャガーのナワル(テスカん)をその身に習合させ、野性のパゥワァを極限まで高めてくれるとくれないとか、南米のとある地域で伝わっているかもしれない事もない気がする、由緒正しきこの戦装束……そんなこのアタシのあざと可愛くカッコいい一張羅を着ぐるみなどとバカにしてくるような、ユーモアも介さぬ女の一撃など軽い軽い。

 いくら目立とうが所詮は攻略対象外ヒロインの一人に変わりなし! ちょっとヒロイン力上げた程度で私を倒せるなどとは思い上がりも甚だしい! やーい、悔しかったら私みたいに力と技と美と健康を同居させたかぁっくいー着ぐるみでも用意してみるのニャー! どうせ無理でしょうけど!」

 

 何故か煽り倒してくるジャガーマン。歯軋りするメルトリリス。

 結局のところ何だかんだ言って着ぐるみでいいのだろうか。

 

 しかしそれはさておき。彼女は大言を吐くだけの能力は見せつけている。

 観察すればするほどよく分からなくなる立ち回り。

 

 だが見てばかりもいられない。

 ジオウが手にしたヘイセイバーへと指をかける。

 指をかけて回す、柄に備えられたハンドセレクター。

 

〈ヘイ! 龍騎!〉

〈龍騎! デュアルタイムブレーク!〉

 

 炎を纏った刀身を振り抜けば、奔る火竜の息吹が如き熱閃。

 それが周囲に飛散した木々の残骸を燃やし周囲紅く染めてあげていく。

 

 だが拡がっていくのは大した炎でもない。

 鬱蒼としていて湿気に満ちた密林地帯。そこでまだ無事な木々が炎上するほどでもない。

 だが周囲に多少火が広がったのを見て、ジャガーマンが微かに眉を下げた。

 

 そんな刹那に生じた隙をつき、メルトリリスが加速する。

 真正面からの突撃。狙いは霊核、心臓目掛けて一直線。

 すぐさま反応を返し、繰り返される棍棒と剣の激突。

 

 揃って跳躍したまま足場も無しに行う、火花を散らす空中戦。

 それを見上げながらジオウが更なるウォッチを取り出した。

 

〈カブト!〉

〈ファイナルフォームタイム! カ・カ・カ・カブト!〉

 

 姿を変えるディケイドアーマーは、甲虫を思わせる重厚な装甲へ。

 表示を変更するディメンションフェイスとコードインディケイーター。二次元モニターとして機能しているVRマスクに浮かぶ顔が青い眼の真紅のマスクに変わり、胸部の表示板に打ち出される文字が“カブト・ハイパー”と変わる。

 

 再現されるレジェンドの力は、カブト最強の姿。

 仮面ライダーカブト ハイパーフォーム。

 

〈カ・カ・カ・カブト! ファイナルアタックタイムブレーク!〉

 

 その最速最強の力を行使するべく、ジオウがウォッチの力を解放した。

 ハイパーカブトの力がタキオン粒子が鳴動させ、彼を時流の異なる空間に導く。

 

 全てが停止したかのようなスローに見える、ハイパークロックアップの世界。

 一人そこで動けるジオウがヘイセイバーを握り直し―――

 

 その視線の先に、圧倒的な闇を見た。

 

「これは……」

 

 拡大していく漆黒の闇夜。視界を遮る狩猟空間。

 

 発動したのはジオウがこの圧倒的超速空間に踏み込む前。

 野性の本能全開でマジやべぇ感を察したジャガーマンが解放した宝具。

 “ジャガー潜む暗黒の森(ジャガー・イン・ザ・ブラック)

 

 闇に潜み獲物を狩る、ジャガーの有する狩場の顕現。

 たとえ森を重機(リップ)に切り崩されていようと関係ない。

 夜であるならば、そこは野性の獣たるジャガーの狩場なのだ。

 

 そんな夜間のみ使えるというディナーにしか使えない限定宝具。

 SE.RA.PHに昼も夜もないがそこはそれ。

 深海だし太陽の光とかもう届いてないし実質的に夜でしょ、みたいな。

 

 太陽(カブト)の光を力任せに遮って、地獄の獣ジャガーが地で躍る。

 如何なるセンサーさえも闇に潜んだ狩人は捉えられない。

 どれだけ速度に優ろうと、どこにいるかさえ分からない相手とは戦えない。

 

「これじゃあ、ダメ、かな……!」

 

 ハイパークロックアップと共に、カブトフォームを解除する。

 通常の時流空間に帰還するディケイドアーマー。

 この空間では自分だけ速度を上げてもアドバンテージは得られない。

 メルトとリップとの連携が取った方がまだマシだ。

 

「隠れた……!? リップ、視える!?」

「う……ううん、視えない!」

 

 であれば“トラッシュ&クラッシュ”も使えない。

 見えなかろうがいるのであれば、周辺一帯を吹き飛ばせばいい。

 だが相手がどこからくるか警戒もできない状況でそんな隙だらけな行動を?

 

 あの狩人に対してそれは流石に甘い。

 隙をついて襲撃してください、と言っているようなものだ。

 

「フハハハハ、怖かろう、怖かろう。太陽は沈み、月は雲に隠れ、自動販売機の灯りすらない田舎の田んぼ道が如きこの無間の闇……

 通い慣れたはずの道が、一歩踏み間違えれば田んぼにドボンが待つ地獄のあぜ道に姿を変え牙を剥く。これこそが夜という時間の本質。文明に慣れ過ぎて電気・水道・都市ガス辺りなんて、あって当たり前と思うようなるなよ人間。夜っていうのはいつになったって怖くて危ない時間なのだぞぅ? と教えてあげる。これはそんなジャガーの優しみなのよ……そしてそれはそれとして死ねィ!」

 

 風を切る音。恐らくは棍棒を振るうための初動。

 だがその音が聞こえても、それがどこからのものかさえ分からない。

 この夜闇の支配者はジャガーマン。死をもたらす猛獣だ。

 彼女が動くということは、闇から死が訪れるということであり―――

 

〈ヘイ! アギト!〉

〈アギト! デュアルタイムブレーク!〉

 

 両手に握ったヘイセイバー。

 右手でより強く柄を握り、ジオウは感覚を研ぎ澄ます。

 炎と燃える刀身を掲げ、その場で構えるジオウ。

 この完全なる闇の中。闇より生じた光がもたらす感覚に身を委ねる。

 

「火を使うのは人の智慧。うむうむ、善きに計らえ。私だって生肉だけじゃなく、香ばしく焼けたこんがり肉だって大好きです。人が熾す火、それもまたいいものジャン? 美味しければ全てヨシ!

 けどそれだけでアタシの闇を払えると思ったら―――思ったら……?」

 

 予想外、というような反応。言葉尻に向け不思議そうになるジャガーマン。

 彼女が行う筈だった、騒がしいながらもけして察知できない意表をつく攻撃。

 一切気配も感じられず、姿も見えない夜闇の中。

 

 ―――ジオウの超越感覚(からだ)が、確かにジャガーマンに反応していた。

 

 薙ぎ払われる肉球棍棒。振り抜かれるヘイセイバー。

 激突して弾け飛ぶ火花。

 

 姿も気配も分からない、声が聞こえていてさえ感知できない。

 ここがそんな恐怖空間であったとしても。

 いまそこで両者の激突があるというのなら、いまジオウがいるその目の前。

 何もないのに何故か火花を散らすそこに、ジャガーマンがいるはずだ。

 

「リップ!」

「うん!」

 

 速攻。リップに声をかけつつ、メルトは威力より速射性のみを優先した。

 見えない、聞こえない、けれどいるはずの場所に撃ち込まれる一撃。

 反応が僅かに遅れ、棍棒での防御は間に合わない。

 

「やっべ!」

 

 メルトからの一撃を貰う。

 僅かに受けたウイルスで着ぐるみの毛皮が僅かに溶ける。

 流石にこの程度で溶かされるほどジャガーマンは軟ではないが。

 それにしたってこういう系の攻撃をいま食らうのは、不味い。

 

 その事実に少し顔を引き攣らせつつ、彼女は鍔迫り合いを中断した。

 

 受けた攻撃を利用して跳ぶ。ジオウ相手に開く距離。

 距離を取ればまた彼女たちはジャガーマンの位置を完全に見失う。

 仕切り直しだ、と。

 

 ―――思っていたが。

 

(めっちゃ見えてんじゃーん。というか、何となく本能的にだけどさぁ。あの火の剣、ジャガーというかテスカんとめっちゃ相性悪くなーい?)

 

 ジオウの視線がジャガーマンを追う。確かに見えている。

 そりゃあ夜に明かりを灯すのは火ですけども。

 それにしたって何やら、作為的なくらいに相性の悪さを感じざるをえない。

 

「フ―――ッ!」

 

 一閃、剣を振るえば飛来する熱波。それ自体の回避は容易だが、その次だ。

 ジオウが飛ばした炎を目印にして、リップが両腕を撃ち出した。

 

「行き、ます!」

 

 放たれる黄金の拳。神剣の塊みたいな破壊の鉄槌。

 あれに直撃されたら如何にジャガーの毛皮だろうとマジヤバなのは間違いない。

 しかもそれはそのものが推力を持ち、空中で何度も軌道を変えるのだ。

 

 ジオウが炎を放つ。

 それを追うように拳が曲がりながら飛ぶ。

 

(炎だけなら仮に受けても問題なし。足を止めればまあ拳の方も撃墜できるでしょう。でもそうしちゃうと今度は―――)

 

 スタートダッシュの体勢でその時を待つメルトリリスをちらりと見る。

 リップの拳を撃墜するならこっちも全力が必要だ。

 足を止めて、ちゃんと踏ん張って、棍棒でホームランしなきゃ防げもしない。

 拳は二つ同時に飛んでいる。一個を殴り返し、もう一個にぶつけて相殺。

 

 そこまでは問題ないが、そうするともうメルトリリスを止める猶予がない。 

 

(………………まァ、あの子の突撃を受けた上で先に八つ裂きにする、って手もあるにはあるけど)

 

 というか、普段ならたぶんそうしていただろうけれど。

 今回ばかりはちょっと残念なことにそうもいかない事情があって。

 

「さぁ―――! 受けて立ってもらいましょうか!」

「―――――」

 

 あちらもそのつもりなのだろう。

 テンション爆上げで突撃の瞬間を今か今かと待っている。

 なんかこう、別にこっちが悪いわけじゃないけど申し訳ない気分になる。

 

 しかしそこはジャガーの精神力。

 メルトリリスの殺気なんて気にせず、彼女はさくっと進路を変えた。

 

「むむっ! ジャガーイヤーがお肉の特売セールの情報をキャッチ!

 こいつは行くしかねぇー! ふーっ! 今日の夜は焼肉で決まりっしょー!

 ガーデン・オブ・ミートがアタシを待ってるっゼ!」

 

 ひょいー、と。炎も拳も避けつつ、彼女は更に夜の奥に沈んでいく。

 追いようがない遁走。突然の事態にメルトが呆けた。

 

 数秒経って、ジャガーマンがいなくなった事で晴れる闇。

 通常の景色が戻って来て目に入ってくる光景。それは木々が薙ぎ倒され焼き払われた密林の末路であり、そこにジャガーマンの姿は一切なかった。

 気配は察知できないが、恐らく周囲に潜んでいるということもないだろう。

 

「―――なんだったのよ!」

 

 がなるメルトリリス。

 彼女が泥が散ることにも構わず、銀色の脚で地面を踏み躙る。

 腕を戻して接続するリップも、流石に不思議顔。

 ただ変身を解除したマスターだけが、何となく雰囲気で頷いていた。

 

「たぶんこれで良かったんじゃないかな?」

「はあ!? 何よそれ、あいつの格の高さは見れば分かるでしょ!? あれをドレインしとければどれだけレベルアップできたか―――!」

「たぶんメルトが思ってるようにはならないと思うなぁ……」

 

 ジャガーマンが指折りのサーヴァントだったのは明白。

 だというのにソウゴの物言いは煮え切らない。

 放って置いたらメルトはまだヒートアップしそうなので、リップは早々に口を挟んだ。

 

「ええと、それでどうするんですか?」

「このまま帰って最後の休憩にしようかなって」

「ソウゴさんがそれでいいなら、私はそれで。メルトもそれでいいよね?」

 

 むっすーと、納得できないと顔を不満に歪めながら顔を背けるメルトリリス。

 

 しかし破壊され尽くしたとはいえここは密林。

 やはり真っ当な人間は立っているだけで体力を奪われる秘境のままだ。

 ちょっとした火事のせいで余計にだろう。

 できることならばさっさと脱出して、ソウゴを休ませた方がいいのは変わらない。

 

 ジャガーマンが登場するまではちゃんとそういう流れだったはずだ。

 

 言葉では返さず、帰り道を先導し始めるメルトリリス。

 そんな少女の態度に目を見合わせてから、ソウゴとリップも後に続いた。

 

 

 

 

 

「ふっ、まだまだ青いわね少年少女たち。手負いの獣に背を向けるなんて……サバンナであれば死んでたところだったけれど、ここはサバンナじゃないので助かったと言えるでしょう」

 

 そうして相手の撤退を感じつつ、ジャガーマンがぐでーと岩の上に転がった。

 ダメージは一発メルトウイルスを貰ったのが大きい。

 彼女も女神、神霊級だ。ちょっとやそっとじゃどうにもならないが、まあ状況があれやこれやの大騒ぎで大問題。

 

「……一応それ、回収しにきてあげましたけど。必要あります?」

 

 そんな伏せたジャガーに対し、声をかける童女。

 緑色の和装の子供、サクラファイブ・カズラドロップだ。

 

 ごろりと転がり少女を見上げ、震える手を伸ばすジャガーマン。

 

「ごほっ、ごほっ、いつもすまないねぇ……」

「いつもも何も、初対面のはずですけれど」

『そこは、それは言わない約束でしょおとっつぁん、と返す場面ですよ』

 

 どうでもよさげなカズラの傍に発生するウィンドウ。

 そこに映ったBBが、ジャガーマンに呆れの視線を向けた。

 

『というか、そもそもの話なんですけど。なんでアナタ戦闘してるんですか? 言うまでもなくそんなことできる状態じゃない、って自分で分かってますよね?』

「んー、狩猟本能? 人狩り行こうぜ?」

「バグだけ除去するつもりで霊基の異常を引き抜こうとしたら、存在自体がバグってるせいで、そのまま脳髄全部引っこ抜けちゃったりしませんか? このトラさん」

 

 言いつつ、メルトウイルスの除去を手早く済ませるカズラドロップ。

 少量だったし、女神としての格で抵抗していたようだし問題はないだろう。放置しているとどんどん増殖し、侵食してくる悪魔のようなウイルスなので、早急な除去が求められるものではあるが。

 

 BBとカズラ、両方から飛ぶ阿呆を見る目。

 もちろん堪えた様子はない。

 

『……ま、無事で済んだようですし別にいいですけど。どうせ何もできないでしょうけど、大人しくしていてください』

「そーねー、これ以上やって()()が壊れちゃってもアレだし。

 ……後はもう、最後まで見届けるに留めておくわ」

 

 そう言ってトラの着ぐるみがフードを閉じる。

 まるでその中にある何かを守るように。

 

 BBが錫杖を振ってカズラを転移させ、堕天の檻へと帰還させる。

 そうしてから寝転がっている着ぐるみを見て、彼女は僅かに目を細めた。

 

(……カルデアにSOSを飛ばし、それを最期に情報化して消えるはずだった人間。彼女を核にして自分から召喚されたサーヴァントが彼女、ジャガーマン。サーヴァント側からの召喚自体は、沸いて出やすくなるように弄っていたSE.RA.PHならまあ出来なくもないですし、いいとして。

 デミ・サーヴァントのような人間とサーヴァントの融合、疑似サーヴァントのような限定的な情報利用、どちらとも違う存在の仕方。

 情報化してSE.RA.PHに溶けるように霧散し、無意味になるだけだった一人の人間の情報。それを彼女は自分が()()()()になることで閉じ込め、情報が散逸することにならないように留め続けている。

 姿かたちも彼女のそれを借りているようですし、神霊からしてもよっぽど気に入る人間だった、ということでしょうか? ……まあ、いいんですけど)

 

 パチリ、と音を立てて通信が切れる。

 ウィンドウが消え、密林の中に独り残されたジャガーマン。

 彼女は少しだけフードを上げて顔を出し、ぼんやりと海中のような空を見上げた。

 

「……そうよねぇ。私がちゃんと、見届けてあげないとね」

 

 

 




 
そろそろどっちでもラスボスの出番
ふふふ…ソワカソワカ…
 
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