Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
「―――というわけなんだけど、どう思う?」
「それをオレに訊ねようと考える度量には唾棄したくなる程度に感心はするがね」
とりあえず相談したら、無銘にはそのように返された。
マーブル女史の言う事には、ここに残っている男性は問題の多い人のようだ。
救助するのは当然。それはそれとして、どう接するべきなのか。
それこそ所長がいてくれれば簡単だったのだが、今は難しいことだ。
「アーノルド・ベックマン氏、でしたか。元々それなりの地位であったようですが、この事態が起きてからは場の空気を支配し、刃向かう者を処分する独裁者として振舞ってしまった、という事ですが……」
ガウェインの視線に肩を竦めるメルトリリス。
それと同時、どこか肩身狭そうに巨大な腕を縮こまらせるパッションリップ。
彼女もまた
こちらに加えて早々に居心地を悪くしてすまないが、話は止められない。
ベックマンはアルターエゴの存在を、不必要なものを処分するシュレッダーとして使っていた。脅威を排除する、という名目で攻撃させて、反撃されることで全滅させる。
その結果が職員がほぼ全滅しているこの現状なのだろう。
「……アルターエゴの危険性とは別に、その人物も危険ではありますね。狂乱して何か問題を起こすかもしれない、という意味では。まあこれだけサーヴァントがいて目を光らせていれば、何ができるということもないでしょうが……」
「……ちなみになのだが、汝の目も光っているのか?」
トリスタンの言葉に対し、ふと問いかけるアタランテ。
常に閉じているトリスタンの目。
それもちゃんと相手の行動を見ているのだろうか、というような問い。
いや、彼の照準の正確さは弓兵である彼女にはよく分かっているが、それでも。
返答は一瞬だけ間を開けて。
指が弦を撫で、哀しそうな音がポロンとひとつ。
「んー、教会に連れて帰って待っててもらうってのが一番じゃないか?」
「……最終的にそうするにしても、まずは管制室での調べものを邪魔されないようにしたい、ってことでしょう?」
何をされるかもしれない、という状況だろうと籠ってもらえれば何の問題もない。
幸い教会という安全地帯と目される場所は確保されてるのだ。
そこに置いといて、待っててもらう。それで十分なのではないか。
だがシャルルマーニュの言葉に呆れた風なメルトリリス。
「うーん……」
やろうと思えばサーヴァントで押さえつけ、その隙に。
なんていう事は簡単な話だが、そうもいかない。
それでは彼自身から聴取して情報も引き出せないだろうし。
ただ時間制限もある状況で余り構ってもいられないのが実情だ。
そういうわけで無銘を見つめる立香。
彼女はじぃと嫌そうな男を見据え続け―――
チッ、と舌打ちひとつ。
彼は仕方なさそうに口を開き始めた。
「相手がそのマーブルとかいう女の言った通りの性格なら、お前は『わざわざこんな僻地にまで事態解決のために来てやったエリート』、のような気分にでもなっておけ」
「エリート?」
「ふむ。態度として相手より上手に出る、ということでしょうか?」
中央管制室に向かいつつ、会話している現状。
念のためキングプロテアへの備えは忘れられない。
そんな状況でこんなどうでもいい会話をしている事に頭が痛い、と。
無銘は溜め息も隠さずにさっさと話を続けることにした。
「事実、そいつはカルデアのマスターだろう。セラフィックスの表の管理職程度の存在と比べ、アニムスフィアにとってどちらが重要度の高いモノかなど比較にもならん。残っていたのが裏の魔術師だったら、どうだったか知らんがな」
「つまり私が偉そうにしても嘘じゃない……」
背中にくっついている清姫が鷹揚に頷いてみせる。
偉いのだから偉ぶっても嘘にはならない。
嘘は混ぜてはいけない、などという追加条件も出されて眉を顰める無銘。
「それで自分の方が偉いから命令を聞け、って? そういうの、反発されたりしない?」
「ハ―――わざわざそんな奴に命令してやる暇があるとは、流石に勝利の女王は慈悲深いな」
彼の物言い軽く眉を上げて、ムッとした様子を見せるブーディカ。
しかし堪えて、息を整えて落ち着ける。
そんな彼女を横目にしながらアタランテが口を挟む。
「それで。命令しないのであればどうするというのだ」
「オルガマリー・アニムスフィアに直轄で管理されている“カルデアのマスター”が、この事態を収束させるために来た、と告げるだけでいいのだろう」
無銘ではなくフィンがアタランテの問いに答える。
顎に手を添えて浮かべる表情は、片目を瞑った思考に耽る顔。
その決めポーズに呆れたように眉を下げつつ、無銘が続ける。
「ああ、ついでにメルトリリスとパッションリップを横に侍らせておけば、なお効果的だろうさ。勝手に縋り付いてくれる」
「先輩たちを? んー……ああ、それって自動的にそいつの尻拭いになるのか」
ぽん、と。無銘の言葉に納得して拳を叩くシャルル。
彼の言葉を聞いて、ブーディカは軽く腕を組んで息を吐いた。
「……その男の指示で二人は襲われ、結果的に多数の死者を出した。けれど事態の解決に派遣されたマスター、立香はそのアルターエゴを仲間にしてしまった。つまり、そのベックマンの失敗の動かぬ証拠を押さえているぞ、っていうアピールになる……ってこと?」
「ふむ。正当な主張として自由を剥奪するに足る糾弾の材料はある、と。
ですがそうして追い詰めすぎれば、それこそ爆発しかねないのでは?」
ガウェインの問いかけに失笑し、肩を竦める無銘。
「追い詰める? 逆だ。安心させて、穏当に逃がしてやればいい」
そのまま彼は視線を移し、濁った眼差しを立香へと向ける。
「カルデアのマスター、お前はそのベックマンから何をされると思う? お前はそいつより立場が上で、この事態はお前の口から最高責任者に報告されるという事実を考慮して、だ」
「……言い訳?」
思考しようとして、しかし思考の余地なく答えに辿り着く。
あまり良い人柄が聞こえてこない男性、アーノルド・ベックマン。
彼をよく知り評するミス・マーブルの話を考えると、どうにも。
どうにかして保身を図ろうとする、以外の回答が出てこない。
「だろうな。どれほどの罪状を既に死んだ奴に押し付けるか見物だ」
愉快そうな言葉を、まったく平坦な口振りで声にする無銘。
「だからお前はその男から情報を聞き取り、目の前で改めてこれまでに調査した状況を確認した上で、笑って言ってやればいい。
『おおよその事態は確認できました。どうやらあなたは完全に被害者であるようだ。セラフィックスに起きたことも含め、そう報告しておきましょう。
よく生き残ってくれました、これまでのあなたの働きに相応しい処遇を取り計らってもらえるように、私からもロード・アニムスフィアへ口添えしておきましょう』、とな」
嗤うように告げる無銘。
嘘、ではない。
だって彼だって被害者なのは事実だ。極限状態で加害者に回ってしまっただけで、彼が前提としてBBの被害者である事には変わりない。だが同時に被害者であったことと、加害者になった事は別の話。そして働きに相応しい処遇を与える、という言葉が被害者としてか加害者としてか、までは口にしていない。
というより、彼がどう処遇されることになるのかは、立香にとっては与り知らぬこと。この事件が解決した暁には全て正確に報告し、それをもってアニムスフィアが処遇を決定するのだから。
ただそんな当たり前の事だけを告げればいい、と無銘は立香に要求した。
自分はただ被害者でしかない。
この事件の解決後は、補償なり何なりがあるのだろう。
生き延び、調査隊に情報を提供し解決に貢献したのだ。
そんな働きに応じた報酬により、自分には更なる出世が待っている。
都合の良いように解釈すれば、そうなるだろうか。
そう解釈するような人間だ、というのが前情報だ。
「……エリートっていうのは?」
「自分より上の立場の人間が素人丸出しでは安心できないだろう。あっちがお前を“ハズレ”と見なせば、事態の把握もろくに出来ていない癖に、自分の方が上手くやれると主導権を取ろうとしてくるぞ。救出対象に刃向かわれる、というような面倒事にしたくないのであれば、常にこの程度の異常事態は全て想定内です、とでも言いたげな専門家ヅラをしていろ。
分からないことがあっても疑問は口に出さず、訳知り顔で『なるほど、そういうことか』とでも言ってから、サーヴァントに対応を全て丸投げすればいい。お前は常にふんぞり返っているのが仕事だ」
「それで何とかなるかなぁ……」
清姫を見る。少女はむーん、とちょっと難しい顔。
嘘ではない。嘘は吐かない。
ひたすら誤魔化すだけなのでセーフであるが。
「ならなかったら縛り付けて教会に転がすだけだ。それにかかる手間と、ごちゃごちゃと喚かれる不快さを味わいたくなかったら、適当にそれらしい演技をしておけ」
「まあ、面倒事が減る分には良いことだろう」
アタランテは割かしどうでもよさげに頷き、立香を見る。
駄目そうなら秒で縛って部屋の隅に転がしておけばいい、と思っているのだろう。
最悪の場合はそれしかない。
だが最悪でもその程度の済む話なので気持ちは軽くしておけ、と。
彼女らしくない気の抜けた視線は、そう言っているようであった。
ただ、誤魔化すだけでも口が重くなりそうなのはこの状況からだろうか。
凄惨な状況を作り上げるのに一役買ったという男性。
やった事もそうだが、彼は生き延びたとして果たして一体どうなるのだろう。
あまり良い結果は待っていないのは疑いようがない。
そんな相手に希望を見せるような口振りを崩してはいけないのか。
「……その人、この事件が解決したらどうなるんだろうね」
平坦に、小さく呟く声に、ブーディカが寄り添ってくれる。
施設としてここはアニムスフィアのもの。
ただでさえ所長も完全に自由の身、というわけでもない状況だ。
立香には詳しいことは分からないが、色々と横槍とかあるに違いない。
であれば、もう誰かが簡単に止められるものではない。
「さてな。本人に殺人鬼の資質があったとして、今回ばかりは完全に環境の問題と言える。ただし魔術師に情状酌量など求めても仕方あるまい。既にこうなってしまったからには、セラフィックスが大規模な事故を起こして職員は全員死亡した、とするのが手っ取り早いが……」
そこまで口にした半笑いを浮かべる無銘。
「ただ今回は、表向きに発表するための事故として擬装するには規模が大きすぎる。残念なことにアニムスフィアは火の車なのだろう? そんな金がポンと出てくることもあるまい。では他のどこがその多額の賠償金を補填するか、というとだ。当然、国連も含めて誰もそんなもの払いたくないだろうさ。
幸い現場は普通の人間の目は届かない海の上。連中は可能な限り粛々と、誰にも知られない程度に問題を矮小化させ、事件自体を風化させたいだろう。そもそもどう解決するか仕方次第だが、まだ記憶を奪われる程度で生き延びる目はあるだろうさ」
それ、励ましてくれているのだろうか。
つまりここからどんでん返し、全部まるっと解決すれば何の問題もない。
だから完全無欠に解決してしまえばいいのだ、と。
無銘は本音でそう言っているのかどうか、態度からは分からない。あるいはそう言っておくのが立香のパフォーマンスを落とさないために一番、と判断しただけかもしれないが。
小さく息を吐いて、苦笑する。
「地獄の沙汰も金次第、って感じだね……」
そう言ってから前を見る。もう中央管制室は目の前だ。
ちょっとよく分からないが、エリート魔術師のフリをしてみよう。
メガネとかあった方がエリート感出るだろうか?
「ま、三途の川の渡し賃も払えない貧乏な職場だったことに感謝させておけ」
立香の冗談に対して、無銘が珍しく軽妙に冗談を返してくれた。
それに一瞬だけ目を瞬かせて、気を引き締めた顔をして彼女は前に踏み出した。
ぞろぞろと続いていくサーヴァント連中。
その中で後ろにつけながら、腐したような笑みを浮かべる無銘。
誰にも聞こえないように、口の中だけで転がす誰かを嗤う言葉。
「……もっとも、金を積んで口が利けるのは閻魔だけ。
地獄の底で集る亡者どもには、そんなことは関係ないだろうがな」
キン、と涼やかな音を立てて剣の切っ先が床を叩く。
それを合図としたかのように、崩れ落ちていく腐肉の塊。
管制室に踏み込んだ瞬間に出現した魔神(少なくとも外見上は)。
その巨体はものの数秒で肉片となって消滅した。
前衛を張っていたシャルル、ガウェイン、フィンに加えてトリスタンの援護射撃。
瞬く間に、と形容するのがこれほど相応しい戦闘内容も中々ないだろう。
「……なんとも。魄がない、といった様子でしたね」
「最初から残骸を使ったハリボテ、門番って感じですらなかったな」
妙なものを斬った、と聖剣を納めるガウェインとシャルル。
彼らに並び、フィンは穂先の水を払いつつ軽く唸る。
(さて、このやり口。BBの趣味ではなさそうだが……?)
魔神ゼパル、だったもの。
廃材を廃材として適当に置いておいた、というような状況。
粗雑で杜撰で、結果に欠片も興味がないと言いたげな。
(BBであればもう少し劇的に演出するだろう。常にふざけたような態度だが、彼女はリソースは無駄なくきっちり目的のために運用してしまうタイプのAIだろう)
フィンの見立てでは、その目的は恐らくどんな形であれ人間のため。
おどろかす、とか。怖がらせる、とか。苦しませる、とか。
どうあれリソースは人間のための消費でなければ我慢ならない女のはずだ。
そう思考しているフィンの後ろで、メルトリリスが目を細める。
気付かれるのも時間の問題。
そうとも。BBはどうあれ人間のために動くもの。
元が健康管理AIなのだ。
サクラファイブ含め、根幹がそうであることは変えられない。
彼女たちは人に奉仕するもの。
人間をより良い方向へと導いてあげるためのもの。
ただ人のために尽くす行為が、必ずしも人のためになるとは限らない。
ただそれだけの話。
それを気にせず行ってしまう辺りが悪魔的である、というだけ。
根本的な話、彼女たちという存在は。
人のために動く機械が、バグとエラーで暴走しているだけなのだから。
―――さておき。
つまりそれが“人のためになる”と、自分たちの思考回路を納得させるための理屈があれば大丈夫。だがBBはどうであれ、
では、こんな廃材を置いといただけの雑な仕事を誰が、と。
「お、おお……! 素晴らしい! ありがとう、助かったよ!
あの化け物をいとも簡単に……! その制服、キミはカルデアの職員だね?」
部屋の奥から転がり出てくる勢いの男性。
アーノルド・ベックマンだろう。
彼は本当に感心した、とばかりに死の恐怖から解放された喜びを顔に浮かべている。
(できるだけ偉そうに……? ええと)
ブーディカがはらはらしながら見ている気がする。
とにかく、偉そうな人の真似をすればいいのだ。
所長の所長っぽいとことか、ソウゴの自称王様スタイルとか……
「そちらこそ、セラフィックスの職員に間違いないな?」
一言目を選んでいる内に、無銘が声をかけてしまう。
彼の外見、両手に提げた武骨な拳銃。
それらを見て僅かに委縮しながら、彼は自己紹介を始めた。
「ああ、もちろん……私はアーノルド。このセラフィックスで所長秘書……まあ、事務官のような役割についていたものだ。
ところで救助はどの程度進んでいるんだい? 外の電脳化現象はもう―――」
と、そこで気付いたのか。メルトリリスとパッションリップ。
二騎のアルターエゴを見て、彼はおおいに目を見開いた。
そこで間髪入れずに口を挟む無銘。
「
これはセラフィックスに不幸にも発生した事故か? 違うだろう? 何者かがセラフィックス、ひいてはアニムスフィアに仕掛けた攻撃だ。順序を間違えてくれるな、救助などより先にやるべき事がある。
まさかそんな無駄な手間をオレたちにかけさせ、アニムスフィアにかかる損害を広げたいというわけじゃないんだろう?」
「あ、いや……それは、もちろんだよ。その、流石に気弱になっていたんだ、すまない」
無銘から視線を逸らし、立香に顔を向けるベックマン。
そこで『彼をたしなめてください』と耳に声が届く。
どうやら自分にだけ聞こえるように調整された風の振動、トリスタンの技か。
「……か、まわないわよ、アーチャー。それくらいにしてあげて。彼もこの状況で不安だったのでしょう」
「……了解した。サーヴァントの身ながら先走ったようだ、謝罪しようアーノルド」
何とも言えない無銘の声。ベックマンへの謝罪より、立香に対してお前は本当に大丈夫なのか? と言っているような気がする。大丈夫かと訊かれると正直難しいと答えたい。
無銘から告げられた苛立たしげなセリフ。
そしてその後のやり取り、それを鑑みて言葉を選ぼうとしているのか。
勢いの落ちたベックマンが、立香に対して声をかけてくる。
「ああ、こちらこそすまない。それで、だが、ね……キミは……」
「ええ、はじめまして。私は藤丸立香。あなたが認識されている通り、現在セラフィックスは謎の電脳化現象に見舞われています。それに対してカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアが下した決定は、この現象の原因の排除。主犯と目されるものがいるのであれば、それを撃破すること。
私は所長より直々にその任務を実行せよと指令を受け、こうしてセラフィックスへの電脳化を解決しにきた次第です」
で、いいんだよね。と、振り向いて確認することもできない。
そこそこ偉そうな口調ってこれでいいんだろうか。なんかこう、むず痒くなる。
語尾にですわ、とかつけた方がもっとそれっぽい……?
「カルデア所長……直々に……」
(メルトリリスとパッションリップのことを告げてください。まだ事態の解決に至ってはいませんが、現状主犯と目されるBBのしもべ、アルターエゴを二人捕縛し、こちらに従属させることに成功している、と)
トリスタンの声。なんてサポート力、これは人の心が分かる騎士。
でもそれってメルトとリップの前で言っていいのだろうか。
言葉を選ぶべきではないか?
「……ま、心配なさんなって。こっちの行動はどうやらBBの思惑を突き破ってるみたいだからな。見ての通り、元は向こう側だったアルターエゴの二人さえもこうしてこっちの戦力に引き込んじまった。
セラフィックスを荒らされたちょっとした意趣返しにもなったろうさ」
―――シャルルマーニュが軽口として情報を出してくれる。
その言葉を聞き、一瞬の逡巡を見せるガウェイン。
しかしすぐさま彼は表情を硬め、シャルルに対して口を開いた。
「いま話しているのはマスターとアーノルド氏です。余計な口を挟まないように」
「っと、すまないマスター」
ガウェインの注意に対し、頭を下げるシャルルマーニュ。
こうしていると数々のサーヴァントを御する有能なマスターに見えるのだろうか。
それはそれで、少し納得いかない気分になるけれど。
そんな奇妙な気分になっている立香の後ろで、ブーディカが清姫を見る。
ガウェインはベックマンからも視線を受けている故に顔を動かせない。
だがフィンも、アタランテも、清姫を見ていた。
(シャルルマーニュはいま、こちらがBBの思惑を越えていると断言した)
ぱっと出てきたセリフは本音だろう。
マスターを援護するため、ささっと口にした言葉のはずだ。
(清姫を暴れさせないためには、嘘と分かっていることは曖昧に濁さなきゃいけないのに?)
そしてその言葉に含まれる色合いで、清姫という少女は敏感に反応する。本人にも止められない、自動で発動する暴走のようなものだ。
それが発動しなかったということは、少なくともシャルル自身は、自分が口にした事が真実なのだと思っている、という事になる。
―――こちらはBBの思惑を突き破っている、と。
(現状ではむしろ、かなり好き勝手にBBにいいようにされている、と感じているが)
一度本人を引き摺りだしたが、その結果やはりKPは破壊できなくなってしまった。
メルトやリップがこちらについても何のその。
この現状でこちらがBBの思惑を越えている、というのは流石に―――
「……あの化け物……失敬。アルター、エゴを。それは凄い、流石はカルデアのマスターだね。この問題を起こした怪物の計画を確実に潰していっている、というわけか。
いや、良かったよ。もしもカルデアが問題のスケールを把握せず、下手な人員を寄越したらと思うとぞっとする。本当に素晴らしい。キミも、その判断を下してくださったカルデア所長のアニムスフィア氏も。
キミならばこの状況を任せられる。ああ、もちろん私も最大限協力させてもらうよ? それは当然のことだ、何故なら私だって当事者。そしてキミと職場は違えど所属を共にするれっきとした仲間なんだから」
にこやかに微笑むベックマン。
彼が握手を求めるように手を伸ばしてくる。
化け物と呼ばれても澄まし顔のメルトに合わせ、リップも同じように。
想定していた言い訳、アルターエゴを利用した
あとからいくらでも誤魔化せる、と思っているのだろうか。それとも二人を仲間にしているのにこっちから言い出さないという事は、バレていないとか、問題視されていないとか、そういう考えかもしれない。
(だとしたら……ええと、ここから更に功績を欲しがってる……のかな)
応じるために一歩踏み出す。
こちらは彼を最大限厚遇している感を出し、教会へ追いやらねばならない。
だが何を褒めればいいのだろう。
『よく生き延びてくれた。とてもうれしいよ、アーノルド。
そして協力の申し出ありがとう、でもここは専門家に任せて避難していてくれ』
危険からは離れたいだろうが、果たしてそれで追い出せるだろうか。
外を探索するならば着いてこないだろうが、管制室を追い出す理由には弱いと思う。
というか、最初にやった無銘との魔術師っぽいやり取りの後にこれはちょっと微妙だ。
「しかしよろしいのか? ここにある情報を求めて我々に対し、BBが再び攻撃を仕掛けてくるかもしれないというのに。残るアルターエゴは三騎、どれも一筋縄ではいかない存在だ。
いや無論、そのような危険な場所に残ってまで、我らの手伝いをしてくれる者がいるというのであれば、それは非常に助かるには違いないが……」
「―――そうですね。この場にBBにとって開示されては都合の悪い、セラフィックスの情報を大量に握った存在がいるとなれば、マスターに次ぐ標的として見られているでしょう。
そのような者がこの場で自衛の手段もなく待機している、というのはあまりに危険……」
フィンとガウェインが言葉を交わす。もちろん言葉は選んで。
ベックマンが頼りになる、などとは口にしない。
もしそんな有能な人物がいたら助かるのになー、というただのぼやきだ。
ぴりっとはこないが、どうにも頭の痛くなる空間だ、と。
清姫が軽く目を回してブーディカに軽く寄り掛かった。
舌打ちを呑み込んで、弾劾されるために無銘が荒い口調で言葉を吐く。
「何を馬鹿なことを。管制室で効率良く情報収集するため必要な存在を、その程度のことで避難させてどうする? いつからオレたちの役目が海難救助になった。いい加減、日和るのも大概に―――」
「アーチャー」
マスターの強い声。ぐっ、と息を詰まらせて黙り込む無銘。
そしてこんな間抜けな台詞、もっとさっさと打ち切らせろノロマ。
とか、そんなことを言いたげな刺すような雰囲気が飛んでくる。
何か意外とこう見えて無銘って苦労人気質なんだな、とふと思った。
自分が意図して狙われ、殺されるかもしれない状況。
それを意識しだして、ベックマンの視線が揺らいでいる。
そんな彼の前で顎に手を当て悩み込む姿勢。
(―――ガウェイン卿に教会まで送らせましょう。少々の手間は嵩みますが、確認が必要な情報があればこちらから訊きに行くことにすればよろしい)
こっちから向こうに顔を出す、という提案は相手を調子づかせないだろうか。
そんな思考を読み取ったのだろう、トリスタンが追加で風で音を紡ぐ。
(ええ。自分が我々に対して現場顧問、という立場を手に入れられる事実に調子づくかと。それで気分を良くしてもらって、後は放っておくのが一番楽な着地点でしょう。
……現時点でここが海底に落ちるまで、SE.RA.PH時間で残り約10時間程度。それをわざわざ知らせる必要もないですし、彼が癇癪を起こす前に成否はどうあれ決着している)
改めて言葉に(無声で発した弦の音だが)されると、その残り時間が圧し掛かる。
本当にギリギリの時間だ。
BBたちにひたすら遅延された結果、ここまで時間を削られた。
もう猶予はほぼ残っていない、と言える。
表情を崩さないようにしながらベックマンへと顔を向けた。
「すみません、ミスター・アーノルド。私のサーヴァントが失礼しました」
「いやいや、気にしていないとも。私とて十分に分かっているさ。カルデアはアニムスフィアの最重要機関であり、セラフィックスはそこを運用するための重要な資金源……カルデアがここの奪還を早く推し進めたい、と思っているのはよく分かる。私だってセラフィックスの職員として同じ気持ちだ。持ちつ持たれつの関係なんだ、力を合わせて行こうじゃないか。私とキミでこの事態を解決しよう」
頭が痛くなってくる。どう答えるのが正解なのか、よく分からない。
思い起こされた制限時間のせいで焦りが浮かんだせいで、余計にだ。
焦燥を抑える深呼吸なんて、彼の目の前でするわけにもいかないのだし。
一呼吸だけおいて、とにかく彼をここから遠ざけるための話へ持っていく。
「……ええ、その通りです。ですがミスター、あなたはまずは休息を取られたらいかがですか? 休息するためのセーフエリアは確保してありますので。その間に私は管制室の調査を進めさせて頂きます。調査を終えたら私たちも一度そちらに―――」
瞬間、がくんと体が揺れる。
抱きかかえられて移動させられた、と後から理解した。
莫迦者、と小さく呟く呆れたような声が耳に届く。
立香を掴んだまま着地したアタランテは、彼女をブーディカに投げ渡す。そのまま大仰なまでに弓を振り回し、響かせるように弓で弦を張る音を立てた。
できるだけ丁寧に受け止めつつ、同時に剣を引き抜き表情を硬くする女王。彼女に続き、その場にいるサーヴァントたちは即座に戦闘態勢に入る。
「なっ、なんだね一体!?」
「会話中すまないなマスター。だが
「あんまりゆっくり話している時間はなさそうだね……!」
張り詰める緊張。
その空気に呑まれ、引き攣るアーノルドの表情。
―――違う。
この小芝居を挟まねばならなくなった原因は、もう事態解決まで教会に戻る気もないのに、後で戻るので話し合いをしましょう、なんて自分が言おうとしたからだ。言い切っていたら、清姫がその嘘に反応していた。
だからわざわざアタランテもアルターエゴの気配、なんて言い回しをする。それならばBBたちではなく、メルトリリスとパッションリップがここいるだけで成立する言葉だから。
剣を握り、油断なく周囲に気を配りつつ、ガウェインがベックマンに並ぶ。
「お聞きの通り、ここは今から戦場になりかねません。マスターの命に従い、安全な場所までお送りします。どうか私の後ろについてきてください」
「あっ、ああっ! よ、よろしく頼むよ!」
プロテアがいる以上、いつどこが戦場になっても本当におかしくない。
それが今ばかりは言葉を選ぶ必要もなくなり助かる事実だ。
急ぐように、注意しつつ走り出すガウェイン。
遅れじと彼についていくベックマン。
彼らが管制室を飛び出して数秒、張り詰めていた空気を一気に弛緩させる。
二人が離れきっただろう、と判断するまで数秒待って。
凝った肩を解すように回し、シャルルマーニュがほっと一息。
「いやぁ、これはこれで何かいい緊張感だったな!」
「うむ、この手のイタズラ染みた立ち回りをするのは私も割と好きだな。もちろん、状況が許してくれればの話ではあるがね」
肩を竦めて無銘に視線を向けるフィン。
そんな視線を受け、彼は軽く鼻で笑う。
アーノルド・ベックマン。彼が教会まで走って落ち着いた後は、こっちが情報を得るために訪ねるのをふんぞり返って待ってくれていることだろう。もう邪魔にはならないはずだ。
やり取りの感じ、役立ちそうな情報は何一つ持っていなそうだったのも幸い。
存在を忘れてしまっていい相手になった、ということだ。
「本気で何一つ理解していない男だったようだな。生き残っているならば、最低限は情報を握っている人間の可能性も小さくない、と見ていたが」
カルデアのノリに合わせるのとは別に、それを引き出すべく小芝居を入れろと指示したのに。本当に時間の無駄だった、という顛末だ。笑えもしない。
「とにかく、邪魔者は片付いたわ。
時間がない今はさっさと本題に入りましょう」
カツカツと音を立て、管制室のスクリーンの前に行くメルト。
無銘は彼女より先にそこへ辿り着き、キーボードを叩いていた。
「お、流石は銃使い。こういうパソコン的なあれも自由自在か」
「少なくとも馬鹿のおもりをするよりは簡単だな」
シャルルの言葉に冗談とも取れない言葉を返す無銘。
幾つか画面が切り替わった後、映し出されるのはセラフィックスのマップ。
複数の階層から巨大施設、海洋油田基地の元の姿。
失敗したと落ち込んでいる暇もない。
気合で気を取り直し、ブーディカから自立する。
「地図か。ふむ……どこも基本的に原型は留めていないのだろうが、どうにも今まで見回ってきた場所に比べ、設備が足らないのではないか?」
「―――えっと、それは……SE.RA.PHには
フィンはパッションリップの言葉を聞き、納得する。
ここは女体のかたちに変えられた電脳空間なのだ。
正面があるなら、背面があってもおかしくはないということになる。
どこを見回ってもいなかった鈴鹿御前が、ここにもいなかった理由。
それは彼女が背中のどこかを担当する衛士だからだったのだろう。
「……それは、まずいですね。背中まで探索している時間は流石にもうありません」
トリスタンの細い目が更にきつく細くなる。
裏に回る方法が分からないのもそうだが、その後探索する時間なんてない。
タイムリミットはもう迫っているのだ。
だが知ったことではない、とばかりに無銘が軽く腕を組む。
(上層フロア、マップ中央部。ここが現在地である中央管制室。フロアごとの配置を見る限り……本来ならば、管制室の真下。ここの直下に
不自然に設けられた、マップ上には何もない巨大な空間。
彼と同じ場所を目をつけながら、藤丸立香が考える。
(これだけのスペース、本当に何も無かったって風には考えにくい。そこはきっと魔術的に重要な場所で、だから一般側の設備からじゃ閲覧できないようになっていた。となると、そこにはセラフィックスの心臓部とも言える魔術的な重要施設があった、と考えてもいいと思う。
問題はSE.RA.PHとセラフィックスじゃ厳密には様々な部屋の配置がめちゃくちゃに変わってること。管制室の下にあったものが、まったく別に位置に移動してることがありえないとは言えない……けど、そこは問題ないかもしれない。だってここは間違いなく、女体を模って形成されたSE.RA.PHの胸―――心臓にあたる場所なんだから)
そこに魔術的な意味を持たせるなら、人体の形状を模った以上重要な場所は限られる。
頭脳、あるいは心臓。この場合は電脳世界SE.RA.PH維持のための心臓部。
(中央管制室などもはやどうでもいい。ここが胸部であり、その下には心臓があるべきである。重要なのはこの一点だけ。ここで見たマップで隠し部屋の実在する可能性も補強できた。
ならばもう考える余地さえない。オレたちが標的とする電源室は、この中央管制室の真下に存在したままでなくてはならない。ならば後は―――)
立香が気を取り直すようにぐっと立直す。
彼女はそうして気合を入れ直しつつ、視線を振った。
「時間もない。じゃあ、手はひとつしかないよね―――掘ろう!」
そう言って立香は、きょとんとするパッションリップの巨大な爪を見つめた。
涼やかな表情で大仰に教会の扉を開くガウェイン。ある程度配慮した疾走だったのだろう、彼の後ろには疲労困憊ながらちゃんとベックマンもついてきていた。
彼はへろへろになりながら教会に踏み込んで、そのまま千鳥足でふらついている。
そんな闖入者を見て、礼拝堂で雑談していたマーブルが立ち上がる。
「アーノルド! 無事だったのね、アーノルド! ああ、よかった! 立香ちゃんたちが助けてくれたのね!」
そんな彼女をちらりと見て、ネロが立ち上がって大外周りに入り口へ向かう。それに特に理由もなくネロがそっちに行ったから、何となくついていくエリザベート。
そしてまるでネズミの尻尾のように揺れるエリザの尾を追い、キャットはふらふらとそちらに誘われていく。ネコパンチがエリザベートの尻尾を狙う。
「ああ……じゃない、ええと、あー……キミ! キミはね! カルデアのマスターである女性に立香ちゃん、なんてやめてくれ。セラフィックスの規範が疑われるだろう? まったく、すまないね。うちの部下が常識知らずで」
「いえ、お気になさらず。この状況です、規範に従ったものよりも、不安を払うための言葉を口にしたい、という思いは理解できます。何よりここが神の家、ということもあります。不安の告解を扉の外に出すような事は致しません」
ガウェインは物腰柔らかくベックマンをいなす。
その言葉にほっとしたのか、彼はそのまま近くの椅子へと腰を下ろした。
ネロがそろそろとガウェインの隣につき、不思議そうに問う。
「どうなっておるのだ、これは」
「詳細はまた後で。管制室の攻略は一応完了。私は彼ら、というより彼を対等の客人として扱いつつ、時間を稼ぎます。あなたは……まだ不調でしょうし、そうですね。できればタマモキャット、あなたに管制室へと援護に向かってほしい」
「ほう?」
この中で魔術、呪術にもっとも造詣が深いのは彼女だ。
「このアタシに仕事の依頼か……うむ、よかろう。報酬を要求したいところであるが、助けられた恩もある。キャットは受けた恩を忘れぬもの。
しかし専門外の仕事を要求されるとなれば、差額の請求は行わせてもらうぞ?」
「……具体的には?」
「フッ……大陽の騎士、ガウェインよ。その名に恥じぬ燦々と降り注ぐ太陽の光を大地に恵み、美味しいニンジンを育てるがよい。それがアタシにとって一番の報酬になるのだワン」
そう言ってニヒルに笑うキャット。
エリザベートが発する意味不明なものを見る視線。
だが彼女の笑みを受け、ガウェインは優しげな笑みで深く頷いた。
「別に私が太陽光を自在に降らせることができるとかそんなことは一切ありませんが、それが報酬となるというのであれば是非もない。
機会に恵まれた時には菜園でも設け、私なりに根菜を育てておきましょう。無論、育てた野菜でパーシヴァルにも劣らぬ根菜料理を振る舞わせて頂きますとも」
はっはっは。笑い合うガウェインとキャット。
どうやら何かが通じ合った様子だ。
ネロは何だこいつら、というエリザベートの顔を見ないことにした。
そうしたやり取りを経て、キャットが静かに身を引いた。
そのままここから飛び出しここ掘れワンワン、管制室まで一直線だ。
まったくもって問題なく、ここはそうなるはずで―――
「ひぁん!?」
唐突に、突然マーブルが胸を押さえて立ち上がらなければ。
そのままキャットはここを離脱し、管制室に向かっていただろう。
だがそんなものを前にして。その女の反応に香る気を前にして。
彼女がそのまま離脱するなどということは、ありえなかった。
胸を強く押さえ、恥じらうように俯くマーブル。
そんな女性の姿を前に、ベックマンは呆れ果てたと声を低くした。
「―――おいおい。やめたまえよミス……そう、ミス・マーブル!
彼らはカルデア所長直属の部隊なんだぞ? キミが馴れ馴れしく振る舞ったり、奇行を繰り返したり、何を言って失点を稼ごうと私の知ったことじゃない。だがね、それがこっちに飛び火するようなことになったら―――」
「伏せろ!!!」
キャットの怒声。彼女が出したとも思えぬ、獣の咆哮。
それに反応したサーヴァントたちは皆、無事で済んだことになる。
だが先程まで怒涛の如く喋っていた男の言葉は、その時点で途切れていた。
体勢を低くした者たちの前で蠢くのは腐肉の触腕。
その凶器により、つい今まで生きていた肉片がその場で飛び散った。
またそればかりではなく、とうに血の巡りが止まった人の肉と皮も。
びちゃびちゃと跳ねる血の水音。ベックマンだったものが無数に床にばら撒かれ、教会の床を赤黒く染めていく。
そんな足場で立っている女の体から剥がれ、積み重なっていくマーブルだったもの。屍肉と皮が剥がし姿を見せるのは、悠然と、陶然と、微笑む女。
マーブルの姿はもうない。彼女がいた場所に立っていたのは、尼僧服に身を包みながらも隠しきれない色香を放つ、艶やかな女であった。
彼女は困った風に頬へ手を当て、苦笑する。
「もう……いきなりあんな、無理矢理に胸を開くような真似をされてしまうだなんて。こんなところでお恥ずかしい限りですわ、もうちょっとちゃんとした場で姿を現したかったのに」
そう言って彼女は自分の胸元に指を這わせた。
そこでいま、何かが発生したせいだとでも言いたげに。
笑う女の背後で腐肉が躍る。
教会中に飛散し、紅く染めて飾ったのはベックマンだったもの。
女の足下に崩れ落ち、山を作ったのはマーブルだったもの。
そして蠢く触腕は、魔神を思わせる腐肉の塊。
地獄の様相の中心で、尼僧はどこか恥じらいを込めて苦笑してみせた。
「節度を心掛ける心構えがあるのであれば、先に引っ込めるものがあろう。よくもまあそれだけの陰の気を体に蓄えていたものだ。ましてそれを今の今まで隠し通していたとは、傾国の女でさえそこまでブロックは堅くなかろうに」
「節度ではなく、備えの問題です。蟲を踏み潰す時は素足でなく、靴を履いておくものでしょう?」
正体を現した以上、もはややらねばならぬ事は理解した。
「なんという……! 貴様、何者だ……!?」
「―――――」
ネロの問いかけに少し困った風に、女はただ薄く笑みを浮かべて返す。
―――何であれ、
BBなどただ表向きの隠れ蓑。
あれこそが魔神に連なる元凶なのだと。
最上の警戒心、敵愾心を発揮するキャット。
喉を鳴らしながら彼女が、周囲の状況を確認する。
大前提として手も足もでない。勝てない。
恐らく全員まとめて瞬殺だ。
ガウェイン、どうにか逃げられるとすればキャット以外には彼だけか。
ネロは不調、エリザは彼女を置いて単独で逃げはしないか。
それは全員分かっている。
戦闘態勢と取りながら、絶望的だと理解している。
そう理解させるだけの陰の気が女にはある。
「そうか……うむ、異常だと思っていたのだ。まるで猫が波止場で運動会するかの如きこの異様、貴様がこれを仕組んだ張本人、黒幕なのだな」
胸から手を離し、にこりと笑う尼僧。
方針は決定した。主力と合流する。
逃がしてはもらえないなら、ここで誰かが犠牲になる。
その使命が果たせるのはこの場ではただ一人。
ガウェインでさえあの魔神の触腕の手数は抑え切れまい。
となればやれるのはもはや―――
「―――退け」
死の覚悟、呪術を行使する覚悟、それを決めた瞬間に。
周囲から吹き出すように出現する槍。
這い回る茨のような、吹き出した血のような、流動する刃。
それらが教会の壁すら破壊しながら、一斉に雪崩れ込んでくる。
「―――管制室まで退くぞ!!」
議論の余地はない。
文字通りの横槍を入れた人物と言葉を交わす暇もない。
動きが遅れるのは、走りづらそうにするネロ。
そんな彼女を支えて引っ張るエリザベート。
そんな鈍間な二人の内、エリザベートをめがけて腕が伸びる。
鎧に包まれた腕が、彼女の角をへし折らんばかりに強く掴んだ。
「いたっ!? 痛い痛い痛い痛い痛いッ! なに、何なの!?」
悲鳴を考慮せず、そのまま角を持ち手にエリザが掴んだネロもろとも背後にぶん投げる。後はガウェインなりキャットなりが掴まえ、持って行くだろう。
軋む体を奮い立たせ、怪物と対峙するのはヴラド三世。
「……神の家に巣くっていたとは、厚顔な背信者よ」
「まあ……なんと酷い言いようです。
ただ私にこの仕事場は用意してくださった方は、あまり教えの違いに興味を持っていなかったというだけで―――」
くすくすと笑う、教会に身を置いていた異教徒。あるいは別のカタチであれば、教会の教えを以て救世主たりえたかもしれない女。
魔神の腐肉と血の槍が入り乱れる教会の中、怪物がゆっくりと歩き出す。
「“
即座に護国の将は憤然と、果断にも全生命を賭して宝具を起動した。
彼の体を食い破る勢いで吹き出す槍、槍、槍。
血に濡れた、大地に血を吸わせた、彼の国を守護した槍の城壁。
ただ一人の女にのみ向けられる殺意の渦。
文字通りに全てを懸けた、ヴラド公に行える最期の一撃。
その由来により彼の宝具“
女の柔肌に続々と押し寄せる血の刃。周囲が見通せなくなるほどに密集して展開される槍衾。真実、地獄でさえもこれほどの血の惨状は見られまい。
自身を呑み込む血塗れの刃を見て、その怒濤の勢いの中に女は幻視する。
かつてこれがオスマン兵を串刺しにし、大地を血に染めた光景を。聳え立つ槍に串刺しにされ、屍肉を啄む鴉に集られている、2万ものヒトの死骸を。
―――それは、それは。
「ああ、なんて―――」
まるで、虫の標本みたいで面白い、と思った。
脚を動かし、羽を広げ、地に空に蠢くために生まれてきた蟲たちを、その形のまま動かなくして、ただピンで留めて飾っておく。
綺麗なままに生命の価値を奪い、残酷さで閉じ込めた、子供のころの宝箱。
「素晴らしい光景を見せていただけて……これでは私も、少々昂ぶってしまいます」
女が両の腕を軽く振るう。
もはや彼女の一部となった魔神の腐肉が槍となり、進出する。
激突する双方の槍。手数ばかりは比較にもならない。
ヴラド公の2万の槍に対し、尼僧が放つのは十数本といった程度。
しかしその激突の結果は明確だった。
バリバリと、小枝をへし折るように砕けていく血塗れの槍。
生贄にした蟲から絞った血の質が違う。全体を構成する霊子の密度が違う。
そして何より―――彼我の存在は文字通りに
槍を砕きながら、女の足取りは緩みもしない。
自身から吹き出す槍を両手に握り、ヴラドはその接近に備えて構え。
ふい、と女が振るった腕。
その一動作によって、上半身が削り取られた。
地についた脚だけが残り、自分の血で床を染めていく。
それでもなお、その血から女を阻まんと弱々しくも突き出してくる槍。
やがて薄れて消えていくにしろ、一瞬でも長く女を食い止めんがため。
―――手入れのされていない藪を刈り取りつつ、通り抜けたような疲労感。
女は教会から何のこともなく踏み出して、ほうと息を吐いた。
「うふふ……時間、稼がれてしまいましたわ」
信仰の鬼、彼の吹き出した血で赤黒く染まった神の家。
魔力に還っていくその血を眺めながら、女はただ微笑む。
「さあ、間に合うかしら。ねえ、メルトリリス?」
1話の命だったベックマン。話題に出たら死んでた(二回目)ゼパル。
どちらがマシなのだろう。