Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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邂逅と決別771/A

 

 

 

 ぼう、としながら海底の空を見上げる。

 結局自分のセクターでふらふらしている内に、時間が来たようだ。

 連中は機動聖都に向けて進撃を開始した。

 大帝側に阻む意思がない以上、いとも簡単に辿りつける事だろう。

 

「なーにやってんだか……」

 

 ぽつりとこぼし、体育座り。

 

 一体これからどうなるだろう。

 どうなったとしてもどうでもいいや。

 なんだかとってもそんな気分。

 

 遠くからギャリギャリと酷い金属音が轟いてくる。

 遠雷だってもう少し品のある響きをしているだろうに。

 聖都正門をリップが捻り潰したのか。

 あんまりにも酷い不協和音につい耳を押さえ、溜め息をひとつ。

 

 このまま耳を塞ぎ、目を瞑り、俯いていられたらいいのに。

 そんな気分のまま、1秒、2秒、3秒。

 

 ―――はい。ちょっと気を取り直す。

 

 萎えきった心を女子高生ハートで武装させる。

 テンション上げて、俯いていた顔を持ち上げて、勢いよく立ち上がる。

 アゲアゲで行こう、アゲアゲで。

 

「ま、なるようになるっしょ! 今回の私は最後までかやの外で暴れるだけの、感情に振り回されてるバカな女でしかなくて―――!」

「―――ええ、本当に」

 

 あまりにも不意に。ざくり、と。

 少女の胸を背後から貫いて、女の腕が突き出した。

 心臓を、霊核を、完全に打ち砕く鋭利な手刀。

 

 ハ、と。吐血と空気、疑念が口をついて出る。

 いつの間に、どこから、一体誰が。

 いや、誰がという疑問については考えるまでもなく答えはあった。

 

 錆び付いた捻子のように首を捻り、背後の女を確かめる。

 

 静やかな尼僧服に浮かび上がる豊満な体のライン。

 その衣装に対し、あまりに似付かわしくない妖艶さ。

 淫靡に微笑む、カール大帝さえも絶対の敵視を向ける最低最悪。

 

 ―――殺生院キアラがそこにいた。

 

「オ、マエ……!」

「第四天魔王、天帝の真子たる鈴鹿御前さま。後ろから失礼いたします」

 

 慇懃無礼に振る舞いながら、確実に少女の息の根を止める。

 だが鈴鹿の肉体は崩れない。

 何らかの目的によって女、殺生院がそうしているのか。

 

 ぐちり、と生々しく血と肉が音を立てる。

 傷口を抉る音と共に、女が愉しげに微笑む声。

 

「せっかく良い眼をお持ちなのに、どうにも開きたがらない。そんなただならぬ様子を見て、(わたくし)も確認させていただきました」

 

 電脳術式(コードキャスト)、“五停心観(ごじょうしんかん)”。

 相手の精神の淀み、深層心理に眠る感情までも読み取り、浮き彫りにすることで摘出する。本来はメンタルケアのために開発された、人の心を暴くためのもの。彼女はそんなキャストを利用して、鈴鹿御前の魂の底まできっちりと見通した。

 

 無論、普通であればそんな干渉は察知されるだろう。

 

 殺生院がそれを行使した場所は、紛れもなく鈴鹿御前の(なか)

 彼女は内側から鈴鹿御前の深層心理に迫り、それを情報として入手した。

 

 当然の如く、そうされていると鈴鹿御前には察知できたはずだ。

 

 それを可能にしたのが電脳術式(コードキャスト)、“万色悠滞(ばんしょくゆうたい)”。

 殺生院が作り出した御禁制(コードキャスト)。電脳空間において魂のみを分離させ、それを他の魂と接触させることで、互いに深く強い相互理解を行うための術式。これが違法と判定されるに至らしめた過程はさておき、これこそが殺生院がこのSE.RA.PHにおいて遁走を成功させた理由でもある。

 

 ―――これを実行できる彼女は、電脳空間においては肉体を捨て去り、魂という情報のみでの活動を行うことができる。電脳においては肉体も精神も魂も等しく情報、現実世界とは比べ物にならないほどに自由に弄ることができるのだ。

 彼女はカール大帝と敵対した時点で、肉体という枷を早々に捨てていた。

 

 無論、ただそれだけでは同じく魂であるサーヴァントの目から逃れることなど不可能。感知に優れたサーヴァントであれば、魂という情報だけで漂う隙だらけの存在を見逃すはすもない。逃げ切れるはずもなかったのだ。だというのに、彼女はこうして今まで逃げ延びていた。

 であれば、彼女が今までどうしていたかというと―――

 

 魂のみとなった彼女は、あるサーヴァントへと自らの魂を取り込ませた。

 その対象こそが、鈴鹿御前である。

 “万色悠滞”は魂同士を接触させるための術式、鈴鹿御前の魂に触れることは不可能ではない。

 

 だがそんなことをされれば、どんな鈍いサーヴァントだって気づくはずだ。己の中に異物が侵入したのだから、狂戦士でさえ何かがあったと首を傾げるだろう。どんなサーヴァントであっても気付いたはずだ。誰であっても、いとも容易くその違和感に気を留めるだろう。

 

 気付かれたらそのままでは居られない。そうなっていれば彼女は、ゼパルを取り込むことで得た魔神としての力を発揮し、取り付いたサーヴァントを核とすることで魔神として再誕し、抵抗を試みるくらいしかできなかっただろう。

 もちろんそうなればカール大帝のいい的だ。聖都からの爆撃を受けて、せいぜいが魔神数十体分程度の力しか持たない今のキアラでは、耐えきれずに完全消滅していたに違いない。

 

 でもそうはならなかった。

 その結末は回避されてしまった。

 

 鈴鹿御前は、鈴鹿御前だけは、自分に潜んだ彼女に気づけなかった。

 ムーンセルに匹敵する眼を持ちながら、絶対にそれを顧みない彼女には。

 

「―――どうやら(わたくし)、貴方さまに葬られた世界もあったようですね。ですがそんな世界もあった、ということさえも視れる眼を開くことを自分で避けておいでだった御様子」

 

 “万色悠滞”で同化し、“五停心観”で見透した少女の意地。

 まるで同情するような声で、殺生院は鈴鹿の失態を語る。

 

 ああ、そうだ。彼女はその世界を観たくなかった。

 あの出会いを、あの恋を、ここにいる彼女は観たくなかった。

 だからずっと眼を逸らしていた。

 

 自分が殺生院と関わったことのある世界。そんなひとつの可能性。

 そこで生まれた何かや、そこで過ごした時間の全てを彼女は観たくない。

 そうやって眼を逸らし続けていたのが、今の今まで。

 

 視る気になれば全てを観通せる。でも見たくないから観ない。

 そんな広すぎる視覚に生じた大きすぎる死角。

 

 鈴鹿が自分でも曝きたくない自分の心の裡に、殺生院は悠々と潜み続けた。

 殺生院の存在自体が鈴鹿御前が観たくない別の世界の記憶を連想させてしまう。

 だからこそ、彼女は何より自分の心情を理由に殺生院を()()()()()()()()()

 

「ですので、貴方さまの死角にするりと。ええ、潜ませて頂いておりました。よく分かりますわ。見つけたくないものからは、自然と眼を背けてしまうものですものね?

 ―――恋に目が眩むとはまさにこのこと。なまじ眼が良すぎたばかりにその宿痾……」

 

 嗤う女。そのまま鈴鹿を砕かないのはごく単純な話。肉体を捨て魂だけで存在していた彼女には、物理的な……電脳情報であるリソースが足りない。魔神の力を使えば肉体は幾らでも再構成できる。今の肉体がまさにそれだ。だがこの程度、栄養も足らずに生成した間に合わせの体。

 こんな最低限の肉体では、並みのサーヴァントはともかくカール大帝には手も足もでないだろう。だから彼女は栄養を求めている。

 

 この瞬間。ソウゴたちが聖都に踏み込んだこのタイミングであれば、実力的な問題ではなく性格的な問題で、恐らくは大帝による城外への対応は疎かになる。

 だからこの瞬間からなのだ。可能な限り速やかにサーヴァントを喰らい、肉体をより堅固なものへ作り変える。その上で大帝とメルトリリスらの決戦にここぞという時に乱入し、SE.RA.PHの支配権を奪い返す。そのまま地球の核へと到達すれば、その時こそ彼女は完全変態するだろう。

 

「あまりに容易く貫かれ、命果てる。いつかの終わりと同じ光景でしょうが、今回は立場ばかりが逆だったようで。ですが、ええ……このまま観たくもないものだけ思い起こさせられ、ただ死して消え失せるというのはあまりに惨く、非業な話。

 私はこれまで貴方という殻に守られ、永らえていたのです。こうして今まで私を庇護してくださった貴方のためです。どうか貴方が安心して眠って頂けるよう、恩返しをさせて下さいな?」

 

 既に命の尽きた鈴鹿に対し、喜悦と共に語る殺生院。

 鈴鹿は意識が薄れていく中、悪趣味がすぎるという言葉さえ吐き出すこともできない。

 

 元よりこれなのか、あるいは魔神に関わったせいでここまで捻じれたのか。

 まあ、今さら救いようがない怪物には変わりない。

 

 血と失笑を吐き捨てる鈴鹿に対し、満足げに微笑む女怪。

 

「あまりの失態、遍く視界を鎖す羽目になったその原因。それさえなければ、貴方さまも立烏帽子の名に恥じぬ、よほど自由な真子として振舞えたのでしょう?

 では、して差し上げることは決まったも同然。私は貴方が抱いたその悩みの解決に、微力ながら全身全霊を尽くしましょう」

「―――――は?」

 

 血が凝る。死を一時なりとも超克するため、神性を発揮する。

 眼が黄金に輝き、肉体に魔力と神気を充填した。

 それでも死に体。何ができるわけでもない。

 

 事実をきちんと把握した上で、心底全てを振り絞る彼女に向け、魔性は嗤う。

 

「生に、死に、現世に悩み多き少年も、その重石(いもうと)も、私が遍く救いましょう。多少の世界の違いなどものともせず、必ずや蕩かして天上解脱させてみせましょう。

 ですから、どうぞご安心を。貴方の恋心には、文字通り天にも昇る結末を―――」

 

 ガチャリ、と。

 剣を掴んだ腕が、女の声を遮るほど派手に鍔を鳴らす。

 潰れた蚊よりも瀕死の少女が、その残滓を振り絞って動く。

 

「……バカなことをしてた私がバカみたいに死ぬのは、どうでもいいけど」

 

 低く、小さい、文字通り蚊の鳴くような声。

 それでもそこに乗せられた気迫ばかりは疑いようがない。

 ケモノの姿を、ケモノが睨む。

 必ずや殺すという、獲物を定める眼光をもって。

 

「―――けど。それを言ったからには覚悟しろ、自己愛(ケモノ)。その因業、どれほど時が廻ろうと、必ず私がオマエに贖わせる……!」

「ええ、楽しみにしておりますとも」

 

 朗らかに、殺意の宣言を雑談のように受け流し。

 最後に女は鈴鹿御前の残滓を握り潰し―――

 

 瞬間、光を曳きながら神炎の鏃が着弾した。

 弾数は八。狙いはひとつたりとも過たず、殺生院の全身各所へ。

 炸裂した炎に押し出され、鈴鹿の死体が吹き飛ばされた。

 

 逃した獲物を追う事もできず、直撃を受けた殺生院がふらりと揺れる。

 弾着を確かめた弓兵が、銀色の矢筒に再び指をかけつつ眉を上げた。

 

(確かに鈴鹿御前に配慮し、少々威力は抑えましたが……“炎神の咆哮(アグニ・ガーンディ-バ)”が直撃してあの程度ですか。SE.RA.PHの支配権は全てカール大帝にあるにも関わらずアレとは)

 

 授かりの英雄たるアルジュナの前。

 力なく吹き飛ばされていた鈴鹿御前を、施しの英雄たるカルナが空中で受け止めた。

 とはいえ、もう彼女は消えるだけだろう。

 殺生院の栄養にされるのは防げただけで十分な成果と言えるだろうが。

 

 残っていたサーヴァントは続々とこの場所に集い始めている。

 多数のサーヴァントによる囲い、圧殺の構え。

 

 肉体を魔神で生成した怪物。魔神数十体に及ぶ魔力的な質量。確かに脅威的な存在だ。だがSE.RA.PHと遮断されている今は、無敵でもなければ無限でもない。確実に削り落とし、消滅にまで持っていく。

 

「……ふふ、うふふ。感じますわ、私を敵視する英雄、豪傑。そんな皆様方が向けてくる、この身を貫き、掻き回されて、殺されてしまいそうな、肌を突き刺す多くの視線。

 ああ―――なんて、なんて心地良い……! 改めて、確信できました―――」

 

 アグニの炎で焼却され、焼け落ちる尼僧の服。

 頭巾で纏めてあった艶やかな黒い長髪が解放され、夜の闇のように広がった。

 

 ―――その髪がなびく頭には、いつの間にやら二本の大角。

 そうして魔羅を得た彼女の装束は、下着染みた装束に変わっていた。

 

 獣の幼体、本体を得るための蛹から切り離された弱者。

 巣の外へと落とされた雛鳥のような、もはや死ぬしかない生命体。

 そんな有様でありながら、絶大な力を湛えた最低最悪の魔人。

 

「この先に、きっと(わたくし)最高の快楽(のぞみ)が待っている、と」

 

 嬉しそうに微笑む殺生院キアラ。

 肉体の損傷は魔神の腐肉によって埋め合わせ、再構成されていく。

 より頑強に。より強靭に。

 変生を開始した怪物を前に、新たな矢を番えながらアルジュナは強く目を細めた。

 

 

 

 

 

「……ね、ギャル男……」

「ああ、どうした」

 

 戦場から僅かに離れ、カルナが着地する。

 その腕に中には光と変わり始めた鈴鹿御前の姿。

 どれだけ気合を振り絞ろうと、限界なんてとっくに越えている。

 

「あの、さ……たのみ、が、ある……だけど……」

「ああ」

 

 言葉を口にするだけで致命傷は加速する。

 それでも言わねばならない。

 このまま死んでなんていられない。

 そうと思わせるだけの事を、あの殺生院(アマ)は口にした。

 

 自分が利用されて殺されるだけならここまでキレるものか。それだけならしてやられた、で大人しく死んでたって文句もない。

 だが、あんなことを言われたからには死んでも死ねない。たとえ地獄の鬼を全て斬り殺してでも、四肢を磨り潰して現世に這い上がってでも、あの女ばかりは殺してやらなきゃ収まらない。

 

「おんなじ……()()()()()の、よしみ、でさ……ちょっと、きいて……くんない、かな……」

「その答え。オレは既におまえに告げているはずだ。

 ()()をおまえが真に望むなら、オレがそれを止めることはないと」

 

 何のことはない。呆気ないにもほどがある。

 鈴鹿の普通ではありえない要求に対し、彼は当然のように首を縦に振る。

 それどころか、要件はそれだけでいいのか、と。

 本当に何でもないように消える寸前の鈴鹿に問いかけた。

 

 頷く鈴鹿御前。彼に望んだのはひとつだけ。大きすぎるひとつの願いだけ。

 ならばいい、と。カルナは空を舞い戦場へと飛んでいく。

 

 ―――独り、戦場から離れた場所に残された鈴鹿御前。

 既に死んだ身。消える寸前。

 そんな彼女は震える手で握ったままだった第三刀、顕明連を更に強く握り締めた。

 

 

 

 

 

「さて、まずは何から交わそうか」

 

 一切妨害なく、一切の障害なく、辿り着くのは玉座の間。

 豪奢な玉座に腰掛けた黄金の王は、姿を見せた彼らに微笑みかけた。

 

「理解を得るための言葉か。あるいは情を深めるための親愛か。

 あるいは、悲しくも望みを押し通すための凶刃か」

 

 朗々と語るカール大帝。彼は椅子から腰を上げようともしていない。

 

 ならば、とメルトリリスがパッションリップを見る。

 霊核さえ無事で、それをメルトがドレインできればいいのだ。

 体の半分くらい潰してやっても問題ない。

 

 その意図を理解して、リップが両腕を持ち上げる。

 id_es(イデス)、“トラッシュ&クラッシュ”行使の前兆。

 一撃必殺、防御不可能の不可逆圧縮(エンコーダー)

 

 それを向けられた大帝は、どこか苦笑気味に表情を崩した。

 ただ、それだけ。

 

戦乙女(ワルキューレ)は愛に狂ったというがね。余はその伝承に対して、少々懐疑的な気分であったのだ。姉上(アルテラ)を設計思想としたものが、そんな余分に狂うものなのか? とね」

「行きます……!」

 

 動かない。定位置に固定されている。

 そんな相手にならば、パッションリップの破壊力は最強無敵だ。

 発動を直前に控えた黄金の爪を前に、カール大帝は微笑む。

 

「だが、目の前に実例があるというのであれば認めざるをえまいよ。そういうこともあったのだ、と。そして……姉上(アルテラ)もまた、あるいはそういうものにもなれたのだ、と」

 

 城の天井近くから閃光。飛来するものの正体は剣。

 それがリップの目前に落ちてきて―――光の盾へと姿を変えた。

 放たれるフラッシュ。

 それがリップを視界を潰し、当然の如く照準を潰された能力行使は中断される。

 

「あう……っ!?」

「ちィ―――!」

 

 加速するメルトリリス。

 リップの迎撃こそしたが、やはり大帝は腰をあげようともしていない。

 最速、最短で駆け抜けるための軌道を描く。

 

 それを迎撃するためか、玉座の前に一体のエネミーが出現していた。

 人型エネミー、ただの人形。通り過ぎるだけで切り裂けるような雑魚。

 そんなものに意味はない、と。

 

 しかし直後に再び天井から剣がエネミーの前に落ちてくる。

 

 それが剣から槍へと変わる。そして、それを手にしたエネミーの姿もまた変わる。

 黒い靄に包まれた、マントを羽織った桃色の髪のパラディン。

 紛れもなく、紛い物であるが、その姿こそは十二勇士アストルフォのものであった。

 

「この……!」

 

 武器を核に人型エネミーに投影したシャドウサーヴァントとでも言うべきもの。

 その戦力に対してメルトは即座に足を向け、刃を振るう。

 喋る機能はないのか、シャドウアストルフォはそれにただ槍をもって応じた。

 

 メルトの脚、アストルフォの槍。その激突。

 結果は一瞬の拮抗すらなく、明白に勝敗を決していた。

 

「な、あ……っ!?」

 

 ばしゃりと音を立て、メルトの銀色の脚が水に還る。

 膝下が全て意識外で水になり、少女は体を床に投げ出された。

 彼女の腕が出せる力など、何の頼りにもなりはしない。

 あまりにも無様に、止まることも出来ず床を転がっていく脚を失った少女の体。

 

「く、ぁ……脚を維持、できなくなった……!?」

 

 “触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!”。

 触れた相手の強制転倒、あるいは脚部分のみの強制霊体化。

 メルトリリスにもたらされたのは、脚が流水に還ることだった。

 

 影のアストルフォがカール大帝の前、槍の穂先を床に置く。

 隙だらけのメルトリリス。仕掛けようと思えば幾らでも追撃は届くだろう。

 だが大帝は追撃をさせるどころか、相手を見てさえいない。

 

 むしろ彼が見ているのは自分で呼び出したはずのもの。

 自分の前に立つ聖騎士・アストルフォこそを、珍妙なものを見る目で見ていた。

 

「……アストルフォ、か。ふむ、まあこういう風に解釈される、という事もあるのか」

 

 現実であるカール大帝には、幻想寄りの騎士アストルフォの覚えはない。

 こうしてジュワユーズを通じて招来してみても、やはりどこか噛み合わなかった。

 まあそんな話、どうでもいいと言えばどうでもいい話だ。

 

 今の彼は多少ならば幻想の方にも手を伸ばせる。現実と幻想、元より両方揃ってカール大帝なのだから、当然と言えば当然だ。もっとも聖剣(ジュワユーズ)を使ったところで、幻想寄りのシャルルマーニュほどの出力は出せないだろうが。

 とはいえ、こうして聖都の中に聖騎士(パラディン)の影法師を浮かべることくらいは造作もない。現にこうして特に大した労力もなく、カール大帝は絶対者に相応しい力を見せつけている。

 

 だがやはりどうにもしっくりこないものである。

 それは無論、同じようにリップの前に出現させたブラダマンテにも言える事だが。

 

 光の盾を取り上げて、人型エネミーが少女騎士の姿を取る。

 シャドウブラダマンテは、完全にリップのみを注視していた。

 

 視界を潰されるパッションリップ。

 脚を維持できなくされるメルトリリス。

 

 玉座から腰を上げることさえないままに、カール大帝は二騎のアルターエゴを鎮圧した。

 

 太股から一度自切して、何とか銀色の脚の再構成を始めるメルト。

 そんな相手を前にしながら、シャドウアストルフォが玉座前から歩み出した。

 追撃のため、という勢いではない。

 彼女が脚を作り直し復帰した際に備えるため、というだけの動作。

 このパラディンと撃ち合う限り、メルトリリスは脚の刃を頼れない。

 決定的な采配が既に打たれているのだ、聖騎士に急く理由は存在しなかった。

 

 能力行使は不可能と判断し、爪での直接攻撃に切り替えるリップ。

 女神ドゥルガーの神剣を爪として使う黄金の巨腕。その破壊の嵐を前に、しかし。

 シャドウブラダマンテは槍と盾でもって、それを難なくいなしてみせる。

 聖騎士の技量はオリジナルと比べれば下回るのだろう。

 だが乱雑に破壊力だけを極めたリップの攻撃を凌ぐだけならば、十二分の腕前。

 相手に向かって振り抜いた腕が、槍に逸らされ床だけを抉る。

 

 二つの戦闘。二つの圧倒。

 己のものであり、己のものでない聖騎士たちの戦場。

 その二面は既に勝敗を決している。

 

 紛い物だ。あくまで大帝の支配下において、彼を讃える伝承を具現化しただけ。だがだからこそ、あれらは紛れもなくカール大帝が繰り出した伝承に謳われるシャルルマーニュ十二勇士そのものでもある。

 女神の要素を織り上げ、造り上げられたハイ・サーヴァント。チートにチートを重ねて組み上げられたプログラム。抑えきれない少女の感情の発露(アルターエゴ)。怪物として生まれたそれらがいかなる力を備えていようと、聖騎士は易々と突破できるものではない。

 

 それらの戦闘の様子を一瞥して、カール大帝は残る少年に顔を向けた。

 

「さて、では今一度問おう。少年よ、この場を訪れ余と何を交わす?」

「―――夢かな」

 

 答えを選ぶことに、さほど迷いはなかった。

 既に開戦した状況において、彼はカール大帝を見上げながら微笑んだ。

 大帝は少しだけ驚いたように眉を上げ、小さく笑う。

 

「俺は最高最善の王様になる。あんたよりも凄い、世界の全てを救える王様に」

「ほう……ああ、良い夢だ。他者の救済と幸福を願える夢を否定する言葉など、如何なる余とて持ち合わせていない。となれば、余から言い返せる言葉はないな。

 ―――余もかつてはそのような光景を夢に見た。だがしかし、余では全てに救済をもたらすセイヴァー足り得なかった。もし仮にその夢が成就するようなことがあれば、お前は名実ともに余を越えた王となろう」

 

 そこで言葉を区切り、泰然と座っていたカール大帝が姿勢を崩す。

 何があろうとまともに対応する素振りさえ見せなかった大帝。

 彼は力強く、目の前の少年を見据えながら立ち上がった。

 

「お前の目的とする光景は理解した。となれば、次は余が目指す光景を言葉にせねばならぬ」

 

 彼が立ち上がると同時に、まるで城全体が動き出したかのように唸り出す。

 その轟音を物ともせず、確かに響く声で告げるカール大帝。

 

「余は目指す、永劫普遍の平和を。不変の平和。普遍なる愛に包まれ、皆が幸福であれる世界。“天声同化(オラクル)”とはそのために余に与えられた声である。

 余の“天声同化”が捉えた者の精神に少なからず歪みを生むことは否定せぬ。しかし“天声同化”とは洗脳に非ず、ただ己の裡に秘めた声を引き出す切っ掛けになっているにすぎぬ」

「引き出されたくないって人もいたよ、ここにもね」

 

 視線を交わすカール大帝とソウゴ。

 

「知っているとも。余とてそのような者を縛ることはしようとはせぬ。余との同化を阻むならば、余はその意志を尊重しようとも。お前の言う男は余の声を聞いた結果、ただ離れようとすることもできぬままに、危うい均衡の上にあった精神を崩してしまったのだろう。それは余の罪、余の過ちである。

 ……余は万能ではなく、言った通りに救済者足り得なかった男。余が余の道を邁進する過程において、犠牲が出ることは分かりきったこと。そういう生命なのだ、人間は。そういう世界なのだ、この地球(ほし)は。余は余が持ち得る力をもってして、可能な限り力を尽くすことをし続けているだけ」

 

 鳴動する機動聖都。震動は収まるどころか加速する。

 まるで大帝の昂ぶりに応えるように。

 

「―――――その果てに、見たのだ!」

 

 玉座の背後。そこにある何かが動き出す。

 何かの一室、独立した建築物であるかのように見えるそれ。

 それこそは大帝の間に設けられた祈りの部屋。

 世界(かみ)へと祈りを捧げるための、礼拝堂に他ならない。

 

 礼拝堂の屋根が縦に伸び、開き、頭部のような形状に変わる。

 まるで眼を開くように淡く光を灯す、硝子の双眸。

 巨神の胎動を背後で始めさせながら、大帝は目の前に立つ少年を見据える。

 

「人は人であるが故に、永劫に諍いの火は消えぬ。

 ―――間違いは正さねばならぬ。正しくあれ、と我らは言う。力を振るうことを是としてでも、過ちたるものを良かれと思って、力尽くで矯正しようとする。それこそが、人間が人間として正しく生きていこうとするが故に生じる、避けられぬ軋轢に他ならない。

 我らはその正しさをどこで決める? 力を振るう事を是とするための大義は誰に許されたものか? 我らが否定されるべきと睨む行いは、真実否定されてもよい行いであるのか? 異なる国に住まい、異なる言葉を使い、異なる教えを信じ、異なる神を奉じ、そして―――いや。

 そのような相手たちと、我らは何を共有すればよい? どこに絶対値となる()()()がある?」

「…………」

「ありはせぬ。そのような都合の良い偶像は、人類には獲得できぬ」

 

 礼拝堂が激震する。祈りの家が立ち上がる。

 それはカール大帝の祈りの結晶。

 僅かに眼を細め、自身の背後に聳える圧倒的な力に彼は口を閉じた。

 

 普遍の平和、普遍の愛、遍く世界に光をもたらさん、と。

 その祈りの結実こそが、彼の誇る礼拝堂の姿。

 

 平和への祈りの結晶こそが絶対的な力である―――という哀しき現実。

 

「……SE.RA.PH(セラフ)はこのまま沈降を続け、この惑星の最奥へと到達するであろう。電脳化したこの地は地盤という壁にさえ阻まれず、水の星たる地球の核へと接触することになる。

 その時こそ余は、余自身が、“天声同化(オラクル)”によってこの惑星と同化するのだ。余こそが自然(かみ)と一体化し、この星で生きる生命の全てを余と同化する。余が基底となり自然(かみ)と同化し、そこに住まう全ての動植物もを余を通じ自然(かみ)と同化する。このカール大帝の天声という絶対の大義を、この星に遍く共有させるのだ。

 間違いを無くせるとは言うまい。過ちが犯されないと言えるはずもない。だがこれにより、この星には永劫に続く普遍の正義が生じ、全ての命がそれを知ることができる。この星に在る存在は全て、このカール大帝と大義を同じくしただけの、地球に生まれた生命になる。何が変わるでもなく、余とただひとつの意思を同じくする。これこそが今、余の求める旅路である」

 

 ただ、ただひとえに。

 全ての生命が大帝と同じように、他の生命を思いやってくれればいい。

 ただ意識ひとつ。洗脳や教唆、“天声同化”はそのようなものではない。

 何よりこの規模の同化をするとなれば、カール大帝の意識など保てはしないだろう。

 だがそれでも、彼の声は届くはずだ。たとえ意識は保てずとも。

 遠い昔。あの寒々とした空の下、かつて見た光景で魂に刻んだ己の夢は消えはしない。

 

 必ずそうなってくれるわけでもない。

 それだけで世界が変わってくれるわけでもない。

 だが絶対に良いと思える変化はある。

 人と人が起こす衝突がひとつも消えない、なんてことはないはずだ。

 

 ならば良い。

 現実のみで構成されたカール大帝は、人間はその程度が限界だと知っている。

 だからその程度の結果のために、己を地球の声帯にすることを迷わない。

 

「―――それってさ、あんたは自分を人間だと思ってないってこと?」

「そうとも、皇帝(マグヌス)になるとはそういうことだ。個人のカールと、カール大帝は別のものなのだ。自然(かみ)の名の許に世を運営するものは、正しき皇帝(システム)でなくてはならない。それを誰よりも理解して、私は機構(マーニュ)の名を掲げたのだ」

 

 少年と大帝が交差させる視線。

 互いに黙すること数秒。

 

 ソウゴが懐からドライバーを取り出し、腰にあてがう。

 展開されて巻かれるベルト。

 彼はそのままウォッチを握り締めて、大帝の姿を見上げた。

 

「……本当にさ、そう思ってる?」

 

 人であるままでは救えない、と。人の身で成し得る範囲では救えない、と。

 あの時、彼はそう思った。

 孤独に漂う役目だけ与えられた寂しそうな少女の姿を見て、少年期の夢に終わりを告げた。

 

 一瞬だけ、カール大帝の視線が彷徨う。

 その先には何とか戦闘を行っている二人の少女。

 パラディンの幻像に追い詰められていく、二つの破壊兵器。

 

 彼女たちの奮闘、どうにか勇士を攻略せんと眼をギラつかせる少女たち。

 あまりにも思う姿からかけ離れた無様さに瞑目し、口元を緩める。

 

 ―――詳しいことはとんと分からない。

 けれど、彼のその反応だけで十分だと思った。

 握っていたウォッチを両手で掴み、前へと突き出す。

 

 幻想で現実とは戦えない。

 それはどこまで行っても幻で、苦難を無かったことにはしてくれない。

 

「―――正直に話そう。余は貴様の事をあまり気に留めていなかったぞ、カルデアのマスター。だが今この瞬間、対峙するのが貴様であるということが、望外の僥倖であったとよく理解できた。

 この信念。現実のカール大帝が全霊を懸け貫いた願い。我が声が我が望みに届くかどうか、その最後の審判が下される時が来た。この瞬間、それを阻もうとする相手が貴様であったことを、余は自然(かみ)に感謝しよう!

 人のままでは見えぬ地平がある! そこに至るが為に、自然(かみ)と聖霊の名の許に、余は救済者(セイヴァー)としての資格を得る! その夢の果てに、私が望んだ救いがあるのだ―――!!」

 

 礼拝堂が変形する。その力の強大さは、同時にカール大帝の祈りの強さ。

 平和の祈りの強さが、強大なる力を生んだ。

 それは果たして彼が祈りの中で望んだものか。

 

 ―――望んだのだろう。

 可能な限り戦いを、死を、減らすためには絶対者が必要だった。

 絶対なる者の采配によって多くの事は上手く運んだ。

 より良い成果を。より少ない犠牲を。

 けれど、そんなやり方が望みだったのか。

 

 いいや。最初の、一番最初に抱いていた、あの時の願いは―――

 

 人型に形状を変える過程において、その機体は目前のカールを機内へと取り込む。

 聖なるもの。大帝カールが導かれるのは、祈りの祭壇。

 本人という核を得て、彼の祈りを動力とし、聖帝の宝具が完全なる駆動を開始した。

 

〈ジオウⅡ!!〉

 

 徐々に巨体が持ち上がっていく。

 その目前でソウゴがウォッチを起動し、ドライバーへと装着。

 振り上げた腕をすぐさま振り下ろし、ジクウドライバーを回転させた。

 

「変身―――!」

 

〈〈ライダータイム!!〉〉

 

 装着されていく強化されたジオウの装甲。

 最高最善の魔王としての踏み出した一歩が生んだソウゴの姿。

 

〈仮面ライダー!〉〈ライダー!〉

 

 黒と銀、そしてマゼンタに煌めく姿に変わっていくソウゴ。

 

 彼の変身と同じくして姿を変えていくのは、聖なる祭壇。

 展開される四肢に力が漲る。

 全力稼働する魔力炉心が生む出力、その余剰分が背部から噴き出す。

 噴き出した青い魔力の残滓は、まるで光の翼のようだ。

 

〈ジオウ!〉〈ジオウ!〉

 

 降り注ぐ大帝の威光で照り返す銀色の装甲。

 相反する色の光を薙ぎ払いながら、一度射出されて戻ってくるインジケーションアイ。

 それが顔面に嵌るや、放たれたマゼンタの輝きが青色の光を塗り替える。

 

〈〈ジオウⅡ!!〉〉

 

 変身を完了したジオウⅡ。強く拳を握れば迸るエネルギー。

 形成される特殊フィールド、マゼンタリーマジェスティ。

 これから始まる戦闘のためにボルテージを上げていくジオウⅡ。

 

 その前方。そこには、全長20mはあろうカール大帝に似た機械の巨人がいた。

 硝子の瞼に覆われた眼が煌々と紅に強く輝く。

 二基の魔力炉から出力されるエネルギーは、眼下のジオウⅡを凌駕している。

 

 だがそんなものではない。そんなことに関わりはない。

 この戦いの趨勢を左右するのは、そんなものではないのだ。

 

 巨人の口らしき場所が開く。

 雷を轟かせるように、大帝の声がその地に響き渡った。

 

『さあ、“最後の審判(ウルティム・プロパテール)”である! これぞ余の祈りをもってして光臨せしめる我が治世の具現! 平和を望み続けたが故に結実した絶大なる力!

 余の天声(こえ)を聞け! 余の威光に包まれよ! そなたらを抱きとめる余の愛が、遂にこの大地を抱擁する時が来た! 起動せよ、“聖なる(カロルス)かな、今こそ(・パトリキウス)威光が地に満ちる(・アウクトリタス)”―――――!!!』

 

 鋼の駆動音を轟かせ、礼拝の祭壇が征く。

 加速していく出力に迸る魔力が、火山の噴火が如く盛大に噴き上がる。

 

 それに応じんがため、ジオウⅡは全身に力を込めて一歩を踏み出した。

 

 

 




 
 Aルートが後1話、Bルートが後2話、最後のまとめでもう1話
 くらいだろうか、多分
 
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