Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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魔性の掌2030/B

 

 

 

 風を感じて目が覚める。

 どうなっているかさっぱり分からず、ぱちくりと瞼を開閉。

 

 一体何がどうなっているのか。

 何故自分という存在に意識が宿るのか。

 何もかもが分からなくて、とりあえず体を起こす。

 

「っていうか、どこなんだここ?」

 

 雰囲気は水中だ。

 水の中にドームを作って、そこに入っているみたいな場所。

 だが本当に水中ってことはないだろう。だって呼吸できてるし。

 

 上半身だけ起こして、黒と銀が混じる髪を掻き乱す。

 自分が持っている情報を整理する。

 が、生憎とろくな情報なんて持ってやしない。

 そりゃそうだ。こっちは基本的に裏方で、ベース担当じゃないんだから。

 

「―――っと、こりゃ」

 

 不思議な感覚を覚えて頭を上げる。

 感じたことがない変な感触だが、何となく意味は感じ取れた。

 自分の半身の存在だろう。

 

 つまりその存在でもって何らかの理屈はつく。

 自分は自分として召喚されたのではない。

 あくまで大元が召喚されてから、分離されたとか、廃棄されたとか。

 まあ大体そんな感じで発生したのだろうということだ。

 

「あのヤロウ……一体何考えてやがんだ……?」

 

 呆れ果てつつ立ち上がる。

 焦燥で掻き回していた頭を、今度は困惑で掻き回した。

 どんなクラスで召喚され、どんな側面で現れたかは知らない。

 けれど真っ当な判断力があればこんな馬鹿なことはしないだろうに。

 

 とにかく、状況を知るためにはあの気配を追うしかない。

 

 溜め息混じりに踏み出した彼。

 ―――瞬間、その背後に何かが浮かび上がった。

 

『それで、アナタも何か周回引き継ぎ系チートさんですか?』

 

 投影されたサクラ色の映像画面。

 その窓の中に映るのは、腰に手を当て溜め息を吐く菫色の髪の少女。

 何を言っているか分からないが、たぶんあっちの自分のせいだろう。

 

「えーと……」

 

 振り向いて、彼女の顔を正面から見返す。

 見えるのはどこか不機嫌そうに眉尻を上げている顔。

 状況は分からないが、迷惑をかけたんだろう。

 

 あっちの自分が。なので自分は無罪だと思う。

 

「あー、いや。そこんとこは自分でも分からん。何でかいきなりここにいたんでな。ま、カール大帝の奴が何かしたせいでここにいるのは間違いないだろうけどさ」

『はぁ、何を言っているんですか? カール大帝はアナタのことでしょう。霊基の変質はあるみたいですが、その情報は間違いなくあの英霊と同一のものでしょうに』

「ああ、いや。それはそうなんだが俺は―――」

 

 面倒な話だが、幻想と現実の入り交じる話を軽く語る。

 ついでに自分のこともある程度説明しておく。

 

 訝しげだった顔は、余計に胡乱なものを見る目に変わって―――

 

 彼自身がどういうものか、それを語っている途中で。

 何かに思い至ったかのように、少女の眉が僅かに寄せられた。

 

 そんな表情がすぐに違うものに変わり、にこやかなものへ。

 そして更にすぐ、妖しげなものへ。

 

『……なるほど。どういった状態でお困りなのか、よーくわかりました。そういうことなのでしたら、わたしがアナタの前歴。この状況に至るまでの経緯を説明してあげましょう! ただしその代わりと言ってはなんですが、アナタにやって頂きたいことがあるのです!

 ―――どうです、このわたしと取引をしませんか?』

「んー……」

 

 妖しげに、小悪魔風に微笑む少女。

 外見上怪しいっていうか、もはや黒幕側の存在に見えるのだけれど。

 ただ何というか―――

 

 カール大帝を知るこんな少女がここにいること。

 いま自分がここにいること。

 どんな経緯、どんな理由であれ、現状は何かが切羽詰まっているだろうこと。

 

 それを何となく感覚で理解して、その上で。

 悩む。悩む。腕を組んで、激しく悩む。

 そこまで悩むか、と眉を上げる少女のことも気にせず悩む。

 

 そうして導き出した結論に強く頷き。

 少年は快活に、少女に対して答えを叩き付けた。

 

「よし! その取引、断る!」

『えー……』

 

 流れに納得できずに文句ありげに顔を顰める少女。

 だがそんな少女に対し、まあ焦るなと。

 格好をつけた様子で掌を向け、ニヒルな笑みを見せる少年。

 

「まあ落ち着けって。アンタが俺に持ちかけた取引こそきっぱり断らせてもらうが、アンタが俺にやらせたいらしい要求は呑もう。もちろん、あんまりに変な要求だったら断るけどな」

『―――なんですか、それ。せっかくわたしが状況を説明してあげようっていうのに、わざわざ話を聞くことだけ拒否して、こっちの要求は呑むと? それ、何の意味があるんです?』

 

 意味はある。というか、あるはずなのだ。その点に関しては特に疑うことはない。けれどその意味はきっと、彼は余人から聞いても納得できない。

 彼らの存在を大元から別けた意味。それはカール大帝が何らか意図したものであり、つまり自分自身がそうあれと望んだものなのだ。

 だから自分で自分(カール)に直接確認しなければ腑に落ちない。

 

「ま、恐れ多くも聖騎士帝、なんて呼ばれる男としての矜持、ってとこか? とにかく説明はいいや。それで、アンタは俺に何を要求する気だったんだ?」

「――――――――いいです、では素直に要求を突きつけてあげましょう』

 

 どこか納得いかないままに、少女は少年に要求を突きつける。

 

 ―――少女の要求は馬鹿げていた。

 状況も知らされぬままにその内容、普通なら頷けない。

 いいや、状況はある程度分かっていたとしても頷けない。

 

 普通に考える頭がある相手に対し、そんな要求は通るはずもないことだ。

 けれど少女は少年に対し当然のようにそれを求めて。

 

「……うーん。何で必要なのかよく分からないけど、まあいいか。おう、必要だって言うなら好きにしてくれていいぜ」

『……別に受け入れてくれるなら何でも構わないんですけど……こうも交渉し甲斐のない内容で終わってしまうと、何というかこう、むず痒いというか……つまらないですね!

 要求を受け入れられた側として何ですが、アナタ。こんな話をこんな雑なやり取りだけで受け入れちゃうだなんて、いったいどういう神経されてるんです?』

 

 どうにも呼吸が掴めない相手だ、と溜め息。

 少女は掌で転がせない相手とのやり取りに辟易として、しかし少年はにやりと笑う。

 

 彼は腕を上げて、ばさりとマントを翻し。

 肩で風を切るように歩き出しながら、少女の疑問に答えを返した。

 

「はは―――訊かれたからには答えねばなるまい! 未知を求めて冒険へと踏み出し、救いを求める人あらば迷いなく全速力で駆けつけて、誰かを護るためであれば勇んで剣を振るう!

 聖騎士(パラディン)と呼ばれしそんな十二勇士(カッコいいヤツら)のまとめ役。遍歴騎士シャルルマーニュってのは、そういうカッコいいことに全力な英雄なのさ!」

 

 

 

 

 

「じゃあ、行きます!」

 

 ギチリと啼くパッションリップの爪。ギリギリまで狭い範囲を狙った能力の行使。

 精神的疲労は酷いが、やってやれないことはない。

 

 ぐしゃりと音を立て、中央管制室の床の一角がキューブになった。潰した床の下にはまだ床。貫通までは至っていない。その事実にほっとした様子を見せるリップ。

 

 そんな様子を見ていた無銘が、くっと小さく嗤う。

 

「全力でぶち抜いて、電源(しんぞう)諸共潰してしまえば話が早いんだがな」

 

 SE.RA.PHの電源が落ち、水圧によって海の藻屑になる。そんな結末で一向に構わないのが彼の立ち位置。だが現状で彼はこの行いを邪魔するでもない。

 リップの力でなければアクセスする時間がないのだ。本当にどうしようもない時、一気に潰すという選択肢が取れるなら問題ない。ならばギリギリまでは付き合ってやればいいと。

 

「それを解決と見るには些か以上に乱暴でしょう。我らサーヴァントが共に消滅するのはともかく、彼女の帰還も果たされないというのは問題です」

 

 自分たちは消えるだけだが、立香は帰還させねばならない。

 もちろん、教会に残っている二人のスタッフもだ。

 

 そう言って、トリスタンがリップの開けた穴へと降りる。

 そうしてフェイルノートを床につけた彼が弦を引き、響かせる振動。

 数秒の無言、澄まされた耳が状況をつぶさに聞き分ける。

 

「……まだまだ厚いようですね。数メートル程度の範囲に空洞がある様子はありません」

「まるでイルカだな、貴様は」

「イルカのトリスタン……嘆くよりは可愛らしい名で悪くはないかと」

 

 冗談なのか本気なのか、そう返しながら穴から飛び出すトリスタン。

 とりあえずすぐ近くに空洞がないとは分かった。

 

 パッションリップ自身、自分の破壊力の制限は難しい。彼女の抑えが効く範囲で少しずつ、数メートルずつ掘り進めていくしかないだろう。

 リップが掘って、トリスタンが念のために壁の厚みを確認。この手間をかけて目的地まで進めていく以外に安全かつ早い方法はない。

 

「イルカのトリスタン……今わの際、私は寝台の横に控えてくれているイゾルデに告げるのです。もはや会うこと叶わなかったイゾルデが、死に瀕した私にもし会いに来てくれるならば、白いイルカが。来てくれぬならば黒いイルカが、海を渡りこちらに向かってくるでしょう、と……」

 

 リップが集中している脇で、ぽろろん。爪弾かれるフェイルノート。

 トリスタンの物語の最後を飾る二人のイゾルデ。

 それが白イルカと黒イルカになって、海を駆け巡る脳内映像。

 

 もしやリップの精神的負担を和らげるための笑い話、のつもりなのだろうか。

 僅かに間を置いて、沈黙していた立香が首を傾げる。

 

「黒いイルカって、それじゃシャチじゃない?」

「まあ普通のイルカ自体黒っぽいし、いいんじゃないか? イルカは特に海に住まうものの中で神聖視されて、救世主の象徴ともされてることだしな。聖なる騎士であるトリスタン卿には、相応しい称号であるとも言えると思うぞ」

 

 シャルルマーニュがそう言って笑う。

 そこまでのことは言っていない、と再びポロロンと鳴らされる妖弦。

 

 どうでもいい話をしているな、と呆れた視線を向けるアタランテ。

 そんな彼女の横でしかし、フィンはどこか感心するように鷹揚に頷く。

 この雑談、精神が張り詰めた状態のリップを苦笑させる程度の効果は出ている様子。

 自分の死を話題として使おうとしている男の前向きさ。

 その心の広さに彼は感動したのだ。己も負けていられない、と。

 

 果てしなくどうでもよさそうにアタランテは視線を逸らす。

 そして多分、フィンが奮起したところで犠牲になるのはディルムッドだ。

 

 同じくどうでもいい、と無銘は顔をリップへと向けた。

 

「どうでもいい話だ。おい、さっさと床を潰せ」

「そんなこと言って。ただ乱暴にやればいいわけじゃなくて、集中して範囲を絞って力を使うんだ。集中力をすり減らした分、ある程度は休みは必要だろう?」

 

 無銘の指示に腰を手を当て、反論するブーディカ。

 

 そんなこと分かってはいる、と。

 ブーディカの言葉に対して、メルトさえも苦々しげな表情を見せた。

 

 メルトリリス、彼女のそんな反応。

 そんな自分の同位の存在の姿を見て、困惑げな顔を見せるリップ。

 だが何かを感じとったのか、少女は決然と腕を持ち上げた。

 

「いえ、なんとか頑張ってみます!」

「そう? 大丈夫だっていうならいいんだけど……」

 

 心配そうなブーディカに背を預け、奮起するパッションリップ。

 再び行使される圧縮機。床がバキバキと拉げ、キューブにまで潰される。

 

 その状況を見てから音を響かせ、壁の厚さを測るトリスタン。

 息を整え、再度能力行使の準備を開始するリップ。

 

「―――――」

 

 メルトは管制室の壁によりかかり、小さく息を吐く。

 時間を見る限り、もう本当にギリギリ、くらいだと思う。

 別に本人から助けてくれ、と言われているわけでもない。

 

 間に合わなかったら間に合わなかったで、それだけだ。

 そういう表情を取ってみせる少女を見て、立香は何とも言えずに目を細めた。

 

「―――ああ、そうだ。一応確認しておかねばな」

 

 ふとアタランテが声を上げる。

 彼女が視線を向けるのは、シャルルマーニュその人。

 彼はその視線を受けて、きょとんとした。

 

「俺に? 何を?」

「BBの思惑だ。汝は先程、こちらはそれを上回っているようだ、と確信をもって口にしていただろう。あれはどういう意図で吐いた言葉だ?」

 

 アタランテに頭をぽんぽんと叩かれる清姫。そもそもまるで嘘発見器扱いはどうなのか、という表情の少女が口許に扇子を当てる。

 特に気にしていなかった、とシャルルはその指摘に軽く頭を掻いた。

 

「あー、んー、まあー……そういう話になるのか? いやー、そうは言ってもな。なんつーか、その言葉の意図を細かく口にするのは憚られるというか……いや、俺がBBのことも含めて隠し事をしていることには違いないんだけどさ。

 ただ俺の隠し事に関しては間違いなく、マスターたちを不利にするものじゃない、はずだ。役に立つかどうかも分からないが、もしもの時の備えと考えておいてくれると嬉しい。少なくとも俺はそのつもりで、奥の手になるのかもしれないな、みたいに思って隠してる」

 

 酷く曖昧な物言い。だが嘘ではない。

 正直シャルルマーニュ本人もよく分かっていない、という様子に見えた。

 自分でもよく分かっていないのでは、嘘にはなりえない。

 

「あー、と……それと、だ。BBの思惑に関しての発言については、事実よりも俺がそれをどう感じているかが問題、ってことだろう? だからさっきの俺の発言は何も難しい話じゃないんだ。

 少なくとも俺が考える限り、BBの思惑ってものに関しては事前に練ってた計画書が1ページ目の導入から上手く行かず、結果としてその後の予定が全部爆発四散して、今はもう完全にアドリブで行動してるっていう、めちゃくちゃ気合を入れた動きをしてる状況だと思ってるんだ」

「まあ、嘘はおっしゃってないようですが……」

 

 BBってそんなに無計画状態で動いてるの? と首を傾げる立香。

 無計画なわけではなく、計画が爆発しただけだと首を横に振るシャルル。

 計画通りの時間稼ぎではなく、計画が爆発したせいで必死に時間を稼いでいる。

 そういうことだったのだろうか。

 もちろん、これはあくまでもシャルルが感じた印象でしかないが。

 

 どちらにせよ、もう時間がないことには変わりない。

 この状況まで追い込んで何がしたかったか分からないが、やることはひとつだ。

 

 盛大な破砕音を立てて、再び床が削り取られる。

 一拍置いて鳴らされる風の音。

 その反響音を正確に聞き取るイルカの如き騎士が、ぴくりと眉を動かした。

 

「もう一度、同じ深さで。それでどうやら壁を抜けて開けた空間に出るようです」

「はい……わかり、ました……!」

 

 息を整えるパッションリップ。

 そんな彼女たちの後ろから、立香がキューブにされた深い穴を軽く覗く。

 

「本当に壁、というかぎっちり金属の塊だったんだね」

 

 中に電気とか水道とか、そういう配管が通るスペースもない。

 ただただ空間を隔てるための隙間のない壁だった。

 よほど表に出したくないスペースだった、ということだろうか。

 魔術師ならばそれも珍しいことではないのかもしれないが。

 

 ただこの規模でここまで徹底した場所。

 そうはないだろうと思うが―――

 

「清姫殿、灯りをお願いします」

「構いませんけど……」

 

 しずしずと穴の縁まで歩いて行き、扇子を開いて口許を隠すようにする。

 その状態で吐息をすれば吐き出されるのは青い炎。

 渦巻く火炎が穴の底まで照らし出し、視界を確保してみせる。

 

 息を整えたリップが再び腕を掲げる。十の指先に収斂していく魔力。

 彼女の爪が全てを削る超常の刃としての性能を発揮する。

 視界は良好、灯りの届かない穴の底。その闇は炎に照らされよく見えた。

 後は握り潰すだけ。それを迷う理由はなく、彼女はid_esを行使して―――

 

「リツカ殿!」

 

 ドカン、と管制室の扉を破らん勢いで入ってくるガウェイン。

 彼に続いて入室するネロとエリザ、そしてタマモキャット。

 

 そんな状況だ。わざわざ緊急事態だ、と言われずとも分かる。

 彼らからの報告を聞くべく、立香は顔を引き締めた。

 

「端的に報告を。我らの知り合ったミス・マーブルは本人ではなく、彼女の擬態をした何者かでした。その者こそが魔神を取り込んだ者であり、この事態の元凶にもっとも近しいものだと思われます。ヴラド公による足止めの隙に、我らのみここまで撤退してきました」

 

 手早く必要な情報のみに絞って、そう告げるガウェイン。

 その報告に確かなことを理解して、真っ先に反応を示すのはメルトリリス。

 彼女が小さく息を吐き、壁から背を離す。

 

「……そう、アイツが。あんな小物演技をよくやっていたわね、アイツ。アレはBBによる時間稼ぎの囮ですらなく、本気で間抜けな女のフリをしたアイツだったってわけでしょう?」

「メルトリリス?」

 

 カッ、とメルトが踵で音を立てて歩き出す。

 

 ぐしゃりと金属が潰れる音を立て、彼女の前で最後の掘削が完了した。

 盛大な音を立てて解放される天体室へ直通の孔。

 

 状況の整理よりも先に、そこへと飛び込もうと滑り出すメルトリリス。

 止めようとしたところで、彼女を阻めるものなどいない。

 

 たとえ殺生院が姿を現そうと、天体室を先に抑えれば問題ない。

 メルトリリスのウイルスならば問題なくここのシステムを支配できる。

 SE.RA.PHを浮上させてしまえば、殺生院の望みは叶わないのだ。

 

「もうアナタの好きにはさせないわ、殺生院―――!」

「―――――」

 

 孔へと飛び込むメルトリリス。

 

 彼女の言葉を聞いて、反射的に顔を酷く顰めつつ無銘が腕を上げた。

 同時に彼の手首から射出されたワイヤーが、跳躍していたメルトの脚に絡みつく。

 そうした直後に巻き戻すが、メルトの突進力に負けて諸共に引っ張られていく無銘。

 自身に巻き付いた鋼線に顔を顰め、メルトががなり立てた。

 

「―――っ、邪魔をしないでアーチャー!」

「チッ……! 白鳥の捕獲というより白鯨の一本釣りだな、これでは……!」

 

 絡んだワイヤーを断ち切ろうと脚を動かすメルト。

 どちらの行動に加勢するかの迷い。

 だが独断専行をしようとしているのはメルトリリスに違いない。

 

 無銘の放ったワイヤーに絡める形で、トリスタンの妖弦が放たれる。

 拘束が二重になり、白鳥の羽ばたきは更に阻まれた。

 事情は把握できていないが、トリスタンがそうしたなら、と彼の体をガウェインが掴む。

 

 地に足をつけていれば引きずり倒すのは容易だった。

 だが、既に踏み切って宙に舞った彼女に、踏み止まることはできない。

 どうにか力任せに引き戻されるメルトリリス。

 

「っ、この……そんな場合じゃないってのに……!」

 

 舌打ちしながら引き戻される少女の体。そして、逆に動くのは男の体。相手を引き戻すその反動を利用して、無銘は逆に自分が孔へと身投げする体勢に入っていた。

 途中でワイヤーを自切すれば、絡んでいたトリスタンの妖弦に引き留められることもない。

 

 天体室へのメルトリリスの突撃を阻み、逆に自分が突撃する形になる。

 唐突に行われるそんな無銘の行動。

 先回りして彼はいったい何をしようとしているのか。

 

 引き戻されたメルトが着地しつつ、男の行為に怒りの眼差しを向けて―――

 

「アーチャー……ッ!」

「“()()―――……ッ!?」

 

 彼は自分が孔の下に飛び込むでもなく。

 一切の迷いなく即座に手の中に銃を呼び出して、ただ銃口を直下に向けていた。

 そこに獲物がいる、と確信しているかのように。

 

 ―――そうして彼女たちは。

 階下から立ち上る無数の刃に、串刺しにされている男の様を目の当たりにした。

 

 最速で撃ち抜くべきモノを撃つ事だけを考え、銃を構えた男の姿。

 それはすぐさま、腐肉でできた多数の槍に全身を貫かれている男の姿に転じる。

 

 一切迷いなく構え、しかし。銃爪を引くことすらできないまま。

 黒いアーチャーの体は、完全に沈黙していた。

 

「無銘!?」

 

 叫ぶ立香。戦闘態勢に入るサーヴァントたち。

 そんな修羅場に孔の底からゆっくりと、腐肉を足場に上がってくる女の姿。

 泡立つように膨れ上がり、孔を満たしていく腐肉の塊。

 

 せっかくの登壇なのだ。

 尼僧としての控えめな服は脱ぎ捨てて、獣としての装いを。

 二角の魔羅を頭部に張って、惜しげもなく肌を晒した妖艶な女。

 

 誰がそう呼んだか。あるいは己で名乗ったか。

 その身の呼び名は魔性菩薩。

 

 ―――殺生院キアラが、SE.RA.PHの心臓部から姿を現した。

 

 その状況に対し、悔しげに声を上げるネロ。

 

「先回りされたのか……!」

「先回り? これは異なことを。SE.RA.PHは全域、是(わたくし)の肉体なのですもの。どこに出現するかなど、そもそも自由自在に決まっています。

 まずは頭に血を昇らせたメルトリリスから串刺しにして、蕩かしてさしあげようとしたのですが……残念、庇われてしまいました」

 

 殺生院が串刺しにされた男を見て―――失笑し、そのまま肉の槍を引き抜いた。

 死に体のまま解放され、力無く落ちていく無銘。

 未だに埋まりきっていなかった孔の中、放り捨てられた彼の姿が消えていく。

 

 天体室の中はとっくに魔神の肉が蔓延っている。

 まだ死んでいなくとも、落ちてしまえば喰われて終いだ。

 彼女はさっさとそれから視線を外してしまう。

 

 そこでふと、殺生院の視線が立香に向かった。

 庇うようにすぐさまその前に立つブーディカとフィン。

 

 目前のサーヴァントなど気にした様子もなく、小さく笑う殺生院。

 

「それにしても、ムメイ……とは」

 

 その興味、その意識が立香にあるわけではないらしい。

 つい今、殺して地獄に落とした相手。

 無銘のことを口にして、くすくすと彼女は嗤ってみせた。

 

「……何がおかしいの?」

「うふふ、いいえ。サーヴァント、英霊とは名立たる英傑の皆さまが召し上げられる高次の位階。だというのに無名だなんて、おかしな方だと思いまして」

 

 男を落とした孔。開けられた心臓への直通孔を魔神の肉で埋め立てる。

 そうして彼を救う道を断った殺生院が、床へと降り立つ。

 魔神から降り、管制室の床をその足で踏み締めて、彼女は悠然と笑みを浮かべた。

 

「ですがそれもまたひとつの答え。英傑とは善かれ悪しかれ大衆から外れた者の総称。その名を威光とともに時代に刻まれたか、忌むべき証としてその名すら歴史から削り落とされたか。

 称えられる偉業と、蔑まれる異形。違いなどただ、それだけのことに過ぎませんものね」

 

 ―――擦過音、床を削る銀色の脚が奏でる殺意の音。

 それに対し、微笑んでいた殺生院が四肢を動かす。

 

 メルトの爪先、殺生院の指先、それらがしかと激突し―――

 僅かに、殺生院が圧された。

 

「…………っ!」

「殺生院―――!!」

 

 メルトリリスの隔絶した力は健在だ。この事態、恐らくBBを凌ぐ黒幕に等しい殺生院キアラ。彼女の異常なまでの力をもってしても、今のメルトリリスとぶつかればやや不利になるほどに。

 だからこそ、あの不意打ちで潰せていればこれほど楽な話もなかったのだが。こうなってもつれ込んでしまった以上は仕方ない。

 

 圧され、床を滑る殺生院。女の顔が不満そうに頬を膨らませる。

 

 瞬間、彼女の頭を目掛け殺到する矢の大群。

 アタランテの制圧射撃。だがその程度は片手で十分。

 砲撃のような矢の雨を片手の指だけで落としつつ、彼女は構え直して。

 

 目晦ましのように広く広がる炎を前にした。

 剣閃と共に放たれた白薔薇の如く咲く炎と、蛇がのたくうように蠢く青い炎。

 華麗に息吹くドラゴンが如き火勢。管制室を舐め尽くす炎の乱舞。

 

 炎の渦に呑まれしかし、こんなそよ風など払うまでもない。

 そのままやり過ごそうとした瞬間、今度は水流が怒涛となって押し寄せた。

 床を踏み締める足に少しだけ力を入れる。それで影響はほとんどない。

 目眩ましの炎ごと押し流し、管制室に溢れる津波。開けた孔は魔神の肉で塞いだがために、水の逃げ場はここにはない。外に通じるのは管制室の入口だけだ。

 

 瞬く間に水没し、水に満ちるけして狭くはない空間。

 そんな水中で視線を管制室の出入り口に向ける。

 そこはとっくに力任せにぶち抜かれ、砕け散っていた。

 炎の目晦ましを利かせたうちに、立香を戦車に乗せ逃がしたのだろう。

 

(水に紛れてメルトリリス……いえ?)

 

 水中に没しつつも余裕はある。構えを崩さずに待機する殺生院。

 彼女が注意しなければいけないのはただひとり、メルトリリスのみ。

 

 だがそこにはメルトリリスの気配はなく、直後に―――

 

「一気に凍らせる! 行くぜ、トルナード―――ッ!!」

 

 管制室の外で奔る“輝剣(ジュワユーズ)”の剣閃。

 吹き荒れる氷雪が遡り、室内に満ちた水勢がそのまま凍り付いてくる。

 水中にいる殺生院もまた当然のように、凍結に巻き込まれていく。

 とはいえ、凍ったところで影響はない。

 その気になれば身を揺するだけで、こんな氷壁程度砕けるだろう。

 

(わざわざ凍らせた以上、メルトリリスは近づいてない? 他のサーヴァントで目を眩まし、最後に彼女に決めさせるつもりなのでしょうか)

 

 雑事、大して影響もない攻撃に対して下手に動かないのは警戒のため。

 メルトリリスだけは危険だ、と仕方なく認めているからこそのもの。

 それを利用して他のサーヴァントたちの攻勢が続く。

 

「お願い、エリザベート!」

「分かってるわよ! 何がどうなってるか分かってないけど!」

 

 勢いよく吸い、吐き出す呼吸。エリザベートが速射のための音波を絞る。

 咽喉の奥を震わせて生み出されるソニックボイス。

 放たれるのは収束させた竜の息吹、“竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)”。

 

「Laaaaaaaa――――――!!」

「その慟哭を刻みましょう、この“痛哭の幻奏(フェイルノート)”で―――」

 

 迸る息吹。その直線的な軌道を音の鏃が引き裂き、四散させた。

 ソニックブレスとフェイルノートの織り成す刃。

 その二つの風圧が管制室の壁を削ぎ落とし、氷塊のみを表出させる。

 

 崩れ、剥がれ落ちていく建築物。その中で凍結させ成型された氷の塊。

 氷壁に鎖された殺生院の姿のみが表出させられる。

 

「この剣は大陽の現し身、あらゆる不浄を清める焔の陽炎―――!」

(かしこ)み、(かしこみ)み―――強火で一気に、しかして焦げつかぬように炒めすぎず、鍋を回すことによって両立させるのが中華の奥義というやつだ。この時に鍋が描く半円の動き、これが即ち陰陽の体現と言われているのは確定的に明らかな歴史的事実!

 酒池肉林に溺れる女ではあるまい、むしろ完全に主催側と見た! 溺れぬならばその陰気、燦々たる陽の気によって、アスファルトで灼かれ干からびたミミズが如く渇くがいい!

 行くぞ、キャット呪術“呪層(じゅそう)猫日照(ねこひでり)”―――!」

 

 削り出した氷山の前で、二つの大陽が顕現した。

 ガウェインは無手。しかして彼の頭上には球を描いて大陽を現す聖剣。

 キャットは爪を剥き出しに、呪力によって大陽の神威を結い上げる。

 

 両者の動きはキャットのそれが先んじた。

 頭上に発生させた大陽球。それを乱雑にさえ見える動作でボールのように投げつける。

 

 彼女が行った投擲に続くガウェインの踏み込み。

 眼前に降りてきた大陽の中から聖剣の柄を掴み取り、床を粉砕するが如く力に満ちた踏み込みを一度。揺るがさずしかし撓らせる腕を、彼は上半身ごとそのまま一気呵成に振り抜いた。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”―――――ッ!!」

 

 激しく巻き起こるのは聖剣が顕す大陽の威光、威風。

 それらは熱量が極まり極光となり、先んじて飛んでいた大陽球と交わった。

 二重の大陽が融合する。

 互いに増幅して熱を増し、氷壁を蒸発させながら殺生院へと殺到する一撃。

 

(前もって管制室の壁を削り落としたのはこれを余さず通すため? 少々期待外れの顛末、というところですか。どちらにせよメルトリリスまでの繋ぎでしかないとはいえ、この程度のものが直撃したところで―――)

 

 サーヴァント、あるいは魔神ですら。

 その一撃を受ければ消し飛ぶだろう圧倒的な熱量の波。

 そんなものを前に口を尖らせ、やや残念そうな様子さえ見せる女。

 

 しかし、そんな彼女の耳を立香の声が叩く。

 

「―――リップ! お願い!」

「はい―――潰して、潰して……! 潰し、ます!」

 

 立香の声。応えるのはパッションリップ。

 

 氷壁の中で微かに息を呑む。ああ、そっちもいたか、と。

 彼女の視界を通すために邪魔な壁を削ぎ落としていたのだ。

 これにより、自分は氷壁ごとリップの視界の中に入ってしまった。

 

 先程までの威力を抑えた精細なコントロールが必要な作業じゃない。

 ただ目の前の全てをぐしゃぐしゃに潰して、トラッシュにしてしまえばいいだけのこと。

 ならば負担、準備時間は最低限で十分だ。

 

 氷壁を蒸発させ、殺生院を呑み込む大陽。

 爆発的な熱量がそこに直撃した瞬間に、リップは両腕の黄金の十指に力を込めた。

 それにより行使される最凶最悪のid_es(イデス)

 

 空間ごと圧縮される殺生院。

 彼女だけでなく、その場で発生していた大陽の熱にもまた圧力がかかる。

 大陽の熱と質量を押し潰し、重力の底に沈める超圧空間。

 

 リップの能力の結果、発生するのは一つのキューブ。数センチ四方にまで圧縮されていく疑似太陽。それがかけられた圧力の結果、重力崩壊を起こして周囲の情報を崩壊させる疑似的なブラックホールにまで到達する。

 自身と同位置にそんなものを発生させられ、流石の殺生院も眉を顰めた。

 

(パッションリップがかける圧力だけならば問題ないでしょう。そも、今の私は圧縮されるまでもなく常識外の密度で構成された情報体。潰されても何の影響もない)

 

 元より今の殺生院は聖杯戦争を繰り返して得たリソースを使い、魔神という資源を常識外の圧力で押し固めた化け物である。

 問答無用の圧縮機、パッションリップ。如何に彼女が殺生院を潰そうとしようとしたとして、それに合わせて殺生院側が魔神の密度を緩めて、膨れ上がればいいだけ。

 パッションリップは殺生院を数十倍の密度にまで圧縮できるが、殺生院もまた自身の情報密度など数十、数百倍に固めるも緩めるも自由自在。だからどう足掻こうと、リップでは殺生院を機能停止するほど潰すことなど不可能だ。

 

 だからリップは殺生院にただ圧力をかけるのみならず、その場に発生した大陽を潰して重力場を巻き起こし、彼女の足取りを僅かなりとも重くしようとした。事実、己の密度を変えながら疑似ブラックホールにまで囚われては、彼女の動きはほんの僅かに鈍くなる。

 

(では、ここで本命―――)

 

 大陽の熱を引き千切り、巻き起こされる重力の渦。

 その引力に導かれ、殺生院の直上を取っていた少女が躍る。

 銀色の刃を煌めかせる、女神の落涙のような流れ星。

 

「メルト!!」

「―――ええ、任せなさいマスター。契約は果たしてみせる。そのためにも殺生院、アナタは完全に消滅させる。その細胞の一片に至るまで、原型なんてひとかけらだって残さず、完全無欠に溶かし尽くして、ヘドロと一緒に産業廃棄物(アンタッチャブル)として処分してあげる―――!!」

 

 メルトリリスが直上から落ちてくる。

 太陽熱の圧縮情報体、疑似ブラックホールに引き寄せられるように加速しつつ。

 

 逆にその情報体の圧力が邪魔で殺生院は動きが重くなる。

 この差は決定的だ。

 ただでさえ一対一ならばメルトの優位と言えるのにこれでは。

 

 放たれたメルトリリスの一撃を、殺生院キアラは止められない。

 

「―――ああ、本当に」

 

 で、あるならば。

 もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「頑張るのですね、メルトリリス?」

「―――――!?」

 

 メルトに貫かれるまでの間、重い体で取れる数少ない所作。

 女はそれを攻撃を防ぐためではなく、胸元から巾着袋を出すことに消費した。

 淡い緑色の巾着。その色合い、デザイン。

 元が誰のモノかを察して、メルトリリスは歯を食いしばった。

 

 周囲を奔る熱でぷつりと紐が切れて、炎上する。

 ばら撒かれる巾着の中身。それは外見上、光球のように見えた。

 だがそれが事実何であるかなど、メルトリリスが間違えるはずもない。

 

KP(カルマ・ファージ)……!」

「ええ。今の私では駄目、となれば今の私より強くなるしかないでしょう? 体を作り直すところだなんて、本来他人にお見せするものではないのですけど―――お見苦しいところを見せますが、どうか許してくださいね?」

 

 光球がそのまま殺生院の体に突き刺さり、沈んでいく。

 

 そう難しい話ではない。

 KP(カルマ・ファージ)は殺生院が切り離した己の一部。

 だから単純にそれを取り戻せば、彼女は質量と出力を増す。

 ただそれだけの話であり―――

 

 ギャリン、と。

 酷く歪つな音を立てて、メルトの脚と殺生院の掌がぶつかる。

 直上から落ちてきた銀の流星を腕一本で止め、何ということもなく。

 

「あとひとつ、足りないですが……どうやらこれで十分」

 

 回収したKPは四つ。残るひとつ、鈴鹿御前のものがここにはない。

 が、それが無くとも既に力関係は逆転した。

 唯一抵抗できたメルトリリスさえ、もう殺生院の相手にならない。

 

 ゆるりと腕を振り抜いて、受け止めたメルトリリスを押し返す。

 着地し、床を削って減速する少女の体。

 

「っ、正気なのカズラドロップ……っ! いえ、BB!

 本気でアイツに回収したKPを返してたってワケ!?」

 

 圧縮情報、疑似ブラックホールに両の掌をかけて、ゆるりと力をかける。

 更なる加圧。重力場が上から更なる力によって引き潰された。

 太陽熱の残滓など気にもせず、女は完成に近づいた体で堂々と立ち誇る。

 

 何がくるかも分からない。何があってもおかしくない。

 立香を戦車に乗せたブーディカが、魔力を惜しまず守護を全開にし続ける。

 ただ果たして、あれに比べれば薄紙のような結界に意味があるかどうか。

 そうとは思いながら、だからといって無防備は晒せない。

 

「あれは……一体、なに? 何であればあそこまでの怪物に―――」

 

 ブーディカの口からこぼれた言葉。

 それを耳で拾い、彼女はふと気付いたように足を止めた。

 

「まあ、(わたくし)としたことが。日取りの決まった法要に追われるばかりに、皆さまを前にして名乗りを疎かにするだなんて……あまりの昂揚に浮き足立っているのでしょうね。自身の不徳、未熟に恥じ入るばかりです」

「では名乗って頂けるのかね、御婦人?」

 

 神威の水流を槍に纏い、張り詰める気迫。

 だが声ばかりは静かに問いかけるフィン・マックール。

 

 話を理解しているのが己とメルトリリス、そしてパッションリップだけ。などという今の状況のまま話を進めては、礼を失するというものであろう。

 彼女は教えを説く者。教理の説法を求められれば、口を開かないわけにはいかない。

 

「―――とはいえ、時間が押しているのも事実。求められた説法を急かねばならぬ僧の未熟、どうぞお許し下さいませ。

 というわけで端的に、貴方がたに理解しやすいようにお話はまとめさせて頂きますね?」

 

 こほん、と。彼女は咳払いをひとつ挟み。

 

「改めて、マーブル女史の体を借りていた間の邂逅は別物としましょう。

 どうぞ皆様方、初めまして。

 (わたくし)、霊基にして三番目の獣“愛欲”の片割れ、ビーストⅢ/(ラプチャー)。己で定めし名を、随喜自在第三外法快楽天―――殺生院キアラ、と申します」

 

 自分が人類悪。人類史に訪れる終焉の使者である、と自称した。

 

 疑う余地はない。納得するしかない存在規模。

 既に張り詰め切った緊張感。

 誰もが行うどこをどう切り崩すかの思考実験には、何一つ答えは出ない。

 

 その反応に対して、理解が早くて助かります、と殺生院は笑顔を綻ばせる。

 

「時間がない、とはどういうことだ。貴様の目的は知らんが、ではなぜBBに時間稼ぎなどさせていた。貴様のその姿、今ようやく成れたモノなどとは言うまい?」

「私はBBの行動について何も示し合わせてなどいませんが……」

 

 弓を引き絞りながらアタランテから放たれる問い。

 それに対し、ビーストⅢは困った風に首を傾げてみせた。

 

 であれば、KPを回収して渡したのも完全にBBの意志?

 その事実にメルトリリスが目を細める。

 如何にBBが頭のイカれたAIでも、それは幾らなんでもおかしい話―――

 

「―――ああ、それと。此度、私はちょっとした話を小耳に挟みまして。

 ()()()()()()についてですわ」

 

 まるでいま思い出した、とでも言いたげに。

 殺生院は軽くぽんと掌を拳で叩き、愉しげに笑ってみせた。

 そうして、獣の視線がメルトに向く。

 

「ねえ、メルトリリス? 事の仔細までは分かりかねますが、貴方は()()に契約していたマスターを私から守れず失った。

 そしてその()()が終わった制限時間が来る前にこの私を倒して全てを解決すれば、そのマスターを取り戻せる……と、BBに聞かされているのでしょう?」

「―――――」

 

 聞かれていた。いや、聞かされた? あの時、BBが仕掛けてきた教会での会話。

 それをこの女に聞かれ、状況を把握されてしまっていたのか。

 

 それがソウゴのことである、とサーヴァントたちも理解する。

 流れは不明。それでも、大きな秘密がそこにあったことなど自明。

 おおよその実態を把握して、戦士たちが表情を引き締めた。

 

 周囲の反応に満足気に頷いて、殺生院が虚空に言葉を投げかける。

 

「聞いているのでしょう、BB? せっかくの状況です。彼女たちの救済が叶う残り時間を教えてくださいな。その寿命を知っているのがメルトリリスだけでは、他の者たちにとって余りに無体というものでしょう?」

『そうやってわざわざ残り時間を視覚化して、必死になって助けようとする人たちを、愉しみながらぷちぷち潰して回る超外道ムーブ、流石はキアラさんと言うほかありません。

 時限超過(タイムオーバー)が先か、全員消滅(ゲームオーバー)が先か。にやにや嗤いながら蟲の巣穴を潰して回るようなその趣味の悪さ、流石のBBちゃんもドン引きでーす』

 

 パチン、と。殺生院の近くに浮かぶ少女を映す画面。

 そこでBBは溜め息も出ないと彼女のムーブをなじってみせた。

 言われてすぐに心外だ、と頬を膨らませる殺生院。

 

「そのようなことは致しません。きっちりちゃんと全員生かして、もうひとりの終わりを見送らせてさしあげます。まずは時間切れ以外の結末なんて迎えさせません。

 ―――ああ、でも。ひとりくらいであれば……そちらの方がどうなったか、という実例を見せるため、蕩かしてみせてもいいかもしれませんね?」

 

 女の視線が馬車に乗った人間に向かう。

 ただの視線、ただの戯れ、それだけでケルトの守護を持つ馬車の結界がスパークした。

 

 すぐさま手綱を引き、それから逃れようとするブーディカ。

 視界を遮るために炎を吹く清姫。

 せめて盾となるべく馬車の前に出るパッションリップ。

 

 例えどれほど力の差があろうと、迷わず武器を手に前進するサーヴァントたち。

 

 ―――全身全霊。

 たとえKPを吸収し、明確なほど能力差が発生していたとしても。

 ここで使命を、あの願いを果たさねばならない。

 己の全てを懸けて、加速するメルトリリス。

 

 開幕する、結果の分かった最終戦。

 

 そんな彼らを画面越しに見ながら、BBは軽く教鞭を振るった。

 そこに出現する、彼女の身長の半分程度の大きな砂時計。

 手を添えて押し込めばくるりと周り、砂が落ち始める。

 

 砂時計の様子がよく分かるように、周辺一帯にその映像のみを散乱させる。

 周囲のどこからでも見える砂時計の状態。

 砂の落ちる速度はとても速い。

 落ち切るまでそれほど長い時間はかからないだろう。

 

 そしてこの砂が落ち切った時こそが、常磐ソウゴが死ぬ時なのだ。

 

 焦燥はカルデア側のみに生じ。

 殺生院は喜悦によってそれに応じ。

 

 BBはただ、その時が来るのを待つだけであった。

 

 

 




 
 やめて!ビーストⅢ/Rの特殊能力で、知的生命体を溶かされてしまったら人間であるソウゴの精神は解脱しちゃう!
 お願い、死なないでソウゴ!あんたが今ここで倒れたら、立香やメルトとの約束はどうなっちゃうの?時間はまだ残ってる。ここを耐えればキアラに勝てるんだから!
 次回、「ソウゴ死す」デュエルスタンバイ!
 
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