Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
夢を見ていた。
誰もが笑い合える世界の夢。
だが現実はそう甘くない。
違う国に生まれ、違う言葉を話し、違う教えを信じ、違う神に祈る。
そんな者たちが集い、ただ笑顔を交わす。
たったそれだけのことが、酷く空想的な難事でしかなかった。
―――諦めたのはいつの日か。
シャルルという少年が。
カール大帝に至る現実を見据え、その道に歩みを乗せたのは。
唸りを上げ、“
呼び出したジカンギレードを銃に変え、装填するフォーゼウォッチ。
コズミックエナジーに満ちた銃口を上げ、ジオウⅡは即座に引き金を引いた。
〈フォーゼ! スレスレシューティング!〉
銃口から放たれるのは無数のミサイル。
それは巨人の撃ち放ったミサイルに応じ、それを照準している。
空中で激突し、爆発していくミサイルの雨。
発生する爆炎のカーテン。
それを突き破り、迎撃しきれなかった巨人のミサイルがジオウⅡに向かう。
銃を下げ、上げた反対の腕に掴んでいるのはサイキョーギレード。
既に臨界状態にあった刃を、彼は一閃振り放った。
〈ライダー斬り!〉
剣閃に斬り捨てられるミサイル群。
眼前で起こった爆発に、巻き起こされる炎の乱舞。
その炎の前にジカンギレードを翳す。
するとフォーゼウォッチが炎の渦を吸引していく。
相手の火力をそのまま己の力に変え、再び引き金を引く。
次弾、迸る熱波。それは巨人に向けて突き進み―――
直撃した上で、何の意味もないとばかりに弾かれた。
『我が祭機の威力は我が祈りの強さ!
余の行い、余の振る舞いという現実が、この祈念を創り上げたのだ!』
巨人の瞳が爛々と輝く。その巨腕を振りあげられる。
その動作を前に、ジオウⅡが反応した。
サイキョーギレードを逆手に持ち替え、手首をスナップさせ真下に投げる。
足元の床へと突き立つ剣。
そうして空いた手で、ホルダーから掴み取るのはウィザードウォッチ。
ジオウⅡはジカンギレードに装填したウォッチを即座に入れ替えた。
同時に変形させるギレードの形状は、銃から剣へ。
〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!〉
ジカンギレードを床に突き立てる。
床から立ち昇る岩山。巨人に劣らぬサイズで出現する物理的な壁。
そんな質量の盾を前に、腕を振り上げたままに巨人は口を大きく開いた。
口許で輝く一瞬の煌めき。
それは充填のための間であり、直後に訪れるのは破壊の嵐。
超常的な熱量を収束させ、吐き出されるのは一条の光線。
巨人の頭部。その動きは横向きに素早く。
砲口から吐き出す熱は、岩山も根本から横一線に刈り取る光の裁きである。
〈鎧武! ギリギリスラッシュ!〉
その裁断が届く寸前。ジオウⅡは剣を引き抜き、再び振り抜いていた。
ギレードに纏わる異界の力、それが彼の前方に護りを作る。
輪切りにしたオレンジの果実のようなエネルギー。
それが盾の代わりとなり、ジオウⅡの眼前へと浮かび上がった。
直撃。瞬時に蒸発する果実の護り。
果汁が熱線に蒸発させられる瞬間に発生する、僅か一瞬の停滞。
その隙を見逃さず、閃光を潜り抜けるジオウⅡ。
だが巨人はすぐさまその態勢から拳を振り抜く。
岩山を吹き飛ばし、視界が開けているなら殴ればよい。
圧倒的な質量、常識外の膂力、それにより繰り出される超常の威力。
その単純かつ絶対的な一撃に対し。
ジオウⅡは、ウォッチを差し替えたジカンギレードを両手で掴んだ。
〈ドライブ! ギリギリスラッシュ!〉
火花を散らすジオウⅡのシューズ。彼の体にかかるドリフト回転。
体勢を問わずに一気に加速する回転力。
自身に向けて振り抜かれた拳に対し、回転に乗った刃の威力を強引に添える。
接触の瞬間に轟く、悲鳴をあげるような金切り音。
―――方向を僅かに逸らされ、拳が空振る。
その威力はそのまま、玉座の間の壁へと叩きつけられた。
激震する機動聖都。
何とか一撃を逸らしたものの、ジオウⅡもまた盛大に弾き飛ばされていた。
「っ、はぁ……っ!」
数メートルほど床を転げて、ようやく止まる。
彼はそんな痛む体を押して立ち上りつつ、再び巨人に向き直った。
呼吸を立て直して歩き出し、距離を詰めていく。
そして床に突き立てていたサイキョーギレードを引き抜いた。
巨人の存在感は僅かたりとも揺るがない。
その威容、その偉業を前にしてソウゴは問いかける。
「……これが、あんたの祈り?」
『そうとも。これこそが余の祈りの結晶』
腕を引き戻し、巨人がその巨躯を見せつける。
平和を望む祈り、礼拝の地は最強の兵器へと姿を変えた。
大帝は神に次ぐ愛の深さを破壊を以て知らしめる。
矛盾の結晶、幻想の余地なき現実の結論。
平和へと至る破壊の渦。
その最強を誇ることなどなく、ただ厳然たる事実として大帝は語る。
『余が果たさんとする
巨人の背部で再びミサイルが装填されていく。
やがて破壊が訪れる。
普遍の平和へと直進するため、必要な通過儀礼として。
彼は救済者たりえず、大帝であったが故に。
爆音を響かせ、装填されたミサイルが放たれる。
その弾頭、全て向かう先はジオウⅡ。
迫りくる爆撃の雨を見上げながら、ジオウⅡは双剣を強く握り締めた。
〈ゴースト! ギリギリスラッシュ!〉
迎撃のための剣閃は常軌を逸する精度、速度でもって行われた。
空位の真似事。されどその卓越した剣技に嘘はない。
全てを起爆の寸前に斬って捨てていく二振りの刃。
直撃ならずとも爆炎はジオウⅡを包み、その装甲に熱と傷を刻んでいく。
そんな中。
その爆炎の中で、ソウゴは立ちはだかる巨人を見上げる。
「……それってさ、
『―――――』
祭壇の中、大帝が僅かに眉間に皺を寄せた。
―――初めてだったのだ、あの時が。
己とは違う国に生まれた者たちにも、家族がいるだろう。
己とは違う言葉を話す者たちにも、文化が築かれているだろう。
己とは違う教えを信じる者たちにも、智慧が備わっているだろう。
己とは違う神に祈る者たちにも、信仰が積み重なっているだろう。
真に孤独な者などいない。
この星の上に生まれたからには、自分たちと確かに共生しているのだ。
自分とは異なる理に生き、争うしかない者たち。
だが彼らもまた、自分とは違うだけでどこかの“輪”の中で生きている。
自分が目指すのは、その“輪”をこの星いっぱいに広げること。
全ての命がひとつの“輪”の中に入れれば、争う必要もなくなる。
少なくとも争い以外の関わり方を生みだすことができる。
それこそが共存、共栄の道の第一歩。
普遍の平和へと繋がる夢見がちな方向性。
戦って、殺して、戦って、殺して、殺して、殺して、殺して―――
そんなやり方で進みながらも、それでもいつか、その道は叶うと信じて。
戦って、殺して、進んで、進んで、殺して―――
―――真実、自分たちとは異なるモノを前にした時に漸く悟ったのだ。
あれは酷く寒い日だった。覚えているのはそのことだけ。
酷く曖昧な、しかし強く焼き付いた記憶。
その日、共にいたのはアストルフォだったか。
どこかへの遠征の最中、ある遺跡を見つけて彼らは意気揚々と見に行った。
そこで見たものこそ、その後のシャルルという少年の運命を決めたもの。
遺跡と称されていたのは、何かの残骸だったように思う。
そこに関してはあまり多くを覚えていない。
それ自体がどうでもよくなるものを、見つけてしまったからだろう。
その場に実在していたわけではなかったのだと思う。
恐らくはその残骸―――
褐色の肌、銀色の髪、白いドレスで、手にした剣は軍神の剣。
そして体に刻まれているのは、遊星の紋章。
一見して彼女の全てが分かったわけではない。
実際どういうものかなど、その時は一分たりとも分かっていなかっただろう。
けれど本能的に理解できたことがあった。
いま、自分は―――本当に、この地上で唯一孤独なヒトを見ている。
どの“輪”にも入らない。
どんな生物にも属さない。
異なる国に住まう人間も。
異なる言語を話す人間も。
異なる教義に学ぶ人間も。
異なる信仰を抱く人間も。
少なくとも、
たったそれだけの事実が確かな救い。
絶対的な繋がりであったのだと、よくよく思い知った。
『―――――』
視線が合った、いや合わなかったかもしれない。
前後の状況が曖昧に解けていくような、それほど大きな驚愕。
自分の中に確かに残った事実、理解はたったひとつ。
―――あの時、理解してしまったのだ。
たとえこの星の生命全てを救っても、あのヒトは救えない。
だってそこにカウントされていないのだ。
この星の生命としてではなく、あくまで来訪者。
覇王として駆けた事実があってなお、彼女というヒトは星の外の存在だった。
たとえこの地球を救える勇士、幻想の勇者であっても、彼女は救えない。
人非ざるモノは救えない。
非実在の勇者に人は救えず、人非ざる彼女のことは救世主でさえ救えない。
信ずる
あの時、シャルルという少年は夢を置いた。
どう足掻いても救えないモノを前にして、折り合いをつけることを是とした。
彼女の存在が、彼女との邂逅が。
全てを救うことはできない、という証明を少年の中に打ち立てた。
であれば、後は現実を前に突き進むだけだ。
戦って、殺して、戦って、殺して、戦って、殺して―――
救いたいという祈りを動力に、彼はひたすらに突き進み。
そうして、彼は
祭壇の中でカール大帝が首を横に向ける。
それに応じ、巨人もまた同じように。
その視線の先にあるのは、少女たちが防戦一方に足掻く姿。
『…………』
「俺は―――」
少年の声に引かれ、顔の向きが引き戻される。
見下ろした戦士の姿が剣を振り、炎を払う。
平和への祈り、広く深き愛、脅威の躯体を敢然と見上げた少年が声を上げる。
「この世界を全部良くしたい……だから、そうするためには王様になるくらいしかないと思った! その想いは今も変わらない! 俺は、最高最善の魔王になる―――!」
少年が叫び、二振りの剣に一つが合わせた。
双剣を一つの大剣と変え振り上げるままに、大帝を問い詰める叫び。
「教えてよ。あんたが何で、王様になりたいと思ったのか!」
確信を衝いた問いかけ。
その答えこそが彼の足を止めさせ、この状況を生み出した。
だが当人からすれば問われるまでもない。
その答えはあの時から今に至るまで、自分の中に常にあった。
夢を置き、現実だけに向き合うことにしたあの瞬間。
その心の奥底に秘めたものは、いつだって失われていない。
―――だが、口にはできない。
少なくとも今は、言葉にしていいものではない。
『―――否、否! 否! 否! 私の願いを、私の夢を、シャルルマーニュである余が余人を前に口にすることなどあるものか! それこそが
私が私の願いを口にし、叶える時! それは余が
それは個人の願いだ。王としては余分な望みだ。
大帝として使命を果たした暁に、ようやく口にすることが許されるもの。
シャルルという少年の始まりにして、カールという大帝の終わり。
この願い、この夢こそがシャルルにカール大帝としての道を選ばせた。
様々な要因はあれど、彼女の存在こそが最後の一押しとなって踏み出した。
最後には、その夢へと到達するために。
―――
己が
その時、初めて彼女は孤独から解放される。
この星で共に生きた者となれる。
世を救おう。人を救おう。
全ての人と同化することで、全てを
それこそが大帝の使命。“
永劫の平和へと至るための旅路。
そして最後に。それを成し遂げた先に、人非ざるモノも救おう。
己と同化したならば、彼女はもう“この星の全て”という枠組みに入ったということ。
あの寒空で垣間見た絶対の孤独。
それを打ち払おうとした普遍の愛こそ、シャルルという少年がカール大帝へ至る始まり。
苛烈なる大帝の雄叫び。
呼応して激動する“
その出力が彼の祈りの強さに応え、天井知らずに上がっていく。
巨人の背部、背負った武装が青白くスパークした。
注ぎ込まれた魔力をそのまま威力に変え、放たれるのは複数の光線。
空中で自在に方向を変える光の散弾。
威光の投射は破壊の雨となり、ジオウⅡを呑み込むように降り注ぎ―――
「―――じゃあ負けられないよね。自分の夢を言葉にすることさえ、我慢しなきゃいけない……そんな王様にはさ!」
大剣が圧倒的な力を纏い、その一閃で以て天を切り裂く。
破滅の雨、光の天蓋が剣撃によって散らされる。
そのまま両腕でしかと剣を握り、構え直すジオウⅡ。
ジカンギレード、そしてサイキョーギレード。
双剣を合体させたジオウⅡ最強の剣、サイキョージカンギレード。
破壊力に満ちた大剣を向けられ、巨人は両の拳を強く握った。
『―――よい。来るがいい、夢見る者よ。余の大望は力を以て打ち崩すより他にない。それは他ならぬ私の
巨人、アウクトリタスが上半身をスイングした。
単純に圧倒的な質量、重量。ただそれだけでその拳は何をも凌ぐ兵器である。
その破壊力に応じるため、ジオウⅡは構えた剣を振り上げた。
激突し、噴き出す火花。
アウクトリタスの拳、その外装が僅かに削れる。
相手に傷を刻みつつ、反動に軋むサイキョージカンギレード。
互いに一歩退き合うような衝撃。
その最中で共に彼らは更に一歩踏み出して、再び相手を打倒すべく一撃を繰り出した。
「……ッ!」
滑る、滑る、そもそも打ち合えないのでは話にならない。
最低最悪の相性とはこのようなものか。
シャドウアストルフォの動きはさほど見栄えのするものではない。
槍を武器とし、槍を盾とし、メルトリリスとつかず離れず。
逃れられず、しかし一気に決め切れない距離。
下手に打ち合えばその時点でまた無様に床を転がることになる。
メルトリリス単体での勝ち筋は―――無い。
戦局の運び方を思考している内に、激震する玉座の間。
暴れているのは、こちらの幻想の十二勇士とは隔絶した最強の兵器。
アウクトリタスとジオウⅡの一騎打ちが始まっている。
馬鹿みたいで、情けないことこの上ない。
メルトリリスがカール大帝に対処し、SE.RA.PHの問題を解決すると。
そういう契約だったのにこの有様、こんなの笑えもしない。
(どうする……いえ、考えるまでもなく一択! リップと相手を交換する!)
彼女たちが制圧されているのは相性の問題だ。
素のスペックだけで比較するならば、シャドウサーヴァントなど相手にならない。
だからそれを解決してくれる方法こそ相手のトレード。
だがそんな分かり切ったこと、相手だって考慮している。
シャドウが考えたのか、大帝がそう厳命しているのか。
そこまでは分からないが、アストルフォは常にメルトとリップを遮るように立つ。
ブラダマンテはリップの移動を制していないが、彼女の機動力じゃ変わりない。
メルトリリスの方からリップへと到達するしかないだろう。
それをリップも分かっているのだろう。
幾度かメルトの方を確認する様子は見せるが、動けない。
(私が腕を飛ばして―――ううん、ダメ。そうしている間はid_esが使えなくなるし、そうなったら相手が私を足止めだけで済ませてる理由がなくなる。押し込まれたら止められない……!)
ブラダマンテの動きは消極的。“トラッシュ&クラッシュ”を盾で封じ、その上で乱雑に振り回される腕を槍で受け流す。それのみだ。
だがリップが腕をアストルフォに向け飛ばしてしまえば、もしもの能力行使を想定しなくてよくなる。拳を一つでも切り離してしまったら、瞬く間に押し倒され、床に縫い留められてもおかしくない。
―――だったら、それよりも速く。
「リップ! 私を撃ちなさい!」
断言する。メルトリリスの強い、必死さを感じる言葉。
告げられた言葉の強さに、リップは唇を噛み締めて逡巡を呑み込んだ。
撃った後のことを考えないまま、片腕をメルトに向ける。
切り離される黄金の拳。炎を噴いて加速する破壊の鉄槌。
片腕を自切したリップの攻撃力はこれで半減。いや、それ以下まで落ちる。
アストルフォは背後から来るその威力に当然気付く。
躱すのは簡単。ただし、その回避が生む隙はあるだろう。
とはいえその隙にメルトの攻撃があったとして、槍で受け止める程度の余裕はある。
そうしてしまえばまた彼女は脚を失い、転倒する羽目になる。
であるならば、迷いなく行動は決定される。
影はメルトから視線を切らずに横に跳び―――そこで、想定していなかったものを見た。
「……お生憎様ね、脚狩りの騎士様。これが私の
メルトリリスが全身を強く捻る。ぐるりと円を描き、回る肢体。
その場で行う全身全霊の蹴撃。虚空を切り裂く銀色の流星。
彼女に向け直進する黄金の拳の軌道はそのまま。
当然の如く、黄金の鉄槌と銀色の流星は衝突する。
「―――――ッ!!」
ぐしゃりと潰れる銀色の踵。
鋭く研ぎ澄まされていた爪先が鈍く滑稽な形に引き潰されていく。
衝撃は彼女の膝、銀色の脚甲を無惨な有様へと変えた。
―――その代わりに。
黄金の塊の軌道が変わる。蹴り飛ばされて、まったく逆の方向へ。
つまり、回避してメルトの突撃に備えていたアストルフォへ。
メルトの迎撃を考えていたアストルフォにそれは想定外のこと。
下半身に込めた力の具合は、回避のためではなく防御のためのものだ。
今更回避に移れない以上、彼の行動はひとつしかない。
黄金の槍をもって、黄金の鉄槌を受け止める。
当たり前の話、飛んできた拳だけに足があろうはずもない。
相手を転倒させる宝具の効果に意味はない。
発生するのはただ、シンプルなまでの力勝負である。
止め切れず、押し戻され、遂には背中から床に倒れ込む影の体。
そこで勢いを失った黄金の拳もまた床に落下。
そんなものたちを飛び越えて、片足が潰れ切った少女が舞う。
片足なりの速度。両脚揃っていた時の見る影もない鈍さ。
それでも確かに、彼女は前に向かって疾走していた。
「メルト……っ!」
片腕を切り離し、戦力が半減したリップ。
彼女の腕のスイングを一度潜ってしまえば、後はもう無防備。
如何に破壊力に秀でていようと、それでは何の脅威でもない。
更にブラダマンテは、振り抜かれた片腕の肘に盾を突き出していた。
差し込まれた盾に、完全に腕の動きを封じられるリップ。
そうして完全に相手を制した状態で槍を握り―――
「選手交代よ、リップ……っ!」
全速力で滑り込んできた少女の膝。
毒の蜜に満ちた棘が、横合いからブラダマンテの胴体を撃ち抜いていた。
肉体が立てるとも思えない、バキバキという破砕音。
影が剥がれて、人形に戻ってから硝子のように崩れていく勇士の末路。
メルトリリスがそこで止まり、硝子人形と共に倒れ込んだ。
片翼を失い飛べなくなった白鳥が床に沈んでいく。
「うん、任せて……っ!」
そんな彼女の疾走に応えるべく、黄金の刃に力が満ちる。
己を制する盾は消えた。片腕は切り離したままだが、制約は消えた。
倒れたメルトを背後に庇いつつ、リップが片腕を上げ前に出る。
押し倒された体を跳ねさせ、アストルフォが復帰した。
リップの片腕は彼の近くに転がったまま。両腕で押し潰すid_esは発動しない。そうともなれば、まともにやれば一撃必殺ということはまずありえないだろう。
つまりアストルフォが取るべき行動は、片腕を回収させないこと。
彼は転がった拳の前に出て、彼女なりに全力で走るリップの道を遮った。
前に出られても少女の突進は止まらない。
神剣の五指を開き、突き出される黄金の掌底。
id_esに関係なく、破壊の権化のような一撃。
それに対して応じるのは、相手を転ばす黄金のランス。
どれほどの突進であっても。威力に満ちた突進であればあるほど。
相手を転ばせる、というその槍の威力は発揮される。
その一撃の破壊力に構わず、この槍と打ち合った時点で無力化されるのだ。
「……っ、ちょっと、恥ずかしい、けど!」
突き出される掌。突き返される槍。
激突の瞬間にリップの脚が強制的に霊体化し、転倒させられる。
ふわりと浮く少女の体。
―――そして、決死の表情をしたリップはそのまま槍の穂先を掴み取った。
如何なる宝具だろうと、神剣の指に掴めぬはずがない。
そして彼女が持つその刃が噛み合わせる握力。
それに掴まれた物を力任せに引き抜ける者など、そうはいないだろう。
であるならば当然の如く。アストルフォは、脚が消えて今にも床に叩きつけられるという、自分の武器を掴んだリップから離れられない。
そして鈍足だろうと彼女が全力疾走していたことには変わりない。
全力疾走の勢いのまま、アストルフォがパッションリップに
ただの少女に押し倒されるだけなら何があろうというものか。
すぐに跳ね除けてしまえばいいだけ。
だが、パッションリップはただの少女ではない。
ただただ単純に―――
少女の体重は総重量にして1t。その大要因である腕を片方切り離しているとはいえ、単純計算で残り半分以上。その重量が、相応の速度のまま突っ込んでくる。しかも突然足を奪われた結果、空中に放り出されるような形で、全重量がアストルフォに圧し掛かるのだ。
掴まれたランスは引き抜けない。手放す? 手放してどうする? この兇器のような腕に無手で一体何ができるのか。そもそも今このシャドウアストルフォの起点は、ジュワユーズが姿を変えたこの槍。槍を起点にして騎士を人形に投影しているだけだ。手放していいはずもない。
迷う間にも人形の四肢が過負荷に悲鳴を上げる。
槍を支える肘、肩。体勢を保つ腰、膝。全てが同時に奏でる断末魔。
ほんの数秒保たず、支えきれずに背中から倒れ込む騎士。
黄金の拳ごしに少女に圧し掛かられるアストルフォ。
その重量に潰れていく人形。迫り来る強度限界。
だがそんな終わり方をする前に、槍を掴んでいた指がゆっくりと開かれていく。
騎士の体を刻みながら、強引に開かれていく五本の指。
そうして開いた巨大な掌が、今度は槍のみならず人形の五体をも握り潰す。
あらゆるものを切断する、神剣の
バキン、と響き渡る騎士を纏った器が上げる致命的な音。
床ごと割断された残骸がその場に残り、槍は光となって消えていく。
揃って地に伏せた姉妹が、その体勢のまま視線を交わす。
「なんとか、終わったね……」
「終わってはないわよ、まだ……!」
歪んだ足を引きずり、メルトリリスは上半身を起こす。
その視線の先で、二つの巨大な力が衝突していた。
アウクトリタスが拳を振るう。
その一撃に合わせ、光の刃が振り上げられる。
「オォオオオオ―――ッ!」
気合一閃。その威力をもって拳ごと、アウクトリタスの巨体を押し返す。
押し返される巨体がその勢いを利用し、腰を回転させた。
人の身では叶わない、上半身をまるまる180°回すという行動。
弾かれた勢いをそのまま攻撃の予備動作に変換し、次なる一撃の威力に転化した。
上半身が高速で大回転し、その勢いのまま拳を再び振るってくる。
〈〈ライダーフィニッシュタイム!!〉〉
それに抗するため、ジオウⅡは片腕を剣から手放しドライバーに添えた。
ドライバーに引き出され、励起するジオウⅡのパワー。
そのエネルギーを拳に収束させ、彼は振り抜かれる拳撃に拳撃で応じた。
〈〈トゥワイスタイムブレーク!!〉〉
「グ……ゥッ!」
激突する両者の拳。圧倒的なサイズ、膂力の差。
その激突を制するのはカール大帝。
それでもジオウⅡの一撃は相手の攻撃の威力を相殺し、体を弾かれるのみに留めた。
吹き飛ばされ、宙に舞うジオウⅡ。
ソウゴは痛んだ手を強引に立て直すように一度振り、剣に添える。
腕を振り抜いた姿勢から、そのままアウクトリタスが上半身を倒す。
開いた距離を詰めるための行動。
腕を前肢のように扱い、四足歩行を行う姿勢に入る巨人。
まるで獣の如く疾走してジオウⅡを追いつつ、アウクトリタスは口部を展開する。
臨界した魔力炉心から迸る砲撃の前兆。
それに狙われたジオウⅡが剣の柄。サイキョージカンギレードのメーンユニット、ギレードキャリバーに手を滑らせた。解き放たれるジオウⅡ最強の武装の全能力。目前に発生している砲撃の予兆に匹敵する光の収束。
〈ジオウサイキョー!!〉
形成される最強無敵の光の刃。正しく文字通り“ジオウサイキョウ”。
空中で吹き飛びながらも、その切っ先はアウクトリタスからぶれない。
互いに必殺の一撃の構えを突き付けあい、大帝が口角を上げる。
『面白い、余の威光と正面から競うか―――!!」
〈キング!! ギリギリスラッシュ!!〉
アウクトリタスより放たれる閃光。ジオウⅡの突き出す最強の剣閃。
撃ち放たれる必殺の砲撃が光剣に衝突して、光線が千々に乱れて弾け飛ぶ。
その衝撃の中、体勢を整えてジオウⅡが床に足を着いた。
両の腕で剣の柄を強く握り、アウクトリタスの砲口を目がけて押し込んでいく。
巨人もまた足を止め、完全に剣と砲での競り合いに移行する。
ぶつかり合う強大な二つの力。
弾け合うエネルギーが玉座の間を蹂躙していく。
『阻めるか、余の愛を!!』
「阻む気なんかないけど、負けられないよね……! 大帝としてのあんたにならともかく、そうやって回り道しようと思ってる限り、人間としてのあんたには―――!!」
衝突は互角。であれば、状況の継続はジオウⅡに味方しない。
有限の体力を振り絞るソウゴと、無尽蔵に近い魔力を汲み上げるアウクトリタス。
その差はほんの数秒後に結果として表れる。
であるならば、その制限時間に至る前にやらねばならない。
剣を握る腕に死力を注ぎ、片腕で支えている内にドライバーに手をかける。
連続で力を極限まで引き出されるジオウⅡウォッチがスパークした。
〈〈ライダーフィニッシュタイム!!〉〉
〈〈トゥワイスタイムブレーク!!〉〉
ジオウⅡ、その装備が持ち得る全エネルギー。
それをこの一撃、一閃に込めて再び両手で剣を握り締める。
アウクトリタスの威光投射を切り裂き、突き進む全てを懸けた剣閃。
文字通りジオウ最強の一撃。
激しく膨れ上がるエネルギーの奔流が、遂に“
『ぬぅ……!』
咄嗟に大帝が巨人に身を捩らせる。
砲撃を切り裂き、砲口である口元の魔力炉心へと突き刺さる光剣。
それは炉心を両断し、そのまま巨人の体を突き抜けた。
咄嗟の回避運動がなければ、正しく一刀両断だったろう。だが一直線に放たれた剣閃は口元から入り、しかし巨体を捩る巨人の左半身へと逸れた。
顔面を突き抜け、左肩に突き刺さり、脇へと抜けていく刃。
切断された巨人の左腕が宙に舞う。
炉心を一基失い、腕を一本切断され、そのまま床に叩き付けられる巨体。
「は、ぁ―――っ」
ジオウⅡの膝が落ちる。剣から放出されていた光が消えていく。
ライドウォッチの力まで全てを振り絞った一撃。
力に満ちていたジオウⅡは、この戦果を得る代わりに全ての力を尽くした。
床に突き立てた剣を杖の代わりに、彼はなんとか倒れず体を支える。
直後、転倒していたアウクトリタスの胸部が弾ける。
内側から爆破されたような勢いで、歪んだ装甲が剥離した。
そこから間を置かず飛び出すのは黄金の鎧。
聖剣を手にしたカール大帝の姿。
彼はそれを手に握りしめ、真っ直ぐにジオウⅡを見据え床に降り立った。
「よくぞ我が威光を打ち破った。しかしまだだ! まだ余はこうして立っている! 膝を屈してはおらぬ! さあどうする、余の前で屈している少年よ!
そのまま地に伏せ、余には負けぬと口にした言葉を翻すか! あるいは諦めず、その地に落とした膝を死力を尽くし持ち上げるか! 答えはふたつにひとつ、さあ返答は如何に!!」
「決まってる、でしょ……!」
剣を両手で握り、ジオウⅡが膝を上げる。
限界はとっくに超えている。
連続した必殺技の解放にエネルギーは底を突き、変身を維持するだけで精一杯。
このままの戦闘を続行すれば、いつ変身が解除されたっておかしくない。
だがその程度の理由で屈したままではいられない。
灼熱した装甲から白煙を上げながら、重い動作ながらもジオウⅡは立ち上がる。
それに笑みをもって応え、カール大帝はジュワユーズを振るう。
すぐさま応じて、サイキョージカンギレードを振り上げた。
激突する刃が火花を散らし、ジオウⅡの方が押しやられて蹈鞴を踏んだ。
剣の重みに耐え切れないほどに腕が重い。
その事実を認識して、ジオウⅡは握った大剣の先端を切り離した。
脱落して、床に転がるサイキョーギレード。
ジカンギレードのみを手に、ジュワユーズを手にした大帝に向き直る。
互いに尽くす技巧もなく、両手で握った剣を叩き付け合う。
そんなあまりにも単純なやり取り。
それが行えなくなるまで繰り返すだけ、というシンプルな決戦。
―――その、最中に。
玉座の間に通じる扉が瓦解する。
破壊される、というよりまるで溶けていくように。
同時に、アウクトリタスが砕いた壁面から内部へと飛び込んでくる二つの影。
二つの影は二人のアルターエゴが倒れている近くに着地した。
登場した息を切らした二人のサーヴァント。
それはマハーバーラタの英雄。アルジュナ、そしてカルナ。
二騎の大英雄が苦虫を噛み潰したような顔で、その場で何とか体を起こす。
「アナタたち……!?」
「よもやこれほどとは……あの才覚、現世の人界に収まるものか?」
アルジュナはアルターエゴの二人を一瞥し、すぐに視線を戻す。
英雄二人、どちらの傷も消耗も深い。浅く呼吸するカルナに対し、アルジュナは一瞬だけ酷く奇妙な表情を浮かべ、すぐに消した。
他のサーヴァントは既に壊滅し、相手に取り込まれてしまった。損傷を与えられなかったわけではない。だがカール大帝からの援護射撃無しでは、あの魔神の集合体であり、かつそれを超越した怪物を消滅させきれなかったのだ。
仮にアルジュナやカルナの宝具を使っても同じことだろう。既にそれだけの怪物に成っている。
彼らが玉座の間の入り口に視線を向けるや、腐肉が雪崩れ込んでくる。
それを体とする女も共に。
位置が近いのは斬り合いをしていた二人だ。
斬り合いの最中、酷く不快げな表情を浮かべ大帝が女を睨む。
「我らの戦いに水を差すか、毒婦めが―――!!」
「―――うふふ、男らしい……いいえ。子供のような癇癪はお止めくださいな、大帝陛下。夢に燃える子供の熱意に油を差してより燃やすだなんて、“
男性の過ぎた行いには、水を差して諫めるのが女の務めというものでしょう? ふふ、水と油では残念ながら
白い装束の魔性、双角の魔羅を備えた女。
殺生院キアラがそう言って、背後に魔神を蔓延らせた。
扉から広がっていく殺生院の浸食。
それは真っ先にジオウⅡとカール大帝の許へと伸びていき―――
「こ、の……!?」
対応しようとして、ジオウⅡがくずおれた。
四肢から力が抜けて、まともに立つことも叶わない。
大帝との戦いに全てを懸け、もはや力の一滴さえ残っていない。
いきなり出てきた他の物に向けられる余裕など、何も無かったのだ。
それを見て、メルトリリスが叫んだ。
「―――リップ! 私を殺生院に撃ち出しなさい!!」
「なっ……、でもメルト、今の状態じゃ!」
試さなくても分かる。砕かれるのはメルトリリスの方だ。
リップとメルトの状態を考慮せずとも、今の殺生院相手は無謀だ。
それに彼女たちの“槍”を使うには、id_esは必須。
となれば、まずはリップの拳の回収から始めなくてはいけない。
そんなことをしている時間的余裕などどこにもなく。
それを理解した瞬間、片足の潰れたメルトリリスは走り出していた。
加速なんて器用な動作はもうできない。
片足だけで初速を生み、その速度だけで目標にまで跳んでいくしか無い。
「殺生院―――!!」
「メルト―――!?」
アルジュナが小さく眉を上げる。カルナが目を細める。
狙われた殺生院に焦りも危機感もない。ただ鬱陶しげに眉を潜めるだけ
―――そして、余裕があれば瞑目していただろう。
だがそんな余裕がない故にカール大帝は小さく微笑んで。
殺生院に向け跳んだ少女の進路を遮るように、体をずらしてみせた。
初速だけで無事な足、爪先を向けた突撃をしていたメルトの動きが止まる。
背中からカール大帝の胸を突き破り、その突進力は全て消費された。
「アナタ、なにを……!?」
分かっていたのだ。自分の夢は、始め方を間違えていた。
だってそうだろう?
確かに彼女はひとりぼっちだった。他に何もありはしなかった。
それでも、星と丸々同化する以外に救う方法はきっとあったのだ。
ただの人間が、彼女の心に寄り添うだけで救えたかもしれなかった。
設計を真似たワルキューレや、その流れを汲むアルターエゴがこれなのだ。
なおさら今更ながらにそう思うというものだろう。
けれど、あの時の自分にはそう思えなかった。
殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して―――
そうやって世界と向き合い続けていた自分には。
彼女にそんな当たり前の救済があることすら、信じることができなかった。
胸から突き出した銀色の棘を掴み、押し戻す。
そうして背後で落ちた少女を振り向きざまに掴み、思い切り来た方向に投げ返した。
カルナの腕が投げ捨てられたメルトを抱き留める。
振り向き直し、膝を落とした少年を見る。
大帝としての勝負は水入りで中断。
だが―――少年として夢をぶつけあうという勝負は、負けということにしておこう。
「あんた……」
胸を蹴り破られた大帝の姿を見上げるジオウⅡ。
ただ蹴られて傷を負っただけではない。
もうそこに
それを見取ったのだろう、殺生院が表情を変える。
「まあ? 済度の日取りを告げる前にこの始末。悟りに導く説法さえも行えずこの有様だなんて、如何に結果は変わらずとも、手際の悪さを反省しませんといけませんね。
……けれど少し落胆いたしました。私に蕩かされ取り込まれることを恐れ、そうして自分を逃がすとは―――」
女の失望するような声。
瞬間、カール大帝の背後で残骸が超動を始めた。
「―――この
仰ぎ見よ、我が“
鋼の歪む音を響かせながら、真っ二つになった巨人の顔が持ち上がる。
残った顔半分、罅割れた隻眼に紅い光を灯し、殺生院を見下ろした。
頭部の炉心は破砕されたが、腰にも一基残っている。そこで生み出したエネルギーを、アウクトリタスは壊れた口部に集中させた。
魔力砲として収束させる機能が働くはずも無い。送り出したエネルギーはすぐに漏れ出し、散弾となって無秩序に吐き散らかされる。それによって床に広がっていく腐肉を吹き飛ばしつつ、残った右腕を振るってジオウⅡの周囲に伸びた腐肉の壁を薙ぎ払う。
更に炉心が生み出す魔力を逆流させ、心臓を失った大帝の肉体に流し込む。
魔力だけでは霊基を失った肉体は維持できない。だが“皇帝特権”―――否。
“大帝特権”により、彼は己の望むスキルを体現する。
例え死んでも死なぬ。その意思さえあれば、彼は此処に君臨し続ける。
「―――如何に私が成体に至らぬ獣とはいえ、こうまで抗ってみせるとは。流石は我欲より
ですが、貴方が我欲を焚き付けていた少年は一体どうなるでしょうか?」
くすくすと嗤い、必死の抵抗を見守る殺生院。
ビーストⅢ/R、殺生院キアラ。彼女の獣としての権能こそ、"ロゴスイーター”。欲望を有する知性体を問答無用で溶かす、知的生命体に対する特効能力。
己の欲望ではなく、己を一つの機構として生きてきた者。故に通りは悪いが、それでも徐々にカール大帝は溶かされていく。
彼が溶かされきるか、あるいはジオウⅡを庇いきれなくなる方が先か。どちらにせよもはや時間の問題。
そちらに意識を割きつつも、殺生院はメルトリリスを見た。
大帝の霊核を同化させられた者。
だが大帝が殺生院さえ手玉に取れぬ者であったのは、それが大帝であったからだ。
霊核を同化して強化された程度のメルトリリスなど驚異でもない。
そうして彼女がそちらにも魔神の津波を流そうとして―――
「そっか。この時のため、だったんだ」
ぽつりと、そう呟いて。
顔面の文字を輝かせたジオウⅡが、ほんの数秒の休息で得た体力。
その全てを再び振り絞り、手にした剣にウォッチを装填。
自分を囲う腐肉の波に向けて、思い切り投げつけた。
〈ダブル! ギリギリスラッシュ!〉
腐肉に突き刺さり、解き放たれる圧倒的な風圧。
それが一時的に周囲の肉壁を吹き飛ばした。
直後にアウクトリタスの一撃も重なり、ある程度の道が開ける。
そうして開けた道を使い、ソウゴはメルトリリスへと体を向けた。
「早く逃げなさい―――!」
「メルトリリス」
カルナを振り払う力も無く、そのまま叫ぶメルトリリス。
そんな彼女の名前を呼びながら、ソウゴはウォッチを放り投げていた。
少女の手元に飛び込むライドウォッチ。
掴むことができない彼女は、両腕をくっつけてそれを何とか抱き留める。
咄嗟に受け取ったが、意味が分からない。
一体何をしているのか、と。
そういった意味の顔を向けたメルトの前で、ジオウⅡが震える腕を上げた。
今の投擲でできる行動は本当に最後だ。もうどこにも力が入らない。
だからそうやって腕を―――手の甲を彼女に向けること。
それは、力がなくてもできる最後の行動を行うため。
「悪いけど……
「―――――」
次。次なんて、と。
そこで―――ああ、と。10日に満たない付き合いだけれど。
彼女はマスターから与えられた、最後の指示を理解した。
この電脳空間において、時間は不可逆なものではない。
時間さえあくまでも情報のひとつでしかないのだ。
それもあって彼女たちはSE.RA.PHの浮上を解決手段として見ていたのだし。
だから、それはそういうことだ。
彼は言っている。彼女だけで行け、と。
次のスタート地点まで彼女だけで戻り、今度こそこの戦いを解決しろ、と。
―――令呪の魔力が流れ込んでくる。
そこでようやく、やっと飲み込めた。
これがマスター・常磐ソウゴから与えられた、最初で最後の機会。
お願いね、と。彼は初めて
歪んで潰れていた足が溢れる魔力で修復されていく。
カルナを振り解き、二本の足で地に立つ。
「―――……ごめんね、リップ。お願いがあるの」
「大丈夫だよ。私だってちゃんと、やれるから」
体を起こすリップ。彼女は自分の片腕へと顔を向ける。
そこで、黄金の塊を掴んで引きずってくる男の姿に気づいた。
彼はそれをリップの眼前に放ると溜め息ひとつ。
「……そういうことか。ではカルナ、
「そういうことになる。お前頼りだ、アルジュナ」
今なお抵抗を続ける大帝。そしてアウクトリタス。
その暴威を受けながら、しかしこちらにも力を向けている殺生院。
今は口を開く体力も惜しいとばかりにカルナが迎撃しているが。
しかし行動を起こせばこちらへの攻めもより苛烈になるだろう。
目的を果たすための時間稼ぎにすら、死力が必要となろう。
故にアルジュナは少女の拳を返還した後、弓ではなくゆるりと掌を天に掲げた。
「貴様に頼られるまでもない。私は一応大帝の配下としてここにいる。貴様と違って察しの悪いらしい私は、ここに至ってようやくカール大帝の行動に納得がいった。ならば、誰に言われるまでもなくその使命は成し遂げる」
宝具解放の予兆。
それを掌の上で渦巻かせつつ、アルジュナは少女たちを横目で見る。
立ち上がり、接続した両腕でid_esを行使するパッションリップ。
視界の範囲全てを押し潰す“トラッシュ&クラッシュ”。
黄金の腕が空間だけを圧縮しながら、
今にも魔神に呑まれそうなマスターに背を向けて。
メルトリリスは今までにないくらい、美しく跳んだ。
銀の槍が、黄金の大弓に装填される。
その様子を見て顔を顰め、攻勢を強める殺生院。
そんな一撃で自分を砕けるとは思えない。
が、大帝の同化を受けたことを考えると、もしやという程度には注意を払う。
何より今なお陰らぬ苛烈な反撃を行うカール大帝を前に、隙を作りたくはない。
サーヴァントは大概取り込んだが、SE.RA.PHの支配権は未だに大帝にある。
彼を蕩かして取り込むまでは、メルトリリス如きに構っている暇は無いのだ。
「最後の抵抗ですか。マスターも守れないサーヴァントらしい虚しい足掻き、見逃してあげてもいいのですけれど……マスターが消える前に蕩かしてあげるのも、慈悲というものでしょう」
「正しく大きなお世話、という奴でしょう。その無慈悲、神の怒りによってねじ伏せさせてもらう」
宝具の反動、もはや限界だったアルジュナが砕けていく。
そうして消える前に彼は掌に生じた光球を解き放った。放り出されたそれは、津波のように押し寄せる魔神の腐肉へと飛び込んで、その絶対的な威力を発揮する。
「“
全力で解放できるわけではない。
そんなことをしたら玉座の間にいる全てが対象になってしまう。
できる限り広範囲の魔神のみを対象にした、限定解放。
大半の魔神はそれで昇華され、消し飛んでいく。
だが範囲から逃れ、僅かに向かってくる魔神たち。
それを迎撃するカルナを見ながら、アルジュナは口惜しげに消滅した。
―――そうして。
稼いでもらった時間で準備を終え、大弓は作動する。
殺生院ではなく、直上へと向けて。
“
パッションリップの空間圧縮を
これによって少女は光の速度を超え、時間を遡る。
この電脳空間においては、時間はただの情報である。
同じく情報でしかない深度。位置情報と連動したものである。
だから、この海の天蓋を突き破るように飛翔すれば、辿り着ける。
SE.RA.PHがその位置にあった頃。
彼女たちが契約を結び、戦いを始めた時間へ。
恐らく彼女と契約したマスターはもういない。
けれど、彼女と契約したマスターが最後に下した命令を果たすための時間へ―――!