Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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絶望VS希望1431

 

 

 

「さっさと気付きなさいよね……!

 サーヴァント二人相手に挟まれたらどうしようもないんだから……!」

 

 実際のところ、気付いたって間に合うかどうかは怪しい。

 彼女の位置をカルデアに伝達する―――

 こうして街を爆発炎上させるという事は、相手にも自分の位置を教えているわけだ。

 どうせ隠れたって見つかるだろうから、こっちの方がマシだと判断したけれど。

 

 ここがどういう状況か、カルデアはそれを下調べしてから動くだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という情報を前もって手に入れてなきゃ、爆発が起きたのを見て即断即決なんてできるはずもない。

 

 だからほとんど賭けだ。

 

 だってしょうがない。

 賭け以外にここを突破する手段がないんだから。

 

 アサシンにしてやられていた。

 相手のホームにまんまと誘導された時点で、とっくに負けていたのだ。

 だからと言って投げ出す気なんかありはしない。

 順当にやって負けが確定してるなら、有り金を全部賭場に投げ込んでやるだけだ。

 

 そうやって。

 放火魔か爆弾魔か、着火したダイナマイトと化したジャンヌ・オルタ。

 彼女は炎を撒き散らしながら街中を走り抜け―――

 

 目の前に、黒衣の怪人を見つけた。

 それこそは爆発を追ってオルタの目の前に辿り着いた追跡者。

 この歌舞伎町を支配する、最悪の演出家。

 

 即座にブレーキ。鉄靴がアスファルトを削り、跡を残す。

 流れるように背後に視線を送っても、アサシンはいない。

 あの素早さから考えれば、どう考えても彼女に追い付けないはずがない。

 

 こっちの逆襲がそれなりにダメージになった?

 戦闘不能は程遠いだろう。そもそも名乗り上げみたいな事までしていた。

 気配遮断なり霊体化なりで潜んでると考えるべきか。

 彼女がバーサーカーを相手取っている間に、不意打ちするつもりか。

 

「……上等じゃない。だったらさっさと目の前の奴を片付けるだけよ……!」

 

 黒衣が揺れる。

 罅割れた仮面に、そこから覗く醜悪な容貌。

 それが獲物を見つけたとばかりに、オルタへと憎悪を向ける。

 

「おお……おお……! おおおおお―――!

 燃える、燃えていく、私たちの劇場、私たちのオペラ座が……!

 許されぬ、許されぬ、失わぬ、そんな完結は認めない―――!」

 

 バーサーカー、オペラ座の怪人(ファントム・ジ・オペラ)

 彼が苦悩に喘ぐようにふらつきながら、しかしそう慟哭する。

 醜悪な顔に浮かぶのは絶望。仮面に浮かぶ表情は嚇怒。

 

 彼の後ろで、かたかたと音を立てながら控えているのは人型。

 金髪の、他のとは明らかに違う扱いの人形。

 それこそがバーサーカーが愛を向ける歌姫、クリスティーヌ・ダーエ。

 

生きたい(かえりたい)行きたい(かえりたい)往きたい(かえりたい)死にたい(かえりたい)逝きたい(かえりたい)―――」

 

 とうに心が壊れた歌姫の、永遠に終わらぬ断末魔。

 その声に轢き潰されるように、ファントムが身を捩る。

 

「もうない。もうないのだ、クリスティーヌ。

 君には私のオペラ座しかない。私には君の歌声しかない。地上は既に焼け落ちた。

 もう我らにはここしかない。私が奪った、私が壊した、私が君を殺した、私が私を殺した。

 歌え 唄え 謳え 君の歌声は私へ 我が喝采は君へ

 我こそは君の観客 我こそは君の舞台 我こそは君の憎悪 我こそは君の結末

 ああ 我が愛は 地獄の底 ああ 我が愛が 地獄の底

 “地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)”―――――!」

 

 街が、壊れていく。

 周囲の建物が全て、まるで音叉になったかのように震えた。

 悲鳴のような声が吐き出し始める、一帯にあるスピーカー。

 それに合わせ白い人形、コロラトゥーラが喝采と共に押し寄せてくる。

 

「……想像より遥かにぶっ壊れてたわね」

 

 もはや街自体が宝具化している。

 この街全てが、クリスティーヌが歌うための舞台。

 だからこそ彼の宝具は、もはやこの街だった。

 

 彼は本来、街全体を取り込めるような強力な英霊ではない。

 それが出来たのは、この特異点の状況自体に味方をされているからだろう。

 とはいえ、まさかこれほどとは思っていなかった。

 普通にやればまず負けない、コロラトゥーラによる数の暴力が問題の相手。

 そう思っていたのだが―――

 

 ここにアサシンも考慮すると、カルデア到着までの時間稼ぎは危うい。

 というかもう無理か。

 そう確信した彼女が大きく口端を吊り上げた。

 

「仕方ない、だったら確実に一騎減らす程度はしてあげるわ。

 いえ。潜んでるアサシンも纏めてここで二騎、燃やし尽くしてやろうじゃない!」

 

 そう言って揮う剣。その切っ先から奔る、黒い炎。

 滾る憎悪は燃え盛る火炎となり、ファントムに向けて解き放たれた。

 

 怪人の足は不動。

 ただ苦しむように自分の胸を掻き抱くような、そんな姿勢のまま。

 彼は棒立ちで寄せ来る黒い炎を浴びて、

 

 ―――火傷一つ負わず、何の影響も受けなかった。

 

「―――――」

 

 効かないなら効かないでしょうがない。

 だが、その理由が問題だ。

 例えば燃やされてもすぐ復活するとか。そもそも炎が効かない加護があるとか。

 あるいは強靭すぎて純粋に火力が足りていないだけ、とか。

 

 あれは明らかに、そのどれでもなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜ? オペラ座の怪人とは、そんなクリーチャーだったか?

 

 コロラトゥーラが動き出す。数十、どころか目算でも百を超える。

 それだけではなく、まだどんどん流れ込んできている。

 人形如きに負ける気はないが、対処していたらあっさりと魔力が尽きるだろう。

 

 ……本気で、とっくに完全に追い詰められているのだ。

 当たり前だろう。

 相手は意図的にこの状況を作り、彼女を追い込んだのだから。

 反撃できる余地を残しておいてもらえるわけがない。

 

「―――だからっておめおめと何も出来ずに死んでたまるか!」

 

 敵は多い。

 どこかに潜むアサシン。

 馬鹿みたいな数のコロラトゥーラ。

 無敵と化した怪人、ファントム。

 それに守られたクリスティーヌ。

 

(狙うべきはクリスティーヌ?

 あれを壊せれば、バーサーカーが持ってる守りはどうにかなる?)

 

 微妙な線だ。

 雪崩れ込んでくるコロラトゥーラに対処しながら、彼女が眉を顰めた。

 

 どちらかというと、街を火の海にしたことにキレてた気がする。

 この街自体が彼のオペラ座として定義されているのならば、だ。

 もしかしたら、ここを灰燼に帰すれば倒せるだろうか。

 

 だがいくら何でも街一つ燃やすのはどうか。

 フランスで幾らでもやってきたが、流石に今やる気にはならない。

 そもそも彼女単独でそれができるほど火力、というより魔力がない。

 

 ―――ともかく。

 彼女が突破口にできる可能性があるとすれば、それはクリスティーヌだけ。

 だったら考えても無駄だ。

 最短最速であの金髪の人形を粉砕し、バーサーカー諸共葬り去ってやる。

 その気概で動くしかないだろう。

 

 コロラトゥーラの軍勢。複数の人形が一塊になった侵攻。

 それらの前に炎の槍を打ち込み、壁として。

 何十ものの人形がそれに引っかかる事で生まれる、数秒間の隙。

 

 瞬間、オルタがクリスティーヌ目掛けて疾駆した。

 苦悶していたファントムもその瞬間、即座に歌姫を守るべく立ちはだかる。

 振り上げられる剣。突き出される鉤爪。

 

 そのお互いが放つ凶器が空中で交差する、直前。

 

 ―――ガチリ、と。

 周辺一帯、空間ごと凍り付いた。

 

「っ……!」

 

 空中で静止する二人のサーヴァント。

 彼女を追撃しようとする姿勢のまま、一体残らず停止する人形たち。

 様々なものが炎上していた路上で、揺らめいていたはずの炎までもが固定される。

 

 その感覚を、彼女はよく知っていた。

 

「―――さて、では清算だ。

 まずは最初の一歩、といったところだな?」

 

 破砕音を立てて、彼女たちの横を何かが通り過ぎていく。

 ピンク色の靄のような、絡まる二人の人影のような、そんなもの。

 それがビルの壁へと激突し、そのまま停止した。

 

 その後にふらりと現れるのは、紫色の長衣を靡かせる男。

 彼はゆったりと歩み進め、衝突せんとしていた二人のサーヴァントに割って入る。

 その顔を見て、凍った時の中でオルタは酷く顔を顰めた。

 

「アンタ……!」

 

 男の名はスウォルツ。

 カルデアの―――常磐ソウゴの旅路の前に立ちはだかる障害。

 彼女はフランスでこの男に怪物にされ、いいように扱われた。

 そんな相手の顔を見て憎悪を増すオルタを見て、スウォルツはただ嘲笑う。

 

 空中で固まるオルタから視線を逸らし。

 振り返った彼は、後ろを見据えた。

 

「対象はこの女と、そこの怪人だ。やってみろ」

 

「スウォルツ、こんなことをして何になる?

 俺にはもう力がある。常磐ソウゴを葬るための力が。

 時間を無駄にする気はない。俺の目的はただ一人、常磐ソウゴだけだ」

 

 背後から、苛立つような声。

 動きを封じられたオルタには、そちらを向くことは出来ない。

 だがその苛立ちを乗せた声は少年のもの。

 

 スウォルツが誰かとともに動いている。

 その追加情報に唇を噛み締めるオルタ。

 アナザーライダーは国道を走るライダーだけではない。

 まだ何かが、ここに―――

 

「―――何か、勘違いしているな」

 

 そんな少年の態度に対し、呆れた風に肩を竦める男。

 彼の体が、直後に光に覆われる。

 

〈ギンギンギラギラギャラクシー! 宇宙の彼方のファンタジー!〉

 

 いつの間にか腰に現れていた、ギンガドライバー。

 そこから生じる光を纏い、スウォルツの姿が変貌する。

 その体は星が煌めく夜空の如く。その眼光は空を裂く流星が如く。

 闇の如き黒いマントを大きくはためかせ、超人は大地に降臨する。

 

〈仮面ライダーギンガ!〉

 

 流れ星が如く尾を曳く眼光。

 黄金の瞳が、彼の後ろにいた少年を確かに睨み据えた。

 

 ―――彼の戦意を理解したのか。

 見えない位置にいたもう一人が、怒りも顕わに戦意を返す。

 見えずとも背後に感じる力の奔流。

 そして、時を刻む針の音。

 

「俺には……お前の未来が見えている」

 

 オルタも、ファントムたちも、周囲の全てが停止した中で。

 突如現れた二人は、何故か対峙を始め。

 

 視界の外で何かが動く。

 白い怪人が、彼女の視界の中へと踏み込んでくる。

 どこかで見たような、そんな怪人の姿が。

 

 ―――次の瞬間。

 怪人がスウォルツの足元に叩きつけられ、抑えつけられていた。

 宇宙のパワーが光と時間を歪め、捻じ伏せるように。

 

 地面に横たわる白い怪人。

 その顔面に掌を押し付け、ピュアパワーを漲らせるギンガ。

 

「―――お前の意見は求めん。

 今の貴様如きに俺を従える未来が視えるとでも思ったか?」

 

「ガ、ァ……ッ!」

 

 一息に腕を押し込み、粉砕する勢いで。

 その衝撃を受けた白い怪人の姿が、人間の少年に戻っていく。

 少年の胸から転がり落ちるアナザーウォッチ。

 

 それを見届けたスウォルツが、転がるウォッチを拾い上げた。

 

「今の貴様程度では常磐ソウゴには勝てん。

 俺はわざわざそれを勝てるように育ててやる、と言っているんだ。

 今はせいぜい大人しく従っておけ」

 

 地面に這いつくばり、拳を握り締め、唇を噛む。

 そうして憎悪でもってギンガを見上げる少年。

 数秒、彼はそうしていて。

 しかし何とかその激情を飲み込んだのか、ふらつきながらも立ち上がる。

 

 立ち上がった彼が懐から取り出す、ブランクウォッチ。

 

「……こいつらから、ウィザードの力を回収すればいいんだな……」

 

「ああ、丁度いい具合に残滓を持つサーヴァントが揃ってくれたからな。

 常磐ソウゴは着々と仮面ライダーの王としての力を手に入れている。

 それを倒したいのであれば、お前はアナザーライダーの王になるがいい」

 

 ギンガがそう言って、オルタとファントムに視線を向ける。

 

「…………ハッ、やってみなさいよ! 今度もまた簡単に支配されると思ったら―――!」

 

 かつてフランスでそうされたように。

 抵抗も許さず、怪物にされる。だがそれがどうしたという。

 あの時の自分とはもう違う。

 自分は竜を従える魔女。もうあんな姿になって暴走するなど―――

 

「ハッ! ―――残念だが。貴様の意見も、求めん」

 

〈ウィザードォ…!〉

 

 ギンガが笑うと同時に、少年がウォッチを起動する。

 その瞬間、二人のサーヴァントが罅割れた。

 

 

 

 

「あー、連中が取引相手……でいいんだよな? お仕事完了?」

 

 ジャンヌ・オルタとファントム・ジ・オペラ。

 二人のサーヴァントが空間ごと凍らされ、停止している姿。

 ビルの上でそんな光景を見下ろしているアサシン。

 

 まるで時間が停止しているような光景だ。

 そんな中を自由に動けるのは、何とも不思議な体験であろう。

 まあ特に大した感慨もあったものではないが。

 

 少年が懐中時計のようなものを起動した。

 途端に、オルタとファントムの胸が罅割れていく。

 そこから漏れ出す光が時計に収められ、何か顔のようなものが浮かび上がる。

 

「……あれがお望みだった、と。

 何だか分からんが、まあライダーをアレにしたのと同じ感じか?」

 

 それで目的を終えたからか。

 周囲の時間が動き出すと同時、二人のサーヴァントが地面に落ちる。

 パッと見、それぞれ霊核が半分奪われている。

 心臓を真っ二つにされたようなものだ。二人揃って致命傷だろう。

 

 すぐに消えないのは、恐らくこの特異点自体の特性。幻霊単体でも多少は現界が維持されるように、霊基数値が低い存在を補助するようなっているからだろう。

 まあ補助されたところであれではすぐに消えることに変わりないが。

 

 ジャンヌ・オルタは動けない。

 ファントム・ジ・オペラは動けない。

 クリスティーヌはけして動かず。

 指揮者を失ったコロラトゥーラも一時的に停止した。

 

 その場に残された二人。

 仮面ライダーギンガと、アナザーウォッチを持つ少年。

 

「よーう、そいつらどうするんだ? 放っておいても消えそうだけど」

 

「俺たちの用は済んだ、貴様らの首領との取引は終わりだ。好きにしろ」

 

 踵を返すギンガ。彼は一瞬だけ少年に視線を送る。

 そうして睨み据えられた彼は歯を食い縛り―――何かに、気付く。

 

 怪訝そうな顔をして、他所へと視線を向ける少年。

 その様子にアサシンもまた、彼の視線を追う。

 

「ああ、ああ、愛しいあなた(わたし)! 死が二人を別つわたし(あなた)たち!

 おお、おお、もう離さないよジュリエット(ロミオ)! ずっと一緒よロミオ(ジュリエット)!」

 

 それは、先程吹き飛ばされてきたピンク色の怨霊だった。

 一人で二人、二人で一人。男の名はロミオ、女の名はジュリエット。

 悲劇を謳う、愛し合う男女である。

 彼ら彼女らが起き上がり、こちらに向かってきていた。

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「げ、ロミオとジュリエット」

 

 何がそいつらの琴線に触れたのか。

 今まさに女を残して死のうとする男に反応したのか。

 その悪霊は一切の迷いなく、ファントムに向かって直進してくる。

 どうするべきか、アサシンがその考えを出す前に。

 

 そいつらは、ファントムの許へと届いていた。

 ロミオの伸ばした腕が、ファントムに触れる。

 ジュリエットの伸ばした腕が、クリスティーヌに触れる。

 

 ―――融かされる。サーヴァントであろうとも。

 半減したファントムの霊基が、ロミオとジュリエットに喰われる。

 単体では霊基数値が足りない幻霊、クリスティーヌ・ダーエもまた。

 もちろん、軌道上にたむろっていたコロラトゥーラたちだって。

 

 そうして、全てを喰らって。

 ピンク色の怨霊が、消化し切れない霊基を得て膨れていく。

 

「ああ、死ななければ別たれない。おお、死ななければ愛しあえる。

 ―――愛しい女はどこに? 地上に帰す? 誰を?

 帰すべき女はもうどこにもいない。だから彼女を連れ込んだ石室は永遠に。

 永遠に。永遠に。永遠に。永遠に。永遠に。永遠に――――」

 

 コロラトゥーラだったものが組み上がっていく。

 まるでパイプオルガンのように、白い四肢が積み上がっていく。

 それは巨人なのか、あるいは楽器なのか。

 二組の男女を心臓部に収め、人形を折り重ねたオペラ座の怪物が動き出す。

 

「嗚呼……永遠に、私はクリスティーヌに愛されない」

 

 怪人の慟哭する声。

 傷つけてはいけない人を傷つけた、あってはならない道を経た者。

 彼はクリスティーヌだけは傷つけない。

 クリスティーヌだけは、傷つけてはいけなかった。

 

 彼は彼女の声を求め、幻霊としてこの特異点に召喚する事を試みた。

 だが、しかし。何もかもが足りなかったのだ。

 体を織り成せるほどの霊基にすら届かなかった。

 だから彼は彼女に歌ってもらうために、コロラトゥーラという体を用意した。

 

 そうして、その体を与えられた彼女が―――こわれてしまった。

 人形に押し込められた人格が、発狂してバラバラになってしまった。

 もう意味ある言葉は発せない。

 もう意味ある思考は行えない。

 あるのはただ、至高の歌声だけである。

 

 では。では、では、では―――彼の、結末は?

 彼女に惹かれ、彼女を閉じ込め、しかし彼は彼女を傷つけずに解き放つ。

 最後の最後、醜い彼を救ってくれたクリスティーヌ。

 怪人となっていた彼に、人としての死を迎えさせてくれたクリスティーヌ。

 もう、彼女は、どこにもいない。じゃあ、この怪人の結末は?

 

 クリスティーヌだけが彼を終わらせてくれた。

 けれど彼が先にクリスティーヌを終わらせてしまった。

 なら、もう―――彼は、もう終わる事さえできないではないか。

 

 傷つけてはいけない人を傷つけた報い。永遠に続く地獄。

 傍にあるのはもう何も見てはくれないクリスティーヌの人形。

 母にさえ見てもらえなかったエリックを、確かに見てくれたはずの女性の残骸。

 

 彼の地獄は終わらない。

 彼女は地獄から出られない。

 

 オペラ座の怪人は、もう誰にも止められない。

 止められた人はもういない。

 

「La、lalalaaaaaa――――――――――ッ!!!」

 

 演奏が開始される。

 彼が何より美しく思っていた彼女の歌声が、怪物の全身から発生する。

 およそ300体のコロラトゥーラが共鳴し、奏でられる音。

 その音圧が彼が築いたオペラ座だった場所、歌舞伎町ごと全てを吹き飛ばしていく。

 

 面倒そうにギンガがピュアパワーを巡らせる。

 音波を容易に弾き返し、彼は肩を竦めた。

 

 スウォルツに守られる気はない、と。少年がアナザーウィザードに変貌する。

 展開されるディフェンドの魔法が、破壊から彼の身を守った。

 

 慌てて建物の影に飛び込むアサシン。

 が、その怪物は歌舞伎町を更地にするかの如く音波を加速させる。

 

「って、どうすんだこれ……! つーかこんだけ一帯ごと破壊し尽くして、()()()()()()()()()()()()どうする気だって―――!?」

 

 一切止まる気はない。もう止められるものはいない。

 そんな最悪のクリーチャーと化した、“オペラ座の怪人”。

 それを頬を引き攣らせて見上げながら、アサシンが都庁へと視線を送った。

 

 

 

 

 ―――その怪物が誕生した直後。

 すぐ傍で転がっていたジャンヌ・オルタ。

 霊核を半分抉られた彼女は、身動きも出来ないままにそれを感じていた。

 

 憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪―――

 何より深い憎悪の渦。

 アヴェンジャーだからか、その感情が確かにそこにあると感じ取った。

 まあ、感じたから何なんだ、という話なのだが。

 もう彼女は一歩も動けやしない。

 

 巨大演奏装置と化したバーサーカーの重量。

 そして音源に最も近い位置で受ける音波の破壊力により、道路が砕ける。

 彼女はそれに巻き込まれ、アスファルトの残骸と一緒に落ちていく。

 

 至近距離で攻撃を受けるのは彼女自身もだ。

 文字通り半死半生である彼女は、十秒と保たずに砕け散るだろう。

 

「―――――……情けな」

 

「――――ああ、まったく。

 恩讐の炎で火を点ければ、蝋燭とてもう少しまともに燃え盛るだろうさ。

 さあ、貴様が死ぬまであと五秒足らずだ。

 ……ここにいる役立たずの霊基を喰らってでも、まだ燃える気概があるか、否か」

 

 見えなくなり始めた視界の端で、漆黒の炎が揺らめく。

 何でここにいる、なんて問いかけている暇もない。

 しかも彼から感じる波動は、あまりに弱い。今の死にかけな自分よりマシレベル。

 英霊じゃなくて幻霊なんじゃないか、っていうレベルの薄さ。

 

 ―――まあ、今はそんな事はどうでもいい。重要なのは、ただ一つ。

 ()()()()()()()がそこにいる。

 

 この特異点は幻霊同士を掛け合わせるために整えられた、霊基が必要以上に()()土地。

 彼は弱体化を重ねられ、霊基を雁字搦めに縛られている。

 戦闘などまともに行えず、宝具などもってのほか。

 

 けれど、けれども―――けして逃れる事のできない縛鎖を潜り抜け。

 二人のうち、どちらか一人を逃してみせる。

 そんなやり方であるならば、そんなやり方であるからこそ。

 

 この男がいて、成し遂げられない筈がない―――

 

 拳を強く握る。

 投げ出しそうになっていた剣と旗を握り締める。

 まだ、これが必要なのだから。

 

「……決まって、るでしょ……! 全ッ、然……燃やし足りないっての――――!!」

 

「クハハハハハハハハ! では、オレから貴様に贈る言葉はただ一つ!」

 

 ここに召喚サークルなどなく。ここにカルデアの天才などおらず。

 そんな仕組みはどこにもない。

 だが代わりに、霊基を混ぜられる世界観が構築されている。

 それでも普通なら不可能だろう。そんな簡単にいくものじゃない。

 

 ―――だが、しかし。

 この悪逆の街に、絶望と後悔に満ちた演奏が響く中。

 暗黒の底に墜ちながらも、確かに。

 此処にはこうして、眩く輝く一条の希望を齎す言葉がある―――!

 

「“待て、しかして希望せよ(アトンドリ・エスペリエ)”、だ――――!!」

 

 

 

 

 ―――アスファルトが裂ける。

 巨大演奏装置、ファントム・ジ・オペラ。

 それが足場を揺らされ、僅かに怯む。

 

 直後に道路の残骸を突き破り飛び出してくる、漆黒の槍。

 炎に燃える無数の刃が、巨体に叩きつけられて白い躯体を焦がした。

 

「La、La、Lalala、La―――――ッ!?」

 

 再開されそうになる演奏を、黒い炎の波が押し返す。

 それが噴き出してくるのは道路に開いた大穴。

 下水道に繋がっているだろうそこから、歩み出してくるのは竜の魔女。

 

 憎悪の炎に焼かれた灰のような長髪が、黒い熱風で揺れる。

 余分な鎧を捨て、晒すのはまるでドレスのような姿。

 首に巻いた鎖から擦過音を鳴らしながら、邪悪に笑うそれは現れた。

 

「―――ええ、確かに受け取ったわ。アヴェンジャー。

 お生憎様、希望とかそういうのに興味はないのですけど……」

 

 しゃらん、と。涼やかな音を立てて、漆黒の刃を抜刀する。

 続けて開かれる、竜の魔女の旗。

 火の粉の混じる熱風に揺れ、彼女の旗に描かれた紋章の竜が躍った。

 

 そうして構えた彼女が見据える、巨大なファントムとアナザーウィザード。

 憎悪に塗れる絶望に堕ちた怪人ども。

 

 そんな連中を前に、竜の魔女は己の心を加速させる。

 いつぞやは白いのに完全無欠に敗北した。

 彼女は望んだ彼女になれないままに、灰となって消え去ることになった。

 

「―――絶望なんて余計に知ったことじゃないのよ。

 私はジャンヌ・ダルク・オルタナティブ(とは違うもの)

 頭のイカれた聖女様よりは真っ当な、復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァントなのだから!」

 

 彼女が名乗るその名こそ、彼女自身の祈りの結晶。

 自分は他の誰でもなく、自分は自分でありたいという願い。

 そんな誇らしき名を高らかに叫び、彼女は全身から憎悪の炎を漲らせた。

 

 

 




 
・劇場型超巨大歌姫人形クリスティーヌ・クリスティーヌ。
 触れたものを融解させ取り込むロミオとジュリエットを中心にした大怨霊。霊基の欠けたファントム・ジ・オペラと、その宝具。更にクリスティーヌ・ダーエと、約三百体のコロラトゥーラを取り込んで発生した巨大人型演奏装置。オペラザーZ。

 オペラ座の怪人、エリック。
 彼はクリスティーヌの心に触れ、彼女を傷つけず解放することで結末を迎えた。
 だが新宿に呼ばれた彼は、クリスティーヌを呼び出した時点で壊してしまった。

 だから“オペラ座の怪人”は終わらない。もう終われない。
 彼女を無事に解放する事ができないから。
 彼の心を救った、彼が無事を望んだ、清らかな歌姫はもうどこにもいない。
 もう彼の心は救われない。もう彼の物語は終われない。
 彼は歌姫を壊して己の掌中に収めた、オペラ座の地下に潜む、誰にも止められなかった怪人。
 物語が終わらない以上、彼の“死”はここにはない。

 ―――彼こそが、彼の物語こそが、オペラ座の怪人(ファントム・ジ・オペラ)である。
 
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