Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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譚詩曲・フォールスリープ2017

 

 

 

「フム。というと、我々の預かり知らぬ内に魔神の脅威は取り払われ、残りは一柱になったと」

「時間神殿から逃れた魔神は四柱、という教授の言葉を信じるなら、だがね」

 

 驚くような出来事があったばかりである。

 だが管制室には最低限だけ人を残し、多くは置かれていなかった。

 

 そんな管制室の椅子に座り、背もたれに体を預ける二人の男。

 シャーロック・ホームズ。そしてジェームズ・モリアーティ。

 彼らはここでBBから提供された情報を検めていた。

 

 ホームズの視線と言葉を受け、モリアーティは心外そうに目を瞬かせる。

 彼はやれやれと首を横に振って、溜め息混じりに言葉を返した。

 

「傷つくな、我が好敵手(ホームズ)。君は私を信じていないのかネ?」

「貴方……バアルが把握していたのが自身含め四柱だった、という発言が事実なのは疑っていないが、バアルの預かり知らないところで離脱した魔神がいた可能性は高い、と思っているだけだよ」

「奇遇だネ。私もなんだヨ」

 

 ハハハハハ。

 顔を合わせて男が二人、朗らかに笑う。

 

 他所でやってくれねえかなぁ。

 管制室に詰めている男性職員は、背筋に走る悪寒に口許をひくつかせた。

 

 そこでぱたりと二人同時に笑いを止め、お互いに視線を外す。

 

「まあ残る魔神が一柱だろうと六十九柱だろうとこちらにできることは変わりない。準備を整え、対策は講じつつ、問題が発生したら対応する。それしかないのが実情だろう」

「事件が起きてから腰を上げて動き出す探偵らしい結論だ。私もその感覚よくわかるよ、痛くて辛くて腰を椅子から上げたくない時、あるよネ」

「なるほど。裏で糸を引き他人を動かすばかりで、自分は椅子に座って待ちぼうけ。そんな教授のやり方は腰痛が原因だったと」

 

 ハハハハハ、顔を合わせないまま二人が笑う。

 

「他所でやってくれねえかなぁ!」

 

 我慢できず男性職員、ジングル・アベル・ムニエルが二人に叫んだ。どちらか片方ならともかく、この二人に同時に居座られると邪魔で邪魔で仕方ない。喧嘩なら他所でやってほしい。そしてできることなら代わりにアストルフォやデオンにここにいてほしい。癒されたい。

 

 そんな不純な男の叫びは華麗にスルーされ、笑いを引っ込めた二人は会話を続行する。

 

「さておき、あの空中要塞はどうなんだネ」

 

 魔術的な案件はどうにも、と肩を竦めるモリアーティ。

 

 ホームズはそれに反応を返さず、カルデアのマップをじいと見据える。

 管制室から観測する限りでは、裏手の休憩室は休憩室のまま。

 要塞ひとつがまるまる入っている、なんて状態は観測できない。

 

「……カルデアスの磁場で歪んだ空間に入り込んだ異物か。さて」

 

 顔の前で手を組み、僅かに目を細める名探偵。

 彼は自分の頭の中で何かを手繰るように思考を重ね始めた。

 

 

 

 

 

「―――本当に大丈夫なの、アレ?」

「オレからしたらオタクも相当ヤバい奴、って認識のままなんですがねぇ。ま、大丈夫なんじゃないか? それこそアンタがここで当たり前にこうしてるくらい変な場所だろ、ここ」

 

 苛立たしげに踵で床を叩いていたメルトリリス。彼女は居ても立っても居られないとばかりに、食堂にふらりと立ち寄ったロビンフッドを問い詰めた。

 

 返ってくるのはオタクがオレにそれ訊くのかよ、とばかりの呆れ顔。ヤバイのばっかり集まってるからちょっとやそっとじゃ特に感じることはない、的な態度だ。

 毒の名手たる無貌の王が一度は毒で溶かされたのだ。文句のひとつも言いたくなる。

 

 そんなBBがとっくに無かったことにした来歴は知らない、と。

 メルトは鼻を鳴らして顔を顰めた。

 

「ウムウム」

 

 何故かキャットが厨房の中で深々と頷く。

 

 殺生院祈荒は挨拶もそこそこに、そのままアタランテたちに医務室へと案内されていった。

 ついでにマシュと立香もついていったのでそれはもう。

 これから医務室という広くはない空間に、ロマニ(ソロモン)、フォウ、キアラと。

 トリプルビースト関係者が一堂に会するわけである。

 

 これはもはや歴史的邂逅なのでは?

 などと思ったが、キャットは黙っておくことにした。

 

 ロビンの物言いに顔を顰めていたメルトリリス。

 流石に殺生院と同列扱いはあれだが、自分も人類の脅威であることは確か。

 言われてみればそうなのだけれど、という表情で彼女は視線を彷徨わせる。

 

 カップをソーサーに置きつつ息を落とし、デオンが口を開く。

 

「―――あの女性が至ったという人類悪。彼女に素質があったことは否定できないが、必ず成るというわけではなく、そうなるに至った原因はそもそもが魔神の仕業、ということなんだろう?

 なら普通に接するのが一番なんじゃないかな。何の罪もない今の彼女を指差し、取り立てて騒ぐようなことではないだろう」

「あら、優しいじゃない。相当な危険人物だっていうのに」

 

 カウンターに頬杖をついて、ニヤニヤと笑う黒い奴。

 うっすらと口の端を吊り上げて、デオンは目を細めた。

 

「……確かに甘いかもしれないね。そんな甘さが出てしまうくらい、自分の意志とは関係なしに人理に敵対させられてしまう、という体験がショックだったんだろうね」

 

 にこやかに笑い合い、そうしたやり取りをする二人。

 因縁ありのジャンヌ・オルタとシュヴァリエ・デオン。

 

 うふふ、あはは。

 バチバチと火花を散らすような、しかし表面的には朗らかな空気感。

 

 猫がじゃれ合うようなもの、と。

 小競り合いなら慣れたもので、周囲は気にせずいつも通り。

 

 おっかなびっくりと黄金の爪が林檎を切り裂き、割断する。

 その結果にほうと息を吐きつつ、パッションリップは口を開いた。

 

「いくら彼女でも何の準備も無しに魔人……ビーストに変生するようなことはできないはずです。今回ビーストの幼体に至ったのも、SE.RA.PH(セラフ)で128騎を競わせる聖杯戦争で呼び出したサーヴァントを栄養として取り込む、という行為を無数に繰り返した結果。

 私がまた別に知るところで魔人に至った時も、私やメルト、BBを取り込んで、その上で……の話ですから。人間のままで相手を蕩かし、取り込み、怪物に至る―――というのは、まず有り得ないと思います」

 

 まずもって彼女の変生は電脳空間だからできたこと。地上ではまったく別の話となる。

 彼女の精神性が極まった時、人を誑かし一大宗教を築くことはあるだろうが、電脳に依らない世界であるこの地上では、五停心観や万色悠滞による無法は働けない。

 地上においてあれだけの()()を摂取することは並大抵に行えることではないだろう。今カルデアにある全てを喰らったとして、あそこまでは届かないだろう、というレベルなのだから。

 

 そして少なくとも、あの彼女はゼパルが切っ掛けでそうなっただけ。

 ゼパルが殺生院を隠れ蓑にしながら状況を混沌とさせていく。その方針が彼女の才覚と最悪に噛み合った結果、あそこまで昇り詰めてしまっただけなのだ。

 

 如何に殺生院キアラが獣の才能を持ち合わせているとしても、この状況でゼロから獣という果てまで至ることなどありえない。

 少なくともパッションリップが持ち得る情報で確認する限りは、だが。

 

「―――ま、あんなのにポンポン出てこられたら人理も何もあったもんじゃないし」

「あっ」

 

 鈴鹿御前がパッションリップの手元からバラされた林檎を掠め取る。

 恨めしや、というリップの視線を物ともせず、そのまま口に運んでしまう鈴鹿。

 

 ―――鈴鹿御前、彼女の視点で知り得る限りの話。

 殺生院キアラという女は、よほどの状況に味方されない限り、意外にもあっさり死ぬ世界線も多い。その上でそれ自体に恨み辛みも重ねるような真似はしない。殺生院キアラという魔性の女は、どうあれ菩薩という位階に指をかけた才女。道中で潰えたとして、そうなれば自分はそこまでだったということ、と基本的に諸行無常の結末を受け入れる性格ではあるのだ。

 魔人や獣に至ってよほど浮き足立っている時はともかく、本来ならばそれなりに身の振り方を知っている。今回邂逅したアレがいやに悪食だったのはゼパルの精神干渉の結果で、そうでなければもう少しは真っ当な人格を持っている筈である。多分、恐らく。

 

 それは分かっているがそれはそれとして、と鈴鹿が笑う。

 

「心配しすぎっしょ。変なことしそうになったら私が即、首刎ねたげるから!」

 

 敵意、殺意、諸々ぐつぐつと渦巻く地獄変。

 違う相手と理解しているからその程度なだけで、彼女は相当煮えくり返っている。

 経緯は知らないが殺生院との間によほどの軋轢があるのだろう。

 

 同じ空間内にいる者たちの間でも時折バリバリに火花が散る。

 カルデアとかいう組織は本当にこれで大丈夫なのだろうか、と。

 

 何とも言えない表情で、ゲイツが居心地悪そうに深く座り直す。

 そんな彼の反応を横目に見て、ツクヨミが彼に聞こえるよう小さく呟いた。

 

「ゲイツもソウゴには喧嘩腰だし似たようなものじゃない?」

「…………そうかもな」

 

 沈黙数秒、至極真っ当な指摘に対してゲイツは眉間の皺を深くした。

 

 もしかしたらカルデアというのは実は常に殺伐した空間なのかもしれない。

 反省するか。いや、ジオウ相手の敵意が崩れるはずもない。

 だがまあ、内心の敵意はともかく表に出すのは少々控えるべきなのかもしれない。

 

「そうか……そうだな……」

 

 ぼやけた声でそう繰り返すゲイツ。

 もっとも、ゲイツの態度はじゃれあいみたいでそこまで殺伐ともしてないけれど。

 

 ツクヨミが苦悩してうんうん唸るゲイツの様子を見て、どうしたものかと首を傾ぐ。

 まあでもいちいち言わない方がいいかしら、と。

 彼女は言葉を止めて、唇を湿らせるためにカップに口をつけた。

 

「ところで黒ウォズさ、今日はどうしたの?」

 

 主従揃ってアップルパイを齧りつつ、主の方が問いかける。

 従者は頬張ったものを丁寧に咀嚼し、嚥下してから答えてみせた。

 

「……特に用があるわけではない、と言いたいが。どうやら白ウォズが何か動き出したようなのでね。一応こっちのことも確かめにきたのさ。

 というわけでどうだい、ゲイツくん。白ウォズから何か接触があったりしたかな?」

「ふん、あったとしてお前にいちいち教えるか」

 

 悩んでいたのが嘘のようにツンと声を張り、そっぽを向いて返答するゲイツ。

 

 黒ウォズは肩を竦めながらもう一口。

 そんな彼を見ながらデオンが問いかける。

 

「仮にその白いキミが動き出したとして、何があるんだい? 推測くらいはしているんだろう?」

「さて、悪いが正確なところは分からない。ただ彼はどうやら無謀にも、ゲイツくんを我が魔王に匹敵する存在に押し上げようとしているようだ。

 そしてそんな彼が特に積極的に自分で動こうとする、という状況には幾らか前例があってね」

 

 まるで焦らすようにそこで言葉を切る。ただ実際のところ焦らしとかそういう空気作りでもなく、彼は更にパイを自分の口に運んだだけだった。

 たっぷり味わい、飲み込み、お茶を口にして、やっと話が次に行く。

 

「我が魔王の継承とは関係ない別の仮面ライダー。そのウォッチの回収を目的に暗躍している、と考えるのが自然だろう。キカイ、ギンガ……ギンガはスウォルツに持っていかれてしまったようだが。あれらのライダーのウォッチを使い、ゲイツくんを強化しようというのだろうね」

 

 確かにキャメロットの戦いや、天空寺にいた時は普段よりも積極的だったか。

 ただ自分と関係あるライダーとないライダーの違いもよく分からない。

 が、そこを隔てる何かの条件があったりするのだろう。

 

「キカイにギンガ、かぁ」

 

 思い返すいつかの戦い。宇宙から襲来し、破壊の限りを尽くした来訪者(フォーリナー)。今はスウォルツの手の中にある力、仮面ライダーギンガ。

 確かにあのウォッチがあれば、ソウゴ―――ジオウⅡを凌駕する、というのも夢物語ではない。太陽エネルギーを動力にしているアレは、戦場の環境にこそ左右されるが、ジオウⅡを一騎打ちで打ち倒すことがありえない、と言い切れるような存在ではない。

 あのような存在がまたも現れる、というなら警戒は最大にしなければならないだろう。

 

 そしてもう一人はキャメロットでの戦いの最中、唐突に現れた仮面ライダーキカイだ。

 彼はメガヘクスが製造した戦極凌馬(ハカイダー)と相打ちし、機能を停止。

 そこで白ウォズがウォッチで能力を吸収すると、何もなかったように消えてしまった。

 

 しかしキカイのウォッチはむしろこれまでの戦いでとても役立っている。

 巨獣ハンター、バングレイとの決戦であったり。

 何よりビーストⅡ・ティアマト(アナザーディケイド)激情態との決戦は彼の能力ありきだった。

 

 そう考えると難しい話だ。

 今後も考えるとただ白ウォズの邪魔をすればいい、というわけでもないのではないか。

 というかよくよく考えると、そもそも別に邪魔する必要がないのではないか。

 

 ゲイツが強くなるならそれはいいことだし、ゲイツがしっかりと自分のことを見た上で、力で止めなければならない魔王だと思われたならそれは仕方ない。

 だからそれはいいとして、問題はむしろ白ウォズが狙う新しいライダーの方だろう。

 

 キカイのようにこちらに味方してくれる存在なら共闘できる。白ウォズがその力を無理に奪おうとするなら、彼を止めなくてはならない。

 ギンガのような敵対者だったのなら、白ウォズに関係なく戦う必要がある。力を奪われないように注意しつつ、状況を見定める必要にかられるだろう。

 

 更に状況次第ではスウォルツと加古川飛流も踏み込んでくるかもしれない。

 どうなるかはさっぱりだが、考えなければならないことが多い気がする。

 

 椅子の背もたれに体重をかけて、うーんと唸ってみるソウゴ。

 そこでふと思い出す、あの時の言葉。

 

(そういえばあの時、キカイが俺に何か言ってたっけ。確か、WILL BE THE……びー、えふえふ? どっかで聞いたような、聞いてないような)

 

 どっかで聞いたような。しかしどこで聞いたのか。

 いや、そもそもなんかちょっと違うような。

 

 そうして首を傾げていてるソウゴと横で、食事を終えた黒ウォズが立ち上がる。

 

「とりあえず現時点では白ウォズが動きを見せている、ということは伝えたことだ。私はまだ色々と探るためにお暇させてもらうとするが……」

 

 その視線がゲイツに向かう。睨み返すゲイツの眼光。

 二人はひとしきり視線をぶつけあった後、黒ウォズはさほど気にせず肩を竦めた。

 

「ま、問題はないだろうが一応気を付けるといい。ではね、我が魔王」

 

 ひらりとストールを翻し、消え失せる姿。

 人が一人いきなり消えても慣れたもの。食堂はいつも通りの雰囲気のままだ。

 それを見たロビンフッドが顎を撫でながら何とも言えない表情。

 

 まあ神代から近未来の電脳世界まで時間が交差する場所だ。

 何があってもおかしくない、という心持ちでいるのが一番楽なのだろうが。

 

「英霊だろうがなんだろうが、環境にはこうやって馴染んでくもんなんだろうなぁ。朱に交われば赤くなる、っつーの? そこんとこアンタはどうだい、アルターエゴ」

「……そういうのって自分では分からないものじゃない?」

 

 殺生院相手にぶつくさ文句を言うだけで、別に実力行使をする様子は見せない。

 本当に本気で彼女を排斥したいなら襲撃するだけでいいのに。

 カルデアのルール……否、カルデアの雰囲気に自分を合わせているのだろう。

 

 ()()()()()()()

 なんとも、アルターエゴ・メルトリリスに何より似合わない態度じゃないか。

 それをよく理解して、ロビンはニヤリを口端を上げて。

 

「へえ、オレの見立てじゃ結構自覚がありそうな……」

「そうかしら? じゃあ逆に質問。例えばこそこそするのだけが取り柄の森ネズミがたまさか堂々とした騎士を見かけた時、感化されて騎士道精神にかぶれるなんてことがあるのかしら? そういう話よね、これ? ねえロビンフッド、アナタは一体どうなると思う?」

「……オーケー、そりゃあどう思ってようがネズミはネズミだ。賢く立ち回る森ネズミは自分から窮鼠にはなりにいかない」

 

 大人しく黙ることにする。逆上されて刺されたら堪らない。

 

 拗ねるようにそっぽを向く少女に、厨房の中からは生暖かい視線が届く。視線の主はパッションリップだ。それはそれで、なかなかどうしてと感心が表情に浮かぶ光景である。態度ではおどおどしている癖に、口を開けば開き直りばかりの子供も変わったものである。

 

 

 

 

 

「さてと、とりあえずはこんなものだろう。後はおいおい、必要に応じてかな」

 

 医務室内の配置をおおよそ説明したところで、ロマニはそう言って笑った。

 

 ベッドにはイリヤが放り込まれている。それ以外のメンバーの分の椅子を引っ張り出そうとしたマシュに、アタランテが自分には要らぬと手で示す。ならばとマシュと立香が揃って椅子を持ち出し、自分たちとキアラの分の椅子を用意した。

 

 その間にも人数分のコーヒーを淹れているロマニ。

 差し出された椅子に座り、コーヒーを受け取り、祈荒(キアラ)はほうと一息ついた。

 

「今までおひとりでここを?」

「大した話じゃないさ。運び込まれてくる人間もほぼいない状況だったからね」

 

 祈荒の疑問に苦笑で返すロマニ。

 

 人理焼却の間、意外なことだがカルデアの人員に対する健康管理はさほど難しいものではなかった。事件直後はともかく、ある程度の時期を過ぎたら大体安定してしまったのだ。だって一番精神的に参っていたのは他の誰でもないオルガマリーであって、トップが一番混乱していたおかげかそれ以外のスタッフは逆に何となく安定してしまったのだ。

 

 そして肉体的に一番参っていたのは、他の誰もでもないロマニ・アーキマン本人。彼が倒れてしまったら誰も面倒を見れない、と。ここはもう仕方ない部分として、その負担をダ・ヴィンチちゃんが力尽くで埋め合わせることで、問題を乗り越えてきた。

 

「言われてみるとダ・ヴィンチちゃんの次に仕事がすっごい多いんだね、ロマニって」

 

 医務室だけでなく管制室での仕事もあるのだ。

 サーヴァントであるダ・ヴィンチちゃんはともかく、人間には辛い量ではなかろうか。

 いま正に彼の管制室の仕事を補助しているマシュも強く頷いている。

 

「まあそれこそ、本当に必要な時はレオナルドが補助してくれるからね。実際にレイシフトしているキミたちに比べたらさほど緊張感もないさ。

 ……あと途中からは、過労でも何でも倒れようものなら、あのダビデ王に看病されかねないから、本気で倒れられなくなったけれど」

 

 小さな声でダビデ王に対する文句を呟く。

 

 本当になんて人だ、と思う。

 今になってみれば時々の揶揄いは、今の自分の結果を見越してのものだったのだろう。

 王の、装置としての責務を果たすことを邪魔する人じゃない。

 億が一にでもソロモンの存在が露見しかねないような真似など普通ならしない人だ。

 

 だというのにわざわざ自分とソロモンの関係に気付いている、という風に匂わせる行動を取ったのは、そうしても問題ないから。自分を“王としての残務を果たして消えるモノ”ではなく、“これからを人間として生きるソロモンだった者”と理解したからに他ならない。

 

 彼は第三特異点においてソウゴや立香を見た時にアタリをつけ、第四特異点のゲーティアの気配を察した時にこの結末を見通していたのだろう。

 だから見せたちょっとした悪戯心。ほんの僅かな関わり、王ではないダビデと、人間になったソロモンという少しズレた、しかし本来の彼らには持ち得ない他愛無い時間だった。

 

 その程度の距離感で済ませ、きっぱり終わらせる辺りもあの王らしい。

 

「………………」

 

 何とも言えない表情を浮かべるロマニをじいと見る祈荒。そんな彼女の背後の壁に寄り掛かり背中越しに観察しつつ、渡されたコーヒーに口をつけるアタランテ。

 

(問題はなさそうに見えるが、さて)

 

 この警戒もどうなのだろうな、と肩を竦める。

 仮にこの女にあの怪物を連想させる部分があったとして、どうなのか。

 果たしてカルデアの連中は即座に排除だ、と騒ぐだろうか?

 

 また問題が起こったらその時はその時で、となるだけな気がする。

 何よりそっちの方が()()()だろう。

 

(あまり気にするものではない、で決着だろうな)

 

「―――フォー、フォウ」

 

 何故か祈荒の隣に座るマシュから離れ、アタランテの頭に乗っているフォウ。

 本能なのか何なのか、随分と猛っているように見える。

 

「……ところで祈荒さん」

「はい、なんでしょう?」

 

 立香が声を掛ければにこやかに振舞う殺生院祈荒。

 

 つい先日の記憶、あの淫靡で蠱惑的な魔人とはまるで別人。

 顔や体が同じでも、身に纏う雰囲気でこうも変わるものかと感心する。

 そんな感心する様子に、不思議そうに首を傾げるマシュと祈荒。

 

 咳払いして、立香は訊きたかったことを口にする。

 

「ちょっと訊きたいんだけど、セラフィックスの職員に、マッキントッシュっていう人とベックマンっていう人っていたかな? その人たちの次の職場がどんなところかって分かる?」

「マッキントッシュとベックマン、ですか。ええ、いましたよ? 副所長付きのミスター・ベックマンとはあまり関わりがありませんでしたが、マーブルさんとお話することはよくありました。

 ただ申し訳ございませんが、私以外の方たちが詳しくどこへ異動したかは存じません。彼女たちの所在を知る必要がおありでしたら、オルガマリー所長さんに直接訊いていただいた方がよろしいかと存じます。

 ……立香さんは彼女たちとお知り合いなのですか?」

「ええと。はい、まあ一応……一方的にですけど」

 

 その態度で計り知れない事情があるのだろう、と納得する祈荒。

 カルデアに来るに今まで知らなかった様々な世界の事情を知らされた。彼女は至極当然のようにそういうこともあるのだろうと受け入れ、いまここにいる。

 

 ならば立香からの要領を得ない問いかけも、そのどこか曇った態度も。

 自分の与り知らないところで何かがあったのだ、と飲み込むだけだ。

 

「―――私は魔術やそういった事情に精通してはいませんが、だからこそ話しやすいこともあるでしょう。立香さんであれば、男性のロマニさんより同性の私の方が相談しやすい悩みというのもありましょう。

 あちらではセラピストとしての活動が主でしたので、聴く事にはそれなりに長けていると思います。何かありましたら是非、私を訊ねて下さいませ。いいえ、そうでなくともせっかく同じ施設にいるのです。時間が余っているようでしたら、何でもないお話でもしに来て頂けたら幸いです」

「えっと……はい、そのうちに」

 

 困惑している立香にくすくす笑い、祈荒は優しげに微笑んでみせる。

 

「はは、別に医務室に籠るのが仕事ってわけじゃないからね。必要な事態が起きていなければ基本的に医務室にはボクが詰めているし。

 ガールズトークをするなら、普通に食堂や娯楽室でのんびりやってくれてもいいんだよ?」

「では先輩、まずは祈荒さんにカルデア内の各施設を見て頂きましょうか」

「そうだね。祈荒さんはこういう部屋があったら知りたい、みたいなのある?」

 

 カルデアはそれなりに広く、娯楽室を始め趣味的な部屋も少なくない。

 そちらを使えばいくらでも話は弾ませられるだろう。

 

 マシュと立香の言葉に僅かに表情を呆けさせた祈荒。

 彼女は数秒だけ口を閉じ、視線を外して少し恥じらいながら言葉を紡ぐ。

 

「……では、本がある部屋など。データベースとしてではなく、紙の本が閲覧できる部屋はありますでしょうか? よろしければ蔵書を検めさせて頂ければ……」

「本? 結構あるよね、ここ」

「はい。昨今はジャンヌ・オルタさんがプライベートスペースと化している感がありますが、わたしもよく利用しています。前所長の意向で蔵書は専門書から児童書までかなりのもの、と思っています」

 

 それを聞いた祈荒が視線を彷徨わせ、しかし嬉しそうな様子を見せた。

 あまり予想しなかった反応に立香とマシュは軽く目を見合わせる。

 が、すぐさま調子を取り戻して彼女に声をかけるマシュ。

 

「祈荒さんはどのような本がご趣味なのですか? よければ今から一緒に探すのをお手伝いします」

「ええと、その……『人魚姫』、などが特に。幼い頃からの愛書でして、恥ずかしながら今でもたまに目を通したくなってしまうのです」

「『人魚姫』! (ハンス)(クリスチャン)・アンデルセン氏の書いた作品ですね! わたしも彼の童話はとても好きで……人理焼却中の特異点で出会ったアンデルセンさんの性格は、少々イメージと違いましたが……!」

 

 嬉しげに、しかし何とも言い難いと。

 本と著者を両方思い浮かべ、絶妙に奇妙な表情と声色になるマシュ。

 器用なのか不器用なのか分からないそんな珍妙さ。

 

 だがそれも気にかからないと、祈荒は驚きと憧れのような感情を顔に浮かべていた。

 

「著者本人に? サーヴァント、というものに関してはある程度説明を受けましたが、なるほど。そういうこともありえるのですね……その、よろしければ作者様の人となりがどうであったか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「いえ、その……はい。聞きたいとおっしゃるならば、この不肖マシュ・キリエライト。どうにか祈荒さんの中のアンデルセンさんの評価が落ちないよう、ギリギリまで取り繕ったお話をさせて頂きます!」

「まあ、そんなに覚悟が必要なお話なのですね……」

 

 そうして盛り上がりかかるアンデルセンという男の話。

 そんな光景を我関せずと後ろで見ているアタランテ。

 彼女が小さく耳を揺らし、医務室のドアの方へと視線を向けた。

 

 数秒後、駆動音を立てて開く横開きの自動ドア。

 来訪者はそこで足を止めて、開いたドアを軽く指でノックしてみせる。

 

「失礼します」

 

 姿を現したのは長身と、それに匹敵する菫色の長髪を持つ女性。

 扉を叩いた手を戻し、その指で軽く眼鏡の蔓を撫でる所作。

 流れるようにしなやかな動作なのに、どこか堅く軋んで見える。

 

(―――近いのは清姫? なんとなく、蛇みたいな)

 

 その力は知っている。

 何度かSE.RA.PHにて交戦し、魔眼(id_es)“クラックアイス”に阻まれてきた。

 戦闘はほぼ見れていなかったから、今ようやく気付いたのだが。

 どこか見知った動き―――雰囲気を持つ女性であった。

 

 彼女の名はヴァイオレット。

 純潔のアルターエゴ、サクラファイブのひとり。

 

「藤丸立香、BBとダ・ヴィンチがアナタを呼んでいます。礼装の調整に関する話なので本人の試着が必要、とのことです。申し訳ありませんがダ・ヴィンチの工房へ足を運んでください」

「あ、うん。ヴァイオレット、でいいんだよね? これからよろしくね」

 

 挨拶されたことに奇妙な顔。

 だがその表情をすぐさま引っ込め、彼女は軽く会釈をしてみせた。

 

「ええ、こちらこそ。私とカズラドロップはほぼ常にシャルル・パトリキウスの制御に回っていますので、あまり顔を合わせることもないでしょうが」

 

 そこでふと、ヴァイオレットが視線を下げてベッドを見る。

 寝込んだイリヤ―――と、何故か寝ている少女を映像で録画している魔法のステッキ。

 

 祈荒相手などより即座の戦闘態勢を見せるのはアタランテ。

 別に少女を見たわけじゃない、とヴァイオレットは肩を竦めて視線を外す。

 そうして軽く眼鏡の位置を直しつつ、アタランテに顔を向けた。

 

「彼女の持つクラスカードというものに目を引かれただけですのでどうぞお気になさらず。

 ハイ・サーヴァントである私には、三柱の女神の神核が組み込まれています。その中の一柱が怪物に至る以前の女神メドゥーサ。彼女の持つライダーのカードに秘められた霊基と同じものでしたので、少々興味を惹かれただけです」

 

 言うだけ言って、ヴァイオレットはそのまま退室していった。

 妙に言い訳染みていたと思うが、嘘というわけでもないのだろう。

 

 そして彼女の告白が事実ならば、あの“クラックアイス”はメドゥーサの石化の魔眼が派生したスキルなのだろう。今更ながらにそんなことを知って、感心する立香。

 と、そんなことより言われたことを思い出し、立香は立ち上がる。

 

「ごめん、マシュ。私はダ・ヴィンチちゃんのとこに行ってくるから、祈荒さんのカルデア案内はお願いね。アタランテも」

「はい、先輩。祈荒さんへのカルデア・プレゼンテーション。このマシュ・キリエライト、確かに受令しました!」

 

 気合を入れるマシュ。それを微笑ましげに見つめる祈荒と、苦笑するロマニ。

 後ろで呆れた風に肩を竦めるアタランテ。

 

 そんな彼女たちに手を振って、立香はダ・ヴィンチちゃんの工房へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 そうして辿り着いた先で、立香は工房の入口で立ち尽くすカルナを見た。

 ゆるりと立つその姿から覇気は感じない。

 が、見る人が見れば恐らく一切隙の無い姿勢だったりするのだろう。

 

「カルナ、そこでなにやってるの?」

「門番だ。が、既に決着はついているので気に掛ける必要はない」

 

 問いかける立香に対し、涼やかにそう答える男。

 一体何があって、何の決着がついたのか。

 不思議そうに首を傾げる立香に対し、彼は肩を竦めた。

 

 と、僅かに目を細めてカルナは立香の顔を見る。

 

「随分と神経を張りつめているようだな」

「……そう見える?」

「ああ」

 

 そっか、と。煮え切らない声で相槌を打つ立香。

 

 彼女の態度を見て、ぼんやりと視線を天井まで持ち上げ顎に手を添える男。

 どうにも何かに悩むような所作。

 首を傾げる立香に対して、彼は至極真面目に自身の悩みを告白した。

 

「……いや、オレが口に出すべきことかどうか悩んでいただけだ。お前が調子を崩した原因など考えるまでもないが、指摘するにしても他に適任がいるだろうとな」

「私が調子を崩した、原因?」

 

 情けない、とは思うが果たして調子を崩していたのか。

 

 自分は他のマスターと違って自衛すら危うい。サーヴァントに引けを取らない仮面ライダーは別としても、サーヴァントどころかちょっとした魔獣相手にさえ逃げしか打てないのは彼女だけ。

 そういうものだと理解しているが、彼にはそれが自分の悩みに見えたのだろうか。それほどのことじゃない、と口にしようとして。

 

「他のマスターと違い戦う力が無いという事実など些末なことだ。お前はいま、自分がどうして立っているのかが分からないだけだろう」

「どうして、立ってるのか……?」

 

 自分が考えていたことと違うことに対し、言及された。

 カルナはそこで口を閉ざし、黙り込む。

 気にせず工房に入ればいいとでも言いたげな態度だが、立香は完全に足を止めた。

 このまま気にせず横を通る、なんてできやしない。

 その返答を確かめてから、カルナは素直に話の続きを始めた。

 

「……お前たちの戦い、一通りの情報は閲覧させてもらった。オレのお前に対する理解はその程度であり、かつあくまで私見でしかない考察だ。それでもいいと言うなら口にしよう。

 ―――お前の旅の始まりにはマシュ・キリエライト、常磐ソウゴの両名が隣にいた。その中でお前が自分自身に課した進むべきだという意志の根幹は、マシュ・キリエライトに護られること。そして、常磐ソウゴの隣に同道することだった。違うか?」

 

 きっと、最初は三人揃って弱かったのだ。強い部分はあったかもしれないが、なんだかんだ支え合わなきゃ崩れてしまいそうな弱さがあった。でも、今は違う。

 

「戦いの末、その二人はこれから生きるに辺りお前たちの始まりから()()()()を踏み出した。お前は自分だけそれができていないのではないか、と考えているのだろう」

 

 自分の考えに埋没する暇も与えず、淡々とカルナが語る。

 マシュは変わった。ソウゴも変わった。

 

 でも、立香は変わってない。

 どんな時でもマシュたちのために変わらない自分で在り続けよう、と。

 そう思ってそう律してきた彼女は、そもそも変化を求めなかった。

 

 マシュの成長を、ソウゴの王道を。

 思うままに歩む者たちを見届けよう、と選択した彼女は変わる必要がない。

 あるいは、視点が狂わないように変わってはいけない。

 

「―――それって」

 

 どうやったら解決するのだろう、と口には出さなかった。

 問われないのであれば、カルナは答えを返さない。

 

 そもそも別に問題があるわけじゃない。

 人は必ずしも大きく変わらなければいけないわけじゃない。

 当たり前のことをただ当たり前として生きて、死ぬ。

 そこに一体何の問題があるというのか。

 

 特殊な環境で育ったわけでもない。大それた夢を抱くわけでもない。

 それはけして悪い事ではないのだから。

 

 足を止め、僅かに視線を下に向ける少女。

 その様子を前にして、カルナは答えではないことを口にした。

 

「……自分で言うのも恥じ入るべきことではあるが……オレの口から出る言葉では、お前のためになる金言としての価値は期待できん。

 お前が自分自身の裡に正しく響く答えを得ようとし、何某かに助言求めるのであれば……恐らくは、あの尼僧に打ち明けた方がよほど巧みな解決が見込めるだろう。一度獣として敵対した相手を頼ることを心理的に許容できるのであれば、だが」

 

 まあそこは問題ないだろう、と瞑目するカルナ。

 獣であった者でも今大丈夫ならば、それを頼れてしまうのが藤丸立香である。

 その精神性こそが横に並ぶ()()とのズレを引き起こすのだが。

 

「祈荒さんに……か。うん、ありがとう。ちょっと考えてみるね」

「礼には及ばん。いや、むしろこちらが謝罪するべきか。要するにオレはわざわざお前の悩みに言及しておきながら、それを晴らす言葉を持たないと白状しただけなのだからな。

 ―――さて、ダ・ヴィンチはともかくそろそろBBが痺れを切らすだろう。今の話はとりあえず忘れて、中に入るといい」

「うん」

 

 促されるままにダ・ヴィンチちゃんの工房に入る。

 カルナは中を覗くこともなく、廊下に立ち続けていた。

 扉が閉まれば見えなくなる彼の姿。

 

 中に入ったら真っ先に目に入ってくるのは吊るされた服。

 それを取り囲むように無数のロボットアームがうぃんうぃんと動いていた。

 おおよそ服飾関係に関する相談の場とは思えない。

 

 立香の入室を見て、ダ・ヴィンチちゃんが手を止める。

 その手がガチャガチャと動かしていたレバーは一体何なのだろう。

 同時に服を見つめていたBBもこちらを向いていた。

 

「やあ、わざわざ来てもらって悪いね!」

「もう遅いじゃないですかセンパイ。てっきりキアラさんに食べられちゃったのかと」

「確かに祈荒さんたちと医務室でお菓子食べてたけど」

 

 その返しに宣戦布告を感じたのか、BBがムムムと表情を顰める。

 

 そんな彼女から視線を外し、謎の改造を受けている礼装を見る。新宿の戦いまで使用していた、オレンジを基調とした戦闘用ボディスーツだ。

 今までは防御力も鑑み、これを着て、その上から通常の制服である礼装を重ね着していたものだが。新宿の決戦において負荷限界を突破し、使い物にならなくなってしまった。

 

「この礼装を直して……改造するの?」

「いや、新造だよ。そっちの方が結果的に安上がりだしね」

 

 じゃあ何でこんな光景に、と。

 そんなことを思った立香に対し、BBが呆れながら注釈をくれる。

 

「これを着たセンパイが動く時、礼装のどの箇所にどの程度の負荷をかけてきたか、というデータの吸い出し中です。量産品ではなくオーダーメイドなんですから、とことんセンパイ用に突き詰めたいのが人情というものでしょう?」

「わあ、時間かかりそう……」

 

 ほう、と息を吐く立香。

 自分のための装備なのだから勿論とことん付き合うけれど。

 

「まあね、流石にすぐには出来ないさ。新しい試みが色々とあるから、その辺りに慣れてもらうことも含めて、これから数日はデータ取りに協力してもらうことになるよ」

「うん、大丈夫だよ」

「というわけで、とりあえずセンパイはこちらにお着替えしてくださいね」

 

 ひょいと振るわれる教鞭。

 BBのその動作の直後、立香の頭の上から降ってくる一着の服装。

 ふぁさりと頭に被さってくる布に目を瞬かせつつ、彼女はそれを手に取り広げた。

 

「……セーラー服?」

 

 渡されたのは紺色のセーラー服。振れた感触は普通の服であるが、これも礼装だろう。しかしそれがなぜセーラー服なのか。まあ、奇抜なのよりよほどいいが。

 それはさておき、触れていると感じること。この礼装は今着ているものに比べると、どうにも完成度で劣っていそうだった。ある種の経験則か、無理をさせたらすぐに焼け付いてしまいそうだと思う。

 

「……まああくまでデータを取るために使う試作品だからね。デザインにこだわる時間は極力減らすつもりだったから……」

 

 立香の無言の感想に反応し、ダ・ヴィンチちゃんはそう言った。

 酷く悔しそうなのは強度ではなくデザインの話だろう。

 デザインは気にしない、ではなくかける時間は極力減らすなのが彼女らしいというか。

 多少の妥協なら許そうとする辺り、むしろ彼女らしくないと思うのが正しいのか。

 

「いいじゃないですか、セーラー服。月の海攻略に相応しい報酬だとBBちゃんからの太鼓判です。あ、それとも布面積をギリギリまで攻めた危ない水着の方がよかったですか? だとしたらすぐに手直ししてさしあげますけど」

「ちょっと待った。水着に変える、というなら私も全力で口を出すからね?」

 

 セーラー服のデザインは既存のものを流用。BBがどこかから持ってきた、出来合いのデータそのままを使用したのだ。それはセーラー服だからこそ奇抜な改変など必要ない、と認めたからと言える。

 だがそもそものデザインを水着に切り替えるならば、もうデザインをするところから始め直すのが自明の理。セーラー服と同じ理由でスクール水着でも選ばれない限り、ダ・ヴィンチちゃんは戦争してでもそこを譲る気が一切なかった。

 

「ところで水着にしたとして、それって防御力とか大丈夫なの?」

 

 デザインはまあさておき、と至極真面目に問いかける立香。

 露出する肌面積は少ない方がいい、羞恥とかそういう話ではなく防御面での話だ。彼女がセーラー服を手に取ってまず初めに感じたことは、普段の制服にはあるタイツがセーラー服の方にはないことによる脚が守られるかどうかの不安である。

 

 と、そこでいいことを思いついたとばかりにハッとする。

 立香はそのままBBへと視線を向けた。

 

「そう、そうだよ。むしろ新しい礼装は水着なり下着なりにしてもらって、この礼装の下に着た方が便利じゃない?」

「わたし、せっかく揶揄ってやろうと仕掛けてる会話を、真面目な方向にスピンドリフトさせようとするそういうセンパイの発想力嫌いでーす」

 

 実際戦闘スーツはそうして重ね着していた。

 流石にあの格好で現代日本の日常生活を送るのは無理があったし。

 変に新しくするより、そっちの方が安心感があるのでは?

 

「それはそれで非効率なのさ、できないとは言わないけれどね。わざわざ二着に分割するより、きっちりと一着に詰め込んだ方が効率的だ。差し迫った緊急時でもないことだし、完全新作をお披露目するよ。

 強度に関しても心配しなくてもいいさ。デザイン上は肌を露出しているように見えても、ちゃんとそこを保護するための結界は作動するようになるからね!」

「―――それで、その一着のみで運用する衣装のデザインですけど。水着か下着で肌色マシマシ露出強、ということでよろしいですか、セ・ン・パ・イ?」

 

 にやにやと見つめてくるBB。

 そんな服装で活動するなんて恥ずかしい真似ができるのか、と言いたげな。

 それに言葉を返す前に、立香は少し驚いてじいとBBを見つめてしまう。

 

「……なんですか、急に無言でわたしを見つめだして。その、は、反省したのならもういいですけど? ご心配なく、しょうがなく、ちゃんと普段使いに堪えるデザイン性は保証してあげますけど……」

 

(下着を見せることが恥ずかしいことだって思ってたんだ、BB)

 

 立香の様子にどもるBB。彼女を眺めつつ、立香が何とも言えない表情を見せた。

 

 BB自身の服装は、短すぎるスカートで下着が常に見えている。

 だというのに、それを恥ずかしいことだと思う羞恥心を持っていたとは。

 もちろん人の趣味はそれぞれなので、言及はしないが。

 

 今でこそウェディングドレスだが、ネロも最初こういう系の服装だった。前方がシースルーになっているスカートで丸見えだったのだ。彼女の場合は99%の自信とほんの少しの恥じらいで自分の美がより引き立つ、くらい言ってのける皇帝だったので、そういうものかという感じだったが。いやはや何とも。

 

 そういうのが趣味の人もいるだろう。そういうのに羞恥を抱く人もいるだろう。

 羞恥を覚えながらもそんなお洒落をしてしまう人もいるだろう。

 お洒落とそこに抱く感情は人それぞれ。

 それを検めて認識して、立香は特に彼女を追求せず流すことにした。

 

(そういえばメルトリリスとかもっと凄い格好だもんね。もしかしたら、BBの服のセンスとか一番強く引き継いだのがメルトリリスなのかも)

 

 やっぱり親子みたいなものなのだなと微笑み、立香はセーラー服を軽く広げた。

 

「じゃあとりあえず着替えちゃうね」

「うん、よろしくね」

「……ちょっと待ってください、なんか今の顔すごく腹が立つんですけど?」

 

 BBをスルーしつつ、着替えるために工房の奥のスペースを借りる。

 この空間には女性しかいないが、そこはそれ。

 マナーとして引っ込んでから着替えるべきで―――

 

「……?」

 

 ふらりとくる。着ていた礼装を脱ぎ、セーラー服に袖を通して。

 そうしてやはり、今までに比べて頼りないかも? なんて。

 そんな考えをしている内に、視界が揺れ動き出す。

 

 二、三日徹夜した後に何もやることがなくなってぼうっとし始めた瞬間みたい。

 堅牢だった意識を保つための防波堤が、ビスケットのように砕け散る。

 そうなれば当然、意識を暗闇に押し流すために一気に雪崩れ込んでくる睡魔。

 

「お母様!! なんか、なんか変です!! ぐわーってします!!」

 

 意識の外で唐突に巨人が顔を出し、放つ爆発するように轟く声。それほどの現象が棚のひとつふたつ隔てて放たれているというのに、ただただ耳から遠い。

 こんな異常、絶対にただ疲れが出て眠くなったとかじゃない。

 

 いったい、なんなのだろう、これは。

 すごく、まずい気がする。

 

 ダ・ヴィンチちゃんとBBに向け声を出そうとする。

 即座に無理だと理解し、へなへなと足元から崩れ落ちて。

 横倒しになりそうになった体が、壁に寄り掛かった。

 

 寄り掛かったのは何もない壁のはず。

 なのに、体重をかけた壁が扉が軋むようにキィと啼く。

 僅かにずれて見えるようになった、そこから先。

 

 腕が動かない、脚が動かない、頭が回らない。

 何かを認識する余裕などどこにもない。

 ただ眠りに落ちていく意識が最後に、向こうから響く何者かの声を聞いた気がした。

 

 ―――フフフ、ンフフフ……!

 

 

 




 
 一体どこのキャスター・誰ンボ。美しき肉食獣こと異星の使徒、誰屋道満の仕業なんだ…

誰デルセン「ハ!この状況で誰が二度と呼ばれてやるものか!」
 
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