Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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輪唱・パラレルドリフト2008

 

 

 

 廊下を歩く二人。

 そうして主の背を見ていた黒ウォズは、軽く眉を上げつつ問いかける。

 

「それで、どうするつもりだい我が魔王?」

「とりあえず前みたいにウィザードの力で……」

「チャレンジするのは止めないが、それは無理だ。

 前回のは幽閉、今回の件は誘拐。そもそもの状況が違う。ウィザードの力では潜れないだろう」

 

 肩を竦める黒ウォズ。彼の言葉に反応し、足を止めて振り返るソウゴ。

 

「じゃあ黒ウォズに連れて行ってもらう?」

「それも無理だ。私も藤丸立香の位置は把握していない」

 

 きっぱりと断言する従者。

 それおかしくない、と言おうとして。しかし彼の表情を見て、ソウゴは口を噤んだ。

 その反応に深々と頷いて、黒ウォズは続けた。

 

「まあ普通なら見失わないし、見つけようと思えば見つけられる。ほぼね」

「……少しくらいなら見失う可能性がある?」

 

 言葉ではなく表情で肯定する黒ウォズ。

 そこまで言われれば分かる。

 可能性があるなら引き込める者ならば、その隠匿を成立させられる。

 

「―――白ウォズ……」

「だろうね」

 

 幾つもの勢力と思惑が絡んでいるのだろう。

 その中に、確かに白ウォズの影も含まれている。

 彼の未来ノートならば、黒ウォズの視点を誤魔化せるのだから。

 

 それを理解して、表情を厳しくするソウゴ。

 そんな王の様子を見て、目を細くする黒ウォズ。

 

(ギンガはともかく、キカイは明らかに我が魔王を起点として出現した……ならば、他の未知のライダーも同じように出現させようと考えるのは普通か。だとすれば今回の白ウォズの動き……)

 

 SE.RA.PHの攻略のためにソウゴが無意識に行使した時の王者としての力。

 彼は現状に()()()()()()()()

 自分の手が届かない救いたいものが在る場合、彼の王としての力は発現する。

 

(藤丸立香を我が魔王がどうにも干渉できない場で追い詰めることで、状況を覆すために彼女を救うための()()を時空を歪めてその場に呼び込ませる。恐らくはそれが白ウォズの狙い)

 

 数秒瞑目し、ソウゴは踵を返して歩いて行く。

 自分だけでは干渉できないとしても、準備は整えなくてはならない。

 今カルデアが総力をもって立香を救う手段を模索している。

 ならば彼はその時に備え、完璧な状態でレイシフトの瞬間を待つ。

 

 歩いて行く王の背中を見送り、黒ウォズは脇に抱えた『逢魔降臨暦』を軽く指で叩いた。

 

 

 

 

 

 着々と進んでいく立香のための支度。医務室に置かれた人員はロマニと祈荒、単純に手が増えたことにより、それは今までより手早く行われる。 

 最後に立香に頑として纏わりつく清姫を添えて、観測、調査、生命維持、全てが恙無く実行できる状況は完成した。

 

「ムムムムム……!」

「ど、どうなのルビー?」

 

 そんな中、医務室を飛び回りつつ、頭頂部からアンテナを生やし、みょんみょんと怪電波を発する魔法のステッキ。この奇行は言うまでも無くルビー以外にあり得ず、そんな相棒を気にしつつ、イリヤスフィールはベッドに寝かされた立香を見た。

 

 サファイアも同じような状態で、立香の側でアンテナを生やしている。

 そんな彼女たちが、一頻り作業を終えたのか顔を見合わせるようにした。

 

「―――この魔力の残滓。恐らく立香様は単純な特異点へのレイシフトしたのではなく、並行世界へと引き込まれたものと思われます」

 

 平坦な口調ながら驚愕の声。

 サファイアの言葉に反応して、美遊は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 

「いくら精神のみとはいえ、そんな簡単に並行世界へなんて……」

 

 だが発言者はよりにもよって魔法のステッキ。

 第二の魔法使い。並行世界の運営を行う“万華鏡(カレイドスコープ)”、キシュア・ゼルレッチの秘宝たる魔術礼装がそう言っているのだ。これでは疑う余地がないだろう。

 

「ですがちょーっと、おかしなことになっていますね」

「おかしいって何が……?」

「うーん、どう説明したものやら。並行世界には違いないですが、現時点で並行世界と呼ぶには相応しくない感じがするというか」

 

 ぐにゃぐにゃと持ち手をうねらせるルビー。

 彼女のセリフに同意なのか、サファイアもどこか様子がおかしいように見える。

 

「―――少なくとも私たちが逆探知した結果、辿り着いたのは既に()()()()()()()でした」

「滅びてる……って! それってリツカさんが!」

「ていっ!」

 

 よく分からないが、そんな場所に引き込まれたなら立香も無事では済まないのでは。その心配で顔を青くするイリヤに、ルビーは落ち着かせるためにチョップを打ち込んだ。突然の強襲に被弾した頭を押さえ、涙目で蹲るイリヤ。

 危険なのは考えるまでもないが、肉体が無事である以上まだ無事だ。まだ、だが。

 

「滅びている、というのは比喩になりますが……いわゆる剪定事象。未来が無いと判断され、宇宙から観測を打ち切られた並行世界だったもののひとつ、ということです。

 つまり立香様の精神が連れていかれたのは、今この時代と同じ時間軸まで運営を行えず、無かったことになった世界となるわけです」

「宇宙のルールについてはさておき、とにかく問題は()()です。誘拐先が並行世界なのは分かりました。本来ならそこで詰みです。が、カルデア単体では無理でも、私たちとBBさんの協力があれば並行世界へのレイシフトは一応可能でしょう。そこで、どの時代へ? ということになるわけです」

 

 説明を受け、美遊が酷く苦々しい顔をしてサファイアを見つめた。

 

「時代は……分からないの?」

「残念ながら……恐らくは何らかの結界で、こちらに情報を悟らせないようにしていると思われます」

「む、向こうからはこっちに何かしてきて、リツカさんを誘拐できたのに!?」

 

 それは幾らなんでも不公平だろうと、敢然と立ち上がるイリヤ。

 同意の意志を見せ、ルビーが羽飾りを腕組みするように絡ませた。

 

「ええ、まったくです。どうやって繋げたかがまったく分からない。剪定事象の世界から干渉されたのはまだしも、既に観測されなくなった実在しない時間からの接触。不可解極まります」

「そこには恐らく呪術が絡もう。思い出深いような、そうでもないような、狼気分で毛繕いするカラスのような……しかしどうあれ、本来であればこの業では届くまい。()()()()()()()()()()()()()()()()が。道を作ったのは別物だろうとアタシは考える」

 

 グッモーニン、ベッドメイクはメイドの嗜み。寝かせるご主人兼患者には最高の寝心地を。作業はてきぱきと淀みなく。真っ白なシーツで快眠環境を整え、タマモキャットは立香を寝床へと導いた。

 そうする中で清姫を邪魔そうに退けつつ、立香の容態を見て口にするタマモキャット。

 

「…………」

 

 それを壁際で聞きつつ無言のBB。トラブル敏感体質のセンパイが間を置かず問題に巻き込まれたのはいいとしよう。だが今回、相手が手を差し込んだ()は彼女の着替えだった。単純に、より性能の高いカルデア礼装から、間に合わせの月海原制服礼装へ着替えた瞬間を狙われたのだ。

 礼装の出力から言って、着替えを行わなければその時点で呪術は弾けた可能性もある。これはもう、あれだ。よりにもよってBB謹製の思い出深い制服に対してこれは、もはやBBに対する直接的なテロリズムである。

 

 そんな沸々と滾るBBをちらりと見つつ。

 呪術に造詣の深いケモノの評を聞き、モリアーティが虚空を見上げた。

 そこで彼はそのままBBへと問いかける。

 

「―――BB。キングプロテアが事態の直前に反応を示した、というのは?」

「確かに突然騒ぎ出しましたね。ちょっと遅かったですけれど」

 

 キングプロテアは再び虚数空間。先程感じた違和感はもう感じていない。

 彼女はアルターエゴであり、アナザーディケイド。並行世界へ渡るだけの能力を持つ、が。そうなるために同時に引き出されたティアマトの性質から、()()()()()()から離れることができない。

 キングプロテアの進行方向、彼女のコンパスは常に自分のいるべき場所を目指す。BBたちがよほど上手く誘導できれば別だが、残念ながら先の会話の通り誘導するべき時代が分からない。

 そしてもしそれが最初から分かっているならば、そもそもプロテアを送り込むなんて不確かな行為より、素直にレイシフトを実行した方が確実だ。

 

 普段はやけにハイテンションだというのに、今回ばかりは声色が静か。立香を持っていかれたこと、出し抜かれたこと、何よりあの制服を()と扱われたこと。主に最後のそれに感情を刺激されて、万能小悪魔AIは苛立ちらしきものを隠すために調子を抑え込む。

 

 そんな機械的な反応に対し、鷹揚に頷いてモリアーティは結論にまで至る。

 そうして魔法のステッキの方へと向き直った。

 

「―――ちなみにだが」

 

 顎に手を当てていたモリアーティがルビーへと問いかける。

 質問を待つ彼女に対して、彼の質問は簡潔で明確だった。

 

「それは存在しない西暦2008年からの干渉?」

「―――その通りです。何かご存知なのですか?」

 

 答えたのはサファイアで、彼女は何か知っていそうな男に詰め寄らんとする。

 その意気に応えるが如く、ルビーはルビーで自白剤の準備を開始した。

 

 カルデアへの干渉は現存しない並行世界の西暦2008年。その時代を迎えるより遥か前に剪定されたはずの、存在しない世界。

 こちらに干渉してきた並行世界は確かに発見できた。なのに、逆探知してみればもう現存していないのである。遥か前に存在していたのは事実だが、過去に剪定されていたという事実のみを魔法の杖は拾い上げた。では一体、結局どこからの攻撃だったというのか。

 

 別にそんなことしなくてもちゃんと言う、ホームズじゃあるまいし。

 そんな表情でモリアーティは眉間に指を移し、口を開いた。

 

「では道を作ったのはアナザーライダーだろう、今回の敵はアナザーキバでほぼ確定だネ。呪術師とやらの正体は分からないが、そのつもりで話を進めようか」

 

 断言する。あまりにもあっさりと。

 そんな彼に対して、美遊は酷く不審げな顔を見せた。

 

「どうしてそう言い切れるんですか」

「順番だヨ。私の持つ仮面ライダーの知識は大したものではないが、順番くらいはもちろん把握している。そして()()()()()()()()()()()。数多の並行世界を旅する仮面ライダーであるディケイドだが、その旅の始まりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「……なるほど、アナザーキバのいる世界とアナザーディケイドのいる世界で、ホットラインを繋いだわけですね。プロテアさんの存在を逆手に取られた、と」

 

 ディケイドの始まりは、キバとの邂逅。九つの並行世界が融合し、全てが消滅しようとしている状況だった。仮面ライダーディケイド、門矢士はそこで仮面ライダーキバである者と言葉を交わし、己の使命を認識し、世界を救うために世界を破壊する旅に踏み出した。

 

 だから、()()()()()()()。本来交わらない並行世界であるが、それぞれの世界にキバとディケイドが存在することで世界を越えて旅立つための道ができてしまった。

 そこを通じ、立香は何者かに引き込まれてしまった、というわけだろう。

 

「その理屈であれば、逆にこちらから道を作れるのでは?」

「こんな理屈無しでも、アナザーディケイドならば道は作れるだろう。キングプロテアがその力を使いこなせるのであれば、だがネ」

 

 医務室の壁近くに怪物の頭が生えてきて、しゅんとした。

 その威容を見て祈荒がまあ、と驚くように口に手を当て―――しかし、すぐに気を取り直し、彼女は落ち込んだ怪物を慰めるようにその顔を軽く撫でてみせる。

 

 あらゆる地母神の神性を有するハイ・サーヴァントであるキングプロテアは、ティアマト神の神性も有するが故にティアマト神へと通じ、アナザーディケイドと化した。だからこそ、アナザーディケイドである限り、キングプロテアは自分の中のティアマトの声を無視できない。

 

 彼女は渇愛のアルターエゴ、キングプロテア。

 引き出した性質は回帰の人類悪、原初の女神ティアマト。

 

 だがディケイドは旅人。自分のいる場所が自分の居場所の、どこまでいっても旅立つ者。故に彼女とアナザーディケイドは相性が噛み合わず、旅人ならぬ怪獣としての力のみが奮われる。

 

 こちらにはアナザーディケイドがいる。あちらにはアナザーキバがいる。

 だから繋げることができた。先など無い筈の剪定事象の中、2008年というキバの存在した時代を逆説的に保証するアナザーキバを経由し、アナザーディケイドが存在するカルデアにまでアクセスしてきたのだ。

 

 その事態に納得ができたのか、美遊が小さく唇を噛んだ。

 

「―――理解を得られたようで何よりだ。そしてこの前提となる条件付けによって、我々には判断しようがなかった更なるヒントが得られるわけだ」

 

 頭の上に?マークを飛ばすイリヤ。

 彼女は早々に思考をカットし、美遊の方へと振り返る。

 

「……彼の言う通りなら、キバとディケイドが接触したのは()()()()()()()()。だとすれば、この干渉を成功させるため、アナザーキバは特定の時代にいなきゃいけないことになる。

 サファイアたちが観測した既に剪定された世界。その世界が剪定される直前の時期、()()()()()()()()()。立香さんを引き込むために、アナザーキバはそこにいなければいけない」

 

 世界の終わりがディケイドの始まりであり、キバとの邂逅。であるからこそ、キバとディケイドの交錯を利用したこれは、世界の終わりでなければ機能しない。

 行先が既に終わった世界だったというなら、後は簡単だ。その世界が終わる直前こそが、目的とするべき時代になるのだから。

 

「あの世界が剪定された時代、ですか。何を原因として剪定されたかも分からない以上、とにかく時代を遡って調査していくしかないですけれど……」

「―――調査はシャルル・パトリキウスからしましょう。ルビーさんとサファイアさんで剪定された並行世界を観測しつつ、その並行世界の時間軸を遡る形でシバを走らせて、カルデアスによる文明の灯りの探査を行います。演算はわたしとヴァイオレット主体でやりますので、お構いなく」

「ちょっと待った。シバを使うなら、管制室からの方が……!」

 

 声を上げたロマニを手で遮り、BBはなおさら平坦な声で続けた。

 

「そっちはそっちでレイシフトの準備を進めてください。現状で連れていけるサーヴァントは恐らく魔法少女チームだけですよ。しかも彼女たち……ルビーさんたちをあちらに送ってしまったら負担は爆増。わたしたちはレイシフトのルートと存在証明維持で手一杯になります。

 こちらは手早くセンパイを捜索しますので、そちらも早急に連れていけそうなサーヴァントを検索して召喚するなり、最速の救出プランでも立ててください」

「サーヴァントの選別は並行世界だから、というのもあるが呪術による障壁もあると考えられる。もし無防備にレイシフト中にそこを突っ切ることになれば、弾かれるどころか爆発四散という事態もありえなくもない。

 特に相手からすれば、一人を攫って焦燥させていると理解しての仕掛けだ。馬の前にニンジンをぶら下げれば一も二も無く全速前進、軌道を読み易い全力疾走を予想できるが故、なおさら気を付けねばなるまい」

「えっと、ちなみにキャットさんが着いて来てくれたりは……?」

 

 イリヤから問われ、キャットは酷く渋い顔をした。

 確かに恐らくいるだろう呪術師に対し、専門家がいた方がいいのは間違いない。

 が、シャルル・パトリキウス所属の彼女にはそれはできない。

 まして、呪術の専門家だからこそ通れないように障壁を施されている可能性も高いだろう。

 実際に参陣するのは酷く難しいことに思えた。

 

 だがキャットの勘は言っている。犬も歩けば棒に当たる、と。

 

「……うむ、アタシがどうなるかは調査次第。下拵えを疎かにすれば、その手抜きは当然のこと結果に響こう」

「下拵え……?」

 

 やっぱり何を言っているかさっぱりわからない。

 しかしそう言って満足し、眠った立香の世話に戻ってしまうタマモキャット。

 

 状況の把握が進み、一気に動き出す医務室。その中にいて何もせず首を傾げているわけにもいかず、イリヤもまたわたわたと動き出した。

 

 

 

 

 

 誰の目も届かぬ洞穴。深く、長い、岩の通路。

 そんな静謐なはずの空間に、唸り声と共に鎖が軋む音が響く。

 洞穴の奥深くから聞こえてくる亡者のような雄叫び。

 

 それを満足げに聞きつつ、洞穴内の開けた場所にいる男は喉を鳴らした。

 

「ンンンン―――はてさて、残念ながら今はこれが精一杯といったところ。少々物足りなくはありますが、けして悪い成果ではなかったかと」

 

 妖しげに笑う男の姿はあまりに怪しかった。

 呪術師然としつつも、2mほどの巨躯。着崩した山葵色の着物から覗くは隆々とした筋肉。左右で黒と白に分かれた長髪に、ところどころ結ばれた鈴。

 正しく異様、としか言い表しようのない風格。

 

 そんな男に対し、手頃な岩に寝転んでいた者が声をかける。

 

「一応訊いときたいんだがな。カルデアをわざわざ連れてくることに何の意味があるんだ? お前の仕事にとって」

 

 岩のベッドでごろりと転がる赤いスーツ。

 全身赤色のその造形の中でより目立つのは、一部だけに使われたターコイズブルーの輝き。

 頭部を覆うバイザーと、胸にしかと刻印されたコブラを思わせるエンブレム。

 仮面ライダーのそれと類似した、しかしけして違う何者か。

 

 呪術師はその問いに驚くような表情を返し、軽く笑った。

 

「フフフ……何を仰るかと思えば。拙僧にここで与えられた仕事と言えば、この今にも失われんとする歴史に()の代替であるところの()()()が、正しく根付くか否かを確かめること。

 であれば、であれば。確かめねばならぬことはもうひとつあるでしょう? ええ、あるでしょうとも。恐らく対立するであろう()()()の存在を無視し、ただここで根付いたのは確認できたからヨシとしよう―――それでは正しく三流の仕事。拙僧、一流を志しておりますなれば……きっちりと、確認すべきことは事前に確認しておくのです」

「……そうかい。で、あのお嬢ちゃんはどうするんだ?」

 

 コブラ男に問いかけられれば、どうでもよさげな顔を見せる呪術師。

 召喚した立香は洞窟外のそこらに放り出されただろう。

 だが別にそれはそれでどうでもいいのだ。

 

 カルデアにこちらを観測させた時点で、最弱のマスターなどどうでもよろしい。

 

「そちらで必要ならば、どうぞお好きに」

「そりゃ太っ腹だが、生憎だが使い道がねえ……聞いた感じ、毒への耐性のせいでハザードレベルも上がらなそうだしな。それさえなきゃ、試しにこの世界の人間のハザードレベルがどこまで上がるか、実験のために使ってもいいんだが……」

 

 コブラ男が退屈そうにバイザーを指でこつこつと叩く。

 ハザードレベルは激減、当然本来のドライバーもトリガーも無い。やれることと言ったら、そこらで見繕った一般人を体にして、こうしてトランスチームガンを使った下っ端仕事。やれやれ悲しいね、なんて彼は大仰に掌で顔面を覆う動作をしてみせた。

 

 どちらにせよ立香に手を出す気はない。彼にとっても、スウォルツにとっても、あれに手を出すとしたら最後だ。中途半端に常磐ソウゴ(オーマジオウ)の怒りを買えば、揃って目的が遠のくだけだろう。

 

 彼らにとってカルデアやらこの世界の人理など元よりどうでもいい話。

 ただ利用できるから、ここにこうしているだけなのだから。

 なので再びごろりと岩の上で転がって、手をひらひらと振り回す。

 

「ま、ナシだな。オレはここでのんびりさせてもらうぜ」

「―――では、アレの見張りをお願い致しましょう。拙僧は他にやるべきこと山の如しですので」

「あいよー」

 

 肩を竦めながら、呪術師が影に沈んで消えていく。

 

 静かになった洞穴に響くのは、唸るような重低音。

 この洞穴に隠された、それこそ呪術師の最後の一手になる予定の備え。

 

「■■■■■■■■■■■■―――――――ッ!!!」

 

 ―――そんな道具が、唐突に吼えた。

 岩壁を震撼させる音圧。

 同時に迸る、()()()()()()()()()()

 

「おっと……?」

 

 ごろごろしていた毒蛇が世界に奔る波動を認識し、驚いた様子を見せる。

 彼は一瞬その原因を考えて。

 そして何かに気付いたように洞窟の天井を見上げた。

 

「こりゃ酷い話だ、もうゲームオーバーか?」

 

 わざわざ狩りに行く気もないが、助けに行く道理もない。

 とはいえ、流石に早すぎると興醒めな気もする。

 

 逃がしてやらなきゃいけないかね、と。

 至極どうでもよさそうに、彼は手の中でトランスチームガンをくるりと一回転させた。

 

 

 

 

 

 視界が明ける。真っ先に感じるのは草の匂い。

 緊急事態だろう、という意識が脳に浸透するまでかけた時間は五秒。

 目を覚まして、状況を検めるために、藤丸立香は行動を開始しようとした。

 

(なんか最近、連続して放り出されてるね)

 

 ビーストが関わっていたほどであるSE.RA.PHとこちらと、どちらがマシか。

 立ち上りながら、彼女は現実逃避気味に思考を回す。

 

 周囲には木々に満ちていた。

 密度はさほどではなく、枝葉の間から十分に日光は感じられる。

 空気感、というか湿度というか。風の肌触りか。

 どこか懐かしく感じるのは、ここが日本か、あるいはそれに酷似した環境なのか。

 

(日本だったらいいけど。ただ日本だったとしても、どうなってるか分からないか)

 

 どのような時代、どのような特異点かも分からない。

 果たしてセーラー服が通じる時代だろうか。

 起き上がってスカートを叩き、土埃を払いながら小さく溜め息。

 

 とにかく森の中でじっとしていても始まらない。

 どの方向が人里に通じるかすら分からないが、とにかく歩いて―――

 

 ザワリ、と。彼女が一歩踏み出した瞬間に世界が変わる。

 何かが響き、染み渡っていくように。

 瞬く間に世界の色がつい一秒前とは違うものへと変えられていく。

 

 太陽の高さから言って、真昼間だった筈の今。

 それが一瞬の内に、夜に塗り替えられていた。

 

「夜に……!?」

 

 まずい、と思った。昼が夜に変わったことがじゃない。その現象が広がっていく過程を直に感じて、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()

 この辺りのどこかから、この昼夜逆転現象が周囲に広がっていったと感じられたことがまずい。自分はまったくの無防備のままに、何らかの真相の近くに落ちていたのだ。

 

 選択肢は二つ、逃げると隠れる。森の中だ、人が一人潜む場所など掃いて捨てるほどあるだろう。が、身を隠す魔術でも覚えているならまだしも、隠れてやり過ごせる余裕があるとも思えない。

 逃げ一択。だがどこへ、自分は地理すら把握していないのに。

 

 ―――と。

 懐に感じた感覚に従い、それを引っ張り出して投げる。

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

 変形し、飛翔していくタカウォッチロイド。夜闇を切り裂き、舞い上がっていく赤い姿。上空から進むべき方向を見定めるにはうってつけだ。

 着替えたところまでは覚えていたが、果たして元の服から持ち替えていたっけな、と。曖昧な意識に悩みつつ、とにかく助かっているんだから今はどうでもいいと切り捨てる。

 とにかく開けた場所へと通じる方向を確かめて―――

 

 瞬間、空高く夜の闇に咲く火花。

 舞い上がった鳥が、それを追い跳躍した獣に捉えられていた。

 

「―――――!」

 

 月光を浴びる青い体。紅く眼を輝かせた人型の狼。

 それは空中でタカウォッチに噛み付き、軋らせた牙で大量の火花を散らす。

 

 余りにも対応が速いことに一瞬呆ける立香。

 もはや最初から自分を狙っていたものかと思うような速さ。なら先程まで気絶していた自分が生きていたのは何だと言うのか。もしやタカウォッチを放つという選択は、未だにバレていなかった自分の位置を相手に周知させる悪手であったのか。

 

 立香の中で響く動揺。

 そんな彼女の目を覚ますように、少女の肩へと駆け上がりコダマスイカが跳んだ。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 目の前に発生する巨大エネルギーボール。

 果実の如きそれは、砕かれてなお飛散し果肉と果汁で目を晦ます時間稼ぎ。

 

「ありがと……!」

 

 コダマに一声かけると同時、動揺を内心で捻じ伏せる。

 そのまま即座に逃走のための姿勢。

 

 空へと跳んだ狼からは離れなくてはならない。

 その上でどの方向へと逃れるべきか、という思考。

 それは一秒と待たず、またも保つべき余裕ごと別の事象に吹き飛ばされた。

 

 巨大なスイカ。エネルギーでできた球体の壁。

 それが瞬く間に瑞々しさを失い渇き、砕ける前に蒸発していく。

 雷光に撃たれた果実は、目晦ましになる間すらもなく消滅した。

 

 その雷源、稲妻を放出するのは紫の人型。

 豪腕を振り上げ、鉄拳を握り締め、重い足取りで前進する怪物だ。

 

「ふたり、め……!?」

 

 青い人狼が着地し、口からタカウォッチを吐き捨てて蹴り飛ばす。

 紫の怪物が地面を転がっていたコダマを殴り、弾き飛ばす。

 

 顔を顰めるには十分な状況。

 しかしそれを理由に足を止めれば、死ぬのは自分だ。

 

(考えて、考えても―――なにも、できない……!)

 

 何せ今着ている新礼装で何ができるかも知らない。これからデータ取りだ、と言われてそのまま着ただけなくらいだ。逆転の秘策足り得る何かが込められていたとしても意味がない。知っていてもサーヴァントがいなければ何も意味がないかもしれないが。

 とにかく、自分の手札さえ把握していない彼女は、本当に何もできなかった。

 

 だから足は止めない。

 彼女を逃がすため、真っ先に飛び出した二機を裏切らない。

 とにかく逃げて―――

 

 ずぷり、と足が泥に沈む。さっきまで燦燦と日が照っていた山の中、水気などありえなかった山道で。あまりにも唐突に、一歩先から全ての道が、土砂降りを食らったような泥の海へと沈没した。

 

「うそ……!?」

 

 足を取られる。次の一歩を踏み出せず、足がその場で止まる。

 

 沈んだ足が泥の重さで抜けず、次いで置いた足もまたそこで沈む。

 歩く事さえ封じる水没の罠。

 踏み抜いてしまった致命の失態に、立香が唇を噛み締めた。

 

「―――――!?」

 

 そして、その瞬間に気付く。

 いつの間にか、動きが止まった彼女の側にいる何者かがいることに。

 

 夜の泥海に不気味に漂うのは緑の半魚人。

 その怪物はこの悪路など何でもないように水面に立ち、ゆらりと揺れる。

 

 だがそこまで。

 ふと思いつきの行動であっさりと立香を殺せそうな状況。

 そこまで来ておいて、しかし半魚人は退屈そうに体を揺らすだけだった。

 

 同意するように紫の巨躯が体表で電光を弾けさせる。

 二人の態度に呆れるように青い狼が咽喉を鳴らす。

 

(なに……? 攻撃する気がない? じゃあ何で―――)

 

 困惑する立香。

 こうまで疾風が如く仕掛けてきておいて、やる気が見えないなんて。

 どういう状況、どういう心持ちで彼らは動いていたというのか。

 

 動けない以上考える以外にできることがない。

 彼らの素性は。彼らの目的は。彼らは一体、次に何を仕掛けてくるのか。

 

 ―――その答えは彼ら自身ではなく、更に現れたもう一人の怪人によって判明した。

 

 闇夜を泰然と歩むのは紅の王。

 その容貌はまるで、ステンドグラスで模った蝙蝠のようだ。

 肩から広げられているのは、血塗られた蝙蝠の翼。

 

 右翼には黄金の文字で“KIVA”。そして左翼には“2008”と刻まれている。

 その事実をもって、立香は怪物の正体を看破した。

 

「アナザー、ライダー……!?」

 

 恐らくはアナザーキバ、でいいのか。とにかくあの個体の真実の名は、今の段階で気にするようなことではない。この攻勢がアナザーライダーによるものだ、という事実を認識したことこそが大きい。

 

 三体の怪物は王の登場に複雑そうな感情を顕わにし―――しかし、その場で傅いた。

 平伏する怪物たち。だがアナザーキバがそれに反応を返すことはない。

 

 あの怪人。足取りは確かながら、まるで夢遊病を患い彷徨っているかのようだ。アナザーキバは外界へと発するべきもの。敵意なり興味なり、一切の感情を有していないように見える。元からそうであるのか、何者かに操られてそうなっているのか、それは分からないが。

 ただ、何者かに操られているから家臣である怪物たちも消極的、と考えると辻褄はあうだろう。であれば、スウォルツか加古川飛流こそがあのアナザーライダーを操っているのか、と。

 

 怪物が揃った合間に、どうにか復帰してくる二つのウォッチ。

 浮き輪の代わりになろうとするコダマと、立香を押し上げようと背を押すタカ。

 小細工なれども少しずつ、彼女は逃走のために力を尽くしてくれる。

 

(とにかく、一度逃げて―――)

 

 思考の途中に挟まる、ザクリという酷く鋭い音。

 

 耳からではなくもっと直接的に。

 彼女の脇腹で発生して、骨と神経を伝って脳まで駆け上がってきた激しい感覚。

 認識する。その致命的な音と痛みが、自分の頭に響いたものだと。

 

「―――……ぁ」

 

 びっくりするほど力が抜ける。足のみならず、上半身が泥の中に向かって倒れていく。倒れる際に視界を掠めるのは、爪を血に濡らしたアナザーキバの腕。

 距離は詰められていない。相手は未だに手の届く範囲にいない。だというのに、何故その爪にそうして血が滴っているのか。あるいは切り裂くことで血に濡れたのではなく、血に浸った爪を振るうことで血刃を飛来させたということか。

 

 そんな今更無駄なことを考えながら、ずるずると浮き輪替わりのコダマスイカのエネルギーボールを滑っていく。そうして泥の沈む頃にはもう泥は真っ赤に染まっていた。自分の血なのか、スイカの果汁なのか、判別はつかないけれど、多分大半は自分の血なのだろう。

 

 魔術礼装が最低限、彼女の生命維持のための機能を発揮する。ただ防御のために発動していたことで既にズタズタだ。当たり前のように貫通されただけで、確かに立香の身を守る防御術式は発動していた。

 それでも、この有様だったというだけで。

 

 一応は新調したと言っていい礼装も、もう機能停止寸前。

 だがこの守備力、この延命効果が無かったらもう死んでいたのだろう。

 

 状況を脱する行動に繋がらない、余計なことばかり考えている気がするけれど、それ以外にできることがないからだろうか。あるいは走馬灯、的な。

 コダマとタカが必死に彼女を引きずり出そうとするが、焼け石に水。一切の力が抜けた立香はゆっくりと泥の底目掛けて沈んでいく。逆転のしようがない。諦めたくはないけれど、これは、もう。

 

「ゥウ―――――」

 

 窒息死か失血死か、どちらにせよ放置でそのまま死なせる気はないのだろう。

 赤く染まった視線の先、アナザーキバが周囲に何かを浮かべた。

 

 虚空に発生するのは、うっすらと見える何かの輪郭。

 あれは牙、だろうか。無色透明の、人の半身ほどのサイズはあろう巨大な牙。

 それを見て、アナザーキバのしもべたちが酷く厭そうな様子を見せた。

 

(あれを、使って……ほしく、ない……?)

 

 泥の海に溶け込むように薄くなっていく意識。急速に終わりが近づいてくるという自覚の中、不思議とまだ相手を窺うことが止まらない。

 三怪人は主人の行為を本気で厭いつつ、だが止めるようなこともしない。青い狼など一際苛立たしそうで、今にもアナザーキバに逆らいそうな様子なのに。

 彼らの意識は自由だが、けして邪魔はできないし、むしろ手伝わなければならないよう強制されている、という状況なのだろうか。

 

 アナザーキバがこちらに手を向ける。その動作に応じ、立香に剥く無色の牙。

 それはまるでミサイルのように目標を目掛け射出されて―――

 

(―――これで、死)

 

 ―――瞬間。

 夜天の闇を切り裂いて、銀色の閃光が地上へ奔る。泥を弾いて渦巻く突風。

 その現象はまるで立香を守るように彼女だけを避けて、殺到する牙を斬り裂いた。

 泡沫となって消え失せていく命を啜るための無色の牙。

 

 自身の放った牙を砕かれ、しかしそれに何の反応も示さないアナザーキバ。

 むしろどこか安心した雰囲気すら感じさせる三体の魔物。

 

 降ってきた何者かは、立香の前に立ち、アナザーキバを遮る。

 それは自分で起こした風で首元になびかせた長大なマフラーを渦巻かせる影。

 彼は眼前で印を結びつつ、逆手に握った剣を構えて腰を落とす。

 

〈誰じゃ? 俺じゃ? 忍者!〉

 

 響く声は影が腰につけたデバイスから。

 そこより迸るパワーを身に纏いし者こそ免許皆伝。

 影より姫を守るべく力と使命を授かった忍の者。

 

 そのまま声色低く、彼は己が戦士としての名前を宣言した。

 

「忍と書いて、刃の心―――仮面ライダーシノビ!!」

 

〈シノビ見参!〉

 

 月光の如き黄金の眼光が輝き、幽鬼のようなアナザーキバを見据える。

 だがその乱入にさえ心動かすこともない。

 アナザーキバはただ何の変化もなく、現れた新たな敵を見るだけだった。

 

 

 




 
 お前のことが好きだったんだよ!(ヴァレルエンドドラゴン)
 
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