Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
ビシリ、と。
唐突に走った、あるいは鈍間にもやっと気づいた激しい痛み。
その痛みのせいで跳び起きることもできず、彼女は呻きながら目を開けた。
窓から差し込む太陽の灯りで、どうやら今が昼だと分かる。
闇が晴れたらしい世界で、自分はどうやらどこかの家屋の中にいるようで。
ぼんやりとした意識の中、とにかく状況を把握せねばと頭を上げて―――
「ああ、いけません。まだ寝ていなければ」
立香が起きる気配を感じたのか、襖を開けて白い着物の女性が入ってきた。
彼女はぱたぱたと寄ってきて、腰を下ろして肩を押し留める。
そこでほっと一息、彼女は立香ににこりと微笑んだ。
「あな、たは……?」
「私ですか? ―――そうですね。どうぞ、おつる、とでもお呼びください」
一瞬の迷いは何なのか。
わざわざ偽名を考えた、という雰囲気でもなかったように思うが。
彼女は脇に抱えていた水の張った桶を置いた。
それに浸した布で軽く拭われる立香の顔。
水の冷たさで頭を冷やして、動かない体に力を入れるのを止める。
硬い枕に頭を落とし、ぼんやりとしたまま口を開く。
「えっと……ここは……」
「私が間借りさせて頂いているお宅です。ですので申し訳ないのですが、私の口から自宅と思っておくつろぎ下さい、とは言えませんね」
軽い冗談を交えて、せっせと体の動かない立香の世話をするおつる。
彼女に身を任せながら、今の言葉に質問を返す。
「じゃあ、大家さんにも、挨拶しなくちゃだね」
「―――どうぞお気になさらず」
おつるが発した硬い声。
それで、既に立香が挨拶を、と口にした人物はもういないものと分かった。
もしやと思い、おつるの様子を窺いつつ訊ねる。
「もしかして、あの化け物に……?」
「どの化け物かは存じませんが、はい。この下総国の妖気に中てられ亡くなったそうです」
(下総国……って、千葉県? 日本なんだ。でも時代は……まだ分からない、かな?)
おつるも着物であるし、日本でよいだろう。
時代ばかりは未だに分からないが。
情報が下総国があった時期、だけでは相当の期間があるだろう。
時代は他の情報がなければどうにも絞り込めそうにない。
自分の現在地を確かめつつ、途中で気付く。
当たり前のことかもしれないが、着替えさせられていた。
いまの自分の装備は魔術礼装ではなくただの寝間着。
無防備中の無防備、という状況だったらしい。
もっとも、アナザーキバの爪に引き裂かれた血塗れのセーラー服のまま寝かされていた、というよりは全然マシだろう。そもそもほぼ破損して機能停止同然だったろうし。
とはいえ、一応所在を確認しておかなければ―――
「あの、おつるさん。私が着ていた、その」
「ええ、あの強い情念の籠ったセーラー服ですね? 複雑怪奇な感情の糸を憧れと言う名の一本の針で紡ぎあげたが如きあの一着。ええ、ええ、見た瞬間分かりましたとも。あれを感じずにファン活動などやっていられません。
“あ、これは、超絶激烈最重量級推し活、その人に向かってペンライトを振る事に人生を懸けた、本命オブ本命である
シンプルなデザインでありながらも、微に入れ込み細まで入り組んだあの出来栄え。素材となる糸の繊維一筋に至るまで、『これがあの人の体を包むんだ……』という乙女回路から発する
どうやら貴方に向けられた感情ではなさそうなので、そうでもなかったと思いますが、あれはホントもうヤバいです。見る人が見れば『うわっ……うわぁ……!』となる事請け合いの特級品。私も見た瞬間ちょっと顔が引き攣りました。できることならば、あれを製作した方とは、ちょっと距離を取った方がいいかもしれませんね」
よほど服に関して一家言あるのだろう。
おつるは捲し立てるようにあのセーラー服について語り出す。
そして出るわ出るわ、想定していた時期には無さそうなワードの数々。
頬を紅潮させてまで語る彼女をじっと見て、立香はふと問いかける。
「ところでおつるさんってサーヴァント?」
「―――あ、はい」
隠そうとしていたのかいなかったのか、問いかけられたらハッとして。
そこから数秒固まってから、意気消沈気味に首を縦に振る。
少なくともつい数秒前までそういう雰囲気は出していなかったのだが、服に関して早口で語り始めたと思えば、この時代には有り得ない言語が飛び交う。となれば恐らくはサーヴァントか何かなのだろう、という推測はあっさりと肯定された。
多分隠そうとはしていたのだろう。
「まあ、うん。よく分からないけど、BBのその呪いの服のおかげで私は命拾いした、んだよね?」
「ええ、そこは。絶対に何が何でも生き延びさせてやる、みたいな。そういう意思はより強く籠っていたようですので、間違いなく性能以上に貴方の生存に貢献したと思いますよ」
BBは匂わす程度であまり直接的には言及しない。けれど、その服に彼女が傾けていたものこそ、彼女の根幹に根差す精神の支柱なのだろう。
今も痛みはあれど意識がはっきりしているのは、彼女の執念のおかげなのか。
「そっか。それは後でBBにお礼を言うとして、私がいまここにいるのはどうして? おつるさんが助けてくれたの?」
目を覚ます前の自分の状況を思い出す。
迫るアナザーキバと、姿を現した仮面ライダーシノビ。
あの戦いがどうなったのか。
その結果、どうしたら自分がここで寝ているということになるのか。
「私はこの家から動き回ったりしていません。あなたがここにいるのは、いまこの国で名を轟かすヒーローに助けられ、ここに連れてこられたからですね」
「……仮面ライダーシノビ?」
「そう名乗っておられますね」
歯切れの悪い返答。首を傾げつつ、更に質問を重ねる。
「おつるさんはシノビが誰かって知ってるの?」
「その正体を誰にも告げないでくれ、と頼まれています。ですので、申し訳ありませんが」
「そっか……うん、分かった」
ギリギリと体が軋む。立ち上がろうとした体が上げる悲鳴。
中身はともかく、表面的にはほぼ治癒が終わっている。
それこそBBの執念、あの礼装が最後まで機能させた生命維持機能のおかげなのだろう。
ありがたい。
これならまだ、十分に動ける。
「まさか、何かするつもりですか? いけません、せめて傷が完治するまでは……」
「でもそれじゃ何日動けなくなるか分からないし。何とかこうなった原因とか、出来る限り探してみようかなって」
止めようとするおつるに対し、首を横に振ってみせる。
唖然としたような、呆れたような顔。
ただその前にシノビ探しだろうか。
今のままでは再び怪物に襲われたら、あっさりと死ぬことになる。
シノビを探して、協力を申し出るのが先決だろう。
頑張って立ち上り、頑張って歩き出す。
とりあえず周囲に仮面ライダーシノビのことを訊いて回ってみよう。
おつるの口振りだと、みんなが知ってるヒーローとして通っているようだし。
そうして動きだした、まったく意見を翻す気のなさそう立香。
彼女の背中を見ておつるが溜め息をひとつ。
「……寝間着のまま外へ出るおつもりですか?」
おっと、と。足を止める立香。
行動に考えが足りないのは血が足りてないからだと思いたい。
血圧さえ戻ればもっと明瞭な思考が取り戻されるはず。
そうだといいな、なんて。
「あっ、えっと……私の服は」
「もう使い物になりません。魔術礼装としても、あなたの服としても。
―――少し待っていてください。適当に見繕ってきますので」
溜め息混じりにそう言って、おつるが立ち上がる。
彼女はこの部屋の他の物に目もくれず、家の奥の方へと向かっていく。
この部屋にも箪笥はある。が、彼女が向かったのは家の奥。
そちらに倉庫でもあって、そこから引っ張りだしてくるのだろうか。
けれど彼女の口振りから言って、それも考えにくいと思う。
主を失った誰かの家。そこのものを勝手に拝借するつもりは無いだろう。
それを言ってしまえば結局箪笥にも手を付けられないか。
少し待っていれば、おつるがしずしずとした足取りで帰ってくる。
両手で抱えているのは、浅葱色の見事な着物が一着。
古着どころかどう見ても新品。よく見ずとも卸したてではなかろうか。
「それって……」
「私が織ったものです。もし必要であればお譲りしましょう。ただこれはライブのチケ代、グッズ等々買う時のために……こほん、旅の路銀を稼ぐため用意していたもの。ただでお譲りするだけ、というのはあらゆる意味で、少々気が引けます。
―――ですので、もしこれをお求めになるというのであれば、代金としてあなたが今まで着ていた魔術礼装を頂きます」
チケ代? と首を傾げるとおつるは少し大きめに咳払い。
彼女は直前の失言を張っ倒すかのように、いっそう真面目な顔をして話を続けた。
「この一着が着物として良い物だ、という自負はあります。ですが機能を停止しているとはいえ、これほどの
取引としてはあなたの損が遥かに大きいでしょう。いわゆるシャークトレード、というものになります。それでもと言うのであれば、いかがでしょうか?」
一も二もなく頷いて、彼女を見据える。
当然のような返答におつるは再び深々と溜め息を吐いた。
だが頷かれたからには反故にするつもりもないのか。
おつるは立香に近付いて寝間着を脱がせ、その着物を着付けていく。
「言うまでもありませんが、一応念をおしておきます。この着物はただの着物、あなたの命を守るための術などは、当然何一つ備わっていません。
ですので街からはけして出ないように。街の中であれば、何かが起こっても
手際よく着付けられていく立香。
ついでのように髪も纏められ、簪で飾られる。
そっちより重要なのはこっちだ、とばかりに溜め息混じりの忠告。
心底から彼女を慮った言葉。
当然の話だろう。
魔術礼装があっても簡単に死にかけたのに、それが無いのでは話にならない。次に窮地がやってきたら、彼女は簡単に死ぬことだろう。
だが心配させて申し訳ないが彼女も止まっていられない。何が原因なのか、何が起こったのか、何をすればいいのか。何一つ分からないままただ寝ているだけ、なんて。
「うん、わかってる。ありがとう、おつるさん」
もちろん死にに行くつもりもない。
恐らくは彼女の語る“彼”こそが、仮面ライダーシノビなのだろう。
とにもかくにも、彼と接触することから始めよう―――!
全身にまだ痛みが走っているだろう。
それを堪えながら歩き出し、家を後にする少女の姿を見送る。
そこで深々とまた溜め息。
溜め息と共に幸福が逃げるというなら、今日一日でもう何度逃がしただろう。
幸福の大逃走劇だ。逃げすぎて難民にでもなっていそうだ。
―――まあ、そんなことはいいとして。
人間と違う彼女にとって、幸福とは甘受するものではなく運ぶもの。
その白い翼に乗せて、誰かのために織り上げるものだ。
「……これは、急がなくてはいけませんね」
すぐさま踵を返し、床の間を通り抜けて辿り着く借り受けた部屋。進入禁止、覗くべからず、などと適当に書いた布を張り付けた襖がある。
この現界で集めた様々なアイドルのファングッズを部屋に飾れてない以上、ぶっちゃけ覗かれても隠すものなんてないのだが、気分の問題である。
そこを開いて入って見れば、あるのはごく僅かな物品だけ。
機織り機と、立香から譲られた礼装。
膝を折って床に座り、ズタズタにされた紺色のセーラー服に指を這わす。
彼女は解れた糸に白魚のような指を通して、流していく。
その指に絡められ、はらはらと形を崩していくセーラー服だったもの。
「―――主として織り込まれた機能は影の投影。接続先はカルデアのムーンライト……と紐付いたどこか。あそこに何か……より月に近い別の施設が設けられているのですね。
ということはあそこ、様変わりしてしまっているのでしょうか。それは少し、寂しいような」
ロストルーム……否、ムーンライト。
せっかく夢のような舞踏会にも使えそうな空間だったというのに。
そんないつか見た夢の跡を振り払い、すぐに意識を戻す。
「……なるほど。礼装を纏った彼女自身を月に見立てているのですね。ムーンライトはカルデアでもっとも月が近く観える場所。
その仕組みで行おうとしたのが……これですか。月を見上げればうさぎの影が浮かんで見えるが如く、ムーンライトから
女の手が丁寧に服だったものをバラしていく。完全に駄目になっている部分も多いが、まだ糸として使える部分はあろう。そうして解していく中で、おつるが僅かに顔を歪めた。
彼女にそうさせたのは、指にかかった糸一本。そこから強く感じ入るものに、驚愕とも困惑とも言える複雑怪奇な表情がくっきりと浮かぶ。
「この感触は……より強度を高めるための月の兎の説話部分、でしょうか? 老爺に身をやつした帝釈天のため、己が身を捧げんと火へと身を投げた兎。その慈悲に感じ入り帝釈天は兎を月へ召し上げた、という月の兎の御話。
月と見立てた立香さんへ、兎の影としたサーヴァントを送り出す。そのための術式に用いる補強としては確かにこれ以上は無い……でしょうけれど。そのために付与された帝釈天の属性が妙に強いような? どうにも、まるで本物から抽出したような……いえ流石にそれはまさかでしょう」
どちらにせよ再利用できそうで何よりだ。
彼女は兎ではなく鶴だが、出自は同類のようなもの。
ありがたく使わせて貰うとしよう。
流麗な手つきで彼女は魔術礼装だったものを、可能な限り糸に戻す。服に宿せる程度ではあるが、
だからこそ、その糸とは別に他の糸も用意してから織り機へと向き直り。
「最後の別れは月に向かって飛び立ち、夜の闇に消えるが鶴の定め。ですが、恩も返さぬまま飛び立てようはずもなく……久しく、場所は違えど同じ
貴方の見上げた
であれば、方法はひとつ。
足りないものは別のところから持ってくる。そんな当たり前の話。
ぽつりぽつりと感慨深げに彼女は言葉を紡ぎつつ、織り機を動かしだす。
―――とん、とん、しゃー。
彼女はゆったりと白い翼を広げながら、作業を開始した。
「あらまあ、あんた昨日シノビ様に助けられてこられた子だろう? 綺麗な着物だねぇ」
「あら本当に。昨日着ていた変な着物は襤褸みたいになっていたけれど」
「確かおつるちゃんが使ってる家に寝かせていたんだろう?」
「あの家がそんな綺麗な反物を買えるほど儲かってたとは知らなんだねぇ」
家を踏み出し、少し歩けばおばちゃんたちにエンカウント。
しずしずと頭を下げて挨拶しておく。
(おつるさんの着物が超目立つ……)
地味ではなく、派手すぎず、しかし確かに感じられる煌びやかな雰囲気。
そんな一流の着物で、城下町とはいえ通りを歩けばまあ目立つ目立つ。
集団の中で一人だけ高級品を見せびらかしているような感覚。
割かし恥ずかしくて、軽く顔が赤くなりそうだ。
現代日本で武装状態で歩かされたマシュの苦労を今更偲ぶことになろうとは。
わいわいがやがや。
情報収集のために少しうろちょろしてみれば、井戸端会議に参入させられる。
あっという間に集団に呑み込まれてしまった。なんというパワー。
それにしても突然夜が来て怪物が現れる、という状況の割に平和そうだ。
とにかく巻き込まれたものはしょうがない。
何より情報が拾えるなら願ったりなのだから、積極的に活用していかなくては。
「これはおつるさんが織られたものだそうですよ。着れるものが無い私に譲ってくださったんです。もちろん、その分の支払いはしなくてはいけませんが」
何となく清姫も意識したセリフ回しが癖になっているな、と自分で思う。
両者の間で契約は済み、停止した魔術礼装一着でもう払いは済んでいる。
だがあの襤褸になった服と引き換えに頂戴した、とは言えないだろう。
「おつるちゃんが?」
「まあ、ならあの子ってもしかして名のある機屋だったのかしら?」
「突然ここに来たもんだから、ただあの化け物に村を追われた一人だとばかり思っていたけど……」
「やめなさいな。わざわざ名乗りでないってことは、きっと実家ごと……」
「そうよね……きっと逃げ出す時に今後のため何とかかき集めてきたのでしょうね」
「土気の城下はシノビ様が守ってくださっているから安心だけど、今の下総国はどこに何が出るか分からない魔境だもの」
まあまあと話し続けるご婦人方。
土気の城。あまり馴染みがない名前だが、下総の城ならやはり千葉の城なのだろう。
とにかく、ここが下総国で、土気城という城の城下町で。
ここを中心に仮面ライダーシノビが活動しているようだ、というのは分かった。
「そのシノビ様、という方はどこに行けば会えるのですか? 昨日助けて頂いた後、ずっと気を失ってしまっていて……お礼の言葉すら言えていないのです」
一流の着物を着ると言葉遣いも引き締まるのだろうか。
まあ浮かない程度に何となくそれっぽく話してみる。
が、似合わない口調をしているなという気分になってくるので心苦しい。
最近似合わない喋りをせざるを得ない機会が多い。
もういっそ定期的にあると想定して、誰かから習うべきだろうか?
「シノビ様がどこにいらっしゃるかだなんて誰も知らないわよ。あの方は夜が来るとすぐさま現れて、暴れ出す怪物をばったばったと薙ぎ倒し、全て追い払って下さるの」
「城から怪物の討伐隊も出されているという話だけれどね、でも押し留めるのでせいいっぱい。それなのにシノビ様は夜の間中ずっと町を駆け巡り、城下に一切の被害を出させないのよ」
「少しだけ窓を開けてお見掛けしたけれど、それはもう凄かったわ。空中を自在に駆け巡り、空を飛ぶ蜥蜴みたいな怪物を一瞬で何匹も始末してしまって!」
「ええ。私なんて突然の夜の訪れに困惑していたら、『外にいては危ない。夜が明けるまでけして家から出ないように』なんて声をかけて頂いたこともあるんだから」
シノビの話題となると話す声も黄色くなる。
どうやらシノビ様というのは、おばさま方には大人気らしい。
そんな話題の中にも気になる点がひとつ。
(空飛ぶ蜥蜴……ワイバーン? 夜に出るのはアナザーライダーだけじゃない、のかな)
「そうなのですか。私が襲われたのは、人と同じような体型をした蝙蝠みたいな姿の怪物でしたけど……あの怪物たちもきっと、シノビ様が退治して下さったのでしょうね」
恐らくは倒せていないだろう、と思いつつもそうしておく。
実力の差異は分からないが、アナザーライダーである以上撃破は不可能だろう。
ソウゴにこちらに来てもらうしかない。
どうすればここに来てもらえるかが問題だが―――そこはカルデアの探査力を信じよう。
「人のような蝙蝠?
「まあ、あなたその口振り。夜ごとに出てくる怪物の違いを知っているなんて、まさかシノビ様を見ようと夜が来るたびに外を探ってるのかしら?」
「あらまあ、うふふ。まさかそんな」
随分と軽いとは思うが、それがシノビのおかげということだろう。
彼が一切の被害を出さず町を守る影の者を遂行することで、ここには安心がある。
彼が来る前に出た被害もあるようだが、ほぼほぼ落ち着いているのだ。
町の外、村の方までは手を伸ばしようがないようだが、とにかく城下に関してはかなり落ち着いている、ということになる。恐慌状態での生活を余儀なくさせられるよりは悪い事ではないだろう。思うところはあれど、とりあえず隅に置いておく。
そして今の言葉の中から気になった単語を拾い問いかけた。
「紅の夜に、金の夜ですか? 夜に何が違いがあるのですか?」
「あら、知らない? その名の通り
違いなんてそれだけだと思っていたけれど、あなたの話を聞く限り出てくる怪物にも違いがあるのかもしれないわね」
「普通の人は夜が来たらすぐに家の中に飛び込むもの、月なんて見てる暇はないわよ。シノビ様を知らない村の人ならなおさらだわ」
「どちらにせよシノビ様にかかれば怪物のちょっとした違いなんて大したことないものね!」
二色の月。あの時の満月は、確かに黄金だったか。
真紅の月が出る場合もあるらしい。
立香の話を聞くまで違いを知らなかった、ということはワイバーンはどっちにも出るのか。
他に出る魔獣のことも訊こうとして、しかし止めておく。
怪物に殺されかけたばかりの女が、興味津々に怪物のことを訊くものでもないだろう。
訊くべきことはシノビ、自分をお救い下さった麗しのシノビ様の事だけでいい。
彼と協力関係を持てれば、状況は彼から聞けるのだ。急ぐ必要はない。
(と言っても、どこに行けば会えるかなんて誰も知らなさそうだし……)
一度また夜が来るのを待ち、彼の登場を待つしかないのだろうか。
と、ふと思いついて問いかける。
「私やおつるさんのような身の上の方、やはり最近は多いのでしょうか」
「……そうねぇ。あなたたちみたく一夜に一人だけ、っていうのは無くはないけど珍しいわよ? もちろん誰も逃げられず滅ぼされた村に関しては、正確なところは知りようもないけれど……大抵は全滅するか、十数人以上が助かるか、どっちからしいもの」
それはまた、随分と両極端な話だ。
不思議そうな顔をしていると見られたか、他の女性が説明をくれる。
「同じ村から集団でこの町まで逃げ果せた、って人たちを知ってるけど……その人たちは口を揃えて、鬼が人を殺すのに途中で飽きて酒盛りを始めてた、って言ってるわ」
「そういう時はいつも紅の夜なのよねぇ、確か」
そんな気紛れな怪物が相手でなければ村は全滅している、ということか。
鬼、と。あくまでそう見た誰かがそう呼んだだけだろうが。
立香が知る鬼で言うと茨木童子など、か。
(でも茨木童子がもしその立場だったら全員きっちりちゃんと殺す、と思う)
そもそも考えにくいが、もしそうなったとして。
彼女はそういう途中放棄とは無縁の性根をしているだろうから。
他にも純正の鬼ではないが、鬼種の血をが流れる英霊と言えば―――と。
それはとりあえず置いておこう。今はシノビについてだ。
ただ一人だけ助かった、というケースもまったくないわけではないらしい。その人のことについて訊こうとしたら、先に彼女たちはそのことを語り出していた。
「一人で逃げてきた人って言えば……あの彼、最近になって大工仕事の見習いを始めたらしいわよ。凄い身軽でひょいひょい屋根に上れるんだって。ただ高いところに立つとぼーっとする癖があってよく怒鳴られてるとか」
「ああ……ここに来たばかりの時凄い錯乱してた男の人。2022年だとか、平成何年だとか、よく分からないこと言ってた人ね」
「怪物に襲われて命からがら逃げだしたばかりなんだもの……そうもなるわよ。空を見てぼうっとするなんて……やっぱり空飛ぶ蜥蜴に襲われたのかしらね」
ああ、もう―――見つけてしまった、仮面ライダーシノビ。
やったね。
多分屋根の上でぼーっとするのは地形把握のためだろう。後は街の外を見ている、ということもあるかもしれない。そういう彼の日々の努力のおかげで自分は救われたのだろう。
「―――私たちのような身分の方が他にいて、少しだけほっとしたような、なんだかそう考えるのも失礼なような……もしよろしければ、その方とお話できるように紹介して頂けませんか?
なんだかこのどうしようもない気分を落ち着かせるのには、同じ境遇の方と言葉を交わすのが一番効くように思うのです……」
よよよ、とか弱い乙女のようなムーブが炸裂する。
どうだ? 自分では似合わないと思う。
乙女っぽい所作って習うとしたら誰になるだろう。
やっぱりデオンだろうか?
他に乙女っぽいことできそうな人いたっけ。逆転の発想でタマモキャット?
心配し、納得し、任せなさいという表情を見せるおばさま方。
「ちょうどいいわね。あなたのこともそうだけど、ずっと家の中のおつるちゃんもどうにか縁が作れないかと思っていたのよ」
そう言って、女性は立香の着ている素晴らしい着物へと顔を向けた。
おっと? などと思っても顔には出さず嬉しげに微笑む。
やっぱりこの事件がどうにかなったらデオンに弟子入りしようかな。
帰宅の気配を感じ取り、鶴は機織りの手を止めて立ち上がる。
部屋から出て襖を閉じれば、ちょうど立香が上がってきたところだった。
「どうでしたか? 何か進捗が?」
「―――うん、その、ゴメンなんだけど」
何故か謝り、珍妙な顔を見せる立香。
首を傾げるおつるに対して、彼女はまず辿り着いた情報を口にする。
「シノビっぽい人の情報はあった。紹介してくれそうな人も見つけた……んだけど」
なんと、もうそこまで。隠す約束ではあったが、こうもあっさり辿り着くとは。
そもそも彼自身、隠し事に向いてないのではなかろうか。シノビなのに。
そう思い、感嘆混じりの息を吐くおつる。
しかしそれは彼女にとっていいことだろうに、どうも様子がおかしいのは何故か。
「それで……私にそのシノビっぽい人を紹介するついでに、是非おつるさんに来てほしいって機屋さんからのスカウトがあって」
「はい?」
何故自分がそこに絡むのか。
そういう疑問を察したのだろう、答えはすぐに。
「……私が着てるこの着物を見たおばさんがね。これだけの着物を織れるならこの町でも仕事にできるでしょう、ってことで。自分の家の三軒隣に住んでる友達の斜向かいに店を構えてる大工をやってる人の奥さんの親戚が機屋を営んでいるから、まずはそこで手伝いをさせてみましょう、って話になって……おつるさんってまったく外に出ないから、なんか周りから気に懸けられてたみたいだよ?」
「はい?」
確かに傍から見ればニートなのだが。
見逃されてたのは怪物に襲われ村を追われた悲劇の女だからなのだが。
まさかここにきて、ここで生きるための職を紹介されるとは。
―――本命のために余分な時間は割きたくないが、仕方ない。
変に話題を大きくするよりは、素直に好意を受けるしかないだろう。
とりあえず立香はシノビと合流してくれそうだし、多少遅れるのもやむなしだ。
本命の一着は元から夜に織るものだし、と自分を納得させる。
「……まあ、仕方ありませんね。では、とりあえずその紹介を受けるとして」
「うん。私が着てる奴、なんか凄い注目されてたし、頑張ってね……雑用くらいなら手伝えるから」
「そんなに働かされるのでしょうか、私……」
せめてビビッとくるアイドルがこないかな、と遠い目をするおつる。
少々申し訳ないと思いつつ、立香は軽く拳を握る。
シノビまでの繋ぎは成功した。まず一歩。
このまま自分は自分にできるだけ、問題へと立ち向かっていこう。
そう考えて、痛む体を誤魔化すように力を入れた。
おつる…一体ミス・誰ーンなんだ…