Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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呪縛・不死身のマーチ1604

 

 

 

 弾かれた矢は剣で逸らしたとは思えぬほど、正確無比に彼女の片足を持って行った。片足を抉り飛ばされたことでバランスを崩す鬼。彼女はそれでも倒れずふらりと揺れるに留める。

 そうしつつもどうにも気が乗らぬとゆらゆら揺れている内に、少女の目前には赤い光が疾走してきていた。殺到するゲイツに対し、鬼の少女は目を細める。

 

 パンチングユニット、ショット555を強く握り込んだ拳。

 銀色の必殺機構が纏う赤光には、まだ強い力がある。

 

 それを受ければ一体どうなるだろうか、と。

 少女は考え―――途中で止めて、軽く肩を竦めてみせた。

 

「ハァアアアア―――ッ!」

 

 疾走は止まることなく、その勢いのまま胴体に叩き込まれる拳の一撃。

 溢れ出す赤い閃光、虚空に刻まれるΦの紋章。

 炸裂する威力が少女の体の内側から蹂躙し、青い炎を迸らせた。

 体内に蔓延る熱量、それにより全身が端から灰になっていく感覚。

 破壊は止まらない。この期に及んでは防ぎようもない。

 

「こらまたけったいな術やねえ」

 

 まさか全身を灰にされるとは、と。

 ボロボロに崩れていく四肢を見て、彼女は今更目をぱちくりさせた。

 

 崩れた手から剣が落ち、地面をからから滑っていく。

 続けて彼女が腰に提げていた青い瓢箪も地に落ちた。ころころと転がっていくそれが石ころひとつに躓いて、その衝撃によって中で酒の一滴がぽちゃりと跳ねる。勢い、瓢箪の口から飛び出した一滴がぽたりと零れて、じわりと地面を僅かに濡らした。

 

「―――ああ、もったいな」

 

 地面を濡らした酒一滴。

 それを見てくすりと微笑み、そんな言葉を最期に吐く。

 そうしている内に、鬼の全身は灰になっていた。

 

 カタチを失い崩れて、地面に散った灰の山。

 その有様を見届けてから、ひとつ深く息を吐くゲイツ。

 彼はそのままもうひとつの局面である巴御前の方へ視線を向けた。

 

「―――こふっ」

 

 どこからどう見ても、一見しただけで確信できる致命傷。

 胴体を螺旋の矢に撃ち抜かれた彼女は、矢の仕業と思えぬ大穴を胴に空けていた。上半身と下半身が繋がりを保っているのが奇跡のような状態。風が吹いただけでぶつりと千切れて二つに分かれそうな惨状こそが、今の彼女の状況であった。

 

 腹から、口から、溢れ出す血が池となって広がっていく。

 そしてそれは彼女が全身に燻ぶらせる熱に焦がされ黒煙となり昇っていく。

 人間一人で描くには十分すぎる地獄絵図。

 

 撃ち抜いたクロエ自身もその惨状には顔を顰めるほど。

 そんな中、ぐしゃりと倒れ伏した白髪鬼がぼそりと呟く。

 

「…………此処は、まるで―――地獄、のよう」

 

 恨み言か、と弓を下ろしつつ神妙な表情で聞くクロエ。

 

 血の池は広がっていく。それを熱が焦がして黒煙と変えていく。

 ぶすぶすと音を立て、己の体で焦熱地獄の様相を描き出す白髪鬼。

 今わの際、末後の言葉。

 彼女が怨念と共に回す舌の根は、地獄の中でもなお渇かない。

 

「なぜ、続いているのです。なぜ、滅びていないのです。世を乱すモノを殺し、世を正した者を殺し、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して、そうして殺し続けるモノたちが、なぜ、まだ続いているのです―――?」

「巴御前……?」

 

 熱が増す。それが既に終わった生命が持つものだと思えぬほどに。

 冷ややかな口調とは裏腹に、熱量は天井知らずに上がっていく。

 あれはもはや骸と言って差し支えない女の体だ。

 

 しかし、だというのに未だ大熱量は留まることなく迸る。

 血を燃やし、肉を燃やし、骨を燃やし、髪を燃やし。

 女の体を薪として、地獄の劫火が噴き上がる。

 

 それは己を焼くための自決の炎―――などであるはずがない。

 

 燃え盛る炎の中で骸が、骸であったはずのものが動き出す。

 灰になるどころか炎より出ずる、再びの白髪鬼。

 腹に空いた大穴など、痕跡すら残さず消えていた。

 

 血よりなお紅い真紅に染まった眼で鬼が笑う。

 

「あの方を討ち滅ぼした源氏が築きし世、あろうことか今なお続く地獄変。治める者が代わろうと、他の何が変わろうと、許せぬ、許せぬ、けして許せぬ。あの裏切りの先にこの世が継続していることが私は許せぬ。

 そう、我こそはこの時代に生きとし生ける者その尽くを焼却せねば消えぬ怨霊―――我が忌名(いみな)、アーチャー・インフェルノ。“一切焼却(いっさいしょうきゃく)”の宿業を以て我が身を薪とし、この地獄全てを灰に帰すまで消えぬ呪いの鬼火」

 

 巴御前が腕を伸ばし、地面に突き立っていた薙刀を抜く。

 その構えに一切の乱れはない。ダメージと思しきものなど皆無。

 数秒前の攻防など何もなかったかのように、彼女はそこに立っていた。

 

「―――ッ! ゲイツ殿、下がって!」

 

 小太郎が叫ぶ。理屈も道理も分からない。

 ただ致命傷だった巴御前が復活した、という結果が確かにそこにある。

 風魔小太郎の知る巴御前にそんな能力ありはしない。

 まして彼女が己が鬼火なのだと嬉々として語るような真似もありえない。

 

 であるならば。今の彼女は単純に戦力として人格を無視し操られている、などという簡単な話ではないだろう。そしてそれが確かであるならば、先程の少女の方もまた同じはず。

 

「そんなん名乗りがええの? ほなうちも合わせんとなあ」

「なに……ッ!?」

 

 小太郎の叫びは遅い。

 

 とうに少女だったものの灰に落ちた酒の一滴は染み渡っていた。

 直後、ただの一滴だったはずの酒が爆発的に水量を増大した。

 突然に発生し、地上にて渦巻く大瀑布。

 

 竜巻のような勢力を有するそれに、ゲイツは瞬く間に取り込まれた。

 

「うちはその子とちごて、わざわざそうしたい理由もあらへんのやけど……せっかくのお祭り気分、ぜぇんぶ蕩けて、溶かして、呑み干すんも悪ないわぁ」

 

 装甲の上で弾ける酒精。それが徐々にゲイツの装甲を蝕んでいく。

 溶ける、というより腐食していく。

 それを認識してゲイツが大きく舌打ちし、ドライバーに手をかけた。

 装甲が保つ間に強引に突き破るしかない。

 

 ―――と、彼がそう判断した直後。

 

「こちら側を吹き散らす! この声が聞こえているならこちらへ駆け込め!」

「ゲイツ! 言う通りにして!」

「―――――!」

 

 聞いたことのない声。それに続いてツクヨミの声。

 であるならば信用してよいのだろうか。

 ドライバーに手をかけながらも、ゲイツはその声の方向へ顔のみを向け。

 

 パァン、と。酒の竜巻がまるで風船のように弾ける様を目撃した。

 咄嗟に疾走を開始してそちらへと飛び込む。

 酒の流壁が戻る直前ギリギリに飛び込み、脱出を成功させるゲイツ。

 

 僅かに掠めた酒精の飛沫だけでも装甲が白煙を上げ続けている。

 強引な突破では成功しても、戦闘不能になっていたやもしれない。

 その事実に深く息を吐きつつ、救い主に視線を向けた。

 

 見れば、それは十字の槍を手にした男。丸めた頭に僧衣という格好からして坊主、僧兵の類なのか。

 だがしかしライダーゲイツの装甲さえ腐食させる酒。彼が手にした槍は特別なものとは思えない。ただの槍で一時とはいえ毒の滝が如き酒を吹き散らすとは一体どういうことか。

 

 ゲイツの無事を横目で確認すると満足そうに笑い、男は酒の竜巻に視線を戻した。

 

 ちらりと後ろのツクヨミに確認を意図した視線を送る。そうして見てみた彼女の表情は曖昧だ、突然の乱入者が完全に味方か否か。多分大丈夫だと思う、くらいの感触であるように見える。

 周囲を警戒していた風魔小太郎も止めはしないということは大丈夫なのか。あるいは警戒態勢を一段深くしたが故にマスターたちから離れられないのか。

 

(―――敵であったとして、ツクヨミたちの近くにいるよりは俺かジオウの側にいた方が対処できる分まだマシか)

 

 男と隣り合うことに一応の納得をして、ショット555を放り拳を握り直す。

 

 やがて竜巻が勢いを失い、地面へと雪崩落ちていく。

 酒の匂いが充満するその場から顔を出すのは、灰となった筈の少女。

 

 彼女は手にした盃に口をつけ唇を濡らすと、口が三日月に裂けたかのように口端を歪めた。

 そこからクスクスと零れ落ちる邪悪な笑み。

 

「んー……うちは人の世に言いたいこと、なぁんもあらへんなあ。

 仕方あらへんから名乗りだけ。我が忌名(いみな)、バーサーカー・衆合地獄(しゅごうじごく)。“一切熔融(いっさいようゆう)”の宿業通りぜぇんぶ溶かして、蕩かして、うちの腹の中でひとつにしたるさかい、あんじょうよろしゅう」

 

 鬼―――衆合地獄が剣を拾い上げる。そうしておきながら盃は手にしたまま。

 だが酒がああも溶解液染みているなら、あれも武器と見るべきか。

 構え直すゲイツと十文字槍の僧兵。

 

 その僧兵の方を見ると、衆合地獄はインフェルノへと声を向けた。

 

「なあなあインフェルノ。わざわざプルガトリオが顔出してくれはったけど、これどうするん? リンボに確認取らんで殺してええの? うちは望むとこやけど」

「――――それは、いえ」

「せやねぇ……うちもあんたはんもいくら考えたって分かるわけないわあ、なら殺してええってことでよろしおすなぁ。“一切鏖殺(いっさいおうさつ)”の宿業埋め込んどいて、状況次第で殺すか殺さないか臨機応変に対応しろー、なんて筋が通らへんもんなぁ? 見かけたからには殺してええに決まっとるわ、ほな殺そか?」

 

 インフェルノの微かな逡巡、それも衆合地獄の理屈でもって焼け落ちる。

 殺し尽くすのが彼女たち目的だ。それ以外の余分など一切合切必要ない。

 殺して殺して殺して殺して殺して、自分が死ぬまでそれだけだ。

 

 今この世に、あの裏切りから先の時代に生きているというだけで罪深い。

 全てを燃やし、灰にするのがインフェルノの使命だ。

 

「ええ、そうですね。殺しましょう」

 

 手にした薙刀を強く握ればそこに呪力が滾り、それを燃料に炎が燃え上がった。

 

「クロは下がって皆の前にいて」

「……りょーかい」

 

 すぐさまそちらにジオウⅡが回る。

 矢の撃ち合いならまだしも、あれとクロエが打ち合うのは不可能に近い。

 鬼種の膂力、現世への怨恨を糧に燃える呪力。

 クロエどころか真っ当なサーヴァントではまともな打ち合いは叶うまい。

 

「……おい、お前も敵の一人なのか」

「うむ、いや、ううむ……拙僧にもよく分からん!」

「おい……!」

 

 本気でさっぱりなにも分からん、と言い切る男。なんかいつの間にか召喚されていて、夜ごとに悪鬼蔓延る地獄の様相。これも縁、悪鬼の類が相手であれば遠慮も要らぬと、手当たり次第に妖魔を斬り捨てることを目的としていただけ。

 物の怪どもは夜ごと各所に溢れ出す。どこを狙い、どこに向かうかなど把握しきれぬ。彼がこの場に居合わせたのは紛う事なき偶然である。

 

 その態度に対し、衆合地獄へ備えつつゲイツが声を荒げた。

 と、そこで僧兵は静かながら確固たる事実を言葉にする。

 

「だが少なくとも今の俺に言えることがある。我が名はぷるがとりおなどという胡乱なものではなく、宝蔵院胤舜である、ということだ」

 

 振るわれる槍の穂先は十文字、その刃に迷いが如き曇りはない。

 ただ敢然と目前の怪物を討ち果たすことのみに集中している。

 ゲイツとて、彼の抱くその確かな感情は感じ取れる。

 

 ただしそれには問題がひとつ。自分が『この相手は信用できる』、と感じた事。それを抱くに至った己の人を見る目。その点において、ゲイツは正直自分自身でも何とも自分の認識に懐疑的だ。

 少なくともこの相手がウォズやコロンブスよりは真っ当な人種であって欲しいのだが。そうでもなければいい加減人間不信だろう。いや、そんなことにはならないが自分の見る目がなさ過ぎて情けなくなる。

 

 ―――とにかくこの状況、疑念は残るが致し方ない。

 

「ちっ……!」

 

 相手は不死身と思われる二騎。

 しかも呪炎と魔酒、共に広範囲を一気に滅ぼせる手段を持った相手。

 あの酒の攻撃を迎撃できるらしい男の協力は有難い。

 

(相手は不死身、理屈は不明。けど恐らくは呪術師が原因というのは想像に難くない。それがさっき衆合地獄が口にしたリンボ……?)

 

 守りのため、魔法少女組はマスターたちから離さない方がいいだろう。

 ソウゴの指示を受けたクロが下がり、彼女たちの前に着地した。

 手には弓を握ったまま、どちらにも援護射撃を飛ばせる姿勢。

 もしもの時は彼女が盾の宝具を投影する、という防衛を強化する手段もある。

 相手の全容が見えないとはいえ、堅固な布陣であると言っていいはずだ。

 

 少し口惜しげにツクヨミが唇を噛む。ファイズフォンⅩを手放した以上、ツクヨミも前には出れない。もっとも今敵対しているあの二騎は範囲攻撃も凶悪な威力だ。武器があったとしても前に出るべきではない相手だろうが。

 

「アサシン、警戒を!」

「―――御意」

 

 この二騎以外の乱入による戦場の更なる混沌化を小太郎に警戒させる。胤舜のような突然の増援なら望むところだが、敵に増えられては堪らない。

 彼の宝具は風魔忍軍という集団の疑似召喚。時間稼ぎ、分断にはもってこいのものだ。突然の増援があっても小太郎ならば間違いなく、状況を整えるための時間を稼げるだろう。

 

 現状では鬼の少女相手の盤面はどうなるか分からないが、巴御前側の戦況は心配していない。相手が不死であろうとも、ジオウⅡならばまず通すことはないだろう。

 

 鬼火を纏い炎上する薙刀を大上段に構える巴御前。そうして放つ一撃の火力はもはや爆撃同然。それに対しジオウⅡはジカンギレードを両手で握り、微かに腰を落として迎撃の構えを取る。異常な破壊力、再生力に対してごく当たり前のような姿勢のみで対峙する。

 しかし殺意に塗り潰された本能で動く白髪鬼が、その蒸発した理性でなお手をこまねく。全身全霊で覚える感覚は、どう攻めても先回りされ斬り捨てられるような悪寒。

 

「―――――」

「―――――」

 

 ―――膠着する。

 攻められない巴御前。下手に仕掛け爆撃の余波を背後に通したくないジオウⅡ。

 揃って無言のままに制止する両者が対峙する空間。

 

巴御前(インフェルノ)は言うまでもなく、あの衆合地獄もこの国の鬼種。プルガトリオと呼ばれたあの男、武装からしてランサーの宝蔵院胤舜もこの国の英霊。槍の技量が神域にある、とその名を轟かせた仏僧だったかしら)

 

 あの男が英霊だというのは分かるが、認識は曖昧だ。一応名前だけは把握していたが、それは槍術家としての技量のみが語られていたというもの。英霊としての格がどれほどかというと悩ましい。

 

 ―――と思っていれば。彼は槍の技量ひとつで鬼が放った圧倒的な妖気を伴う酒気を引き裂いてみせた。技量のみであれほどの事ができる存在がどれほどいるかと考えれば、宝蔵院胤舜が語られる通りに槍の技量そのものが宝具級の一流サーヴァントであることは疑いない。

 

 ゲイツがジカンザックスを手の中に呼び出す。手品の如き武装召喚に胤舜がおお! と声を上げた。が、サーヴァントなんだからお前も似たようなことできるだろ、と思っていれば、自分でそれに改めて気づいた様子で胤舜はからからと笑う。この状況で何が楽しいというのか。

 

 衆合地獄が笑みを浮かべたまま剣を傾け制止する。どれほど気を抜いた様子を見せても、胤舜に隙は生まれない。その状況こそを確固たる情報として、オルガマリーは改めて宝蔵院胤舜というサーヴァントの性能が相当なものであると理解した。

 

 ―――膠着する。

 

 じりじりとひりつく空気。比喩ならず、熱気と酒気で空気が確かに焼け付いていく。

 戦闘態勢にあるもの全員が、どんな手を打ってもこの戦場には進展がないと理解する。不死身の悪鬼。不死身であっても圧倒できぬ無双。両軍が共に攻めあぐねる形の静止。

 

 そしてそんな状況こそ彼女たちが力を尽くせる時間に他ならない。

 思考を続けるオルガマリー。

 

地獄(インフェルノ)、衆合地獄、煉獄(プルガトリオ)に……辺獄(リンボ)。方向性は何となく―――)

 

 宗教的である、と考えたところでオルガマリーの眉が酷く歪んだ。

 

(呼ばれたサーヴァントは日本の英霊に固まってる。宗教に関する名を与えるにしても、衆合地獄のように仏教から取ればいいものを、何でわざわざインフェルノ……はまだしも、プルガトリオやリンボなんて、カトリックの言葉を……)

 

 出立直前の冗談混じりの会話。この平行以下略世界は、復讐者となった天草四郎による犯行。あれがここにきて冗談ではなくなってきたことを感じる。

 こうもぽんぽんとキリスト教を思わせるフレーズが出てくればそうもなろう。

 

(―――島原の乱で何かがあった平行世界? 下手をすれば、それをもって剪定事象に至るほどの何かが)

 

 日本の一揆ひとつで剪定事象に、とは考えにくい話である。だが天草四郎という男もまた、奇跡を齎すものとして稀有な魔術回路を持ち合わせた男。何か噛み合ってはいけない歯車同士が噛み合い、ろくでもない事になったという可能性は考えられないわけではない。

 

「なんやこうして見つめ合うだけいうんは退屈で、醒めてきてもうたなぁ?」

 

 膠着の末、動きだす。真っ先に動こうとしたのは衆合地獄であった。

 彼女には何か考えがあったわけでもない。

 ただ膠着に飽きたから、という理由で状況を気に懸けずに動き出す。

 

(不死身の絡繰が分からない以上、最終的には撤退するしかない。ただ巴御前―――アーチャー・インフェルノはともかく、衆合地獄は口が軽い。戦いを引き延ばせばまだ情報が入るかも……!)

 

『――――そこまでです。アーチャー・インフェルノ、バーサーカー・衆合地獄』

 

 声と同時、突然に空中に黒い人型が浮かび上がった。

 影に見えているだけではない。実際何やらと()()人型なのだ。

 ただのこちらに声を届けるための術か何かか。

 

 彼の指示を聞き、衆合地獄の動きがぴたりと止まった。

 不服そうに目を細めつつ、しかし逆らう様子はない。

 

「ほんまいけずやわぁ。獲物を前にわざわざ殺すななんて釘刺しにくるやなんて、“一切鏖殺”はどこへ行きはったんいう話にならへん? リンボ」

『ですがせっかくの賓客、異界より来たれり怨敵。殺すより先に持て成さねば我らが主、妖術師殿の沽券に関わるというもの。故に我が主の右腕としてこの私がこうして皆様方にまずはご挨拶をと思った次第でありますれば―――』

「式神で声だけ届ける腑抜けがよう言いはるわ」

 

 リンボの影が腕らしき部分を動かした。描かれるのは五芒星。

 虚空に引かれた線が繋がり、術式が結実し、血色の光が眩く灯る。

 舌打ちを堪えつつ、オルガマリーがクロエに声を飛ばした。

 

「防御を―――!」

『ンフフ―――ご安心召されるが宜しい、異界からお越し下さった皆様方。これは此処で貴方たちと戦うつもりはない、と行動で示しているだけのこと。そら、我らが同胞を見れば一目瞭然でしょう』

 

 リンボが示したインフェルノ、衆合地獄。

 両名が先の五芒星と同じ色の光に包まれ、その姿を消していく。

 転移魔術だった、ということだろう。

 その光により数秒後、二人はそのままあっさりとこの場から消え去った。

 

 警戒は解かぬまでも構えは解き、それぞれがリンボを見上げる。

 対して彼が真っ先に注目したのは胤舜であった。

 

『ランサー・プルガトリオ……いえ、宝蔵院胤舜殿。まずは妖術師殿に召喚された七騎の英霊剣豪の一人として敢えて告げましょう。こちらに帰還なさい、貴方も私や彼女たちのように“一切鏖殺”の業を宿し、この世界に生きとし生ける者を殺戮するという使命があるのですから』

「―――ほう、拙僧が現世に召喚されたのはそんな理由からだったか。それは正しく初耳で、頭の痛くなるような話だが……いや、そうして勿体付けるような話でもないな」

 

 胤舜が厭わしげに槍を払い、石突きを地に立てる。

 

「リンボとか言ったな」

『如何にも我が忌名(いみな)、キャスター・リンボ。現世に蘇りし七騎の英霊剣豪のひとりにございますれば……我らを召喚せしは、この地に阿鼻叫喚を望む地獄の淵より復活せり妖術師殿。その御力にて召喚されし我らの使命はひとつ。この下総国を滅ぼす“一切鏖殺”。

 ……貴方も、私も、やるべきことはひとつと心得なさいませ』

 

(下総……?)

 

 レイシフト先は上総国、という話だったはずだ。

 近隣ではあるはずだが何故そんなズレが起きているのか。

 その考えが纏まる前に、胤舜がリンボへと吐き捨てた。

 

「経緯は知らぬ。目的もとんと分からぬ。拙僧が貴様たちに呼ばれた、という話も嘘ではないのだろう。そして貴様たちがそうした理由は、()に無辜の民を突き殺して回らせるため、と理解したが」

『ええ、ええ。それはもう間違いなく。一切誤解なく伝わったようで何より。では―――』

「うむ。では―――」

 

 胤舜は一切迷わずに突っ込んだ。

 大地を蹴り飛ばし、空に浮く影を切り裂かんとする跳躍。

 

 インフェルノ、衆合地獄。

 共に一癖も二癖もある者であったのだろうが、それとは別格。

 

 悪鬼の如き、という形容では足りぬ悪辣さ。

 ()()は野放しにしておいてはならぬ。

 その認識を確信するまで、ほんの僅かに交わした言葉で十分だった

 

「事情も知らぬまま槍を振るうのはここまでだ! これでも仏道に生きた身、ただ人を守るための槍ならばまだしも、対峙した敵を怒りのまま討ち滅ぼすために振るう槍など持ち合わせていなかったが……しかし貴様ら外道を斬り捨てるために必要とあらば迷いは無い!」

 

 輪郭さえもはっきりしない人型の影。

 表情など見て取れるはずもないそれが、ニヤリと嗤うように歪んだ気がした。

 

 跳躍した胤舜に向け、リンボの手元で光が爆ぜる。並々ならぬ速度の呪術行使。下で見上げていた魔術師が息を呑む。魔力が術式として結実するに至るまでが速過ぎる。もはやその速度は神代の魔術師のそれと変わらぬ、というほどに。

 

 術師ならば、そして所詮は術師の式なれば。己の槍をもってすれば、対応されるより先に斬り捨てられると踏んだのだろう。だがしかし、キャスター・リンボはそれほど甘くはない。

 

「覚悟の程、確かに。その意志の通り、存分に仏門に背を向けて頂きましょう。しかし貴方の槍が穿つは我ら悪鬼外道の徒に非ず―――! 貴方がその十文字の槍にしかと浴びせるものは、無辜の民とやらにぶち撒けさせた臓物(はらわた)と返り血となりましょうがねェ―――ッ!!」

 

 リンボが術を行使する速度に緩みはない。

 そして繰り返し使われた言葉、“一切鏖殺”の宿業。

 それなる術だと思われる五芒星は、いとも容易く完成した。

 

 空中では回避も儘なるまい。

 故にリンボは最速でそれを胤舜へと撃ち放とうとし―――

 

〈フィニッシュタイム! キワキワシュート!〉

 

 その前に、地上から黄金の一矢がリンボの影に迫っていた。だが問題ない。この式が打ち砕かれたところで大した事にはならないのだ。呪力の逆流によるバックファイアも対策済みであるし、式神が砕かれたところでもはや“一切鏖殺”の呪は止まらない。

 リンボが砕かれた衝撃で弾き出される呪力が、空中で躍り出ている胤舜に宿業として刻み込まれ、ランサー・プルガトリオへと変転させる。

 

 プルガトリオもまた不死の存在。カルデアを襲い、何度返り討ちにあっても無尽に復活し戦い続けるだろう。後は適当なところで再びリンボが回収しにくればいいだけであり―――

 

 そこで破裂音、直後にリンボが操る式の全身が硬直した。

 砕かれていない、無事だ。だが呪も放てない。

 胤舜に撃ち込むはずだった呪いも、式神と共に空中で静止してしまった。

 

『なんと……ッ!』

 

 影が己の身を検め、その影の向こうで術者こそが驚きを声にした。

 

 黒い影を覆うのは黄金の拘束。

 それを成したのはライダーゲイツ、彼が放った矢に他ならない。

 仮面ライダーカイザのウォッチを装填したジカンザックスによる一撃だ。

 

 それを振り解けるほど強度のある式神ではない。

 こうなった以上、リンボにできることは何もない。

 槍を振り上げながら迫る胤舜に干渉などできるはずもない。

 

 完全に動かなくなった影に果たせる役割は、もはやスピーカーくらいなもの。

 リンボが影越しにこちらへただ吐き出すしかない言葉。声を荒げた負け惜しみ。

 

『おのれカルデア、儂の術を阻むか! だが何をどう足掻こうと妖術師殿の計画は止められぬ! 無論、儂の与える宿業からもだ、宝蔵院胤舜よ! 恐れ戦くがよい、この世はあの方が味わった地獄以上の地獄と変わるのだからな―――ッ!!』

「―――――」

 

 完成すれども標的である胤舜に定着させられなかった呪術。

 それ諸共に、宙に浮く影を無言で十文字槍が両断する。

 流麗なる一閃にて黒いものは五芒星と共に真っ二つになり、完全に四散した。

 宙に残されたのは、術の基点となっていたのだろう裂かれた呪符のみ。

 

 胤舜がひらりと危うげ無く着陸するとほぼ同時。

 空から闇と月が取り除かれ、暁の空が浮かび上がってきた。

 

「なんか夜から夕方になったんだけど」

「うむ、そういう日もあろうさ」

 

 ジオウⅡが周囲をきょろきょろ見回し、空を指差し異常を示す。

 それに対し胤舜は地に落ちた紙をじいと見つつ、適当な返し。

 どうしますか、というツクヨミからの視線を背に受けて、オルガマリーは軽く息を吐きつつ前に出た。

 

「ランサーのサーヴァント、宝蔵院胤舜……でよかったかしら。あなたさえよければ、わたしたちの素性と、この異常な世界の現状についての話をしたいのだけれど?」

 

 彼女の言葉を聞いて、胤舜は片目を瞑りふむと唸る。

 

「如何にも拙僧は宝蔵院胤舜。こちらの素性は先ほど聞いた通り、何やら大規模な破壊を目論む妖術師とやらに、ランサー・プルガトリオなるものとするため呼ばれたそうだ」

「……つまりあなたから目を離せばいつ敵の手に落ちるか分からないということ」

 

 胤舜が言外に語った事実を美遊が改めて言葉にする。

 リンボが最後に放ったあの唐突な負け惜しみ。

 別に悪党が幾ら悔しがってくれても問題ないが、あの反応は微妙だ。

 

 そもただ式神を斬り捨てただけ。

 わざわざ情報を乗せて断末魔など放つ意味もない。

 術者はあれをさぞ嬉々として放ったのだろう。

 

 あの言葉を聞いたからには、胤舜は一人で動きづらくなった。

 そしてもうひとつ。

 

「易々と負けるつもりはないが、さて……あの不死の鬼に囲まれ追い詰められ、そこにリンボが居合わせればどうなるかというと、という話になるなぁ」

「胤舜はいつからここにいるの? 今までは何もなかったの?」

 

 追加で問いかけてくるジオウⅡ。

 彼の質問に答えようとして、しかし胤舜は太陽の傾き具合を見て首を横に振った。

 

「そろそろ本物の夜だ、先に拠点に帰っておきたい。事情の把握具合は拙僧と大差ないが、同じくこの問題に対処している異邦人(なかま)もそこにいる。

 長い話になるだろう? 話はそちらで聞くということでどうか」

 

 数秒言葉を詰まらせて、結局何も口にすることはせずジオウⅡがオルガマリーにその顔を向けた。小さく溜め息を吐きつつ、オルガマリーがイリヤに視線を寄せる。正確には、彼女の頭上で回っているステッキに。みょんみょんと怪電波を出しているようにしか見えないが、イリヤスフィールとのレイラインを通じて立香の捜索中だ。

 

 一分と待たずに出てきた結論は、一応安心できそうな内容だった。

 

「あ、いましたね。私たちの現在地と合わせてこの距離だと……土気城跡近く、でしょうか?」

「うん? 他にはぐれた連れがいたのか。だがまあ土気の城下にいるなら心配いらんだろう。あそこはシノビ様、とやらが走り回っているからな。

 それにこの状況、化生の夜が明けた直後の夜に城下に入ろうとすれば、気を張り詰めた警備に止められるだろう。素直に夜が明けてから迎えにいってやるといい」

「忍……忍の手のものがいるのですか? いえ、それ以前に土気城に城下……?」

 

 地方、時代から言ってここに忍がいるのなら、それこそ風魔と関わりのある者だろう。それに反応して、この時代には既に命がない風魔の頭領が声をあげる。

 

 が、それ以上に気になるのは胤舜の土気城に対する物言いだ。あそこが城下を抱えるほどの城だった覚えもなければ、そもそもこの時代には既に廃城となっている筈。あるいはレイシフトする筈だった時代がズレているのか。

 先程はリンボからおかしな言葉も出た。下総国を滅ぼす、と。土気城は上総の城であり、つまりこの一帯は上総の筈である。近隣とはいえ下総の名が出ること自体どういうことか、という話である。

 

(……剪定事象に至る歴史。こちらの常識で考えるのはほどほどにしておくべき、か)

 

 だったらなおさらに情報の共有はしたい。

 この坊主が安全だというのなら、立香のいる場所は間違いなく安全なのだろう。

 

 であるならば、この時代の歴史を知る者から真っ先に聞き取るべき情報はひとつ。

 

 島原の乱のことである。

 リンボが妖術師を語る際の言葉の端々や、最後に言い残していったこと。

 やはりどうにも天草四郎の存在が垣間見える。

 

「所長さん」

 

 同行するべきだ、というツクヨミの声かけ。

 それに小さく頷いて、オルガマリーは今後の方針を決定した。

 

 

 

 

 

 パチパチパチ、手を打ち合わせる渇いた音。

 それを聞きながら、呪詛返しの身代わりとなり手元で燃え上がる呪符を握り潰す男。彼は泰然とした様子のまま振り向いて、余裕を保った笑顔を手を打つ相手に向けてみせた。

 

 そうして視線を向けられた赤いコブラは拍手を止めて、称賛を改めて言葉にして送る。

 

「名演だったよ、見物だった」

「それはそれは。満足して頂けたなら拙僧も喜ばしい」

 

 ―――キャスター・リンボ。

 彼こそが式を通して戦場に語り掛けていた者。

 その彼が洞穴の中で赤い男と和やかに言葉を交わす。

 

「それで、あのプルガトリオとかいう奴はどうするんだ?」

「どちらでも。我が手に落ちるというなら使うまでですが、それを警戒して戦力を割きづらくなればそれでよろしい」

 

 プルガトリオとして胤舜を従えられるに越したことはない。

 が、リンボが胤舜を狙っているという情報で相手の編成を制限できれば十分だ。

 その醒めた物言いにやたら残念そうな声を上げるコブラ。

 

「オイオイ、英霊剣豪とやらは全部で七騎じゃなかったのか? 六騎じゃ片手落ちだろ」

「ンフフ……元より英霊剣豪など飾りのようなもの、鏖殺を効率的に成し遂げるための手段にすぎませぬ。最終的にこの下総国が怨念で満たされればそれでよろしい。

 カルデアの動きを制限する、という意味で正しくその名が役に立っているならば、設けた価値はあるというものです。無論、拙僧は妖術師殿に口八丁で言い訳せねばならなくなりますが」

「効率的にねぇ」

 

 コブラは胡乱げにリンボを見据える。

 城下周辺にはシノビ。近隣の村々には胤舜のみならず戦える人間が対応に出ている。まあ当然手は足らず徐々に殺戮は進んでいるが、効率的などとはとても言えたものではない。これからはカルデアが対応に参加するとなれば、更に作業は遅れることが約束されたようなもの。

 

 カルデアが来る前に胤舜を襲い、プルガトリオを得るか。あるいは今回のようにカルデアに胤舜を意識させ、戦力分散をしづらくさせるか。その二択に関してはまあ、どちらが正解ということもないだろう。

 

「ええ、効率的に―――着々と、拙僧の計画は進んでおりますとも」

 

 リンボがそう言って口端を歪めると同時。

 

 洞穴の最奥から、獣が悲鳴を噛み殺したような唸り声がした。

 岩壁にぶつかり洞窟内に酷く反響する呻き声。

 声は続くこと数分、やがて落ち着いたようにその声が止まった。

 

 それからすぐ後に奥から現れるのはアナザーキバ。

 怪物はリンボたちの横を通っても反応しない。

 ただ幽鬼のように歩を進めて、この洞窟を出て行くだけ。

 

 そんな怪物の背を視線だけで追って、赤い怪人は肩を竦める。

 

「……ま、小さな村から逃げ出した人間は城下にわざわざ集うんだ。妨害を躱しつつある程度村の数を削ったら最後の最後に本丸で鏖殺、ってのは分かりやすくて派手だろうな」

 

 まあ生き物全部を一ヵ所に集めて大逆転、ってのはカルデアが一回やってるけどな? それを口にすることはせず、怪人は意見を述べておく。必ずしも白ウォズの協力が得られるわけではないだろうし、確実に行える手段ではないだろう。

 が、シノビの力を狙う彼がどこかに潜んでいることを考えれば、城下に集めた人間が全員ヒューマノイズ化して殺せない、なんて顛末もありえるわけである。シノビの力を得るまでカルデアと積極的に敵対するとも思えないところであるし、かなりありえる線ではある。

 

「確かに。ではそれも妖術師殿用に拙僧が使わせて頂きましょう」

(人理焼却の戦いは知らねえのか、知ってて知らんぷりか……ま、どっちでもいいがな)

 

 改めてアナザーキバが出て行った出口に視線を向ける。

 妖術師の計画、リンボの計画、白ウォズの介入。

 

 さてどうなるか、と。

 彼は愉しげに手を顎へと当て、軽く撫でた。

 

 

 




 
 プルガトリオ登場せず。
 英霊剣豪、実は六人しかいなかった!?
 
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