Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
やっとそこそこ、最低限には慣れ始めた着物での足取り。
そんな覚束ない動きで、紹介された場所を訪ねる。
辿り着いたそこには十人近くの大工がいて、声をかけあい作業しているようだった。民家で一部崩れた屋根の修繕作業だろうか。基本的に慣れたものなのだろう、素人目にも動きに淀みはなく、手早く進めているようだ。
歩幅小さく、彼らに歩み寄っていく立香。
そうしている内に、棟梁らしき壮年の男が声を上げるのが聞こえた。
「おら、蓮太郎! またどこ見てやがる、しっかり働け!」
「はい、すみません!」
怒鳴られて屋根の上の男が一人ひょいひょいと跳ねる。
何ともすばしっこい、とにかく軽い動作だ。
サーヴァントならまだしも、普通の人間が見せるには突き抜けている。
安定しない足場であれほどの動きとは凄まじい。
あれが神蔵蓮太郎、という青年に間違いないだろう。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
「あん? ……ああ、そのとんでもなく目立つ着物。話は聞いてらぁ、蓮太郎に用事がある嬢ちゃんってのはあんたかい。おい蓮太郎! 降りてこい、お前に客人だよ!」
「へい? へい!」
神蔵蓮太郎の動きも速かったが、棟梁は棟梁で話が速い。一言声をかけただけで状況が進行してしまった。そしてやはり応じた蓮太郎の動きも速い。
彼は当たり前のように掛けてある梯子を使わずぽーんと飛び降りて、一切の音もなく着地を決めた。まるで彼には重量などというものが備わっていないようだった。生身でこれほどの動きを見せるとは、仮面ライダーだと知っていなければサーヴァントかと疑うところだ。というか仮面ライダーだからと言って生身でも必ずしも強いわけでは―――
(でも生身だと神様とか幽霊の仮面ライダーもいるんだし、忍者だっているよね)
過去の経験を元に納得し、まあ忍者くらいならとさらりと流す。
その間にもパパっと降りてきてこちらに駆け寄ってくる青年。
「俺に客って、君? 何か用が?」
「はい。仮面ライダーシノビ、様ですよね? この前はありが―――」
「ほわぁあああああ――――っ!!」
「うるせえぞ蓮太郎! 一体何だってんだ!」
ストレートにお礼を言おうとして、奇声を上げられる。
奇声を上げた蓮太郎はすぐさま怒鳴られた。
「いやぁ、あれ、ほらシノビの話で! 全然ね、違うって!」
「はぁ? シノビが何だってんだ。ああ、もしかしてお前がシノビだって?」
棟梁は立香の方を向き、半笑いで問いかける。
蓮太郎の様子から頷くのも憚られ、曖昧に微笑んでおく。
彼はあまりにも慌てた様子で手を左右に振り回した。
「違う違う違う違う! シノビ違う! シノビならない!」
「はは、お前みたいな間の抜けた奴がシノビだったらこの城はとっくに怪物に落とされてらぁ」
棟梁の言葉に聞いていた他の大工たちも笑う。
それに同意するように引き攣った顔で笑い、髪を掻き回す蓮太郎。
そうしながら彼はやけに安堵して、溜め息と共に言葉を吐いた。
「ああ、セーフ……バレてない」
「あん? バレてない? 何がだよ」
小さな声だったが、よほど耳が良いのか棟梁がすぐにそれを拾った。
噴き出すようにして再びの言い訳を考えだすシノビその人。
身振り手振りで何を示そうというのか、蓮太郎の動きがダンス染みてくる。
「バレ、バレて……バーレーテナイ! バーレーテー! バー、パー……! そう、そう! パーリナイ! パァアアアリナイ! ですよ! シノビ殿の活躍はシノビなれどもパーリナイなんで!」
何が何やら、しかしそれこそ黄金の閃きを得たとばかりに蓮太郎は繰り返す。
彼こそは仮面ライダーシノビ。
その正体を忍ばせるどころか、錯綜した情報を暴れさせることで隠す男なり。
だがパーリナイなどという言葉が棟梁に通じるはずもなく。
「さっぱり分からねえ、何が言いたいんだお前は」
「パーリナイはあの、バレてん、違うバレ、
「……おめえ、このご時世に伴天連の言葉なんか大声で使うんじゃねえよ。島原で大戦が終わったばっかだってのに」
「はい、すみませんでした!」
溜め息を落とす棟梁。
それを聞いてもはやこれまで、と。大きく頭を下げて、すぐに上げて。
蓮太郎は立香の背中を押しながらその場から逃げる事を選んだ。
(島原……島原の乱)
天草四郎終焉の戦。日本国史上、最大規模の一揆。
どういった状況かもう少し聞きたかったが、押されていては仕方ない。
押しやられて連れ去られる立香。
とんでもない速度で走らされるが、体勢は妙に崩れない。
何とも器用な搬送っぷりであった。
「……それで君、なんで俺の正体を?」
「他の仮面ライダーの知り合いがいまして。雰囲気で」
「他の、仮面ライダー……」
茶屋の端の席を取り、並んで座って言葉を交わす。
どうにも考えが及ばない、という様子だ。
彼は自分以外の仮面ライダーを知らないのだろうか。
「知り合いに他の仮面ライダーはいないのですか? ……いないの?」
「いたような、いないような……」
丁寧に訊いた後、わざわざ言葉を崩して問いかける。
何とも奇妙な立香の態度に眉を顰める蓮太郎。
だがまあそれはいいか、と。頭をがしがし掻き回し、彼は空を仰いだ。
「……正直、俺もここに来るまで自分が今まで何をしていたのか曖昧なんだ。この時代にいるのがおかしいのは分かってるし、間違いなく平成の世に生きてたはず。
けどどうにも……シノビとしてどう活動していたのか、それがピンとこない。ろくでもない連中と戦っていたのは覚えてる。けどそれが何を、何か、誰かを守るためだったとは思うんだけど……」
「記憶が薄れてる……?」
それもまた何者かの妖術か、と。
そう考えて表情を引き締める立香に対し、青年は首を横に振ってみせた。
「いやそういう記憶喪失みたいな感じじゃなくて、自分の中で自分が
確かああだった筈なんだけど……どうだったかなぁ~っ! という風になるというか」
そう言われると確かによく分からない。
今まで自分がどう生きてきたかを、まだ知らない、だなんて。
妙な話であるとは思うが、しかしそれをいくら考えたところで答えは出ない。
理解を得られないのは分かり切っていたのだろう。
蓮太郎は胡乱な表情を浮かべた立香にさしたる反応も見せはしなかった。
彼はそこまで語ってから、パンと軽く自分の頬を張る。
「―――まあとにかく、この状況なら俺がやるべきことはひとつなんだ。怪物たちに襲われている人たちを守る。自分のことが分からないのが不安といえば不安だけど、シノビの力の意味は忘れていない。
この力は、力の使い道を誤った者たちから力無き人々を守るためのもの。とりあえずは、それさえ分かっていれば俺にとって十分なんだ」
団子を取り、口にしながらそう言って。
神蔵蓮太郎は何度かうんうんと頷き、己のやっていることを改めて再認した。
自己が曖昧になってなお、授かった力の使い道は失っていない。
ならば今の自分を疑うことはない、と。彼はそう確信しているようだった。
ふと思い出したように、団子を頬張りつつの問いかけがくる。
「ちなみに君の知ってる仮面ライダーって?」
「えーと、色々いるけど。主に仮面ライダージオウ?」
「ジオウ、ジオウ……聞いたことがあるような、ないような」
立香も団子に手を付け、お茶を啜る。
「思った以上にふわふわしてるね、記憶」
「だろ? ただ俺の言ってることは嘘やハッタリじゃない……ハッタリ、ハッタリ……? そんなライダーもいたような、そうでもないような……」
「私は聞いたことないなぁ」
「そうか、じゃあ……いないのかもしれないな」
いないのかも、と口にした彼の言葉はどこか重かった。
彼自身にさえなぜそうした声色が出たのか分からない、そんな重さ。
そこで一度会話を切って、団子とお茶に集中する。
並んで無言のまま過ごす数分の時間。
お互い団子を口にして、やがて注文していたものが全て二人の胃袋に入った。
「さって、と。この前のお礼をちゃんと受け取ったよ。
ただ俺がシノビの正体だってことは皆には秘密でお願いな」
懐から巾着を取り出し、代金を皿の隣に置きながらそういう蓮太郎。
慌てて立香も出そうとするが、ぱたぱたと手を振って止められた。
一応はお礼に来たのに奢られてしまった。
仕方なしと、ただ彼のその態度に対して立香は首を傾げた。
「なんで隠す必要があるの?」
「んー……無いといえば無いんだろうけど。
仮面ライダーシノビとはそういう影の存在だった、気がする。
それだけが彼が正体を隠す理由。
信念以外の自己が曖昧になってしまった彼が、手元に残したこだわりだ。
「おつるさんが知ってるのは?」
「俺が着てる服で未来の人間だって一発で見抜かれて、サーヴァントって奴なのかって訊かれて、なんかまあよく分かってない俺が色々白状してああなった」
蓮太郎が立ち上がり、続くように立香も立ち上がる。
仕事に帰るつもりだった彼は、そんな彼女の様子に不思議そうにした。
「お礼を言いに来てそこで頼み事をするのもどうかと思うのですけれど、ひとついいでしょうか……ひとついいかな?」
「いいけど……何その変な喋り方?」
わざわざ丁寧に言った後に崩してもう一度言う。
逆ならまだ分かるが、一体どういう心境で使ってるのか。
問われた少女は割かし神妙に告白する。
「……着物じゃない服を着た本当の自分を忘れないために?」
「……そりゃ他人事じゃないな。じゃあしょうがない」
足元ふわふわコンビが揃って唸る。
二人ともにひとしきり自分の状態に思いを馳せ、十秒あまり。
それで頼みとは、という視線を向けられて立香は息を整えた。
カルデア、人理焼却、逃れた魔神、今回の異常、自分を引き込んだ何者か。
彼の仕事場に向け歩きつつ、それらを出来るだけコンパクトに纏めて話す。
理解の及ばない点もあるだろうが、蓮太郎は素直に聞きに徹してくれた。
「まあ大勢の部分は置いといて。つまり、君の仲間も解決に乗り出す筈で、先に来てしまった君は俺と協力して問題の解決に臨みたい、ということでいいのかな」
今必要なのはこの世界に関する話。これからの行動だ。
世界消滅の危機だったとかそういうのは、とりあえず置いておくことにする。
「うん」
「こっちも頷いて返したいけど少し難しい。俺……シノビは城下をできるだけ離れたくない。この状況で流石に長時間ここを空けるわけにはいかないだろ?」
「……でも他の村が襲われてたりもするよね?」
そっちは完全に切り捨ててるのだろうか。そんな筈はあるまい。
だとしたら城下の外で死にかけていた立香は、そのまま死んでいるはずである。
彼だって可能ならばそっちも助けに行くつもりの筈だ。
「それも分かってる。とはいえ、一番広くて人が多いここを足の速い俺が離れるわけにはいかないんだ。点在する村の方は……いくらかの侍たちが守ってくれてる、そっちを信じるしかない」
大量の怪物が湧く満月の夜。城下を一人でカバーできるのはシノビだけだ。
戦闘力ではなく、単純に移動速度の問題として。
恐らく周辺の村を回っている侍たちではそれができない。噂程度の情報でもシノビにはできて、自分たちにはできない。それを理解しているが故に、村々を守っている者たちはそちらに掛かり切り、城下に近付きもしないのだろう。
「侍? ここのお城の?」
「いや、侍とは言ったけどこことか別の国の侍ってわけじゃなくて、多分どこかの村を拠点にして個人レベルで動いてる人たちが二人か三人か……」
「怪物をものともせず戦える人たちが、二人か三人」
それはもしやサーヴァントでは? 接触を試みれば何か手掛かりがあるかもしれない。
そう考えていた立香に対し、蓮太郎はじっとりとした視線を向けてきた。
「……一人でその侍たちを探そうなんて思ってないだろうね、君。あの時は服が特別製だったから何とか助かっただけ、っておつるさんから聞いてるぞ俺は。一人で城下を出たりしないでくれよ?」
「―――――」
釘を刺されてしまった。
やる気だったかどうか、と訊かれると……まあ、やる気だったろう。
「君の仲間たちがここにくる筈だっていうなら、今の君の役目はここで大人しくしてることだ。城下から離れられない代わりに、城下は必ず俺が守る。だからここは大人しくしてなさい。
まったく、お転婆なお姫様ってのは世話が焼ける―――」
一瞬、足を止めて固まる蓮太郎。
どうかしたのかと並んで横顔を見上げれば、しかし彼はもう調子を戻していた。
その瞬間、彼がどういった表情だったのかは分からなかった。
「―――以上! 俺は仕事に戻るから、君はおつるさんの手伝いでもしてるといい」
「そうです……だね。うん、ありがとう」
蓮太郎はそうやって会話を打ち切ると、軽い足取りで仕事場へと走り去っていく。
シノビが動けない、と断言した以上確かに立香にできることはない。戦闘力に優れるようには見えないが、サーヴァントであるおつるさんといるのが無難だろう。
―――それでも、可能であれば侍探しをするべきではないだろうか。
流石に考え無しに突っ込むのは危険だ、それは重々承知している。だがタカウォッチロイドの快復を待って、空からアタリをつけて朝から動けば……そうすればもしかしたら、今の自分にもできることがあるかも。
そんなことをつらつら考えながら歩いている内に、借家へと帰り着く。
おつるは結局こちらに愛用の織り機があるから、と。職場に行くのではなく、頼まれた品をこちらで織り、それを納品するという立ち位置を維持したようだ。それが許されるような見事な腕前だった、というのもあるのだろうか。
借家の前にはちょうど彼女が立っていて、織った呉服を取りに来た小間使いらしき人物と軽く会話していた。だがどうやら会話はさっさと終了して、おつると話していた人物は目的の物品を届けるために早足でその場を去っていく。
それを見送った後に、立香はおつるの方へと歩み寄って声をかける。
「おつるさんの着物、人気出てそう?」
「さあ、どうでしょうね。私が織った着物は、ひとつの家が食うに困らない程度に売れた実績が一応ありはしますが」
旧い記憶に想いを馳せるように、どこか遠い目ををしてそう述べる。
彼女のそんな様子に、自分が着ているものを検める立香。
食うに困らないどころか、お貴族様とかが着ててもおかしくなさそうなものだが。
まあ自分の審美眼なんて大したものではないので、そう見えるだけかもしれない。
何やら深く思慮しているおつるに声をかけることはせず、少しの間そこで待つ。
「―――もし、そこな二人。少しよろしいか」
と、そうしていたら誰かに声をかけられた。
そうすればおつるも正気に戻り、二人で揃って顔を向ける。
そこにいたのは長い髪の一人の男だった。服装からして農民だろうか。一応やけに長い長刀を背負っているが、少なくとも一見して武士に連なる階級には見えない。憚らずに言ってしまえば、薄汚れた衣装の、浪人らしき男であった。
とはいえ、この時勢だ。怪物に襲われれば一介の武士ではどうしよもない、ということもあろう。剣を握り、住処を追われながらも必死に生き延びただけかもしれないのだ。
とにかく話があるなら聞こうとする立香。
だがその男を見た瞬間、おつるは稲妻に撃たれた鶴のように硬直していた。
「先程のやり取り、ここは呉服屋というものであろうか」
「ええっと、一応? けれどここで織った着物は別の大店に卸しているので直接は―――」
どういう契約なのか知らないので、確認するようにおつるを見る。すると何故か彼女は、鳩がコダマシンガンを撃ち込まれたような顔で停止していた。
何か嫌な予感がするし、いっそ本当に撃ち込んで起こした方がいいのでは? と立香の帯の中でコダマスイカがもぞもぞ動く。駄目だよ、と軽く帯を叩いて黙らせるが、なかなかおつるは元に戻らない。
「む、そうであったか。そういうものなのだな。世間知らずで相すまぬ。山に籠って日がな鍬か棒を振るだけで生きてきた男でな、町人が持つべき常識というものを持ち合わせぬのだ。
ところで、この薄汚い装束でその大店とやらには入れるものだろうか?」
「えー、と……」
からからと笑う男。本人も何となく駄目そうだと感じている様子だ
立香にだって分かるわけがないので、もう一度おつるを見る。
どうなんだろうか、そもそも彼はこの身形で代金を払えるのだろうか。
いい加減再起動してくれないと、本当にコダマシンガンを撃ち込むしかなくなる。
「ふ―――」
「あ、」
おつるから何か声のようなものが漏れる。
立香からはようやく動いてくれた、と安堵の声。
だがそれは即座に、困惑と驚愕の感情に塗り潰され停止することになった。
「ふ、ふひぃいいいいいいいい――――――っ!!」
だばだばばったんがたがたぎこぎこ、しゃーしゃーしゃー!
がんがんごんごんきんきんがんがん、しゃっしゃっしゃっ!
おつるが奇声を上げたかと思えば、家に駆け込み玄関扉を叩きつけるように閉める。その直後に響く機織り機なのかどうか分からない音。家の中には琴もギターもバイオリンもないので、こんな異音を出す物体は恐らく機織り機のはずではあるが……
軽妙に口を回していた男も、流石にその様子には困惑を顕わにした。
「……はて、私は何か彼女を狂乱させる何かをしてしまっただろうか」
「どうなんでしょう……」
音がするということは、何か作業をしているということだろう。
ならば待てば少し待ってみるか、と考えたのか。
とりあえず男はただじいと待つことにしたようだ。
割と酔狂な判断だと思うが、同居人としては立香も待つしかない。
十数分、織物を仕上げるには短すぎる時間。流石にまさかと思えば、しかし確かにたったそれほどの時間でばったんと扉は開かれた。
顔を出すのは狂乱のおつる。そして彼女の背後には飾られた一着の衣装。
一体どんなお着物なのか。おつる越しにそれを見る。
金糸に飾られた紺色のジャケット。そして煌びやかな白いパンツ。
恐らく男が着ればぴたりとサイズも合うのだろう。
(洋服だ……)
「名付けて! プリンス・オブ・スレイヤー!!」
(完全に洋服だ……!)
洋服だった。
しかもアイドルがステージ衣装で着てそうなヤツ。
「その輝き、その閃き、フランスの空を自由に飛ぶドラゴンを落とす勢い! 磨き抜かれた技と体は刃の如き鋭さをもって!
あふぅ……衣装がアイドルの輝きを引き立てるのではなく、衣装を鞘とし、アイドルこそ研ぎ澄まされた刃となるスラッシュ&スタイリッシュ。その輝きこそ正しく秘めたる魅力の懐刀。ほんの一瞬、僅かに覗いたその煌めきを垣間見てしまったが最後、あらゆる女性のハートは一刀両断。一度でもその太刀筋に心奪われたらもう引き返せないチラリズムゥ……目に焼き付いたその輝きから目を逸らすことは、誰にもできないこと請け合いでしょう……ふひぃ、ふひぃ」
目を見開いて語るおつる、おつるさん。
彼女は感極まって喋り倒した後、息を切らしながらも笑顔を浮かべている。
どうしてしまったのだろう。どうにかしてしまったのだろう。
せめてどうにかなってしまったせいでこうなっただけであってほしい。
ここにきて、どうにも心に余裕を持たせていた男さえ少々顔を引き攣らせていた。
何でも受け流す柳のような男かと思えば、なんと気圧されているのだ。
「ああ、うん、うむ? そういうのが、城下では流行りなのだろうか? ここまで歩いてきてそういった面妖……特徴的な服装は一度も見たことがないが……」
「えっと、この国ではあまり認知されていない異国の服、ですかね。一応」
「ほう、それはそれは」
立香の説明に納得し、頷く男。
おつるの暴走を見なかったことにして、彼は調子を取り戻していた。素早い。
そうして、自分の状況を口にする
「故あって私はとある男の用心棒を請け負っているのだが、その雇い主がどうにも今から身分の高いものと顔を合わせるというのだ。隅で控えているにしても、最低限の装いは必要となろう?」
「偉い人……土気のお城の、でしょうか?」
格好こそ見すぼらしいが、用心棒など請け負っているらしい。この怪異に溢れる時勢でそれができるとは、もしかしたら凄腕なのかも。彼が空いていればそれこそ城下の外の探索の護衛を頼めたかもしれないが……今まさに仕事の装いを求めているのだ、そうもいかないだろう。
「それは分からん。そも私からすれば武家でも大名でも将軍でも、雲上人であることには変わらんのでな。私に叶う限りを整えて出向くしかあるまいよ。
して、そのぷりんすおぶすれいやあ? とやらは仮に将軍の前でも礼を失さぬ格好なのだろうか」
「絶対やめた方がいいですね」
「であろうなぁ……物を知らぬ私でも流石に無理があると感じるのだから」
きっぱりと断言する立香に苦笑を返す男。
ちょっと名残惜しそうなのは気のせいだろうか。
そろそろ正気に戻っただろうか、とおつるを見る。
すると彼女は涎を拭い、何とか持ち直している最中だった。
彼女が実は想像の100倍奇人だったことについては、後で悩もう。
「ふひぃ、ふぃ……ふぅ……ええ、ええ、そういうお話でしたらもう。少々歯止めが利かず、御迷惑をおかけしたお詫びです。こちらで一着仕立てさせて頂きましょう」
「いや、代金は当然払う。というか一応それのために雇い主殿に金は持たされているのだ。無論、学がないのでどれほどの価値があるかはさっぱりだが」
そう言って男は懐から太った巾着を取り出し、そのままおつるに渡した。
重量だけで分かる、かなりの金額だ。一着に使う金額ではない。
その事実に顔を顰めて、せめて適正な額だけ抜いて返そうとするおつる。
だが彼女のそれを男は止めるように声をかけた。
「本来は大店とやらに卸し、その上で売るモノなのだろう。直接押し掛けた迷惑料も込みで受け取ってくれればよい。私が持っていても価値も分からぬただの重しであるしな。
雇い主殿もこんな私にそんな金額を持たせるほどにやり口が雑な男。アレの手に戻るよりは、理屈が通るならば使い道を心得たものに払い渡した方がマシであろうさ」
雇い主に返せばいい、という話もそこで打ち切る。
適正金額以外はあくまで迷惑料。そこに内訳もなければ適正も何もない。
無理な仕事を頼んだ故の心づけである。
そう言い切って男は返却を断固辞退した。
管理が面倒だから受け取りたくない、という心は見え隠れするが……
「―――そこまでおっしゃるのでしたら、仕立てる一着分以外は預からせて頂きます。もし他に何か入用なものがありましたら、いつでもおっしゃって下さい。残る金額分まで、確かな仕事をさせて頂きます。
大急ぎで仕立てますので、家の中でお待ちくださいな」
「うむ、ではそういうことで」
今回は特例で、元より男は服装に頓着する性分でもなければ、そこに金を注ぎ込める身分でもない。
恐らくはこの一度きりの利用になる、というのはどちらも分かっている話。だがそういう落としどころにしておけば、もし男の主が金を取りに来ても問題にはならないだろう。
そして普通、依頼を受けて即仕立てるなんて話はないが、まあ今更だろう。もう既に彼にはプリンス・オブ・スレイヤーが超特急で完成しているところを見せている。一体何なんだろう、プリンス・オブ・スレイヤー。フランスのドラゴンがどうとか言っていたが……特異点でもなければフランスにドラゴンなんていないだろう。
作業に向かうおつるに代わり、男を案内してお茶を淹れに行く。
流石におつるもプリンス・オブ・スレイヤーみたいに十数分では完成させまい。機織り機も若干常識的な音を立て、あの重機が複数全力稼働してる工事現場みたいな意味不明な音はしない。
客人にお茶を出しつつ、向かいに座って声をかける。
「もしよろしければ新しい服に袖を通す前に、体を拭く湯と布を用意しましょうか?」
「ほう、そのようなことまで。かたじけない、よろしく頼む」
茶の湯に口をつける男。
そういえば名前も聞いていなかったな、と今更思う。
「私、ここでお手伝いをさせて頂いている立香と申します。よろしければ、あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
相応の身分の者の用心棒などやっているらしいのだ。何とも分かりづらい立ち位置の人で、呼び方を考えるのも難しい。ただ本人は上流階級の人でもなさそうなので、名前を聞いても大丈夫だろう、多分。
言われた男は湯飲みを置き、悩むように顎に手を当てる。
「うーむ、それがな。拙者、己の名も持ち合わせておらぬのだ。山奥で生まれ、畑を耕して生きて、山を眺めて棒を振っていたら、いつの間にやらこうなっていたという有様であってな」
「ええ……」
わざわざ一人称を拙者にしたのは笑い話だと誇張するためか。
「だがまあ困ったことはない。町で腰を下ろして生きるのであれば困るのであろうが、見ての通り私はそう言った生き方ができぬ浮浪人。神仏もまた私の生涯に名など要らぬと、わざわざ与えることをしなかったのであろうさ」
では一体何と呼べばいいのか。
ずっとあなた様、は流石にちょっと。お客様、だろうか。
あるいは用心棒様? なんか違う気がする。
その悩みを見て取ったのか、男はにやりと愉快げに口許を上げた。
「名乗るのであれば、ぷりんすおぶすれいやあ、などどうか」
「……実際に意味するところは違いますが、単語の意味としては異国の言葉で将軍家を名乗るような真似なので、控えた方がよろしいかと……」
「なんと、それは物騒な名前だな。ではやはりあれは着れぬか……」
残念そうにする男。プリンス・オブ・スレイヤー、気に入っていたのだろうか。しかし単純に礼節の問題ではなく、プリンスの意味によって着れなくなるとはどういうことか。
あるいは雇い主が将軍家を嫌っている、とか? 彼本人を飛び越して彼の雇い主まで行くとなると、あまり込み入った事情を聞くわけにもいくまい。
となればもう、さっきの拙者名乗りに合わせて行こうと舵を切る。身分の高いものの従者をしている、というならもうお侍様、でいいだろう。きっと。
「ええと……お侍様は山で生活なさっていたと仰っていましたが、またどのような理由でその雇い主様と出会われたのです?」
「うん? ああ、私のいた山は常陸国なる場所にある山だったそうなのだがな。その近く、国が人が集まる村落が纏めて最近出没するらしい怪異によって焼け落ちたそうでな」
(―――国がひとつ、滅びてた? ひたちの、くに……茨城の方……?)
息を整える今までだって滅ぼされた土地は幾つも見てきたはずだ。
自国だと余計にショックが大きいのか。
だったらなおさら気を入れ直し、これ以上被害が出ないように努力すればいい。
ぐらついた思考をすぐに立て直して、侍の言葉に耳を傾ける。
「余程の恨みであったのか、怪異によって国ごと鏖だったそうだ。もうあそこには何も残っていない。そんなことさえ露知らずいつも通り棒振りしていた私だったが、雇い主殿に見つかり用心棒として連れてこられたという寸法よ」
果たして、何故か。普通に考えたらおかしくない。
山籠もりして生活していたとはいえ、近隣の諸国が滅びたのだ。
泡を食って他国に移ろうとするのは何もおかしな話じゃない。
だが、この飄々とした男がそんな理由でわざわざ山を下りるだろうか。
怪異や亡国など関係なく、ただ山を下りる理由がその接触で生まれただけなのでは。
「……普段から一人でいたお侍様がわざわざ用心棒に、ですか?」
「うむ」
茶に口をつけ、しみじみと頷く侍。
引っかかる。何かが引っかかるが、ただ人間が危険な山から比較的安全な町に下りてきただけのこと。それの一体何を警戒すればいいというのか。
自分の警戒心に困惑している立香に向け、男の視線が向かう。
「……ふむ、立香だったか」
「あ、はい」
「そなたの目の前に、山頂に雲がかかり天辺がどこか分からぬ山があったとする。そこで何を思う?」
心理テストみたいな問いかけ。いきなりの話。
何を、と返すには男の目は真剣すぎた。
別にそこに山があるだけだ。高さが分からないからといって山は山。
登らなければいけないわけでもないのなら―――
「―――危ない、と思います。登ろうとする人もいるだろうし、崩れてくるかもしれないとも思うし……もしかしたら見えない一番上には、何か放っておいてはいけないモノがあるかもしれない。
そう考えたら、とにかく危ない……と私は感じます」
「……いやはや参った。関わる必要のない苦慮も抱え込む苦労人なのだろうな、そなたは。浮浪人からでさえあまりに賢い生き方には見えぬほどに」
これは……もしや罵倒されているのだろうか?
溜め息混じりの物言いにムッとすると、男はからかうように微笑んだ。
「残念ながら私は仏僧ではない。他人の生き死にに口を出せるほど高尚な経験を得たこともなければ、大層な功徳などを積んだことがあるわけもない」
「えっと……」
「知らぬ場所に行ってみよう、見たことのないものを見てみよう。私が山を下りた理由など―――あるいは最初に山に足を踏み入れた理由など、結局ただそれだけのことよ。
そなたにとっては考慮するのが当たり前なのだろうが、その行為が危険かどうかなどということは、私にとってはさほど重要なことでもなかったのだ」
そう言って男は開かれた障子戸の先に見える空を見上げた。
―――その言葉に、何かが引っかかる。
最近の自分が感じている違和感。自分という存在、行動理念にかかる停滞感。
まるで男はそれを一見して見抜いたようだった。
そうでなければ、唐突にこうした言葉を交わしてみようとは思うまい。
男は山で独りだった割りに、誰かと言葉を交わすのは好んでいると見える。
そんな彼が茶飲みを片手にただ空を仰いでいるのは立香に合わせてか。
彼女の思考を邪魔する気はない、と。
(私が山に……危険が見えない場所に踏み込んだ、最初の理由……)
それを探す追憶は長い戦いが始まる前にまで遡り―――
記憶の中で、炎の熱と血の臭いが掠め意識を掠めていった。
彼女の、藤丸立香の戦いの始まりは。
その道を選ぶべきだと心に刻まれたのは、きっとあの時だったろう。
謎の侍プリンスオブスレイヤー…一体何木小次郎なんだ…