Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
シャルル・パトリキウス内。シャルルマーニュがサーヴァントたちに好きに使ってくれていい、と開放している部屋。
そこの一室を自室と定めているメルトリリスは、溜め息混じりにベッドの上で転がった。動作ひとつでシーツをズタズタにしかねない脚のおかげで気を遣うが、もうとっくに慣れたもの。あらゆる所作は正しく水が流れるが如く、詰まるような不自然さはどこにも覗かせない。
彼女もまたカルデアの方に自室を設けようと思っていたのだ。カルデア内ならば自由に動けるのだから、その程度はどうとでもなる。が、それを止めた結果のこの一室。
苦渋の決断だったと言っていい。だってこっちにはBBもいるし、カズラドロップまでいる。他の要素は置いておいて、もうただそれだけでカルデア側一択、となるだろう普通。
だが、しかし。カズラドロップの方がまだマシか、と思わせるだけの闖入者があったのだ。
カルデア側に行く利点。パトリキウスに残る精神的苦痛。それを加味して、なお。
―――殺生院キアラと同じ空間はない、絶対ない。
真正悪魔としての経験も、電脳の獣としての経験も、彼女は持っていない。
ただのセラピスト、ただの人間である殺生院祈荒だとしても。
アレと一緒は、ない。
そう考えて、ついでにもうレイシフトが始まってあちらにマスターたちはいない。
そうとなればメルトリリスがわざわざ室外へと出る理由もなく、彼女はベッドに伏したまま部屋を見回して、無言で厳しい顔を浮かべていた。
「あそこ……いえ、あっち? それとも……」
ころりと体が半回転。その動きに合わせて視線が室内を巡る。そんな体勢を取りながらぶつぶつと何事か呟いて、あーでもないこーでもない。そうした謎の挙動を取っていたメルトが、室外に微かな気配を感じた事に目を細めた。
直後に響く、ドアを叩く音。
「入りますよ、メルトリリス」
「ヴァイオ? いいわよ、何か用?」
別に阻む理由もないので、寝転がったまま相手の入室を許す。扉が開けば見えるヴァイオレットの姿。彼女はそこから踏み込まず、メルトリリスの前で無言のまま首を横に振ってみせた。用があるわけではない、ということか。では用件も無しに何故来たのだという視線を投げる。
すると彼女は僅かに横にずれ、合図をするように軽く首をしゃくった。
―――メルトリリスが即座に跳ね、ベッドから立ち上がる。戦闘態勢というほどでもないが、紛れもなく警戒態勢。口を結んでいるが、開けばシャーとでも威嚇そうな顔をしている。
まるで猫のようだなどと思いつつヴァイオレットは、メルトの動作が起こした衝撃でずれた眼鏡の位置を、指で軽く触れて正した。
「失礼します、メルトリリス様」
「失礼するなら、いいえ。失礼しなくても入らないで。私、アナタのこと大嫌いなの」
直球で言い放つメルトリリス。このオリジナルからは程遠いストレートさはサクラシリーズには中々備わらない気質な辺り、やはりメルトリリスは変わり種か。
ヴァイオレットがそんなことをぼんやりと考えている間に、そのストレートを受け止めた女性、即ち殺生院祈荒はただ困ったような表情で頬に手を当てていた。
理解はしているがアレと同じ場所で活動するのは無理だ。いや、
メルトの視線が祈荒から外れ、ヴァイオレットへと向かう。
こんなことになると分かり切っていたはずだ。
だというのに連れてきた、ということはヴァイオレットにさえ敵視は及ぶ。
「一体どういうつもり、ヴァイオレット。これは私への宣戦布告? 驚いた、カズラより先にアナタと殺し合いになるだなんてまったく考えてもいなかった。けれど別に拒否はしないわ。そっちがその気ならアナタのこと、凍った空間ごとシャーベットみたいに削り溶かしてあげる―――!」
「キングプロテア」
苛立ちのままに加速体勢に入るメルトリリス。
溜め息混じりのヴァイオレット。
メルトが勢いを爆発させる寸前、異空間から腕が生えてきて壁になる。
その姿は当然乙女の肌ではなく異形の腕。
アナザーディケイドのインターセプトに舌打ちを一つ、メルトは視線を巡らせた。
ただでさえ狭い空間なのだ。
この狭さではメルトが水流となり範囲を拡大する前にクラックアイスで凍らされる。
その前に行おうとした先手必殺の突撃はプロテアを破れない。
前の戦いにおける圧倒の絡繰りは、カール大帝による“
当然もうあんなパワーバランスにはならない。
アナザーディケイドどころかキングプロテア本人だけでもメルトの手に余る。
こうなれば一度窓を突き破り、外に出て仕切り直すしか―――
「少しよろしいでしょうか、メルトリリス様。
―――藤丸立香さんのことで、貴方にお話しがあるのです」
その数秒に満たない修羅場を前にしつつ、動じない声で。
殺生院祈荒という女は、きっぱりとそう告げてきた。
「あのさぁ、先輩。シャルル・パトリキウスの中で全力で暴れようとすんの止めてくれないか。今この宝具が維持されてる状況って、結構繊細なんだぜ?」
「うるさいわね、私だって
噴水近くで外から攻防を見上げていたらしいシャルルマーニュの呆れた言葉。
それをバッサリと切り捨て、メルトはフイと顔を大きく背ける。
どんな状況だろうと殺生院には迎合しない。周りの状況など知ったことではなく、殺生院が相手ならば寄らば溶かす以外にない。ただそう言いながらもしかし、彼女は先程の言葉で一応落ち着いて話に乗ったようだが。
シャルルが浮かべるのはしょうがねえなぁ、というやんちゃな子供を見る呆れた表情。それもかなり苛立つが、何より殺生院への対処は譲れない。
「―――まあ、とりあえずそれはいいとして。マスター……今は厳密にはマスターじゃないが、とにかくマスターの話をしたいって事だけど?」
「ええ、色々と確かめておきたいことがありまして」
シャルル・パトリキウスの中庭にずらりと並べられたテーブルと椅子。そのテーブル上には様々な料理、飲み物、デザート、煮干し、猫缶。一目でタマモキャットの仕事だろうと分かる支度がしてあった。彼女自身は呪術専門家として管制室に詰めている故ここにはいないが。
「その話自体はよいのですが、彼女についてを話すならマシュも呼ぶべきでは?」
マシュもまた管制室だが、基本的に彼女の仕事はロマニの補佐。少し抜けるくらいなら問題はないだろう。藤丸立香について重要な話があるというなら、ダ・ヴィンチちゃんに言ってでもこちらに来てもらうべきではないだろうか。
ガウェインはそう言って不思議そうに首を傾げた。
「マシュは
「―――――」
ガウェインの疑問に答えを返すのは、既に料理に口をつけているアルトリア。
王が食事に取り掛かったのを見て、トリスタンはとりあえず噴水に腰かけた。取り出すは妖弦・フェイルノート。爪弾かれるのは食事の場に合わせたメロディ。
良き楽曲に彩られたいやに張り詰めた空気の中。何故自分までここにいるのか、そして何の見世物だこれは、という顔のロビンが皿の上を適当に突っつきつつ声を上げる。
「悪いが何が言いたいのかさっぱりだ。オタクらにとっちゃ歴戦のマスターかもしれないけどな、オレにとっちゃちょろっと一戦交えたくらいのただのお嬢ちゃんなもんでね」
「そもそも何か問題があるのか? 今回は敵の標的となり危険な状況に陥ったが、何か精神的にフォローが必要な状態になっている様子など記憶にないが」
アタランテはそう言って殺生院を見て―――カルナを見る。
太陽の子は口を閉ざしたまま腕を組み、椅子に座りもせず立ち尽くしていた。
ふーむ、と。そんな彼の近くの椅子に座っていたモリアーティが唸る。
わざとらしいその声に集まる注目。
「さて、それはまったくその通りだろう。彼女はいつも通り、いつものように、今は人理焼却ならず魔神案件に立ち向かうために戦っている。
しかしね、フォローが必要なさそうというのは果たしてどうだろうか?」
「と言うと?」
「私ばかりがあれこれと説明して終わり、ではそれこそ問題解決に繋がらないと思うがネ?」
問いかけるのはガウェイン。だがモリアーティはそう言って、自分の口許に立てた人差し指を当てウインクしてみせた。
アルトリアがイラっとした様子を見せるが、ガウェインはなるほどと頷く。
各種デザート取り揃え、と言わんばかりのスイーツコーナー。
何故か煮干しが中心に置かれていること以外に弱点の無い完璧なテーブル。
そこで色々手を付けていた鈴鹿御前が仕方なさそうに顔を上げる。
「―――じゃ、関係薄い私から言ったげるけど。逃げなすぎでしょ、あの子」
鈴鹿御前がクリームのついたスプーンを咥えながら一言。
それにムッとした様子で応じるのはメルトリリス。
「時間の問題だったとはいえ、アナタからは上手い事距離を取れてはいたけれど?」
「体捌きとかの問題じゃないっての。
てか、
そう言って知らない誰かを思い浮かべ、溜め息混じりの鈴鹿御前。そんな彼女が何かに気付いたようにふいに建物の方を見て―――そこに不必要に顔を見せてきたカズラドロップを見つけ、盛大に舌打ちした。
その反応に満足したのか、怖い怖いと肩を竦めてさっさと姿を消すカズラ。
「……なんか同僚同士でも殺気の応酬が多くねえですかね、この職場」
ロビン自身もメルトリリスやBBにはそれなりに思うところはあるが、それ以外にハードにピリついている連中が多い。今まさに鈴鹿御前のそんな姿を見たが、彼女との因縁が有るのやら無いのやら、フィン・マックールも彼女とまだ積極的に顔を突き合わせる気がないらしく、辞退を選んだようでここにはいない。
もっとも彼は、それこそ鈴鹿御前やカルナがここに居合わせるなら、わざわざ自分が行く意味も薄いだろうと、問題の解決に積極的に口を出す必要がないと判断したのもあるだろうが。
そんな事を思い返しつつ、ロビンが遠い目をしながら軽く料理をつまんだ。
人間関係は複雑怪奇だが飯が美味いのはこの職場のいいところだ。
「マスターの追い詰められっぷり、か……」
腕を組んで顎に手を添え思考する体勢に入るシャルル。
「予想はつく、というか想像はできる。ただオレは新参者で、今までのマスターがどういう感じなのかは聞いただけの話。どういう様子で特異点攻略に参加してたかを知らないから正しいかどうかは分からない。そんなとこだな。
アンタ……えーと、殺生院、先生もそんなとこだろ? メルト先輩は?」
「な―――」
祈荒は小さく頷いてみせている。
その状況、シャルルの言葉にメルトは言葉を詰まらせ、眉根を寄せた。どう返すべきかと悩むように厳しい表情を維持して、しかし。話を振られたにも関わらず、理解ある言葉を紡げないメルト。彼女は何か分からないと負けたような気がする、とでも言いたげに臍を嚙んだ。
鈴鹿御前はそんなアルターエゴの様子に呆れた様子を見せつつ、スプーンを動かす。
「……同じく聞いた話に過ぎない、が。戦いとは無縁だった藤丸立香という人間が戦いに臨む姿勢を決定的にした理由、それはカルデアに来てから得たモノだ」
眼前の状況を気にした風もなく、カルナはメルトに教示するように呟いた。
「―――周囲の人間でしょう、カルデアに在籍する。その中でも特に二人……」
ピン、と。甲高い弦の音。演奏曲を変えながらカルナの言葉をトリスタンが繋ぐ。
勝手に話を進められて気に喰わない、という表情をしつつもメルトも結論へ達した。
「ソウゴ、と……マシュ?」
「……何か問題がある関係性か? 彼女たちが」
まったく理解できない、とアタランテが悩むように獣耳を小さく傾けた。
ゲイツは色々あるが、マスター同士の仲は良好なのがカルデアだ。というかゲイツを含めてもさほど悪くないというか、敵対してたことはもう本人以外は気にしていないのではないだろうか。あの雰囲気で戦い抜いてきたのがカルデアの強みだろう、とさえ思えてならない。
だと言うのに、カルナたちはそんな者たちの関係性には何か歪みがあるかのように言う。アタランテにはまるで感じられないし、さっぱり思いつかない。
「……藤丸立香には自分が一番前に出る理由が存在しなかった。だが、一番前に出ようとする意志を維持する必要には駆られていた」
「ソウゴくんを前のめりにさせすぎないため。そして彼女自身が前に進むことで、彼女を守る盾であるマシュくんが強く踏み込めるように、と。まあそんなところかナ」
アルトリアの言葉をモリアーティが継ぐ。
騎士王の据わった視線を向けられても、アラフィフ紳士は飄々とした表情を崩さない。
それでそれの何が問題だ、とアタランテは胡乱なものを見る顔。
「その二人を相手にする時に限らず、彼女は相手への干渉を極力そのようになるように規定しているように思えます。英霊の皆様方を相手にしても……相手に出来得る限り近づく関わり方。
そう、マスターとしてサーヴァントに
「…………」
祈荒の言葉にガウェインが僅かに目を細めた。彼女ではない彼女、殺生院キアラ。彼女がマダム―――レディ・マーブルの皮を被っていた時に交わした言葉が思い出される。あの時はただ普通の女性がメルトリリスへの恐怖から出した言葉と流してしまった。
だが恐らく、あの言葉ばかりは本気で殺生院キアラが藤丸立香を案じて、あるいはその周囲の者たちの態度に呆れて吐いた言葉であったのだ。あの時の魔性菩薩であったキアラでさえ見かねて口を出すほど、立香の態度は不自然だったということか。
「それだけ聞くと別に悪くないように聞こえますがね。サーヴァントは道具と割り切るべきだと思わないでもないが、道具の扱い方も千差万別。何も考えず酷使するBBみたいな奴より、大事に扱われた方がマシではあるしな。サーヴァントにだって人情はあるわけですし?
まあ当然マスターがサーヴァントに引きずられすぎるのも問題だが、あの嬢ちゃんはそういうわけじゃないだろ?」
主にBBへの恨み節か。ロビンは溜め息混じりにそう呟く。
「いいわけないじゃん、寄り添うのは結構だけど相手は選べって話。ううん、限度は設定しておけって話か。メルトリリス相手だってそう。
メルトリリスと組んで戦って、負けた時に一緒に死ぬ覚悟を決めるのはいい。けどメルトリリスに裏切られた時に心中する覚悟まで決めてるのは違うっしょ」
「―――――」
鈴鹿御前の呆れた言葉にメルトリリスが黙り込む。
祈荒は寄り添うと称したが、立香のやり方は行き過ぎだ。
成功も失敗も、生も死も、一切ブレーキなく道連れになる姿勢。
「―――なるほど。だからマシュはこの席に呼ばなかった?」
難しい顔でそれを聞いていたガウェインがそう呟く。
そうだ。彼女にとってはそれが最初だったのだ。
「……立香さんがカルデアに訪れ、最初に訪れた危急。選ばなければならなかった生死の境」
表情から色を消し、殺生院が物語る。
この中の誰がその場面を直接見たわけでもない。
だが、きっとそうなのだと理解してしまえる。
「それは、生き延びるために紅蓮の炎の中にマシュさんを見捨てて逃げるか、死ぬと分かっていて死にゆくマシュさんに寄り添うか……その二択でした。
そして、彼女が選んだ答えは言うまでもないでしょう?」
アルトリアが目を細め、ケチャップとマスタードに塗れたホットドッグを口に運ぶ。
沈鬱な空気の中、遠慮なく響くソーセージの皮が食い破られ弾ける音。
今食べる? というモリアーティの視線が飛んでくるが気にする筈もない。
「生きるための戦いを貫いた彼女は、その実最初に命を捨てる選択をしていた。自死に近しい選択ですが、しかしそれは責められるべきではないことでしょう。彼女はただ、孤独にも死に向かう少女に寄り添っただけなのですから」
そこで一息吐く祈荒。
腕を組んで彼女の話を聞いていたシャルルが言葉を継ぐ。
「マスターのサーヴァントに対する姿勢はそれが……もちろんそればかりじゃないが、それが大きな理由なんだろう。自分の命を守るより、これから死にゆく者と死出を共にするという選択。最初にそれを示しちまったせいで、マスターは自分の死を理由に逃げ道を作れない。
一度でも寄り添うと決めた相手から身の危険を理由に逃げちまったら、最初に選んだマシュの手を取った自分が嘘になる―――ってな」
あの時選んだ藤丸立香の答え。結局生き永らえたのは別の話。
彼女が選ぶ道は、その先が生か死かを問題にしない。
立香にできることは多くない。故に彼女は誰かに寄り添って進むことを選ぶ。
その道の先がたとえ天国でも地獄でも、寄り添うことを選んだ自分を裏切れない。
「―――構造としては単純な話だ。藤丸立香は最初に、辛い戦いに臨む者たちに
だが相手に寄り添い歩む、というのは足並みが揃っているのが前提。そこが乱れれば自然、彼女の歩みは誰を支えるわけでもない棒立ち、徒労になる。そして足取りが乱れてしまったと自分で分かっていても、彼女は自分の歩みを正せない」
「……仲間の成長で負担が減った、というだけの話だろう?」
「それは藤丸立香にとって
カルナの言葉がアタランテの反論を斬り捨て、彼の視線はそのままガウェインに突き立った。責める意図など微塵もないだろう。だがその視線の意味はよく分かる。
故にガウェインもまた唇を噛み締め、顔を下げるより他にない。
願い、罪を犯し、罰を受け、全てを果たした聖なる裏切りの騎士。
始まりの時点でマシュが。旅の道程でべディヴィエールが。藤丸立香という人間の価値観に、影響を与え過ぎたのだ。
円卓の騎士がこうも関わるのは何の因果か。ガウェインが思わずアルトリアに向けた視線を、彼女は一顧だにしなかった。
「藤丸立香は追い詰められた状況の中、生き足掻くことではなく死に寄り添う事を選択した。その尼僧が口にした通り、それを責めることは誰にもできない。
だが問題はその後の話だ。人理を取り戻す旅の中、彼女は様々な経験を得たのだろう。ただ生きる事、ただそこにある人の命。そんな何気ないモノが藤丸立香という人間の中で重さを増したことは間違いない。無論、それが悪い事であるわけもない。むしろそれこそがただの人間が魔神王ゲーティアに突き付けられるもっとも正しい答えだったとさえ言える。
避け得ない、避けてはいけない価値観の変化だった。しかしそうして藤丸立香という人間の中で命の価値が重くなればなるほどに、彼女が最初にマシュ・キリエライトに示した解答もまた、その分だけ重さを増していく。無意識に懸けていたものの価値が、無意識の内に大きく肥大化しすぎてしまったのだろう。彼女はもう、
ガウェインが苦い顔をしてカルナ、そして殺生院祈荒を見た。
そんな彼を見かねて、トリスタンが口を挟む。
「そうであるならば、マシュ同様に一時でも裏方に回すべきでは? 幸いにして戦力が足りていないわけではない。彼女が心に整理をつける時間くらい幾らでも取れるでしょう」
「それで解決するならいいのだがネ。より悪化させる可能性もあるだろう?」
悪化させる可能性、などと口にしたがそちらを確信している口振り。
モリアーティはそう言うと肩を竦め、神妙な顔を見せる。
「今のカルデアの方針は善悪を問わずまずは相手を受け入れる、という事になっているだろう? 黒ウォズだったか、彼ほど怪しい奴と付き合っていれば慣れるというような主張も聞くが、実際のところ方針は同じでも、それで問題ないと考える理由は厳密には全員違うだろう」
お前が言うのか、という視線がアルトリアからバシバシ飛んでくる。
が、犯罪界のナポレオンは気にした風もなく胸を張って言い張ってみせた。
「例えばオルガマリー・アニムスフィアは惰性と妥協。必要なものは使うという魔術師的な冷静さもあるし、実際に上手く回っている以上これでいいのだ、という割と思考放棄染みた面もある。
例えばマシュ・キリエライトは純真さでこれを行う。彼女にとって怪しい相手を信じるのも、裏切られるのも、そういった経験は世の中にはそういう人もいるのだ、という学習にすらなっているだろう」
「どの口が言う、という点以外はその通りだろうな」
直接口に出されても気にしない。この程度で怯んでいては悪の枢軸など出来たものではないのだろう。モリアーティはむしろニヤリと笑みを浮かべつつ、髭を撫で上げてみせた。
アルトリア・オルタからすれば苛立ちが頂点に達したら力で殴り倒せばいい、と思っているのである程度は受け流せる。限界まで来たら解消するために殴るだけなのだから気楽なものだ。
どこか茶化しも入ったモリアーティの言葉。
それを聞いたメルトリリスは目を細め、もう一人のマスターに考えを飛ばした。
「……ソウゴはどちらも受け入れるという信念がある、とでもいうのかしら。どちらであっても構わない、どちらであったとしても得るモノはあるから意味がある―――と」
鈴鹿御前がどこか胡乱げに目を細めてそれを見る。
が、彼女は面倒そうにそのまま大人しくスイーツに意識を戻した。
少女の返しに肩を竦めるのはモリアーティ。
流れとして仕方なさげに、アルトリアが残るマスターを表する言葉を口にする。
「マスター……ツクヨミは推移する戦場という理不尽の中においては、自身を取り巻く環境が確固たるものではないと理解している。流れを変える何かがあれば、それぞれの立場もまた流動するものであり、それを取り違えない強かさを持ってはいる、と言えばいいか。
ゲイツは……生来の環境が戦場だった故に問題としないだけで、アレも日常から戦場に放り出されればさぞ迷いが大きかろう。しかしソウゴを睨んでいる内はさほど問題あるまい」
ツクヨミもゲイツも戦場に慣れている、と言えばいいか。彼らにとっては尋常ならざる裏切り者である黒ウォズとも一定した距離感を維持できている。
ゲイツは少々不安定だが、彼はオーマジオウという敵の打倒。あるいは別の決着をつける、という大目標が確りと存在している故に、揺れることはあっても崩れることはない。
藤丸立香もまた、人理焼却の解消という大目標がある内は問題なかったが―――
「そんで、問題がマスターにと」
「善人が悪を見過ごすのも、悪人が善を見逃すのも、どちらも結構なストレスだからネ。必要があると理解した上だろうが、そうし続ければ心がどこか歪んでいく。
人非人な魔術師でもなければ、全てを成長の糧にできる無垢な花でもない。大局を見据える王でもなければ、もちろん目の前の状況だけに集中する戦士でもない。普通の人間には余計な負荷が大きすぎた」
まあそもそもこれまでが普通の人間がやらなければならないような偉業ではなかったがネ、と。モリアーティはそんな呆れも交えた言葉で話を締める。
「ああ見えて一番融通が利かなくなってるのはあの子。ソウゴたちみたいにサーヴァント相手でも自分で戦えるんなら、ある意味細かい問題だったかもしれないけどさ。そうじゃない以上、フォローはしとくべきっしょ」
「フォローっつってもねぇ。普段は全員でレイシフトするんだろ? 今回みたいに一人誘拐された場合用のプランも立てとくって話? 緊急対応的な。
んなこと話し込むよりオレたちのやるべきことは、フォローしなくていい態勢の構築なんじゃないですかねと思わないでもないけどな」
精神面、しかも当人の信条の根幹に至る話だ。おいそれと余人に触れられるような問題ではなく、サッと話してパッと解決、だなんて都合よくはいかないだろう。
だが一分一秒を争う問題というわけではない。じっくりと時間をかけてフォローを入れ、ゆっくりと解決に向かうように働きかけるのが理想であるだろう。
今回は―――前回も、だが。突如として立香のみが危険に晒されたが故に、祈荒がより強く問題提起の必要性を訴えてきただけ。もし立香に多少の危険なら一人で打ち払えるだけの力があるなら、多少の問題など起きても危険はなかっただろう。本人の自覚をそれとなく促し、ゆっくりと待つだけでよかった。
だが彼女にはそれほどの力はない、問題が表面化した時に取り返しのつかない事態を招くことを考慮した場合、こちらから必要以上に働きかけるべきだとするしかなかった。
そんなことよりカルデアの警備、防衛体制見直すのが現実的で堅実だろ、と。
ロビンフッドはどうにもノリ気でない様子で首を傾いだ。
「そりゃもちろんそっちもどうにかしたいとこではあるよなぁ」
城主であるシャルルがそれを言われると痛い、と髪を掻き乱した。なんかこう勢いでこの状況になり甘んじているわけだが、BBやダ・ヴィンチちゃん任せでなく、この状態に何かもう少し整理をつけたいところだ。が、シャルルマーニュでは難しい。
それこそカール大帝ならばここ―――シャルル・パトリキウスならず、カロルス・パトリキウスをカルデアごと無敵の要塞に“
そこで軽く咳払いを挟み、祈荒が話を元に戻す。
「―――これは彼女の心の問題。外から誰かが何かを働きかけるのではなく、彼女に自分自身を改めてもらわなければ何の意味もありません」
「汝だけでは力が足りないのだから危険なことは極力避けろ……という風に言って聞かせても意味はないと?」
まったくその通りだろうな、と考えつつ口を出して、肩を竦めるアタランテ。
「はい。どうするのか、どうしたいのか。その点に関して彼女の中で整理がつくのなら、極論答えは何だってよいのです。彼女の現状、最初に選んだ答えが生む強迫観念に動かされているような今の状態でさえ、立香さん自身がそれで構わないと思うのであればそれでいい。彼女がどんな在り方を選ぶにしろ、それを他人に否定される謂れはないのです。
……大きな目的のために自分の重みを軽んじる。根幹に根付いてしまった指標、他者へと過剰に寄り添う在り様は、正しく生き地獄への道筋。人の足は地に根を張るためのものではなく、歩くためのものである。その自覚があるにも関わらず、状況に寄り足は動きが鈍る。彼女の理解と意識のズレはもう看過できない段階です。彼女はもう本来ならば一度引き止め、意志の確認をしなければならなかった地点を通過してしまっているでしょう。
―――とはいえ、いまさら無理に抑え込むことが正しいとは言えません」
「…………」
アルトリアが片目を瞑り、軽く鼻を鳴らした。
彼女のその反応から何を考えているかを察し、モリアーティが顎に手を添える。
男が小さく吐き出すのは、どこか感心するような声。
「……因縁が深くなるにも理由がある、ということかナ。道を逸れた信念にさえ心を砕く、正しく聖女の所業だ。聖者であっても魔性であっても根幹は同じというなら、どんな覚悟をもって立ち向かおうと受け入れられ、ただの敵にすらなれはしない。そんな相手に抗しようと思うのであれば、相手の言葉など耳に入れぬ知性を捨てた狂人の凶弾以外ありえない。なるほどなるほど」
「?」
愉しそうな男の発言に不思議そうに首を傾げる祈荒。
だが老爺が気分を良くしていく倍の速度で機嫌を直滑降させる者もいる。
「そこまでにしておけ悪党。首を飛ばされなくなかったらな」
「安心なさい、飛ばした首は串刺しにして生かしたままホームズの部屋に飾ってあげる」
「こわっ」
不機嫌さを隠さないアルトリア、メルトリリスの声。
それに素直に反応し、微妙に距離を取るロビン。
何より迷惑なのはこの男の生首と生活する羽目になるホームズだろうが。
本気でやりかねない二人に流石に頬を引き攣らせ、後退るモリアーティ。
彼は自然とギリギリで止めてくれそうなカルナへと体を寄せる。
「これは友人への軽口だとも。そうとも、私たちは新宿でツーカーの仲だったからネ。彼はこんなに面倒くさい仕事は中々ない、と思っていたし、私はあんなに利用し甲斐のある掃除屋は中々いない、と思っていたくらいだ。これはかなりのフレンドポイントでは?」
「そろそろ止めておけ。お前の生死が本題ではないだろう」
よりにもよってカルナに忠告され、モリアーティは素直に止める。
瀬戸際という奴だろう。
ただまあ女性両名の機嫌は損ねたようだが、モリアーティ自身に彼を馬鹿にする意図はない。殺生院キアラは無銘のアーチャーを明らかに意識し、彼もまたキアラを明らかに殺すべきものとして見ていたという。
それだけの情報を聞いて、いま祈荒の口振りを聞いていたら、まったくもっておおいに納得できましたという話。正義の味方は大変だ、と改めて身震いしたというだけのことだ。
「騎士王が言った通りマシュ・キリエライトは問題に近過ぎる。
ロマニ・アーキマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ両名も同じくだ。二人はそもそも立ち位置がマシュ側の人物、という認識があるだろう。
自分の問題を意識させて常磐ソウゴたちの自然体を崩してはいけない。そう考えるが故に、彼女は他のマスターたちにも積極的に悩みを開示はしないだろう。
あるいはオルガマリー・アニムスフィアならば、と言いたいが、彼女は藤丸立香から悩みを打ち明けられるほど強い存在だと思われていない」
「辛辣だが……まあ、その通りだろうな。今もまだ他人を受け止めきれないほど弱い、というわけではないが、実際に相談相手に選ばれたら空回りするのが目に見えている」
カルナの言葉に反論の余地なしとアタランテが溜め息を一つ。
けして成長していないわけではないし、弱いままなわけではない。オルガマリーという人間が自分の足で立って、力強く進めるようになったのは確かだ。だが今の彼女が他人の心の機微に触れる相談に乗れるかというと、危うい。
関係の薄い人間相手なら幾らでも出来るだろう。だがもし部下として、仲間として、共に戦ってきて、自分の成長を促してくれたと強く信頼を置いている、立香やソウゴから自分の弱さを告白されたら……驚くかもしれない。もしかしたら泣くかもしれない。自分が信頼されてると喜ぶかもしれない。必要以上に頑張って解決しようとするだろう。
「……あまり解決に寄与するイメージは湧きませんね」
その結果はアタランテ同様に空回るイメージしかできず、ガウェインは眉を顰めた。
「―――つまり、彼女と近しい人間が行えることではない。むしろ未だに距離がある者が、周囲にバレないよう少しずつ解き解していくしかない、という話でよろしいでしょうか」
「その通りです」
結論を理解して、トリスタンが確認を取るために祈荒に問う。
彼女が危機に陥らないように、カルデア等の防備の底上げは必要だろう。
それとは別に、今の彼女に対して働きかけることも必要。
となれば、選択肢はひとつしかないだろう。
そして何故、わざわざこんな席を設けて無駄話をさせたのかと言えば。
―――キリ、と鋼の踵が床を削る音が響く。
「つまり……つまり私たちがそれとなく他の連中を誘導して、アナタと立香が周囲を気にせず話をできる環境をできる限り作れ、って言いたいわけ? ねえ、殺生院」
「そうなります」
苛立ちを正面から受け止めて、祈荒はあっさりと言い返す。
彼女はセラピストとして、それが必要だと感じたからそうしているだけ。自分を味方と思っていない命を奪う刃を持つ存在が怒りに震えても、その信念がブレることなどない。
例え肉体を貫こうが、心を溶かそうが、そこは折れない。殺生院祈荒という人間の行動指針は狂わない。他の誰よりイカれた思想のくせに、その強固さも尋常のものではない。
そう考えるとこれを変質させた魔神ゼパルとやらは、実は凄まじい偉業を達成していたのか。
呼吸を整え、怒りを鎮め、メルトリリスは目を開く。
目の前にいるのは殺生院祈荒。
肉体という枷から解き放たれれば、世界を犯す獣性さえ備えた精神の怪物だ。
たとえ肉体が人間と変わらなくても、精神ばかりは尋常ならざるもの。
だからこそ、そんな奴と同じ領域に片足を入れてしまった立香のための言葉を吐ける。
ちゃんと理解している。ちゃんと理解しているが、腹が立つ。
こんなモノに頼らなければならないなんて。
それでもその感情を溶かして受け入れると示すように、メルトリリスは苛立ちを飲み干した。
「―――ええ、いいでしょう。信じてあげようじゃない殺生院。
今回はマスターのためにアナタのやり方に
強く睨みを利かせるメルトリリス。
そんな彼女に対し、祈荒は優しく微笑み返した。
スイッチで出たからと無印ぶりにペルソナ5Rにやったら総番の幾万の真言無双で突き進んだにも関わらずプレイ時間が100時間を超えた。とんでもねえゲームだぜ。
じゃけんサタナエル含め理想のペルソナ軍団作るために2週目行きますねー。稼ぎ考えると結局またマルキまでいかなあかん。
今月の予定はシャドウを轢き殺しながらボックス周回というわけだ…