Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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 平成とは一体なんだろう。令和5年を迎えふとそこに疑問を持った我々は、その謎を真に解き明かすべく南米の奥地に向かった。
 


暗黒の残り香・怒れるウルフ1639

 

 

 

 叩きつけられたジオウが何とか立ち上り、泥を払うように体を揺する。

 その動作によって装甲が分離するフォーゼアーマー。

 ばらけた装甲は一基のロケットへと組み上がり、宙へと打ち出されていく。

 

 そうして基本形態に戻った彼はすぐさまドライバーのウォッチを変更。

 

〈アーマータイム!〉

〈タカ! トラ! バッタ! オーズ!〉

 

 文字通り泥沼と化した戦場に三色の獣が現れる。それはすぐさまジオウへ取り付いて、オーズの鎧として彼の全身各部に装着された。完成するジオウ・オーズアーマー。その姿が瞬時に胸部のスキャニングブレスターが青く発光させ、シャチ、ウナギ、タコという文字を浮かび上がらせる。

 跳ね飛ぶ泥を手から出現させた水流の鞭で押し返しながら、ジオウは緑色の怪人に対峙した。

 

 それを水戦の構えと理解したのか。

 緑色の怪人は微かな動作ながら、両手の指を楽しげに揺らめかせる。

 

「あんたは誰? アナザーキバ……スウォルツたちの仲間?」

「んー、別に? ボクはただ呼ばれたからここにいるだけだし。そういうのは次狼に訊けばいいんじゃない?」

 

 半魚人と称するべきだろう怪人が発する声は少年のもの。

 その彼が口にした次狼、という名前は誰のものか。

 アナザーキバか、青い人狼か、紫の怪物か。

 名前の響きだけで判断するのであれば、人狼がそれらしいと思えるが。

 

 タコ足がスクリューの如く泥水を掻き分け加速。半魚人を鞭の間合いに捉えるために行動し―――しかし、水上を滑る相手との距離が詰まらない。

 半魚人の後退は風船のように膨らませた水の塊を垂れ流しながら行われる。それを撃墜するために腕を振れば、炸裂した水球が怒涛の勢いで周囲を浸す。

 

 空中で次々と破裂し、瀑布となる水風船の弾幕。

 局所的な豪雨の中、ジオウが水煙に霞む怪人へと声を張った。

 

「じゃあもしかしてあんた、仮面ライダーキバの仲間? なら何でアナザーキバの手伝いなんかしてるの!」

「手伝いなんかしないよ。ただ色々あって、あのお姉ちゃんに人間を食べさせないようにしてるだけ」

 

 お姉ちゃん、と。

 そう口にした怪人の視線が一瞬だけアナザーキバに向かう。

 契約者は女、ということだろうか。

 考え込む余裕もなく、怪人の吐き出す水球が勢いを増した。

 

「それよりあんたって呼び方好きじゃないな、ボクが君より下みたいで。ねえ、僕のことはラモンって呼んでよ、お兄ちゃん」

 

 不快さを滲ませた声。友好的なのか敵対的なのか分からない口振り。

 ジオウを押し流さんとする水流の激しさは確かなもの。

 だがそれは敵意や殺意からのものではなく、むしろ稚気―――遊び半分の行動であるような。

 

 水のカーテンを鞭で切り分け、ジオウが水面を漂うバッシャーを見据える。

 

「そう? じゃあ教えてよラモン。アナザーキバに人間を食べさせないようにするってのが目的で、どうしてこんな方法を取ってるのかとかさ!」

「いいよ。お兄ちゃんが僕に勝てたらね」

 

 顔の前で両の掌を合わせ、両手の十指に緩く力を籠めながら絡ませる。

 そうしながらも絶え間なく、水風船を膨らませるように口許で水球は構築されていく。

 少年は少しだけ愉しそうに笑い、頭を揺すった。

 

 

 

 

 

 

 アナザーキバの初動は酷く緩慢としたものだった。

 腕をゆったりと上げ、自身の頭上に何か、半透明の牙のようなものを―――

 

「■■■■■■―――――ッ!!」

 

 その行動の直後、青い人狼が雄叫びを上げる。

 同時に地を蹴る獣の脚力。

 

 それを目の当たりにすれば、皆揃って獣の突撃に備えるのが普通だ。

 が、そうして彼らに対して人狼の襲撃はやってこなかった。

 

 人狼が地を蹴ったのは前進のためでなく跳躍のためで。

 そして跳躍した人狼はどういう理屈か、人狼でなく曲刀へと姿を変えていた。

 怪人が武装に変形するという目を瞠る光景。

 

 青い曲刀が空中に舞い、無理矢理アナザーキバの手の中に納まった。

 武装を握らされた怪人が一瞬停止する。

 再び動き出した時の怪人の動きは、曲刀を逆手に構えて腰を落とすというものだった。

 

(あの牙を使わせないようにしてる……?)

 

 庵から飛び出したオルガマリーが一連の光景に目を細めた。

 どうにも動き、連携がちぐはぐに見える。

 アナザーキバとそのお供らしい怪人の目的に相違が見られるのだ。

 

「……さて、どうしたものかしら。中身はきっと英霊剣豪、噂通りの不死なんでしょう? となると、とりあえずソウゴに後付けの力の方を砕いてもらうのがいいと思うけれど」

 

 双剣を抜刀した武蔵の言に同意する。

 正体は不明だが恐らく中身は英霊剣豪。今のままでは二重に不死だ。

 まずはアナザーキバのウォッチを破壊したい。

 キバのウォッチはないが、方法がないわけではないのだから。

 

 だがしかし、ジオウと水棲怪人の戦場は怒涛の水流だ。恐らく怪人の特殊能力か、水流はある一定のエリアからは一切溢れてこない。必要以上に水域が広がらないように特別なフィールドのようなものを展開しているのだろう。

 故にこちらは何の問題もないが―――ジオウをこちらに連れてくるには、あのもはや水中と言っても過言ではないフィールドの中で、水棲怪人を足止めする別の戦力が必要になる。

 

 サーヴァントであってさえ、完全な水中戦となれば行えるのはごく限られた英霊だけだろう。

 

(カルデアから引っ張ってこれたらメルトリリスやキングプロテアが使えたんでしょうけど……)

 

 無い物強請りしていてもしょうがない。

 他に水中戦に対応できるとしたら、もう一人しかいない。

 ジオウと同等の性能、ウォッチによる能力変化に対応できるゲイツだ。

 彼が今装備しているウィザードアーマー。

 それならば水中戦も十全に行う事ができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 無論、その状況をゲイツ自身も理解している、が―――

 

 放たれる渾身の右ストレート。

 紫の怪物の行動は至極単純で、ただただ強烈なパワーファイターだった。

 荒い息を吐きつつ、ゲイツが即座に魔法を行使する。

 全身をパンプアップするエキサイト、右腕を巨大化させるビッグ。

 

 二つの魔法を一撃に乗せ、怪物のストレートを迎え撃つ。

 激突の直後、弾き飛ばされるのはゲイツ。

 パワーは拮抗にすら届かず、明らかな勝敗をその場に齎した。

 

「ウガァアアアッ!」

「く……っ」

 

 怪物が両腕を振り上げ、雄叫びを上げる。

 追撃もなしにそうしているのは、どこかパフォーマンス染みていた。

 圧倒的なパワー、正面突破が困難な相手だ。

 だが逆にそのパワーのみがこの怪物を困難な相手たらしめる要素。

 

 あるいは胤舜のような戦巧者ならば。

 攻撃を受け流して時間を稼ぐのも容易なのでは、と思えた。

 

 ゲイツは舌打ち混じりに体勢を立て直しつつ、荒れ狂う水のフィールドを見る。

 

(この怪物は胤舜に任せ、俺がジオウと入れ替わる。そしてアナザーキバをジオウに任せる、か。それができるなら一番だろうが……!)

 

 どしどしと重々しい足音と共に、怪物がゲイツへと迫ってくる。

 それに応じるために構えつつ、もう一度意識を向けるのは仕切られた瀑布の檻。

 

(あの水の空間を広げられたらどうする。あれ以上は広げられないのか、ジオウを止めるために広げないのか……足止めしていれば広がらないなら問題ない。だがそうでなかった場合、ジオウがアナザーキバに向かえば、主人を守るためにあの空間を広げてジオウを追う可能性がある。俺たちが巻き込まれるのはともかく、あの庵には子供もいる。あそこを巻き込ませるわけにはいかん……!)

 

 あの水棲怪人だけは自由にさせてはいけない。

 だが逆に言えば、アナザーキバを擁する相手はジオウを自由にさせてはいけない。

 あの一番離れた戦場の存在によって、状況は膠着しているとも言える。

 

 キバのウォッチが手に入れば、ゲイツでもアナザーライダーを撃破できるものを。

 だが無いものは仕方がない。手に入れるためのヒントもない。

 黒い方も白い方も顔を出さない以上、ウォズは頼りになりはしない。

 もっともゲイツには彼らを頼りにする気などさらさらないが。

 

 腕を軽く振るうワンアクション。

 その動作の直後、ゲイツの手に握られているジカンザックス。

 握った斧を両手で握れるサイズへと巨大化させ、彼は紫の巨椀へと立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 正面に立つのは宝蔵院胤舜。

 彼の修めた武芸の粋。十文字槍による宝蔵院流槍術、裏十一本式目。

 即ち宝具、“朧裏月十一式(おぼろうらづきじゅういちしき)”。

 

 技量が昇華され、成立した類の宝具のひとつ。

 その槍神仏に達す、と称された腕前こそが胤舜が最大にして最強の武器である。

 初見、未知の相手にさえも完璧に対応する完成された武術。

 

 そうして武芸を携えて、真っ先に対応に走る男が眉間に皺を寄せていた。

 

「これは、なんとも、まぁ……」

 

 奔る剣閃は月牙の如く、三日月を描く青い曲刀。

 単純に速度だけは侮れぬ、と感じながらも胤舜の迎撃に淀みはない。

 

 ―――()()

 

 相手はそもそも自分の得物の間合いすら把握し切れていない。

 太刀筋もかなり乱雑である。

 狼の曲刀は紛れもなく業物であるが、あれでは宝の持ち腐れだろう。

 これならいっそ狼男一人で戦った方が強かったのではないか。

 

 では何故、あの狼男は自分を武器に変えたのか。

 

(拙僧の知識で魔術だ呪術だとそちらに考えを伸ばしても詮無い事だが―――)

 

 アナザーキバの乱雑な攻撃を完璧に捌く胤舜。

 

 その合間を縫って、二天一流が舞うように咲き誇った。

 瞬く間に距離を詰め、二刀は怪物の体を打ち据え火花を散らす。

 斬れない、というのは分かった上での打撃のようなものだ。

 剣への負荷を慮った牽制のような連撃。

 

 果たしてその牽制は意味を為したのか。

 すぐさま狙いを武蔵に移し、反撃を行うアナザーキバ。

 だがその隙に彼女は既に曲刀の間合いから離れていた。

 全力で空振りする青い剣閃。

 

(間合いが測れてない……ってのもそうだけど。そもそも構え自体がおかしいわよね、アレ)

 

 刀を握り直しながら、怪人の不自然さに表情を顰める武蔵。

 同じくその結論を抱きながら、小太郎が前髪に隠れた眼を細めた。

 

 曲刀を逆手持ち。あの剣ならば順手でいいだろうに。

 とはいえ、別に剣をどう握るかなど個々人の自由だけれども……

 

 ―――あれは違う。

 根本的に何か違っている。

 

 小太郎が腕を振るえば、いつの間にかその指に挟んである幾つかの苦無。

 それを一直線、アナザーキバに向かって投擲する。

 怪人は即座に剣でもって迎撃に入り、数本弾き、しかし数本の直撃を貰った。

 

 弾ける火花、噴き出す白煙。

 無論、それがダメージにはなっていないだろうが。

 

(動きが余りに不自然。噛み合っていないのか?

 何故そんな相性の悪い存在をアナザーライダーに変えたのか……)

 

 戦法が根本的に異なっている。

 そしてそれを考慮しても順応していなさすぎる。

 英霊剣豪に選ばれたのは基本的に一流の武芸者たちに違いない。

 だというのに相性が悪い、というだけでここまで酷くなるのは怪しい。

 

(中身は英霊剣豪ではない? だったら何者で、何を目的に……いや)

 

 それは後で考えればいいことだ。

 英霊剣豪ではないとすれば、それは倒しようがあるということ。

 変身を維持できないほどに高火力を浴びせ、変身解除したら首を断つ。

 相手の戦力はここが一番簡単に崩せる場所だ、と確信した。

 

「ツクヨミ殿!」

「ええ、分かってる!」

 

 小太郎の声に応えるツクヨミ。

 ジオウとゲイツは確かに怪物と膠着状態に陥っている。

 ならば此処を最速を持って攻略するだけだ。

 

 小太郎が軽く腕を振るい、その掌の中に煙玉を転がした。

 怪人、アナザーキバは想定以下の戦闘力。

 だがあれが手にした狼の牙に関しては、未だ評価を下すまでいかない。

 

(あの剣ばかりは気が抜けない、()()になるものが必要。なら―――!)

 

 投げ込まれる煙玉。

 それが地面に当たり炸裂し、土煙と混じって舞い上がった。

 周囲の視界を覆い尽くす目晦まし。

 

 その中に沈んだアナザーキバが僅かに様子を窺うため硬直。

 数秒後に、手にした曲刀を正面に構え直した。

 

 刃を前に向ければ同時に前を向く鍔にある青狼の装飾。

 正しく剣に姿を変えた怪人の頭部そのもの。

 それは眼光を赤く煌めかせて、狼の口がその中に振動を響かせた。

 

 直後、放たれる狼の咆哮(ハウリング)

 

 五感を晦ます白煙を引き裂き散らす音の刃。

 煙玉の範囲外で咄嗟に耳を庇う者たち。

 

 千切れ飛ぶ視界を覆う地上の雲。

 地上に影を落とす月光を遮るものは、狼の咆哮によって破られた。

 満月に照らされて顕わになる冷たく輝く牙。

 その牙を手にした怪人の左腕には、元の腕を覆う新たな青い装甲。

 

「グルルゥ――――ッ!!」

 

 腰を落とし、唸りを上げるアナザーキバ。

 それは果たしてアナザーキバのものか、青い人狼のものか。

 少なくとも先程までとは隔絶した淀みない動きで、怪人は刃を構えていた。

 

 物理的な破壊力を伴った音圧で次の攻め手の出鼻は挫いただろう。

 ならば逆撃。攻撃の仕手は既にこちらに回っている、と。

 闇夜の狩人がそう考え、踏み切る姿勢に入った。

 

 彼の判断に間違いはない。狼の咆哮はそれだけのものだった。聴覚という器官を備えた生物である以上、それを防ごうとする反射は避けられないものだ。

 故に、狼が放つ怒りの雄叫びを浴びてなお動きを続けられる者などいるはずもなく―――

 

 轟音、豪風と共に正面からアナザーキバに迫る者がいたとしたら。

 

「―――風王鉄槌(ストライク・エア)……ッ!!」

 

 それは、狼の咆哮(ハウリング)竜の咆哮(ストライク・エア)をぶつけ、力技でぶち抜いてきた英雄の仕業に他ならない。

 

 セイバー、アーサー王のカードを夢幻召喚(インストール)した美遊。

 暴風を音圧からの盾に進撃し、既にスピードは最高速。

 

 元々は視界を覆われ動きを止めただろう、アナザーキバへの強襲が目的。

 烈風と共に斬り込み、煙玉の目晦まし諸共に相手を斬り伏せるための行動だ。

 狩人に変貌したように思われる相手への突撃は想定外。

 だが蒼銀の剣士、蒼玉の魔法少女は推移した状況を理解しなお、その加速を維持する。

 

 暴風と咆哮がぶつかり弾けて拉ぐ開けた空間。

 そう長くない彼我の距離を魔力放出による爆進によって瞬きの間に縮め切る。

 

「はぁああ――――ッ!!」

 

 加速の勢いのまま、振り上げられる黄金の刃。その剣閃、軌道を選んだ理由はアナザーキバが握る剣を弾くため。当初の狙いは変身解除なれど、彼女は突進の最中に目的を相手の剣を奪うことに変えていた。

 数瞬前までのアナザーキバならいざ知らず、今のアナザーキバを相手に攻め一辺倒は命取りだ。相手に痛打を与えたとしても、その頑強さを利用した反撃の牙は間違いなくこちらの命を奪いに来る。

 故に美遊はその一閃を選び、

 

「グルルォオオ――――ッ!!」

 

 先程までとはまるで違う反応速度で、狼は迫りくる聖剣に対応した。

 振り下ろされる狼の牙、振り上げられる黄金の剣、打ち合わされる互いの刃。

 激突の火花は月光より眩く弾け、両者の影を大きく落とす。

 

(弾けない……!)

 

 アナザーキバは剣を手放さない。

 セイバーのカードを使用した魔力放出による全力吶喊は、美遊が放てる近接戦闘における最大威力。これ以上のものは宝具使用以外にない。だが既に相手はそれを易々と許してくれるような状態ではなくなってしまった。であるならば―――

 

「フ―――ッ!」

「っ!?」

 

 思考した一瞬。アナザーキバは鍔迫り合いを維持したまま、四肢を跳ねさせた。

 人型とは思えない躍動は、まるで四足獣が繰り出す動きだ。

 不意を突かれていなくとも防ぎ切れなかったろう神速の蹴撃が美遊を襲う。

 胴体を直撃した蹴りに弾かれ、少女の矮躯が吹き飛ばされていく。

 

 そのままアナザーキバは眼前に剣を構え、刃を正面に立てて呼吸を整え―――

 

「判断を誤ったか。技量も何もない怪物、と見透かした気になっていた拙者の節穴加減も極まった。まさか剣の意思でそうまで変わるとは」

 

 立てた刃を横に倒すように、ひらりと十文字の槍が薙ぐ。

 構えを崩された直後に奔る本能による反撃。

 狼は獣の跳躍力によって槍の間合いを潰すような前進を繰り出し―――

 

「何より情けないのはこちらが甘く見た()()を年端もいかぬ少女に払わせたことに他ならぬ。これよりは拙僧がお相手仕ろう」

 

 獣が足を回すより疾く、宝蔵院胤舜の槍が回った。

 剣の間合いに至るより速く、槍は獣が跳躍した瞬間を狙い澄まして撃墜する。

 

 ―――疾走する。

 加速のための一歩目の前に槍が地面を抉る。抉れた地面に置かれるアナザーキバの足。体重を乗せきれなかった踏み切りの中途半端さを突くように石突きが側頭部を強打した。

 

 ―――横方向に殴打された事を利用し回転。その勢いを剣に乗せつつ、踏み込む。

 アナザーキバの踏み込みと寸分違わずに身を引く胤舜。

 彼の腕が槍を回し、その穂先を振りわれる曲刀に完全に合わせてみせる。

 

 金属同士の擦過音。盛大に散る火花。

 その交錯の中、互いの武器は激突には至らず掠めて弾け合うに留まった。

 

 狼が吼えながら返す刃。

 僧兵はそれに対し、先の交錯と同じ仕業を繰り返す。

 衝突せず、掠め合って火花を散らし、狙いを逸らされ空振り続ける。

 

 五度、まったく違う軌跡によって放った剣撃が同じ結果に終わった。どこを狙った剣閃、不意を突くための奇策であっても神仏に届くと謳われた槍はこの結果を繰り返すだろう。

 苛立ち、唸る。だがしかし、そのループを脱却するのは容易でないと理解している。

 

 ……そもそもの話、これ以上付き合う義理はない。

 こうしてアナザーキバの主導権を取れた以上、さっさと退いてしまえばいい。人間同士の殺し合いに関しては、彼も、ラモンも、(リキ)も興味はないのだから。

 アナザーキバに人を喰わせる。ただその一点だけを阻止するために彼らはここにいる。

 

 この場に純粋な速度で彼を上回るものはいない。

 力を回収して下がれば、ラモンも勝手に逃げ出すだろう。

 ならば―――

 

「―――ヌ」

 

 鬩ぎ合いではなく撤退、走力に力を注ごうとしたその瞬間。

 彼の視界を煙玉以上の暗闇が一気に包んだ。

 夜闇でも確かに効く彼の視界が黒く塗り潰される。

 

(フン、目を潰されようが俺には……)

 

 彼は元より眼より鼻で判断する。

 狼―――ウルフェン族の彼にとって、外界から得る情報の大半は嗅覚からだ。

 だからそんなものは今のアナザーキバに効くはずもなく。

 

(ム、グ……ッ!?)

 

 ビリリと、凄まじい刺激が彼の嗅覚を襲った。咄嗟に顔面を手で押さえる。被害は嗅覚の麻痺、まともに状況を察知する事は不可能になった。だがそれでもそれはあくまでアナザーキバの体を通してだったからこそ。生身であれば耐えられず、のたうち回る羽目になっただろうか。それほどの刺激臭。

 

「チ、ィ……なんだ、毒か……!?」

「あら、普通に喋れるんじゃない」

 

 視覚、嗅覚を奪われ、聴覚を刺激するのは軽快な女の声。

 剣を向ける前に体表を走る刃の感触。

 その程度ならば、と歯軋りする彼に続けて浴びせられる槍による突きの嵐。

 そして、今までの攻防の中では初めて感じる性質の弾着。

 

「ウ、グォオオオオオオ―――ッ!!」

 

 アナザーキバの頑丈さに任せ、とにかく剣を振り回す。

 それによって多少は闇を連れた者たちが払われたのだろうか。

 僅かながら霞んだ視界が戻ってくる。

 

 少々離れた位置、目の前に立つのは赤毛の少年。

 影に忍ぶ兵を動かし、狼から視界を奪っていたもの。

 狼の霞んだ眼に睨まれしかし、一切表情を動かしもせず。

 風魔小太郎は己が思考で部下を動かし続ける。

 

 その少年の近くに先程とは姿を変えた魔法少女。蹴り飛ばされたダメージは相応にあるのか、肌には冷や汗が見える。

 だがそれこそが。黒く染まった肌から滲み、揮発した汗こそが彼の鼻腔を犯した毒。アサシン・静謐のハサンから生じる毒素に他ならない。

 

 正確に、その毒を彼の周囲のみに運んだのは横に浮く少女の手腕か。

 身長を超える長大な杖、風にはためく黒いローブ。魔法少女ならず魔女と言うべき装いは、神代の魔女と同じもの。キャスター・メディアとなった少女が行使したのが、魔術による病を運ぶ風である。

 

 その二種類の力を合わせ、彼女たちは狼が最も恃みとする嗅覚へと攻撃していた。

 

「……っ」

「ミユ、下がって……!」

 

 先程の一撃で表情に苦悶を浮かべる友人を心配しつつも、紅玉の魔法少女は次の動作に入っている。即ち、隙を生じたアナザーキバを変身解除へと叩き込むべく、叩きつける極大の魔力砲の準備である。

 

「チィ……!」

 

 霞む視界を頼りに狼が踏み出す初動。それに対して完璧なタイミングで重なる武人の刃。槍が腹を、剣が背を。アナザーキバの総身に響く鋼の威力。

 体に徹る衝撃波の勢いに硬直する。前のめりに倒れることもなければ、蹈鞴を踏んで後ろに下がる事もない。ただその場で動きが止まる。そんな絶妙な力加減で行われた挟み撃ち。

 

「ヌ、ォ……ッ!」

 

 衝撃に眩む視界の中、狼の眼前で虚空に描かれていく魔力の光芒。

 空中で光が規則的に動き、巨大な魔法陣を形成していく。

 光は五つ。強大な力を動かすための陣が五つ。

 まったく同時進行で完成へと漕ぎ着けて、常軌を逸した魔力を迸らせた。

 

 余剰魔力が弾けて紫電を散らす。

 スパークする魔法陣、それを連ねた()()は確かに制御されている。

 少女の手の中にある魔杖に連動して動く魔法陣。

 その感覚を確かめて。少女は力強く、しかと大杖を突き出した。

 

五門(へカティック)壊砲(グライアー)――――ッ!!」

 

 ―――極光。

 少女の叫びから間を置かず、臨界した魔法陣が加速させた魔力を吐き出した。

 剣士たちは疾うにその場から離れている。

 動きを止めたアナザーキバだけがそこに残されているのだ。

 

「―――――」

 

 完璧なタイミング。迫りくるのは破壊の嵐。

 もう逃れられない―――のは別にいい。

 

 回避ではなく防御に全力を尽くせば中身までどうにかなる、ということはないだろう。アナザーキバウォッチが停止するだけで済むはずだ。ウォッチが止まれば彼らも一度消えるが、彼らにとっては大した問題ではない。ドラゴンの腹の中で退屈するのと大差ない話だ。

 

 だが、問題は変身解除後の()の話だ。

 大人しく撤退してくれるようなら何の問題もないのだが、そうはなるまい。

 

 ―――と。

 苛立たしげにそう思考していた狼の視界の端を掠める黒い(ミスト)

 未だに完全には戻らない目でそれを認め、狼は小さく舌打ちした。

 ひりついた鼻腔でさえ感じる、彼が()()()()()()()()()()

 

 目的も何も知ったことではないが、予定通りという事か。

 酷く腹立たしいが、いま猛ったところで状況は変わりない。

 来たるべき瞬間に備え、大人しく吹き飛ばされるのが最良だ。

 

「だが、覚えておけ……!」

 

 直撃、爆発。周囲に撒き散らされる砂塵と魔力の残滓。

 そんな光の渦に呑み込まれ、アナザーキバの姿が消え失せる。

 

 その状況で息を整えるイリヤスフィールの後ろ。

 攪乱を担っていた小太郎が前髪に隠れた目を細めた。

 

(着弾の直前、何か……煙幕のようなものが)

 

 忍らしく見慣れた目晦ましの方法。アナザーキバの手によるものではなかったと思われる。となれば、周囲にまだ何者か、アナザーキバを援護する者が潜んでいるということだ。あるいはキャスター・リンボが仕込んだ呪術かもしれないが。

 ―――とはいえ、仮にあのタイミングで煙幕など張っても意味はないだろう。完全に直撃のタイミングだったのだから。

 

 ざっと周囲へ視線を走らせ状況を把握する。

 もう二つの戦場。地上で巻き起こった水中戦と、大地を揺らす激突戦。

 魔力砲の炸裂と同時にだろう、それは唐突に終わりを告げていた。

 

 もはや沼のようになった場所で全身から水を滴らせつつ、変移した状況を把握するため首を回すジオウ。激突続きで傷む体に息を切らせつつ、同じく周囲の確認を行うゲイツ。

 

 いつの間にか。いや、あの砲撃の着弾と同時だろう。

 そこにいた筈の二体の怪物はその姿を消していた。

 

(アナザーキバの変身が解除されて、その結果()()()の妖たちも消えた―――と判断するべきか)

 

 であれば、晴れつつある爆炎の中にはアナザーライダーの契約者がいる筈だ。

 英霊剣豪なのか、そうではないのか。まだ確信はないが。

 

 ふと苦無を片手に取り出して、やけに逸った跳躍で爆心地へと向かう小太郎。

 

「―――アサシン!」

 

 マスターからの叱責が飛ぶ。まったくもって正しい注意だ。

 確認ならば構えたまま砂塵が晴れるまで待つべきだろう。

 その十数秒で手の空いたジオウ、ゲイツを備えさせることだって出来るのだから。

 

(そのはず、だというのに)

 

 この戦端が開いてから、何か胸騒ぎのようなものが止まらない。

 いや、止まらないのではないか。

 先程まで感じていた胸騒ぎは止み、そして次の瞬間別の何かが胸を騒がした。

 なにか、余りにも良くないことが起きている。

 そう思えてならない。

 

 軽やかに着地し、軽く腕を振るって砂埃と残光を払う。そんな小太郎の動きに応じ、胤舜もまた槍を回して煙幕を晴らすよう行動する。

 同じような距離にいた武蔵は少し悩み、しかし彼らに倣わず警戒に徹する事にしたようだ。

 

 煙幕の中に強い気配はない。

 誰かが倒れているかもしれないが、もしや誰もいないかもしれない。

 何も無さそう、という感覚さえあるくらい今そこは凪いでいる。

 自分の心中の焦燥とはまったく真逆の雰囲気だ。

 

(誰もいない……いや)

 

 ゆっくりと晴れていく景色の中、一人。膝を落としてぐったりと俯いている、長い黒髪で随分と個性的な装束をしている女性の姿が見えた。真っ当に考えれば彼女がアナザーキバの契約者、ということになるのだろう。

 傍目から見てもその無気力感は、確かにアナザーキバのそれを彷彿とさせる。怪我などをしている様子はまったくないが―――

 

 ふぅ、と。息を吐いて武蔵が女性に歩み寄る。

 

「彼女はただ操られてただけ、ってことかしらね。実際、あの狼が主導権を握るまでは足元も定まらない、みたいな感じだったし。ま、今日は爺様の庵での雑魚寝に付き合ってもらって、明日には城下へ……」

「―――武蔵!!」

「―――武蔵殿!?」

 

 胤舜、小太郎。その両名が叫んだ。

 晴れ切っていない砂埃は、地面近くをまだ隠している。彼女の足元の景色はまだ見えない。だが小太郎はそこから感じる全身を突き刺すような畏怖から声を発していて。

 しかし胤舜はただ女性の裡に生じた殺気に反応して叫んでいた。

 

 ―――地上から空に昇る雷光が如く、白銀の刃が閃く。

 刹那ほど前に無気力、意識喪失しているものだとした判断。それがとんでもない誤信だとでも言うかように、その女性はその瞬間、既に鬼気迫る武人へと変貌していた。

 

 安易に近づいた、と言っても武蔵は剣を納めるような油断をしていたわけではない。双剣を手にしたまま、どのような不意にも対応できるようにと。

 だが突然変わったその女を前にしては、剣さえ握っていれば不意打ちに対応できると考えることが、既に思い上がりに等しい考えだったのだと身をもって理解する事になった。

 

 金属が削り合い、打ち合う擦過音。

 すぐさま続けて鋼の破砕音。

 

「……ッ!?」

 

 膝を落としていた女は振り上げた剣に合わせるよう、まるで幽鬼が如く立ち上り。歩いていた武蔵は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて転がり土に塗れた。

 半秒ほど遅れて半ばで折れた刀の切っ先が落ちてきて、さくりと地面に突き刺さる。

 

「―――――!」

 

 何かを口にしようとして、しかし言葉に詰まる武蔵。

 彼女はすぐさま跳ね起き、刀身が半分になった刀を鞘に叩き込む。

 代わりに残った一振りを両手で握り、視界を研ぎ澄ましていく。

 

「……臭います、鬼の気配が。不思議なこともあるものです、どうしてこのような殺戮場で私はうたた寝などしていたのでしょうか……?」

 

 本当にただただ不思議そうに女がそうぼやいた。

 彼女はゆったりと空を見上げ―――それに合わせ、黄金の月が真紅に染まっていく。

 血塗れの月が天頂にて爛々と輝く中、女はゆるりと周囲を見回して。

 嫋やかな指が刀の柄を握り直せば、その刀身に空気を灼く紫電が奔り抜けた。

 

「目覚めたからにはまずは粛々と鬼の素首を斬り落とし―――鬼とつるむ不逞の輩も打ち首にして参りましょう」

「鬼種殺し……!」

 

 小太郎が先程から内心に渦巻いていた焦燥感の原因をその刀に見る。正体、真名にまでは至らずともあの刃はさぞ高名な鬼斬りなのだと肌が訴えているのだ。

 紛れも無いだろう。あれは只人ではなく英霊、そして狂気に堕ちた英霊剣豪のひとり。

 

 状況は二転三転、三面に広がっていた戦場は一つに収束した。

 立てた推測が尽く裏切られているような混沌の坩堝。

 泥を払い、活を入れ直し、仮面ライダー二人が唯一となった戦場に舞い戻る。

 

 こちらにとっては仕切り直し。

 あちらにとってはやっと始まり。

 

 その戦いが改めて始まろうとして―――

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 茶を啜っていた男が玄関を見る。

 正確には外にある、彼の仕事場―――鍛冶場の方だ。

 どいつだかが煩いくらいに哭いている。

 まあ、これほど主張してくる剣など一振り以外に心当たりがないが。

 

「振るわれたいってか……いや、斬りたいものが今此処にあるのか。馬鹿言え、お前を渡せる相手なんざ今はいねェよ」

 

 そう吐き捨ててからぐいと茶を飲み干して、湯飲みを置く。

 

 万が一その刃が槍であったなら宝蔵院胤舜が御せただろう。

 だが生憎と彼は刀匠、刀以外は打っていない。

 哭いているのは当然の如く、拵えもされていない抜き身の刃だ。

 

 新免武蔵の名を持つならいずれは、と思うが時期尚早。今の小娘では渡したところで我が身を滅ぼすだけ。血に飢えた妖刀としてろくでもない結果を出す事になる。斬れぬものを斬る太刀筋を見れるというなら彼も本望だが、その剣を握った者を破滅させるとなれば話は別。

 だって言うのにこの喧しさなのである。

 

 溜め息ひとつ。

 ―――あるいは、刀匠には感じない何かをあの刀を感じているのか。

 盛大に、溜め息ふたつめ。

 

 ごちゃごちゃと外でやっている間も無関係を貫いていた男がようやっと立ち上がる。そうして彼は壁に掛けてあった上着を手繰り肩に引っ掛けると、外へと向かって歩き出した。

 

 

 




 
 南米の奥地に辿り着いた我々を衝撃の事実が襲う。南米は日本じゃなかったので平成も令和もなかったのだ。平成はいったいどこにいってしまったのだ…?
 その謎を解き明かすべく、探検隊の戦いは続く。
 

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