Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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源氏進軍・ソードダンサー1021

 

 

 

 広くもない空間、板張りの床を悠然を歩む一人の青年。

 彼は首にかけたストールを軽く翻すと、片手に持った厳かな本を開く。

 その本の表紙に銘打たれた名は、『逢魔降臨暦』。

 

「―――この本によれば、普通の高校生、常磐ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。だがその物語が始まる前、事故のように巻き込まれたまったく別の戦い……」

 

 青年の名はウォズ。同じ名を持つ者が二人いるが故、黒ウォズと呼び分けられる彼は、そこで呆れるように肩を竦めて、開いた本へろくに目を通さず閉じてしまった。

 

 代わりに彼の背後に浮かぶ黄金の獣の残像。

 戦いを振り返るように移り変わっていく背景。

 

 それを一瞥すると、黒ウォズは言葉を続ける。

 

「魔神王ゲーティアが仕掛けた人理焼却。その暴挙を防ぐための戦いに身を投じ、常磐ソウゴは時の王者としての力の一端を覚醒させ、ゲーティアの野望を打ち砕くことに成功した」

 

 背景としていた景色が消え去り、静寂が戻ってくる。

 彼はそこで仕切り直すように一呼吸置くと、再び口を開く。

 

「そしてその戦いの中で常磐ソウゴが共に戦った組織、人理保障機関カルデア。そこに所属するマスターのひとり、藤丸立香。彼女が何者かに異界へと誘拐された事を発端として、また新たなる戦いがここに始まっていた。

 舞台は西暦1639年、下総国。本来の歴史とは異なる日本の地で、一体何が起ころうとしているのか……」

 

 滔々と語っていた彼はそこで話を止めて、軽く咳払いをした。

 

「―――ところで。千子村正、という刀工をご存知でしょうか?

 彼の打った刃の切れ味は凄絶無比。刀剣としての機能のみならず、村正刃と呼ばれる刃文の美しさも併せ持つ……歴史上において最も有名な刀工のひとりと言えるでしょう」

 

 唐突に何を口にし出したのかと思えば、刀工の紹介。まったく別の話題に移ったのは一体何故か。誰が聞いているわけでもない、故に疑問の反応が返ってくるわけでもない。そんな状況で黒ウォズは変えた話題を更に続けた。

 

「そして単純な武器、美術品として以外にも村正の打った刀には伝説があります。それが時の将軍、徳川家康にまつわる幾つかのエピソード。彼の身辺において村正の銘を持つ刃は、まるで家康をかけられた呪いが如く徳川にその牙を剥いた。

 ……結果として、村正の銘を持つ刀はこう呼ばれるようになったのです。()()()()、と」

 

 そこまで語り切り、目を閉じて数秒無言。

 再び目を開いた彼は、自分の語りを思い返すようにして軽く肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 ひょい、と。黒ウォズが持っている本が取り上げられる。

 その下手人へと視線を送れば、それは目尻を吊り上げた少女だった。

 

 クロエ・フォン・アインツベルンは、空いた手で後ろで布団に収まった少女と赤子を指差している。やっと眠ったんだから騒ぐな、と言いたいのだろう。

 

 突然の敵襲来、開戦。俄かに騒ぎ出した庵の中で、彼女は幼子ふたりを完全に寝かしつけることをやってのけていた。周囲に結界があるのか、外で今まさに起きている修羅場の音や振動は届かない。もちろん流石にそうでもなければ子供を寝かしつけるなど無理があっただろう。

 

 取り返そうと伸ばされる黒ウォズの腕。クロエが発動する短距離転移、に合わせて伸びるストール。完璧なタイミングでのインターセプトだ。

 布は無駄な動きなく少女の手に有る本にくるりと巻き付き、引き抜いていった。

 

 見事に本を取り返した彼はそれを脇に抱え、煽るように微笑みを浮かべると共に肩を竦める。

 苛立ちのままに声を荒げたいが、寝た子供を起こすわけにもいかない。クロエは歯軋りするように顔を歪めつつも、怒りで騒ぐこともできず酷く目を尖らせた。

 

「この……!」

 

 気を遣って小声で絞り出される恨み節。

 そのまま『逢魔降臨暦』を巡る戦いの火蓋が切って落とされようとした。

 

 そんな時、視界の端で茶の湯を口にしていた青年がふと立ち上がる。彼は壁に引っ掛けた羽織を掴み、迷い無く足を向けた先は土間。そのまま外に出る気なのだろう。突然どうしたのかと困惑するクロエになど構わず、彼はさっさと扉に手をかけた。

 

 黒ウォズと兄と酷似した男、その間で二度三度視線を行き来させる。そうして、黒ウォズと戯れるより優先すべきは外に行く男と判断したのだろう。クロエは決めるや否や、すぐさま後を追って走り出す。

 

 開かれる扉。外は間違いなく修羅場だが、その音も何もここには入ってこない。

 そういう結界があるからだ、というのはいいとして。つまりそれを張っただろう彼は一体どんなサーヴァントなのか。キャスター、という感じではないように思うが。

 

 一秒遅れて外に出る少女。後ろ手にスパンと扉を即座に閉めながらの着地。その瞬間、今までシャットアウトされていた、この一帯で巻き起こる戦闘の情報で五感が震えた。

 

 

 

 

 

 

 ―――轟く雷鳴を従えて、ひとりの女が剣を振るう。

 

 武蔵が一刀。その剣に応じようとすれば、女は大上段に構えた鉞を振り抜く。舌打ちひとつ、即座に対応を変える。剣と鉞、それぞれ両手で構えた渾身の連撃を、己の一刀で防ぎ切れるとは思わなかった。間合いから飛び出すように踏むバックステップ。

 そうして稲妻を纏う鉞を避けようとすれば、次いで女はその間合いを貫くために槍を突き出してきた。後ろに下がる、という方向の対応ではそのまま貫かれる。体が凍えそうな冷気を発する槍を躱すため、無理を承知で軌道を変えて横に跳ぶ。

 が、女はそれを見越していた、とばかりの態度。既に女は強弓をしかと握り締め、明らかな隙を射抜くべく弓に矢を番えていた。瞬く間に豪風を鏃とし、撃ち出される無数の矢。

 

 それは狙い過たず武蔵を針鼠に変えんとし―――ガガガガ、と。連続して響く、酷く耳障りな金属音。その音源は他でもない、武蔵の前。彼女の前に立つ、緑と銀のショルダーユニットを装備したジオウであった。

 

 風の護りに鋼の装甲。防御に寄せた構成のダブルアーマー。豪風が如き矢は渦巻く疾風を貫き、鉄鋼の鎧へと直撃。しかしそこで盛大な火花を散らすに留まり、力を失い地に落ちていく。

 

「ありがと、助かった!」

「うん、それはそうと……」

 

 散らした火花と焦げついた痕。

 白煙を上げる装甲を軽く叩きながら、ジオウは相手を見据えた。

 

 如何に強敵、無比の剣豪とは言え彼の新免武蔵がこうも防戦一方。

 それには明確な理由があった。

 女はひとりだ。それは間違いない。今だってひとりでぽつりと立っている。だが攻撃の合間、刃を交わす距離で―――彼女は()()()。突然武装が異なる同じ女が増え、連携を行ってくるのだ。

 恐らく本体、と呼ぶべき女が携えた剣と弓。それとは関係ない剣、鉞、槍、弓と、女の分身はまったく別の武装で襲ってくる。

 

 分身に、宝具級の武装が複数。

 一体あれは如何なる英傑か、と武蔵は呼吸を整えて。

 

「あれ、ゴールデン……ゴールデンだ」

 

 見た覚えはあるけど名前なんだっけ、と言うようなソウゴの呟きを耳に拾った。

 

 ゴールデン、何とかだった気がするのだ。いや勿論、坂田金時の名前はすらっと出てくる。ただあの武器はゴールデン……なんだっけ、と。

 ゴールデン何とか、という名称は幾つか聞いた気がするが、あの武器の名前が出てこない。スパーク? スパークはこう、必殺技の名前だったような。

 

「なにそのごおるでん、って」

「金時の武器の名前なんだけど、えーと……」

「―――金時、って。あの大鉞が……まさか坂田金時の武器、ってこと?」

「うん」

 

 あまりにもさっくりと告げられる情報。その情報を以て、あの怪物女の正体に辿り着く。その大鉞が坂田金時のものだとしたのならば。残るその剣、その槍、その弓、それらの正体にも自ずと辿り着き、そしてそれを自在に扱う女の正体など、たった一人しかありえないと結論する。

 

 唾を呑み、立ちはだかる女を見る。美しくも恐ろしい、神鳴りを轟かす長い黒髪の京美人。彼女が何者かに思い至り、確信した武蔵がその名を口にした。

 

「源、頼光――――!」

 

 ―――源頼光、平安の都にその名を馳せた源氏の頭領。大江山の鬼、酒呑童子をはじめとするあらゆる怪物、怪異を滅殺せしめた平安最強。そんな彼女が従えた者たちこそが、坂田金時、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光からなる頼光四天王。

 つまり先程から見せる分身の武装は、四天王の宝具ということになるのだろう。

 

「まあ、私の事をご存知でしたか。ですが今はその名で呼ばぬよう、お願いします」

 

 真名が割れたことなどどこ吹く風。彼女は何も気にした様子はなく、ただはんなりとした所作で空いた手を頬に当て―――その眼を、よりいっそう血色に染めた。

 

「―――我が忌名(いみな)、ライダー・黒縄地獄(こくじょうじごく)。“一切粛清(いっさいしゅくせい)”の宿業を以て、あらゆる生者を虫を踏み躙るが如く鏖殺する事こそ我が本懐と知りなさい」

 

 声は鋭く、その一言と共に稲妻と共に女が奔る。

 

 どう足掻いても一騎打ちにはならない攻め手。

 一人で受けようものならば、即刻四天王に囲い殺される源氏進軍。

 その個人で形成した殺戮陣形を前に、真っ先に前に立つのはひとりの僧兵。

 

「よもや、源頼光とは、な!」

 

 稲光が差し、地上に強く焼き付く影。その暗黒から滲み出るのは、槍を手にした頼光の分身。

 

 槍を持つ頼光に合わせ、胤舜もまた神仏に届くと謳われた槍腕を振るう。一秒の間に三度交わす刃。そうして穂先が交錯するたび、胤舜の体には寒気が走る。怖気のような精神的なものではなく物理的な現象、周囲の気温の下落による凍傷だ。

 四天王の槍は冷気を纏う氷結丸。それを相手に差し合い、凌ぎ合う。ただそれだけで急速に周囲の空気は冷え、決戦場は凍土へと姿を変えていく。

 

「ぬ……!」

 

 如何なる敵の如何なる技をも読み切り対応する槍の冴え、宝具“朧裏月十一式”。それは戦闘において無類の強さを誇る宝蔵院胤舜の辿り着いた極意。

 だが当然、槍があるからといって人体が適応できる環境が広がるわけではない。地上における武器の差し合いに幾ら秀でようとも、適応できる周囲の環境が広がるわけではない。

 水中で呼吸できるようになるわけではない。溶岩を泳ぎ渡ることができるようになるわけでもない。当然、凍土で万全の身体能力を発揮できなくなる事を防ぐこともできない。

 その槍によって牙を剥くのは人の技ではなく、妖の術でもない。神秘を発端とするとは言え、ただの環境、自然の脅威だと言うのなら、彼の宝具では突破口にはなり得ないのが現実だ。

 

 四肢が凍り始めれば動きは硬く、緩慢になっていく。頼光四天王ほどの相手がそんな隙を見逃す二流かと言えば、当然そんなことがあろうはずもなく。

 

「ぬ、ぐ……っ!」

 

 吐き出される白い息。槍一筋に崩される直前、立て直すために最低限の呼気を入れ直す。本来なら取り込んではいけない温度の空気で肺が痺れる。が、呼吸しないわけにもいかぬのが人というモノだ。

 それでも何とかそこで体勢を立て直し、槍を冴え渡らせていく。

 

 だが槍持ちひとりにかかずらっている内に、既に頼光本人が剣の射程距離まで詰めている。それは僧兵の頸ひとつ落とすには十分な状況。

 閃きは雷光が如く胤舜の首筋に吸い込まれ―――雷と吹雪の荒ぶ戦場に、炎の輪が広がった。

 

 胤舜の頭上にはためくのは魔法陣の描かれたマント。赤い宝石のショルダーを発光させながら、ゲイツ・ウィザードアーマーが一息に魔法を行使した。炎で出来た守護の防壁。それは周囲の凍土を解かしつつ、源氏に対する防御となり―――しかし、直後に黄金の斧によって正面から割断された。

 

「同じ顔をずらずらと……!」

 

 頼光を、槍持ちを、跳躍で飛び越して襲来する大鉞持ちの分身。彼女が振り上げた黄金の刃からは、稲光が迸っている。そこから放たれるのは単純な膂力と雷の爆発力で引き起こす最大級の破壊。

 

「ッ、オォオオオオ―――!!」

 

〈ウィザード! ザックリカッティング!〉

 

 空中で身を翻し、ゲイツはジカンザックスにドライバーからウィザードウォッチを再装填。瞬時に巨大化する手斧は“黄金喰い(ゴールデンイーター)”のサイズを凌駕した。

 圧倒的な質量差を正面からぶつけあい、互いの刃が纏った炎と雷を空中で炸裂させる。

 

 質量(サイズ)であっても推進力であってもゲイツが凌駕する。だというのに雷の爆発力、その一点のみで黄金の鉞は巨大化したジカンザックスを押し切る勢いを見せた。

 空中での交差、押し返されていくウィザードアーマー。

 

「チィ……ッ!」

「ゲイツ!」

 

 そんな状況で、声と剣が横合いから飛来する。

 声をゲイツの耳が拾うと同時、鉞の腹に直撃しているのは電撃剣。

 

〈フォーゼ! ギリギリスラッシュ!〉

 

 稲妻を纏う二つの武装の激突。視界を塗り潰すフラッシュと炸裂するアーク。100億ボルトの電圧が巻き起こしたインパクトが、雷神の鉞の軌道をギリギリ逸らしてみせていた。

 その間隙を確かに捉え、ゲイツが両の腕へと力を籠める。呼応して刃を覆う白光のエネルギーはより強く、より鋭く、金剛石が如く研ぎ澄まされていく。

 そうして力任せに振り払われるジカンザックスの一撃。刃の軌跡に奔る白い煌めきは破壊力を伴って、大鉞を強引に弾き返すのみならず、迫りくる源頼光本体さえも大きく後退させる事に成功した。

 

「ふ―――ッ!」

 

 炎と雷に焼かれ蒸発した吹雪の中で槍の穂先が二振り躍る。この熱を帯びた空気が再び凍るまで後何秒か。その時間制限の答えがどうあれ、しかし今この場は宝蔵院胤舜の槍が十全を発揮できる環境である事に変わりはない。であるならば、余計な思考など一切不要。

 

 繰り出されるのは舞い散る残火を切り裂く刺突撃。その一撃を防御させ、刹那の内に放つ二撃目によって守りを抉じ開ける。

 手数、かける時間を増やせば冷気が来る。ならば速攻以外にあるまい。空気が凍るより先に、相手の心臓を穿つのが最良だ。抉じ開けた守りにトドメの一刺しを突き込む。

 

 ただ押し切られた槍持ちの頼光の判断もまた瞬時のもの。そのまま串刺しにされるような間抜けを晒すわけもなく、彼女は押し返された本体たちを追うように大きく跳び退っていた。

 

 源氏進軍を阻み、槍を構え直す胤舜。

 その彼の後ろで浮遊状態から着地しつつゲイツが鎧に手を当てる。

 

(流石に限界か……)

 

 宝石の鎧から熱が引いていく。描かれた魔法陣が薄れていく。

 魔力が既に枯渇寸前、大技はもう撃てないだろう。

 ならばフォームチェンジを、という思考の前に彼はジオウを見た。

 

 ジオウはダブルアーマーを装着し、ジカンギレードを投げ放ったが故に無手。彼は武器を持っていない右手を肩の高さまで上げ、くねらせるように軽く振るってみせる。

 そんなジオウの状態といえば、両肩のガイアメモリショルダーの色は右が黄色に左が黒。その形態のジオウと顔を合わせ、ゲイツが小さく顎を引いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

「―――いいだろう」

 

 鎧に当てていた手を滑らせる。五指から描かれる炎の魔法陣。

 それを目前に投げ出せば、二人の前でぴたりと止まって設置された。

 絞り出す最後の魔力、行使する魔法は二つ。

 前方に設置した魔法陣、ビッグ。己の左腕にかける魔法、エクステンド。

 

 彼と隣り合うジオウが右腕を大きく振るえば、鞭が如く撓って伸びる。

 月の魔力、幻想の記憶を宿した腕は物理法則に囚われぬ自由自在。

 

「せー、のっ!」

 

 ジオウの掛け声に無言で合わせ、一気に腕を伸ばす。伸縮自在の二人の腕が正面の魔法陣を通り、理不尽なほどに巨大化する。拳を握ればそこだけで人の身より大きいほどのサイズ感。人間サイズの相手ならば、虫のように叩き落とせるだろう巨大な張り手。

 

 それが同時に腕二本分、進軍の止まった源氏に向かって張り出される。頼光たちからすれば最早、巨大かつ切断不能な壁が高速で迫ってくるも同然だ。

 

「―――――」

 

 黄金喰いは放電直後、氷結丸の低温で鈍る攻勢ではない。

 

 源頼光。彼女自身の剣で対応しても、逸らせて腕一本。

 片方を弾いた隙にもう片方に握り潰されるのが道理だろう。

 

 ―――で、あるならば。

 

 頼光の影より炎が上がる。それと同時に空中に一つの影が待っていた。

 血色の月に照らされて、夜闇に煌めく紅蓮の刃。

 膨大な炎熱を伴う刃で虚空に半月を描く、新たなる頼光の分身。

 

「―――鬼切安綱……ッ!」

 

 空を見上げた小太郎が、思考の余地なくその刃の正体を看破する。彼女が源頼光で、その分身が家臣の武具を備えるというのなら。鬼を震わすその刃、その紅蓮の太刀は無二のものである。

 

 空中で頼光の分身が上半身を大きく捻る。二本の腕に対し、繰り出されるのはただ一刀。

 大江の山にて名を馳せた鬼の頭目、茨木童子。その右腕を斬って落とした鬼殺し。頼光四天王が一人、渡辺綱の魔性斬りを再現した一太刀が今、魔的な腕へと閃いた。

 

「ぐ……ッ!?」

「な、に……ッ!?」

 

 叢原火を凌駕する紅蓮の業火が腕に弾ける。切断こそされずとも、二人の腕から噴き出す血飛沫のような火花。その上単純なダメージのみならず、焼き尽くされる魔性の業。

 月の魔力による幻想も、指輪の魔法も、その影響ごと斬り落とされた。

 

 強引に引き戻される伸ばしていた腕。限界を超え、パージされるウィザードアーマー。舌打ちしつつ、ゲイツはすぐさまファイズウォッチをホルダーから外す。

 

 そうした間隙を突くように分身の頼光は危うげなく着地。

 即座に疾走を開始し―――遠慮呵責なく降り注ぐ苦無の雨に僅か、眉を顰めて剣を振るう。爆発的な威力で刃の雨を吹き飛ばす鬼切安綱。

 

 鬼切が上へと振り上げられている間に、既に小太郎は体を地に沈めていた。腕を振るえば放たれる地を這う蛇のような軌跡を描く鎖分銅。両脚を纏めて絡め捕り、引きずり倒すための仕掛け。

 

 だがそれは、対象の足に届く前に黄金の鉞によって完全に粉砕された。

 武器を振るった勢いそのままに走り出す頼光の分身。

 

「っ!」

 

 ―――源氏進軍、再開。

 紅蓮の太刀を筆頭に、雷光の鉞、冷気の槍。

 そして稲妻と共に総大将が。

 

「こんの―――!」

 

 一刀流、宮本武蔵が前に出る。応じるのは紅蓮の太刀。

 即座に援護するため苦無を抜く小太郎。その前に立ちはだかる雷光の鉞。

 戦場を乱さんと立つ胤舜の穂先に合わされる冷気の槍。

 

 三組の交戦を悠然と睥睨し。

 後ろで刃を逸らしてそこに紫電を奔らせる源氏総大将。

 

 その光景を空中で見下ろしながら、身の丈より大きい杖を手に少女が呻く。

 

「……っ、あれまずいよルビー! とにかくあの人を……!」

「とにかくイリ……ッ、物理保護全開―――!」

 

 大魔術を行使しても少々時間をおけばルビーが魔力を補填してくれる。まだ全快まではしていないが、キャスターの火力は源頼光に向けるべきだ。

 そういった意図を伝えようとしたイリヤの言葉を、ルビーが遮った。イリヤの意識の外、ルビー側で行使される全力を傾けた防御術式。

 

「ルビ……っ!?」

 

 直後、防壁に何度となく着弾する暴風の弾丸。貫通してくる攻撃はないが、身を竦めてそちらを見ればそれは矢だ。風を纏った矢が空にいるイリヤを集中砲火している。

 四天王の武装、暴風を伴う矢を射るその弓こそ豪弓。

 

「四人目の分身!?」

「なにせ頼光四天王ですから!」

 

 イリヤも自身の意思で防御の魔力を割く。行使されているのはキャスター・メディアの魔術による護りだ。如何に頼光四天王の矢とてまず貫かれることはないだろう。

 空中でイリヤが撃ち合いに徹すればあの弓手は抑えられよう。それを理解し、少女は弓兵との戦闘に入った。

 

(でも……!)

 

 それでは最も止めねばならない総大将が止まらない。

 逡巡する少女の動き。直後、地上から声が上がった。

 

「イリヤ! その相手を抑えて!」

 

 迷いのないツクヨミからの指示。

 そんな彼女の声に喝を入れられ、少女は余分な思考を意識の外へ放り投げた。

 展開する魔法陣。疾風の矢を阻む病風(Αερο)の行使。

 

 空中で無数に交差する魔力弾と矢が作る、星より近い光の天幕。

 

〈アーマータイム!〉

〈カメンライド! ワーオ! ディケイド!〉

 

 その残光のトンネルに踏み出す、九つの影を重ねて構築される姿。

 ジオウ・ディケイドアーマー。

 彼は走りながら眼前に剣を呼び出し、乱雑に引っ掴む。

 

〈ライドヘイセイバー!〉

 

(どうやって、どうしたら止められる?)

 

 頭の中でソウゴが行う自問自答。ただ頼光の元に辿り着きたいなら、カブトの速度を使えばいい。だが敵は疑いようもなく不死身の英霊剣豪。恐らくただ倒しただけでは即座に再生してしまうだろう。

 その悩みを晴らさないままに、ヘイセイバーのハンドセレクターに指をかける。この超針回転剣ならばキバの力を使う事もできる。つまり、アナザーキバに有効打を与えられる。

 

(アナザーキバのウォッチを砕く? けど……)

 

 果たして、アナザーキバのあの不審さは何なのか。少なくとも三体の従者は、状況に納得がいっていないのは明白。どういう心持ちかは分からないが、アナザーキバを操っているだろう何者か―――スウォルツか、妖術師か、リンボか、あるいは更に別の誰かか―――の邪魔をしようとしているように見える。

 であるならば……と。

 

(とにかく、まずは)

 

 ―――そうして悩んでいたソウゴが思考を切る。

 彼はそのまま視線を戦場の一面、紅蓮の太刀と斬り合う武蔵を見た。

 

〈ヘイ! 響鬼!〉

〈響鬼! デュアルタイムブレーク!!〉

 

 戦場においてさえ涼やかに、ヘイセイバーの刀身から響く清めの音。武蔵に注視していた頼光の分身が。のみならずこの場における源氏軍、四天王を模す全ての分身らと源氏総大将・源頼光が、その音を耳にして意識をジオウへと飛ばした。

 

 魔性を殺す紅蓮の太刀、鬼切。担い手が本来の人間だったならばその乱入も何の事はない、ただの涼しげな音色と共に敵が増えた、というだけの事だったろう。

 しかしその剣を握っているのが源頼光だというなら話が違う。まして人を捨て外道に堕した英霊剣豪・黒縄地獄となれば、その音は紛れもなく女にとってこれ以上無く耳障りなもの。頼光は強く眉を顰め、ジオウに対して睨みを利かせ―――

 

()れる――――!」

 

 得物一刀なれど、その太刀筋が描く軌跡は正しく百花繚乱。意識を逸らした頼光を目掛け、武蔵が強く踏み込んだ。刹那遅れて応じる四天王の影。

 

 確かに脅威、確かに兇器、鬼切安綱は人も鬼も蒸発させる大業物。生半な腕では勝負の場に上がる前に剣気のみで殺されよう。であるが、その剣が鬼切安綱である、というだけならばそれだけだ。たったそれだけの話でおしまいだ。

 

 何故なら鬼切を鬼切たらしめる最大の要因が此処には無い。今その剣を執るのは担い手たる渡辺綱ではなく、四天王の影を映した源頼光。強さだけ見るなら何ら問題はない。あるいは十二分と言っていい。源頼光という剣士は、鬼切の()に負けぬ実力の持ち主である。

 

 ―――だがそれでも。この髭切を()()たらしめたのは一人の男の剣腕だという事実こそが、天元の剣士にとっての突破口になり得る事に変わりはない。

 

「―――――!」

 

 放たれる紅蓮の一閃。

 態勢は低く、足を開き、腰を屈めて、全身深く沈み込む。頭上を通り過ぎていく熱、残火の降り掛かる大地の上で―――武蔵は足を止めた。

 

 即座に剣を切り返す頼光と視線が交わる。分身に多くの思考能力はないのか、反応は薄い。ただ技量に嘘がないのであれば強大な脅威であることに変わりはない。

 ―――無論、本来の頼光四天王のあるべきそれとは比べ物にならない程度である、というのもまた事実。

 

 振り抜かれる第二撃。迫りくる紅蓮の太刀。その刃をしかと両眼で見据え。蛙のように、あるいは飛蝗のようにか。武蔵は大地から空に駆け上がるように、屈めた姿勢のまま引き絞っていた足を踏み切った。爆発的な加速で前進する武蔵。逃さじと太刀を握る手を繰り返す頼光。

 

 交錯する二人の女。身を擦れ違わせる二人の剣鬼。

 勝負は刹那の内に決着し、早々に結果を見せた。

 

「……っ!」

 

 ずるりと落ちる頼光の左手の肘から先。切断面には血もなければ肉もなく、落ちた腕は溶けるように影に沈み消えていく。

 だが分身に動きを止めるほどの動揺はない。両手で握っていた鬼切を片手で持ち直す、女の細指が柄を正しく握り直す。彼女は自身を斬り抜けた武蔵に逆撃を浴びせるべく振り向こうとし―――目前に迫るマゼンタのボディに、それが叶わぬと理解した。武蔵を背にしたまま前方に対応せざるを得ない。

 

 振るわれる魔性を燃やす紅蓮の大太刀、鬼切安綱。

 応じるのは魔を清める音撃刃(おんげきは)、ライドヘイセイバー。

 

 先の武蔵と頼光のようなどちらが刃を透すかの技量勝負ではない。

 単純に武器をぶつけあい、相手を押し潰さんとする力比べ。

 

 片腕を失い、更に刃の衝突の瞬間に響く音に頼光の顔が酷く歪む。腕を断たれてなお調子を崩さない分身でありながら、その音には苦悶を覚えるのか。どうあれ、その段に至って既に勝負は相性を比べるものでさえない。如何に鬼切、如何に源頼光の写し身と言えど、片手でジオウは止められない。

 

 激突の末、一秒と保たず女の腕から大太刀が弾かれた。

 

「―――武蔵!」

「ええ、これで終わり!」

 

 片腕を落とされ、刃を弾かれ、態勢を崩されて。その末、背後からの一刀でもって唐竹に割られる女の体。墨汁のように雪崩落ち、地面に染みて消える影。

 

〈ヘイ! 電王!〉

 

 影の末期を見届ける余裕も無く、ヘイセイバーに指をかけているジオウ。彼はそのまま次の戦場に向け、山なりに飛ぶよう思い切り剣を投擲した。

 

「ゲイツ!」

 

 剣の行先は雷の轟く戦場。紅蓮の太刀・鬼切安綱に劣らぬ破壊力、“黄金喰い(ゴールデンイーター)”を手にした四天王の影が暴れる位置である。

 

 

 

 

 

 

 苦無、鎖分銅、あらゆる装備を粉砕し迫る頼光の分身。坂田金時の大鉞を手にした四天王の影法師。その進撃に分かり切った結果と思いつつ、風魔小太郎は唇を噛み締めた。単純に武装の破壊力、雷神の稲妻による貫通力、併せて繰り出される突破力。あらゆる行動が並みの攻撃、拘束を粉砕する必殺。

 確かに敵は坂田金時本人では無い。だが代行するのが源頼光であるというならば、その威力はオリジナルにさえ劣らないだろう。

 

 ―――だとしても、分身程度に負けるつもりは一切ない。

 長い前髪に隠れた目を鋭く細め、頭の中で仕込みの手順を詰めていく。

 

〈アーマータイム!〉

〈コンプリート! ファイズ!〉

 

 そんな中、赤光と共に前に出てくるゲイツ。彼はツクヨミから渡されたのだろうファイズフォンⅩを手にしつつ、小太郎と並び横目に見る。その顔と視線を合わせた小太郎の目には、マスクに隠れて見えない顔から、どこか苦虫を噛み潰したような感情が滲んで見えた。そう見た彼の推察通り、口を開けばゲイツからは苦く小さい声での問いかけ。

 

「俺の攻撃に合わせて、アレを振り上げさせることはできるか?」

(……なるほど)

 

 ゲイツをこの調子にさせる人間を小太郎は一人しか知らない。

 であるならば、今の問いの意味もまたひとつだろう。

 

 早々に納得してゲイツの要求を満たすための思考を回す。目の前にいるのは源頼光の分身体。坂田金時ほどに大鉞を使いこなすわけではないが、武器を借りているだけだと切って捨てられない脅威の存在。放つ稲妻は赤龍の雷ならず牛頭天王、帝釈天の化身としてのそれ。

 

 大鉞、に限らず重量級の武装は当然の如く、下から上へと振り上げるより、上から下に振り下ろす方が特に強い。であれば、使い手は勿論その常識に準じた立ち回りを計るだろう。ゲイツという先程大技をぶつけあった敵の参陣を認識しているならば尚更のこと。

 相手は小太郎に大振りを見せようとはしない筈だ。ゲイツの攻撃に振り上げで対応させる、という要求を満たすためには風魔小太郎という存在は頼光にとって脅威度が足りないと言える。

 

(……けれどそれは)

 

 源頼光が相手ならそうだろう。坂田金時が相手ならそうだろう。彼は忍、闇を駆ける風魔の頭目。であれば平安を治めた最強の怪異狩りと正面切って戦えばそうなるだろう、という事実は何ら彼の誇りを傷つけるものではない。

 ―――が、()()()()()()()分身風情にこうまで頭に乗られては、機嫌を損ねるには十分である。

 

 長い前髪の下に隠れた眼をより鋭く眇め、小太郎は懐に手をやった。

 

「すぐに詰ませます。ご準備を」

「ああ……」

 

 返事を受け取ると同時、小太郎の指が挟んだ丸薬を投擲した。

 地面に落ちて弾ける白煙、目眩ましの煙玉。

 

 そんなものは何度も見た、と。女の対応は早かった。黄金喰い(ゴールデンイーター)が電撃を喰らいカートリッジを吐き出す。女の手により大鉞が稲妻を曳いてぐるりと回る。熱風を巻き起こす大回転。さながらゴールデンタイフーンとでも呼ぶべき現象。それ自体が大技のようでしかし、あそこからそのまま必殺の一撃に繋げることのできる牽制の一手。

 

 無論、小太郎の方こそその対応を望んでいた。目眩ましに対する攻防一体の範囲牽制、その間合いなどとっくに把握している。相手が動かずそうする、と分かっているから煙が晴れるのを待つまでも無い。

 二手目、手首をスナップさせて振り放つ鎖分銅。それは大鉞ではなく、回転動作の最中の頼光の腕へと絡みついた。自分自身の動きで余計に鎖を絡ませ、眉を潜める頼光。

 

 その鎖を握り締めながら小太郎が全霊で踏み止まる。筋力差は歴然、勝るのは当然の如く源頼光。綱引きをすれば勝つのは彼女に間違いない。思い切り引き寄せ両断する、という勝利を目指すのは難くない。だがそれは勿論、この状況で素直に綱引きに応じるならばの話だ。

 頼光の注意はゲイツに向いている。数秒とはいえ小太郎との競り合いに興じるつもりなどさらさらない。故に彼女が下した判断は、雷撃により鎖を溶断することだった。

 

 予想していたその判断を前にした瞬間、小太郎は鎖を思い切り投げ出した。

 

 ガチンと音を立てて再びカートリッジが排出される。黄金喰いがカートリッジに籠められた電光を喰らい、放電する稲妻によって腕に絡んだ鎖を容易に焼き切った。

 あっさりと自由を取り戻した頼光―――に、大量の苦無が飛来する。吹き飛ばされた煙玉の代わりに、雷の残光を目眩ましにした苦し紛れの弾幕。応じるのは大鉞、ではなく。頼光は自分の腕から弾けた鎖の残骸を片手で掴み、それを鞭のように扱う事で己に向かい来る刃を全て弾き落とした。

 

〈ポインター・オン!〉

 

 鎖と刃が絡んで弾ける中、ゲイツがファイズフォンを操作し右足にポインター555を装着する。それこそ必殺のためのキックユニット。彼はその状態で腰を落として、加速に乗るための姿勢を取った。

 目の前のそれが切り札の前兆だと理解すれば、頼光が打つ対抗手も瞬時に決定された。苦無を薙ぎ払うや鎖の残骸を放り捨てる。彼女はそのまま両手で“黄金喰い”を握り締め、最大の一撃を放つために振り被り―――

 

 ガツリ、と。異音を立てて“黄金喰い”が停止した。

 

「―――――!?」

 

 雷鳴は轟かない。カートリッジ三つを喰らわせ放つ“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”は発動しない。分身が思わず振り上げた鉞を引下げ、武器の状態を確認し―――カートリッジを撃ち込み稲妻を解放するための撃鉄に、一本の苦無が挟まれているという事態に漸く気付いた。

 

 煙玉の大して効果の無いと分かっている煙幕も、容易く焼き切られると分かった鎖の拘束も、全てはこの状況に繋ぐため。腕に絡んだ鎖を消し飛ばすために発動した“黄金喰い”。そのためにカートリッジを炸裂させ、空薬莢として吐き捨てられるその瞬間こそが小太郎の欲した隙。分身は見事に想定通りの行動を起こし、そして彼に正しく一手を挟む隙を見せてくれた。

 

〈フィニッシュタイム! ファイズ!〉

 

 ゲイツは既に走り出している。既に地面を踏み切って跳んでいる。

 すぐさま頼光が大鉞を一度下ろし、手動で撃鉄を強引に起こして苦無を外した。だがこれから鉞を振り上げ、更に撃鉄を下ろしているような余裕はない。ならばと、その姿勢のまま自分の手で撃鉄を下ろす。弾け飛ぶカートリッジが爆発的な放電を発生させ、彼女を稲光で包み込んだ。

 

〈エクシード! タイムバースト!〉

 

 空中で姿勢を整えたゲイツ・ファイズアーマー。装着されたポインターから赤い光の矢が放たれる。それを受けることが致命的だと即座に理解し、頼光は強引に“黄金喰い”を振り上げた。

 

「だぁあああああ――――!」

 

 激突の瞬間に赤い矢は円錐状に広がり、正面から轟雷とぶつかり合う。それを弾かんと力を籠める頼光の前、跳び蹴りの姿勢を取ったゲイツが円錐を目掛けて突撃してくる。ゲイツと赤い光が重なり合い、発生する破壊のための膨大なエネルギー。

 体勢的に不利を押し付けられたにも関わらずしかし、頼光の分身はその衝撃と互角にぶつかりあってみせた。それどころか衝突の中で腰を入れ直し、一気呵成の踏み込みを以てゲイツの一撃を凌駕する。

 

 地上から天空への稲妻落とし。その威力に押し返され、相手を拘束する筈の赤い円錐が力任せに外された。それと共に頼光を目掛けて突撃していたゲイツの体もまた、空中へと押し返される。

 そのまま落ちてくるだろう相手を今度こそ粉砕すべく、振り上げた大鉞を今度は振り下ろしで炸裂させるための構えに入る源頼光。

 

「ゲイツ!」

「ふん……!」

 

 だが、これこそ狙いだったのだと。ジオウの声を聞き取った瞬間、ゲイツが放り出された空中で左腕を伸ばした。まるで予定調和だったと言うように危うげなく掴み取ったそれこそ、電王の力を発動した状態のライドヘイセイバー。刀身から拡がる黄金のエネルギーは剣の形状ではなく、相手に合わせるかのように大鉞。その状況から繰り出すのは、小細工なく、高所より、ただ相手の脳天目掛けて刃を叩きつける力任せの一刀両断(ダイナミックチョップ)

 

 直上から降り注ぐ攻撃、その位置関係故に頼光は再び立ち位置で不利を強要される。それでも分身の対応は変わらず、“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”に全てを懸ける。通常使用はカートリッジ三つ分。しかし出遅れ、位置取り、それらの負債によって威力が足りないのであれば、追加で雷を注ぐだけだ。

 

 地を見下ろすゲイツと、空を見上げる頼光。

 両者の視線が交差し、互いの繰り出す黄金の刃が激突した。

 

 交わした刃が削げ火花を散らす。悲鳴のように轟く金属同士の激突音。発生した衝撃を全身で浴びながら、頼光は今まさに感じている圧力で改めて確信する。

 これまで何度か衝突し、その度に退けてきた。それこそが地力では頼光と“黄金喰い”の方が仮面ライダーゲイツを上回っている事の証左。だからこそ今までと変わらず、今回も結果は―――

 

〈ショット・オン!〉

〈フィニッシュタイム! ファイズ!〉

 

 左手のみでヘイセイバーを握っていたゲイツが、空中でファイズフォンⅩのキーを叩く。不必要になったファイズフォンを放り捨てれば、右拳に現れるパンチングユニット、ショット555。それを握った拳で、彼はドライバーと装填されたウォッチを叩き、眠れる力を再び最大解放してみせた。

 

「決めるぞ」

 

 ヘイセイバーを手放し、左腕を引く。“黄金衝撃”によって吹き飛ばされていくヘイセイバー。留め切れなかった衝撃と稲妻の熱でゲイツの片腕が焼け焦げる。だが変身解除にまで至らなければ問題ない。ただ強引に雷を突き抜けてゲイツが挑むのは、武器の間合いではなく素手の間合い。

 であれば、頼光にとってこれ以上相手を近付けるのは愚策でしかない。大鉞を振り抜いた直後、切っ先を返してもう一撃、などという対応は間に合わないタイミング。故に頼光の取った対応は全速力の後退であり、

 

「御意」

 

 その流れ、最後の駄目押しに必要な行動を理解していた少年がゲイツに応える。頼光が後ろに跳んだ瞬間、既に背後を取っていた小太郎が疾駆した。擦れ違う際に滑らせるように走らせる刃によって、大鉞を持った腕が断ち切られて投げ出される。血を噴くこともなく影へと還っていく分身の腕と、共に地面に落ちて重量故に地面に沈む黄金の大鉞。

 

 そうして無防備になった雷轟の四天王に向け、ゲイツは着地と同時に最後の踏み込みを敢行した。

 

〈エクシード! タイムバースト!〉

 

「はぁ―――ッ!!」

 

 全力の踏み込みからストレートに叩き込まれる正拳突き。無駄の無いシンプルな動きであるが故に、この状況からの悪足掻きも許さない。分身は何もできないままに直撃を受け、その瞬間に青白い炎に巻かれ、浮かび上がったΦの紋章と共に崩れ落ちていく。

 

 灰すら残さない影の残骸。

 その末路を前に握っていた拳を開いて軽く振るい、ゲイツは戦場に小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 頼光の影―――牛頭天王の神使が頼光の記憶より再現せしめた四天王。その内、二騎が落ちた。しかもよりにもよって綱と金時の武器を借りたモノがだ。そのような結果が訪れたという事は、甘く見ていたつもりはないが想像以上というより他にない。

 

 氷結丸を借りたモノは宝蔵院胤舜ひとりに抑え込まれている。

 豪弓を借りたモノもまた、空を飛ぶ少女ひとりに攻めあぐねていた。

 

 ―――だが十分だ。

 鬼切安綱、黄金喰いを破るために敵軍はその戦力を分散・消費させた。源氏総大将たる源頼光の正面には、彼女の進軍を止められるだけの火力はない。アレらは彼女の前座として、確固たる鏖殺に至る道筋は整えていった。

 

 帯電した童子切に手をかけ構えに入れば、爆発的に膨れ上がる紫電。これより最後に放つは帝釈天の化身、牛頭天王の神鳴り。“牛王招雷(ごおうしょうらい)天網恢々(てんもうかいかい)”。

 

「いざ、“一切粛清”の宿業の許―――我が前に蔓延る矮小なる命どもを、塵芥と還しましょう」

「なるほど、宿業たァ難儀なモンを腹に抱えていると見える。それが英霊剣豪とやらの証ってワケか。こんなモンが現世を彷徨い歩いてるなんて知れたら、血なんぞ浴び慣れた妖刀だってそりゃ斬りたがって騒ぐのが道理だ。どうにもいけすかねェやり方じゃねェか、オイ」

 

 事前、戦闘前に確認できていた敵戦力。その中のいずれでもない者が、ただ鞘に納めた刀の一振りだけを手に目前に立っていた。赤い布で覆った左腕に刀を引っ提げ、着るわけでもない羽織を右手に提げた赤髪の青年。

 

 そうして目の前に立つ相手を認識して。源頼光が、いやライダー・黒縄地獄が、数秒前の自身の計算を改めた。そうして本能で弾き出した答えに、結論した自身さえも驚愕する。

 この青年が目前にいれば、一太刀に限り頼光の放つ神威の雷さえも防ぎかねない。それどころか悪ければ相打ちにまで持ち込まれる、と。

 ―――驚きはしたが、疑わない。そして一度相打ちしたところで何の問題もない。英霊剣豪である彼女に死はなく、ただ彼らという矮小な命の寿命が磨り潰されるまで、ほんの僅かな猶予が生まれるだけに過ぎないのだから。

 だがその研鑽、その鍛錬に称賛をと女は口を開く。

 

「……撃ち合えば貴方は死に、不死なるこの身は永らえる。故に伝えるとすれば今この時を置いて他に無い、と言う事。その腕、観る前ですが称えましょう。我ら英霊剣豪には届かぬとはいえ、振るえば折れる鋭利に過ぎるその剣腕、よくぞそこまで磨き上げたと」

 

 じゃり、と頼光の足が地面を抉る。神鳴りを放つための体勢の完成。後は剣を振るえばただそれだけで周辺一帯破壊の雷が蹂躙する。

 その破壊力を防げるのは、頼光の言葉に胡乱な表情を見せる青年ただひとり。撃ち合えば彼は砕けるだろうし、撃たねば雷に灼かれるだけ。

 

「馬鹿言え、怪異殺し(ひとごろし)。お前と違って(オレ)はただの刀鍛冶。自分で試し切りする事が無いでもねェが、今のお前なんぞと違って刀を振るう時と場合くらいは選ぶンだよ」

 

 呆れ果てた、と。青年は女に溜め息交じりの言葉を吐く。

 

 一切鏖殺。怪異殺しどころか、最早彼女自身が皆殺しの怪異。

 切っ先を向ける相手も選ばぬ凶刃。

 そんな相手に抜く剣なぞ無いと顔を顰め、手にした刀を抜く様子も見せない。

 

「―――では、粛々と散りなさい」

「テメェがな」

 

 頼光の愛刀、童子切の切っ先が動く。

 その動きに合わせるように、青年は右腕に持っていた羽織を頼光に向け投げ出した。白い衣が放電している余剰エネルギーに焼かれ、刹那の内に灰になっていく。

 

 右手を空けたということは、剣を抜く気か。頼光はその剣撃の起こりを見逃さぬよう目を細め―――そうして、焼かれ灰となり崩れていく羽織が隠していたものを見た。

 

「サファイア―――!」

「――――!」

 

 青年が引っ掛けていた羽織も、抜く気も無いのに放つ剣気も、全ては気配を断つその少女を隠すためのものであったという事。

 叫び、駆け出すのは黒い肌の少女。彼女は指に一枚のカードを挟みつつ、その手で頭につけた髑髏の面に触れながら姿を現す。髑髏の面がパチンと弾けてアサシンのカードを排出し、元の魔法のステッキへと姿を戻していた。サファイアと同じく、アサシンの衣装から元の魔法少女姿に戻る美遊。アサシンの夢幻召喚(インストール)を解除した事で、遮断していた気配を感じるようになる。が、この距離では今更か。

 次なるカードは少女の手の中に準備されている、契約者の手に戻りつつ、カードの力を取り込むマジカルサファイア。姿を変え行く相棒を握り、美遊は魔力を足元で固め、それを足場に全力で踏み切った。少女に出せる最速の突進で、迫る相手は当然の如く源頼光以外に無い。

 

「…………」

 

 余波の雷を魔力による防壁で防ぎつつ迫る少女。その相手を見て僅か、頼光の切っ先が鈍る。相手が子供だからだろう、と己の中で答えを出す。あるいはもっと弱い、普通の子供であったなら、彼女の剣は止まっていたかもしれない。だが迫りくる少女は、子供である以上に戦士としてそこにいた。

 だからそれだけ。母性は狂気を凌駕するに至らず、僅かに切っ先を鈍らせるのみに納まった。そして剣を鈍らせてなお、少女の突進などより頼光の剣の方が遥かに速い。

 

 だから―――青年の更にずっと後ろ。庵の屋根に陣取った紅衣の少女が、その瞬間に引き絞った弓を解き放っていた。少女の突進を追い越して、頼光に迫る捻じれた鏃。軌道上の空間ごとこそぎ取り殺到する必殺の一矢、“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”。

 狙いは頼光の肩のようだが、受ければ上半身ごと捩じ切られるだろう。

 

 だから彼女は息を一度入れ直し、剣を振り抜く軌道を僅かに変える。事前にその矢を逸らした上で、稲妻によって周囲を薙ぎ払うための動き。真っ当な技量では叶わぬ剣筋なれど、彼女であれば不可能ではない。

 弧を描く頼光の刀、童子切安綱。それが触れた全てを穿つ螺旋の矢を、危うげなく逸らしてみせる。放ったクロエが盛大に顔を引き攣らせるほどに容易く、鮮やかに。

 

 だがその絶技を挟んだが故に剣を振り抜く動作は一手遅れ、美遊・エーデルフェルトが頼光の許へと辿り着いた。今一度魔力を固めて足場を作り、最後の加速。

 同時に彼女が手にしていたステッキが、クラスカードの力で宝具へと変わっていく。

 

限定展開(インクルード)……ランサー!」

 

 現れる姿は少女の手にぴたりと合う青いステッキとは真逆。少女の手に余るほどの長物、茨の如く赤い棘を持つ呪いの魔槍。瞬く間に充填される呪力を前に、頼光が僅かに目を瞠った。

 そしてそれ以上の反応を挟む余地は与えない。高まり切った電力を解放する間を与えれば、焼き尽くされるのはこちらの方だ。であるからこそ、最高速を出している美遊はそのままの速度で槍を突き出し、その真名を口にする。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)――――死棘の槍(ボルク)”ッ!!」

 

 狙いは一点、女の胸。発動したからには回避を許さぬ因果逆転の一撃。満ち満ちた呪力が槍を発光させ、防ぎ得ぬ軌跡を結果より導き、正しく心臓を穿つ一突きを描き出す。源氏総大将がどれほどの絶技で受け流さんと応じようと、是なるは回避・防御は一切不可能の離れ業。ただ放たれた時点で必殺の一撃は―――確かに、源頼光の霊核(しんぞう)を貫いた。

 

「く、ふ……っ!」

「―――え?」

 

 美遊がその結果に愕然とした声を漏らす。突撃の勢いのまま擦れ違い、そのまま相手の背後に突き抜けて着地し、ブレーキを掛けながら振り返る少女の顔に張り付いているのは、予想と違う結果に対する疑念と困惑。

 

 呪いの魔槍によって心臓を穿たれ、それのみならずその槍は呪いの茨となって頼光の体内を蹂躙した。心臓と神経をズタズタに引き裂かれ、彼女が溜め込んでいた雷電は制御を失って、彼女自身を爆心地とした破壊を巻き起こす。その衝撃で押しやられながら、美遊はランサーのカードを排出。サファイアで魔力防壁を張りつつ、予想外の事態に眉を顰めていた。

 

 心臓を貫けた、ということは霊核を破壊できたということ。

 けれど、それは事前情報からしてありえない結果だ。

 

「アナザーウォッチが、無い……!?」

 

 制御を失った紫電渦巻く電熱地獄。それから顔を庇いつつ、爆発を挟んで対面にいるジオウを見る。彼は既にライドヘイセイバーを回収し、美遊に合わせた連撃を行う準備を整えていた。無論、アナザーキバのウォッチを砕くために。だがそれは無駄な備えだった。源頼光の中には、アナザーウォッチなど存在しなかったのだから。

 

 自身の雷に焼かれていた女が、当然のように持ち直す。吹き飛ばした心臓も、蹂躙した神経も、雷で炭化した四肢も、数秒と掛からず全て元通りになって。

 曇り一つない刀をひらりと翻し、彼女は何も無かったように戦線に復帰する。

 

「ふ、ふふふ……まさか、技巧を超越して心の臓を抉り取る槍とは。サーヴァント、英雄豪傑の宝具とは、かくも脅威的なものなのですね。いえ、世に名を馳せた伝承に語られる武芸者の持つ宝剣宝槍ならば、それもまた当然の話ということ、でしょうか」

 

 純粋にただ感心するように。頼光が苦笑して、少女によって放たれた槍に素直に驚嘆する。英霊剣豪でなければ確実にあれで死んでいただろう。もっとも英霊剣豪であるが故に、その魔槍すら今の頼光には脅威ではない。滅んだ筈の肉体は回帰した。焼かれていたという痕跡は、僅かに漂う肉を焦がして出た黒煙くらいなもの。“一切粛清”の宿業の宿主、ライダー・黒縄地獄には既に傷一つない。

 一切鏖殺を果たすために英傑の魂を歪める呪詛、宿業がある限り英霊剣豪は不死の怪物だ。

 

 その怪物然とした女の様子を眺め、青年は小さく、深く息を吐いた。

 

「おい、武蔵!」

 

 彼は武蔵の名を呼びつつ、手にしていた剣を投げる。彼女は唐突に名を呼ばれた事に目を瞬かせ、投げ渡された剣を咄嗟に受け取った。

 

 鬼切安綱を手にした分身さえ比較にならない怪物。そんなモノをどう斬るか思案していた武蔵。彼女の腰にはまだ二刀の剣が備えられているが、抜くべきではないだろう。あの技量、そして自分と頼光の筋力差。それを考えれば、一刀に両手を添えて凌ぐように戦う方がまだ目がある。

 そう考えていた、が。渡してきた青年の素性を知っている武蔵は、これを抜くべきだと考えた。この絶対不利を覆すだけの何かが、その刀にあるだろうと確信できたからだ。

 

「ありがと、お爺ちゃん。この剣、確かに借り受け―――」

 

 武蔵は受け取った剣をそのまま器用に腰に佩き、鞘から抜刀する。

 二刀流に戻った彼女は一瞬だけ口端を上げて、

 

「、っ!?」

 

 次の瞬間には、自分が何を手にしたか理解して目を見開いた。

 それが抜刀された途端、頼光も武蔵と同じような反応を見せる。

 

 そんな二人の反応を気にせず青年は彼女への言葉を続けた。

 

「そいつがテメェと此方に在ってはならねェもんを斬りたいんだとよ。ついでにそこの源氏の大将を斬れなきゃ、ここら全部消し飛ばされて終いときた。お前にそれが斬れるかどうか試すには丁度いい機会だ、死ぬ気でやってみやがれ!」

 

 言った本人が一番納得していない言葉。()()()()()失敗作を自認している剣を誰かに預けなくてはならない、なんて刀匠の名折れだろう。だが今、あの剣は『宮本武蔵』を求めている。そいつの手の中であれば、正しく斬るべきモノを斬れる、と言っているのだ。

 

(そんなこと、言ったって……!)

 

 握った瞬間分かる。手に負えない、と。こんな妖刀、ヒトの手に負えるモノではない。抜いてしまった事を早速後悔するほどの重圧が、剣を手にした右手から全身に広がっていく。

 荒くなる呼吸、吹き出す冷や汗。そんな様子を源氏総大将が見逃す筈もない。

 

「……確かにその剣は我ら英霊剣豪を斬れるやもしれません。使いこなせれば、ですが。しかし使い手がそれでは、宝の持ち腐れもいいところ。

 ただ鉄を打ち鍛える事で、神威に等しい切れ味を刃に降ろした鍛冶の腕。もはや畏敬の念すら覚えます。ただ託す相手を間違えた―――とも言い切れませんか。そんなモノ、この現世に振るえるヒトがいるかどうかさえ定かでないのだから」

 

 頼光が神鳴りを放つのではなく疾駆した。目掛ける先は当然のように武蔵。彼女は抜いてしまった神域の刃に惑わされ、酷く動きが鈍っている。今斬り合えば三合と待たず首が飛ぶ。

 青年が大きく舌打ちしつつ頼光を追う。彼はそのまま無手だった腕を振り被り―――

 

「武蔵―――! え?」

 

 同時に武蔵の方へと走ろうとしたジオウの体が止まる。

 余りにも想定外の事態によって、だ。

 

 彼が一切手をつけていないにも関わらず、ホルダーからウォッチが舞う。

 それが勝手に起動すると、そのままドライバー……ディケイドウォッチへと飛来した。

 自動で装填され、力を発揮するレジェンドライダーの力。

 

〈ゴースト!〉

〈ファイナルフォームタイム! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!〉

 

 ジオウの姿が変わる。ディケイドアーマー・ゴーストフォーム。

 望んで変わったわけではない故に困惑するジオウ。

 そんな彼の中から一着のゴーストパーカーが、尋常ならざる速度で飛び出した。

 

「あ」

 

 重い体を強引に動かし、襲来する頼光を迎え撃つ。だが考えるまでも無く、こんな状態であれほどの規格外と斬り合える筈も無い。酷く、この命が瀬戸際まで追い詰められているという事実に唇を噛み締めて。

 ―――バサリ、と。唐突に武蔵は頭から布に被さられる。そうなってみれば、鉛のように重くなっていた身体が、急に羽のように軽くなっていた。

 

「え」

「御覚悟、どうぞ」

 

 その剣撃の速度は稲妻と変わらず、武蔵を目掛けて放たれる。

 対抗されたところで数秒あれば首と銅を斬り離せるだけの実力差。

 それを埋められる可能性がある武器の有利は、今の彼女には引き出せない。

 

「そっくりそのまま返してやろう。その宿業とやら、綺麗さっぱり()()()()()()()覚悟を決めろ」

「―――!?」

 

 黒い縁取りの赤い上着。唐突にそれを被った武蔵から、彼女の声で彼女のものではない言葉が吐き出される。体勢の作り方が根本的に変わる。変化や進化などという言葉では足りない。

 唐突に、突然に、()()()()()()()()()()()()()()。そうとしか言えない現象が起きる。

 

 青年が託した刀、持ち主を食い潰す妖刀さえもその手にあるのが当然のようだ。武器の重さに耐えかねていた一秒前とはまったく違う。剣を完全に自分のものにしている。刹那の内に一体何が、という疑問を抱く。だがそんな事に思考を回すための猶予は、源頼光に与えられなかった。

 

(死――――?)

 

 脊髄が凍り付いたかのような冷たい感覚。

 ()()()()()、という確信に従い前進を止める。

 

 今度は逆に武蔵がこちらに踏み込んできた。一切鏖殺の宿業が揺らぐ。殺すことなど考えていれば、瞬く間にこちらが死ぬという確信が生まれた故に。命を惜しんでそうなるわけではない。ここで死ねばもう誰も殺せなくなる、という呪詛が実利を優先したためにそうなったというだけだ。だがそのおかげで、頼光は全霊を防御に傾ける事ができた。

 

 連続で弾ける金属音。双剣に対応しただけの二度の交錯。たったそれだけの事で、目の前の道全てが鎖された感覚に包まれる。

 

 頼光の眼は測定の未来視染みて、何をすればどういった結果になるかを完全に捉える。そしてそのために必要ならば、どのような太刀筋さえも繰り出せる剣腕を持っている。その二つの神業を以て、彼女という剣士は殺し合いを完全に己の望む通りに運べる規格外の存在である。

 少なくとも、今まではそうだった。

 

(戦運びの手腕、が……私より上っ、綱と互角……っ! いえ、恐らくはそれ以上の、差が―――!)

 

 その彼女が、軽やかに閃く二刀を相手に防戦一方。ひたすら受け流しに終始させられる。英霊剣豪故に斬られても不死、などと安易に相打ち狙いなどしてみろ。その瞬間に黒縄地獄は斬られて終わる、と。

 彼女の呪われた霊核(しんぞう)が最大級の警鐘を鳴らしている。

 

 苦し紛れに放つ稲妻。形を持たぬ雷さえ妖刀の一振りで斬り捨てられる。

 次いで襲い来る一撃は妖刀のものではないが、最早この女の太刀筋相手では関係ない。必死で凌ぐ数合の内に理解している。今の武蔵は、妖刀の力無くとも宿業を断てる。

 手首を返し、童子切の腹でその一刀を何とか逸らす。そのまま距離を取らんと後退する、ことが許されない。同じように刃を返した武蔵の追撃が、頼光の右手首をするりと徹った。握っていた剣と共にすとんと落ちる己の手首。再生、しないわけではないが余りに遅い。()()()()()()()()()()()()()()()、と頼光の方が納得しているのだ。狂気の中でも剣士として、その斬撃に心が負けているのだ。

 

「よも、や―――!」

 

 刀を取り落としてはそれが最期。左手を伸ばし、何とか愛刀の柄を捕まえる。余りにも大きな隙、それを前に武蔵は双剣でこちらの首と心臓を斬るための所作を見せ―――そこで顔を顰め、ぴたりと止まった。

 

 理由は分からずとも、これが最大唯一の好機なのは間違いない。

 彼女は大きく背後へと跳び退り、その瞬間に木々の合間から黒い霧が噴き出してくる。自身を包む黒い霧に眉を顰める。恐らくは英霊剣豪側だが、正体は分からない。とはいえ、このような事をしてくるとすればリンボくらいか。

 

「これは、さっきと同じ……!?」

 

 小太郎が先の状況を思い出し呟く。

 アナザーキバが消え、源頼光が現れた時にもこれがあった。

 

 事此処に至ってそれがただの霧などと思うはずがない。だがそれへの対策に当たる前に霧は頼光の全身を覆い、次の瞬間に綺麗さっぱり晴れていた。包まれた頼光の姿もまた消えている。無論、残っていた四天王の姿も影に消えた。

 

 数秒、十数秒を待って誰かが深く溜め息を吐く。

 唐突に終了した戦い。誰もが言葉を詰まらせる中、宮本武蔵が剣を取り落とし、自身に被さるゴーストパーカーを両手で掴んで引き千切らんばかりに思い切り引っ張り始めた。

 

「こ、んの、一反木綿……! 勝手に人の体を使ってるんじゃないわよ―――っ!」

 

 脱ぎ捨て、地面に叩きつけ、そのまま踏み躙る勢い。

 だが投げ捨てられた瞬間、ムサシのパーカーはひらりと浮遊を初めて彼女から離れていく。声は発しないが、呆れるように鼻で笑うような様子だけ見せて。そのまま彼はゴーストフォームの許に帰還し、ウォッチの中へと消えていく。

 

「おー……」

 

 ゴーストの中に還っていったムサシを見て、ドライバーを軽く叩きつつ感心したような声を漏らすソウゴ。周囲も困惑の度合いが強い、が。だが今の最後の攻防を見て、理解できたことがある。

 英霊剣豪は斬れる。その宿業を断ち切り、葬り去る手段があるという事だ。だがそれが出来るのは、宮本武蔵……“完成した宮本武蔵”だけである。

 

 そう納得する周囲の様子から視線を外し、息を荒げながら顎を引いた武蔵は、地面に落ちた自分には重すぎる妖刀を見て顔を顰めた。

 

 

 




 
 キバットーリービーアー
 妖刀村正と英霊剣豪、戦ったらどっちが強いのでしょうか?
 これってトリビアになりませんか?
 
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