Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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ヘビーローテーション・お澄まし刃の怪2017

 

 

 

「清姫がいた? ミス藤丸の視界に映った姫君が清姫の姿に見えた、というわけではなく?」

 

 カルデア資料室で本を片手に佇んでいたシャーロック・ホームズは、マシュ・キリエライトから告げられた言葉に軽く眉を上げ、パタリと手にしていた本を閉じた。

 問われたマシュは当時の土気城を調べるための資料を探しつつ、ホームズの問いに答える。

 

「はい。ええと、小太郎さんも少なくとも外見上は間違いないと」

「ふむ……」

 

 閉じた本を棚に戻しつつ、探偵は思考を回すように顎に手を添える。マシュは資料を探しているようだが、幾らカルデアとはいえ土気城のような日本の一国一城の情報は無いのではないだろうか。まあ仮にあったところで清姫と繋がる情報があるとは思えないが。

 

 考え込んだホームズを前にしてマシュが動きを止める。何らかの推理を披露するものだと思われてしまったのかもしれない。だが残念ながら、この問題は今のホームズには答えの出せない議題である。単純に現時点では情報が足りないし、ましてこの答えを出すための情報は()()()()()()()()()という感覚がある。逆説的に通常ではない手段なら得られる情報、というわけで既にそれを得るための行動に見当はついたが。

 

 どうせ相手もそのつもりだろう、と。冷めた目で資料室の扉をチラリと見る。

 

「ミス・マシュ。残念ながら私は今その謎を解き明かす術を持たない。いや、解き明かすどころか謎が秘められた扉に触れる取っ掛かりさえ得られない状態、と言っていい」

「ホームズさんでさえも、ですか?」

 

 戦慄する少女。かの名探偵が解き明かす事も、推測する事さえもできない。これはそんな事案なのだと彼女は慄き、しかしホームズ自身はそれがさして気にかけるべき事ではないとでも言うかのように、小さく肩を竦めて呆れた風な声を出した。

 

「なのでその情報を持ち、かつこちらから接触するのが最も容易な相手に会いにいく。それが今出来る最善の行動なのだよ」

「情報を持つ相手、ですか……?」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべているマシュ。ホームズはマシュが持ち出していた、調べたところでろくな情報が出てこないだろう下総国の史料を共に片付け始める。その作業を終えてから、彼らは颯爽と資料室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て少しすればそれはもうあっさりとエンカウント。少なくともマシュ・キリエライトに対しては相手も情報を渡すつもりだったのだろう。ホームズ一人で探そうとしていたら、それはもう盛大に時間を無駄にするかくれんぼになったに違いない。

 当然、ホームズとそんな事になる奴などただひとり。

 

「おや? これはこれは、マシュくんとホームズとは珍し……くもない組合せだ。今どうにも混沌としている下総の情報でも集めていたのかネ?

 寂しいじゃないか、誘ってくれれば私も協力したものを」

「あ、すみません。そこまで気が回らず……!」

 

 惚けて好々爺を演じる男。犯罪界のナポレオン、ジェームズ・モリアーティ。

 

 マシュは立香の危機にいてもたってもいられず情報を探しに来たのだろう、資料室にホームズがいなければ、誰かに相談する前にひたすら本と格闘していたに違いない。それに関して追求された事で頭を下げ始めた彼女に対し、モリアーティは微妙に居心地の悪そうな顔を浮かべている。

 

 ホームズとサシなら嫌味の言い合いが止まらないだろうが、マシュを同席させてまでやる気はないという事だ。これを元々の性格から甘くなったと取るか、ただの悪党がメリハリをつけて面倒になったと取るか、というと正直なところホームズとしては悩みどころだ。けしてまともでは無い男が、真っ当な人が持つ感情、という視点を強固にしたのだから。まあ、計算の上で予想できない感情という変数(カオス)を好かない男だ。よっぽどでない限り、それを武器にしようとはしないだろうが。

 

「いやいや、構わないとも。それで? わざわざ私を訪ねて来たんだ、何か用事かネ?」

「いちいち説明が必要ですか? ミスター」

 

 普段からホームズは肝心な事は黙ってる性悪だ、探偵の癖に口より先にバリツが出る破綻者だ、まともな社会生活を送れない薬物中毒者だ―――などと言ってくる癖に、こちらから訊ねなければ分かり切った問いに答えないなど、まさかホームズよりは分別がついていると自称している人間の行動ではないだろう。

 

 何よりそもそも情報を求めているのはホームズではなくマシュである。まさか彼女をより不安にさせるなどという事はしないはずだ。そのためにわざわざ廊下をうろうろして待っていたのだろうから。

 

 腹立つなコイツ、という視線がホームズに飛んでくる。お互い様だろう、と当然のように満面の笑みで返してやれば、モリアーティは細めた目で視線を逸らして顎に手を添えた。

 

「……ま、いいとしようか。言っておくが私の持ってる情報を合わせてもピースは足らんよ、名探偵。推論だけならばキミに頼るまでもなく、私の思考だけで十分に立つがネ」

「ほう……それで貴方が持つ情報とは?」

 

 ホームズに対して溜め息ひとつ、モリアーティはさっさと顔を逸らしてマシュを見る。

 

「マシュくん、君は突如現れたあの清姫……清姫姫? についてどう考える?」

「え? どう、と言われても……並行世界だからこその現象か、それとも」

 

 あの世界は並行世界だ。何よりそういう現象に造詣の深い魔法使いの礼装がそう言っている。男と伝わっている宮本武蔵が女であったり、本来はもっと早く討伐された妖狐が街を闊歩していたり、そんな程度の変化があっても何もおかしくない世界。

 

 しかし、いくら何でもおかしいとその事態を見た誰もが感じた。あの時代の、あの城に、唐突に清姫という人物が出てくる事を。特異点だから、並行世界だから、そんな理由があってさえも理屈が通らない、納得が出来ない現象。

 

「―――誰かが明確な意図を持って。先輩とカルデアに関係が深い清姫さんを準備した……?」

 

 いつの間にかパイプを手に、煙をくゆらせているホームズ。

 彼がマシュの後ろから声を飛ばし、モリアーティに問いかける。

 

「ちなみにこちらにいる清姫は?」

「あちらの清姫がマスターにプロポーズしたと聞いて暴走したので軟禁中だ。いやはや、魔眼というのは便利だネ。どっちも蛇だが、清姫には無くて一安心だ」

 

 その口振りから言って抑えたのはヴァイオレットだろうか。彼女が動きを止め、その内に総勢でたぶんシャルル・パトリキウスのどこかに閉じ込めたのだろう。

 ホームズは淡々と、分かり切った事を確認するように質問を続ける。

 

「あちらの清姫がサーヴァント、あるいはそれに準ずる存在の可能性は?」

「間違いなく人間だ。当然霊基など観測できないが身長体重etc(エトセトラ)、口にするのも憚られる乙女の秘密はサーヴァント清姫とほぼ一致した。多少の誤差はあるが、あちらがちゃんと肉体を持った人間だという裏付けとも言えるだろう」

「……それ以外にカルデアが得ている彼女の情報は?」

「ないネ」

 

 幾分か声を重くしたホームズの問いに、あっさりと投げ出すような声で答えるモリアーティ。分かり切っていただろう返答、それに対して敢えてかホームズは胡乱な視線を向けた。

 

「なるほど? 教授ともあろう者がその程度の情報で()()()()()()()()、などと口に出来てしまうものなのだね」

「ああ、もちろん。何故って? だってここまでする以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()、だと考えられるからだヨ」

「人間でなければ意味が、ない?」

 

 それは一体どういう事なのだろうか。単純に清姫の姿を利用し、立香たちを罠に嵌めようとしているという話までなら想像がつく。だがそれ以上となると、マシュには推測もできない。

 

「確かにミス藤丸たちは自分たちの知る清姫像から逸脱しない同一人物らしい人間に出会った事で、どう対応するべきか苦慮せねばならなくなった結果、些か警戒を緩めてしまっているようだ。これが敵の仕掛けた罠であれば、間違いなく効果は出ていると言えるだろう」

 

 ふかす白煙。その煙ごしに変なものを見る目でホームズを見るモリアーティ。いや、どちらも分かっているのだ。この場で行っている会話は、冷静さを欠いているマシュに言い聞かせるためもの。だがそれはそれとして、モリアーティは「ウワァ、あの探偵の反応なんか気持ち悪い」と思う事を止められない。

 この事件が解決したらバリツしようと心に決め、会話を続ける。

 

「はて、マスターたちの警戒を緩める必要があるのかネ? 黒幕だろう妖術師とやらの潜伏をこちらはまったく突き止められていないというのに、これでは自分からバラしたようなものだ。

 安珍・清姫伝説に語られる清姫とまったく同じ人間が時代も場所もまったく異なる下総国……まあこちらからすれば上総国というのが正確なのだろうが。とにかくそんな場所に彼女が存在する事、それ自体が余りにも不自然だ。討伐されなかった故に諸国を漫遊していたという玉藻の前とは話が違う。

 サーヴァントでも何でも無く、その時代に存在するのが不自然な人物。正直、証拠としてはこれだけで十分な程の異常だヨ。土気城こそは妖術師どもの本拠、あらゆる企てはそこで行われており―――当然、凄腕剣士だという柳生何某とやらもそちら側の存在だという証明のネ」

 

 想像がついていても結論を出すには証拠が足りなかった。その証拠をわざわざ相手から提供してくれた、という話なのだこれは。清姫がいるのはおかしい、どう足掻いても異物でしかない人間の混入だ。そこにいてもおかしくない、という筋道が立てられない存在。ならばそこに何らかの意図、計画の為の何かが秘されていると考えるのが道理だ。

 

「―――え、待ってください。だとしたら先輩たちは今……!」

「敵の腹の中、だがまあ大丈夫だろう。小太郎くんの仕込みもある事だしネ」

「そればかりには教授に同意だ。流石は本場のニンジャ、武術だけではなく暗器の仕込みも巧みだ。とりあえず彼の仕込みが生きている内はこちらから連絡はしない方がいい。こちらが相手の罠に気付いた、と知らせるだけのものになってしまうからね」

 

 知恵者二人に無事を保障され、分からないながらもほうと一息吐くマシュ。少なくともホームズらの読みと、探偵と犯罪王に感心されている小太郎の手腕。それらが守ってくれているなら、立香の無事は間違いないと思っていいだろう。

 マシュが落ち着いたのを見届けてから、ホームズが話を続けた。

 

「さて、ではそろそろ本題に入ろう。()()()()()()()()()()()()

「傍から見れば相手の失着に見えるところだ。そもそも探偵であるキミの視点からは必要性を認識できない。だが、間違いなく意味があってそうしているだろう一手だ。条件を満たせるのが彼女だけだったとは限らず、単にあるいは最も彼女にする事が容易かった、くらいの選定理由かもしれないがネ」

 

 土気の清姫が突然に立香を見つけて城に連れ込んだ。これは黒幕たちからして計画通りであったのか、といえば二人は揃って否定するだろう。それはさておき、ホームズの冷たい視線に晒されるモリアーティ。彼はそれを気にもせず、むしろ今にも鼻歌でも歌いそうなにこやかさだ。

 

「ええと、それはどういう……」

「清姫は我々に向けて仕掛けられた罠ではない。そうなれば私たちがまずするべき考察は、何故相手は清姫を再現した人間を造り出す必要があったのか、という点だ」

「造り出す……?」

「土気の姫君、という人間は実在しただろう。もちろん清姫ではなかっただろうが。その人物を妖術師、ないしキャスター・リンボという存在が手を加え、人体を改造したと考えるのが最も自然だ。私としてはキャスター・リンボが主導したと考えているが」

 

 ジェームズ・モリアーティは妖術師に関してはもっと単純な人間だと考える。相手に対する情報は少ないが、そもそもこの並行世界の状況こそが、殺戮、虐殺、世界の崩壊こそを求めているような、破滅的かつ衝動的な人物だという証拠になる。

 対してキャスター・リンボは妖術師への協力の姿勢こそ見せているが、刹那的かつ享楽的な人物。恐らく裏では自分の快楽を満たすために暗躍しているだろう。そして必要性が生じた故に仕方がなく、という状況になった為に準備したと仮定しても尚お粗末な清姫の配置。この状況が明らかに印象上のものとは言え、リンボの人物像と合致する。

 

 少し苦しげに目を細めていたマシュが、ホームズに問いかける。

 

「その、そこまでして清姫さんにこだわる理由というのはありえるのでしょうか」

「現時点では無い。だから、わざわざ彼に会いにきたのだよ」

 

 本当に渋々なのだ、という風に溜め息を吐くホームズ。

 水を向けられたモリアーティは数秒考える風な所作を取った後、人差し指を立てた。

 

「まず相手がこだわっているのは清姫ではなく、清姫のような属性を持った人間だろう。清姫である事と人間である事、優先されるのは恐らく人間である事、だ」

「サーヴァントでは駄目、と?」

「単純に清姫という人物がサーヴァントでもいいから必要だったならば、呼ぶ手段は以前にあっただろう? 英霊剣豪七騎の内一騎を埋める事になるがネ。英霊剣豪といいつつ、少なくともキャスター・リンボを見る限り武芸に秀でていなければならないという条件はないし。妖術師の目的だろう虐殺の速度であれば清姫は申し分ない。周辺一帯を焼け野原にする、というだけなら巴御前にも劣らない火力がある。当然、英霊剣豪として召喚されたリンボには、英霊剣豪のメンバーを変えるような自由はない。恐らくは同時に召喚されている筈だからネ。この辺りも私が清姫は妖術師ではなくリンボが主導の計画の駒、と考える要素だが……」

 

 何より、と。そこでモリアーティが言葉を区切って目を細めた。

 

「この無駄としか思えない微細な条件の積み上げ方、マシュくんも覚えがないかネ」

「―――ライド、ウォッチ?」

 

 仮面ライダーの歴史を表出させるための下準備。あるいはアナザーライダーという歴史との契約者の存在。照応し、呼応する条件が近ければ近いほど力を増す歴史の暴力。言われてみれば確かにそうだ。アナザーキバがいる以上、キバウォッチを出現させる方法を相手が求めていてもおかしくは―――

 

「だがアナザーキバは既に存在し、恐らく妖術師―――いや、リンボの指示に従っている。彼らはウォッチを求める理由が薄い。むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という方が納得できる」

「つまり、アナザーキバの真の契約者を作ろうとしているという事ですか?」

 

 マシュに問われるも答えはせず、パイプを銜えたまま深く息を吸うホームズ。

 彼は煙をゆっくりと吐き出してから話を続けた。

 

「私たちが確認したアナザーキバの能力。本体は恐らく吸血鬼、蝙蝠であり、従えているのが人狼、フランケンシュタインの怪物、半魚人だ。残念ながら清姫を用意する意味となる竜や蛇と関係は薄い。まあ吸血鬼(ドラキュラ)は竜と関係が深いと言ってもいいが、アナザーキバ……仮面ライダーキバは竜よりも蝙蝠の要素が強いように見える。わざわざ清姫を起用する理由にするには弱い。だから、一応訊いておくべきだと判断したわけだが……」

 

 最後は絶妙に嫌そうに。ホームズは眇めた視線をモリアーティに送った。

 そうされた老爺は軽く肩を竦めて、回答する。

 

「いるとも。恐らくアナザーキバに内包されている中に、蛇の仮面ライダーが」

 

 バアルの収集した情報はモリアーティも共有している。その中に少なくとも、仮面ライダーキバと時代を共有した蛇のライダー(サガ)は存在した。条件を満たせばウォッチ化もできるだろう。

 現時点では仮面ライダーの歴史の中心と呼ぶべき、主たる存在以外のアナザーライダーは、同一の契約者が分身したと思われるアナザー龍騎の影、アナザーリュウガ以外に確認できていないが、それはこれ以降もずっとそうなるという証拠にはならない。この並行世界での戦闘において、アナザーキバと同等のアナザーライダーが出てこない保証はないのだ。

 

 更なるアナザーライダー。清姫がそれになろうものならば、一緒にいる立香の危険度が跳ね上がる。拳を胸の前で握り、モリアーティへと詰め寄らんとするマシュ。

 

「じゃああの清姫さんはそのために?」

「まァ、まずないネ。清姫をアナザーライダーにする、というケース以前に更なるアナザーライダーを作ろうとしている、という部分の時点で可能性がまず無い」

「???」

 

 では一体モリアーティしか持っていない情報とは、ホームズが求めていた情報とは何なのか。そろそろ何も分からなくなってきたマシュが、額に手を当て目を回し始めた。

 その様子に苦笑いしつつ、モリアーティが補足する。

 

「だから最初に言ったろう? 私の持つ情報を合わせてもピースは足らない、と。そして現時点でこちらにある情報から予測できることは明確にした筈だ」

 

 そう言われて会話がどう流れてきたかを思い出す。

 本来ならばありえない異常。オリジナルの清姫とまったく同じ作られた清姫。

 まるで何かと照応させるように、属性と性質に目を向けた人間の鋳造。

 

 一呼吸置いてから、ホームズが一言告げる。

 

「あの清姫は()()()なのだよ、ミス・マシュ」

「ダユー、とは前の特異点で竜種の核にされた……」

 

 シェヘラザードの手により目的を持って準備された沈没都市の女王。彼女の末路はヒュドラにして八岐大蛇、神性にして魔獣たる毒を孕んだ洪水の化身。

 ホームズはあの並行世界にいる清姫をそのダユーと同質の存在だと定義した。

 

「求められているのは()()ではない。竜、あるいは蛇に変生するという肉体的素養を持った人間の体そのもの。ここまではいい、推測が可能だ。

 ……ただ残念ながら我々の手には、その先を確定させるための情報。奴らがその肉体をどう使うか考察するための材料が存在しないのだ」

 

 今までで一番深くパイプを吹かし、煙を散らす。

 ホームズは僅かに苦々しげに、まるで拗ねるように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 連れ込まれた城の一室を見て藤丸立香は息を呑む。急ごしらえではあるが、けして雑ではない備え付け。立派とまでは言えないが、それがむしろ清廉さを際立たせているのか。磨かれた木で組み上げられた綺麗な一室、だがそれは江戸時代の城にけしてあるべきものではなかった。

 

「教、会……?」

「神に祈りたくば時間はくれてやろうか。花嫁が戻ってくるまでの間だけだがな」

 

 奥から聞こえた声に反応し、小太郎が立香の前に出た。

 

 ―――いつの間にか先導していた筈の清姫が段蔵と共に消えている。この城が妖術師、そしてリンボの本拠だというなら、城内を好きに転移する程度の事は容易いだろう。

 

 そしてこの声は知っている。だが同じ声帯から、かくも違うと感じさせる声を出せるものなのか。奥から歩み出てきたのは、白髪を頭の後ろで結んだ肌の灼けた陣羽織の青年。そんな相手と目を合わせて、その眼窩に積もり淀み切ってなお消えぬ憎悪の業火を見る。

 

「天草四郎―――」

 

 小太郎が青年の名を呼ぶ。

 青年は己の真名が割れている事に動じもせず、僅かに口端を上げるだけ。

 その姿はウルクで出会った天草とは、とてもではないが繋がらない。

 

「あなたが……妖術師?」

 

 早々に核心を突く―――こちらの天草四郎こそ殺意の塊だ。けれど、その有様がどうしようもなく干渉できないとまでは思わない。怒りと憎しみを爆発させ、際限なく全てを燃やすだろうこの天草四郎。彼は確かに恐ろしい存在だ。野放しにはしておけない。だが全ての人を憎むが故に自分たちも憎しみの対象であろう彼とは、会話が通じないわけではないと思えたのだ。

 そういう意味では嚇怒と憎悪、全てを呑み干して人の崖てへと昇り詰めんとしている()()()の天草の精神性の方がよほど恐ろしい。彼は彼の中で結論を出しているが故に、最早他者との問答を必要としていない。目的を前にした状況で敵として出会った場合で考えると、話が通じる可能性があるこちらの天草の方がある意味でマシとさえ言えるかもしれない。

 

「その通りだとも、カルデアのマスター。城の掌握はリンボに任せていたとはいえ、まさかこんな事故のような方法で此処に踏み込まれるとは、我も想定外だった」

 

 失笑する天草。

 彼から本拠地に踏み込まれた事への焦りのようなものは一切感じない。

 

「……意外ですね。つまりこちらが清姫殿の存在で混乱している内に、わざわざ柳生宗矩を出陣させたのは貴方という事ですか? 彼と共に我らを囲むのが上策だったでしょうに」

「……生憎だがアレに関しては、我の命令であっても大人しく従うような男ではない。奴自身が外へと足を運ぶに足る、と判断した目的があるから出て行ったのだ。我にそれを阻む手段は―――」

 

 そこまで口にして天草が不自然に口を噤んだ。流れからいけば、妖術師・天草でも柳生但馬守を止める事はできないという話か。その弱点とも言える部分を口にする事を厭った、と考えるのが妥当だろうか。だが彼の様子は恥辱や怒りではなく、何かもっと複雑な思考であるように見えた、が。その妙な間も一瞬。彼はすぐに不敵に笑み、話を再開する。

 

「ともあれ、奴は既に我の期待に存分に応えたが故に自由を許しているだけの事。ましてわざわざ奴を此処に留めておく必要も無い以上、引き止める理由などありはせぬ」

 

 天草が目を細める。その手が腰に佩いた剣の柄に触れる。剣豪と称される英傑たちと比べれば鈍い、しかし人を斬る事に十分慣れた抜刀の所作。

 

 その余波で生じた憎悪の黒炎が周囲に迸り、教会として整えられていた空間が一息に焼け落ちた。燃え盛る祭壇、そこに飾られていた真鍮製の救世主像が転げ落ちる。

 甲高い音を立てて地面を転がったそれを躊躇なく踏み潰しながら、天草四郎は悠然と歩み出した。

 

「我が本拠にただ二人で踏み入り、柳生いなくば切り抜けられると? 笑止! その増長、貴様らの魂と共に我がサタンへの供物として捧げてくれよう!」

 

 瞬間、彼を中心に破裂する黒い炎の飛礫。小太郎が即座に目の前に木の長椅子を蹴り上げ、それに対する盾にした。直撃、炎上、当然のように攻撃を阻むには足りない粗末な椅子。だが己らの前方に炎と煙が上がった瞬間、彼はそれに合わせて即座に黒煙の吹き出す煙玉を周囲に投げていた。

 

 小太郎は煙幕を張ると即座に立香を片腕で抱え、彼女に対し呟く。

 

「退きます」

「でも清姫や城の人が……!」

 

 天草は笑みを浮かべたまま動かない。そして彼が放った黒い炎の延焼は止まらない。このまま行けば炎は城を内側から舐め尽くし、そう遠くない内に燃やし尽くすだろう。

 

(天草四郎は此処を本拠と口にした。ならば潜伏がバレたとはいえ、火を放ち燃やし尽くす理由はない。わざわざ此処で姿を晒した以上、カルデアの襲撃はこの城で迎え撃つ気―――だと考える、べきだが)

 

 清姫の存在についての判断がつかない。城の人間はただ操られているだけだろう。だが彼女についてだけは、明らかに別格の存在感がある。天草の口振りを信じるのであれば、彼女が立香を此処に連れ込んだのも想定外、という事になるが。だがそれを取り上げて彼女は天草に操られていない、と判断するわけにもいかない。

 

(―――いや)

 

 操られているのだとしても、だったら助けなければ。そう考えるのがカルデアの流儀だろう。それを無視した計画を立てても、きっと立香は納得しない。無論彼女の命が脅かされるならば、その非を負ってでも逃がすのが風魔小太郎の任務であるが。

 

 小太郎の思考を遮るように、ぎぎぎ、と歪んだ扉が開かれる音が響く。その結果として風向きが変わり、煙幕が風に乗って流れ始める。直後に聞こえてくるのは、清姫が上げる悲鳴混じりの声だった。

 

「ああ、何故こんな事に!? 立香様! 立香様! ご無事でしたらどうかご返事を! 段蔵、すぐに中を調べて―――!」

「承知!」

 

(段蔵殿……! これで二対一な上に、天草と違って立香殿を抱えたままでは欺き切れない……!)

 

 段蔵が各種感知装置(センサー)を起動させればすぐに居場所はバレる。小太郎のみなら彼女の欺き方を知っているが、立香を抱えたまま実行できるほど果心居士の傑作絡繰は甘くない。

 こうなればもう考えている暇もない。段蔵が警戒状態(サーチモード)に入ったその瞬間、扉へと突っ込み段蔵を吹き飛ばし、清姫を捕まえて一度城外まで撤退する。

 

 余りにも楽観的な突撃思考だ。だが小太郎が段蔵を知り、段蔵が小太郎を知らぬ。この状況に限っていえば、不可能な事ではない。ただひとつ問題があるとすれば―――

 

「姫、ご安心めされよ! 姫の想い人は傷の一つもついてはおられぬ!」

「まあ、神父様! ご無事でしたのね!」

 

 天草の声、次いで清姫の安堵の声。

 煙ごしで何も見えない中、言葉だけで交わされるやり取り。

 そしてその次に天草の発した、この場の誰に向けたわけでもない言葉は―――

 

「その通り。今はまだ無事だ―――だが、次の一手次第で如何様にもなる。であろう、怪異の王よ」

「―――は、イ」

 

 強制的に、加藤段蔵の中で何かを切り替えた。

 女の声が切り替わる。まるで軋んだ歯車の擦過音、今から壊れる機械の断末魔。

 

〈キバァ…!〉

 

 闇の中で異音だけが届く。だが見えずとも何が起こっているかは分かる。絡繰人形が埋め込まれた異物に反応し、これまで幾度か見てきた怪物に変生しているのだ。予想はついていた。わざわざ源頼光を使って擬装していたが、あの自我の薄い怪物の動きから時折感じられる体捌きは、怪異殺しなどではなく忍のものであったのだから。

 そして最悪の場面だ。天草四郎の口にした()()()()()()なのは当然立香の事などではない。護衛のはずの段蔵が消え、代わりにアナザーキバが真横に突然現れた清姫の事。

 

(やはり―――!)

 

 小太郎の肩にあった立香の手が、強く握られた。このまま清姫を見殺しになどできない。例え清姫の存在に不自然さが残っていようと、彼女はそれを見過ごせるような人間ではない。ならば小太郎の執るべき行動は自然、ただひとつに絞られる。

 

 扉までの方向は分かり切っている。直進してそこに辿り着くまで1秒さえ必要ない。だがそこにはアナザーキバが待ち構えており、天草四郎もこの部屋に待機している。そんな状況から清姫を救出して、立香と共に逃がさねばならない。相当な難事、と言えるだろう。

 

(アナザーキバのしもべの三体の気配はない。段蔵殿……あのしもべのいないアナザーキバの動きはけして優れたものじゃない。僕一人でも抑えきれるだろう。あの天草四郎がどう動くつもりか分からないが、妖術師と名乗る所以が彼の両腕を使った魔術であり、僕の知る天草四郎から逸脱しない戦闘力ならば、アナザーキバと同時でも僕一人で十分に足止めは出来る―――)

 

 溜めた足がミシリと音を立てる程に木張りの床を歪めた。こちらの位置を知らせるようなあまりにも迂闊な動作。だが構いやしない。むしろ反応してくれるならばそれこそ重畳。この音が響いた刹那の後、もはや小太郎は行動を起こしている。扉に向け疾走し、アナザーキバを制圧するという目的のために。

 

(いざ―――!)

 

 忍びの脚力に床が弾ける。黒煙を突き破り、正しくあっという間に辿り着く目的地。目に入るのは扉の前で棒立ちしているアナザーキバと、何故か白無垢姿の清姫。この清姫、本気でこの場で祝言を挙げる気だったのだろうか。思った以上に本気の衣装に一瞬心を奪われかけて、しかしすぐに取り戻す。その姿に何か違和感が掠めたが、流石にこれ以上清姫に意識を割く余裕はない。

 

「ゥ―――ッ!」

 

 反射的にか、アナザーキバが駆動する。技も何もないただの暴力、なれどその威力ばかりは侮れない。清姫は突如現れた怪物に唖然とした様子で、何の反応もできていない。

 直後、もう一度小太郎の足が床を弾いた。木片を散らしながら無理矢理に軌道を変え、アナザーキバを擦り抜け、清姫へと向かう体捌き。立香が堪えるように唇を結ぶ。相当な加重ではあるものの、礼装を身に着けた立香ならば問題ない。問題はこのまま清姫を回収しても、ただの人間であろう彼女を同じようには連れ回せないという事だ。

 

「っ、大丈夫……!」

「―――御意!」

 

 三度、小太郎の足が床を踏み砕く。急激なブレーキと同時に立香を手放し、彼女を清姫の元へと強引に送り出しながら、彼は振り向きざまに鎖分銅をアナザーキバに投げつけた。勢いよく絡まる鎖、鬱陶しげに体を揺する怪物。大した時間稼ぎにもならないが、それでも注意を引く程度の意味はあるだろう。

 

 その隙に即座に出たばかりの室内を確認。天草の気配が一歩も動いていない事を把握する。

 

(あの天草が追ってこない―――っ、ならば!)

 

 右腕を大きく振るい、その動作で掌の内に無数の苦無を準備する。立香を向かわせた方向への天井付近へ向けて、狙いを定める間もなく一斉投射。

 

「―――んん? 拙者を感じ取った……わけではござらぬなァ。敵対しながらも未だ我ら、顔さえ合わせぬ者ばかり。単純に明かされた英霊剣豪の内訳を考えれば、妖術師殿の側に気配を消し控えた者がいると考えるのも当然の話であるか」

「アサシンの英霊剣豪―――!」

 

 天井から床へと落ちてくる軽やかな女の声。彼女が喋っている内にも、小太郎の放った苦無は天井に辿り着く前に何かに突き刺さり、黒い血肉を宙に舞わせた。その後にバタバタと床に落下してくるのは息絶えた蛇の骸。

 黒い血肉の雨に顔を顰めつつ、立香は何とか清姫へと辿り着く。勿論足は止めない、清姫を抱きかかえて出口がある筈の方向に全力でダッシュし続ける。その上で、天井の声の正体を確かめるために僅かばかり視線を斜め上に。

 

「くは、然り然り」

 

 嗤笑する声の主の姿を追えば、確かにそこに一人の女。裸体に黒い布を乱雑に巻き付けただけの、余りにも異様な姿。天井に張り付き枝垂れた彼女の長髪が揺れて、まるで蠢く大蛇のように見えた。

 巻かれた布は女の顔にも及び、その右目を隠している。左目のみの視線が地を這って、必死に逃げようとする只人の背中に照準を合わせる。

 

「我が忌み名、アサシン・パライソ。我が宿業、“一切詛呪(いっさいそじゅ)”―――」

 

 パライソと名乗った女の眼が赤く灯る。その眼窩から溢れ出してくる血の涙。それは彼女の髪を伝って床に落ち、黒い染みとなって広がり―――染みの中から這い出すように、無数の大蛇がその場に現れた。

 

「忍び……! しかも天草四郎やキャスター・リンボどころではないこの呪力……!」

 

 忍者刀を引き抜き備える小太郎の眼前で、アナザーキバが鎖を粉砕した。思考能力を封じられた怪人が小太郎へと向き直る。更に天井に潜んでいた忍びはいつでも小太郎に飛び掛かれる姿勢。それだけならばまだ凌げる。防戦一方でも立香たちを逃がす時間が稼げればいい。

 だが女の呼び出した蛇の軍勢は全て立香たちの背中に頭を向けている。あの数を漏らさず処理するのは容易ではない。

 

(宝具で視界を奪う―――いや、パライソの纏っている呪力が相手ではこちらの呪詛が弾かれる。蛇は恐らく彼女の意思通りに動く、彼女に効かないなら意味がない。それ以前に宝具発動の隙に僕がパライソに抜かれたら終わり。ならここは、僕の地力で確実に抑えるべき……!)

 

「―――――」

 

 小さくバックステップし、蛇の群れへの手前へと火薬玉を投げ込む。巻き起こる炎と爆風、その程度何するものぞと進軍を開始する蛇の行列。自分の近場を通る蛇は殺すが、この数相手では大した牽制にもならない。小太郎を抜いて、立香たちへと迫っていく女の手勢。

 

「ははは、どうしたどうした風魔の小僧、蛇が貴様の主に迫っているぞ。早くこちらに背を向け、必死に蛇を殺して回らねば取り返しがつかなくなる。それとも貴様、蛇の恐ろしさを知らぬのか? 蛇に追い回される地獄を知らぬのか? なれば仕方なし、貴様の無知が主を地獄に落とす様を見て後悔するがいい」

「……生憎、確かに僕は貴方ほどその呪詛に詳しくない。ですがそれほどの(もの)を扱う貴方という忍びの事は推察できる。魂を覆うほどに蛇と深く繋がった呪の濃密さ。それは恐らく彼の伊吹山の大明神により呪を受けたが故のモノだろう。如何か、()()()()

 

 侮蔑混じりの煽りに対し、相手の真名を解き明かすための言葉を返す。

 一瞬の静寂。直後に、女の口端がにたりと吊り上がった。

 

「ク、カ、ハハハ――――!」

 

 蛇が加速する。小太郎の背後で立香に致命的な瞬間が迫っている。だが彼はそれに反応せず、目前に立ちはだかる悪鬼二人に意識を集中させ続けた。

 ―――それは無論。これだけならば意識を向ける必要がない、という確信の許に。

 

「お願い、行って!」

 

 立香の懐からごろりと転がり落ちる緑色、頭と手足の生えた小さなスイカ。

 それがくるりと更に一段と丸まって、

 

〈スイカボーリング!〉

 

 膨れ上がるフルーツ、ぐんぐんと大きくなりながら転がり出すコダマスイカ。それは瞬く間に通路を埋め尽くすほどに巨大化。壁も天井も床も砕きながら行進し、しかし引っかかって動きを止めた。通路をそうして塞いでしまえば、蛇の軍勢も動きを止めざるをえない。小さな蛇なら隙間を擦り抜ける事も叶おうが、人を丸呑みしてもおかしくないサイズの大蛇となればその自由もない。

 

 苛立ちのままに大蛇どもがスイカにかぶりつき、シャクシャクと瑞々しい音を立てて―――呑み込んだエネルギーが体内で弾けた事でその肉体を爆発四散させる。

 弾け飛ぶ血肉が黒い雨となって降り注ぎ、スイカを黒く濡らしていく。

 

「なんと面妖な……」

 

 自分の呼び出した呪いの蛇がスイカを食べて爆発四散。

 流石にその光景は想定外だったか、唖然とした様子を見せるパライソ。

 

「―――しかしさて、これでどうして主を守ったと言えようか」

 

 床を這う黒煙を千切り、火勢の強まる室内から歩み出てくる妖術師。彼はおかしげにそう言って、血色に染まった眼を小太郎へと向けてくる。

 身構える小太郎に対し、彼は今にも笑い出しそうに口許を歪めた。

 

「城から逃がせば無事に済むと思うたか? 風魔の頭領とは思えぬ浅慮だ」

「…………」

 

 無言で忍者刀を構える小太郎。

 三対一。如何に天草四郎が戦闘に秀でていなくとも、ここまでくれば敗色濃厚だ。

 

「この城内で追い詰められていた貴様たちは気付いてなかろうが、既に我は他なる英霊剣豪どもに命を下している。外では既に血塗られた月が昇り、城下には死霊や魔獣の類が蔓延り、英霊剣豪どもによる一切鏖殺が行われているであろう。

 城下へと転び出て、此の土気城が首謀者たる我の根城だと声を張り上げたとて、貴様らの仲間は誰一人此処に駆け付ける余裕などあるまいよ。もっとも此処にいるよりは、怪異の坩堝とはいえ城下を走る方が長生きの芽はあるが故、間違った判断だと笑うような事はすまい」

「―――――」

 

 他の英霊剣豪は全て外。確かにこの城内にサーヴァントの気配はない。気配遮断を持つアサシン・パライソのみが潜んでいた、というのは自然な話だ。

 それ以外が今まさに外で暴れ始めたと言うならば、相手の計画は最終段階。天草四郎の態度からしても、彼が行う最後の一戦が今ここで始まっていた、という事になるのだろう。

 

 だからこうして宣言にきた、と考えれば想定通り。

 で、あるのならば。

 

「―――貴様を僕の知る天草四郎殿と同一視するわけではないが。僕の知る天草四郎という男は、とりわけ深い怒りのような感情を抱えていて……その腹を他人に読ませぬ御仁であった、が。己の事をけして語らないというわけではなく、箍が外れた時には何人にも譲らぬ信念が洪水の如く止まらぬ言葉として口を衝いて出る、ともすれば激情家と呼ぶべき人柄であったように思う」

「ほう?」

 

 別の世界の自分の事を語る小太郎に興味を引かれたのか、天草は小さく嗤ってその話を聞く姿勢を見せた。

 

「それで、それが何だと言う? 主を逃がす時間稼ぎにそうして我の気を引き続けてみせる気か?」

「天草四郎時貞。計画の成就寸前まで己を律していたのに目前となった今、わざわざ貴様が姿を晒して僕に状況を言って聞かせる事自体が不自然だと理解しているか」

 

 一転して詰問するような口調となり、小太郎は天草を見据えた。それに対して不快感を顕わにし、しかし嘲るように一度失笑すると、彼は逆に小太郎を挑発するような口振りを見せた。

 

「既に決した勝負に遊びを入れただけの事。()()()()の我を引き合いに出し、何をどう語り掛けてくるかと思えば、こちらの余裕を隙だと指摘するだけとは想像以上につまらぬぞ、風魔の小僧」

「随分と口数を重ねたな、と言っただけだ妖術師。信念や性根がどう歪もうが、気性は変わらないと見える。僕の知る天草殿もそうだった。普段は己を表に出さず、物腰の柔らかな御仁であったが、相手が真実自分の信念と反する許せぬものだった時、冷静さなどかなぐり捨てて()()()()()()。あの御仁が許せぬと語るモノは僕の理解を越えていたが―――お前の方は実に分かり易いな、天草四郎」

 

 明らかな挑発だ。二人の天草四郎を比較して、お前は大した事が無い方だと直接告げるような。罵倒にしても趣味の悪い言葉だろう。だが、この外道に言葉を選んでやる理由もない。

 この天草四郎はもう一人の天草四郎の事を知っている。その上でどうやら蔑んでいる。となれば、このような物言いは腹に据えかねるだろう。だからこそ、()()()()の性格ならば反応が読める。

 

「―――言いおるわ、主も守れぬ三流の忍び風情が」

 

 外から見ても心中穏やかでない、怒りの感情に煮え滾る男を見る。天草がゆっくりと手を掲げる。それを振り下ろし、やれと一声あげるだけでパライソとアナザーキバは小太郎に襲い来るだろう。そうなればそうなったで、此処で足止めの為に戦うだけだが。

 しかし天草四郎はそこで動きを止め、小太郎を嘲笑うかのように言葉を重ねた。

 

「此処でこやつらを止めれば主は逃げられると思ったか? 此処で奮起すれば己の使命を果たせると思ったか? それは余りにも都合が良い考えだとは思わなかったか、風魔の小僧。我は既に言ったはずだぞ、貴様ら二人、この城からけして逃さぬと―――」

「思わないとでも? 貴様は僕のその失態を嗤う為に此処で顔を出したのだろう? 天草殿と違い全ての人類を憎むお前は、可能な限り全ての人間に怒りをぶつけなければ気が済まない。だからお前は僕を無能と誹りながら、その証として立香殿の首を見せつけ笑うのだろうと、いとも容易く想像がついた。

 貴様は目的までの道筋が立った以上、それ以上の手は必要ないと考える。貴様が僕の前に出てきた時点で仕込みはそこまで、僕はそれ以上の凶手を想定する必要が無くなるんだ」

 

 数秒、停止する。天草四郎が目を見開いて、小太郎の事を見つめている。彼はそのまま小刻みに体を揺らし、咽喉の奥から溢れてくる笑い声を噛み潰そうとして、しかし止め切れず笑いながら、叫ぶように言葉を続けた。本当におかしくて仕方ない、と。

 そこまで読んでいたというのに、もっともやってはいけない事をした。カルデアのマスターと清姫を二人にした事だ。今更の事だ、風魔小太郎は清姫の自意識がどうあれ、あれが罠として機能するものだと確信しているだろう。だというのに、マスターと二人きりにしてしまった。

 

「フ、ハ! よもや、よもやそこまで察しておきながらこれか! ではあの女には何か打開の手段を持たせているか! だがしかし何を想定した、風魔小太郎! 精々が清姫に仕込まれた蛇か竜にまつわる何か、と言ったところであろう! なるほど、それくらいならばあの女ひとりで潜り抜けられるようにするのは、貴様であれば難しくないだろう!

 しかし生憎だったな、アレは下手な竜種などより余程始末が悪い! 貴様が考え得る想定の範囲から逸脱したものだ! 認めようとも、貴様は我の罠を読み切った。読み切ったその上で、我の戦力を甘く見た軽挙に殺されるのだ―――!」

「……ああ、そうだった。そちらの勘違いも正しておかなければ」

 

 嗤笑を深める天草に対し、小太郎は泰然とした微笑みで返す。

 そしてその瞬間、スイカの壁の向こうから爆音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 清姫を抱えたまま走る、走る。周囲には不自然なほどに人がいない。生きている人間どころか、死体すらただの一つも残っていない。自分が連れ込まれた城がまるで最初から空城だったかのような感覚。けれどそんな筈はない。自分たちが連れ込まれたのは正に土気城であったし、途中で何らかの術で移動させられたのあれば、小太郎が気付いているだろう。

 

 そこでふと、この特異点に来たばかりの時の光景が浮かんだ。アナザーキバに襲われ、死にかけた時の事。あの怪物は何か、半透明な牙のようなものを出していた。目の前で見た直感でしかないが、()()で皆喰われたのではないか、というような印象を抱いた。

 

(食事、魔力補給……? でもサーヴァントじゃない段蔵さんが契約者だったなら、それほど魔力が必要なわけじゃ……無い、はず)

 

 絡繰人形の動力がどれほどの効率か分からないが、単体で成立していなければ加藤段蔵の名が世に残ったりしないだろう。けれどあの牙を前にし抱いた感覚は()()()()()()()、で間違いないと思う。そして段蔵自身が必要としない補給なのであれば、その補給が必要な何かが他にあるという事だ。

 

「でも英霊剣豪の一切鏖殺と、アナザーキバの食事。どっちも目的があるにしろ、方法が噛み合ってない……」

 

 走りながら考えをつい言葉として出してしまう。殺し、血を流すのが目的だろう妖術師・天草四郎の英霊剣豪。牙を突き立て、全てを養分として吸収していると思しきアナザーキバ。だがアナザーキバである加藤段蔵は天草の指示に従っていた。

 こうして城の者を喰らっているのならば、立香の事も喰わせようとするのが道理、だと思う。そうではなく彼は一切の思考の余地なく、彼女たちを殺そうとした。どうにも、アナザーキバの捕食は天草四郎の与り知らぬところで行われているような気がしてならない。では、誰が?

 

「スウォルツ……?」

 

 実行犯がアナザーライダーである以上もっとも可能性の高い容疑者だが、多分違う。アナザーライダーがいる以上恐らく彼か、加古川飛流の接触が最初にあったのは確定的だ。だがそれなら契約者に加藤段蔵を選ばない筈だ。アナザーライダーの戦闘力は契約者によって変わる。相性が良ければ更に進化する事さえある。そんなアナザーライダーを全く相性の悪い段蔵に与える事はないだろう。

 より相性の良い契約者を生み出す為にアナザーキバに食事をさせている、という可能性は勿論あるが……だとすれば殺戮と捕食、目的のための行動が反する天草に預けたりはしないだろう。

 

 それとスウォルツ自身がこの特異点にまったく姿を見せないのも気になる。と言っても、人理焼却を終えてからの彼の行動はそう積極的なものではない。ソウゴに対抗するためにアナザーライダーを育てる、というよりアナザーライダーは回収できれば十分で、ソウゴに対抗する役目を加古川飛流に求めている節がある。後はギンガの性質上、夜が主戦場になるこの世界に来たくないだけの可能性もあるが。

 

 白ウォズ、はまあ流石にそんな事はしないだろう。彼がそこまでする事を許容する人格かどうかは置いておいて、そんな事をすれば明確にゲイツから敵視される。それは彼の望むところではないだろう。

 

 妖術師・天草に近く、段蔵を操る事が出来て、天草と目的を反する行動を取りかねない存在。

 となれば―――

 

「たぶん、キャスター・リンボ……!」

「正解!」

 

 息が止まる。ただいきなり声をかけられただけなら、その方向を見ればいい。だがその声の発生源は自分と至近距離からのものだった。もっと厳密に言えば、彼女が抱えた清姫の口から出たものだった。だがしかし、聞こえてきたのは何故か清姫の声ではない。もっと低い、明らかに男性の声。間違っても清姫のような少女の口から出てくる声では無かった。

 命の危機、それを前に脳内に響く危険信号(レッドアラート)。少女を手放す迷いを何とか振り切って、清姫の体を遠ざけるように放り出す。そのまま更に彼女から距離を取ろうとして―――

 

 その瞬間、1発の銃声を聞いた。

 

「っ!?」

 

 盛大な破砕音。それを立てたのは、彼女の懐から飛び出していたタカウォッチロイドだった。彼はその翼を砕かれて、地面に落ちて転がっていく。それが立香を庇ってのものだと考えるより先に理解して、すぐさま身構えつつ清姫の方を見る。相手が銃を持っているのであれば、背を向けて逃げ出すよりも銃口を注視していた方がまだマシだと考えたのだ。

 

 清姫らしきものは立香などより余程軽やかな足取りで着地し、途轍もなく動き辛そうに白無垢の裾に呆れるような視線を向けていた。

 

「人間って奴は不思議なもんだな。どうしてこう、わざわざ動きを狭めるような服を着るのかね」

「―――――」

 

 清姫の顔で、しかし浮かべたのは清姫ではありえない表情で、清姫ではない男の声で喋る。そんな異質な存在は白無垢という衣装にそこそこ不満を垂れた後、頭に被せた文字通りの角隠しに片手をかけた。結われた髪の事など気にせず、無理矢理引っこ抜くような動き。

 

 そこで立香が改めて気付かされる。

 

「髪の色が、白く……?」

「うん?」

 

 角隠しを外し、放り捨てる正体不明の存在。結われていた長髪も解け、重力に従い床に向かって垂れていく。そんな中で立香の言葉に反応した清姫の指が髪を一房掴むと、自分の目の前まで持っていき―――何か驚いたように軽く目を見開いた。

 

「思った以上に適合してるな。ハザードレベルも……オイオイ、万丈レベルじゃねえか。ホントに地球人かよ、こいつは」

 

 淡緑だった髪の色が抜け落ち、真っ白になるという明らかな変化。その事自体に謎の存在も驚愕しているようでしかし、どこか呆れと喜色も混じったような感情を読み切れない声。しかし声色から感じる不明瞭さ以上に、彼がわざわざ地球人などと口にしたのを聞いて立香を眉を顰めた。

 

「宇宙人……?」

「おっと、衝撃の事実で口が滑ったな。ま、隠すものでもなし教えてやるよ」

 

 清姫が失敗したとばかりにか細い指で可愛らしく自分の口を塞ぐ。だが表情は笑っていない。驚愕は既に消え、瞳に浮かぶのはこの状況に大した感慨も無さそうな冷血さだけ。

 ゆるりと清姫の腕がタカウォッチを撃った銃を構え―――懐から更に小瓶のような何かを取り出した。それが何かは分からないが、彼女はその小瓶の中身を撹拌するように幾度か振ってから、蓋を開けるように半回転させると、それがピタリと嵌る銃のスロットに装填した。

 

〈コブラ!〉

 

「仮面、ライダー……!?」

「……残念、それは不正解だ」

 

 その道具、その動作に見覚えがある。厳密には違っても、多くの戦士たちが似たような予備動作から何をするのか知っている。銃に何らかのエネルギーを蓄えたアイテムをセットし、解放する。それはきっと今から清姫の体を、常磐ソウゴたちと同じように変化させるのであろう。

 だが一瞬の間を置いてから清姫の顔が口端を上げて笑い、立香の言葉を否定した。

 

「―――()()

 

〈ミストマッチ!〉

 

 彼女の腕が銃口を下に向け、その引き金を引き絞った。瞬間、銃口から噴き出す黒い霧。それは意思を持っているかのように清姫の周囲へと纏わりつき、彼女の体を完全に隠してしまった。

 

〈コ・コ・コブラ…!〉

 

 黒い霧の中で赤い光が明滅する。漆黒の霧中で轟く光はまるで雷雲のようだ。その光に照らされ、漆黒の内に佇む何者かの姿が垣間見えた。そのままの姿であれば白無垢も、少女の髪も、シルエットからでも感じられただろう。だがそんな名残は一切残さず、霧の中で少女の体はスマートな怪人の姿に変貌していた。

 

〈ファイヤー!〉

 

 引き裂かれるように霧が晴れる。黒い蒸気と赤い光が弾け合うと火花を散らし、周囲を照らす。霧の中心にいた存在が火花に照らされ、その真紅の装甲を煌びやかに輝かせた。

 姿を現したのは赤い怪人。マスクには碧色でコブラの頭部を思わせるゴーグル、チェストアーマーには同じく碧色でコブラの全身を描いたのだろうエンブレムを持つ、その変身音に違わぬ正しくコブラを人型の化け物にしたような存在であった。

 

「正解はブラッドスターク! 今の身分は……ま、リンボの協力者ってとこか」

 

(だから、清姫を選んだ……!)

 

 清姫は自分の力だけで蛇竜へと変じた少女だ。コブラ、蛇の属性とはさぞ相性がいいだろう。最初驚いた様子を見せていたのは、その相性の良さが準備をした相手の方でさえ想定を超えるものだったからか。

 

「天草四郎の協力者ではない、って事?」

「その通り、今はこうして出張させられてるけどな。だから天草(ヤツ)が何を言ったとして、オレとしては本気でお前を殺す理由はなかったんだが……」

 

 ブラッドスタークが自分の頭に手を触れてから、何度か腕を上下に動かす。

 

「いい体だと思ったが……流石に身長(たっぱ)の低さがちょいと問題か。石動の体と同じ感覚じゃ動けないだろうな。やれやれ」

 

 自分の身長を確かめ、小さい事に悩むように溜め息を吐く。

 そんな安穏とした様子を見せた、その直後。

 

 ―――轟く銃声。それが響く前に何とか察知した立香が、横っ飛びに全力で跳んでいた。

 

 当たり前のように躱し切れず、弾丸の威力を浴びた礼装を隠すための羽織りがズタズタに千切れていく。もっともその程度で済むなら何でもない。掠める程度なら礼装の防御力が立香を守ってくれるだろう。だが仮に直撃を受けようものならば、無事では済むまい。

 

 全力で跳んだがために床に体を打ち付け、必死に転がっていく女の体。その無様な姿をスタークがつまらなそうに視線で追う。逃れた相手に再び銃口を向けようとして―――そこでふと気が付いたように、足元に転がる飛び立とうとしていたタカウォッチを蹴りつける。蹴撃をもろに受けた上に思い切り壁に叩きつけられ、今度こそ沈黙するタカウォッチロイド。

 そんな無駄な行動を挟んでも、立香はまだ必死に立ち上がろうとしている体勢。彼女に視線を戻したスタークは、立てた親指で自分の胸を叩きながら言う。

 

「お前にとっては運が悪い事に、この体が()()()た。実験する価値が十分あるくらいにはな。この女の意識はまだ生きてる。オレの中からちゃんと、今のこの光景を見てるわけだ。それだけでもオレとしちゃ結構な驚きなんだが……ま、それは置いといてだ。

 そんな状態で自分が愛してるお前を、オレに乗っ取られた自分の体が殺す、ってなった時にどれだけ強い憎しみをオレに抱くんだろうなァ? 今でも沸々とハザードレベルが上がってるんだ、本当に()()()()()かもしれねェと、オレは驚きと可笑しさで今にも笑っちまいそうだよ」

 

 言って、くつくつと咽喉を鳴らすスターク。ここから先は口にしないが、本気で今ドライバーが手元に無いのが悔やまれた。無論この体でもまだまだアレを扱うには程遠いが、扱えるレベルまで成長できる素質が間違いなくこの体にはある。どう足掻いてもビルドの時代が来ない限りあのドライバーは回収できないのが酷く残念な事だ。

 

 羽織は既にボロ雑巾、だが再誕した彼女を守護する礼装は未だに無傷。羽織の下に隠していたのだろう。立ち上がった彼女は、脇差ほどの剣を持っていた。恐らくは刀工村正の作品だろう。一流の使い手であれば、あるいはトランスチームガンの弾丸さえ斬れたかもしれないが……藤丸立香のような素人が持ったからと言って、だからどうしたという話だ。

 だが彼女は柄と鞘を強く握り、いつでも剣を抜けるような体勢を取っている。

 

「サーヴァントは呼ばないのか? リンボが言うには、そういう機能があるんだろ?」

 

 愉快そうなスタークの問いかけに彼女は無言で返す。サーヴァントの影をカルデアから投影できる、というのがこの礼装の触れ込みだ。だが、立香本人からしてそれを実際に行えるかは分からない。試験しようにも動作すれば令呪一画を使用する以上、試すのが難しい。

 というかおつるさんから偶発的に、直前に貰ったばかりなのだ。どの程度の能力か計り切れない以上、今回の戦力・戦術に組み込むのは止めておこうと小太郎とも話に決めていた。

 

 スタークが腕を曲げ、銃で肩を叩きながら首を回す。

 

「抵抗してくれた方がいい刺激になるんだがな」

 

 それは彼の中にいる清姫の精神にとって、という事だろう。動きを見せない立香を見て、深々と溜め息をひとつ。そうしてから彼は、空いた手を胸のエンブレムの上に置いた。

 

「確か毒は効かないんだったよな? じゃあコブラの毒も効かないか。オレが本調子なら()()()()()()()()も試せたが……ま、無いもの強請りしてもしょうがない」

 

 スタークの胸部から迸るエネルギー。それは人間よりも数倍大きなコブラを形作り、まるでそれが生物そのものであるかのように凝固させた。頭部は固定されたかのように動かず、獲物から逸れない視線。チロチロと動く舌も、獲物の外皮を食い破るための鋭利な牙も、飛び掛かる為に地を擦り腹を縮める動きも、正しくコブラそのもの。

 

「お前から憎しみを煽る良い悲鳴を貰うには、少しずつ削ぎ落すように喰い散らかすしかないみたいだな?」

 

 パチン、とスタークが指を鳴らす。それを合図に、コブラは解放された発条のように立香に向け飛び掛かった。まず狙いは令呪のある右手首だ。反撃の起点となり得るそこだけはさっさと喰い千切っておくべきだろう。普通ならそれだけでもショック死もありえるが、魔術礼装を身に着けている以上心配はいらないはずだ。本来はマスターを守るための生命維持装置だったろうに、今のスタークとしては少しやりすぎても死なずに拷問補助具となってくれている。救えない話だ。

 

 自分の内側で湧き上がる体の持ち主の怒り。それはハザードレベルの成長を促す餌だ。藤丸立香を苦しめるほどにこの体は怒り、ハザードレベルを上げて、スタークに貢献する。

 

「さて。まずは一噛み、どれだけ上がるか―――」

 

 口を開いたコブラが立香の許へと到達する。その視線から狙いが右手だと分かっていたのか、彼女は咄嗟に右腕を突き出していた。もちろんその動きは彼女が握り締めていた村正の剣を抜刀し、不格好な居合染みてコブラへと刀身を走らせる。

 しかし彼女では当然のようにコブラを斬ることなど出来ず、刀身を牙にぶつけてへし折られていた。刃が大小様々な破片となり、空中に舞う。

 

 コブラはそのまま口を閉じるだけで、立香の右手と剣の残骸を噛み砕く事ができる。自分に迫る脅威を見ているしかない絶望の刹那。数瞬の後に挙がるだろう少女の悲鳴に備え、ブラッドスタークがまるで指揮者のように両腕を掲げて―――

 

「試せると思ってる?」

 

〈リュ・リュ・リュ・龍騎! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

 その瞬間、蛇の口内近くにあった刃の破片の一つから焔を圧し固めて形成したかのような、灼熱の龍が現れ出でた。龍は即座にその炎の腕でコブラの上顎と下顎を押さえ付けると、ぱっくりと開かれた大口に向かって火龍のブレスを流し込んだ。毒蛇が味合わされるのは、咽喉から炎を流し込まれ、そのまま総身を内側から焼かれるという地獄の責め苦。

 響いたのはスタークの待ちわびた少女の悲鳴ではなく、コブラの怪物の断末魔だった。

 

「な、オーマジオウ……常磐ソウゴだと!?」

 

 いつのまにかジュウ形態のジカンギレードを構えた仮面ライダージオウが藤丸立香の前に立っていた。その呼ばれ方に僅かに拒否反応を示すように、ジオウが小さく顔を俯かせる。その姿がディケイドアーマー・龍騎フォームである事を考えれば、今までどこに潜んでいたかは明白だ。

 立香が剣を持っていたのは武器としてではない。彼女に渡した小太郎も当然そんな事は考えていない。あの剣に二人が求めていたのは、この時代に一般流通しているレベルの鏡などより遥かに反射率の高い、鏡に見立てるのに十分なほど磨き抜かれた刃である。

 

 口内から黒い煙を噴き上げるコブラの頭部を掴み、炎の龍が体を捻る。全身を鞭のように撓らせた尾による打撃を腹に受け、巨大コブラは宙を舞いながらスタークの許へと吹き飛ばされる。それを成したドラゴンは更に体勢を整え、口を大きく開いてそこに炎を収束させ始めた。

 

「チィッ!!」

 

〈スチームブレイク!〉

 

 ライフルモードに換装する暇などない。トランスチームガンを即座に構え、コブラフルボトルの力を注いだ銃撃の準備をする。飛んでくるコブラを盾に炎を受け、逆にこれで撃ち返す。そのつもりでいたスタークの前で、ドラゴンが一拍置くように攻撃のタイミングを遅らせた。その間に内心舌打ちする。この時間があったなら、十分ライフルモードに切り替えられた。

 スチームガンを構えたまま、空いた手を突き出して飛来するコブラに向ける。その手から怪光線が発射され、それを受けたコブラの巨体は空中に固定される。これはブラッドスタークの機能ではない。肉体のハザードレベルが高かったが故の恩恵と言えるだろう。スタークはその状態からすぐさまコブラを弾丸代わりに打ち返して、同時にスチームガンによる射撃を放つ。

 

「―――流石に驚かされたが、今のハザードレベルなら十分お前の相手もできるんだよ!」

「へえ、そう?」

 

〈フィニッシュタイム! ウィザード!〉

 

 コブラとスチームブレイクの逆撃が揃って向かってくる中、ジオウは手にしたギレードにウィザードのウォッチを装填した。そのエネルギーを得て必殺待機状態に入るジカンギレード。ディケイドウォッチと共に龍騎ウォッチ、更にはウィザードウォッチ。中々豪勢な構えだ、が。

 

「龍騎とウィザード、ドラゴンの炎を合わせ技か? だがそれじゃあこっちの攻撃と相殺止まり。如何に魔王だろうと足手纏いを庇いながら、今のオレと戦えると―――」

 

〈スレスレシューティング!〉

 

 スタークの声を無視してジオウがギレードのトリガーを引いた。発動する魔法はしかし。スタークが予測した火ではなく水の属性。ジオウの前方に水流が湧き出し渦を巻く。逆撃の手段ではなく水の盾とは。だがその程度の守りでは、今のスタークの攻撃は止め切れない。

 コブラだったモノもスチームブレイクも、ブラッドスタークが放てる高出力のエネルギーの塊だ。あの程度の水の壁など、衝突の瞬間に弾き飛ばしてしまえるだろう。

 

「なら俺からは相手にしないよ」

 

 ―――激突、とはならず。スタークの放った二つの弾丸が、渦巻く水流……水鏡の盾に触れた瞬間、そのままこの世界から消え失せた。鏡を門にして異界に干渉する。それは正しくこの場にジオウが現れた方法と相違ない。ジオウのドライバーで輝く龍騎ウォッチが、スタークの攻撃を防ぐ事なくミラーワールドへと放逐してしまった。

 強大な高圧エネルギーが二つ、何もせず消えた事にスタークが僅かに静止する。

 

「……オイオイ、やりたい放題だなお前」

「王様だからね」

「やっぱりオレと相性悪いな、王様なんてやってるような奴は……ッ!」

 

 お互いの攻撃が消え失せた。戦場で生まれた、ごく短い空白の時間。その中で攻撃の構えのまま待機していたのは、ジオウが生成した炎の龍ただ一体。龍はコブラを投げ捨てた直後から今に至るまで、ただブレスの圧力を高めながら待っていた。収束した炎は灼熱を凌駕し白く輝くにまで至っている。戦場に間隙が発生した直後、龍はそのブレスを解放した。火炎の息吹などというレベルではない。高め続けた炎はもはやプラズマ化し、白光となって標的へと直進した。

 

 飛来する光線を避ける術などなく、ブラッドスタークが胴体に直撃した光線によって吹き飛ばされる。迸る光線の威力は、スタークが立香と共に走ってきた順路を盛大に逆流させた。未だに展開されていたスイカのエナジーボールに背中から激突して粉砕。全身果汁塗れになりながらきりもみして床に落ち、彼はそのまま天草たちの元まで転がる事になった。

 

「グ、ォ……ッ!」

「―――まさか、しくじったのか?」

 

 全身から果汁を滴らせ、更に黒煙を噴き上げながら床を這うスターク。その姿を見下ろして、天草四郎は忌々しげに顔を歪めた。ただの凡夫、マスターであるという以外に特筆する事の無い人間一人を噛み殺すだけの仕事だったというのに。まさかそんな事さえ達成できない可能性など、一切考慮していなかった。

 

 この攻撃を知っていたかのように通路の端に寄っていた小太郎が、肩にコダマスイカを乗せながらそんな天草に溜め息混じりに声をかける。

 

「その怪人がしくじったのならば、お前もまた最初から見誤っていたな。お前は()()()()()を逃さないと言ったが、僕たちは此処を外から見張っていた時からずっと―――」

 

〈ライドヘイセイバー!〉

 

 ディケイドウォッチを輝かせ、ジオウの眼前に新たなる長剣が現出する。それをしかと掴み取り、両の手に剣を携えたジオウは、悠然とした歩みでその場に踏み込んできた。

 眉を顰める天草に対し、小太郎はこの状況こそ彼らが想定した正着だとばかりに言い切る。

 

()()だった」

 

 敵は天草四郎、アナザーキバ、アサシン・パライソ、そしてブラッドスターク。黒幕たる妖術師も、何らかの企みを秘めたアナザーライダーも、全員この場で確実に撃破する。外の英霊剣豪たちを危ぶむ必要はない、カルデアにはそれに対抗できるだけの戦力があるのだから。

 

 

 




 
・人造清姫。
 リンボからスタークへのプレゼント。ブラッドスタークの戦闘に耐える肉体として構築された改造人間。元々は普通の人間、松平の姫君だったがリンボにより改造され、清姫っぽい何かになってしまった。リンボによって城内の人間の記憶も全て姫は最初から清姫だった、と改竄されてしまい、彼女が彼女として生きていた証は全て消されてしまった。かわいそう。
 いいか? スタークのために改造された時点でその女はもう人間じゃないんだよ。強力な兵器なんですよ。兵器は使わなきゃ。わざわざ手間をかけて造ったのは使うためでしょう?

 リンボが設計図を引き、蛇の要素はパライソが補填した。パライソは宿業を抱えながらも外道に全てを奪われた姫の事を憐れんではいるが、それを口にすることはない。精神性や肉体強度などはオリジナルの英霊・清姫に比べれば当然劣るが、代わりに伊吹大明神の呪を与えられた事でオリジナルと遜色の無い蛇パワーを発揮できているようだ。

 最終的に完成したのはトランスチームガンの使用どころか、現時点でも完全な融合(ハザードレベル5.0)まで短期間で届くのではないか? とスタークに感じさせるほどの肉体だった。その為スタークにも欲が出たのだろう。人造清姫が愛を向ける人類、藤丸立香を目の前で凄惨に殺害する事で憎悪の感情をより強く燃やさせ、ハザードレベルを向上させようとした。
 もっともその段階に至ったとしても、彼の必要とするドライバーを現時点で回収する方法は存在しないのだが…

 その余りのハザードレベルの高さと安定感に、自力でドラゴンになるような頭のおかしい地球人は違うな…とスタークが感心したとかしなかったとか。
 そして伊吹大明神の呪は確かに体を蝕んでいるのに恋愛脳で悪影響を無効にしてるのを見て、アサシン・パライソからは何なんでござるかこの姫君、怖…と思われてるとか。
 
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