Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

9 / 91
暴走赤カブト2006

 

 

 

 半壊した下水道を歩く黒衣の男。

 その後ろについて、青髪の童話作家が問いかける。

 

「おい、これからどうするつもりだ?」

 

「どうもこうもない、と言いたいところだ。そもそも今のオレは宝具の発動どころか、雑魚との戦闘すら危うい。竜の魔女の欠落を埋めるため、霊基の大半を消費したからな。

 あと出来ることと言えば……このまま地下に潜み、黒幕の動きを探る事くらいか」

 

 残念そうに、しかしどこかそれこそが目的だと言うように。

 エドモン・ダンテスは、きっぱりとそう断言する。

 そんな相手に対し、胡乱なものを見る目を向けるアンデルセン。

 

「……その程度の偽装にどれだけ意味があるのやら」

 

「言ってくれるな、まだマシな方だろう。

 復讐者(アヴェンジャー)巌窟王(モンテ・クリスト)。なりきり、姿を隠す事には相応に優れた霊基だ」

 

「ハ―――神父もここまで自分の死体袋を使い回されるとは夢にも思わなかっただろうさ!」

 

 あんまりな物言いにそう叫ぶアンデルセン。

 確かに、エドモン・ダンテスとファリア神父は切り離せない。

 だからこそこんな風に使われるか、と。

 呆れた風な童話作家の言葉に肩を竦めつつ、エドモンは足を進めていく。

 

「まあ? お前の考えも分からないでもない。“バレル”と呼ばれた都庁にいる方の黒幕はまだいい。だがもう一方が読み切れん、という話だろう?

 せめてアレの正体を白日の下に晒さない限り、自分もお天道様の下に出れないというわけだ。この特異点には夜しかないがな!」

 

 歩きながらアンデルセンがそう言った言葉を口にする。

 オルタとアサシンの戦闘について、彼は潜んで情報収集に回っていた。

 そう言った情報を収集するのは得意とするところ。

 あの戦場で撒かれた情報に関しては、ほぼ全て拾い集められた。

 

「……ああ、それなんだ。問題はそこなのだ。アレは一体何なのか。なぜこの状況でカルデアを援護する? 本命からの目晦ましか、あるいはカルデアを利用するためか。

 そう、おかしいのはそこからだ。なぜこうも積極的に姿を現した? ()()()()()()()()()()()()()。そう疑いをかけられている時点で、奴のやり方からズレている。オレへの牽制のため? 不測の事態というケースは、あの男が取り組んでいる以上考え難い」

 

 その上で、エドモンは酷く顔を顰めた。

 何よりカルデアに接触できないのは、あの異物がそこにいるからだ。

 あんなあからさますぎる怪しさ。

 あれには何も考えが無い、などと思えるはずもなく。

 

「―――そして一番の謎は。なぜ、こんな()()()を導入したか。あの男は敗北こそが結末だ。こんな世界では、こんな世界だからこそ、如何に奴とて滅びからは逃れられない」

 

「落ちる滝がないから無事で済む、とかか?」

 

 ひとしきり笑った後の、茶化すようなアンデルセンの言葉。

 その冗談に軽く眉を上げ、エドモンが足を止めて振り返る。

 彼はそこで腕を持ち上げて、口元に持って行こうとして。

 

 ―――何かに気付いたように、そのまま帽子のつばに指をかけた。

 

「ユニークな発想だがナンセンスだ、ミスター・アンデルセン。

 ―――そう、滅びから逃れられない。

 オレには奴が、自分の前に敗北の運命を敷き詰めているように見える」

 

 下水道の天井。

 その先にある空を見上げながら、彼は目を細める。

 

「ほう。自分が敗北するまでの道を整えている、と? ではどうやって。

 相手を追う銃弾。そして、“バレル”。そして幻霊と英霊を融合させる手段。

 推理の材料としては、十分な証拠が揃っていると見えるが?」

 

「……核となる英霊の正体は見紛うはずもない。使われた幻霊の正体もまず間違いない。

 “バレル”―――その銃口を向ける相手は見極めたと言っていい。

 弾倉に込めるための弾丸として、何が装填されるかも十分に推測可能だろう」

 

 挑発するようなアンデルセンの物言い。

 エドモンはそれに淡々とした声で言われるまでもないと返す。

 

「かつて探偵と悪党がライヘンバッハの滝に諸共に落ちたように、自分も相手も纏めて滅ぼす事を願うのであれば、自分の滅亡を補強する事に意味があるとは言える。弾丸が放たれる事が自分を滅ぼす事になるならば、アレが滅びを背負う事は弾丸を強化する事に繋がるから。奴自身が持つ“敗北の運命”によって自分を滅ぼす余波で、()()()()相手を滅ぼす」

 

 “勝利の運命”も、“敗北の運命”も覆せない。

 そういう世界に導かれているのが、この特異点だ。

 ではこの世界で“敗者”は何が出来るのか。

 

 ―――“敗北”だ。

 他の誰であっても、敗者が敗北する運命は覆せない。

 だとすれば、“敗北の運命”と……例えば、“地球の滅亡”を紐つけたらどうなるか。

 誰かの敗北と地球の滅亡が直結した意味を持った時。

 ―――この世界に、絶対に覆せない滅亡が確定する。

 

「そいつが破滅主義者ならばそれもありかもしれんがな」

 

「―――あるいは。

 己が求めた数式は正しいものである、という実証を求める数学者ならば?」

 

「そっちの方がまだ()()()な」

 

 そっちのケースの方がまだありそう、という事は肯定しつつ。

 しかしイマイチ微妙だ、という顔をしながら肩を竦めるアンデルセン。

 エドモンもまた肩を竦め返し、言葉を続けた。

 

「条件が達成されれば、撃ち破る―――いや、()()()()()のは困難だ。何よりオレの存在が奴の“敗北の運命”をより強固なものにしてしまっている。

 それほどにこの特異点の世界観は強固になってしまった。時間が経過すれば猶更に、だ」

 

「では、アレの目的は時間稼ぎであると見るか?」

 

「……そうであるなら、それほど分かり易いこともないだろうが」

 

 思い悩むように眉根を寄せるエドモン。

 彼は完全に足を止めて思考に落ちていく。

 

 そんな態度を見て、アンデルセンは至極面倒そうに溜息を落とした。

 

「必要性が見られない。特異点をより堅固にするための時間稼ぎ?

 いや。それが目的ならば、恐らくライダーただ一騎で事足りるはずだ。

 むしろアレの存在は、黒幕が稼ごうとする時間を食い潰すだろう」

 

 周りが見えていないかのように、滔々と語り続けるエドモン。

 彼が思い起こすのは、カルデアと共に行動する記憶喪失のアーチャー。

 

「記憶を奪い、必要な情報を与えなかった。重要な情報だけが欠落した中途半端な記憶の虫食いは、アレを放逐することが意図したものだった事の証左だ。

 なら、何故野放しにしたか。そもそも何故、霊基を分割するような事をしたか。可能性としては幻霊との融合によって霊基数値が上昇し、安定させるために不要な部分を切除した、というケースは考えられる。真っ当な英雄などと比べれば、元々特別強度に優れた英霊というわけでもない。不要に肥大化した霊基は安定性を欠く。安定を図る、という観点からの行動ならば理解が及ぶ。その際に切り離した部分を必要な情報だけ奪い、放逐した。

 だがそれを何故処分しなかったかだ。消滅させてしまえば憂いはなくなるというのに。これも可能性の話となるが、自身の霊基を保険として存在させておきたかった、という考えはありえる。この世界観の中であれば、ジャンヌ・オルタがそうしたように、近しい霊基を強引に融合させ回復できる。カルデアでいう霊基再臨が、強引に行えてしまう。彼女はアヴェンジャーというクラス属性で再臨したが、もう一人の自分というまったく同じ霊基ならば、融合は更にスムーズに行えるだろう。再臨素材を消滅させたくなかった。この考えも、なしではない。

 もしくは自分を二人配置することにより、自身の“敗北の運命”が地表に及ぼす影響を更に強化するつもりか……個人的にはこちらの方が可能性が高い、と考えている。

 しかし。しかし、だ。今アレはカルデアと行動を共にしている。本気で味方をしている、とは流石に思わないが……アレがカルデアの今後の方針を決める作戦会議に参加したとしよう。奴の頭脳がカルデアの味方をすれば、いま私が辿り着いた結論は出てしまう。アサシンが情報を渡したジャンヌ・オルタが生還した以上、確実に。奴自身の真名も、恐らくの目的も、時間稼ぎさせた場合の顛末も、奴自身の知能が、奴自身が企んだ計画を白日の下に晒してしまう。

 自分自身で解き明かす以上は、下手をすれば私以上の精度で漏れなく全てを」

 

「……おい、剥がれてるぞ」

 

 鬱陶しい、という視線と共にアンデルセンから送られる言葉。

 それに僅かに肩を揺らした男は、軽く息を吐くと頭を横に振った。

 

「……ともかく、だ。オレたちが動くとして、それは彼らがあの戦場から生還した後だ。その後の情報共有を待って、アレが謎を解く姿勢を見せないのであれば、ただの罠だと断言できる。

 だが、もし……いや、そんな事がありえるはずがない」

 

 思考を打ち切るようにそう言って、エドモンが再び歩き出す。

 そんな彼の後ろをついていきながら、アンデルセンが大きな溜め息。

 まだまだ下水道行脚は終わりそうにない。

 

「やれやれ、まだ湿気た暗がりで待機か……どうせ暇だろう、エドモン・ダンテス。

 何か面白そうな本を拾ってきたらどうだ?

 この状況だからな、推理小説なんか趣があっていいんじゃないか?」

 

「状況が落ち着いたら考えてやる」

 

 暇潰しの本を手に入れることも儘ならない。

 やってられるか、と童話作家は相手に聞こえる勢いで盛大な溜め息を追加した。

 

 

 

 

「っと!」

 

 機関銃の斉射をぐるりと躱し、アサシンが跳ぶ。

 銃口に彼を追わせるプロフェッサー。

 が、アサシンはそれを悠々と振り切りながら折れた街灯に着地した。

 そうしてちらりと、別の戦場へと視線を飛ばす。

 

「バーサーカーは負け、と。退き時かね」

 

 そもそもの話からして、彼に与えられた仕事はジャンヌ・オルタとバーサーカーを引き合わせること。それはとっくに達成され、依頼主らしきものたちが目的を果たすのも見届けた。

 だとすればさっさと退いてしまってもよかったのだが。

 

 ―――ちらりと国道方面に目を向けて、そこに動きがないことを理解する。

 いやまあ、動きがあったら理解する前に走り切っている手合いなのだが。

 

「おや、逃がすと思っているのかネ?」

 

「逆に訊くが、追えると思ってるのか?」

 

 プロフェッサーに問われ、爪先で足場にした街灯のポールを叩く。

 そうしながら顔を顰める男を見据え、アサシンは軽く笑ってみせた。

 

「まァ、私では追えないネ。跳躍しながら逃げるつもりだろう君の速度についていけないし、まして此処は都庁からそう離れてもいない。

 追いかけようと跳ね回れば、狙撃手がズドン! と、私にそれを防ぐのは無理だ」

 

 銃のように伸ばした人差し指を小さく揺らし、溜め息ひとつ。

 アサシンを前にしながら、プロフェッサーは肩を竦める。

 邪魔にならないようにアサシンをバーサーカーとの戦場から引き離していたのだ。

 バーサーカーを撃破した皆とは、少し距離が離れてしまっていた。

 アサシンに撤退されれば、まず追いきれないだろう。

 

 無駄な邪魔をする相手ではない、と。アサシンだって理解している。

 だからさほど力も入れず、彼は跳ぶ。

 

「アンタなら分かってるわな。じゃ、大人しく逃げさせてもらうさ」

 

 夜空に舞う暗殺者の影。

 ビルの谷間から飛び出していく、そんな姿を見上げながら。

 

「―――うん、私じゃ追えないとも。この腰で跳ぶとか、ちょっと勘弁して欲しい。

 そして私以外、カルデアの面々もすぐに動けるタイミングじゃない。別の戦場にいるからだ。

 もし仮にここに向かっている乱入者がいたとして、すぐ割り込むには無理がある」

 

 困った風に、そう語りだすプロフェッサー。

 彼は既に棺桶から手を離している。

 空中に跳んだアサシンを狙うつもりなど見せない。

 

 仮に撃たれたところで、ただ狙いを過たない弾丸程度ならどうとでもなる。もしアサシンの処理能力を超える何かを撃たれても、迎撃のための狙撃手は既にスタンバイしている。

 だから、彼の撤退に防がれる要因などどこにもなく―――

 

「割り込めないのは何故って? それはモチロン、国道という地上を分断する網目は通れないからだ。だがこの位置まで国道を飛び越えて近づこうとすれば、狙撃手の目は掻い潜れない。地上と上空がどちらも押さえられているのでは、実質無理としか言えないだろう?」

 

 そんな、アサシンの()()()()()をきっちり勘定して。

 ―――その上で、それは最悪手だろうと彼は笑う。

 

「ああ……どこかに国道を飛び越え、狙撃を掻い潜れるほどのスピードを出す、空飛ぶバイクを駆るサーヴァントがいたりしたらなァ!」

 

「――――は?」

 

 老爺の笑う声に合わせて、遠く見えるビルの上で魔力が爆ぜる。

 魔力光が柱のように立ち昇る、空の彼方。

 アサシンがそちらに咄嗟に視線を向ければ、闇夜よりなお昏い漆黒の魔力が迸った。

 

 ビルの壁を駆け上がり、屋上にあった銀色のボディ。

 エンジンが轟き、搭乗者が地を蹴って、それはビルの屋上から全速力で飛び出した。

 

「―――いま、ここら一帯の制空権は狙撃手を擁する自分たちにあると思っていたかネ?

 ああ、その通りだとも。君たちは確かに、この付近の上空は完全に押さえている。

 その事実を確信しているからこそ、君は跳ぶと思ったヨ」

 

 地上で喋る彼は動かない。

 本当ならば狙撃手の射線を切るために煙幕でも張りたい、が。

 それをするとすっとんでくる乱入者の邪魔にもなってしまう。

 恐らくそれ込みであれはアサシンに届くが―――

 

 そもそも彼は、あの女騎士に超敵視されてるので何もしない方が安牌である。

 

「いや、本来なら存分に私の弾丸は()()()()()()()()()()()()()、という事実を見せつけなければならなかったんだが……最初から知ってくれていたようで何よりだヨ。

 そりゃそうだよネェ、隠れても私が適当に撃てば弾丸に追われるんだから。地上や地下を“隠れて逃げる”は成立しない。“私たちでは追えないルート取り”をするのは至極当然の話だ」

 

 アサシンが撤退する方法は多くない。

 プロフェッサーがついた時点で、隠れて潜む事は成立しない。

 彼の棺桶の性能上そうなるという事実を、()()()()()()()()()()()()()()()()

 隠れて潜むが成立しないなら、強引に振り切るしかない。

 だがそれも難しい話じゃなかった。何故って、ここは狙撃手のアーチャーの射程内だ。

 だから、彼は難しい話じゃないと確信していた。

 

「―――私たちと違い、自分だけは自由に跳んで逃げられる。

 そう思い込んでくれていた君用に、この夜空に処刑台は設置されていた。

 大口を開けて獲物を待っていた竜の前に、無防備に跳び込んだ自分を呪いたまえ」

 

 しかし。それは―――狙撃手さえ物ともしない、乱入者がいなければの話だ。

 

 ―――夜空を切り裂き、黒い光に照らされた銀色の流星が突き進む。

 魔力放出による力任せの空中走行。

 アサシンに向けて飛翔するそれに対し―――都庁、“バレル”の屋上が煌めいた。

 

「やっべぇ、頼むぜアーチャー……!」

 

 流星の軌道は、アサシンに向け一直線。

 アサシンは飛べもしなければ、空中で魔力を噴出して加速もできない。

 迫りくる竜の化身に比べれば、()()()なサーヴァント。

 地上での打ち合いならいざ知らず、空中戦でまともにやりあえるはずもなく。

 

 だからこそ、鷹の眼は突進する獲物を既に捉えている。

 全ての推力を前進に回しているそれでは、回避のための小回りは叶わない。

 

 銃口は確実に、乱入者を撃ち落とす角度とタイミングで火を噴いた。

 放たれるのはライフル弾染みた改造を施された剣。

 螺旋を描き、空間ごと捩じ切るような突き進んでくる必殺の一撃。

 

 回避は不可能な状況だ。そういうタイミングで放たれた。

 アサシンが彼女の突撃を回避できないように、彼女もまたその弾丸を避けられない。

 あとは順番の問題。彼女がアサシンに辿り着く前に、弾丸が彼女に届く。

 だから、彼女はアサシンのところまで飛べない。その前に撃ち落とされる。

 

 迎撃も不可能。

 如何に彼女が空中でさえ損なわれない剣の腕を持っていたとして、だ。

 単純にその一撃の威力を、魔力放出だけでは止め切れない。

 地に足を付け。両手で剣を握り。魔力を迸らせて。

 そこでようやく切り払えるかどうか、という一発なのは疑いようもない。

 

 彼女はアサシンに届かない。辿り着く前に撃ち落とされる。

 ただ止められるのみならず、下手をすればこの一発は致命傷に届く。

 これが結論。

 

「―――――――」

 

 だがくすんだ金色の瞳が、アサシンから離れない。

 彼我の距離が縮んだことで、相手の姿がよく見える。

 互いにこの新宿に存在するのは知っていたが、顔を合わせるのは初めてだ。

 だからこそ、そこでアサシンは顔を引き攣らせた。

 彼はすぐさま、可能な限り迅速に空中で体勢を立て直す。

 

「―――ッ!」

 

 空駆ける鉄の騎馬を駆っているのは少女。

 そこらで売っていそうな洋服を身に着けた彼女は、外見上無双の英傑には程遠く。

 

「―――その一撃に申し分はない。

 矢こそ随分と腐れているが、技量については流石のものと言っておこう」

 

 少女の片手が剣を握る。

 それこそは黒く染まった星の聖剣。

 

「だがこれで私を撃ち落とせると驕ったなら、思い上がりも甚だしい」

 

 虚空を打ち砕く螺旋の弾丸が、少女の許へと届く。

 回避は不可能。迎撃すれば撃墜される。

 そんな当然の結果がやってくるはずの、1秒先の未来。

 

 弾丸には刃を向けない。向けてはいけない。

 もし切り払おうとすれば、刃と弾丸が激突した瞬間に炸裂するだろう。

 彼女の直感は、その危険性を確かに伝えてきている。

 

 少女が剣を振り上げ、バイクのハンドルを手放した。

 

 直後、バイクを鎧っていた銀色の装甲が消える。

 機体を守るように覆っていた、魔力の甲冑が消滅したのだ。

 無論、彼女の意志に従って。

 

「すまんな、キュイラッシェ・オルタ。いい足回りだった」

 

 ―――彼女が与えていた守りを失った、鉄の騎馬。

 それはごく普通のバイク以外の何ものでもない。

 尋常ではない魔力を注がれ、ありえないスピードを出していただけの。

 ましてまだ乗っている少女は、物理的な破壊さえ引き起こす魔力放出を続行している。

 そんな状況のバイクが、普通ならば耐えきれるはずもない衝撃の中、突然防具を奪われた。

 

 そうなれば当然のように、マシンは拉げて潰れる。

 刹那のうちにぐしゃぐしゃになっていく残骸を蹴る少女の足。

 一際強く噴き出す、魔力放出の推進。

 ―――直後に爆発する、バイクであったもの。

 

 それが重なって、一歩分の距離だけ前方に押し出された少女。

 確実に少女の頭部を撃ち抜くはずだった弾丸が、届かなくなる。

 空間を捩じ切りながら、少女の背後を通り過ぎていく一撃。

 空間切削の余波を魔力放出で相殺し、少女はそのまま突き抜けた。

 

 弾丸は爆発しない。

 いまそんなことをすれば、ただ彼女をアサシンに向け加速させるだけだ。

 届かない筈だった彼女の剣は、もはや確実にアサシンにまで届く。

 

「嘘だろ……ッ!?」

 

 黒いジャケットを突風で暴れさせながら迫る剣士。

 英雄らしからぬ格好の彼女はしかし。

 その不可能を可能にした偉業を以て、己こそが剣の英雄であると証明する。

 

 届き、魔力の迸りと共に振るわれる黒い剣閃。

 アサシンに叶うことは、それを手甲で防ぎにかかる事だけだった。

 

 激突と同時に、手甲を砕かれながら地面に向け吹き飛ばされるアサシン。

 彼はそのままバーサーカーが破壊したビルの残骸の山に突き刺さり、粉塵を舞い上げる。

 

 そんな光景を見送ったプロフェッサーが、小さく笑った。

 

「バーサーカーがこれだけ派手にやったからには、新宿にいる者たち全てがここで戦闘が起こっていることは把握していた。だというのに彼女がバーサーカーに突撃してこなかったという時点で、狙撃手か君が致命的な隙を晒すのを窺っているのだろう、という事くらいは簡単に推測可能だ」

 

 そのまま彼は棺桶を掴み、アサシンに対して発砲を開始しようとする。

 今の一撃が致命傷に及ばずとも、無傷で済むはずがない。

 気配を消して逃げようとしたところで、獲物に何故か何となく当たる彼の弾幕は欺けない。

 居場所を隠して逃げ切れなければ当然、いま着地した黒い剣士に討ち取られる。

 

「さて。どうやらこれで、詰みのようだネ?」

 

 

 

 

 何かに気付いたようにクロエが顔を上げる。

 いま狙撃が行われた、ということか。

 そちらに意識を向けつつも、ジオウが迫りくるアナザーウィザードを見た。

 

「オォオオオオオ―――ッ!」

 

 数度打ち合い、既に彼我の力量差を見極めた。

 次の一撃で確実にウォッチを砕く。

 そう考えて、突き出したジオウの手の中に、直剣が現れる。

 

〈ジカンギレード!〉〈ライドヘイセイバー!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ジカンギレードに装填するのは、バロンウォッチ。

 ヘイセイバーにはドライバーから外したディケイドウォッチ。

 二振りの剣が必殺待機状態に入り、光を帯びる。

 

 ギレードはその状態で地面に突き刺して。

 ジオウは更にヘイセイバーのセレクターに指を掛けた。

 

「クロ!」

 

「りょーかい!」

 

 マスターの指示に少女が前に出て、双剣を構える。

 そんなことには構わず突き進むアナザーウィザード。

 彼が背後に展開した魔法陣から迸る火柱。

 雪崩れ込んでくる炎の波を前に、クロが即座に剣群を目前に投影した。

 地面に突き刺さる刃が壁となり、炎に対する盾となる。

 

 が、アナザーウィザードは刃の壁に向けて跳び込む。

 直後に回転を始めた体が、立ち塞がる剣を粉砕した。

 ドリルのように突き進むアナザーウィザードが炎を巻き込み、燃え上がる。

 

 迫りくる灼熱の螺旋を目にして、クロは即座に撤退を選択。

 転移でもってジオウの背後まで下がる。

 代わりに前に出るジオウ・ディケイドアーマーフォーゼフォーム。

 その足が大地を踏み締め、大きく剣を振り上げる。

 

〈ヘイ! ウィザード!〉

 

 正面からウィザードの力のぶつけ合い。

 それならそれでいい、と。アナザーウィザードがより加速する。

 彼の手には既に、もう一つのアナザーウォッチがある。

 もし撃ち負けたとしても、そのままそちらのウォッチに切り替えて―――

 

 そう思考する彼の前で、剣を振り上げているジオウが半身を引いた。

 まるで射線を開けるように。

 

「―――なにを……!」

 

 退くような姿勢を見せた常磐ソウゴに猛り、より前のめりになる彼。

 その視界が捉えるのは、ジオウが避けた結果見えるようになった少女の姿。

 

 紅い外套の少女が、地面に突き刺さった剣を抜く。

 流れるように弓に番えられる、字換銃剣ジカンギレード。

 クロが弓を引き絞れば、剣の矢はその刀身を黄色に光り輝かせる。

 

「矢になるように改造はできないけど、ね!」

 

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 十二分に蓄えた力を確かめて、クロの指が矢から離れる。

 放たれる一撃は、輪切りにしたレモンのようなオーラを曳いて。

 宙を翔ける剣の矢は、過たずアナザーウィザードへと直撃した。

 

「……!」

 

 常磐ソウゴ以外からの攻撃など、と。

 そう思考していたアナザーウィザードの動きが止まる。

 回転していた彼の周囲を覆うのは、レモン型のエネルギー。

 彼自身がミキサーとなり果肉を削り、レモンから撒き散らされる黄色い果汁。

 炎が果汁に消し止められ、更に回転の勢いもレモンの中で停止する。

 

「ち、ぃ……ッ!」

 

 レモン状のエネルギー体の中で、拘束されるアナザーウィザード。

 彼がそこから脱出する事を目的とし、別の魔法を使おうとして。

 意識を逸らした、その刹那。

 

〈ウィザード! スクランブルタイムブレーク!!〉

 

「ハァ―――ッ!」

 

 ヘイセイバーの一振りでもって四色、四属性の剣閃が放たれた。

 火、水、風、土。それぞれが三日月を描き、魔法の刃となって動きを止めた怪人を強襲する。

 それは威力、そして相性。

 どこをとってもアナザーウィザードを粉砕するに足る一撃であり―――

 

「フン」

 

〈ギガンティックギンガ!!〉

 

 戦場を眺めていたギンガが、残っていたその力の全てを解放する。

 彼の前方に形成される、宇宙の力を押し固めた破壊球。

 それを掌で押し込むと同時、ギンガの鎧が消失する。

 紛れもなく、完全に力を一滴残らず使い切ったが故の変身解除。

 

 そうして顔を顰めるスウォルツの前。

 ヘイセイバーの斬撃と、ギガンティックギンガが衝突する。

 

 威力が足らず、そのまま弾き飛ばされる銀河の光。

 ジオウの攻撃から多少勢いを削ったそれが、軌道を逸らして街の彼方へと消えていく。

 

 軽減されても直進する四つの刃はアナザーウィザードを直撃。

 彼を拘束するレモンエナジーごと、その威力で以て吹き飛ばす。

 致命傷ばかりは避けられたのか、そのまま地面に転がるアナザーウィザード。

 

「ぐ、ぁ……! ぐぅううう……! あぁあああああッ!!」

 

 アナザーウィザードが拳を握り、地面を叩く。

 口惜しい、と。認められない、と。

 そんな感情のまま叩きつけた拳が、荒れ果てたアスファルトを粉砕した。

 

「…………あんた」

 

「いい加減に退き時だ。その身でとくと味わっただろう?

 改めて言ってやる―――勝ちたいなら俺の言葉に従え、加古川飛流」

 

 地面を叩くアナザーウィザードの背に、スウォルツの手が突き刺さる。

 怪人の体に沈んだ手が引き抜かれると、そこにはアナザーウォッチが握られている。

 言うまでもなく、アナザーウィザードのものだろうそれ。

 それを奪われた怪人の姿が、人間のものに戻っていく。

 

 ソウゴの同年代程度の、少年。

 彼が這いつくばりながらも顔を上げ、ジオウを睨み据える。

 

「加古川、飛流……」

 

「―――そうだ、それが俺の名前だ。覚えておけ、常磐ソウゴ……!

 俺とお前の運命は交差した。俺たちの戦いは、どちらかが滅びるまで終わらない……ッ!」

 

 震えながら立ち上がる飛流の背後で、スウォルツが握ったウォッチを起動する。

 

〈ウィザードォ…!〉

 

「何を―――!」

 

 彼はそのまま起動したウォッチを何もない場所へと放り投げる。

 ソウゴたちは咄嗟にそれを視線で追い―――ウォッチが虚空で消えるのを見た。

 その魔力の波動を察知したクロエが叫ぶ。

 

「―――転移よ! あれ自体の魔力で、どこかに転移を……!」

 

「また誰かをアナザーウィザードに……!

 ウィザードのウォッチを手に入れるつもりじゃなかった……!?」

 

 彼らのその反応を見ていたスウォルツが喉を鳴らす。

 

「既にアナザーウィザードはアナザーライダーの()が記録した。最早ウォッチは要らん。

 さて。俺たちはこの特異点からはもう離れるが、せいぜい気を付けることだ。

 偶然にも、貴様が弾いた俺の攻撃が奴の縄張りを荒らしたようだぞ?」

 

 そう言ってスウォルツが笑った。

 ―――その瞬間。

 

 新宿を揺らす獣の咆哮が轟いた。

 縄張りに踏み込まれた時より遥かに、圧倒的に強い咆哮。

 その衝撃が周辺一帯のビルを揺さぶり、僅かに残っていた窓硝子などを微塵に砕く。

 

『―――さっきの攻撃だ! 弾かれたギンガの攻撃が、国道まで突き抜けた!

 結果として道路が一部粉砕されて……ライダーが動き出した!』

 

「アナザーカブト……!」

 

 ロマニの声を聞いて、即座にジオウがウォッチを取り出す。

 もはや一秒さえ猶予はない。

 相手は動いた瞬間にこちらを蹂躙できる、光速の疾走者。

 

 そんなジオウに肩を竦め、スウォルツが飛流の肩を掴む。

 そのまま彼らは紫色の光に覆われる。

 飛翔を始めたそれは、時空の狭間を空高く開いてその中へと消えていく。

 

「クロはみんなと一緒に下がって!」

 

〈ドライブ!〉

 

 速度で対抗するためにドライブウォッチを構えるジオウ。

 そんな彼の言葉に、クロエが酷く渋い顔を浮かべた。

 

「下がるって、どこまで下がればいいのよ!

 こっちまで来た場合、国道から離れても意味ないってことじゃない!」

 

 先程の咆哮だけで分かる。

 今のライダー、アナザーカブトは、初見の時よりも明確に()()()()()

 最初の時は、ライダーの縄張りへ侵入しただけだった。

 だが今回の自分たちを、相手は縄張りに対し攻撃を行った侵略者と見ているのだ。

 

 今回は恐らく走り抜けるだけではない。間違いなく、追いかけてくる。

 疾走でさえ防ぐ方法がないというのに、狩猟などされたら猶更止められない。

 

 ―――だとすれば。

 

〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!〉

 

 マゼンタのアーマーと同時に、青い車体を身に纏う。

 ジオウが現出させる力は神速の戦士。

 あらゆる重み、時間がかける重力さえ振り切って、フォーミュラマシンが発進する。

 

 ―――そんな彼の前に現れるのは、赤い甲殻。

 ジオウが準備を終える数秒足らずの間に、彼はもはや辿り着いていた。

 光さえ、時間さえも歪めて走る、最強のハンター。

 

 彼こそは、この地上を速さで支配する守護神。

 

「■■■■■■■■――――――――――ッ!!!」

 

 先程まで縄張りから動くことを良しとしていなかったライダーが。

 己の縄張りに牙を剥いたものを殺し尽くすために、全てを置き去りにして襲来した。

 

 

 




 
 友情バースト生きとったんかワレ!
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。