発情しても強い理性で踏み留まる獣人ちゃんと、そんな心情を知る由もない相方くん   作:無料お試しセット

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例のシーンを二回も書いてしまったので初投稿です。



第三話:魔法の薬

 

「……はっ、ん……はあっ…………」

 

 深夜。中級宿の一室に、小さく押し殺した女の吐息が響く。

 ベッドの上で丸まっている女の眼前には、布を力強く押し上げている相方の下半身。横になって熟睡する彼を逆向きに跨ぐようにして圧し潰す獣人の女は、目の前の膨らみに鼻を擦り付けるようにして呼吸を繰り返す。

 

「ん……ッ…………っ」

 

 オスの匂いが、肺を、脳を、全身を突き抜ける。そのあまりの幸福感に思考は真っ白に塗りつぶされ、体内で乱反射しながら増幅し続ける快感に体が小刻みに跳ね上がって止まらない。

 

「んん……フーッ……フーッ……」

 

 一方、肉体の檻で拘束されている男の頭部には女性が昨日着ていた寝巻きがすっぽりと被せられ、顔の全てがぴったりと柔布に覆われていた。それに染み付いた濃厚なメスのフェロモンが呼吸の度に男の体内に取り込まれ、無意識下でも容赦なく彼の体を調教する。

 更にはその頭は太腿にみっちりと挟み込まれ少しも動かす事ができない状態にされており、上から蓋をするように鼻へと擦り付けられる陰部と共に延々と匂い責めに曝されていた。

 

「いけ、ないのにっ、駄目、なのにっ……う…………♡」

 

 そんな淫らな行為の最中。僅かな理性が首を擡げるが、目の前で更に角度をつけた膨らみが視界に入ると女性は歓喜の声を上げ、興奮のままにのしかかって男を圧迫する体重の割合を増やした。

 自分の匂いで相手が反応している。その事実がたまらなく嬉しい。

 徐々に眼前に向けて近づいてくる陰茎を鼻で撫でるだけでは収まらず、布越しに口付けをする。

 

「~~~~~~~~ッ!!♡」

 

 今まで感じていた多幸感を更に上書きする官能に感情が支配され、強く体が跳ねる。底なし沼を覗き込むような初めての体験に驚き、一瞬の間だけ思考が戻ってきた。

 普段であれば確実に『やりすぎ』だと自重しているはずの今の行為。それを可能にしているのはいつも以上に強い興奮と発情だ。

 

 おかしい。何かが。自分の信念――相方を守りたいという想いはこの程度のものだったのか。違う。おかしい。体が言う事を聞かない。

 淫らに顔を歪め、守るべき対象を蹂躙している自分。

 本能と理性の間で葛藤する自分。

 

 二つの間で揺れる心が、快楽の波に呑まれる直前に一つの答えを導き出した――。

 

「そうか、私…………発情期……なの、か。……いつもはもっと遅い、から……油断してた……薬を、買わないと…………………………んンッ……♡」

 

 理由が分かり、腑に落ちた。

 とはいえ、自分を律するための道理は得たものの、すぐに止められるのかと言われれば否である。

 

 そこから更に小一時間程度。男に完全に匂いが移ってしまうまで、衣服と全身を使った情熱的な愛撫は続けられた。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 翌日。

 冒険者として数日の休暇を取る事にしていた二人は、町中を散策していた。

 常に新しい風が入ってくるこの町の市場は、一週間も日を空ければ知らない店が見つかる程度には新鮮味で溢れており、先日の大型討伐のように暫く町を出た後には散歩ついでに見て回るのが二人のルーティーンだ。

 

 茶店でモーニングを食べ、商店で新商品を眺め、貿易所で他国のアイテムを仕入れ、品揃えの変わらない武器屋を冷やかし、馴染みの高級店で昼食をとった。二人とも存分に羽を伸ばして心底楽しそうにしていたが、その後、とある裏路地を通っている最中にミーシアの口数が極端に減少した。

 一体どうしたのかとファクトが訊ねると、彼女は近くにある薬屋に欲しいモノがあると言う。すぐに行こうとするファクトをミーシアは一旦制止し、うんうんとひとしきり悩んだ後、一大決心をしたように深呼吸してから店の場所を案内しはじめた。

 

「……ここだ」

「『キュティ魔法薬』……? こんな所に魔法薬の店なんてあったんだな」

 

 薄暗い路地裏の、更に建物同士の陰になっている隙間。そこに積まれている木箱と木箱の間に同じく木製の扉が配置されており、意識していなければ前を歩いても絶対に素通りしてしまうであろう店構えだ。

 

 魔法薬を扱う店舗は珍しい。その高い効果から主に軍隊に卸されるため、大型の工場は各国の王都に建てられる事が原因の一つ。もう一つは、魔法薬はその効能の殆どを製作者の腕に左右される不安定な品であり、名の知れない魔術師が作ったような物など誰も買わないからである。魔法薬師は信用商売なのだ。

 

「すごいじゃないか。ミーシアが通ってるって事は、腕の良い薬師さんなんだろ? もっと早く教えてくれれば前の冒険で少しは楽できただろうに」

「店主が曲者なんだよ。扱ってる薬も効果の強いものばっかりだし、総じて人間向きじゃないんだ」

 

 尚も難しい顔をして語ったミーシアは、重い体を引き摺るようにして店舗の入口へと近づき、軽く息を吐いた後に扉を押した。

 静かに開いた木製の扉を潜れば、薄暗い店内は驚くほど簡素な作り。石張りの壁に四方を囲まれ、商品棚も無い。有るのはカウンターとその奥の壁棚、店の奥へと続いているであろう鉄扉だけだ。

 

「おーい。やってんだろ」

「はいはーい、今行きますよー」

 

 ――ずるずると。ぬちぬちと。

 粘性のものが床を這う音がする。それは鉄扉の向こうから徐々に音を大きくし、やがて扉が開け放たれると同時に姿を現した。

 

 暗がりからまず見えたのは肉の管。腰ほどの太さを持つ粘液を纏ったそれが、水音を引き連れながら床を滑るようにして室内に雪崩れ込む。

 ファクトが目を見開いている内にカウンター奥を埋め尽くした多数の触手は、まるで人国に生息している蛸の足のよう。その圧倒的な存在感に目を奪われていると、ふと扉の奥から声が入ってきた。

 

「お久しぶりです、ミーシアさん。本日はどんなご用件、で……あれ?」

「悪いな、キュティ。今日は私だけじゃないんだ」

「あ、えっ……に、人間の方、ですか……? あは、あははは……失礼しましたぁ……」

 

 フラスコを見つめ、それを振りながら出てきたのは穏やかな雰囲気の女性。

 艶やかな黒髪を揺らし、気心の知れた様子で現れた彼女はファクトの姿を見ると頬を染めて身を縮める。もじもじと持っていたフラスコを棚に収めた頃には、床を埋めていた多量の触手はどういう仕組みかスカートの中へと姿を隠し、残るは足替わりの数本だけとなっていた。

 

「こんにちは。ミーシアとパーティを組んでる冒険者のファクトです。よろしく。魔法薬の薬師に合えるなんて光栄だ」

「え……えっと……? キュ、キュティ、です。よろしくお願いします……?」

「ファクトはこういう奴だから気にしなくていいぞ」

「えぇ……め、珍しい方ですね……」

 

 キュティと名乗った女性は半信半疑でファクトを眺め、確かめるように触手をずるずると伸ばす。

 視界を埋めながら近づいてきた触手を、ファクトは不思議そうに顔を近づけて観察した。

 

「ほ、ほんとだ……すごい……」

「? ……ミーシア、これは?」

「状況が飲み込めるまで好きにさせてやってくれ。結構嫌がられるらしいからな、その体」

「そのっ、握手してもらってもいいですかっ?」

「あ、ああ……?」

 

 うねうねと蠢く触手のうち一本が差し出され、ファクトはそれを躊躇なく手に取った。粘液で手が濡れるが――それだけだ。

 魔国には挨拶するだけでもっと酷い事になる種族がいくつも存在する。冒険者として活躍する過程において、他種族との接触は多く経験してきた彼だった。

 キュティはそんな反応に興奮して胸の前で拳を握る。

 

「す、すごいすごい……! もしかして、この方に実験に付き合っていただけるんですかっ!?」

「は? んなわけないだろ……一緒にいたから顔合わせに連れて来ただけだっての。薬だ薬。いつものが欲しい」

「なぁんだぁー。いつもの薬って……ああ、アレですか。在庫あったかな……」

「頼む。結構キツい。本当は昨晩にも欲しかったくらいなんだ」

 

 ミーシアはカウンターに肘を置き、キュティは何かを探すように隣の部屋に足を突っ込みながら首を傾げる。過去に何度も繰り返した雰囲気のある、小慣れた様子の二人の会話。

 しかしその内容を聞いたファクトは、驚いてミーシアに詰め寄った。

 

「え……ミーシア、何か悪い所があるのか? 大丈夫なのか?」

「ん? ああ……心配させて悪いが、大丈夫なんだ。寧ろ体の調子は逆に良い。……まぁ、アレだ、種族特有のアレ。アレな問題があるんだよ。デリケートな部分だから、その……アレなんだ」

「……よく分からんが……まぁ、そういう事ならミーシアを信じる。けど、頼むから無理はしないでくれよ。できる事があるなら何でも言ってくれ」

「はぁ……そういうとこだぞ」

「?」

 

 『発情期の獣人に言ってはいけない言葉ランキング』上位に入るであろう地雷を平気で踏み抜く相方に呆れて、ミーシアはその頭を何も考えずに撫でた。その後、自分が行った行為に驚いて咄嗟に飛び退いた。

 

 普段通りのスキンシップだと捉えられたか、幸いファクトに嫌がる様子は無い。未だ二人の関係性は健在だ。しかし、今まで気を付けてきた距離感をこうも簡単に破壊してしまった自分の本能にミーシアは恐怖した。

 このままでは「気づいた時には押し倒していた」なんて事態にも陥りかねない。そうなれば終わりである。体目的で近づいた汚い獣人と軽蔑され、ミーシアは今日の夜を待たずして積み上げてきた全てを失うだろう。

 

「く、薬をくれ! 早く!」

「ん、んー。どうでしょう…………無い、ですかねぇこれは……あとはこっちの棚に…………あー、ここに無ければ無いですね」

「なん……だと……?」

 

 歯に詰まったものを取るような顔で隣の部屋に触手を突っ込んでいたキュティは、ひとしきりそうした後に無慈悲にも道具屋の店員のような事を言う。

 諦めて触手をずるずると回収する彼女に、呆然と言葉を漏らしていたミーシアは詰め寄った。

 

「さっきの見ただろ!? 結構キてるんだって! 何とかならないか?」

「いや、ミーシアさんが普段どんなスキンシップをされているのかは知りませんけど……無いものはありませんよ。作ってあげたいのは山々なんですが、その薬の素材って他で使わないから普段置いてないんですよねぇ。うーん、じゃあ……足りない素材を採ってきてもらえますか? 機材は空いていますので」

「ああ、それでいい。すぐに行ってくる」

 

 ミーシアの食い気味な肯定に、キュティは目を丸くしながらもメモ書きを用意した。箇条書きにされた内容は薬草、木の実――そして魔物。製薬に使うにしてはやや珍しい材料だが、上級冒険者であるミーシアにとってはどれも簡単に入手できる物ばかりだ。しかしそれぞれ採取場所が異なっており、獣人の脚力を以てしても少しの時間を要すると思われた。

 焦るようにメモを受け取り、その内容を確認して顔を顰めたミーシアは、踵を返して店の入口へと向かう。

 ファクトは自然な足取りで追従した。

 

「何が必要だって? 俺も行く。手分けして集めよう」

「悪い。じゃあファクトには……いや、待てよ……」

 

 「他に使わない素材を使う」。先ほど薬師は確かにそう言った。つまり、何の薬を作るのかは素材から逆算できるという事だ。

 それはいけない。恐らくファクトは調べたりはしないだろうし仮に知られたとしても変な事ではないのだが、なんとなく知られるのは恥ずかしい。

 

 発情期を相方に知られるのを恥じる一方、夜はその相手に跨る女。上級冒険者ミーシアの明日はどっちだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「行っちゃいましたね……」

「そうですね」

 

 手伝う事すら拒否されたファクトは、若干の寂しさを感じつつも自分を納得させた。

 誰だって秘密はあるものだ。この程度で関係性が揺らぐほど、二人の絆は浅くない。

 

「……あ、あのっ、少しよろしいでしょうかっ!」

「はい?」

 

 大人しく宿に戻って武器の手入れでもしようかと思い至ったところで、店主から声がかかる。

 顔を上げて見れば、キュティがカウンターに両手をついて眉を上げていた。今までの怯えた様子を必死に抑え、何か大きな決心をしたように口を結んでいる。

 

「じ、実はですねっ。私、人間の方と知り合ったのは初めてでしてですねっ! その、是非とも治験をお願いしたくて……駄目ですかねぇ、なんて思っているのですがっ……!?」

「治験、ですか。……なんかさっきミーシアが駄目とか言ってたような……?」

「さっき言っていたのは実験ですし、そもそも冗談です! ファクトさんには既に一般で使用されている完成した薬を使っていただいて、人間の方への効果量をデータ取りさせて欲しいんです。勿論、飲む前に薬の説明はさせていただきますし、お礼もお渡ししますから!」

「うーん……」

 

 既に世に出ている薬を使うのであれば危険は少ないだろう。第一、彼女は相方を普段からサポートしてくれている薬師なのだ。疑う方が失礼というものである。キュティの困っている様子もあって普段なら悩まず承諾している状況ではあるが、ファクトの脳内では先程のミーシアの言葉が尾を引いていた。

 

「そうだ! 協力いただけるなら、ミーシアさんにお渡ししている薬、あれの代金は頂かなくて結構です。あの薬は強力な分かなり高額で、上級冒険者さんといえど安くは無い出費の筈です。ミーシアさんも喜ぶのではないかと」

「ミーシアが……」

 

 それは殺し文句だった。素材集めを手伝えなかった分、代金を支払う事で資金面でのサポートができるという代替案。

 ミーシアは恐らく「そんな事しなくてよかったのに」とでも言うだろうが、その本人が不在の今ファクトの手伝いを拒む事はできない。これはエゴだ。

 そもそも、薬の効果を人間用に調整してもらてるというのも有り難い状況だ。この店で魔法薬を仕入れる事ができるようになれば、今後の冒険にも大いに役立つだろう。

 

「……分かりました。俺で良ければ協力しましょう」

「ほ、ホントですかっ? やったあ! これで私達も『お友達』ですね!」

「ん……? そうなんですかね……? そうかも……」

 

 種族毎に言葉の定義は微妙に異なる。これは人間同士でも起きる事であり、元々住む場所が離れているのだから当然なのだが、それを加味しても少々大袈裟に言葉を捉える種族というのは存在する。彼女もそうなのだろうか。

 適当に話を合わせたファクトの周囲ではぬるぬると触手が這い回る。勤勉な彼らは隣の部屋からいくつかの薬を運び、カウンター下から帳簿を取り出して、ファクトの背後では静かに入口に閂が掛けられた。

 

「先ずはこれ、基本の回復薬です。勿論薄めますが、鎮痛成分として神経毒を配合しているので飲みすぎには注意して下さい」

 

 薬学知識の無いファクトにとっては物騒な言葉が飛び出したが、多数の足を使ってテキパキと準備を進めるキュティの姿は素人目に見てもかなり熟達している様子で安心感がある。

 目の前のグラスに注がれた緑色の液体は、精製水と思われる透明な水を多量に加えられて見た目にもかなり薄くなった。

 

 グラスを持ち、鼻を寄せると微かに薬品の香りがした。嗅ぎ慣れたその匂いに釣られるようにして、グラスに口をつける。

 味は市販の通常薬と酷似していた。水で伸ばしている分、味はかなり薄い。

 

「感覚は通常の薬に近いと思います。どうでしょう?」

「そうですね……体がすっとする感じがあります。いつも飲んでる物よりグッと来るような感覚ですかね。味は薄いです」

「ふむふむ。ちょっと薄いですか。……ファクトさんの場合、大体獣人の方と比べて五倍に伸ばすくらいが丁度良いんですかね? じゃあ、次は濃度を変えたこちらでお願いします。少し量がありますから、急いで飲んで溺れないで下さいね?」

「あはは、気をつけます。とは言っても、水中呼吸の指輪があるから溺れようにも溺れられないと思いますが」

「まぁ、魔道具ですか。上級の冒険者さんともなれば装備も一級品なんですねぇ」

「これは貰い物ですけどね。じゃあ、飲みますね」

「お願いします。ささ、ぐいっと!」

「はいはい」

 

 

 

……

 

 

 

 

「栄養薬です」

「はい」

 

「風邪薬です」

「はい」

 

「敏感薬です」

「はい」

 

「幻惑薬です」

「は、い」

 

 

「次は……あれ?」

「……」

「ファクトさん!?」

 

 いくつもの薬を飲んだ後、ファクトはついに脱力してカウンターに上半身を預けた。

 薄めているとはいえ多種類の魔法薬を飲んで平然としていたファクトの様子にキュティは興奮しながらメモを取っていたが、相手は幻惑薬を飲むんだ際に限界を迎え、気を失ってしまった。

 慌てて床に敷き詰めた触手に寝かせ中和薬を飲ませると、意識は朦朧としているものの体は健康な状態に戻ったようだった。その様子を問題なしと判断したキュティは、再び興奮した様子で頬に手を当てる。

 

「素晴らしいです、ファクトさん! 書物に記載してあった平均的な人間の情報より耐性面もずっと優れていますよ! 流石は上級の冒険者さんです。私の足にも驚かずに接していただけて、とっても嬉しかったです」

「ぅ……?」

 

 キュティは反応を返さない相手の顔を覗き込んで一方的に話しかける。恥ずかしそうに内情を告白する様子はまるで恋を知らない生娘のようだが、片方は魔族で、片方は意識がはっきりしていない人間である。外野から見れば非常に危険な状況だ。

 

「その様子では飲み薬はもう試せないでしょうから、最後に塗り薬を試させて下さいね」

「、ぁ」

「ただのスキンケアの薬ですから安心して下さい。あっ、そうだ! ついでに肩をお揉みしましょうか! お友達になっていただけたお礼です。今後ともご贔屓にぃー……みたいな感じで……えへへ」

 

 意識の半分が未だ幻惑に捉われている『お友達』を介抱するでもなく普通に話を進めるキュティの姿は人間の感性からすると異常であるが、それを異常だと感じ取れる者も指摘できる者もこの場にはいなかった。

 床を覆っていた触手がかさを増す。元より天井の高かった店内の八割が足で埋まった頃になって、彼女は大きな薬瓶を取り出して中身を肉管の海にぶちまけた。強い粘性を持つ透明な液体が、触手の体液とねっとりと絡み合う。

 

 ぬちゅぬちゅと。くちくちと。

 部屋を埋め尽くす大量の触手が互いに体を擦り合わせるように薬を伸ばして身に纏う。

 どこか卑猥にも聞こえる水音を立てながら獲物を待つ肉の床。そこに足を踏み入れれば最後、沼に沈むように全身を取り込まれ、彼女が満足するまで外に出る事はできないだろう。

 

「それじゃあ首から下だけ浸かってもらって……って、そうだそうだ。水中呼吸の指輪があるんでしたっけ。でしたらお顔にも塗っちゃいましょうか! つやつやになって、きっとミーシアさんも驚きますよ!」

「? ぉ」

 

 あくまで善意で提案してくるキュティだが、そうして舗装された先にあるのは相手にとって天国か、それとも地獄か。

 遠く聞こえてくる声に辛うじて反応したファクトは、指一本動かせない状態で幻惑と現実の狭間からぼんやりと天井を眺める事しかできない。

 

「では、はじめまーす」

 

 つぷり。

 触手に吊られてだらりと脱力したファクトが、足先から徐々に肉沼へと挿入されていく。

 早く早くと肉襞が手招きする中に、足、ふくらはぎ、膝、太ももが順に引きずり込まれ、入った先から無数の触手が貪りつくように殺到する。上からゆっくりと降りてくる獲物に我先にと足が伸びて絡まり、その熱烈な歓迎はやがて上半身へと及んで胸を覆い、首をキスするように慈しむ。

 

「あっ、すみません。お洋服が濡れちゃいますよね。マッサージの間に乾かしておきますのでご安心下さい」

「ぃ…、…ぁ」

 

 腰元からぬるりとズボンに侵入した触手が、脚を這い回りながら足先へと移動していく。腹と胸に取り付いていた触手も首へと向かい、ファクトは肉の沼の中で衣服を剥ぎ取られた。

 キュティはその事実に少し頬を染めながらも、あくまで友人を癒やすため懸命に足を動かす。

 

「苦しくなったら言って下さいねぇ」

 

 隣の部屋に衣服が移された後、ついにファクトは頭まで触手の海に飲み込まれた。

 

「っ……!? ……、? ?」

 

 頭から足まで、全身をくまなく肉舌に舐めしゃぶられる感覚。

 している方はマッサージのつもりなのかもしれないが、施術を受けている本人にとってこれは紛れもなく快楽地獄だった。

 

顔、耳、首、肩、腕、手、指、胸、背中、腹、腰、脚、足、そして性感帯に至るまで。全ての場所が同時に撫でられ、舐められ、吸い付かれ、穿られ、親愛のマッサージに晒される。

 一切の自由が奪われた状態で、身長より高く敷き詰まった触手溜まりから逃れる方法は無い。相手の気が済むまで、相手が十分だと判断するまでただ拷問のような責めを受け続けるしかない。

 

「〜♪ 〜〜♪♪ ……♡」

 

 口の中で飴玉を転がすように男の感触を楽しんでいるキュティは、初めてできた人間の友人に精一杯尽くそうと必死に、念入りに、愛情を込めて自慢の薬液を相手に塗り込む。

 そうして注ぎ込まれ続ける快感に僅かに残った意識を押し潰されるファクトは何度も何度も限界に達して体を跳ねさせたが、一瞬も休む暇なくやってくる一方的な『癒やし』に体を蹂躙され、薬で得た鋭い感覚によって一秒が何倍にも引き伸ばされる中、その長い長い時間を快楽の檻に捕われて過ごした――。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ――何日か、何年か。

 長過ぎる体感時間を全て快楽で埋められたファクトは、幸運にも希薄になっていた自我によって廃人になる事を回避し、更に幸運な事に記憶を失った状態で意識を取り戻した。

 

 覚醒したのは元居た店内。既にミーシアは戻ってきており、キュティは渡された素材を使って調薬を行っている最中だった。

 すこぶる良い肌の調子とは裏腹に記憶の違和感から首を傾げるファクトだったが、作業を終えたキュティが鼻歌を歌いながら調薬部屋から出てくると、無意識の内にミーシアの後ろへと身を隠して服の袖を掴むのだった。

 

 

 

 ミーシアはそんな相方の姿に一瞬で発情し、心の中で発狂しながら静かに壁へと頭を叩きつけた。

 

 

 

 





決定的な表現が無いので健全ですねこれは……
獣人ちゃんの理性が強いのか疑問に思われるかも知れませんが、普通の獣人なら昨夜の時点でゴールインしてますので相当強いです。

今後も新キャラは登場しますが、一旦アンケートを置いておきます。

今のところ興味のあるキャラクターは?

  • 獣人ちゃん(ミーシア)
  • 受付嬢(ドレーン)
  • 魔国の特権貴族(ラナオーブ)
  • 魔法薬師(キュティ)

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