シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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パラサイトテンタクル流行ってくれ


正常な制状に齎される収束による終息

「……どうしよう」

 

ファステイアの絶ち壁から吹く追い風は、跳梁跋扈の森と四駆八駆の沼荒野、そしてその間に存在するセカンディルを吹き駆けて瞬時のうちにサードレマに辿り着く。

そこまでは単純な直線の道だが、サードレマに到着する時点で追い風は少々変(・)則(・)的(・)な挙動を附して来る……変則とは、即ちど(・)こ(・)に(・)行(・)く(・)か(・)に関する3つの選択肢のことだ。

生い茂る深緑に埋め尽くされる千紫万紅の樹海窟は、その選択肢のうち一つであり……同時に、女が頭を抱える舞台でもあった。

 

「栗太郎……そ(・)れ(・)……取れる?」

 

もっとも、女―――ミーアは追い風と全く同じ経路(ルート)の果てとしてこの樹海窟を踏み締めているわけではない……彼女は逃(・)げ(・)て(・)来(・)た(・)のである。影駭響震の地(ホラーエリア)たる奥古来魂の渓谷から、そしてそれによって彼女に『このルートはダメだ』と思わせたフォスフォシエから。

それ自体は問題では無いのだ、例え追い風が向かい風になろうとも、開拓者には時としてそう選択しなければならないときがある。

では、なぜ彼女は頭を抱えているのか―――それは即ち、樹海窟に到達したタイミングで彼女の相棒(バディ)に文字通りの意味で振りかかった、ある障害が原因である。それは、つまるところ―――

 

「……こ(・)の(・)触(・)手(・)、一体何なんだろ……」

 

パラサイトテンタクル。

 

蝕意の触弦は、物も言わずにその身をくねらせていた。

 

◇

 

「死に戻りすれば、流石に戻るよね!」

 

サードレマ。とりあえず樹海窟を突っ切りこの台地都市に辿り着いたミーアは、先程駆け込んだ適当な宿屋の適当な部屋の適当なベッドから起き上がり、振り向きながら言った。

通常、開拓者の状態(ステータス)がリセットされたならば、それはテイム・バディモンスターにも影響する……彼等が開拓者と謂わば結(・)合(・)した状態にあるためだ。開拓者が転移すれば彼等も付いてくるし、開拓者が掛かった一部の状態異常は彼らに反映されるし、開拓者が追うデス・ペナルティは彼等にも反映される。

そして、それは死による状(・)態(・)の(・)回(・)復(・)にも言えた―――プレイヤーが負う傷がペナルティを代償に癒されるように、彼等は回復し、毒を抜かれ、突き刺さった剣はその場に放置される。理屈の上では、"寄生"という異(・)常(・)もまた……取り除かれる、はずだった。

 

しかし。

 

「クゥーン」

 

バディーモンスターの子犬―――栗太郎の口から漏れ出たのは、そんな通常ではありえないほどに感情が含まれない無機質な鳴き声で、同時に寄生が依然として継(・)続(・)中(・)である事の証左でもあった。

 

「……ダメかぁ」

 

パラサイトテンタクルは一度寄生した時点で脳(・)領(・)域(・)を対象と共有するため、その接続部分からマナ周波の同値化を行うことが可能なのである。周波が合えば、例え触手植物だろうと開拓者の肉体はそれを結(・)合(・)の対象にし―――結果として、パラサイトテンタクルは既に振(・)り(・)ほ(・)ど(・)き(・)を無効な戦術へと変えていた。

 

「どうしよう……」

 

ミーアは考え込む。栗太郎は彼女にとって大切な相棒(バディ)であり仲間(バディ)だった。それを得体の知れない触手生物に操らせたままにするなど、到底できるはずがない……一方で、倒してしまうのも気が引ける。もし触手のみを正確無比にえぐり取ったとしても、それで愛犬への悪影響の可能性が消失するわけでは無いのだから。

然したる思い付きが無いまま時は過ぎ、パラサイトテンタクルの触手が、唯一時計の振り子(ペンデュラム)の如く反復移動する。ミーアがその唯(・)一(・)を打ち破るまで、実に10分の主観的(ゲーム内)時間が必要だった。

 

「……そうだ、取るのがダメなら移(・)せ(・)ば(・)い(・)い(・)」

 

彼女はベッドから立ち上がると、栗太郎に『行け(ゴー)』の命令(コマンド)を出し……それが既に奪(・)わ(・)れ(・)た(・)物であることを思い出すと、仕方なく子犬を抱え上げ……悲し気に、歩き出した。

 

◇

 

神代の鐵遺跡。

 

鉄黒が音もなく浮遊し、複雑な3次元的挙動を取る……一切が機械的なそれによって構成されたそこは、最も植(・)物(・)と縁遠い場所だった。それ故、差し込む影を物ともせず、確実なる緑(・)を保ち続けるパラサイトテンタクルは……非常に、希少(レア)な存在と言えた。

 

「……噂には聞いていたけど、ほんとに機械しかないんだ。いいな、怖(・)く(・)な(・)さ(・)そ(・)う(・)……私、こっちのルートに切り替えようかなあ」

 

ミーアの呟きが板と板の間を潜り抜け、或いはぶつかって跳ね返り、或いは吸収され―――結果として発生したのは反(・)響(・)の事象だった。

それが注目度(ヘイト)に影響したのかは不明であるが……板に紛れ込んでいた多(・)面(・)体(・)が一つ、やはり音もなく浮遊して来る。この遺跡における抑制者(サプレッサー)―――サプレスドローン・タイプ:ピラミッド。

ミーアはそれにさして驚くこともせず―――それどころか、寧ろ怖(・)く(・)な(・)さ(・)に喜びすら覚え―――、平然と、両手に抱え込んでいた栗太郎及びパラサイトテンタクルを……

 

「えいっっ!!!」

 

纏った数重のスキルエフェクトと共に、投(・)げ(・)つ(・)け(・)た(・)。

 

「クゥーン」

 

なぜかそのタイミングで放たれた、相も変わらず無感情な栗太郎の鳴き声と共にそれは着(・)弾(・)し……浸食が、始まった。

通常、機(・)械(・)を(・)植(・)物(・)が(・)侵(・)す(・)などあり得ないことだ―――この世界(シャングリラ)において植物は有機的な存在、サプレスドローンのような無機物とは規(・)格(・)からして違う……だが、この事象は例外の山だった。

一つ目の例外はサプレスドローンの材(・)質(・)である。サプレスドローンは厳密には完全なる無機物によって形作られているという訳ではない。征服人形(コンキスタ・ドール)などにも使用される疑似的なナ(・)ノ(・)マ(・)シ(・)ン(・)が、僅かながら組み込まれて各種センサの管理を行っている。そして、そこには……有機的材質が、多数用いられていた。

二つ目の例外、パラサイトテンタクルの性(・)質(・)である。パラサイト系列種のシンキング・ジャック現象の本質は接(・)続(・)である―――つまるところ、対象の思考を寝(・)返(・)ら(・)せ(・)る(・)。この世界(フロンティア)の植物特有の回路(サーキット)的単純性も相まって、この現象の互(・)換(・)性(・)は極めて高い―――それこそ、規格の問題など簡単に乗り越えてしまうほどに。

他にも様々な……本当に様々な例外が、この事象には関係して……絡(・)み(・)合(・)っ(・)て(・)いた。それは電気信号であり、マナ粒子であり、思考そのものですらあった。それらが完全に演算(シミュレート)を終えた時、パラサイトテンタクルとサプレスドローンの関係性には一つの解(・)が生まれたのだ―――即ち。

 

サプレスドローン・タイプ:ピラミッドは、パラサイトテンタクルにその思考(シンキング)を簒奪(ジャック)された。

 

◇

 

"異常発生"

 

既に無人となった鐵遺跡で、或いは未だ無(・)植(・)物(・)となれていない鐵遺跡で、サプレスドローン・タイプ:ピラミッドの魔力回線が発信した状況(ステータス)である。

実際を偽るために放たれたそれは、奇しくもその実際と酷似しており―――駆けつけた他のサプレスドローン達は、メインカメラによってその異(・)常(・)を観測することが可能だった―――浮遊状態で異常な挙動を取る同胞、その同胞から生えた緑色……そして迫(・)り(・)来(・)る(・)触(・)手(・)。

サプレスドローンは、同胞との接(・)続(・)機能を有していた。しかしそれは合(・)体(・)するためではなく、あくまでも資源(リソース)を補填および共有するため―――である、筈だった。

乗っ取りは乗っ取りを生み、客観は主観へと変わり、また別の客観を飲み込み始める。

工程(プロセス)は連鎖(チェイン)し、循環(サイクル)する。

 

パラサイトテンタクルは、己が力の増大に酔い始めていた。

 

◇

 

涙光の地底湖に追い風が辿り着くことは殆ど無い。

 

行程の複雑性の為である。風は殆どの場合において隙間を潜り抜けたり回想を行ったり来たりするような挙動を取らないし、その先に存在する穴に自ずから飛び込むなどまず有り得ないことだ。それ故、天井の大穴から物(・)音(・)が聞こえてきたとき……零れる陽光を受けながら湖底にて眠るライブスタイド・デストロブスターは、"久しぶりだな"と思考した。

 

しかし、そうではなかった。

 

ほどなくして、その穴から入り込もうとして……そしてつ(・)っ(・)か(・)え(・)た(・)ので部分的に自らを再(・)構(・)築(・)し(・)た(・)上で再び入り込み始めたのは、巨(・)大(・)な(・)触(・)手(・)だった。幾十幾百の四面体が組み上がり、巨大な構造を作り、犇めき動いて全体をの(・)た(・)う(・)た(・)せ(・)る(・)。その最(・)後(・)尾(・)―――見方を変えれば先(・)端(・)には。

 

パラサイトテンタクルが、寄生していた。

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