超絶神皇剣クリムゾン†ジャスティライザーが盗まれたのは、11月のある風が強い日だった。
その日の天気を一言で表すなら、雲一つないだけの曇りと言ったところだろう―――空はどこまでも蒼いのに、環境光はどこか暗さを持ち、『RPA主宰・レア武器オークション……本日の目玉はコレ!』と記された看板も、心なしか落ち込んでいるように感じられた……いや、実際の所落ち込んでいたのだ。紅蓮は既にそこを去り、風は枯葉を運んでも、火の粉は一欠片として振り掛けてくれなかったのだから。
諸事情により撤去された看板の落ち込みは、主催者側にとっても同じことで―――いかにも仮造りと言った風貌の運営本部、まさにこの問題は議論の的となっていた。
痩せぎみの男が叫ぶ。
「どうするんです!?このオークションで一番の目玉だったジャスティライザーが盗まれるなんて―――予想だにしてなかった。これじゃあ話が違いますよ、ペンシルゴンさ……」
そして、それを女が遮る。
「それは違うよね?同志ドミンゴ」
痩せぎみの男は、急に挙動を不審な―――まるで怯えているような―――それに変え、1、2回の深呼吸らしきものを挟んで続ける。
「……同志、ペンシルゴン。と、とにかく……急がないとマズい!犯人はこうしてる間にもここからどんどん遠ざかっているだろうし、我々はその何某について何も分かっていないんですよ!」
「……やっぱり」
『NPCはダメだな』ペンシルゴンは思った。NPC達……厳密には、彼女や相棒のように特殊な存在ではないNPC達は、あの無駄にディティールが凝った剣をただモノとして見ている―――背景にある物を認識していないのだ。こういうのはやはり爆弾にするのが一番だと、彼女は本気でそう思った。
「やっぱり……何ですって?」
「別に何でもないよ同志……とにかくそんなことをする必要はないさ。ジャスティライザーはどうせ我々の友達に買い取らせる予定だっただろう?だったら、実体があろうがなかろうが関係ない……最終的な結果は同じじゃないか」
「しっ、しかし!アレは高価な剣なのでしょう!?そんなものを紛失したと知れれば、我々黄金の天秤商会の評判だって―――」
「必要とあらば」
再びの遮り。ペンシルゴンは会話のリズムを作り出すことに長けていた。
「……贋作だって、用意するよ」
痩せぎみの男は、ただ承諾するしかできなかった。
◇
「―――さあさあ『怠惰の対価』の次はいよいよ皆さんお待ちかねのコレ、『超絶神皇剣クリムゾン†ジャスティライザー』ですッ!!!」
司会の男が口を流れるように回して放ったその言葉が、「象牙」謹製アイテム『Ω-ホーン』によって増幅され、広場―――フィフティシアには、観客に見合う大きさの建造物が無かったのだ―――全体に響き渡る。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
「ついにあの剣が手に入るゥ!!!!!!!」
「よっしゃああああああああああ!!!!!!!!!!」
そして、それに応えるように参加者たちは歓声を上げる。屋外にも拘らず、彼らのテンションは既に最高潮に達していた。
しかし。
「おい、ちょっと確認したいんだが!!!」
一方で、未だ冷静さを保つ者もいる―――一人のプレイヤーが手を挙げ、その周囲がザワついた。司会の男はΩ-ホーンの高性能集音機構に拾われないよう注意して舌を一つ打った後に、機械の円錐を構え直して叫ぶ。
「なんでしょうかぁッ!!」
プレイヤーは聞く。
「ああ……確かにそれ、外見はな?外見は俺の記憶とカンペキに一致するけどよォ……名前はどうなんだ。このゲームでは、武器を一度作った時点でもうその名前を他の奴が使うことはできなくなるはず―――例えそいつが壊れちまってもな。外見なんていくらでも似せられるが、名前だけは確実なんだよ。だから俺は名前を見ねェ~~と安心できない。勿論ジックリ見せてもらうぜ?『ジ』を『シ゛』に変えるとか『ー』を『―』に変えるとか―――そういう小細工も、ナシだ」
そして、目に見えて動揺する司会の男にほくそ笑む……彼は新王側のプレイヤーである。目障りなRPAを潰すべく、オークションまで偽物を暴きに来たのだ。彼は既に、自分の成功を確信していた。
しかし。
「結構です、どうぞ」
そう言って軽く渡された伝説の紅蓮剣に、その確信は瓦解した。
「……名前に違うところは無いな。フレーバーも同じだ、一字一句―――『超絶神が武装たる紅蓮に包まれし皇剣、正義が―――』」
「確認はお済みでしょうか?」
ジャスティライザーを手渡した端麗な男が、プレイヤーに向けて質問する。
「……いや、でも」
「お済みでしょうか?」
その声色には、どこか覇気を感じられた。
「……分かったよ、この剣は本物だ。少なくとも俺は、そう思う」
そしてプレイヤーは引き下がり、観衆のどよめきは期待へとそのまま転じ―――オークションが、始まった。
◇
夜道。
数時間前まで存在していた暗さは既に闇に塗り潰され、家々が漏らす灯光が、時たまそれをさらに塗り潰す。レイトレーシングを始めとする多種多様な手法を複合して描画されるその道を、アーサー・ペンシルゴンは歩いていた―――片手に携えた青色の聖杯を眺め、『死なないと解除されないってのも考え物だね』などと思案しながら。
それを、照らす光がある。
即ちそれは抜き放たれた剣、舞い散る火の粉と轟炎のエフェクトを纏った深紅の武器―――ジャスティライザー。
「おい、話が違ェだろ……!」
プレイヤーが様々な感情を読み取れる声で言う。
「何のことかなぁ?」
「とぼけてんじゃねーぞアーサー・ペンシルゴンッ!!こいつは、この剣は―――」
プレイヤーが一歩踏み出し、影絵のように頭上のラベルが強調される―――そこには、『紅蓮正義』と表示されていた。
「何が『超絶神皇剣クリムゾン♰』と『ジャスティライザー』だよッ!!どうなってるんだ、俺が手に取った時は確かに『超絶神皇剣クリムゾン♰ジャスティライザー』だったはずだろ!?何で分解してるんだ、どういうことだよオイッ!!」
プレイヤーの興奮に、対刃剣B―――『ジャスティライザー』の纏う炎が、呼応するようにボォと爆ぜた。
ペンシルゴンが、影に隠された微笑みと共に答える。
「ちょっと金に困ってるって人がいてね―――援助のついでに作れるか聞いたら、めちゃくちゃ興奮して2日で作っちゃった。合体状態なら見た目もそっくりだし……ホント、いい仕事だよ―――」
走る輝線が聖杯を世界から消し去り、代わりに数本のナイフを出現させた。
「―――使い心地はどうかな?まさよし君」
1秒後に発生した焔赤と毒紫が作り出したのは、典型的な『正義と悪』の構図だった。