波濤あるいは悠原の先たる新大陸、苔灯りが独特な色調で店内を満たす午後7時。「海蛇の林檎」マスコットキャラクターたるクッキングモンスター☆ウィンプちゃんは、今日も今日とて己に課せられた
店内には話し声、笑い声、時たま血液が飛び交っており、全体として雰囲気は和やかなものと言えた―――この店で働き始めて
「それでさぁ~~あいつが破産したらしくてさァ」
「来世に期待だ、黙って生滅流転するんだよォ~~~ッ!!!」
「平和だな~~」
「貢ぎすぎたんだっけ?それともフィロジオに嵌ったんだっけ?」
「ギャァ~~~念念生滅ァ!!」
「ウィンプちゃんを眺められるだけでもう何もいらない感じあるよな~~~」
「えーっと……そうそう、貢ぎすぎて、フィロジオにも嵌ったんだとよ」
「フ、フフフ……メビウスの輪は永劫回帰するぜ」
「ちょっと血が飛んでたりちょっとグランドクエストが溜まっててもウィンプちゃんがいれば何でもいいよな~~」
飛び交う明かるげな談話たちに、ウィンプはなんだか―――言うなれば
「……ふふ」
微笑みが、自然と顔面に表出した。
それを一目、具体的に言うと5フレームほど見るや何やら狂喜し始めた一部の人たちが、次から次へとウィンプに食べ物を手渡してくる―――ウィンプが驚きつつそれを受け取ると、どういうわけだか狂喜はさらに強まり、
かくして―――閉店、彼らが言うところの
「これ……どうしよう」
―――山を為した
照明に紅眼を光らせつつ、ウィンプは虚空を見つめる―――もっともその虚空は
「サミーちゃん……これ、たべきれるかな?」
すぐに向き直ったウィンプの血が漏れ出るようなそれと、サミーちゃんの持つ優し気なそれ。合計して4つの瞳は、一つ残らず同じ方向を見ていて―――しかし、見る
その時である。
入口に備わった、主に
ウィンプは首を傾げた。本日における海蛇の林檎の営業は、既に終了したはずである。何かしら特殊な事象が存在しない限り、戸の向こう側にいる人物は―――
ウィンプはこの酒場がいわゆる
だからこそ―――何かしらの
◇
「……え?」
ウィンプは、食卓に座っていた。
己が直前まで何をしていたかは把握しているつもりだ。踏み出した脚の感触は確かに残っているし、それによって若干の
「……ん」
「……ティーアス、せんせい……?」
幼女が、いた。
なぜか猫耳を装着していることを除けば、外見上のティーアスはいつもとさして変わらなかった―――この世界にしては露出が多めのビキニアーマーは、製作者の業という形で怨念のごとくその肉体に張り付いている。性能は、高い。
当然のように頬張られるパンの消費速度は明らかに異常なそれで、当然のように切り崩される山の減少速度もやはり異常であった。ウィンプは困惑しつつ、まあどうせたべきれなかったからちょうどいいわなどと考え―――「これ」
「えっ」ウィンプは、思わず聞き返してしまった。
「あなたの、
ティーアスの細い指が示す先―――即ち、卓上におけるウィンプの正面を見れば、そこには確かに平均的な量のスープとパンとそのほか諸々が配置されていた。
「えっと、たべ……れば、いいの、いいんですか?」
「……
「え、えと」
ウィンプはしどろもどろになりつつも、ティーアスが己を気遣ってくれたような、そんな気がして2回目の嬉しさを覚えた。表情に浮かべるほどでもないそれを脳に留めつつ、一先ず目前のスープへと、いつも通りに右手を伸ばす―――
「
しかし、静止が入った。
ウィンプはビビった。静止には明らかな気迫が込められていたからだ。今まで何度かあったことのあるティーアスだが、その際の気迫は今までで最大と言っていいそれだった―――
「……え」
「
ウィンプはもうどうしようもないと思った。せめてサミーちゃんだけでも、と、本能的恐怖から飛び出たその思考を胸に、ウィンプがどうにかそこから逃れようとしたとき―――
「……ん」
「え……?」
ティーアスが、スプーンを差し出してきたのだ。
気迫が薄れ始めたことをやはり本能で察知しつつ、ウィンプはその棒を受け取る……彼女にとってスプーンは特殊な形状をした棒であって、逆に特殊な形状をした棒はスプーンではなかった。
「え、えっと、これは……」これはなんですか、と言いかけた。
「
「なに……」なににつかうんですか、と言いかけた。
「
「ど……」どうやってつかうんですか、と言いかけた。
「……
ティーアスが距離を詰めてくるのを感じた。ウィンプはまた何かを言いかけそうになったが、最初の一音を発するより
「……
講義は、理論上最速で始まった。