ペッパー・カルダモン、痛恨の衝動買いであった。
「……はあ」
間違いがどこからやってきたかといえば、結局は
「…………はあ」
溜息を吐くことしかできない事実に腹が立つ。「20万マーニのところ、今なら半額で10万マーニ!」などといった冷静に考えれば胡散臭さの塊としか言いようのない謡い文句につい―――あまつさえ、感情をも―――踊らされ、購入決定後に知らされる『スペシャルポイント』を始めとする謎の制度の数々が重なって最終支払額35万8391マーニ。殴り倒してやろうかと思う間もなく流されに流され支払い完了。気づけば手元に残るのは、空になった財布と―――
「……何なのよ、
ペッパーは嘆息する。ユーザーインターフェースが示す性能は思った通り、いや思った以上の
「……はあ」
溜息は連続する。
どこからか差し込んだ陽光が、凹凸に富んだ道に明度のパッチワークを作り出す。ペッパーに同伴して移動する
その文字列は、こんな内容をしていた。
・超絶神皇剣クリムゾン†ジャスティライザー
◇
ペッパー・カルダモンは一応剣士である。
育成方向性は錬金術師に一直線、現在メインに据えているジョブもその派生元の派生元である薬剤師である……薬剤師は魔法使いからの派生職、魔力の性質変化を利用するその戦闘スタイルは確かに『剣士と相性がいい』と言いやすくはない物だ。とは言え剣がまるっきり振るえないなんてことは勿論無いし、サブジョブとは言え剣士を取っている以上若干の装備補正も加わる。
加えて、武器使用戦闘において重要な
しかし、そうはいっても……
「
色々な意味で、
千紫万紅の樹海窟、呆れるような量のポリゴンとパーティクルが包み込む緑の世界。目の前の黒甲に
ペッパーはある程度堅実な攻略を行うタイプだ。最初のマップでレベル99を目指すような極端さこそ持たないが、ある程度安全に進めるようになるまで特定のエリアに留まる。実際、現在の彼女は、このエリアを訪れる一般的なプレイヤーよりも少しばかり強力な力を持っていた―――目の前の
しかし、それは
「……いや、弱っ!!」
振り向いたクアッドビートルに慌てて剣を仕舞いこみ、突き出した手で導いた魔力により一時撃退して逃走する。ペッパーは脚を急がせつつ、右手に握った炎熱の神々より恩恵を受けし光の剣(フレーバーテキストより抜粋)に困惑する。
「……何なのよこの剣!値段は高い、耐久はヤワい、性能も低い、特殊能力があるわけでも無い……そもそもどうしてこの見た目で特殊能力が無いの!?火属性はどこ???」
紅蓮の炎は答えない。そもそも火属性が無いから。紅蓮の
「―――スパイラルエッジィッ!!!」
「な―――」
―――
「……アンタ、悪いがその剣を渡しちゃアくれないか?……なあ、頼むよ」
男……頭上に『紅蓮正義』というネームタグを持つそのプレイヤーは右手を差し出し、口から懇願の言葉を放つ。
左手に握った片手剣を、仕舞う事すらなく。
「……ついさっき奇襲を仕掛けてきた人間に剣を渡してくれって?少しばかり―――」
頼りない紅剣を、それでもエフェクトと共に振りかざし、ペッパーは……
「―――楽観が、過ぎるんじゃないかしら」
言った。
「…………イイだろう、アンタがあくまでも戦うって言うなら―――」
「戦うまでだ」
「
「えっ?」
◇
レッドネームを回避するため程々のところで行くことにしたペッパーは、エリアボスが潜む最奥部に向け歩いていた。
「……なんだったのかしら、あのプレイヤー」
呟きつつ、ペッパーはログイン前に確認した攻略サイトの情報を思い出す―――エリアボスであるクラウンスパイダーはその名の通り蜘蛛型のモンスター。基本的にハメとけば何とかなる。調査の結果糸の材質はパラサイトテンタクルの体表と極めて近いことが分かった[要出典]。パラサイトテンタクルの近縁種ではとする者[誰?]もいる[信頼性要検証]。以下略。
体験をつまらなくすることが無いようこれ以上の情報はほぼ得ていないが、とにかくハメで何とかなるという事は分かった。そして、ハメで何とかなるという事は―――
「……恰好の、
ペッパーは、取り出した
薬剤師は最上位職たる錬金術師の下位互換であり、その
毒の、生成。
◇
滴り落ちる雫が、露骨なほどに
空間には、そのエフェクトを共有する
「ふふふ……」
ペッパー・カルダモンは不敵に笑った。金色の髪が暗闇の中で一つの動きを形成するが、そこに残像は無い。誰にも見られていないからだ。
◇
フォスフォシエへの道は短かった。
現実の道のりで見ても、ペッパーの錬金術師を目指す
ペッパー・カルダモンは右手の剣を見た。値段が高く、耐久はヤワく、性能は低く、特殊能力があるわけでも無い……そんなどうしようもない装備が、ただ妙に凝ったディティールだけを誇らしげに見せつけていた。
そっと浮かべた微笑みと共に、ペッパーは足を運ぶのを速めた。