シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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第2回「旅狼」クイズ大会

いい天気だ。

 

「―――これより」

 

ハウリング一つ見せない完璧な調整を施された超技術音量拡大機(オーバーテクノロジー・メガホン)が告げる宣告を聞きながら、俺は青空を見上げた。

仮想空間における青空と言うのは、ゲームによって少しずつ違う。テクスチャを貼ってるだけだったり、原色の青で描画されていたり、或いは逆に気合を入れて物理シミュレーションしたり、気合を入れ過ぎた結果空が16777216色に煌めきながら徐々にZ座標を小さくしていくなどの状況が現れたり……様々だ。そして、そんな様々な実装を受けた空たちを見上げるのが、俺は好きだった。

簡単に言うと現実逃避だ。もっともこれはゲームだから、()()()()()()と言うのが正確かもしれない。

 

()2()()、「旅狼」クイズ大会を開始します!!」

 

ペンシルゴンが極めて良く通る声で言った。

現実を見る時……いや、仮想現実を見る時が来たようだな。

俺は渋々彼女の方を向き、とりあえず質問を投げてみる。

 

「あの……まず、第1回、存在したの?」

 

「ありましたよ!」

 

口を開きかけるペンシルゴンに先んじて、俺の右隣に座る秋津茜が言う。

 

「……サンラクが一週間くらいいなかった時、ペンシルゴンが『予行演習』って」

 

そのさらに右に座るルストが付け加えるのを聞きながら、俺はこの薄汚れた悪の根城(アジト)の中心に立つ、何かしら企んでない方がおかしいレベルの(ペンシルゴン)を睨みつける。しかしハシビロコウヘッドによる威嚇補正も虚しく、彼女はわざとらしく口笛を吹くだけだった。曲目はシューベルトの「魔王」、めちゃくちゃ上手い。恐らく吹き慣れているのだろう。

 

「え、えぇと……」

 

見ろ、俺の左隣のレイ氏が混乱してるじゃないか。

 

「……だいたい」

 

言いながらチラリと部屋の隅を見れば、そこには当然のように高速飛行する鏡が一つ……別天律の隕鉄鏡。何のつもりかはわからないが、とにかく……あの()()()()にノコノコ応じた俺がハメられたのだという点については、殆ど間違いないと言って良いだろう。

 

「旅狼のクイズ大会と言うには欠席者が多すぎじゃないか?……モルドは来てないだろ?」

 

「……モルドは、第1回大会の後遺症が……」

 

ルストが言う。俺は察した。

 

「……京極も来てないだろ?」

 

「えっと、京極さんは音信不通?ってやつみたいです!」

 

秋津茜が言う。俺は察した。

 

「……何より、カッツォが来てない」

 

「あらぁ?それは当然でしょサンラク君」

 

ペンシルゴンが口を挟んだ。……どういうことだ?

疑問を抱くと同時に、答えを聞きたくないという気持ちもどこかである。何となく()()()()()()()からだ。この面子の、特徴を……。

 

「だって、カッツォ君って―――ユニーク自発できないマンじゃない」

 

ペンシルゴンが言う―――俺は、完全に察した。

ユニーク自発できないマンが()()な大会……それは言い換えれば、ユニークに関する情報を中心として構成された大会ということになる。

つまりこれは、クイズ大会の名目を被った―――()()だ。

 

「さぁて……参加にあたっての注意事項を読み上げるよ」

 

おろおろするレイさん、冷や汗をかく俺、楽しげな秋津茜、冷静に振舞うルストを前に、鉛筆は何やら紙っペラを一枚取り出した。

 

「ええと、クイズの問題は〈ライブラリ〉の協力のもと作成、ただし一部は一般プレイヤーから募ったものもある、黙秘権は認められる、直接暴力は行わない、ただし不慮の事故は可、得た個人情報は審査後に適切な形で破棄、ただし"適切な形"についてはこちらに裁量権がある……」

 

文面がクイズ大会のそれではない。と……とりあえず一旦インベントリアエスケープだ。それから対策を考えても……

 

「会場の床下には【転送:格納空間(エンタートラベル)】対策で『周囲5メートル内に敵対モンスター』判定を作り出すためのクレアボヤンス・スライムが敷き詰められている……」

 

そんなピンポイントなメタある!?

俺はおろおろした。ちょうど隣のレイさんと全く同じ挙動だ……よくわからないがなんか一体感と言うか、絆が深まったような感覚がある。いや、多分気のせいだ。

 

「さあ……始めようか」

 

背後の燭台の炎が揺らめいて、そう言い放ったペンシルゴンの満面の笑みに影を落とした。

 

 

「それじゃあ早速行ってみようか!……言っとくけど、問題文には異心も他意もないからね」

 

白々しく言ったペンシルゴンは、実体化エフェクトと共にフリップらしきものを取り出し、傍らの得点表を少し移動させた後、彼女の前方にある出題者台に裏返して置いた。

 

「それでは……1問目!」

 

裏返されたフリップには、イラつくほど綺麗な字で問題文が手書きされている。

 

『黄金独蠍"皇金世代(ゴールデンエイジ)"を討伐したプレイヤーは誰?』

 

逆に異心と他意以外の何があるの?

俺は冷や汗をかいた。

……皇金世代……皇金世代かぁ……いや正直倒したことそのものは別に隠してるほどでも無いが……しかし問題は皇金世代そのものではない、()()だ。皇帝陛下の素材は既にいろんなものに活用させていただいたが、そのどれもこれもが俺を糾弾する材料だ。特にカイザーバケッツがヤバい、より正確には黄金のマグマ。

……まあ、答えなければどうということは無いか!

俺はしらばっくれることにした。大がかりな企画はご苦労なこったが、お前に言われて共有(コムニス)できる情報なんて無いんだよ共産主義(コミュニズム)魔王が!精々かかりもしない釣り竿を前に苦しむことだなァーーッ!!

 

「はい!サンラクさんだと思います!」

 

しかし秋津茜は普通にかかった。かからない理由が無かったとも言える。

 

「秋津茜ちゃん正解!1ポイント!」

 

「やったー!」

 

喜ぶ秋津茜の狐面がズレて、黄金のエフェクトが漏れ出してくる。ジークヴルムの祝福って奴だったか?常時光ってるとそれはそれで邪魔そうだな……。

俺は現実逃避した。もっともこれはゲームだから、()()()()()()と言うのが正確かもしれない。

 

「……さぁて、サンラクくん」

 

鉛筆(現実)が不敵な笑みを浮かべてこちらを見る。鉛筆と現実って韻が踏めるなぁ……。

 

()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

「水晶群蠍系列モンスターのエクゾーディナリーなんて、むしろ君が討伐してないとおかしいくらいだし……そもそもオル検証で映してるよね」

 

あっ……。

封印していた記憶が蘇ったことによる苦痛と、記憶を封印していたことが原因でミスをやらかした苦痛の両方が襲い掛かる。

 

「それを答えたがらないってことは……話題が皇金世代に向かうのを避けたのかな?どうして避けたのか……皇金世代その物じゃない、()()()()を隠したかったから」

 

「ごめんログアウトしていい?」

 

俺は挙手した。

 

「良いけど、その場合優勝賞品はもらえないよ」

 

「優勝賞品?」

 

()()()()()()()を教えてもらえる権利」

 

言いながら鉛筆はどこかに目配せした。なんだ今の?俺から見て右か左かで言うと左だったような気がするが……。

 

「……いやお前が持ってそうな情報は特に……」

 

とにかくどうにか食い下がる、これ以上情報を漏らすわけにはいかない。

 

「断絶の大海に」

 

えっ?

 

()()()()がいるって噂……知ってる?」

 

「続行で」

 

俺は即答した。情報が漏れる?知らん!!どうせこの前大放出したんだ……だったら残り少ない秘匿事項を大事にするより、新しく共有してもらった方がよっぽど良い!!かかってこいやァ!オラッッッ!

 

「じゃあ第2問」

 

『血液が強い酸性を持っているため、血管系がガラス質になっている生物の名前は?』

 

おっ、普通の問題じゃないか……いや俺は分からないけど。考えてみるといくら尋問とは言えライブラリが問題を考えるのに協力してるんだ、むしろこういうのがメインなんだろう。

 

「はい、アシッドリザードだと思います」

 

レイさんが毅然と答える。

 

「ゼロちゃん正解!1ポイント!」

 

そしてペンシルゴンがポイントを送る……いいねいいね、普通のクイズ大会って感じだ。やっぱり刹那的な感情でログアウトしなくて良かった、もっと長期的に見れば、随分楽しい企画じゃないか!

 

「では第3問」

 

『サンラクが隠したかった「皇金世代その物じゃない、別の何か」とは?』

 

やっぱログアウトしていいですか!?!?!?

 

「はい、素材だと思います」

 

なんでレイさんが答えてるんですか!?!?!?!?!?

 

「ゼロちゃん正解!1ポイント!」

 

「ごめんなさい、サンラク君……今回は、()()()()()()、から」

 

な、何だ……?考えてみると第2問からだ。先ほどまでのランダムウォークプログラムをミスってプレイヤーにめり込んだNPCみたいな混乱はどこへやら、レイさんは完全にクイズに勝ちに行っている。……何が起こったんだ、さっきの目配せと関係があるのか?

俺は考えるのが面倒になったので、部屋をさっきからぐるぐるしている隕鉄鏡くんを観察して遊ぶことにした。いやちょっと待てよく見たらこいつら複数台無いか!?俺が情報をお漏らしする様子が5つ(推定)の視点から同時に永久記録されてるわけ!?

 

「それでは、サンラク君が恐らく皇金世代の素材を用いて何かしらの装備を作り、更にその装備で何かしらのアイテムを入手したのであろうことが分かったあたりで……」

 

俺の威嚇もむなしく、4枚目のフリップが取り出される。

 

「第4問!」

 

フィロジオタワー78階の番人が使用するデッキは、次のうちどれか?

  ①:【カメレオンビートコントロール】

  ②:【蜂共鎖ミッドレンジ】

  ③:【スケルトン・ウイルス】

 

露骨に毛色が違う……。

俺は鉛筆の方を見た。先ほどまでのように睨んだのではない、ただ見たのだ。その基本的に崩れないポーカーフェイスの、ほんの少しの綻びに、何か苦労の跡が垣間見える気がしたから。

微妙な雰囲気が場を包み込む。ま、マズい……どこかの恐らくめちゃくちゃ強い権力を持っているフィロジオプレイヤーが自分の趣味をねじ込んだせいで会話が続かなくなってる。

 

「はい!③だと思います!」

 

しかしそこで秋津茜が手を挙げた、こいつフィロジオわかるの!?俺の抱いたものと大体同じ驚きを纏いつつも、鉛筆は一気に回復した雰囲気の中、指を立てて言う。

 

「秋津茜ちゃん正解!1ポイント!」

 

「やったあ!勘で選んだら当たりました!」

 

心の底から楽しそうにする彼女に、俺は言葉なき感謝を送った。

 

「じゃあ第5問」

 

『対衝装甲と対光装甲のレーヴェルク補正比率が4.5:5.5から4.7:5.3の範囲の店売り戦術機パーツを7個挙げよ』

 

何て?

 

「……KEL120-2、ARCHBKARAZ3-KKK、MEV、Q/E/BHS-29、SLOTPORT-L:2、SLOTPORT-R:2、BACKUS 79-UFF、BABELECT SEH12-15-4523……あ、8個言っちゃった」

 

何て?

 

「ルストちゃん正解!1ポイント!第6問!」

 

『かつて発生したと言われる大陸滅殺級災害のうち、「台風」との関連が指摘されている大太刀の名前は?』

 

何て??????????????

 

 

「さァガンガン行くぞ、次は第52問だ!」

 

「くっ……!」

 

椅子に縛り付けられたペンシルゴンが威嚇してくるのを払いのけ、俺はフリップを取り出す。第20問辺りで発生した下剋上の結果、今や俺は回答者から尋問者……もとい質問者に転身した。【転送:格納空間(エンタートラベル)】対策でクレアボヤンス・スライムが敷き詰められている……だったか?わざわざ自分の逃げ道を封じるとは、間抜けな企画者もあったもんだなオォイ!

 

「オープン!」

 

『レッド・ペンシル・エージェンシーの第一活動拠点はどの町にある?』

 

「くっ……」

 

「は……」

 

「はい!サードレマだと思います!」

 

「正解だ秋津茜、1ポイント!……さて、RPAの活動拠点は別に隠されるようなものじゃないハズだ、お前らは大っぴらな組織として動いている……ペンシルゴン君、どうして当事者なはずの君が即答しなかったんだい?」

 

「……」

 

「……()()の拠点、あるんだろ?……というか、まさに()()がそうなんじゃないか」

 

「…………くそぉーーーーっ!!」

 

「さあ次だ、第53問!」

 

『組換安定性におけるヴェロソメン二次安定度が5.0以上かつ制御系機能指数をアグレム測定すると9.21になる店売り戦術機パーツを7個挙げよ』

 

「MOI+8+PEL、HIRPOERAVA-221287、L=P=KLASH8、NOMOKOPIA-878、S/B[99JJ]-STEDDD、SEL+9+ZEL、PHYSIO{"0X"}、KARAKURI5、J8……あ、9個言っちゃった」

 

「ルスト正解、1ポイント!」

 

こうして、秋津茜が2位のレイさんにダブルスコアを付けて優勝するまで、クイズ大会は続いたのだった。


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