シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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サバイバアルです


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衝撃波が散ったかと思えば、右手にあった皿からケーキが消えている。それを見越して気配り(サービス)として添えておいたフォークも消えている。その事実を認識して、日差しを受けて輝く砂漠の砂粒のような金色の残像を一瞬見たような気がしたと同時に、サバイバアルは行動を開始する。

衝撃波がまたしても散る、かと思えば、つい先ほどまで隣に座っていたはずの半裸の鳥頭が、金髪の幼女に対し膝をついている。流石だ―――緊張からか汗で滲んだ手を握りしめつつも、サバイバアルは彼に賛辞を贈る。世界そのものすら()()する()度にさも当然のようについて行く様には、ある種の爽快さすら覚えてしまう。

 

幼女(ティーアス)先生……っ!」

 

見れば、膝をつくサンラクの右手にはリボンが握りしめられている。その色は、「次にティーアスたんと遭遇した時はリボンを渡すか髪留めを渡すか」で着せ替え隊の面々と殴り合った時、拳にこびりついたあの血液(ポリゴン)を思わせる深紅。どうやら()()は守ってくれるらしい……サバイバアルはあの変態的ファッションに身を包んだ友人に、心中で感謝を表明する。

しばし、沈黙が流れる。見上げた先に存在する鳩時計だけが、その針が作り出す影の形状を移ろわせながらも、ちくたくと時を打ち続けている。

 

「……(おんな)()恰好(かっこう)

 

ティーアスが言い放つ。

サバイバアルは臨戦態勢に入る。何と戦うわけではないが臨戦態勢に入る。それとなく録画アイテムを取り出し、目の前の光景がすべて映るよう迅速にセットする。ノールックでセットするために何度も仲間たちと練習したあの日々は決して無駄ではなかったと、サバイバアルはそう思った。録画アイテムをセットし終えたら、次はいくつかのスキルを半起動(ハーフスタート)状態にしておく。

半起動(ハーフスタート)というのはサバイバアルの造語で、要するにスキルを発動するのがマウスでボタンをクリックすることだとすると、ボタンの上にカーソルを動かす、くらいの状態のことだ。

 

「御意っ!」

 

VRゲームは多くの「現実とは勝手が違う要素」を有するが、そのうち一つが瞬きだ。VRゲームではどれだけ走っても疲れないから、精神さえ持てば最高速度を維持できるのと同じ理屈で、瞬きもまたしようと思わなければしないこともできる。ちょうど、元気よく叫んだ半裸の鳥頭が片手でシステムメニューを操作するのを見守っているサバイバアルのように。

サンラクが何やら豪華な装飾を施された(さかずき)を取り出す。それは青色をしていて、ちょうどティーアスの金髪のように、ちょっとした角度の違いから様々な光を生み出す。

 

「……」

 

サバイバアルは、よりいっそう集中を強める。

 

「…………」

 

杯は移動されつつある。下から上に、ちょうど掲げるように。

 

「…………」

 

サバイバアルは、掲げられた杯を注視する。もちろん現実にそんなことは不可能だが、思考の速度を数倍に加速したような気分で中止する。杯はまだ光らない。杯はまだ光らない。杯はまだ光らない。杯は……

 

「光った」

 

呟き、行動するいくつかのスキル倍率強化スキル、スキル効果時間延長スキル、スキル発動高速化スキルを重複使用し、それらが逐一発するSEが、目の前で光り始めるサンラクの肉体と相まって、かつて見漁った魔法少女アニメのオープニングテーマを思い起こさせる。出すべきスキルをすべて発動したことがわかったら、サバイバアルは最後に、()()()のスキルを発動する。

 

「……瞬刻視界(モーメントサイト)

 

先ほど、思考の速度を数倍に加速することは現実には不可能だ、と書いた。

しかし、考えてみてほしい。―――シャングリラ・フロンティアは明らかにゲームだ。現実とは、世界(ユニバース)が違う。

 

「……よっしゃあ!」

 

その歓喜の声が遅れて発生されるのを聞きながら、サバイバアルはサンラクが性別を反転させるのを観察する。とにかく全身をできるだけ多い情報量で目に収めようと、貪欲に視線を行ったり来たりさせる。モザイクめいた光が煌めきのエフェクトを発しつつ湧きだしてきて、それすらもが魔法少女アニメの変身バンクのようだった。

聖杯による性別反転は、基本的にほとんど一瞬のうちに行われる。だから多くのプレイヤーは、そもそも元の性別と反転後の性別の間に変形の過程が存在することを知らない。しかし実際のところ、先ほどまで幼女だったはずの人物が次の瞬間には長身の老人になっている、などの組み合わせを考えると、何かしらの中間状態がなければ不都合が発生するはずなのだ。

思考加速スキルによってのみ視認可能なその空隙に、サバイバアルは何か、恍惚に近いものを覚える。一応録画アイテムを起動はしているものの、フレームレートの問題もあるし、きっと現在サバイバアルが目にしている、この神秘的光景を保存することは叶わないだろう。

とはいえ、思考を加速しているにしても、中間状態は単純に短い。

きらきらと太陽光めいて周囲に拡散していたエフェクトたちもいつしか絶えて、瞬刻視界(モーメントサイト)もおおよそ同時に、その効果時間(キャストタイム)を終了させようとする。

サバイバアルは、この時間が一番好きだった。時間(タイム)停止(ストップ)した状態で流れる時間たち(タイムズ)の中でも、最高(トップ)のものだと考えていた。その瞬間、霧散する煌めきの中には、VRゲームが夢たる所以がすべて詰まっているような、そんな気がして好きだった。

すべてが終わった後、彼女は振り返って、恍惚の表情を浮かべる彼にただ一言、

 

「……なんだお前?」

 

と言った。


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