シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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記念日二次でございます


リアル・タイム・アニバーサリー

暗闇と、静寂。広がっていたのは、紛れもなくそれだった。

 

何も今夜だけの話ではない。昨夜も、一昨日の夜も、その更に前も。ここ……ファスティアが一角に位置する城象(ベヒーモス)が入り口手前には、怪しげな(AGIに特化した)服装の人々がとぐろを巻き、睨み合い……そして、静寂を広げている。

しかし……静寂そのものが今夜だけの話ではなかったとしても、それは今夜がまったく特殊ではない、という意味を決して孕まない。では、何が特殊なのか?朝焼け(モルゲンロート)にも夕焼け(アーベントロート)にも照らされず、静かに浮遊する神象ではない。その巨躯より降ろされた、角ばった鉛色の階段(タラップ)でもない。そのタラップの先にある分厚く軽い入り口を、誰もが睨め付けながら、誰も階段を登ろうとしないことについても、不自然ながらいつものことだ。ただ、タラップの上で立ち止まると"占拠"判定が出て()()されること……そして、入り口に入るのは日付が変更されてからでなければならないこと。それらが複合した結果に過ぎない。

 

場所でもない、物でもない、事象でもない―――ならば。夜冷と共に人々の間に漂う雰囲気が、いつもと少しばかりその顔つきを変えてみせる原因は……他ならぬ、()()である。

一瞬、子枝を折る音にも満たないような静かなる喧騒が場に広がる。

すぐに収まったそれは、時計が23時55分を回り……そして三十一世紀を経て現れた神象の前で、世界が五月十九日を迎えるまで五分を切ったことと……そして、どいつもこいつも何もしていないようなそぶりを見せながら、さりげなく時計を覗き込んでいること。そのふたつを、同時に証明した。

 

 

シャングリラ・フロンティアは、催し(イベント)はしても行事(イベント)をしない。

 

最初の一年間、プレイヤーたちはこの新天地(フロンティア)に随分な希望を寄せていた。グラフィックが凄かったからだ。年中行事というのは本質的にグラフィックの凄さの表れだから、このグラフィックをそのままに……例えば夏祭りイベントで、暗い空を切り開いて火花が線を書き殴り、花火となって星々に溶け込む瞬間。例えばハロウィンイベントで、とてつもなくリアルな、しかしどこか戯画的でもあるカボチャ頭の怪物(モンスター)が倒され、ポリゴンと変わりつつキャンディーの一つでも落とす瞬間。例えばクリスマスイベントで、立派な角をしたトナカイが、サンタクロースを乗せて駆け巡り、夜空に幻想を描き出す瞬間。そういったものを拝めたら、どんなに素晴らしいだろう、と。

しかしシャングリラ・フロンティアは、催し(イベント)はしても行事(イベント)をしない。

 

プレイヤーたちは待った。

夏祭りイベントが開催されず、『花火が打ち上げられるらしいぜ』という風評が伝播してパニックが起こり、何だかんだで人々が折り重なって数百人の死者を出した時も、運営を決して責めることなく、それどころか噂にのせられた他プレイヤーたちを煽りさえした。

ハロウィンの時はさすがに眉をしかめたものの、むしろ自分たちが盛り上げていこうぜと呼びかけて、蝋燭(キャンドル)とカボチャを何セットも用意し、サードレマを橙色に彩った。小火(ボヤ)騒ぎも起こしたが、消火活動もハロウィンのうちだよなと虚勢を張った。

クリスマスの時なんか半分祈っていた。祈りが通じなかったことがわかると、事前に用意しておいたトナカイの着ぐるみ防具に身を包み、NPCたちに奇異の目で見られながらもクリスマス・キャロルを歌い始めた。着ぐるみ防具はVITがほとんど無いに等しかったため、PKの格好の的となり、深紅の返り(ポリゴン)でPKerをサンタクロースに着飾った。賞金狩人が実装される前の出来事だった。

 

そんなこんなで……ゲームの始まりから一年目のあの日。プレイヤーたちは天にもすがるような気持ちで……一度たりとも花火は上がらず、巨大なジャック・オ・ランタンは聳え立たず、トナカイが縦横無尽に駆け巡ることもなかった、そんな空を見上げて。それで、"さすがに一周年ならなにかやってくれるはずだ"という、とても論理的とは言えないような願望をぶつけていた。

当然のことながら、それは叶わなかった。

 

 

冷たさは目に見えるものではない。しかしながら、この場に佇む誰しもが『辺りに冷たさが漂っている』というようなことを考えているのも事実だ。

このベヒーモス前を占拠する勢力……より具体的に言えば()()()()()を得ようと、今か今かと日付が変わり、象牙の天候操作フラグがリセットされ、()()()()シャングリラ・フロンティアが記念日(アニバーサリー)が迎えるのを待ち続けている勢力は、大きく分けて五つ存在する。

 

一つ。黒剣・天候操作部門。

最近分かったことなのだが、ディルトセオ大砂海の南西に行くと、砂だらけの大地の中にひときわ黒ずんで硬い部分が見つけられる。これはかつての星屑の欠片、すなわち世界最大の()()()()である。

この隕鉄鉱脈の周囲には、体の一部が隕鉄として結晶化した白馬が生息している。白馬と言っても、結晶化部分が層を作るように形成されているから……外見としては()()()()だ。このシマウマたちは随分と乾燥に強く、逆に言うなら湿気に弱い。

 

「……」

 

彼らの背負う剣の紋章は、闇夜に溶け込み見えはしない。例え、二号人類に備わった暗視補正をもってしても……だ。天地混馬(クレーター・ゼブラ)たちがドロップする流星導尾(テイルワイヤ・テイル)の収集……ひいては、それらを利用した巨大な()()。それを思い描く姿はまさに、夜と半分混ざっていた。

残り四分。

 

二つ。サードレマに雷を落とそうクラブ。

天候操作ライセンスが発見された当初、サードレマに雷を落とそうクラブは毎日のように活動していた。毎日のように23時59分にログインし、毎日のように「サードレマに雷を落としてください」とだけ言って去り、イベント、家、治安、工場出荷状態征服人形同好クラブの定期会合などの様々なものを破壊して、工場出荷状態征服人形同好クラブ絶対反対排除解散推進クラブを除くほぼすべての人々から顰蹙を買った。

天候操作ライセンスの持つ強大な力が気づかれ始め、こうして対抗馬となる集団が生まれるうちに、彼らはフェードアウトしていきつつあった。しかし……

 

(……今日は()()()だからな……!)

 

凶悪な笑み。闇夜すら覆い隠せぬ、明確な悪意と破壊衝動がそこにはある。

このゲームにおいても屈指の規模を誇るサードレマでは、記念日を祝う世界観的説明がなかったとしても二号人類(プレイヤー)によるユーザーイベントがそれを代わりに祝う……凶悪な笑みの裏側で、彼らはユーザーイベントの中に、一撃の稲光が突き刺さる光景を夢見ている。雷光が(のぼり)だの風船だのを灼き、混乱する人々の悲鳴と雷鳴が入り混じる、そんな光景を。

残り三分。

 

三つ。ふわふわ雪だるま友の会。

かつてはみんなで和気藹々と雪だるまを作っていたが、チェストリアの存在が知れ渡り始めたあたりでその存在を()()()()()()()へと変遷させ始めたクランだ。主力商品としては内部に超硬度鉱石(おまけで毒性を付与)を詰めた雪玉である雪溶赤耀(メリー・クリスマス)などが挙げられる。

「鍵」シリーズのアクセサリの特徴の一つがその()()()だ。インベントリアに入れた雪玉は徐々に解けていくが、チェストリアやインベントリアはその形を……指圧で付いた痕の形まで、事細かに保存し続ける。それによって従来ではネタでしかなかった『強化雪球(エンチャンテッド・スノーボール)』や『無限雪機(フォン・ノイマン・スノーゴーレム)』などの戦術が評価され、研究の対象になりつつある。

ふわふわ雪だるま友の会に所属するプレイヤーの装備は基本的に白い。しかしてその白もまた、暗闇の中では灰色にも満たず……ただ、空間に隠れ潜んでいる。

氷魔法などよりずっとコストが安く、その上大規模に雪を生産できる手法……それはすなわち()()()()()()だ。

 

「……」

 

プレイヤーの一人がそれとなくマップウィンドウを開き、エフェクトの光が衣服の白を一瞬だけ蘇らせる。

そう―――標的は、気宇蒼大の天聖地。

残り二分。

 

四つ。ライブラリ・仕様検証班。

ベヒーモスの天候操作において、地名は口頭で伝えられる。比較的細かな設定が可能で、「あの町のあの宿屋」という風に、セーブポイントレベルでも指定可能だ。

では―――そのセーブポイントを()()()()なら、どうなるのか?

チェストリアには五メートルまでのオブジェクトなら何でも入れられる。であれば―――小さな小さなカプセルホテル、あるいは船ということになっている何かなんかを作って、それをセーブポイントに設定して……その上で「ここに雨を降らせてください」と指定して動かしたら、どうなるのか?

普通に考えて、そんなことができるはずはない。「面白い好奇心ですね我が子よ」などとやんわりと否定されることは、まず間違いないといっていい。だが……それでも、やってみなければ結果はわからない。

ライブラリとは、そういうクランだ。

残り一分。

 

五つ。サンラク。

俺である。

 

 

だが……シャングリラ・フロンティアが己の誕生日を祝わないというのは、もはや一年前までの常識でしかない。

 

ライブラリに所属するあるプレイヤーは考えた……そもそも、シャンフロのサービス開始とはすなわち何か?―――それは、この世界に()()()()()()()()()()()()ではなかろうか。厳密には前例(ベータテスター)が存在するとはいえ、その前例も一度断絶した時期が存在するはず……つまり、()()二号人類が活動を開始した日、という観点で見ると、クリスマスと違って世界観的な理由付けが可能になるはずだ。

そして、プレイヤーは周囲の人々をも巻き込んで考察を広げた。初めて二号人類が現れた日とはすなわち、初めてベヒーモス……あの山より高い巨象によって『生産』が開始され、同時に巨象が光学迷彩でもって姿を隠し、背後より子供たちを()()()始めたその瞬間を示すはずだ。

彼らは「象牙」の性格について話し合った。象牙はこういう節目を祝うタイプだろうか―――そんな議題が生まれる。「勇魚」は明らかに祝うし「象牙」も祝うだろう、いやしかし彼女たちの性格は少々違うわけで……いろいろな議論が交わされる。

何にせよ、天候操作RTAを走るプレイヤーたちに何かしらの影響があることは、まず間違いないと言って良かった。

 

 

日付が変化、始動(スタート)だ。

 

超光(ルクシオ)―――」

 

初手で臨界速(プラディオン)を組み替えた連結スキル最高位の疾速と、ついでに黒き電流を身にまとい……そして、

 

()ッ!」

 

その声を残し、()()()()()

ぎょっとした様子の他のプレイヤーたちを換装した渡り鳥(ミグラント)と完全視界、そして肉体改造による視力補正、更には超光速のエフェクト光で()()()()()。ああ見える見えるぞはっきり見える、俺の前では暗闇すら、何かを隠すことはできない。俺は―――

 

()()()()()んだからな」

 

先ほどのバックステップは助走のようなものだ。位置を反転し再加速、驚きの海をすり抜けタラップを飛び越え、ノックもなしに入り口を通り抜ける。ひときわ無機質になったその白亜の回廊に残像を残し、幻光(ホログラム)の姿がちらと見えたあたりで―――

 

「サイナァーーーッ!」

 

出撃(スクランブル):」

 

俺は急に止まれない、しかし……インベントリアから出されたサイナは運動エネルギーを持たない。だから、目の前の「象牙」に話しかけることが可能だ。

俺はたぶんこのまま壁のシミになって死ぬと思う。だがベヒーモス第一階層は広いから、サイナと象牙の会話を聞く程度の余地はあるはずだ。

 

「要請:新大陸前線拠点、特に「海蛇の林檎」周辺の天候を()()に設定」

 

そうそう、それでいいんだ。

 

「エルマ=317、貴機(あなた)は征服人形ながら天候操作ライセンスを保持しています―――ですが聞いておきましょう。どうして、本天候操作は必要なのですか?」

 

へえ、聞いてくることもあるんだ。

 

返答(決まってるだろ):()()()()()()()()です」

 

そう―――俺は思い起こす。

 

 

―――お前、製造されてから何年だ?

―――返答:十五年と六ヶ月です

―――そうか、俺より遥かに年上だな

 

 

そんな、()()()に交わした会話を。

象牙の笑い声が聞こえる。

 

「なるほど―――そうですか、そうですか……!いいでしょう、あなたには、それをする権利がある」

 

シャングリラ・フロンティア二周年でも何でもない、()()()()()()()()を前にして、サイナの笑顔を後方にして。

 

「製造十六年おめでとう、エルマ=317」

 

俺は、壁にめり込んで死んだ。




というわけでね……()()()()記念日二次ですわ……!
……ごめんなさい……
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