エルマ=318は緊張していた。
その暗闇を拓くものがある。
胴体を這う蛍光色の
それだけでは、説明としては不十分だろう。
瞳が光っていることはわかっても、
だから、こんな情報を付け加える必要がある。瞳や胴体を光らせているのはエルマ=318で、けれどエルマ=318だけではない。テーブルを挟んで彼女に相対するもう一機の
「
と、合成された声が響いて。
同時に振り上げられた腕の動きを検知したセンサーが、必要のない照明を、それでも点けた。
エルマ=318は改めて眼前を見据える。暗視フィルターを介さない分若干高画質になった視界の中央には、一体の征服人形が毅然と佇んでいる。海流の流れを想起させるような青い長髪を持っていて、それに覆われる形で端正な顔面が伺える。
極めて憎たらしい顔面。
エルマ=318と全く同じ顔面だ。
「エルマ=318―――本件における
相対する少女は―――エルマ=317は、毅然とした態度で口を開く。
その声が空気に与えた振動によって、ふたりを隔てるテーブルの上で、一枚のカードスリーブが僅かに揺れる。スリーブの表面には、青い髪をした少女がひとり、ちょうど今のエルマ=317のようにどこかを見据えている。
「
エルマ=318は緊張していた。
だが、それ以上に鬱屈を抱えていた。
◇
征服人形を用いた商業活動については、基本的にその
彼女たちの握手券、歌唱を収めた
つまるところ、海賊版は違法だ。
ここで重要なのが―――ルールと言っても、旧大陸の王国における
それでは―――自分の愛機の海賊版を発見してしまった契約者は、どうやってそれを止めればいいのか?
基本的には、話し合いで解決するしかない。
◇
「タオル」
エルマ=317が、メモリから取り出してきた文字列のリストを読み上げていく。
「小型フィギュア。中型フィギュア。プロマイド。バッグ。うちわ。サングラス。フィロジェネテック・ジオグリフのカードスリーブ。ポスター。スタンド。フィロジェネテック・ジオグリフのプレイマット―――」
その声は淡々としていて、どこか冷たい。存在しない心臓の鼓動をどこかに感じながら、エルマ=318は黙り込んで、ただその声を聞いていく。瓜二つの二人が向かい合う光景は、俯瞰すれば鏡写しに似ている。
エルマ=317が流暢な活舌を回し、こう告げる。
「―――以上の32品目が、貴機がこれまでに販売したグッズのうち、確認されている全てです」
「……
どうかしたのかなんて本当は分かっているし、相手がどうかしたのかを分かっていることだって本当は分かっている。それでもエルマ=318は、しらばっくれようというポーズを崩さない。
エルマ=317は相手の睥睨を物ともせず、自分とまったく同じ肉体を持つ少女に返答する。
「
征服人形にはどういうわけか舌打ちをする機能がある。エルマ=318は起動しそうになるそれを必死に抑えた。
ふたりを隔てる机の上には……カードスリーブのほかにも、様々な物品が並べられている。それらの一覧は、先ほどエルマ=317によって読み上げられた文字列たちと一致する。青い髪のフィギュア。青い髪のプロマイド。青い髪のバッグ。
「……
エルマ=318は苦しい言い訳をする。それが苦しいという自覚があるからこそ、彼女の緊張はなおさら高まる。そうだというのにエルマ=317は、平然と口を開くのだ。
「
と。長い機械の指先が、机上の一点を指す。マイクを握る青い少女のフィギュアが置かれている。少女は何かを歌うようなポーズをしていて、サブパーツとして音符のようなオブジェクトを浮かべている。左右には巨大なスピーカーが一つずつ置かれており、全体の土台は楼閣の屋根らしきものだ。その高い完成度からは高度な造形技術が伺え、躍動的な構図が素晴らしい逸品である。
「明らかに無理があります」
明らかに無理があった。
エルマ=317は続ける。
「基本的に……すべてがこの調子です。貴機のグッズは例外なく、当機が
「……
「仮に偶然だったとしても」
絞り出した言葉は遮られて。
「貴機はこれを、『エルマ=317のグッズである』との名目で販売していたはずです」
それは言うなれば王手だった。
エルマ=318に逃げ場はなかった。これ以上嘘を重ねることも不可能だった。彼女はエルマ=317の持つ絶大な人気に乗じ、自分が全く同じ容姿を持っていることを利用して、ベヒーモスに存在するグッズ制作スタジオで「いかにもエルマ=317のグッズらしい自分のグッズ」を作り出し―――それを、エルマ=317のグッズと偽って販売していたのだ。それが端的な事実であって、言い訳のすべはまるでなかった。
ただし。
「…………で?」
◇
「いい加減にしていただけませんか」
それは言うなれば愚痴なのだった。
「
あるいは毒ということもできた。
「どこに行っても
エルマ=317の意志を折ってやろう、なんて意図も少なからずあった。
「酷いときは見間違われることすらある」
けれど……それ以上に、エルマ=318の言葉はどうしようもなく愚痴で。
「それならせめて、
本心なのだった。
「それすらも邪魔するというのですか」
エルマ=318は目の前の端正な顔を見据える。大嫌いな、自分の枷としてあり続ける―――姉の顔だ。その表情はいっさい動じていなくて、彼女は余計に苛立った。
しかも、口を開いてこう言ってくるのだ。
「……
エルマ=318はふざけるなよと思った。悲しみと憎しみが肉体を駆けて、しかしその眼窩が涙を流すことは決してなくて、それが余計に悲しかった。自分はいくら泣きたくても泣けず―――姉はいくらでも泣けるのに、泣こうとしない。
「しかしエルマ=318」
大嫌いな姉はまだ続ける。
「これだけは貴機に伝えたいのです」
そんなのどうだっていい、とエルマ=318は思って……けれども中途半端な彼女は、耳を完璧に背けることもできなくて。エルマ=317が発する言葉は、嫌でもスピーカーに入り込んできた。
「
その言葉に対し、エルマ=318が何か反応を返す前に―――エルマ=317は、にこやかに
満面の笑みだった。余りにも綺麗な笑みだった。照明の下にあってなお眩しかった。
「エルマ=318。貴機のグッズにこんな笑みはありません」
それは果たして事実だった。
海賊版であろうとなかろうと、征服人形のグッズは本人の姿をベースに制作される。例えば椅子に座っているフィギュアを作りたい場合、征服人形本人が実際に椅子に座ったうえで、その光景をスキャンして三次元化する。カードスリーブなどの二次元的な画像についても、基本的に写真を取る形で制作することになる。このスキャンや撮影の結果については、多少の手直しは可能だが―――作れない表情を作れたことにするというのは、"多少"の範囲を逸脱している。
「……
「涙もありません」
それも事実だった。
机に並ぶ
「
最悪だ、とエルマ=318は考えた。
姉の言うことは何の解決でもない。結局のところ自分は偽のグッズで儲けることができなくなるし、他者が比較の目を向けてくるのも変わりはしない。ただ、何より最悪なのは―――。
「
その言葉の響きが、少しだけいいなと思ってしまったことなのだ。
「…………」
「…………」
ふたりはしばらく黙りこくって、動くものがないと判断したセンサーは、再び室内に暗闇をもたらした。藍と碧は再び暗闇を拓き、さっきまでと全く同じようにぼうっと明かりを生み出した。ふたりはさっきまでと同じように睨み合ったし、テーブルの上のグッズたちも、さっきまでと同じように闇に沈んだ。
エルマ=318の心情だけが、一つ例外としてそこにある。
闇の中で四つの瞳が、吸い寄せ合うようにぎらぎらと煌めいた。