シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

51 / 67
ヤベーサンラクのキャラ忘れとる


藍色の壁に夢を見て

 巨大な水槽の側面が、勢いよく突き破られる。

 少し過剰すぎる照明の光を四方八方に反射しながら、生み出された無数のガラス片が辺りに飛び散って、色たちの舞踏が幕を開ける。

 青色の基調で繰り広げられるそれの上に、同時進行で水流が覆いかぶさる。轟轟と響く激音が猛威を強調し、束となった群青が床を埋め尽くす。

 そこに、一筋の紅がある。

 それは少々低解像度(ポリゴン)で、小片(パーティクル)同時多発的(カオス)光学的(エフェクト)だ。年齢規制(レーティング)を敷かれた仮想世界で、それでも血液を描き出そうという姿勢が生み出した―――ある種の、嘘。それが濁流の青に覆いかぶさって、際立ったコントラストを空間に刻む。

 緋色の線が、プレイヤーネームの上で交差する。

 太字(ボールド)のフォントで描画された『イー=ポンズリー』の文字が、重なったバツ印と共に透明度を増していく。ふざけたネーミングセンスと言う他にないが、もはやそれを伝えるべき本人は死んでしまった。

 噛み殺されたのだ。

 今、水流に乗って一匹の魚が飛び出した。つい先ほどまで水槽の中で平和に泳いでいたはずが、いきなり風船のように膨らみ始めて本来の体積の50倍ほどまで肥大化し、鋭利な歯を誇示するようになった魚。愛おしい深海魚のような輪郭線(シルエット)色配置(カラーリング)は鳴りを潜め、そこにいるのは一匹の(サメ)でしかない。返り血のテクスチャが流し落とされるより先に、怪魚は次なる獲物を探し始める。

 

「―――契約者(マスター)

 

 と、青髪の少女が声を響かせる。

 飛び散った水飛沫を受けた少女の顔面には、珍しくいくつかの雫が見て取れる。逆に言えば、水飛沫を受けでもしない限り、彼女の顔面には雫など生まれないわけで―――つまるところ、その陶器に似た顔面は、決して汗を掻くことが無いのだ。

 怪魚が向けた獰猛な瞳を、冷静な視線で貫きながら……少女は、隣の男に問いかける。

 

「どう対処しましょう」

 

「決まってるだろ?」

 

 答える男の口元は露出されていて、それは逆に言えば口元以外は露出されていないということでもあった。炎の仮面のその下で、微笑と共に男は言う。

 

「ぶっ倒すぞ」

 

 そう、俺である。

 

「了解:」

 

 サイナが「化粧箱」を取り出して、がちゃがちゃと変形させ始める。俺もUIの上で指を踊らせて、インベントリアから勇輝の晶剣(グリッターグリット)を取り出す。少々チープな赤と緑が、水面に落とした光を揺らす。

 かくして―――俺たちがこの〈()()()〉に来てから三回目となる、突発性(ゲリラ)の戦闘行動が始まる。

 

 

 〈水族館〉。

 新大陸前線拠点、海上。広がる海原の上で建設を進められている海上ギルドには()()()が存在する。

 海上ギルドの礎たる土台の内部には、人為的に作られた空洞空間が存在していて……そのうち一つに名付けられていた海下空間(アンダーシー)という文字列は、いつしか固有名詞としての色を失った。今では字義通り、()()に存在する()()のすべてが、海下空間(アンダーシー)という名前で呼ばれるようになっている。

 そこは文字通りの水面下(アンダーシー)、様々な野望や奸計が交差する、裏社会が生み出した悪の根城だ。しかし―――()()()()()()()()()()

 海下空間(アンダーシー)には……"さらなる下"が存在する。このゲームのシステムに領土の概念はあっても領海の概念はない。つまり海上なり海中なりに建造物を作る分には、誰にとがめられることもない。

 だからこそ、海上ギルドに建つような健全な施設でも、海下空間(アンダーシー)に建つような反社会的な施設でもない……言うなれば()()()()()()()で作られるどうしようもない施設の収容所として、そこはある。

 ―――海下下空間(アンダーアンダーシー)

 そこにあるのは善でも悪でもなくて……最もふさわしい言葉を選ぶなら、"混沌"ということになるのだろう。

 そして―――その混沌の一翼を担うのが、この〈水族館〉に他ならない。

 先日、()()()()()()()()()()からの莫大な融資を基に建設されたそれは……簡潔に言えば()()だ。旧大陸と新大陸の間に跨っている広大な海原の中で捕獲してきた水棲モンスターを、神代性の頑丈な水槽に閉じ込める―――それだけの施設。

 シャングリラ・フロンティアにおける海はあまりにも未開拓(フロンティア)で、そこに存在する未知のモンスターの数は計り知れない。文献が存在しないものも数多く、そういったモンスターたちはチェックなしに水槽をあてがわれることになる。モンスターの捕獲方法は基本的に海釣りであるから、持ち込まれるモンスターのほとんどは浅海の出身であり、深海のそれのような強者が混じりこむことはほとんどない。

 しかし、何事にも例外はある。

 弱者の中に紛れ込んだ強者は、ときおり自分の水槽を破壊したり、来場客を喰らったり、あるいは自分以外の水槽をも破壊して大暴走(スタンピード)を引き起こす事がある。いや―――ときおりではない。()()()だ。

 それだけのリスクを背負い、事故発生時の対処のコストをも支払って、できることは何とも言えないモンスター収容所を運用することだけ。そうだというのに―――()()()()()()()()()()は、この〈水族館〉に融資を行い続ける。「リターンの方が圧倒的にでかい」などとのたまいながら。

 彼らの共通点は、フィロジェネテック・ジオグリフのプレイヤーであることだ。

 カードプールへの欲望は留まるところを知らない。

 

 

「乱数ァ!!」

 

 俺はドロップアイテムリストを見て慟哭を上げた。鱗と皮とヒレって!クソッ!あの()()()()を倒して鱗と皮とヒレはないだろ!鱗も皮もヒレもだいたいの魚は持ってるんだよ!風船要素とサメ要素がどこにもない!よこせよ歯とか!

 

「やっぱり部位破壊しなかったのが良くなかったか……?」

 

 ぶつぶつと呟く。まあ鱗は鱗で物理攻撃耐性あるっぽいし良いと言えば良いんだが……うーん。歯、歯なあ……。

 と、ぶつぶつ悩んでいたところ。

 

「……契約者(マスター)?」

 

 サイナが体を曲げて俺の顔を覗き込み、重力に従い脱力する水色の髪の隙間から、不思議げな瞳で尋ねてくる。デジャブ。そうだ、前にもこういう構図を見たことがある。そう、『初エンカがカツアゲのギャル』が―――。

 俺は素早く身を翻して言った。

 

「……ああサイナ、なんでもないぞ」

 

了解(そうですか):それでは、次に行くエリアは……」

 

 よしピザ回避ィ。

 UIを適当に操作してアイテムをすべてインベントリアに移すと、俺はサイナと連れ立つようにして歩き出す。〈水族館〉はいくつかのエリアに分けられているのだが、正直言ってエリアごとのテーマとかは特にない。水族館という名前の「ちゃんとしてそう感」に反して、ここはかなり細部を適当にした運用を行っているらしいのだ。

 サイナが「オデカケ・プロトコルがどう」みたいなことを言いながらチケットを持ってきたからとりあえず同伴してきたが、この施設はオデカケというよりは()()()()()という感じだ。そもそも「五分おきくらいのペースで施設内のどこかから破裂音と悲鳴が聞こえてくる」って何だよ。そんな状況幕末とお化け屋敷と幕末のお化け屋敷イベントでしか経験したことないぞ。

 ……まあ、とはいえ。

 

決定(よし):エリアK。フェロシタス・デレクタメンタムを見に行きましょう」

 

 少なくともサイナ(こいつ)は楽しそうだ、それで十分というものだろう。

 パンフレットを人形用のインベントリに収納したサイナが、いつもより少し軽やかな足取りで破砕した水槽の前を横切っていく。俺はその背中を……移動に合わせて跳ねる長髪を目で追いながら、後を追うべく右足を―――。

 ぐさ。

 

「痛っ」

 

 踏み出したところで足の裏に散乱したガラス片が突き刺さって、HPバーを1ドット削った。

 

 

契約者(マスター)、小型の軟体動物が魔力器官を利用して広大な膜を展開、更に座標転移現象を利用して水槽から脱出しました」

「要するにテレポートクラゲだろ!?ッシャ傘落とせオラァ!」

 

 

契約者(マスター)、中型のカメが謎の爆発現象を引き起こし水槽を破砕しました」

「要するにニトロ海亀だろ!?ッシャ甲羅落とせオラァ!」

 

 

契約者(マスター)、小型の水晶融合性魚類の群体が合体して水槽を突き破りました」

「要するにスイミーだろ!?ッシャ……何を落とさせればいいんだ?」

「提案:鮮度」

「概念!」

 

 

「……はぁ」

 

 俺は息を吐いた。

 流石に……疲れた。〈水族館〉ではどこに行っても謎の生物が水槽から抜け出して戦闘を仕掛けてくるし、辺りを歩いてる一般客らしき人たちがそれに対して「よっしゃレアリティ下げのチャンスだ!」とか言って参戦するし、で負けるし、負けて捕食されるし、負けて捕食された結果謎の生物が強化されるし、それの相手をするのは俺だった。最終的に……三十三、いや四?五戦かもしれない。とにかくそれくらいしたことになる。

 海下下空間(アンダーアンダーシー)から階段で海下空間(アンダーシー)へ。海下空間(アンダーシー)から地下通路で「蛇の林檎」新大陸支店へ。そんなルートを通って「蛇の林檎」のドアをくぐった頃には、既に空から太陽は消え、闇が大地を包んでいた。

 夜である。

 

「……出てきていいぞ」

 

 と無線越しに指示を送るのとほとんど同時に、幾何学模様を纏ったサイナの肉体がインベントリアから展開される。着せ替え隊の連中に絡まれると面倒なので、いったん収納しておいたのだ。

 

「…………」

 

「楽しかったか?」

 

「…………」

 

 サイナは黙って―――ただ、篝火の描き出す輪郭を変化させながら、ゆっくりと視線を海岸の方角に向けた。

 ……イベントシーンか?とりあえず今発言するとマズい気がする。沈黙を保ちながら、サイナと同じ方向を向く。視線の先で、星光を纏った夜海と夜空が縦に二分割されている。闇を纏った青が壁を作る様は、ちょうどさっきまで見ていた水槽の外見に似ている。

 風の音が聞こえる。揺れた篝火が、俺たちの影をぐにゃりと曲げる。

 

「―――契約者(マスター)当機と契約者(わたしたち)は」

 

 サイナがそう切り出したところでもう一度、ひときわ大きな……本当に大きな風が、ついさっきまでと逆方向にビュウと吹いた。それに煽られた炎の光は避けるように俺たちから離れ、それに被せられたサイナの声は。

 

――――――――(これからもずっと)―――――――(、いっしょにす)―――――――(いぞくかんにい)―――――――(けるでしょうか)

 

 俺の耳に届くより先に、轟音に耐え切れず掻き消された。

 まずい、何か大事な話をされた気がする。なのにうまく聞き取れなかった。台詞を聞き取らないなんて論外、ピザ留学なら既に空の飛行機雲を眺めるカットに入っている。まずいぞ……とりあえず素直に「すまない、聞き取れなかった」みたいなことを―――。

 そんな俺の考えは、

 

取消(いえ):なんでもありません」

 

 サイナの次の一言によって打ち消された。

 人形の少女の、少女の人形の首が少し下を向く。つまり、海と空の分割線から海に視線を移したということだ。俺は何となく、同じように海を見ようとする。

 

契約者(マスター)、星が綺麗ですよ」

 

「……?ああ」

 

 しかしサイナがそう言うから、俺は青海から星海へと視界を遷移させる。なるほど、確かに綺麗な星空だ。さすがはシャンフロエンジンと言う他にない。恐らく膨大な演算処理の果てに出力されたのであろうその光景は、まるで目の前に無限の宇宙が広がっているかのような錯覚を抱かせる。

 ……こう見ると、未進出予定のフィールドにしてはグラフィックに力入れすぎじゃないか?やっぱりシャンフロ宇宙編とかあるのかなあ。……俺はアプデ前ギャラトラを思い出して寒気を感じた。

 

契約者(マスター)に水槽は似合いません」

 

「…………?お、おう」

 

 サイナが何やら口走り始めたので、場当たり的な返事をする。どういうことだ?俺はこう見えて結構考察もいけるクチだが……待てよ。これは考察しようとしたらピザるパターンじゃないか?悩みは尽きず、サイナは二の句を継ぐ。

 

「いつかガラスを突き破って空に飛ぶことでしょう」

 

 Nパッチ導入後のサイナは人生楽しそう度が増した半面、こういう妙に遠回しな言い方をするようにもなった。いやでも……俺もこんな感じか?恰好付けてるときなんかはよくこんな感じで話すし。つまり、結局は(契約者)に似たのか。

 

「でも、それまでは」

 

 そこでサイナは手を伸ばし、俺が何か反応するより先に、右手を握りしめてきた。

 ……どういうこと?

 星光と、篝火と、渡り鳥(ミグラント)が生み出す炎のエフェクトに照ら(ライトアップ)されながら、ピザ回避のための方策を練り続ける俺にサイナは言った。

 

「隣にいさせてください」

 

 そこでようやく気付いたのだが、光のなかで作られたサイナの表情は、驚くほどいい笑顔だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。