シャングリラ・フロンティアの
A、最初から決まっているもの。B、物理演算で決まるもの。C、物理演算以外で決めるものだ。
「皆さん――」
ベヒーモス第十四
まあ、要するに。
「――楽しんでいますか?」
「ウオオオオオオ!!!」
ライブなのだった。
マイク越しにスピーカーから放たれたエルマ=317の一言は、前述の分類法でいうとCにあたる。征服人形の発する言葉は、発言内容と感情パラメータを加味したうえで専用の音声合成アルゴリズムによって生成され、同時並行で頭部に内蔵された指向性スピーカーから再生される。途中で「生成」の工程を挟んでいるから"最初から決まっている"とは言えないし、生成はあくまで計算によって行われるから物理演算も関係ない。よって、彼女の声はCとなる。
サーバー上の計算リソースをどんどん食らいながら、エルマ=317の唇が動かされ、一部のプレイヤーの憧れの的となっているその声で、MCを進行させる。
「挨拶:本日は開拓者の皆さ――」
紡がれ始めた言葉の裏で、会場内から数多の効果音が上がる。擬音語にすれば『ぱしゃり』といったところだ。今回のライブにおいて録画アイテムは使用禁止だが、
ぱしゃり、ぱしゃぱしゃ、ぱしゃしゃしゃしゃ。ミラーボールが生み出す色の洪水と、スクリーンショットの効果音が生み出す音の洪水が、空間の中で混ざり合っては弾ける。
ところで、この『ぱしゃり』たちはAにあたる。これはシステム的に内蔵された効果音で、どんな状況で鳴らそうと常に同じ聞こえ方をするからだ。Aに分類される効果音はUI関連が多い。新着通知を示すぴこん、デバフを示すひゅうん、レベルアップを示すぱっぱらっぱー。どれも最初から決まっている。
「それでは1曲目」
と機械の歌姫は人差し指を立てて、ぱしゃぱしゃの洪水がいっそう加速し始める中、マイクへと更に口を近づける。ミラーボールの動きが変わる、バックバンドが音を奏で出す。エルマ=317自身も――先ほどから肩にかけているギターへと、視線を移す。
「――『息を止めて、空を』」
観客たちの興奮が大声に乗って吐き出され、すぐさまより大きい歌声によって掻き消される。入り乱れるとりどりの色が拡散したインクのように伝播して、それらすべてを輝くような歌が貫いていく。バックには――ギターの音、ドラムの音、ベースの音、シンセの音、その他諸々の音が連なる。
……ところで。
エルマ=317が情熱的に掻き鳴らしているエレキギターの音は、ABCの分類で言うとBにあたる。エレキギターという楽器の仕組みは、基本的には「金属弦の振動を電気信号に変換し、場合により増幅したり変換したりしたのちスピーカーなどから出力する」というものだ。神代人類が経験したバハムートによる長旅と文化変質は、多くの派生を生み出したものの、この基本形を変えることはなかった。
金属弦の振動は、物理演算によって決定される。
シャングリラ・フロンティアの物理エンジンは狂気的な作りこみを施されたもので、本来AやCでやっても差し支えないことを平気でBでやる。例えば――あるプレイヤーが、その辺に生えていた雑草を踏みしめたとしよう。普通のゲームならA方式で、事前に用意してあった「雑草が踏みしめられる音」を鳴らすだろう。少し力を入れているゲームならC方式で、「雑草が踏みしめられる音を生成するプログラム」に各種パラメータを突っ込んで出てきたものを再生する……くらいはするかもしれない。
一方、シャンフロはBだ。
雑草のもつ分子レベルの材質的特徴と、踏みしめによって発生する力学的な形状変化を元に、鳴らされるべき最適なSEを
「2曲目:!」
室内に止めどの無い熱気が広がる中、1曲目を歌い終えたエルマ=317は、間髪入れずにそう宣言した。バックバンドの配置が変わる。ミラーボールの動きが変わる。そして――。
――例外について、まだ言及していなかった。
「よし行くぞ!」
それは
「――
シャングリラ・フロンティアの
歓声が最高潮に達する中で、マイクを握りしめた半裸の女が歌唱を始める。聖杯の効果による
「まだまだ帰さねえぞ!」
歌唱の隙をついて半裸の女が合いの手を入れる。観衆たちにとってはその姿は逆光であまり見えないのだが――声色が帯びていた輝きだけでも、彼らを突き動かすに十分だった。
まだ足らない――そんな欲望が天井の下で渦を巻く。混沌は枯れない。明日の光景は、いまだ見えない。
◆
「慰労:お疲れ様でした」
有志による装飾の手も、流石に楽屋にまでは及んでいない。待機室にそそぐ無表情な照明光の下で、エルマ=317は軽く頭を下げた。相対するのは半裸の女、先ほど「
「案外バレないもんだねぇ」
――浮かんでいない。
「まあお前の
「うへへへへ……もっと褒めていいよサンラクくぅん」
「はいはいすごいすごい」
「ハイハイってつまり█」「鉄槌!」「あはぁん」
ついさっきまでサンラクだった女はごく楽しげに、サンラクとの会話を続けていく。その「楽しげ」の真偽を測れるものは既にどこにもいなくて、ディープスローターでありサンラクであり全てのプレイヤーである女は、ただ喋る。
どんな声も出せるということは、現実の声を持っていないのと同じだ。彼女にしかない効果音種別「D」がある、そう考えた方がいいかもしれない。
「……まぁ協力してくれたのには感謝しとくぜ。今後もライブ中のドタキャンがあるかもしれないからその時は頼むぞ」
サンラクの言葉に、
「わかったよぉサンラクくぅん。ところで今から私と一緒に――」
「……
手持無沙汰になったエルマ=317が、手元のギターを無意味に弄ぶ。ぽろろんと、Bに分類される効果音が響く。
ピックアップもアンプもスピーカーも介さないそれは、ライブ中のものよりずっとずっと小さくて――だけれど、Dの言葉の雑音となるには十分すぎて。結論として、ディープスローターは少ししかめっ面をしたのだった。