シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

54 / 67
ふいうつもの

 昼下がりにたわむれに起動したVR剣道教室・極の記憶が未だ脳内に残留している。

 京極にとってのその体験は、いうなれば一種の余韻だった。爽快な映画を観終わった後、キルストリークを達成した後、難敵と戦い勝利した後。己の五感が世界から受け取った鮮烈な体験が、頂点(ピーク)を過ぎた後も消化し切れず残響している感覚。

 だが――本質では逆だった。

 歩行に合わせて視界の両脇を流れていくファステイアの街並みは、神ゲーらしい詳細描画(ディティール)に富んでいた。斜めに射し込んだ太陽光はきちんとした陰影表現(シェーディング)を経て空気にやわらかな活気を与えていたし、地面に敷き詰められた無数のタイルの一つ一つは少しずつ違っていて、店頭のNPCたちはとんでもない精度でプレイヤーの言葉を解釈し、応答していた。けれども京極は何かが足りなかった。先ほどからの()()とかかわりがあるのかもしれなかった。

 そうだ――つい数時間前のあの体験は、本質的に映画や殺戮や勝利と逆だった。胸に残るものこそ伴ったが、それは「余韻」というよりむしろ「違和感」だった。だってあのゲームは――久しぶりに遊んでもやっぱり、()()()()()()()()()()のだから。

 

「……お祖父様、僕のことを何だと思ってたんだろう」

 

 京極がため息をついたところで、ちょうど彼女を影が覆った。日陰に入ったのだ。

 ファステイアは(ほとんどの)プレイヤーにとっての「最初の街」で、お約束(セオリー)どおり発展からは程遠い。街道に並ぶ建造物たちはどれも大した背丈を持っておらず、それが生み出す影の長さも中途半端だ。だから京極を覆った影も、覆い切りはしなかった。後付けで長く伸ばした髪の毛先は、まだ日光の欠片を受けて輝いている。

 

「……?」

 

 背後に気配。

 京極は咄嗟に立ち止まって振り向く。

 誰もいない。

 気のせいだった。

 

「……はぁ」

 

 もう一度ため息。さっと視線を前方に戻し、ふたたび歩みを進み始める。PKerをやっていれば恨みを買うことは多いから、何か危険を感じたら振り向くなんて何でもないことで、日常的にやっている動作なのだけれど――今の彼女にとっては、この動作すら「違和感」を増幅する存在だった。

 だって、VR剣道教室(あのゲーム)には()()なんてなかった。あらゆる敵キャラ(マネキン)は正々堂々と立ち向かってきて、正々堂々と立ち向かうくせに弱かった。厳密に言うと「立ち向かっている」のはゲームを起動している京極の側なのだが、そのねじれた構図がなおさら気持ち悪かった。

 

「ティーアスたん来いティーアスたん来い……!」

 

 わずかに離れた区画から、切実な祈りの声が聞こえる。……着せ替え隊(サバイバアルたち)の連中だろう。

 

「トゥールかよクソがァーッ! ァ!? おま、ギャーッ!」

 

 どうやら爆死したらしい。

 

「…………はぁ」

 

 三度目のため息。サバイバアルはとても強いプレイヤーだ。何度か申し込んだ直接対決(タイマン)の経験から、京極はそれを強く実感している。そのサバイバアルが――ああなった。すっかり腑抜けて……いや、腑抜けたという表現も少し違う。むしろ今の彼は、PKer時代以上の欲望に燃えているはずだ。殺し合いに向いていたエネルギーが別のベクトルを持つようになった、本人は楽しいのだろうが、京極からすれば微妙な気持ちにもなる。それこそ……先ほどからVR剣道教室・極に抱いているような――。

 

「っ!?」

 

 また背後に気配。振り向く。誰もいない。またしても気のせいだった。

 

「……」

 

 京極はもう何も言わず、ため息もつかず、ただ首を戻しまた歩き出す。彼女の半身を覆う日蔭は、高さはともかく幅については長い。もうしばらくは途切れずに、その胸に燻っているなんとなくの憂鬱を水増しし続けていくのだろう。

 歩く。

 京極は歩く。

 行先もなく歩く。

 阿修羅会からの脱退をクランリーダーに申請したのは昨夜のことだ。なんとなくVR剣道教室を起動したのは、ひょっとしたらそれが理由だったかもしれない。

 歩いて――歩いて。

 

「!」

 

 また背後に気配。振り向く。誰もいない。気のせいだ。でもそんなはずはなかった。

 京極は口を開いて、現実とだいたい同じ、演技の無い声で言う。

 

「流石にバレバレだよ? 出てきなよヒイラギ」

 

 それは、

 

「ッあ!」

 

 殺意だった。

 この一瞬のうちに京極が発動したいくつかのカウンタースキルのエフェクトがダメージエフェクトと混ざり合って空間に散らばるその向こう側に確かに一人の少女がいた。碧の短髪、悪意を練り上げたような笑顔、片手に構えたあからさまに毒属性の短剣(ダガー)。頭上に仄かに浮かんだ名前は朱色に染まっていて、「ヒイラギ」の4文字を含んでいた。

 舌打ちしながらヒイラギが叫ぶ。

 

()()()!?」

 

 新しい職業(ジョブ)に就職して手に入れたいくつかのスキルを使って京極の装備を横取りしようと襲い掛かったものの先制での確殺に失敗したヒイラギが上げたそれはすごくハイコンテキストな叫びで、京極の中にあったいろんな感情を吹き飛ばした。憂鬱も吹き飛ばした。だから、彼女は答えを得た。この心中で燻るものが何か知ったのだ。

 

「ちょうど()()()()()所だよ!」

 

 練り上げたエフェクトを二の太刀に込め――振り上げる!

 ヒイラギの「ステルスアサルト」による先制で京極が零したそれよりはるかに多くの紅いポリゴン(ダメージエフェクト)が、確かな手ごたえと連続して、薄影のなかを拡散した。京極はすごく爽快だった。ヒイラギに対するなかば感謝みたいな気持ちを抱きながら、思考入力で刺突スキルの発動準備をする。

 

「待って京極ちゃん――」

 

 ずいぶん変わり身の早いことで、ヒイラギは既に命乞いを始めている。でも関係ない。今は目の前の女を殺すだけだ。

 京極は持てる筋力(STR)の限りを一本の刀剣に込めて、思い切り刀の鍔を――。

 

「――なんてね」

 

 ヒイラギは死んだ。

 

「っ!?」

 

 京極は殺していなかった。

 ヒイラギの言葉にきづいたのはそのアバターを完全に貫き終えてからで、賞金首に対するPKKによる所持品ドロップがないことに気づいたのはその直後だった。【笑えるような死を!(キリングジョーク)】の効果、京極は知る由もないその搦手が、ヒイラギをアイテムの喪失から救ったのだ。

 京極は悔しがらない。

 

「そう来なくちゃ」

 

 ただそう呟いて、また歩き出した。

 日向へ――

 もしくは、強者の待つ場所へ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。