昼下がりにたわむれに起動したVR剣道教室・極の記憶が未だ脳内に残留している。
京極にとってのその体験は、いうなれば一種の余韻だった。爽快な映画を観終わった後、キルストリークを達成した後、難敵と戦い勝利した後。己の五感が世界から受け取った鮮烈な体験が、
だが――本質では逆だった。
歩行に合わせて視界の両脇を流れていくファステイアの街並みは、神ゲーらしい
そうだ――つい数時間前のあの体験は、本質的に映画や殺戮や勝利と逆だった。胸に残るものこそ伴ったが、それは「余韻」というよりむしろ「違和感」だった。だってあのゲームは――久しぶりに遊んでもやっぱり、
「……お祖父様、僕のことを何だと思ってたんだろう」
京極がため息をついたところで、ちょうど彼女を影が覆った。日陰に入ったのだ。
ファステイアは(ほとんどの)プレイヤーにとっての「最初の街」で、
「……?」
背後に気配。
京極は咄嗟に立ち止まって振り向く。
誰もいない。
気のせいだった。
「……はぁ」
もう一度ため息。さっと視線を前方に戻し、ふたたび歩みを進み始める。PKerをやっていれば恨みを買うことは多いから、何か危険を感じたら振り向くなんて何でもないことで、日常的にやっている動作なのだけれど――今の彼女にとっては、この動作すら「違和感」を増幅する存在だった。
だって、
「ティーアスたん来いティーアスたん来い……!」
わずかに離れた区画から、切実な祈りの声が聞こえる。……
「トゥールかよクソがァーッ! ァ!? おま、ギャーッ!」
どうやら爆死したらしい。
「…………はぁ」
三度目のため息。サバイバアルはとても強いプレイヤーだ。何度か申し込んだ
「っ!?」
また背後に気配。振り向く。誰もいない。またしても気のせいだった。
「……」
京極はもう何も言わず、ため息もつかず、ただ首を戻しまた歩き出す。彼女の半身を覆う日蔭は、高さはともかく幅については長い。もうしばらくは途切れずに、その胸に燻っているなんとなくの憂鬱を水増しし続けていくのだろう。
歩く。
京極は歩く。
行先もなく歩く。
阿修羅会からの脱退をクランリーダーに申請したのは昨夜のことだ。なんとなくVR剣道教室を起動したのは、ひょっとしたらそれが理由だったかもしれない。
歩いて――歩いて。
「!」
また背後に気配。振り向く。誰もいない。気のせいだ。でもそんなはずはなかった。
京極は口を開いて、現実とだいたい同じ、演技の無い声で言う。
「流石にバレバレだよ? 出てきなよヒイラギ」
それは、
「ッあ!」
殺意だった。
この一瞬のうちに京極が発動したいくつかのカウンタースキルのエフェクトがダメージエフェクトと混ざり合って空間に散らばるその向こう側に確かに一人の少女がいた。碧の短髪、悪意を練り上げたような笑顔、片手に構えたあからさまに毒属性の
舌打ちしながらヒイラギが叫ぶ。
「
新しい
「ちょうど
練り上げたエフェクトを二の太刀に込め――振り上げる!
ヒイラギの「ステルスアサルト」による先制で京極が零したそれよりはるかに多くの
「待って京極ちゃん――」
ずいぶん変わり身の早いことで、ヒイラギは既に命乞いを始めている。でも関係ない。今は目の前の女を殺すだけだ。
京極は持てる
「――なんてね」
ヒイラギは死んだ。
「っ!?」
京極は殺していなかった。
ヒイラギの言葉にきづいたのはそのアバターを完全に貫き終えてからで、賞金首に対するPKKによる所持品ドロップがないことに気づいたのはその直後だった。【
京極は悔しがらない。
「そう来なくちゃ」
ただそう呟いて、また歩き出した。
日向へ――
もしくは、強者の待つ場所へ。