シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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超限数たち

 何でもかんでも反転すればいいというものでもない。

 この事実は、例えば「髪の色」についていえる。白髪の男が青色の聖杯を使ったとしても、髪の色が反転して黒髪の女になるということはない。たいていの場合白髪は据え置きで、場合により少し銀がかったものに変わる程度だ。別に白だからというわけでもなく、赤髪や青髪についても同じことが言える。

 ただ反転後の姿に明確な理想形を持っていても、聖杯使用時の姿をそこに近づけるための知識がなければ――それと、根気もなければ。成ることなどできはしない。

 

「だから……〈髪色13〉のカラーコードは#355098で……」

 

 ――真なる、ネカマには。

 

「……うん、大丈夫だ」

 

 殺風景どころか、風景と呼んでいいのか怪しくすらある簡素を極めた空間。Z深度を参照して濃さを増していく(フォグ)エフェクトに囲まれながら、その男はよく響く呟きを落とした。

 男と言っても――判断材料は声の低さ以外になく、その肉体(アバター)の外見は、いうなればマネキン人形に近い。肉体はいちめん白塗りで、表情にあたるものも特にない。当然ながら口も実装されていないので、先ほどの呟きも発声器官から吐き出されたのではなく……実装的には、マネキン人形の頭部の下の方に置かれた不可視のスピーカーから、プレイヤーが発音しようとした言葉を音声として合成し、出力している形になる。

 なぜ、こんなことに?

 キャラクタークリエイトの最中だからだ。

 

「髪はもういいかな。次は……鼻筋かな?」

 

 マネキンは独り言を言いながら展開したウィンドウをいくつか閉じて、また別のウィンドウをいくつか開く。消えたり増えたりを繰り返す半透明の板たちを挟んで彼と反対側に、マネキンとはまた別のアバターが一つ、直立している。

 物は言わない。

 無表情。

 しかし、外見は作りこまれている。

 マネキンが人差し指でタップしたウィンドウ上のスライダーをドラッグしていくのに合わせて、そのアバター……()()の鼻筋が変化していく。最初のスライダーは縦の深さ、次のスライダーは横幅、その次のスライダーは先端の丸みを変えていき、さらに次のスライダーは鼻筋の位置を変えていく。夥しいパラメーターたちが組み合わされては、少年の外見は――ベヒーモスにて必要経費(リザルト)を支払って、現状のアバターを捨てる権利を得た彼の、新たな姿は変化していく。

 

「……こんなものかな。あとは……」

 

 まで発音して、マネキンは数秒沈黙した。視界の中央でT字のポーズを取って立っている、身長の低い少年を見つめた。その髪はいくつものパーツを色分けして表現しているが、ざっくり言うと紫色。後ろで束ねるヘアスタイルをしているが、本来後ろで束ねるほどの長さでもないので少しちぐはぐな印象もある。目元は細く、四肢も細い。しかし平均以上の筋肉は付いていることも、よく見ればわかる。

 その身にまとったサイズの合わないドレスの裾が、なめらかな床面の照り返しを遮って、だらしなく膝元に横たわっている。

 

「……いや、もう終わりでいいか」

 

 マネキンは誰にともなくそう言って、あまり躊躇せず、浮かんだウィンドウのうち一つに張り付けられた『OK』ボタンを押した。同時に場面切替(トランジション)が開始される。――マネキンも少年もふたりの足元の面白みのない影も殺風景な部屋も、何もかもが小さなポリゴンへと分解されていく。マネキンは――マネキンを操る(プレイヤー)は、暗転していく視界に最後の呟きを落とした。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 低い声だった。

 

 

「……で、そうなったと」

 

 天音永遠Cは天音永遠Eの体躯に品定めするような視線をひとしきり送った後、そう言った。

 

「はい」

 

 天音永遠Eは天音永遠Cの僅かな睥睨を軽く躱すと、やや高い声でそう返した。

 二人の間を隔てる丸い木製のテーブルの上で、二つのグラスが飲み物を入れて、その水面を揺らすことすらほとんどないまま、ただ照明の光に透き通っている。

 言ってしまえば、両者は牽制しあっていた。

 

「…………」

 

 天音永遠再現アバター使用者専用クラン【永遠軍(エターナルズ)】の拠点(アジト)のぼろっちい天井の下に漂う淀んだ沈黙も、紛れもなく、その牽制が原因となって生まれたものだった。

 どうしてこうなったのかと言えば――【永遠軍(エターナルズ)】のメンバーのほとんど全員に共通して言えることだが、彼らは「自分が最も天音永遠を再現できている」という一種の誇り(プライド)を持っている。そもそも実在人物のアバター再現というのは完璧な肖像権の侵害であって、天音永遠本人に訴えられれば負ける。訴えられれば負ける行為をするためだけにゲーム内にクランまで作って集まるというのだから、その裏側にはよほどのこだわりがあることになる。プライドが無い方がむしろ不自然とすら言えるだろう。

 それだけ強いプライドが、他者のプライドによって脅かされようとしているなら……例えば「天音永遠はそんな服を着ない」と指摘されたり、あるいは「天音永遠より瞳孔が0.4ミリメートル大きい」といちゃもんをつけられたりしたならば。当然、人間はそれを守ろうとすることになる。逆もしかりだ。結果として発生したのがCとEによるにらみ合いであり、あるいはこのクランハウスで日常的に繰り広げられている、様々な水面下での諍いだった。

 

「ねえ――」

 

 今、

 天音永遠Bが。

 窓際で壁にもたれかかり、日差しを受けつつ腕を組んでいた天音永遠Bが、数歩踏み出した。天音永遠Bの特徴は身長が190センチ弱ととても高いことだ。少なくとも背の高さに関しては、【永遠軍(エターナルズ)】で最強の天音永遠であると断言できる。その天音永遠Bが、天音永遠Eに指をさして言った。

 

「どういうつもり?」

 

 冷ややかな声。

 天音永遠Cの視線は冷たかったが、同時に最低限のぬくもりというものを持ってもいた。しかし、天音永遠Bの態度にはそれすらない。

 天音永遠Eは気圧されながら言い返す。

 

「ど……どういう、とは」

 

「決まってるでしょう」

 

 天音永遠Bは謎のポーズを取った。ちょうど外では雲が退き、太陽光を遮るものがなくなったらしい。偶然にも同時に差し込み始めた日光を背中に受けながら、ひときわ大きな声で言う。

 

「どうしてそんなに胸がデカいの?」

 

「調整をミスったんです」

 

 天音永遠Eは即答した。自分に向けられる視線に込められた鬼気迫る雰囲気に、耐えられなかったのかもしれなかった。

 

「ええと、僕は今回『天音永遠の外見と真逆のアバター』を作った後、それをクターニッドの聖杯で反転することで『天音永遠のアバター』にしようとしたんですけど……性別反転の仕様を把握しきれてなくて。まあその、胸の大きさは外見とは無関係に決まるとか何とかで……その」

 

「言い訳は聞いてないわ、結果的にあんたは天音永遠の胸を盛ったわけでしょ!?」

 

「それは――」

 

 天音永遠Bは天音永遠Eの胸部をキッと睨んだ。確かに――他の天音永遠より明らかに存在感のある物体(オブジェクト)が、茶色の服越しに輪郭を示している。向けられる視線はこれでもかという苛立ちをたたえていて、天音永遠B(を操作するプレイヤー)の持つスタンスを象徴するかのようだった。彼女は天音永遠の本質がその体型にあると考えており――より厳密には、()()()()()()()()()()()()()に本質があると考えている。だから理想を追って実物以上に身長を伸ばすのだ。

 

「だいたい、わざわざ男キャラを作ってから性別反転を挟む理由は何? 最初から女アバターで再現すればいいじゃない」

 

「それだと、声がリアルそのままになってしまうので……」

 

 天音永遠Bはその言葉を聞いて、本当に一瞬だけ動きを止めた。確かに天音永遠Eの吐き出す言葉は……テレビに出演したり、イベントに呼ばれて司会だのなんだのをしたり、動画サイトに投稿されたインタビュー動画の中で喋ったりしている天音永遠の声に、ある程度似ている。

 あるいはそれは――現実から反転された声帯を、更に演技(ネカマ)のレイヤーを重ねたうえで操っているからか。

 

「……にしても!」

 

 理性と本能のはざまで揺れ動いていた意識は結局後者を選択して、天音永遠Bは改めて剣幕をあらわにする。だが、その語勢が当初より薄れていたのもまた事実で――。

 

「――それくらいにしとけよ」

 

 それが、それまで別のテーブルについて沈黙していた天音永遠Dに、口を挟ませる隙を与えたのだ。

 

「お前だって人のことは言えねえだろ? 現実の天音永遠はそんな長身じゃない」

 

 天音永遠Dの特徴は――天音永遠Eと違いネカマであることを隠さないこと。そして、()()()()()()()だ。

 男性のものであることを隠そうともしない、低くそれでいて太い声が、他の天音永遠に比べて皺の多い唇から放たれていく。

 

「それをわかったうえであえてそのアバターにしてるんじゃないのか」

 

「……っ! あんたに言われたくないわね」

 

「俺が言うからこそだろ」

 

「……」

 

 堂々と言い返すその顔面は、全体的にくたびれている。天音永遠Dは天音永遠の本質をその恒常的な美貌にあると考えており、だからこそ敢えて少し老いた姿を作ったうえで、そこに美しさを見出そうと試みる。

 

「天音永遠Dさん――」

 

「礼は良い」

 

 「助け舟を出してくれてありがとう」といったことを言いかけた天音永遠Eを、天音永遠Dが片手で制する。

 確かに結果を見れば彼女の発言は天音永遠Eへの助け舟となったが、別に()()()()()()()()()()()()()。天音永遠Dもプライドにおいて例外ではないのだ――わざわざ口に出さないだけで、心中では「自分が最も天音永遠だ」という誇りを持っている。

 天音永遠Bも腕組みをして黙ってしまって、天音永遠Cは会話からフェードアウトしたまま手持無沙汰にしており、天音永遠Dは言いたいことを言いきってしまって、天音永遠Eは片手で制された。結果、クランハウスには再び沈黙が訪れる。

 言い換えれば、またしても水面下での探り合いが幕を開ける。

 

「……」

 

 天音永遠Cがわずかに視線を動かして、それが口を挟む前の逡巡なのではないかと天音永遠Eは警戒する。

 

「…………」

 

 天音永遠Cは天音永遠の本質をその髪質にあると考えており、他の天音永遠と比較してずば抜けて長い髪を持っている。直立状態で膝の高さに届くくらいの長さだが、その長さを活かして様々なヘアスタイルを試すのかというと別にそうでもなく、基本的にいつもまっすぐに下ろしている。

 

「………………」

 

必然的に――今のような椅子に座った状態では、髪の先端が床についてしまう。それでいいのかと周囲の天音永遠は思っているが、いいらしいから仕方ない。

 

「……………………私は」

 

「ただいまー!」

 

 彼女がまさに口を開きかけたところで、ちょうど扉が開く音が上がった。同時に生まれた風圧によって、卓上のグラスたちの水面が揺れる。4人の天音永遠たちの視線が今まさに開かれたドアに向けられ――彼女たちは、一人の人物を視認することになった。

 

「あ、天音永遠Eちゃんちょっと見た目変えた!?」

 

 天音永遠A。

 肖像権侵害クラン【永遠軍(エターナルズ)】の創立者にして……。

 

「いいじゃん!」

 

 ……クランで唯一、「自分の方が天音永遠だ」というプライドを持たない天音永遠だ。

 

 

「結局さ、『正しい天音永遠』っていうものは一人ひとりで全然違うと思うんだよね」

 

 このモードに入ると長い。

 それは【永遠軍(エターナルズ)】における天音永遠A以外のメンバー全員が共有している認識で、逆にこのクランで共有されているものなんてのはそれくらいだった。

 

「例えば私はファッション雑誌で天音永遠をよく見るから、そこの見た目に寄っていた方が現実に近いのかなって思うけど……それってあくまでファッション雑誌を通した視点だよね。例えばSNSに投稿してる自撮りなんかは、また違った雰囲気に見えるし」

 

 逆に言えば――この瞬間、【永遠軍(エターナルズ)】の面々の間には、極めて貴重な()()の状態が訪れていた。

 

「このクランに入ってない人だけど、アーサー・ペンシルゴンさんとか再現度高いと思う。けどさ……その、素行が天音永遠っぽくなくない? とも思うし。でもむしろ本人にしてみれば、ああいうことをする人間こそが『正しい天音永遠』なのかもしれない。それって誰にも否定できないでしょ?」

 

 人権侵害クランのリーダーはこうまとめた。

 

「だから、私たちはいろんな可能性を受け入れるべきだと思うの。……せっかく、クランを組んでるんだからさ」

 

 ぱち、ぱち、ぱち。

 拍手が響く。

 半目になった天音永遠Cが、表情を変えぬまま手だけを等間隔に動かして発した、いつも通りの義務拍手であった。

 

「ありがとう」

 

 天音永遠Aが無意味に手を振った――その時だった。

 こん、こん、こん。

 ノックが響く。

 ついさっき天音永遠Aが入ってきた玄関口に、今度は来客があるようだ。

 

「はあい」

 

 応対をしに扉へと歩く天音永遠Aの背中を見ながら、天音永遠Eは考えた。――自分は、『天音永遠』の力点をどこに置いているのだろう?

 ……まあ、声か。

 声だった。

 

「どういう御用で――」

 

鏖殺(ミナゴロ)っ」

 

 だから玄関口から聞こえてきた――()()()()()()()()()()()()()怒りにまみれた声を聴きながら。ひょっとしてこれが理想形なのかもななんて、気付けば立っていた死の縁で考えたりもしたのだ。

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