「ジャンケンじゃ駄目かな?」
俺は穏当な口調で聞いた。
「駄目っスねツチノコさん」
知らない人は毅然とした態度で答えた。
俺は頭を抱えた。
「さあ!」
知らない人がにじり寄ってくる。――片手に握りしめた直剣を、見せつけるように掲げながらだ。これ脅迫で逮捕ってことにならねえかな? しかしシャンフロに刑法は適用されないし、そもそも……分かっている。この直剣は、俺を脅すために握られているものじゃない。知らない人にとってしてみれば、
自分が確かに持っているはずの、
改めて直剣が
――挑戦剣。
自分でフレーバーテキストにそう書いた以上、持ち主に
数週間前の俺が残していった莫大な負債が、その一端を垣間見せた瞬間であった。
「最低でも腕相撲で……戦ってもらいますからねッ!」
腕相撲ならいいんだ。
◆
勝った。
「ハァ……さ、ゲホッ……さすがだ、ツチノコさん……ゼェ、アンタはやっぱり、
割と一瞬で決着がついた腕相撲を終えて数秒沈黙したあと、知らない人は息も切れ切れにそう呟いた。……かと思えば急にガバッとうずくまり、声にならない声を上げつつデスポーンした。どうやら魂を燃やしすぎたらしい。これレッドネームになる? 一応システムメニューで確認する。キルペナはついてないっぽいな。
「腕相撲に
誰もいなくなった空間に呟く。VRゲーム内での腕相撲って基本的にSTRの大きさを比べる勝負でしかないんだよな……便秘は別として。俺は本来足や首を操作するためにアバターに設定されているリグをすべて腕の部分に集中させることで腕だけ人間と化したカッツォが薬指のあたりから浮かべた気味の悪い笑みを思い起こした。たまに夢に出るんだよな……。
……というのは、置いておいてだ。
「No.47か……」
知らない人の
数週間前、俺は様々な事情から奥古来魂の渓谷で無限組手を開催した。「体力が尽きるか負けるまで」と銘打っていたとはいえ、体力が尽きる気も負ける気もしなかったから……まあ少なくとも五十人くらいの相手はできるだろう、そう踏んでいた。だから協力者であるイムロンにも、挑戦権の代わりとして使う剣は、マージン込みで七十五本くらい生産するように伝えてあって……で、十五人でギブと。いや仕方なかったんだ、思わぬ
「あッツチノコさァん!」
「またかよ……」
結果がこの有様である。
生産された七十五本のうち、六十本の挑戦剣は未使用……いや
休む間もなく話しかけてきた知らない人②に対し、露骨に嫌そうな声色を作りつつ聞く。
「ジャンケンでいい?」
「あっ今フィロジオのことをジャンケンだって馬鹿にしましたァ!? 愚弄はやめて欲しいところっスね! ジェネレーション!」
「早い早い早い」
しかし時すでに遅し、知らない人②はインベントリから取り出した安っぽい質感のプレイマットを路上に広げ、各種カードを所定のマスにセットし終えたところだった。せめてテーブルのある場所でやるべきだと思うんだよな……。
……まあ、とはいえ。
「いいぜ――かかってこいッ!」
もともと自分で蒔いた種だ!
俺は膝を折り曲げて石畳の上にどっしりと座ると、以前お遊びで作った蠍デッキをインベントリアから取り出した。回収済みの挑戦剣は十三本! こいつを倒せば残り四十六本だ……やってやるよァ~~~ッ!
「ドロー!」
負債の返済がまた一歩、進行する……!
◇
「これで……」
ディープスローターは手元の剣を撫ぜた。
「……二十九本目」
夜闇が、その姿を覆い隠す。
その剣……挑戦剣No.19がインベントリへの格納とともに発する仄かなエフェクトに照らされながら、ディープスローターは少し視線を上げ、夜道を眺めた。すでに溶け消えつつある
随分ゆっくりして、慢心した――自分の背後にあるものに対し、何の疑いも向けていないような歩み。そんな風に歩く人間でなければ、ディープスローターをあんなにも盲目的に慕い、
「……ふふふ」
ディープスローターは笑った。
笑う必要など特になかった。
彼女のあらゆる
「サンラクくぅん……」
権利まみれの女がしかし、暗がりの中で身をよじる。自分が光に訴えるまでもなく、想い人は自然と闇に飛び込んできてくれるのだと――そんな確信をしているがゆえに、月夜の下で燦燦と輝く瞳すら、閉じてみせる。
こうして、貸したちは増えていくのだ。