シャングリラまで約五分(短編集)   作:Z-LAEGA

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肖像とタクト

 〈洞穴〉と――。

 

「私からの発表は以上となります」

 

 そう呼ばれることが多い。

 ぱちぱちと千差万別の音量で、会場を照らす照明の中を拍手たちが駆ける。天井から吊られた燭台と、壁に埋め込まれたいくらかの発光鉱石。それらがもたらす繊細な光に暴かれているのは、壁際に鎮座する一際大きな演壇と、そのちょうど頭上に垂れ下げられた一枚の幕――「第二十三回 フィギュア制作カンファレンス」と書かれた横長の布だけではない。簡単に言えば、熱気だ。会場に渦を巻く欲望の同位体が、焦がすような明光の中を燻っている。

 

「――えーッ、『マッドフロッグの手触りを再現するためのフィギュア制作における材質選定について』ッ! プレイヤーネーム『ハガッシー=トール』氏の発表でしたッ。ありがとうございましたッ!」

 

 展開された拡声魔法が発生させる緑色の光で、その表情の一部を覆う――司会担当のプレイヤーも、当然、熱気から免れはしなかった。仮想現実では隠せない紅潮した肌、弾みをつけていく言葉の流れ。その熱狂は当然ながら、この空間の誰もが共有しているものだった。

 

「次は――」

 

 〈洞穴〉はシャングリラ・フロンティアゲーム内掲示板で活動する"人形(フィギュア)勢"のプレイヤーたち、あるいはその人形(フィギュア)勢によって織りなされる、()()について語る際に頻用される言葉だ。その呼称は彫り刻むことと掘り進むことにまつわるあまり面白くない言葉遊びに由来するが、詳細は省略する。とにかく――彼らがこんなけったいなラベルを貼りつけ()()()されるような存在であること。それがこの会合の異様さのすべてだった。

 

「――『ぺいろる』氏の発表となります」

 

 『展示品』を埃から守るために並べられた、いくつかの透明な直方体の箱。その内側におおむね佇む、いくつもの――モンスター、戦術機、プレイヤー、そして何よりN()P()C()()()の視線が、傍らで歩を進める少女のアバターを貫いていく。

 小柄な少女だ。

 会場を包む豪勢な光に照らされている最中だというのに、くすんだ色の作業着を着て、裾から鎖で吊り下げたいくつかの工具を、腿の動きにあわせてじゃらじゃらと鳴らしている。

 工具たちは装いと対称的によく磨き上げられているので、例えばレンチの銀の表面が、燭光を惜しげもなく反射して、聴衆のうちだれかの視界へと真正面に送り込み、「眩しっ」なんて呟かせる。だが――逆に、上げられる言葉はその程度だ。真紅のカーペットと褐色の服のミスマッチを、だれが咎めるということもない。なぜならみんな、大体そんな感じだからだ。

 数多の褐色が固唾を呑んで見守る中、演壇のうしろまで到達した少女が正面を向いて、そのあとすぅっと息を吸う。リアルな人体シミュレーションのもと、横隔膜が収縮し、同時に肺が膨張して、ちいさな胸が少しだけ反る。

 息を吐いた。瞬きを一つ。少女――ぺいろるが口を開く。

 

「サイナちゃんフィギュアVol.14.0では視線追従機能を実装した」

 

 とうぜん彼はネカマだったので、その声は非常に野太かった。

 

 

 もともとは、順序が逆だった。

 シャングリラ・フロンティアの草創期。この仮想の理想郷(シャングリラ)に降り立ったプレイヤーのうち一定数が昼夜を忘れて風景写真の撮影に没頭したように、それとは別の一定数も、ぜんぜん別の方向で最先端(フロンティア)のリアリティを享受した。例えば――生産だ。

 このゲームは自由度の塊のようなプレイフィールを持つ一方、生産職に課せられる制約は少し多い。リソース配分システムのせいで材質的な良いところ取りがなかなかできないし、「粘土をこねるよう」と表現されるマニュアル造形のインターフェースはだいぶ特殊で、現実味(リアリティ)があるからと言って――いや、()()()()()()自由度(フレキシビリティ)が保証されるわけではないのだと、鍛冶師たちに語り聞かせるかのようだった。

 だからこそ燃えた、という話でもある。

 武器の造形へのこだわりは、次第に武器()()()()()()()()()()()ものたちを無理やり作り出すムーブメントへとつながった。ヨーヨー、耳栓、バスタブ。たいていのものはシステム制限によって頓挫したが、可能性の片鱗を見せるプロダクトも、いくらかはあった。

 キャラクターを模したフィギュアだって、その一つ――だったはずだ。

 

 

 しかし、今となっては逆だ。逆なのである。

 

「新大陸での新素材調査は一定の成果を残したが――発見されたリソースも、それ単体で人形に実用できるほど甘くはない」

 

 司会者が展開する魔法とはまるで別種の拡声手段――神代製のマイクスタンド。それに口元が届くよう、少し背伸びをしてちょこんと立ち、野太い声を吹き込むぺいろる。彼女の職業(ジョブ)構成はというと――【錬金術師】、そして【家具識者(インテリアマスター)】だ。フィギュア制作となれば真っ先に候補に上がるはずの【人形師】系統ジョブは当然のように外し、さらに【裁縫師】や【仕立工(テーラー)】のような布製品制作におけるスタンダードを無視し……代わりに、あまり人形とは関係が深くなさそうな二種のジョブを揃える。もちろん、当初誰もが使っていたはずの【鍛冶師】など影も形もない。

 彼女のビルドはある意味で、〈洞穴〉という蟲毒を体現するようでもあった。本来、生産ジョブの可能性を試すための――いわば『腕試し』として製作されていたはずのフィギュア作り。いつしかそれは目的化されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()構造への転倒を起こした。

 

「サイナちゃんフィギュアVol.13.5までのデカール直貼り方式ではどうしても平坦さが出てしまうし、何より視線がこちらを向いてくれない。視線追従は現実なら半球ドーム状のクリアパーツの奥にアイデカールを貼る方式で錯覚を利用する形で実現可能だが、例えばこの半球ドームにガラステラ砂晶体を使うと屈折率の関係でうまい効果が得られない。……あと魔力濃度の高い場所に持っていくと発光特性のせいで濁りが生まれる問題がある。サイナちゃんの瞳が光ること自体はむしろ喜ばしいところだが、解釈的には光るのは水晶体部分であるべきであって、クリアパーツは分類でいうと角膜に近い。しばらく考えた私は――二つのアプローチを考えることにした。一つはガラステラと何かを合成した新素材の開発によるIORの調整、もう一つは根本的な眼球の構造の見直しだ。結論から言うと成功したのは後者だった。リアイベの話になってしまうが、先日行われたJGEがその糸口だった。死ぬほど人がいるのはともかく、あの展示会のシャンフロブースでは、プレイヤーとしての自分が視認しことのある特定のキャラクターのホログラムフィギュアを出力できる。言い換えれば――合法的にモデルをぶっこ抜けるということだ、一万で。私はOS-1を小脇に」

 

 ――もっともそんな説明がなくとも、()()()()()()という話かもしれないが。

 

「来場の皆さんッッ……質問はございますでしょうかッッッ!」

 

 いくつかの歓声に包まれながらぺいろるの発表が終わり、質疑応答の時間が始まる。――一層熱がこもっているように感じられる司会の言葉を受けてすぐ、場内のほうぼうで手が挙がる。天を向く指先たちの姿すら、やはり踊っているかのような、漠然とした熱を帯びていた。

 

「でしたらッ――」

 

 片腕の海をしばらく探ったあと、実況は一点に白羽を立てる。

 

「そちらの方ッ! ご質問をお願いしますッ」

 

 指されたアバターは女性であった。

 ぺいろるほどではないにせよ高いとは言えない身長をしていて、しかし一方、もろもろの部位のボリュームは桁違いだった。服装も、少し破廉恥と言わざるを得ない。総括すると、場違いだ。「まるでフィギュアそのものみたいだ」なんて転倒した失礼な視線が、無言の中、彼女の肉体にしばし向けられ――。その間に会場スタッフが手渡したマイクを、細長い指がけだるげに操作する。スイッチが入った。一瞬のタッチノイズ。

 

「あー、あー」

 

 女性の声であった。

 

「具体的に答えがある質問ってわけじゃないんだけど……まあ何というか、()()を知りたいんだ。なんだかんだで『常にこちらに目を合わせてくるフィギュア』は作れたんだろ? それじゃあ次はどんな機能を付ける。最終的なゴールは?」

 

 新参者だろうか――。と場内の大多数が思った。佇まいの雰囲気が「まだ()()()()いない」人間のそれであったこともそうだが、何より質問が……あまりに、()()だった。〈洞穴〉でも美少女フィギュアを専門とするプレイヤーなら、全員――というのは言い過ぎだが。こんなアングラな会合にわざわざ登壇する人物ともなれば、ほとんど目標は決まっている。ぺいろるも今一度背伸びをすると、当然でしょ、と言わんばかりに口を開いた。

 

「そりゃもちろんキャストオフで――っ!?」

 

 その瞬間、質問者の女性が突如として()()()。いや――厳密には本人には何も起きていない、()()()()()()のだ。それまで纏っていたバニースーツは一瞬のうちにポリゴンの群れへと分解し、扇情的な衣装は、扇情的な下着姿へと変化する。増加した肌面積の中に――どういうわけか、()も見てとれて。

 痴女が両腕を広げる。――自分の肉体に、スポットを当てろとでも言わんばかりに。

 

「つまりこういうことだな?」

 

 確かに衣装破壊(キャストオフ)していた。

 

「お縄だ」

 

 サンラクは次の服を着ながらマイクに吹き込んだ。

 

 

結果(それで):――これが押収品というわけですか」

 

 卓上。

 並べて置かれたいくつもの少女の偶像(フィギュア)。そのうち一つの顔の陰影を、屈みこんだ偶像の少女(アイドル)が覗き込んでいる。眼球に刻まれた数片の模様が、好奇心を示すかのように揺れ動く。

 エルマ=317の薄花色の髪が、しなだれ彼女の肩を覆っている。

 

「そういうことになるな」

 

 サンラクは答えた。

 兎御殿、とある一部屋。先日の()()()()の果てに回収された()()()たちは、さながら観賞会のように照明を受けていて――。とはいえ、別にサンラク側にも大義名分があるというわけではなかった。このゲームでプレイヤーが勝手にフィギュアを作ったことを咎める方法があるとすればコミュニティガイドラインの記載に頼ることだが、サイナはNPCなのでガイドラインの適用範囲外だ。彼には単に「本人の知らないところで勝手にエロフィギュア作ってんじゃねーぞ!」と(後ろに回した手で少なくない金額を提示しながら)大袈裟に机を叩くことしかできず――まあとはいえ実際のところ、成功はした。

 販売停止の要請……ではなく。

 

「どういう路線で販路に乗せような?」

 

「――熟慮(ふむ):」

 

 ()()()()()()()()は。

 エルマ=317は――人形はゆっくりと腕を組んだ。その視線の先にはサイナちゃんフィギュアVol.14.0が佇んでいて、当然ながらその人形は、人形と視線を合わせていた。覗かれると同時に覗いていた。

 あるいはそれは、対話(コンタクト)の一つもするかのようで。

 小声で――。

 

「……あなたはどう思いますか?」

 

「何だって?」

 

「秘密です」

 

 くすり、と。

 人形はすばやく振り返ると、霧散するはずの呟きを耳ざとく聞きつけた契約者(マスター)に笑いかけ、同時に口先に人差し指を立てた。

 そうして瞳の奥の光にヴェールをかけ――乙女の、未知を保持するのだ。

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