―――〈ライブラリ〉報告集20Xα年12月号より
12月某日の空は恐ろしいほどの晴天だったが、我々検証班にとってはそれは意味をなさない事実だった。
巨大な屋根が、恐ろしいほどの晴天を完全に遮ってしまっていたからだ。
この表現は少し回りくどい。体験記とはいえこの文書は報告書であるから、より具体的に表現しよう―――検証班は室内にいた。巨大な屋根を備えていて、巨大な屋根を備えているからには屋根以外の巨大なものも備えている、そんな室内だった。
シャングリラ・フロンティアというゲームは巨大なものに満ち溢れているが、これが室内となると少々限られてくる―――部屋とはある程度の文明によってこそ為されるものだし、ある程度の文明を有していても、性質上部屋を必要としない存在だってごまんといる。
結論を言うならば……屋根は、神代の技術をもって為されたものだ。神代の屋根でもさらに巨大といえば、この文書を読むような方ならば、即座にピンと来ることだろう―――バハムート、である。
発見済みのバハムートは現段階で二隻。答えを書いてしまえば、我々が乗り込んだのはそのうちリヴァイアサンだ。使っていた殻層は第一殻層。行っていた検証は称号の有無の確認。即ち―――
【最大憎悪】に関する、研究である。
◇
ホルダー系称号に関する研究は、定期的にスポットライトを当てられるテーマの一つだ。一口に「ホルダー系称号に関する研究」といってもテーマは比較的多岐に渡り、例えば【最大魔導】に関する研究ではそもそもこの称号は何なのかについて調べるし、【最大防御】についてはどこまでが防御と認められるのかが調べられたこともある。そして、今回の研究が該当する3種類目のテーマ……それは、そもそもその称号は存在するのか、である。今までにも、【最大急所】、【最大味覚】、【最大遊札所持】などのさまざまな称号について存在の可能性が検証されており、しばしば予算の私的利用として槍玉にあげられている。
さて、【最大憎悪】についてお話ししよう―――この称号はその名の通り、モンスターからの憎悪を最も多く受けた者に与えられる(と予想される)物だ。【最大魔導】などの運営により先行開示された称号のリストには記載されていないが、リストに載っていないホルダー称号の獲得例もあるため、存在しないことの理由付けにはならない。
今回この称号の存在有無を検証するにあたって使用したのは、トレードヘイトのテクニックだ。リヴァイアサンにおいて作中登場カードゲーム『フィロジェネテック・ジオグリフ』のカードを取引すると、周囲のモンスターはトレーダーに対し大きなヘイトを向けるようになる……肝心の『フィロジオ』が設置されている第三殻層でトレードが禁止されていることを考えると運営からの悪意が垣間見える仕様だが、今回のように意図的に発動することも可能であるため、一概にデメリットとも言えないだろう。
トレードヘイトは、取引したカードの合計適正相場価格が高いほどに大きくなる。なぜカードに設定されているレアリティではなく相場価格を基準にヘイトが決定されているのかというと、レアリティはプレイヤーによって変動するため、基準化が難しいことが理由であろうと推察できる。モンスターが相場価格を基準にヘイトを決めるというのもそれはそれで変な話だが、それを言えばトレードによるヘイトの増加がそもそも不自然だろう。
話を戻そう。トレードヘイトは、取引したカードの合計適正相場価格が高いほどに大きくなる。ヘイトの決定は合計なので、なるべく大量のレアカードを―――理想的には、1回のトレード数上限である250枚まで―――一度にやり取りすることが、トレードヘイトというテクニックの限界に触れる方法であるはずだ。
今回『250枚以上のレアカード』を獲得するため、検証班は一人の人物と接触した。奥古来魂の渓谷にて、実に11時間48分を待ち伏せに費やし……焦点の合っていない目で現れた、恐らく11時間48分以上を作業に費やしていたであろうサンラク氏を説得し、
| 名称 | 枚数 |
|---|
| 水晶群蠍 | 119枚 |
| 規定条件領域・水晶 | 55枚 |
| 金晶独蠍 | 37枚 |
| 水晶群老蠍 | 36枚 |
| 金晶独蠍"皇金世代" | 3枚 |
の使用許諾を得ることに成功した。
◇
12月某日の空は恐ろしいほどの晴天だったが、我々検証班にとってはそれは意味をなさない事実だった。
決行に当たり我々が用意したのは、250枚のレアカードだけではない。ちょっとした見返りを提示したところ一気に乗り気になったサンラク氏により召喚されたディープスローター氏を急遽渡され役に設定し、さらに現在のジョブ設定を一時的に変更して吊られた男の神秘を設定していただいた。ディープスローター氏は転移魔法を活用した旧新大陸間人員輸送業でその名をとどろかせており、魔法行使能力は折り紙付きである。また、新大陸の「赤」由来と思われるアクセサリによる装備枠の増強、更に吊られた男による恒常的なヘイト倍率の上昇もあって、この実験には正しくうってつけの人材と言えるだろう。
かくして、決行の時が来た。
1分半ほど離席して戻ってきたディープスローター氏は通常の約40倍に及ぶ量の尋常ならざるヘイト倍率バフを発動。そのようなことができる手段はライブラリのwikiを参照しても確認できないため、恐らく隠し持った未知の魔法であろうと推測できる。ここに経費で購入した仇護の檻苗を自作自演破壊することによる追加ヘイトを加え、ディープスローター氏が有する第三の手にエレキギターを握らせることで基本倍率を向上させ、また、これらと比較すれば雀の涙程度だが、検証班の魔法職プレイヤーによる【外付けの求心】も加えた。瞬間的なヘイトを重視するためこれらをスキル「ヘイト・トランプル」で隠蔽し、ヘイトにつられてやってきたモンスターにダメージを与えることで更なるヘイトを抱かせるための罠アイテムを30個ほど設置すると、準備は整った。
検証は、サンラク氏からディープスローター氏へとカードが渡されることで開始し、同時に終了する。カードの受け渡しによりヘイト・トランプルは行動の発生を感知してヘイト無効化を解除し、ヘイト無効化の解除により一気にモンスターが寄ってくるようになる。紙面上では少々触れにくい言葉を6、7個ほど紡ぐと、ディープスローター氏は手を差し伸べ、ディープスローター氏の顔面を取り出した炎属性のナイフで6、7回ほど焼き付けると、サンラク氏は手を差し伸べ、カードは受け渡され、実験は、始まった。
◇
まず、サンラク氏が死んだ。
トレードと同時に各層内のあらゆるモンスターから同時に巨大極まりないヘイトが向けられ、これでもかというほどにテクノマギジェルスが飛来し、サンラク氏が流れ弾で死んだ。いや、そこまで流れ弾ではなかったかもしれない。そして流れ弾で死んだことで一部の所有権は移ったが物理的には渡っていないカードが周囲に散らばり、散らばったカードが周囲から殺到するテクノマギジェルスと融合し、正体不明の発光現象を起こし始め、撮影を試みた検証班メンバーが死に、また別のメンバーも死に、ディープスローター氏が転移魔法で退散し、また死に、一番最後まで生き残った私が見たものは、即ち驚くほど鋭利な鋏に他ならなかった。
これこそが、現在リヴァイアサン第一殻層における大きな懸念事項となっている、テクノマギジェルス"碑発容鏡"の誕生である。
許してほしい。